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京阪バス交野営業所に配置された三菱ふそう・エアロミディ10.5m車(KK-MK27MA)N-1090。

2003年、N-1091とペアで納車され、交野では初めてのノンステップ・エアロミディ10.5m車でした。

同ロットの車は2002~04年にかけて、大阪地区各営業所(寝屋川営業所を除く)に合計24台配置されました。そのトップは、門真のN-1080・1081で、日本で初めて営業運転を開始したエアロミディ10.5m車として知られます。その後、香里団地にN-1082~1085の4台が納車され、従来日野車で統一されていたところにふそうが4台も加わるのは驚きでした。続いて、枚方にN-1086・1087の2台が配置(→京田辺に転属)。門真にN-1088が追加されると同時に、高槻に初めてN-1089、交野のN-1090・1091と続きます。その後は、高槻に集中配置されます(香里団地N-1099、門真N-1106を除く)。

N-1090・1091は、基本的に大型車運用の路線で2016年まで交野営業所生え抜きで活躍するが、なぜか他の同僚仲間よりも先に引退。後釜として高槻からN-1093・1094が交野に転入したり、同じく高槻のN-1089が枚方に転属するなどの動きが見られました。

その後、新エルガLV290などの台頭で、KK代エアロミディ10.5mも徐々に数を減らし、2020年度中には全車引退するものと見られます。

(2020.5.20追記)
N-1090・1091は2017年2月現在、在籍していました。同年5月ごろ、高槻営業所の車両異動があり、N-1093・1094が玉突き転属となったように記憶しています。


小学校のときの遠足の思い出について、時々記事を投稿してきましたが、なぜか2年のときだけあまり印象に残っていないんですね。 だからこそ、敢えて書いてみたくなったりします。

小1の初めての遠足で、バスに乗って「ひらパー」に行ったときのことは、楽しい思い出としてかなり鮮明に記憶に残っているんだけど、2年の時の遠足はどうも印象が薄いんですね。春の遠足では天王寺動物園、秋は伏見桃山城と、行った場所だけは覚えていますが・・・。

天王寺動物園のときですが、交通手段は京阪+地下鉄御堂筋線でした。御堂筋線では、当時の最新形式である冷房車10系が来て、ちょっとうれしかったような気がします。動物園なら北浜から堺筋線でも行けるし、御堂筋線ほどは混まないんだけど(「動物園前」駅は当時堺筋線の終点だった)。電車利用での遠足も京都方面が多く、大阪市内は天王寺動物園が唯一でしたし。

天王寺動物園界隈について、今の自分としては、下の通天閣や新世界のほうに物色することでしょう。阪急の電車が(堺筋線直通で)この地下を通っているのも、妙な感じがします(あそこは環状線のオレンジ色や南海電車のイメージで、『じゃりン子チエ』のモデル舞台にもなったところ)。

動物園といえば、京都市動物園のほうに連れて行ってもらうことが多かったように思います。天王寺動物園へも連れて行ってもらったことはあるが、どうもあまり印象に残っていませんね。

* * * *

秋の遠足ですが、実は風邪で欠席してしまいました。小2の遠足について印象が薄いのは、そのせいかもしれません。小2の時は、風邪を引きやすくて結構休んでいましたね。丸一週間休んだこともありました。

遠足とは別に、社会科見学も時々ありました。遠足よりも、むしろ社会科見学のほうが印象に残っていますね。国鉄津田駅、牛乳工場、枚方郵便局・消防署などを巡検したものと思います。本当は製パン工場に行くはずだったけど、事情により牛乳工場に変わったと記憶(パン工場で「甘い」体験ができるものと期待してたのに残念)。



2002年春の京阪交野線の写真2点アップしました。

当時、交野線には2600系・1900系が活躍中でしたが、老朽化が進んだため支線用に10000系4連×3本(10001F~10003F)が登場したばかりの頃です。

10000系は、単色ターゴイスグリーンで登場し、緑のツートンに慣れ親しんでいるだけに、何気に衝撃的でした。さっそく、淀屋橋から交野線直通のハイキング臨時急行にも10000系が使用されました。10001F・02Fの2本は、のちに余剰となった7200・9000系中間車を挿入して7連を組み、本線で活躍中です。

10000系営業運転開始(2002年4月15日)直前の頃、交野線において面白い車両運用が見られました。

まず、2600系2626F・2627Fの2連ユニットを2本連結の暫定4連が登場。全車両運転台付き(なおかつ旧2000系1次流用車!)で、固定編成化の進む京阪にして違和感のある編成でした。片棒の2627Fはその後、廃車されたようです。相棒の2626Fは、後年2614-2914+2603Fの大阪方につなげて7連を組むが、2013年廃車(残った2614~2803には、京都方に2624-2924を付けて新たな7連を仕立て、現在に至る)。

また、普段は交野線(および宇治線)で見られない7200系の1編成が、8→5連に短縮して入線。1900・2600系の5連と共通運用でした。現在、7200系は全て7連化され、5連での運用は不可能のようです。


桜の村野駅

きさいち臨急


 


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1989年5月下旬、大阪近郊区間大回りの旅について書いてみようと思いました。

この年の3月に実施されたダイヤ改正では、JR西日本・大阪近郊エリアでは片町線(学研都市線)全線電化と221系近郊型電車のデビューが、大きな目玉でした。221系は国鉄型のイメージを破る颯爽としたデザイン、3ドア・転換クロスシートの快適な車両であり、従来の113系などを置き換えることを目的に製造。東海道・山陽本線(琵琶湖線・JR京都線・JR神戸線)の快速・新快速電車のほか、関西本線(大和路線)の快速電車にも投入され、JR西日本のヤル気を感じたものです。 

今回の旅の主な目的は、大和路線に投入中の221系を追いかけること。

さっそく、河内磐船もしくは星田から学研都市線の下り電車で京橋まで乗車。当時の学研都市線といえば103系(オレンジ色)ですが、101系も2~3本残っていました。しかし101系は、間もなく桜島線に転用ののち、2年後1991年の大阪環状線全通30周年記念イベントを最後に引退。

京橋から、環状線内回り(103系)で大阪駅まで乗車ののち、大和路線奈良方面行き直通の快速電車(大和路快速)を待ちます。もちろん221系狙いですが、「次の快速奈良行きは新型車両です」との駅案内放送が耳に入った瞬間、歓喜! 大和路線で初めて乗車する221系でした。

東海道・山陽系統は長距離ゆえ、なかなか221系には命中しないが、距離の短い大和路線ではそれに当たる確率が高く、同年7月までに113系春日色を全て置き換えるという快挙でしたね。やはり113系とは比べ物にならないほどの乗り心地で、中古車(113系、103系)が多く今一つ冴えない印象の大和路線に新車とは、感動的でした(私個人的に、距離の長い阪和線~紀勢本線にこそ、221系を入れたらどうかと思っていたけど)。

小一時間ほどで奈良に到着。JRで奈良への旅が快適になったものです。奈良駅構内をぶらぶらして時間をつぶします。桜井線の非冷房113系や、名古屋行き急行【かすが】(JR東海キハ58系)などを見物した後、少なくなった奈良発着の気動車普通列車(キハ58+キハ35、伊賀上野行き)に木津まで乗車。この気動車は2・3ヶ月前まで学研都市線長尾-木津間でも走っていたやつなんですね。

木津で学研都市線103系(3連)快速片町行きに乗り換え。片町行きを待っている間、大和路線加茂方から103系8連ウグイス色の区間快速大阪行きが入線するが、これも3月改正の隠れたニューフェイスでした。「区間快速|大阪環状線」の方向幕というのも、インパクトは強烈でしたね。ほんの数年前まで木津駅には気動車が頻繁に出入りしていたのに、103系通勤型電車が多く来るようになるとは、想像もつかなかったですね。今も103系の生き残り(ウグイス色)が奈良線で活躍しており、木津駅で拝めます。

快速片町行きは長尾まで各駅停車です。電化と同時に開業したばかりの松井山手駅で下車してみました。街開きの始まる前で、駅前には何もなかったと記憶。


滋賀県の帝産湖南交通バスは、伝統的に三菱ふそう車で統一されています。

しかし、ここ15年程の間、自社発注よりも移籍車の比重が上がり、ごくまれに三菱以外の車両が帝産湖南交通に入ることもあります。

その1台は、元南海バスの日野ブルーリボンU-HU3KPAA。 登録番号は「滋賀200か610」で2009年ごろ転入。2004年ごろより南海バスから三菱エアロスターMが続々転入、最古参の「ブルドック」を一掃しました。南海からの移籍が大詰めとなった頃に、日野車も2台加わり、1台がこのブルーリボン(他1台は中型レインボー)。1992年式のようです。

ブルーリボンは帝産湖南交通では異彩を放つ存在です。2年前の2018年現在も現役だったようで、移籍車にしては長寿を保っているそうですが、今はどうでしょうか?

帝産湖南交通には、1990年前後のエアロスターK・M(自社発注)もまだ残っているようで、昨年の時点で名物のP代観光マスク車(滋賀22き55)もまだ稼動していたみたいです。


阪急バス「髪茶屋」バス停。

国道171号線・尼崎市西昆陽に設置され、豊中西宮線(【96】【97】系統)が止まります。

豊中西宮線は【96】系統・<阪急石橋~西宮北口>が大半で、【97】系統は<豊中→西宮北口>の片道運行1便のみです。

実質的に池田市の石橋と西宮市を国道で短絡する路線となっているが、運行本数は1~2時間に1本で、鉄道では不便な伊丹市役所などを通るため、一定の旅客需要はあるものと考えられます。

国道171号線も実は尼崎市を少しだけ通っており、「髪茶屋」バス停前には産業技術短大などが立地しています。阪神バス尼崎市内線(旧・尼崎市営バス)も同じ「髪茶屋」に止まり、阪神尼崎・JR立花・阪急武庫之荘と宮ノ北団地を結ぶバスが通ります。

豊中西宮線は石橋営業所の担当で、大阪ナンバーの車両が使用されます。

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くずはモール(旧・モール街)改装工事が始まり、京阪宇治交通に緑のノンステップ車が登場して間もない頃でした。

宇治交(男山営業所)は三菱ふそう・エアロスターMが主力で、6年ほど新車の納入も途絶えていたが、久しぶりの新車は塗装変更と合わせていすゞ・日野車が納車され、インパクトは相当なものでしたね。

京阪バス枚方営業所では、出屋敷・招提地区大規模ダイヤ改正と管内系統番号変更が実施されました。方向幕の書体も刷新され、京阪バスのヤル気を感じましたね。

宇治・くずは・枚方市からUSJへの直行バスも運行されていました。

2年後の2004年には松坂屋閉店、翌年2005年の新しいくずはモール誕生に向けて大詰めを迎えました。

そして、2006年には京阪宇治交通は京阪バスに合併しました。緑のバスは合併後も残るが、徐々に赤いバスに置き換えられ、残り少なくなりました。

くずは

USJゆき


阪神・山陽・近鉄3社の電車が乗り入れ、賑やかですね(^-^)

山陽・阪神の電車は姫路~阪神大阪梅田間を直通運転しているし、阪神と近鉄は近鉄奈良まで相互乗り入れするなど、一昔前までは考えられなかったでしょう。団体専用列車として、伊勢志摩・名古屋から阪神三宮まで近鉄特急22600系がやって来たこともあるが・・・。

阪急神戸三宮駅にも山陽電車は顔を見せるが、阪神三宮とは対照的に、山陽車は片隅に追いやられたような印象で、寂しさを感じます。かつて、山陽の電車も阪急六甲まで直通していましたが。

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阪神9000系

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山陽5000系

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近鉄9820系

※ 上の2枚の画像は、阪神大阪梅田での撮影でした。お詫び申し上げます。2015年当時の阪神神戸三宮の画像を追加アップさせていただきます。

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少し前まで、京都周辺で普通に見ることのできた車両。

従来、三菱ふそう車の多かった京都周辺の西日本JRバスも、ここ数年の間、急速にエルガII(LVシリーズ)などに置き換えられました。
 


私が子どもの頃(小学3年ごろまで)、家族でよく京都市動物園に連れて行ってもらいました。

京都市動物園は、左京区岡崎に立地。琵琶湖疏水の北側、岡崎通を挟んで京都市美術館の向かい側(東)のところで、平安神宮に近いです。

動物園へはよく車で連れて行ってもらったように記憶しているが、小3の秋ごろ、電車で行った時が私個人的に一番楽しかったです。 

枚方から京阪電車で三条まで出るわけですが、三条で京津線に乗り換えて一つ目、「東山三条」下車のルートでした。当時、三条駅は地上ホームで、京阪線と京津線(大津線)はノーラッチで乗り換え可能でした。京阪線と京津線の間の連絡通路には喫茶店や食堂が並び、楽しい「エキナカ」でしたね。東山三条駅は併用軌道の簡易的な電停ホームそのものであり、ステップ付きの各駅停車専用車80形のみが停車(260・500形などを使用する「準急」は通過)。東山三条から徒歩だったのか、バスだったのかは覚えていませんが、平安神宮へつながる【神宮道】を北へ入ると近いです。市バス【5】系統もこのルートで動物園前を通ります。「動物園 岩倉」という方向幕が懐かしいですね。

あれ以来、動物園に行くことはなくなったと思うが、その代わり、向かい側の京都市美術館へ時々連れて行ってもらいました。動物園の時のようなワクワク感はあまりなかったような・・・。小さい子どもたちには、やはり動物園がいかに人気があるか、納得です。小中学生だった私自身に西洋美術は難しかったこともあるでしょう。正直、美術館にはあまり関心がなかったけど、美術館にもさまざまなスタイルがあり、今になって地方の美術館ほどむしろ面白いと思っています。それも抽象的な西洋芸術より、各地方土着の民芸品や民衆の生活から生まれた芸術も多く、理解しやすく親しみやすそうなので。

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