かつて枚方市招提田近の枚方企業団地南側、国道1号線の脇すぐのところにあった、京阪バス「大谷橋」バス停。

「大谷橋」バス停は現在の佐川急便枚方営業所前にありました。



大谷橋には主に枚方市駅北口から京阪牧野駅経由の招提線・旧【36】【37】号経路が発着、大半の便はここで折り返していました。一部の便は大谷橋から先、家具団地や企業団地(現・中の池公園)まで行きました。

大谷橋バス停が廃止されたのは、2002年3月、枚方北部地区ダイヤ改正の時。

8年前の1994年7月改正で、枚方市駅からのバスは一部便(新【36】【37A】号)を除いて大谷橋を経由せず、国道招提を東へ直進してポエムノール北山方面行きを新設(新【37】→現【38】号経路)。枚方市駅~企業団地系統(旧【37】号経路)は廃止。代わりに循環【50A】【50B】号経路・<大谷橋~招提北町~牧野高校~京阪牧野駅~招提口~大谷橋>を新設。

大谷橋バス停廃止と同時に【50A】【50B】は廃止、わずか8年の短命に終わりました。
枚方市駅~牧野駅~招提方面系統については、現在の【38】号経路にほぼ一本化され、現在に至ります。

傍を通る樟葉長尾線は大谷橋を経由せず(代わりに「国道田近」バス停で乗降扱い)。
また、枚方バイパスを経由する旧【26】号・<枚方市駅~国道田ノ口~家具団地>なども、長尾高校生専用のためなのか大谷橋は素通りでした。




以前、昭和の頃に運転されていた京阪バス香里団地管内の快速バスについてレポートを書きました。
http://katanogawara.blog.jp/archives/19199594.html

当時、枚方営業所管内でも快速バスが結構運転されていましたが、中でも出屋敷線の快速【22】号経路・<枚方市駅~藤阪ハイツ>が平成14年(2002年)ダイヤ改正まで運行されていたことは特筆に価します。

運行経路は、

枚方市駅北口~(ノンストップ)~田ノ口~出屋敷~長尾谷町~藤阪ハイツ

で、香里団地の快速【1】号と同様に昭和57年(1982年)ごろ廃止されたのかと思いきや、平成の時代に入っても朝ラッシュ時のみならず昼間時間帯や夕方にも運行されていたようです。『京阪時刻表1995』などで確認できます。

1990年代当時の出屋敷線全体の大きな変更といえば、枚方市駅高架化事業完了に伴う禁野口→枚方市駅間の経路変更(1994年7月)などが挙げられます。経路変更に伴い、枚方市駅のおりばは南口と北口を結ぶ京阪高架下に移設されました。南北連絡道路は、のちに高槻【2】号・<香里団地→阪急高槻>(廃止)の北口乗り入れや、香里団地【1A】号・関西医大枚方病院行き(そして南口から医大病院への回送)にも活用されます。

2002年3月ダイヤ改正での快速便廃止と同時に、枚方市駅北口~藤阪ハイツ系統は【18】号経路に変更されました。


10月1日より、近鉄バス清滝線<四条畷駅~忍ヶ丘駅・清滝団地・四條畷電通大>のダイヤ改正が実施される予定です。

http://www.kintetsu-bus.co.jp/news/detail.php?no=20170815113632

今度のダイヤ改正で、忍ヶ丘駅乗り入れが廃止となります。

忍ヶ丘駅は四條畷市唯一の鉄道駅(四条畷駅は大東市)で、駅の北側は寝屋川市域となります。
四條畷市役所へは四条畷駅よりも忍ヶ丘駅のほうが近いです。

忍ヶ丘駅前はもともと京阪バスの縄張りで近鉄バスの忍ヶ丘乗り入れが始まるのはかなり近年のことですが、やはり利用状況は芳しくなかったのか、短命に終わります。

合わせて、清滝線の運行本数も減便される予定です(特に土曜・休日は毎時概ね1本、12時台の四条畷発は無し)。


西大津バイパスを走行する京阪バス【47】号経路・<山科駅~大津京駅>が、来月より年1回(10月1日のみ)の運行となる予定です。

https://www.keihanbus.jp/news/sysimg/00255/link_epQcI.pdf

この路線系統は京津国道線【46】【47】号・<京都駅・四条大宮~浜大津・びわこホテル・西大津駅>(※西大津駅は現・大津京駅)の残滓であり、かつては毎時1~2本あたりの本数が確保されていたが、地下鉄東西線開通後、山科駅以西の区間が廃止、【46】<山科駅~浜大津>、【47】<山科駅~大津京駅>が細々と残ります。【46】号経路は2006年に廃止、その後も西大津バイパスを経由する【47】号経路は残るが、ダイヤ改正の度に本数は減らされ、現在1日1往復のみとなっています。それが、来月から毎年10月1日のみの運行になると言います。

もともと鉄道と並行していることや道路渋滞の影響などもあって利用客激減に悩まされ、地下鉄東西線開通後は本数が大幅に減らされました。東西線開通のマイナスの影響はバスだけではなく、京阪京津線三条-御陵間が代替廃止(浜大津からの電車は東西線に乗り入れる形で三条京阪・京都市役所前まで運行)されることにより運賃大幅値上げ、ひいては京阪大津線区の経営悪化をもたらし、京都市内の交通体系全体に大きな禍根を残したように思われます。

そもそも、地下鉄東西線が繁華街の四条から離れていることもあって、あまり便利になったようには思えません。大津方面から四条河原町・烏丸へは京都駅からバスまたは地下鉄に乗るのが一番早いが、やはり遠回りで不便ですね。

そこで、大津市堅田・雄琴地区から西大津バイパス経由四条河原町への急行バスがあれば面白いと思います。走行経路としては、

堅田地区~(西大津バイパス)~京都東IC~(国道1号・五条通)~烏丸五条~四条烏丸~四条河原町~河原町五条~(国道1号・五条通)~・・・

あたりが一番早いかと思われます。課題は二車線化された四条通の渋滞でしょう。


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阪急伊丹線は神戸本線塚口駅から北へ分岐して伊丹を結ぶ支線です。

東側にJR福知山線(宝塚線)と並行しているが、JR沿線は工業地帯の中を通るのに対し、阪急伊丹線のほうは閑静な住宅地で、伊丹市の中心部は阪急伊丹駅のほうが近いです。

この辺りの地域は「阪急平野」とも呼ばれ、もともと阪急のほうが国鉄・JRよりも賑やかでいわば「阪急信者」が深く根付いているところです。JR福知山線はかつて単線非電化のローカル線で阪神間ではまるで存在感がなかったかのようですが、ここ30年間あまり複線電化区間延伸やJR東西線開通に伴い、列車本数は大幅に増発、大阪・京都や学研都市線四条畷・木津方面への直通列車も多く、とても便利になりました。

これに対して、阪急伊丹線は塚口-伊丹間を4両編成の電車がピストン運行するのみとなっています。

今や伊丹市のターミナルは阪急よりもJRに重心が移りつつあると見られます。
イオンモール伊丹はJR伊丹駅とデッキで直結しています。

伊丹線は伊丹から先、宝塚への延伸構想もありました。
もともと阪神系列の宝塚尼崎電気鉄道が尼崎-西大島-宝塚間の鉄道免許を取得したことに始まるが、伊丹市街地を通るルートに変更を申請、阪急はこれへの牽制として伊丹線を延伸する形で塚口-尼崎間と伊丹-宝塚間の軌道特許を取得。
結局、宝塚への延伸は断念となったが(→阪急今津線がその役割を担っている)、代替として阪神バス尼崎宝塚線が尼宝電鉄の着工ルートで運行中です。

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2009年5月、明石駅前にて。
エアロスターMとKが綺麗に並んでいます。
1枚目の写真の一番後ろに今はなき明石市営バスがいますね。
エアロスターMに比べKが古く見えます。
神姫バスはもともと呉羽製車両は少なく、エアロスターKもかなりレアだったかと思います。


神戸市を除く兵庫県唯一となった公営バス、伊丹市交通局。

伊丹市営バスとはほとんど縁がないが、一つ面白そうな路線系統をレポートしてみたいと思います。

それは阪急・JR伊丹~大阪国際空港系統。

運行経路は、

【25】JR伊丹~阪急伊丹~宮ノ前~神津~宮川原橋~蛍池南町~大阪国際空港(伊丹空港)
【26】JR伊丹~神津~宮川原橋~蛍池南町~大阪国際空港(伊丹空港)(直行便)

で、大阪府越境路線として特徴的です。ただし、伊丹市の市外局番は大阪府扱いの072-7xxで、尼崎市や川西市と同様、兵庫県というよりは大阪府のほうがふさわしいように思われます。

運行ダイヤはJR伊丹からの直行便【26】系統が毎時1本、阪急伊丹発着の【25】系統が毎時1~3本の運転で、ダイヤパターンは一定ではありません。

阪急よりもJR(福知山線)との接続が重視されるのはやむを得ないでしょう。ただし、大阪市内から伊丹空港へは、空港リムジンバス利用が最も一般的でしょう。そういえば、阪急が宝塚線の曽根から分岐して伊丹空港に乗り入れる新線を検討しているとのことで最近ニュースになりましたね。伊丹空港へは大阪モノレールが乗り入れているが、大阪市内からだと不便です(千里中央または蛍池で乗り換え)。阪急伊丹空港線が開通すれば、梅田はもちろん、十三からなにわ筋線に乗り入れ、関空とも最短で結ばれる効果も期待されています。




寝屋川市東部・星田および四條畷地区の京阪バスについては、ビバモール寝屋川関係の経路およびダイヤをわかりやすく整理することが一つの大きな課題だと思われます。ビバモール付近は道路渋滞が多発しやすいので、系統分割あるいはビバモール経由を回避する必要もあるかと思われます。運行ダイヤも「15の倍数」の分刻みパターンに揃え、系統番号の見直しも望まれます。例えば、

【21】寝屋川市駅~寝屋川団地(毎時4本)

【26B】京阪香里園~三井団地~ビバモール寝屋川~寝屋川団地(毎時1本)

【62B】寝屋川市駅~観音橋~ビバモール寝屋川~星田駅~コモンシティ星田(毎時1本)
【64B】寝屋川市駅~観音橋~ビバモール寝屋川~三井秦団地~寝屋川市クリーンセンター~豊野浄水場前~太秦住宅(毎時1本)
【63B】寝屋川市駅~観音橋~ビバモール寝屋川~星田駅~大阪病院前~東寝屋川駅(朝夜運転)(現【47B】)

【72B】寝屋川市駅~秦公民館前~ビバモール寝屋川~星田駅~大阪病院前~東寝屋川駅~梅が丘(毎時1本)(現【41B】)

【75】寝屋川団地~寝屋~星田駅(毎時1本)(現【40】)


寝屋川団地~星田駅方面系統については、ビバモール経由無しの現【40】号をピストン運行、香里園~ビバモール~寝屋川市駅の現【24B】を上記【26B】と【64B】に系統分割します。バス空白地帯の宇谷町・クリーンセンターを経て太秦住宅への路線系統も考えられます。ビバモール~星田駅~コモンシティ星田については寝屋川市駅発着を復活させるが、旧【45】号とちがって「寝屋川団地経由無し」とします。

系統番号も、寝屋川市駅から三井秦団地・寝屋川団地・星田方面へ向かう系統について、観音橋経由と秦公民館前経由の2通りが存在するので、十の位の数字で区別するほうが良いかと思われます。

他の路線系統についても、次のように番号を変更(あるいは経路変更)することで経由地を識別できるようにすることが望まれます。

【51】寝屋川市駅~初町~寝屋川市民会館前~太秦住宅・太秦東口(現【31】)
【74A】寝屋川市駅→秦北口→秦公民館前→太秦東口→太秦住宅→寝屋川市民会館前→秦北口→寝屋川市駅(現【31A】)
【52】寝屋川市駅~初町~寝屋川市民会館前~太秦住宅~豊野浄水場前~太秦公園東→西方寺~笠松~東寝屋川駅(現【36】)
【81】寝屋川市駅~高宮口~楠根南町~小路北町~高倉~忍ヶ丘駅~イオンモール四條畷(現【35】)
【82】寝屋川市駅~高宮口~楠根南町~小路北町~高倉~忍ヶ丘駅~四条畷駅(現【37】)
【83】寝屋川市駅~高宮口~楠根南町~小路北町~高倉~西方寺~東寝屋川駅(現【34】を一部経路変更)
【84】寝屋川市駅~高宮口~楠根南町~砂~四條畷市役所~四条畷駅(現【33】)

寝屋川市南東部の高宮四条畷線は原則30番台の系統番号ですが、近年の相次ぐ路線新設・経路変更で複雑化しわかりにくいので、寝屋川市駅を基準に高宮口・イオンモール四條畷方面は30番台、初町経由太秦住宅方面は50番台、秦北口・秦公民館前経由は70番台、楠根南町方面は80番台のように区別するほうがよいかと思われます。


Twitterではなぜか黄色(イエロー)103系で盛り上がっているみたいですね。

関西でのイエロー103系は福知山線(JR宝塚線)に始まり福知山線で終わりました。
イエローの103系が姿を消したのは2003年ごろで、1981年のデビューからわずか20年余りの短命です。

そのイエローの103系ですが、1994年のごく一時期だけ、奈良・桜井・和歌山線で活躍したことがあります。

奈良・桜井・和歌山線電化以来、113系赤帯(春日色)と105系が使用されてきたが、113系の運用は1994年3月、103系4連口に置き換えられました。奈良線の利用客が急増したことなどが理由だと思われます。実は前年1993年にも朝ラッシュ時に大和路線快速と共通の黄緑色103系4連口が使用されていましたが、新たに加わった103系はJR京都線・神戸線普通(明石区)で使用していたもので、スカイブルーのまま奈良に転入しました。その中には高運転台車も含まれています。

スカイブルーとともに、岡山のマスカット色(大和路線の黄緑とよく似ている)、そして黄色もなぜか奈良に登場しました。結局、転属前の一時的なものに終わりましたが・・・。奈良で使用する分は黄緑色に揃えられました。

1994年9月ダイヤ改正では、奈良線と桜井・和歌山線のダイヤが完全分離、105系は桜井・和歌山線専用となりました。奈良線の普通電車は103系が基本となり、現在に至ります。


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2005~06年ごろに撮影したものを適当に集めてみました。
低運転台車はもう既に引退しています。

来月3日まで残り1本が最後の活躍をする予定ですが、一部の心無い輩の撮影マナーが問題になっています。先日の安治川口や野田の「動物園」と揶揄されるほどの異様な人だかりに駅員さんもさすがに堪忍袋が切れたようです。鉄道ファンの一人として誠に悲しい話です。

近いうちに引退することが予想されるのなら、早めに撮影することですね。
103系は大和路線・おおさか東線・奈良線などにまだ残りますが、引退もそう先のことでないことは想像できます。


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