京都市伏見区最南端の向島ニュータウン付近のバス事情について。
伏見区向島は宇治川の左岸(南側)にあたる。かつては大きな巨椋池(おぐらいけ)のあったところだが、昭和初期に干拓事業が進められ、現在は近郊農地が一面に広がる。近鉄京都線の前身・奈良電気鉄道が開通したのも、干拓事業の始まった昭和初期と比較的新しい。それまで、京都と奈良を結ぶ鉄道は、東よりへ迂回する国鉄奈良線しかなかった。

向島ニュータウンの街開きは1979年ごろであり、これに合わせて近鉄向島駅が開業する。ニュータウン内には近鉄グループのスーパー・「近商ストア」があり、バス路線は近鉄バスで、京都市バスの参入を許さず、近鉄グループの縄張りで囲い込まれる。かつて、向島NT内には、京都駅と奈良を結ぶ長距離バス(近鉄・奈良交・京阪)も乗り入れていたが、1998年までに全廃される(京阪・奈良交は1996年に廃止、1998年には近鉄バス奈良営業所も閉鎖)。向島をはじめ京都地区の路線を管轄する近鉄バス京都営業所は、以前伏見区竹田(地下鉄くいな橋駅付近)にあったが、向島に移転する。現在、向島からの近鉄バスは、ニュータウン内循環路線と<向島駅~竹田駅東口>(国道24号経由)のみで、運用車両も中型車がほとんど、往時に比べて寂しいものとなっている。かつて近鉄バスは、大阪・奈良・京都3府県で路線網が広範囲でつながっていたが、奈良県からはほぼ完全撤退、京都地区(向島)も大幅に縮小され、向島界隈の路線のみが細々と残る離れ孤島状態だ。

近鉄バスは現在、京都市バス洛西営業所の運用を委託しており、向島NTのノウハウを生かして同じ京都市内のニュータウン輸送を担っている。

向島の近く、宇治市大川原に奈良交通の京都営業所がある。奈良交通京都営業所は主に京田辺市南部および加茂駅~和束方面の路線を担当しているが、向島駅から大川原(営業所前)までの免許維持路線(毎月第二日曜日1本だけ)もある。かつては、車両送り込み目的で大川原から新田辺駅までの系統(国道24号・山城大橋経由)もあったようだが、廃止された。

近鉄バス・奈良交通のほか、京都京阪バス(旧・京阪宇治交通→京阪宇治バス)も乗り入れている。少し前まで近鉄向島から宇治市中心部(JR・京阪宇治など)へのバスが運転されていたが、現在【10】【10A】【10B】号系統・<近鉄向島~徳州会病院~近鉄小倉>が毎時1本発着するのみとなっている。イオンモール久御山、もしくは中書島・西大手筋への路線バスが欲しいところだ。例えば、

まちの駅イオンモール久御山~<府道81号>~近鉄小倉~徳州会病院~大川原~京都文教前~近鉄向島~観月橋~京阪中書島~中書島~西大手筋


なんかはどうだろうか?

<参考記事>
近鉄京都線向島駅の誕生
http://www.asahi-net.or.jp/~uk9o-tkzw/hsmukai.html

God Deer in Kasuga 向島線(→向島に乗り入れる奈良交通・近鉄バスの写真があります!)
http://www.geocities.jp/shinroku572/nako/rosen-kyoto-mukaizima.html





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久しぶりに山科・醍醐地区の京阪バス路線を一つ取り上げてみる。

今回は【22】【22A】号経路。
運行経路は、

山科駅~外環三条~竹鼻~東野~椥辻駅~蚊ヶ瀬~小野駅~醍醐上ノ山町(【22】)/ 醍醐北団地(【22A】)~醍醐新町~醍醐寺前~一言寺~石田~町並~JR六地蔵~京阪六地蔵

で、山科・醍醐地区の一つの幹線系統をなしている。昼間時間帯は毎時3本(20分間隔)の運転で、大半が醍醐北団地経由の【22A】、醍醐上ノ山町経由の【22】は朝と夜のごく一部のみだ。

地下鉄東西線開通前から運行されている数少ない路線系統であり、東西線に並行しているにもかかわらず開通後もほぼそのままの形で残ったのは、小野駅以南が地下鉄と少し離れて旧・奈良街道を通り、醍醐新町・醍醐寺方面への利便性を確保するためだと考えられる。地下鉄開通前は、【22】【22A】号経路と同じ経路で、三条京阪からの【12】号経路(三条通経由)もあった。三条京阪から旧【12】号経路と同様の経路で六地蔵へバスで移動するのなら、山科駅で【19】と【22】【22A】を乗り継ぐことになる。

地下鉄六地蔵駅はJRの駅と隣接しているが、京阪六地蔵とは少し離れている。ちなみに京阪六地蔵駅は伏見区、JR・地下鉄の六地蔵駅は宇治市で、地下鉄唯一の越境区間となっている。地下鉄六地蔵駅にイトーヨーカドー六地蔵店が隣接しているが、来年2月閉店予定だ。

山科・六地蔵間は地下鉄が早いが、京阪六地蔵からだとバスのほうが安くて便利だろう。地下鉄に乗るのなら階段やエレベーターの上り下りが手間だが、バスだったらすぐ乗り降りできる。

なお、山科駅から醍醐バスターミナル(醍醐駅前)へのバスはないので注意が必要だ。

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京都市伏見区の「桃山」バス停(御香宮前)です。
京都市バスと近鉄バスが停車します。市バスは【南8】系統・<竹田駅東口~中書島>、近鉄バスは<竹田駅東口~向島駅>がそれぞれ発着します。
近鉄バスのバス停標識は昔と変わっておらず、京阪バス・奈良交通とともに奈良への路線が行き交っていた頃を思い出しました。

御香宮は名水で知られており、伏見の銘酒には御香宮の水が使われています。

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高槻市北部山間部の樫田地区(田能・中畑・二料・杉生)をゆく市営バス(JR高槻駅北行き)です。
過疎の山奥にまで路線バスを運営しているあたり、高槻市営バスはさすがですね。


第二京阪の京田辺パーキングエリアに「高速京田辺」バス停がある。
高速京田辺へはJR学研都市線の松井山手駅から約350mのところにある(駅から徒歩またはバス)。

高速京田辺には、京阪バス直Q京都号(京都交野なんば線)、京都東大阪特急(大阪バス)のほか、名古屋・静岡・長野・新潟・関東および南紀白浜方面への高速バスも停車し、学研都市線沿線から全国各地への高速バス利用者の便宜を図っている。高速バスの運行事業者は、西日本JRバス、南海バス、明光バス、大阪バスなど。特に南海高速バスの大半が第二京阪経由で京田辺バスストップに停車するのは意外だ(阪急・近鉄は名神経由)。あと、東京~京都・奈良・王寺系統(西日本JRバス)も高速京田辺に停車する。

京阪バス直Q京都号でも、松井山手駅・大阪国際大学発着系統は「高速京田辺」に止まらないので注意。そもそも、「高速京田辺」という名称では、間違いやすいのではないか。京田辺市街地とはかなり離れており、学研都市線の京田辺駅で降りたらえらいことになる。副名称に「松井山手」ぐらい入れたほうが良いだろう。

「高速京田辺」へは、一般路線バス利用で「高速京田辺前」下車。近鉄新田辺・松井山手駅から【66A】【66B】号経路などに乗車する。



来年4月1日より、近鉄バスの以下路線を取り止めると公式発表された。

上小阪線(布施駅前~樟蔭東前・金物団地前)
吉田住道線(JR住道~吉田駅前)
石切線(新石切駅前~石切駅前)
茨木線(阪急南茨木駅前~野々宮)
茨木線(阪急茨木東口~柱本~)
茨木線(JR千里丘~阪急茨木市駅)
茨木線(阪急茨木市駅~三島丘住宅前)
久宝寺線(JR久宝寺駅~八尾南駅前)
羽曳野線(高鷲駅前~伊賀2丁目~高鷲駅前)


上記路線系統のうち、大半は既に大幅減便もしくは休止されているが、来年4月には免許を手放して廃止するということだろう。近鉄バス一般路線でえげつないリストラが続いているが、運転士不足が一つの理由のようだ。梅田に乗り入れる阪奈生駒線でさえ、急激に本数が減らされ、今年12月から土曜日1本のみの運行になるという始末(大阪市営バス【36】系統とほぼ重複して競合していることもあるが)。

一般路線ばかりではない。高速バスでも八尾京都特急線が減便&値上げが決まったり、京都・大阪・神戸~宮崎・鹿児島線が運行休止となっている。



かなり昔の京阪バス路線について、一つレポートする。

今回は寝屋川営業所管内の旧・【12】号経路についてだが、これがなかなか特徴的で面白い。
実際、乗車したことはなく詳しいことは知らないが、香里園のダイエースーパーに乗り入れる一つの路線系統だった。運行経路詳細は、

寝屋川市駅→寝屋川車庫→菅原神社前→摂南大学→太間公園→木屋町→ダイエースーパー→田井→寝屋川警察署前→寝屋川市駅

で、1990年ごろまで運行されていたようだ。寝屋川市北西部の木屋地区をカバーする路線で、【12】号経路廃止後、バス空白地帯となるが、現在この地区を小型バスの「タウンくる」が通っている。

ダイエースーパー関係の路線といえば、私個人的には香里団地からの【28】号経路(成田山不動尊、田井経由)のほうが馴染みがある。【28】号経路は毎時2本程度運転されていたが、寝屋川市駅からの【12】号経路は2時間に1本ぐらいだったようだ。【28】号経路も1995年に廃止、ダイエースーパーへのバス路線は消滅する(香里団地からダイエーへは京阪香里園から徒歩でも可能だった)。

ダイエー香里店は1968年に開店、日本初の郊外型ショッピングセンターだったと言われる。
私が小学校の頃、よくバスに乗って連れて行ってもらった。昼食は店頭のスナックコーナーでお好み焼きとか、あるいはドムドムのハンバーガー、ミスタードーナツとかを買ってもらって味わった記憶がある。枚方市駅前の三越・近鉄百貨店とともに楽しい思い出の一こまだった。

しかし、1990年代半ばごろより、大型ショッピングセンターの進出競争激化の影響(大店法改正)を受け、旧来からのダイエーは陳腐化した印象が強まって低迷するようになり、香里店は2005年に閉店。その後、建物は取り壊され、マンションが立つ。ダイエーはいよいよイオンの軍門に下り、高度経済成長のシンボルだった「ダイエー」ブランドは消滅しつつある。

ダイエーから少し離れたところにグリーンシティ(ジャスコ→イオンモール)もあったが、近くにアルプラザ(平和堂)香里園が進出してから、ダイエー・ジャスコとも低迷傾向が目立つようになる。グリーンシティは今年8月末に一旦閉店した。アルプラザが一番流行っているようだが、開店からさすがに20年近く経過してくたびれた感じもする。




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津山線唯一の急行「つやま」の末期はキハ48の2両編成が使われた。
確かにキハ48は出入り口に仕切りがあり、急行列車にふさわしい最低限の体裁は整っていると言える。
肝心なのは車内の座席だが、一般型気動車ゆえ一部ロングシートがあるし、また同じ津山線を走る料金不要の快速「ことぶき」と大差のない停車駅・所要時間ゆえ、「ぼったくり急行」と揶揄された。快速に両開き扉のキハ47を使用していることに比べたらマシとも言えなくはないが。
津山市の商工会の面子を立てるために1往復だけ津山市に乗り入れる急行列車を残したと言われるが、一般旅客の目線からすれば無意味であり、2009年廃止される。


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165・455系電車およびキハ58系気動車に代表される国鉄急行型車両。
急行型車両といえば、乗降口仕切り(デッキ)付き&4人掛けボックスシートを連想するだろう。
もう一つ忘れてはならないものがある。それは、座席窓側のテーブルと下の「センヌキ」。
急行型車両が大活躍していた昭和の時代は、瓶ジュース・ビールが当たり前で、センヌキは欠かせなかった。

同じボックスシートでも、近郊型電車(113・115・415系など)および一般型気動車にはテーブルは付いてなくて、さすが急行型車両だけのことはあった。一般型車両でもJR発足後になってサービス改善の一環として、テーブルが設置されたものも多いが、さすがにペットボトルの時代にあってセンヌキまでは付いていない(今年、津山線に登場した観光車両「ノスタルジー」のキハ40系には、特注でセンヌキも設置されたが)。



今のマクドナルドには肯定的なイメージを持っていないが、1980年代まではなかなか良かったと思っている。

私にとってマクドナルドで一番思い出のある店といえば、枚方三越の店だ。ここは大阪府下郊外1号店だったようだ。百貨店の店頭にファーストフードのマクドナルドとは違和感無きにしもあらずだが、1970~80年代当時、日常的になかなか味わうことのできないマックだっただけに、これはこれでなかなか良かったとは思う。南口に到着するバスを降りると、独特の匂いがしてきたことを思い出す。

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(写真:@西舞鶴鉄道管区さまより拝借)
https://twitter.com/do_nishimaizuru/status/706822682302484480


当時、一番安い「ハンバーガー」「チーズバーガー」でも300円前後の値段だったようで、値段に見合った高級感があって美味しかったように記憶している。ハンバーガー・ポテト・コーラは当時の私たち子どもには一つのご馳走だった。今は100円と非常に安くなっているが、その分品質が落ちているように感じる。最近、「店内が騒がしい」「ゴミが散らかってて汚い」「食べ残しが多い」など顧客のレベルも下がっていることもあって、マックを敬遠する人が増えている。

三越前のマックは、1990年4月、ビオルネがオープンしてからそちらに移転する。ビオルネの華々しいオープンから26年経過するが、三越・近鉄百貨店閉店とともに、ここも近頃はあまり冴えない。

ここ3年ほど、マックの重なる不祥事がニュースになったことも業績悪化の引き金になっているようだ。枚方・交野・寝屋川でもマックの店舗が多いが、今年東田宮と香里園駅前が閉店となった。今、マックはテキサスバーガーと「ポケモンでGo」がプラス要因で「復調の兆しがある」と伝えられているが、果たして本物なのか?

ちなみに、枚方近鉄南側の「現代枚方ビル」のあるところには、ドムドムの店もあった。ドムドムといえばダイエー(→イオン)店舗の中に必ず入っていたが、マックやロッテリアに比べて地味で、忘れられた存在となっている(ダイエーそのものが姿を消しつつある)。味は悪くはないが・・・。

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