4)守口・門真地区路線について

守口・門真市内のバス路線は大幅な縮小傾向にあり、本数はあまり多くなく便利とは言えない。
この界隈のバスの旅をするなら、京阪大和田駅、古川橋駅、守口市駅を拠点としてプランを立てたほうが賢明だろう(門真市駅からのバスは1日1本だけでほとんど使い物にならない)。
京阪大和田駅からは、門真団地・寝屋川市駅・四条畷駅各方面へのバスが少なくとも毎時1本発着している。地下鉄門真南方面へ向かうなら、古川橋駅北口から小型車の[7]号経路に乗車することになる。古川橋駅(南口)からのバスは、短距離系統の[5]号・試験場前方面行きのみで、バス旅を楽しむにはあまり面白くないかもしれない。
地下鉄門真南からのバスは、京阪バス[7]号経路と大阪市営バスの大阪駅行きのみが発着する。大阪市営バスの運賃は均一210円で割安感があり、カード利用だと乗り継ぎ割り引きが適用されるので、非常にお得だ。

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地下鉄門真南バスのりば(なみはやドーム前) 大阪市営バスのほうが発着本数が多い

京阪守口市駅からは、寝屋川市駅・JR吹田・鶴見緑地方面へのバスが毎時1~2本発着している。特に寝屋川市駅へのバスは毎時4本確保されていて比較的便利だ。大阪市内方面へは、「地下鉄守口」から「守口車庫前」まで徒歩5分ほど、そこから市営バスに乗り継ぐことができる。市営バス守口車庫前と同じ場所に京阪バス「土居」バス停があるが、京阪バスの本数は少ないので注意。また、守口から大和田・門真方面へのバスは廃止されてしまったので、古川橋・大和田まで京阪電車に乗るしかない。

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「土居」バス停(北行き)(2012年撮影) 大阪市営バスの「赤バス」は廃止された


5)磐船街道~田原地区

磐船街道を通って奈良県に乗り入れるバスは、現在[18]号経路<京阪交野市駅~田原台一丁目>が土休日ダイヤに2往復だけ運行されている(かつては奈良交通の京阪私市~東生駒駅系統があり、京阪バス[18]号も清滝峠を越えて京阪大和田駅までの長距離路線だった)。運賃は全区間通して350円だが、「1Dayチケット」が使えるのはうれしい。もちろん往復すれば十分モトが取れる。
ただ、単純な往復乗車だと、あまり面白みがないし、運転手との関係も気まずくなりそうだ。
そこで、田原台1丁目から先、どうするか。 「四條畷市コミュニティバス」(京阪バスが運用担当、「1Dayチケット」は使えない)に乗り継ぎ、清滝TNを抜けて四条畷駅・忍ヶ丘駅へ出るのが一番無難だろう。また、運賃は高いが奈良交通の生駒駅行きに乗り継ぎ、奈良方面へ向かうもよし。

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田原台1丁目バス停 奈良交通の生駒駅行きは毎時4本あたり発着する 
道路を挟んだ向かい側に「四條畷市コミュニティバス」の停留所がある



京阪バス「1Dayチケット」(大阪版)(600円)を使ってバス乗り継ぎ旅行をすることについて、気になることを思いつくまま書く。

1)高槻から先どうする
阪急・JR高槻界隈は繁華街、商店街、百貨店、ショッピングセンターが揃っていて、グルメや買い物を楽しむには非常に便利なところだ。「1Dayチケット」を使えば、枚方・高槻間の往復(520円)プラスαで十分元が取れるので、非常に便利だ。
ただ、ショッピング・グルメよりもバス乗り継ぎの旅・探検を目的とする人には、少し損な気もする(笑)。というのも、高槻から京阪バスに乗るなら枚方方面へ戻るしかないからだ。
それならば、 阪急もしくはJRに乗って茨木・吹田方面へ「ワープ」し、そこから寝屋川・守口方面へ抜けるのも一つの方法。しかし、そこからバス乗り継いで枚方へ戻るの にはかなり時間がかかるので、あまり時間的余裕がないときはためらってしまう(せいぜい茨木から枚方行きのバスに乗るぐらい)。

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JR茨木東口で発車を待つ[12]号経路・寝屋川市駅行き


京都方面へ寄り道するなら、JR長岡京または阪急西山天王山まで電車に乗って、[90]号経路・淀行きのバス(阪急バスと共同運行)に乗り換えることが思いつくが、大阪地区の「1Dayチケット」はもちろん使えないし、淀から先の交通ルートでもさらなる出費が必要。

2)学研都市線を梯子してバスに乗り継ぐ
JR学研都市線を梯子しながら四條畷・星田・穂谷・長尾方面のバス路線を乗りまわることももちろん考えられる。
ただ、学研都市線の駅からのバスは本数の少ない路線系統が多いので、事前に時刻表を調べるほうが良い。快速停車駅の四条畷・星田・長尾・松井山手からはバ スの本数は比較的多めなので、慣れないならこれらの快速停車駅を選べば良いと思う(ただし、昼間時間帯は四条畷以東各駅停車の「区間快速」が毎時4本のみ)。具体的に、

四条畷駅・・・[20]イオンモール四條畷(毎時4本)、[21]京阪大和田駅(40分間隔)、他
星田駅・・・[41B][45B][47B]ビバモール寝屋川・寝屋川市駅方面(毎時2~3本)、他
河内磐船駅・・・[9C][17C][17D]京阪交野市駅方面(毎時1~2本)、他
長尾駅・・・枚方市駅北口行き(毎時4本)、枚方市駅南口行き(毎時2~3本)、樟葉駅行き(毎時2~3本)、他


上記快速停車駅のうち、星田・河内磐船からのバスは本数が少なく、特に河内磐船駅での電車とバスの乗り継ぎは、JR線が改札口とバスのりばに挟まれているため、あまり便利ではない。
あと、松井山手駅からだと、[26]号経路・枚方市駅行きを除いて「1Dayチケット」は使えないが、樟葉駅・近鉄新田辺行き([31][67D])が毎時4本、穂谷行き([82][83])は毎時2本発着しており、有効範囲外の分の運賃を別に払って乗車するのも一つの方法(このほか、平日ダイヤに朝・夕のみ各1本の[63]号・ポエムノール北山行きを狙ってみるのも面白い)。
ゆえに、四条畷・長尾・松井山手駅でバス乗り換えのプランを立てたほうが動きやすいだろう。
このほか、快速通過駅の忍ヶ丘・東寝屋川・津田駅からもバスはあるが、本数は少なくあまり便利ではない。津田駅からは枚方市駅・穂谷・京阪交野市駅・香里園など各方面へのバスが毎時1~2本発着していて比較的便利だが、以前に比べて発着本数が減っており、あまり便利とは言えない。

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忍ヶ丘駅からのバス発着本数は非常に少ない(写真は四條畷市コミュニティバス)

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河内磐船駅バスのりば JR改札口へはJR線の下をくぐって反対側に回る


3)八幡からどうする?
「1Dayチケット」は八幡市内路線も範囲に入っているが、なぜか意外に敬遠してしまう。
京阪八幡に発着するバスで「1Dayチケット」が有効に使えそうなのは樟葉と結ぶ[32][41]号経路ぐらいで、岩田・内里・新田辺方面行きは途中から「1Dayチケット」範囲外に入ることも一つの理由だと思う。
ごくたまに樟葉駅から[32]号経路に乗って八幡に足を伸ばすこともあるが、本数は毎時2本で多くはなく、単純に樟葉駅までバスで折り返すのも面白くないか もしれない。こんなとき、追加運賃持ち出しで新田辺行きのバスに乗るのもよし、京阪電車で樟葉・枚方市・香里園・寝屋川市へワープするのもよし。あるいは 八幡市内線[33]号経路(西戸津行き)の小さいバスに乗ってみるのも乙だろう。八幡市駅前の喫茶店(特に「走井餅」がおススメ)に入って折り返し樟葉行きのバスを待つ のも良い。
あるいは樟葉駅から男山車庫までバス、そこから石清水八幡宮まで徒歩、お参りのあとはケーブルまたは徒歩で八幡市駅まで下山してバスで樟葉へ戻る、というのも面白い。

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石清水八幡宮本殿


それから、正月3が日のみの限定で、八幡~JR山崎系統のバスが運行されるので、このときだけ八幡~山崎~(JR)~高槻へと回ることもできる(「1Dayチケット」は使えないが)。

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八幡名物・走井餅






かなり以前にYoutubeにアップされたものなので、ご覧になった方も多いかと思いますが、簡単にコメントさせていただきたいと思います。

5分余りの動画ですが、昭和58年当時の浜大津駅構内と京阪三条駅構内の様子が録画されており、非常に貴重です。
京阪三条駅構内はもちろん地上駅だけど、6000系4連の宇治行き、冷房改造前の1900系の普通・淀屋橋行き(旧1810系先頭車も貴重!)、ホロ付き2600系30番台の急行などが登場、1983年(昭和58年)の京阪線1500V昇圧直前のものとわかります。駅構内に流れるBGMや発車メロディも懐かしいですね。
当時、改札を通らずに京阪本線と京津線の乗り換えが簡単に出来たが、今ではどちらも地下線となってしまい(京津線は地下鉄東西線に代替)、乗り換えもかなり不便になってしまいましたね。

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京阪7200系は1995年に登場。8両編成2本(7201F、7202F)と7両編成1本(7203F)が製造され、その後も老朽化の進む1900・2600系の置き換えを目的で増備されるものかと思いきや、1995年の23両にとどまる(その後、朝ラッシュ時の特急枚方市停車に対応して9000系セミクロスシート車、支線ワンマン運用向けの10000系などが投入されるも、いずれの形式も少ない両数に終わる)。
7200系の8両編成(7201F・7202F)は、中間車3両を抜いた5両での運用も可能で、実際1998~99年の臨時「宇治快速」や、2013年までの毎年8月に開催される宇治川花火大会時の宇治線増発用などで5連で運用された経験がある。また、2002年と2006年春にも一時的に5連化されて交野線・宇治線の運用に就いたことがある。

しかし、2015年春に7201Fが7連化された。

2003年秋ダイヤ改正以降、特急の枚方市・樟葉停車により、京都口の列車種別は特急と準急(萱島以東各駅停車)または普通の2本立て体制が確立、一般車は7両編成の運用が大幅に増える。というのも、中書島以北の急行通過駅のホームは8両対応ではないため(8両対応にするための工事も困難なようだ)、どうしても7両編成で運用せざるを得なくなる。従前、急行および大阪口準急(淀以西折り返し)の主役だった一般車8両編成(6000、7200、9000系など)は余剰気味となってしまう。さらに、2016年3月ダイヤ改正では特急以外の下位種別は7両編成の運用が大幅に増え、昼間の一般車8連口は大阪口普通(萱島・枚方市折り返し)の一部運用に就くだけとなっている。

加えて、5両編成の運用も、交野線・宇治線のワンマン化完了(終日4両運転)に伴い消滅したため、7200系の5連化対応のための機器も不要となる。

さらに、6000・7200・9000系など新しい形式は8連口に優先的に投入されてきたため、7両編成は2200・2600・1000系など古い車両が全体的に多く、老朽車両の置き換えも差し迫りつつある。既に13000系の7連口2本が2014年に投入されているが、それだけではとても間に合わず、余剰となった一般8連口を有効活用すべく、7200系7201Fと9000系9001・9002Fの3本が2015年春に7連化改造を受けた。


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2007年1月に撮影した京阪八幡ロータリーの光景です。
「京阪宇治交通」が京阪バスに合併されて1年余り経過した頃でしたが、
まだ宇治交カラーの車両が健在でした。
京阪宇治交通男山のシンボルだった三菱エアロスターM(左)と、田辺所属の富士重7E(右)は、
大阪府流入規制のため、翌年2008年末までに京阪バスから除籍されました。

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大阪市交30系とスタイルは非常によく似ていました。
御堂筋線でこれが来ても、一目で北大阪急行の車両だと感じる乗客は少なかったように思います。
ただ、内装は阪急と同じ木目調の壁と緑の座席モケットで30系とは一線を画していたようです。

1980年代後半に登場した8000形は、外観・内装とも非常にスタイリッシュでインパクトが強く、
「ポールスター」と名づけられ、北大阪急行オリジナリティがはっきり表れました。
その「ポールスター」8000形も、現在9000形に置き換えられつつあり、引退が始まっています。



キンコンカンコン♪ 
まもなく2番線に京都出町柳行き急行が8両でまいります。
停車駅は寝屋川市、香里園、・・・、です。
七条には特急が先着いたします。

2番線の出町柳行き急行が発車いたします。
扉にご注意ください。
プルルルルルル♪



この書式の放送は1985年末~2003年9月ダイヤ改正まで使われていました。
確か1985年12月に京阪線の自動放送システムが稼動開始したようです。
1987年ごろから電車の編成両数まで案内されるように記憶していますが、
当時としては画期的なサービスだと思いました。
また、本線だけでなく交野線(枚方市駅5・6番のりば)にも自動放送システムが採用され、
京阪のやる気を感じたものです。交野線については、

キンコンカンコン♪ 
まもなく6番線に私市行きが4両でまいります。
各駅に止まります

だったと記憶しています。

なお、「扉にご注意ください」は1990年秋ごろより省略されるようになりました。



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この度は、エキサイトブログ
http://naohiko.exblog.jp/
からライブドアブログへの移転を試みました。

今後は旧アカウントでの更新は停止、こちらのライブドアブログで更新しようと考えています。

どうぞご愛顧のほど宜しくお願い申し上げます。

大阪府の最北端といえば、能勢町の天王峠であることはよく知られている。国道173号線(篠山街道)がカーブを描きながら能勢町と篠山市(兵庫県)の府県境を来たり戻ったりで、峠付近の見晴らしが最高だ。

最西端と最南端は一致していて、大阪湾(紀淡海峡)と和歌山県境に面している岬町で、これも地図を見ればすぐわかるだろう。

さて、大阪府の最東端は?
それは私もあまり気づかなかったが、実は枚方市の尊延寺、京田辺市との府県境にあたる。ちょうどこの付近を国道307号線が通っている。
京田辺市に入ってすぐのところに、河内峠という峠がある(京阪バス「河内峠」バス停もある)が、能勢の天王峠ほどではなく小高い丘陵地帯のようなところで、京田辺市街地もすぐそこだ。付近は工場およびゴミ焼却場があってゴチャゴチャしている。
近鉄新田辺と穂谷を結ぶバスが毎時1本程度通っているが、穂谷に関西外大キャンパスが立地するため登下校時間帯は学生たちで混雑し、直通便も増発される。

ちなみに、能勢・天王峠を越えるバスは、かつて国鉄バスが能勢町と篠山市街地を結んでいたそうだが、JR発足直前に廃止されたようだ。その後も天王集落まで阪急デマントバスが運行されていたが、今はバスが来なくなった。

大阪府北東部から京都府南部を通る片町線(学研都市線)。

現在は「学研都市線」というナウい愛称名が付いていてスマートな207・321系通勤型電車が行き交うが、かつて「牛が引っ張る片町線」とも揶揄されるほ ど、遅くて不便でイメージはあまり良くなかった。長尾以西の大阪府内区間は1950年までに電化されたものの、1970年代の遅い時期まで旧型国電のたま り場で、京都府下の長尾-木津間にいたっては1・2両の気動車が1~2時間に1本行き来する非電化のローカル線だった。大阪府内の電化区間でも、四条畷以 東は長い間単線のままでローカルムードが濃かったようだ。

しかし、1970年代後半より急速に改善が進み、大阪都市圏の主要幹線鉄道としての地位を高める。

まず、1977年には101系新性能電車が投入され、旧型国電を一掃した。2年後の1979年には四条畷-長尾間の複線化とスラブ軌道化が施され、5年前 に開通した湖西線と同様の高規格路線に生まれ変わった(片町線の長尾付近から京都方面へ分岐して山科と結んで湖西線と結び、北陸筋の特急や貨物列車を回す 計画構想があったようだ)。この複線化完成を機に、片町(廃止)-長尾間の各駅に当時の国鉄では珍しい自動改札機が設置され、電車は5両から6両編成に増 強、合わせて103系高運転車も新製投入された。そして1983年ごろより、東海道山陽緩行線から103系冷房車が転属、非冷房の101系の大半を置き換 え、一気に冷房化率がアップ。一部の101系についても冷房工事を施される。利用客が急増したため、1985~86年にかけて、7両編成化も実施される。

非電化で残った長尾-木津間も、1986年には同志社大学京田辺キャンパス開校に合わせて新駅「同志社前」が開業する。これを機に、同区間の電化への機運 が高まる。翌年1987年のJR発足後、すぐに長尾-木津間の電化工事を発表。1988年には片町線に「学研都市線」という愛称名が付けられる。1989 年春に電化完成と長尾-大住間に松井山手駅が開業(松井山手以西は複線)、長尾駅での乗り換えの必要はなくなった。

全線電化に合わせて快速電車の本格的な運転を開始する。電化当初は103系の改造で対応、松井山手-木津間は3両編成としたため、快速はほぼ終日3両編成 で、京橋付近は大混雑だった。翌年1990年には同志社前・木津方面直通電車は4両編成に増強される。そして、片福連絡線(JR東西線)開通に先立って 1991~92年に207系通勤型電車が投入され、松井山手以東へは207系ばかりとなり、3年前までキハ58系などが行き来していたとは信じられないほ どの変貌を遂げた。207系は窓が大きく内装・外観ともスタイリッシュでロングシートながら座り心地は非常に良く、沿線住民に好評で迎えられた。京阪本線 沿線に比べて田舎だった東寝屋川・星田・津田・長尾方面も、新興住宅地造成および大学誘致などが進められてゆく。

そして、1997年3月には待望のJR東西線(京橋-尼崎間)が開通すると、片町線はJR東西線と一本化され、尼崎を経てJR宝塚線(福知山線)および JR神戸線(東海道・山陽本線)と終日直通運転が行われるようになる。運用車両は207系で、快速電車はJR宝塚線、普通電車は主にJR神戸線へ直通す る。これまで北摂・阪神間とあまりつながりのなかった大阪北河内地域および京都府南山城地域から一本の電車で宝塚・三田・神戸・明石まで行けるようになる とは、まさに夢のようだった。また、東西線開通までは基本的に4両編成だった快速電車も、松井山手以西は7両に増強、松井山手駅で増解結が終日行われるよ うになった。
なお、東西線開通の前日に片町-京橋間は廃止され、翌日より片町線の正式区間が京橋-木津間となったため、もはや「片町線」と呼ぶ理由がなくなった。片町線に残った103系も前年の1996年までに完全引退し、207系に統一された。

その後も、2002年ダイヤ改正では快速の星田停車と7両運転区間の京田辺駅までの拡大、2003年にはJR宝塚線の中山寺に快速停車など、イケイケドンドンの快進撃が続き、京阪・阪急など関西私鉄には脅威となる。



しかし、2005年のJR宝塚線尼崎脱線事故で転機を迎える。
この事故で、これまでの拡大・高速路線を取っていたJR西日本の経営方針の根本的転換が迫られる。
事故車両が207系(同志社前行き快速電車)ということで、せっかくの爽快スタイリッシュな車両のイメージが傷つけられ、塗装デザインの変更を受けること になった。事故が起きた年に、207系の車体スタイルを踏襲した321系が登場、JR京都・神戸線の201・205系を置き換えた。

尼崎脱線事故は、急成長を遂げてきた学研都市線および沿線地域の活性化にもマイナスの影響を与えることになったものと感じる。

それでも2010年までは、学研都市線についてまだ前向きな話題も多かった。2008年ダイヤ改正では学研都市線に321系の運用開始(ただし京田辺以 西)と、おおさか東線部分開通(放出-久宝寺間)に合わせてJR東西線・おおさか東線経由尼崎-奈良間の「直通快速」が223系6000番台で登場、東西 線・学研都市線にも初めて223系転換クロスシート車が営業運用に入ることになった。
2010年春には木津まで7両対応となり、学研都市線全区間において7両編成の電車が乗り入れ(7連口固定の321系も木津までの営業運用開始)、途中駅での増解結を解消、所要時間短縮が図られた。

しかし、2011年ダイヤ改正より、学研都市線については後向きなダイヤ改悪が進められるようになる。
大阪駅ビルのグランドオープンに合わせ、JR宝塚線の電車は大阪駅直通のダイヤ編成が重視され、JR東西線・学研都市線へ直通する電車が減らされる。昼間 の学研都市線快速電車は尼崎または塚口折り返しとなり、宝塚・新三田直通を取りやめる。尼崎-奈良間(おおさか東線経由)の直通快速も、JR東西線北新地 駅のホームドア実施に合わせて4ドア車の207・321系に変更、223系の運用がなくなった。
その後も松井山手の一つ手前の長尾で折り返す電車が増えたり、ダイヤ改正ごとに後退が続く。

そして2015年のダイヤ改正はかなり衝撃的だった。
昼間時間帯の快速電車をやめて四条畷以東各駅停車の「区間快速」に変更、さらに普通電車は四条畷折り返しとなり、四条畷以東の列車本数が半減した。

最近の学研都市線四条畷以東は寂れているような印象があり、衰退の道を歩んでいるかのようだ。
同志社大学京田辺キャンパスの京都市内回帰(文系学部)や第二京阪開通などの影響がありそうだ。同志社のほか、枚方市東部の大阪国際大学杉キャンパスの閉 校も予定されており、関西外大穂谷キャンパスも今後どうなるかわからない。しかし、同志社の京都市内への復帰にしても、尼崎脱線事故の心理的影響は小さく ないだろう(あの事故で同志社の学生の尊い命が奪われた)。

学研都市線が衰退路線を歩んでいる別の理由に、JR東西線の利用客数の伸び悩みもあろう。東西線の北新地駅は地下道で大阪駅・梅田と結ばれているが、少し 距離があって不便だ。学研都市線から梅田へ行くために京橋で環状線に乗り換える利用客も多い。おまけにJR東西線内は快速電車も各駅停車ゆえ遅いというイ メージがある。JR東西線は阪神・近鉄の相互乗り入れを介する阪神なんば線と比較されることが多いが、阪神なんば線のほうが神戸三宮・なんば・奈良を一本 の電車で結んでいるだけ活気があると感じる。

学研都市線の衰退は、枚方市東部および交野市・寝屋川市東部の京阪バス路線にも影響が出ている。特に津田駅に乗り入れるバスの本数が大幅に減らされた。尊 延寺・穂谷方面へのバスは、津田駅・長尾駅から毎時各1本となって不便だ(松井山手発着便は毎時2本設定されているが)。河内磐船・星田・東寝屋川・忍ヶ 丘の各駅に発着するバスも本数が少なくて使いやすくない。津田・河内磐船両駅から京阪交野市駅へのバスは概ね30分に1本は欲しいところだ。香里園へは津 田よりもむしろ星田駅(ビバモール経由)からのバスにするほうがよさそうだ。

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