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実は2016年8月から別のブログを立ち上げています。

ブログのタイトルは「いい旅チャレンジ50000km」
 http://challenge50000.blog.jp/

です。今回、「いい旅チャレンジ50000km」を当ブログの姉妹ブログと位置づけることにしました。

こちらでは、風景写真やグルメ(食べログ)を中心として、健康・医療、節約術、ファッション、そして日本の未来を考える話題などをアップしています。

「いい旅50000km」のほうへも、遊びに来てあげてください。
どうか宜しくお願い申し上げます。



阪神の赤胴車旧色(ツートンカラー)が消滅したようなので・・・。

やはり阪神といえば、この色ではないでしょうか(笑)

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梅田に停車中の2200系急行

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今春武庫川線からこの車両が引退

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1000系や近鉄シリーズ21と並ぶ

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青胴車、1000系との並び



国鉄バス「名金線」。 

中部地方(東海・北陸)の2大都市、名古屋・金沢両都市の頭文字を取ったもので、この2都市間を岐阜県の山間部経由(愛知・岐阜・富山・石川の4県に跨る)で結ぶ長距離路線でした。現在も、北陸側の金沢駅-福光駅間には西日本ジェイアールバスが「名金線」そのままの名で運行中です。

名金線ですが、国鉄時代末期まで名古屋市と金沢市を一般道経由で急行バスが所要時間10時間をかけて運行されていたとのこと(名古屋鉄道と共同運行)。路線総延長は263kmと国鉄の自動車路線としては最長の営業キロを誇っていたようです(奈良交通八木新宮線よりも長いですね)。

運行ルート詳細については、

名古屋~岐阜~美濃弥富駅前~美濃白鳥~北濃~鳩ヶ谷~城端~福光~堅田町~森本~金沢

で、長良川鉄道(旧・国鉄越美南線)~白川郷~五箇山~JR城端線、言い換えるとR156~R304をメインルートとして走行するもの。現在の東海北陸自動車道に並行する形でした。白川郷・五箇山は合掌造りの集落で世界遺産に登録され、観光地としての人気が急上昇しましたね。名古屋・金沢両側から鉄道では不便ゆえ、白川郷・五箇山への名金線の利用客もそれなりの数だったことでしょう。

国鉄からJRに転換(1987年)後、岐阜県以南がJR東海バス、富山・石川県側が西日本JRバスにそれぞれ継承。1993年当時、名古屋駅~白川郷間にはJR東海バス、また夏から秋にかけての4ヶ月限りで名古屋~金沢間直通便を名古屋鉄道(名鉄バス)がそれぞれ運行していたようです。

その後、東海北陸自動車道の整備に伴い、名鉄バス(五箇山号)は2000年9月を以って取りやめ、JR東海バスも2002年10月名金線を廃止。

現在、名金急行線の走っていた区間には、以下の路線が運行中です。

JR岐阜-美濃市役所前(岐阜バス)
郡上八幡駅-美濃白鳥駅(白鳥交通)
美濃白鳥駅-ひるがのスキー場(白鳥交通)
牧-飯島(濃飛バス高速白川郷線)
白川郷-城端駅前(加能越バス・世界遺産バス)
JR城端駅前-JR福光駅(南砺市営バス)
福光駅-金沢駅(西日本JRバス名金線)
ほか


名古屋~金沢間には北陸自動車道、または東海北陸道経由の2ルートで高速バスが運行されています。鉄道では特急【しらさぎ】(米原経由)のほか、名古屋-富山間に高山本線経由の【ひだ】も設定されています。

なお、国鉄時代には名古屋-越美南線直通の急行列車【おくみの】号もありました(美濃太田まで【のりくら】に連結、越美南線内普通列車)。また、越美南線と福井県の越美北線(九頭竜湖駅)を結ぶ国鉄バスもあったが、軒並み廃止されました。

(参考資料)
名金線(国鉄バス資料室)

http://cortina.hakuba.ne.jp/~tsubame/jnrbus/5meikin1.html

名金急行線(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E9%87%91%E6%80%A5%E8%A1%8C%E7%B7%9A

西日本ジェーアールバス公式HP
https://www.nishinihonjrbus.co.jp/route/

加能越バス 世界遺産バス(高岡・城端・五箇山・白川郷)
http://www.kaetsunou.co.jp/company/sekaiisan/



片道運行のみの大学発直通バスを紹介したいと思います。

電通大四條畷キャンパス発寝屋川市駅行きです。

途中の停留所は、

電通大四條畷キャンパス→電通大寝屋川キャンパス→電通大駅前キャンパス(おりば専用)→寝屋川市駅(東口)

で、四條畷キャンパス16:52発。大阪電通大キャンパス間の移動および下校に合わせて設定されたものと見られます。

寝屋川市駅~電通大四條畷間には【30A】号経路が毎時2本運行されています。直通便は【30A】号経路(忍ヶ丘駅口、イオンモール四條畷経由)と走行ルートは異なり、国道163号~170号(外環状線)~大阪r18~大阪r21を通ります。

電通大四條畷キャンパス発着便は【30A】号・直通便とも門真営業所の担当です。



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京阪1900系と南海7000系(復刻塗装)の画像を並べてみました。

これら2つには共通するものがあるとかねがね感じていますが・・・




 


2020年10月5日、豊中市内を中心とする阪急バスの路線が大きく変わりそうです。

加島線に続き、梅田に乗り入れている阪北線【13】【63】系統(豊中・箕面行き)が新大阪発着に変わり、梅田発着系統は【11】系統(阪急園田行き)のみになるとのこと。

また、JR吹田~JR南吹田方面系統が増強され、合わせて吹田と阪急園田を結ぶ路線も登場(吹田営業所の運用範囲が兵庫県へ進出することになる!)。

阪急バス本社と豊中営業所が移転工事中で、同営業所は大阪市淀川区十三に代わるようです。

詳細は阪急バスホームページをご覧いただければ幸いです。

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梅田に乗り入れる路線は【11】系統のみに

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豊中(阪急豊中駅前)に並ぶバスたち

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梅田発豊中行き【13】系統
エアロミディ2ステップ車で運用されていた頃



京阪バス2020年9月分の新車です。

N-6330 男山   (京都200か3885)
N-6331 京田辺  (京都200か3886)
N-6332 香里団地 (大阪200か4940)
N-6333 交野   (大阪200か4941)

これに伴い交野W-3837(ブルーリボンシティ)は廃車された模様です。

 (2020.9.17追加)
N-6334 香里団地
N-6335 交野


京阪京都交通【3】【5】系統・<JR亀岡駅南口~JR千代川駅~JR園部駅西口>。

国道9号線を走行するため、「国道線」と呼ばれるものです。もとは旧・京都交通の急行バス<京都祇園~亀岡~園部>だったが、並行するJR山陰本線(嵯峨野線)複線電化により利用客は激減。京都交通時代の末期には亀岡で系統分割が行われ、現在この国道線は1~2往復の免許維持路線となっています。

主な停留所は、

JR亀岡駅南口~亀岡市役所前~ガレリア亀岡~JR千代川駅~国道千代川~国道八木~JR吉富駅~JR園部駅西口

で、系統番号については【3】<JR亀岡~JR園部>【5】<JR亀岡~JR千代川駅>の2系統が設定。

運行ダイヤは

(平日)
(亀岡→園部)
【3】JR亀岡駅南口発 14:00、16:00

(園部→亀岡)
【3】JR園部駅西口発 14:30
【5】JR千代川駅発  08:32

(土休日)
(亀岡→園部)
【3】JR亀岡駅南口発 14:00、16:00

(園部→亀岡)
【3】JR園部駅西口発 14:30


です。

亀岡~園部を結ぶ路線系統としては、【40】系統(運動公園、湯の花温泉、八田経由)のほうが運行本数が多く設定されています(所要時間は国道線のおよそ2倍)。京都~亀岡~園部間乗り継ぎの際には、【40】系統を中心にプランを立てると良いでしょう。



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京阪バス、エアロミディ10.5m車・N-1101が2020年9月現在、枚方営業所に健在です。
N-1101は高槻営業所生え抜きだったが、ここ2・3年の間、枚方営業所に転属。
招提線【38】号経路を中心に運用されているが、置き換えられるのも時間の問題でしょう。

枚方の中型10.5m車にはN-1101のほか、レインボーN-3140・3141・3143が残っているが、代替車が気になるところです。

ちなみに、高槻のエアロミディ10.5m車は、この夏新車LV290(N-6323、6327~6329)に置き換えられました。
 


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昭和40~50年代(1970~80年代前半)の大阪市営地下鉄(大阪メトロ)を代表する30系車両。1984年まで製造が続きました。

御堂筋線(1号線)を筆頭に、 谷町線(2号線)・四つ橋線(3号線)に投入されました。御堂筋線には1979年より冷房車10系への代替が始まり、30系は谷町線のほか、中央線(4号線)や千日前線(5号線)に順次転属。御堂筋線の30系は1993年引退しました。

30系のうち、1973年以降に製造された「新30系」グループは、一部を除いて冷房化工事が行われました。新・30系は谷町線と四つ橋線に残っており、1993年ごろより冷房改造車が登場、当初は四つ橋線でも運用されていましたが、四つ橋線の6連化に伴い、冷房改造車30系は1996年までに谷町線に集約されました。その後、2013年までの17年間、最後の活躍を続けます。30系は大阪メトロ最後の抵抗制御車でした(その後も堺筋線には抵抗制御車の阪急3300系が乗り入れている)。

1973年以前に製造された30系は、末期は中央線・千日前線で活躍するも束の間、1995年までに新20系シリーズに置き換えられ全廃です。中央線所属分については、不足する先頭車のみ1984年に追加製造されるが(新30系と図面は同じ)、冷房化されることなく10年足らずで廃車されました。

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