京阪バス男山営業所の【1】号経路<樟葉駅~ポエムノール北山>

この路線系統は、どちらかといえばレア系統の部類に含まれるでしょう。

しかし、特定の時間帯のみに集中して、それなりの運行本数が確保されているのが特徴です。樟葉駅発は朝、ポエムノール北山発は夕方の時間帯にそれぞれ設定(平日・土曜・日祝日とも同様)。

運行経路は、

樟葉駅~あさひ~船橋~中の池公園~企業団地中央~田近2丁目~田近3丁目~高野道~家具町1丁目~家具団地~北山中央~ポエムノール北山

で、樟葉駅~家具団地・北山系統(北山線)の一つ。北山線は【2】【2A】【大2】号経路が基幹系統ですが、【1】号経路は企業団地中央・田近2丁目を経由する点で、北山線の他系統と異なります。

すなわち、【1】系統は、招提田近の枚方中小企業団地内を小まめに巡るものですが、それは運行時間帯からも、企業団地への通勤客に配慮するためと判断できます。しかも平日だけでなく、本数は少ないながら土曜・日祝日も運行しているところが、良心的ですね。

京阪宇治交通時代(1971年~)から運行されている老舗路線(当時は樟葉駅~家具団地間の運行)で、男山営業所開設前(1974年)は宇治営業所の担当だったようです。また、一時期、家具町1丁目~大阪工大~北山中央経由の【大1】号経路も運行されていました。



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京阪バス招提線【84】号経路・<樟葉駅~北片鉾~京阪牧野駅前>

運行経路は、

樟葉駅→くずはモール→なみき→船橋住宅→牧野小学校→第三中学校前→宇山東町→牧野本町→北片鉾(中央図書館前)→牧野本町→京阪牧野駅前→宇山東町→第三中学校前→牧野小学校→船橋住宅→なみき→くずはモール→樟葉駅

の「半循環」タイプ系統。

もともと、樟葉駅~船橋・牧野地区循環として運行されてきたが、樟葉駅と枚方市立中央図書館(北片鉾)へのアクセスを図り、2018年4月より牧野本町~北片鉾間への乗り入れを開始。北片鉾バス停で枚方市駅行き【12】号経路に乗継可能です。

招提線は従来枚方営業所が担当してきたが、2018年4月より樟葉・牧野循環系統【84】【87】号経路は男山営業所に移管。小型車(主にポンチョF-3041ほか、緑のエアロミディU-1149も時々入る)で運用されています。運行ダイヤは樟葉駅発9~16時台に毎時1本。

2018年の北片鉾乗り入れ開始当初、枚方から転属の幕車リエッセ(E-3099)が運用されるが、半年ほどで引退しました。


(その1)
http://katanogawara.blog.jp/archives/35637842.html

長尾から乗車した気動車はキハ53+キハ47の2両編成。当時、片町線の非電化区間にはキハ58系(キハ28・58)が多かったが(主にキハ35・キハ47との混結)、今回乗り合わせた列車にはキハ28・58が連結されていないのは残念でした。キハ58形に代わりに、同じDMH17H型2エンジンのキハ53が組まれることもありました。しかし、キハ53形は少数派の国鉄気動車形式(キハ23形の2エンジン版)で、今となっては貴重なので、しっかり乗っておけばよかったです。

片町線を走る気動車は、当時亀山機関区(→亀山鉄道部)の管轄で、関西本線非電化区間(亀山-加茂・奈良)と共通運用でした。2年前までの国鉄時代は、三重県下の紀勢本線(亀山-新宮間)や参宮線などの運用もあったが、亀山駅でJR東海とJR西日本に分割されたため、運用範囲は大幅に縮小され寂しくなったものです。

長尾を発車した気動車は、さっそく新しく付け替えられた(合わせて複線化)線路を徐行。大阪・京都府県境にあった片町線唯一の山岳トンネルは明治期建造の貴重な鉄道遺産だったが、新線切り替えで消失しました。

県境を越えて間もなく、建設中の松井山手駅を通過。松井山手駅は電化と同時に開業。京阪電鉄の新しい街づくり事業(京阪東ローズタウン)を展開することから、建設費は京阪の負担で賄われました。かつては雑木林の中ののどかな里山だった一帯も、街開きで大きく変貌を遂げ、将来ここに北陸新幹線が通る計画です。また第二京阪・新名神の全面開通を前に、高速道の要衝(八幡京田辺JCT)として新たな開発が進行中です。松井山手から先、単線区間となります。

車掌さんが車内検札が来てドキッとしました。片町駅から120円区間の乗車券を提示。案の定、不審がられたようだが、「大回りで大阪城公園まで乗ります」と一言説明してやりすごしました。これも、近郊区間大回り乗車など、あまり一般に理解されていなかった当時ならではのエピソードと言えます。それに、今時のローカル線ではワンマン運転が当たり前で、車掌さんが検札・集札すること自体、貴重な光景ですね。

田辺駅(→京田辺駅)は当時木造駅舎だったが、現代的な郊外駅に生まれ変わり、駅前にはアルプラザ(平和堂)も開業。木津行きのりばホームにはC11 324号機が静態保存されていました。京田辺市の観光名所として、一休和尚の「とんち」で知られる一休寺があります。また、京田辺は高級茶・玉露の産地としても有名ですね。

同志社前駅は同志社大学京田辺キャンパス開校に合わせ、2年前に開業。電化後、ここで折り返す列車が新設されるため、折り返し用ホームの増設工事中でした(そのホームは撤去され、今は棒線一面に戻った)。振り返れば、同志社前駅開業は、片町線全線電化を予感させるニュースだったように思います。

進行方向左側に並行する近鉄京都線も、どちらかといえばローカルな雰囲気が色濃かったけど、けいはんな学術文化研究都市開発などを控え、この年に京都市営地下鉄烏丸線と直通運転(北大路-竹田-新田辺間)が始まり、また1990年代にかけて編成増強や高架化工事、新駅開業なども進みました。

近鉄に比べて列車本数の少ない片町線も、今では7両編成の207・321系4ドア電車が全線を走るようになりました。非電化時代とあまり変わらない雰囲気の無人駅に7両編成の電車が止まる光景は、ミスマッチと言えるでしょう。車両のバラエティに関しては、伊勢志摩ライナー、しまかぜ、汎用特急車、京都市交10系ほかが賑やかに行き交う近鉄のほうが楽しいでしょう。

祝園を発車してしばらくすると、近鉄の下を潜り抜けて分かれ、終着駅・木津に到着。

* * * *

関西本線(大和路線)に乗り換え、奈良を経て天王寺に向かいます。奈良までは、おそらく奈良線から直通の電車(105系)だったと思います。木津駅4番ホームには2両編成の気動車(キハ58+キハ47?)が止まっていました。夕方の片町線運用の待機でしょうか。

奈良駅構内の売店で、中華まんじゅうを買って小腹を満たし、快速電車大阪行きに乗り換え。大和路線の快速電車には主に113系赤帯が使用されるが、翌年夏までに早々と221系に置き換えるという快挙を成しました。

天王寺駅で環状線内回りに乗り換え、大阪城公園で下車。公園内を抜けて確か天満橋(もしくはOBPから京阪京橋駅だったかも)まで歩いたと思います。



1988年11月某日の午後、暇ができたので、全線電化直前の片町線(学研都市線)の小旅行をしました。

出発駅は今はなき片町駅から。120円の片道切符を買い、自動改札機を通過(当時、関西の国鉄・JRの自動改札機は片町線片町-長尾間各駅のみに設置)。片町駅は片町線の終点であり、 京橋から大阪都心部へ一歩進んだ(0.5kmほどの)場所にありました。京阪電車天満橋-京橋間の中間地点にあり、かつて京阪にも片町駅がありましたね。

片町駅は市内中心部、特に天満橋の官庁街や大阪城に近いのに、京橋とは対照的に昼間は閑散としたターミナルでした。片町駅は地下線のJR東西線(京橋-尼崎)開通(1997年)と同時に廃止されました。片町駅の機能はJR東西線の大阪城北詰駅に代わりました。

片町駅からは長尾行きの普通電車(たぶん103系)に乗車しました。

京橋駅は大阪環状線および京阪電車との乗換駅で大阪市東部のターミナルとして賑わいを見せています。駅前ではダイエー京橋店(→イオン→閉店)や京阪モールなどのショッピングセンターを核に、周辺の商店街と連なって繁華街を形成。さらに2年後の1990年には、鶴見緑地で開催される花博開幕に合わせて地下鉄長堀鶴見緑地線(7号線)の部分開通と合わせ、吹き抜けの地下飲食店街「コムズ・ガーデン」がオープン、ターミナルとしての求心力が高まりました。

京橋を発車後、放出を過ぎたあたりで大阪市から抜け出ます。近畿車輛のある徳庵、江戸時代の河内平野一帯の新田開発の歴史を刻んだ鴻池新田を経て、高架工事完成前後の住道駅、そして「野崎まいり」で有名な野崎を通り、四条畷に。

四条畷までの区間は関西の国鉄で最も早く戦前に電化され、下町を走る私鉄のような雰囲気が感じられます(この先、長尾まで戦後1950年に電化)。1977年ごろまで走っていた旧型国電は、この沿線風景に見事溶け込んでいたようですね。また、1970年代初頭までは蒸気機関車C11に牽引された貨物列車も片町線を走り、旧型国電と並ぶ渋い光景も楽しめたことでしょう。

1970年代末から片町線の新性能化(101・103系投入)、四条畷-長尾間複線化と同時に片町-長尾間各駅への自動改札機の実験的導入、合わせて編成増強と冷房化が国鉄末期の数年間で一気呵成に進められ、前進飛躍を遂げました。今度の長尾-木津間電化、および片町線と福知山線を結ぶ計画に始まったJR東西線の開通も、その成長路線の軌道に乗ったものと言えるでしょう。

四条畷駅前といえば、パチンコ屋さんの賑やかな音が聞こえてきて香里園や瓢箪山と何となく雰囲気が似ているが、気のせいでしょうか?(実際、ここと瓢箪山を結ぶ近鉄バスがあった)。駅の北西側は商店街(楠公通り)で賑わいを見せます。

四条畷-長尾間は1979年に複線化工事が完成したため、線路や駅ホームは新しく(東寝屋川→寝屋川公園と藤阪の2駅も同時開業)、また一部は高架線に付け替えられたこともあり、特急【雷鳥】が高速で翔る湖西線と雰囲気は似ています。そういえば、長尾付近から京都山科への連絡線を作って湖西線と接続させ、片町線に北陸筋の特急を走らせる構想もあったみたいで、これが北陸新幹線の京都~松井山手~新大阪ルートとして現実のものになろうとは偶然でしょうか?

電化区間の終点・長尾駅に到着。長尾駅は大阪府最東端(枚方市)の鉄道駅で、ここから先は京都府内の非電化区間でした。地下道を通って気動車用ホームに移ります。



大阪メトロ御堂筋線の10系(非10A系)が全廃となりました。

御堂筋線用10系は1979~89年の10年間にわたって26編成を製造。旧来の30系のレイアウトを踏襲するものですが、顔は国鉄201系電車同様の当時流行のブラックフェイス、また第三軌条線初の冷房車として地下鉄での先進的なサービス水準を誇るものでした。制御方式は当時流行の電機子チョッパー制御で、昭和~平成初期の御堂筋線を象徴する車両でした。

その後、御堂筋線の10両編成増強(1996年)に対応して、第1~3編成はばらされて中間車が第4編成以降に組み込まれ、一部余剰車両の廃車が発生。また、新20系などの各線への投入が続き、御堂筋線に乗り入れる北大阪急行も8000系「ポールスター」に更新する中、1号線・御堂筋線の顔である10系の老朽化が目立つようになり、1998年よりリニュアル工事が順次行われます。但し第4編成はリニュアルの対象外で、工事期間中の車両不足を補う「つなぎ役」とされました。また。更新工事を前に、新20系21形の第18編成が追加製造されました(これが新20系最後の編成である)。後期車の第17~26編成にはリニュアルとともにVVVF化工事も施され、制御方式が異なることから10A系という別形式が与えられました(車両番号の変更は無し)。

10系の更新工事完了時(2011年)に、第4編成は廃車。その後、10A系化の対象外となった第16編成以前は、30000系に置き換えられる形で廃車が進み、最後まで残った第13編成も今月、廃車されました。これにより、大阪メトロを走る非VVVF車は堺筋線に直通する阪急3300・5300系のみとなりました。

そして、既に10A系の引退も始まっています。


阪急バス芦屋有馬線【80】系統。

阪神芦屋と有馬温泉を芦有ドライブウェイ経由で結ぶ山岳路線です。

もとは、芦有ドライブウェイを運営する芦有開発によって運行していた「芦有バス」ですが、1977年阪急バスに譲渡。現在も「芦有バス」の名で親しまれています。

運行経路・主な停留所は、

阪神芦屋~JR芦屋南口~阪急芦屋川~山手町~芦屋ゲート~奥池~展望台~宝殿橋~有馬東口~有馬温泉(太閤橋)

現行の運行ダイヤは、土休日のみの運転で1日4往復(冬季運休)。以前は有馬温泉から先、山口営業所前(西宮市)まで運行されていたそうです。

芦有バスとしては、ほかに表六甲側のみの区間系統、【81】系統<阪神芦屋~芦屋ハイランド>があります。奥池までは【80】系統と同じルートです。芦屋ハイランドは芦有開発がデベロッパーとなって経営する住宅地。運行本数は【81】系統のほうが多く(毎時1~2本)、【80】系統の運行時間帯は両系統のペアで30分間隔のダイヤを構成。

芦屋浜営業所の担当です。以前は山口営業所と共同管轄だったようです。

芦屋浜営業所管内の芦屋市街地路線はなぜか系統数がやたら多く、経路も複雑で、覚えにくいですね。


京阪バス2020年7月の新車情報です。

F-3048 山科(京都200か3868)
F-3049 交野(大阪200か4910)
H-3334 洛南
N-6322 香里団地(大阪200か4914)
N-6323 高槻(大阪200か4919)

今回、高槻へのエルガLV290配置がサプライズでした。LV290は2016年、いち早く高槻に数台配置されたものの、2017年には古いブルーリボンIIと入れ替わる形で交野や京田辺に転属(京田辺転属車はその後、寝屋川・山科にも転属)。高槻には新しいLV290・KV290は配属されることはないのかと思いきや、N-6323が納車され、驚きました。N-6323の代替はN-1102(エアロミディ10.5m車)です。いよいよ高槻のエアロミディ全廃も秒読みでしょう。

ポンチョF-3048・3049ですが、山科のF-3048は【17】号経路など、交野のF-3049は音羽町線【26】号経路や津田サイエンス線でそれぞれ運用中です。

(2020.7.30追加)
N-6324 枚方



大阪(伊丹)国際空港バス新大阪系統について。

所要時間25分と短めで、運行ダイヤは20分間隔なので利用しやすいです。運賃は500円。運行会社は大阪空港交通です。

運行経路は、

新大阪駅~(新御堂筋)~(中央環状線)~大阪空港(南ターミナル、北ターミナル)

で途中の停留所はありません。

大阪市内発着系統として、ほかに梅田・なんば・近鉄上本町・あべの橋・USJ系統があるが、新大阪系統については、新幹線やJR京都線はもちろん、地下鉄御堂筋線とも接続するので、大阪市内各地からのアクセスにも意外に便利です。

かつて、大阪モノレール開通前、枚方市から大阪空港へ行くときは、淀屋橋で御堂筋線に乗り換え、新大阪系統を利用していました(もちろん梅田系統も利用可能だが、梅田での乗り換えが面倒なので)。現在は門真市からモノレールで一直線ですね。ちなみに、昨年秋よりなぜか津田駅系統(高速京田辺、名神高槻経由)が新設されました。 

新大阪と大阪空港を結ぶバスは、上記リムジンバスのほか、阪急バス【160】系統があります。一般路線ゆえ運賃は280円と安いですが、リムジンバスのほうが早くて快適でしょう。



大阪モノレールが開業30周年を記念して、1日乗り放題乗車券「サマー1Dayパス500」を発売中です。

発売期間・有効期間はともに2020年7月1日~8月31日、発売当日限り有効。発売価格は500円です。

さらに、同伴する子ども2人まで無料です。

このチケットを使うと、門真市~大阪空港間の往復にはとてもお得ですよ! 万博記念公園やエキスポシティほか沿線観光施設での特典もいっぱいで、魅力的ですね。


http://www.osaka-monorail.co.jp/info/ticket-151.html

 


1980年代半ば、すなわち昭和60年前後の高槻周辺について、思いつくままに挙げてみました。

○阪急高槻市駅高架工事中(下り線高架化は1989年、上り線高架化は1993年に供用開始)

○高槻市営バスにスケルトン車(西工58MC)導入 合わせて塗装変更開始(1984年)

○1985年国鉄ダイヤ改正(新快速の新大阪停車、昼間時間帯の快速電車高槻以東各駅停車 & 普通電車の201系統一と合わせ高槻-加古川系統の新設)

○高槻市営バス杉生~亀岡間廃止と同時に、国鉄(JR)高槻駅北~樫田地区(田能・二料・中畑)系統運行(1983年)

○ニチイ(→サティ)南高槻店開業(1985年)(2005年閉店→跡地付近にMaxValue)

○ダイエー高槻店(1971年開業)が「Dランド」を経てトポスに店名変更(→2000年閉店→跡地はマンション)


1980年代後半の高槻のイメージいえば、やはり阪急高槻市駅高架工事中でしょうか。高架工事の間、高槻市営バスの阪急高槻乗り入れが休止となるが、高架完成後には路線再編が行われ、阪急高槻への市営バス乗り入れが復活することになります。

国鉄がJRに生まれ変わり、東海道本線(JR京都線)は列車本数大増発と221・223・207系電車の投入、そして新快速の高槻停車(1990年)などの輸送改善が続くもとで、阪急京都線は京阪間輸送で苦戦が強いられ、1997年より特急が終日高槻市に停車するようになります。

阪急高槻の南にあったダイエー高槻店ですが、いつしかDランド→トポスに店名が変わりましたね。1994年国道171号線沿いにジャスコ高槻(→イオンモール高槻)開店後、ダイエー(トポス)の売上減が目立ち、2000年に閉店しました。

センター商店街にニチイ(マイカル)がありました。市街地の南側にニチイ南高槻店が開業するが、ここも20年の短命に終わりました。

阪急高槻と松坂屋を結ぶ商店街にはJoshinがあり、当時の郊外店としては珍しくパソコンが並ぶマニアックなお店で、「ミニ日本橋」という感じでした。ちなみに、阪急高槻市駅から大阪日本橋・恵美須町(地下鉄堺筋線)まで一本の電車が直通していますね。阪急高槻周辺の商店街といえば、意外に大阪ミナミのような雰囲気も感じられるが、偶然でしょうか?

高槻市営バスの現行塗装は1984年に導入。先代の塗装は阪急バスと似ているものだったが、新塗装は緑を基調とするものに変更されました。ちなみに、高槻市内における阪急バス路線は、市営バスおよび京阪バス(枚方高槻・茨木線ほか)のテリトリーゆえ、柱本地区とJR富田駅前などわずかに乗り入れる程度です(1997年までは京阪急行線の残滓として、茨木~水無瀬系統が国道171号線を通っていた)。

当時、私は自転車で府道6号を走らせ亀岡までよく遠征に出ました。途中、京都市西京区に越境するところでおいしい湧き水があり、これで一息ついたものだが・・・。

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