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国鉄天王寺鉄道管理局管内の方向幕は独特の書式で有名でした。
101・103系通勤型電車、113系近郊型電車(末期には165系急行型電車も)、そして(急行・一般型)気動車まで、積極的に方向幕を使用していました。

さて、特に以前から気になっているのは、気動車用方向幕。
普通列車についてはキハ35系以降の気動車(キハ35系、キハ45系、キハ40系、キハ58系)はサボの代わりに方向幕を使用するという徹底振りでしたが(キハ10系やキハ20系、キハ52、キハ55系はサボを使用)、紀伊半島を中心に広範囲な運用をこなしていた気動車の行先表示内容が一本物を通してどんなものだったのかがとても気になります。

特に興味があるのは1973年関西本線奈良-湊町間電化開業以降、1978年紀勢本線新宮-和歌山間電化そして1980年草津・桜井・和歌山線電化開業前の頃のもの。


まず奈良運転所のキハ35系などは、紀勢本線和歌山市-新宮間のローカルにも進出、運用範囲は

関西本線(名古屋-奈良)、奈良線、片町線(長尾-木津)、桜井線、和歌山線、紀勢本線(和歌山市-新宮)

で、名古屋・京都・長尾・王寺・和歌山・新宮などを隅に紀伊半島西側を広範囲にカバーしていました。よく使われた字幕に、

亀山-奈良
奈良-京都
木津-長尾
王寺-和歌山

などがあり、運転区間そのまま表示のいかにも天鉄局スタイルなものでした。紀勢本線運用分については、「和歌山市」「紀伊田辺」「新宮」などの行先のみの表示だったようです。


同時期の亀山機関区は、

関西本線(名古屋-奈良)、草津線、信楽線、紀勢本線(亀山-紀伊田辺)、名松線、参宮線

の紀伊半島東部をカバー。こちらでよく使われた字幕に、

名古屋
亀山-奈良
柘植-草津
信楽-草津
亀山-鳥羽
新宮
紀伊田辺

などがあります。


国鉄末期1984年10月奈良・和歌山線電化以降、気動車は亀山と伊勢に集約され、片町線長尾-木津間も亀山区が担当することになりました。末期の亀山・伊勢所属気動車の字幕には、

亀山-奈良
信楽-貴生川
長尾-木津
四日市-津(伊勢線経由)
亀山-鳥羽
松阪-伊勢奥津
亀山-新宮

などが入っていました。


京阪バス門真営業所管内の過去路線についてレポートしてみたいと思います。

今回は【12】号経路・<京阪守口市駅~茨田大宮住宅方面>

守口市駅と門真市南部地域を結ぶ一系統で、運行経路は、

京阪守口市駅~市民球状前~松下町~寺方~寺方東~東郷通~桑才~南三島~茨田大宮住宅

で、大阪府道161号線を東西に往来します。1997年の地下鉄門真南開業後、門真南駅まで延長されるが、1999年に路線廃止。京阪守口市駅と地下鉄門真南を結ぶ貴重な路線だっただけに残念です。

かつてはこの守口市南部~門真市南部地域のバス路線もかなり賑やかだったようだが、路線の大半は撤退しており、現在守口南部線【19】【29】【30】号経路<守口市駅~東郷通~鶴見緑地方面>のみにコンパクト化されています。門真営業所も以前は守口市駅および吹田方面まで運用範囲に入っていたが、現在は京阪門真市駅(近畿自動車道)以東に縮小されています。


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昨年12月、京阪バス寝屋川営業所【5】号経路・<寝屋川市駅~大日駅>について以下の記事を投稿しました。
http://katanogawara.blog.jp/archives/10663517.html

今回、新たに付け加えたいこともあるので、【5】号経路についてのレポートを改めて投稿することにしました。

現在の【5】号経路の運行ルートは、

寝屋川市駅~寝屋川車庫~摂南大学~(R1寝屋川バイパス)~点野団地~仁和寺団地~仁和寺~(旧1号線)~大日駅

で、寝屋川市駅~大日駅間の他の経路

【1】【1A】【6】号:(仁和寺、大久保経由)
【4】号:(市立総合センター前、仁和寺、金田経由)

に比べて少し複雑な大回りルートをとっています。ただし全区間の運賃は同じ260円です。概ね毎時1本の運転、主に大日駅から仁和寺・点野団地および摂南大学方面への利用を意識した系統と言えます。寝屋川市駅~摂南大学間は寝屋川茨木線【11】【12】号経路を補完する意味合いも兼ねています。

さて、この【5】号経路ですが、2013年3月以前は現行と少し経路が異なります。すなわち、

寝屋川市駅~寝屋川車庫~摂南大学~(R1寝屋川バイパス)~点野団地~仁和寺団地~仁和寺~大久保~佐太二番~大日駅、

仁和寺以南は現行【1】号経路などと同じルートでした。もう少しわかりやすく言えば、かつての【13】号経路・<寝屋川市駅~古川橋駅>に似ていましたね。この旧ルートで新設されたのは2009年10月でした。



久しぶりに過去の旅行記を書くことにしました。

今回は1993年春の福井旅行。

目的は越美北線完乗。

例によって「青春18きっぷ」使用ですが、往路はちょっと贅沢気分を味わおうと、京都から福井まで特急<雷鳥>に乗車。福井には確か朝9時台に到着したかと思うが、越美北線の列車は昼の13時ごろまでなく、あまりに時間を持て余したので、適当に福井市街地をぶらり。京福電鉄バスの元・京阪バスと思しき日野K-RE121を見かけたので、これに乗って福井市街地の小旅行を楽しんでみました。京福電鉄はグループの京都バスと塗装は同じ、京阪バス中古車もそれなりに導入していたようです。昼食は確か鯛の寿司の駅弁を味わったかと思います。

午後は越美北線で九頭竜湖までの単純な往復をしました。少し前まではキハ52が活躍していたが、既にキハ120に置き換えられていました。越美北線は、越前と美濃(岐阜県)を結ぶことを目的に建設され、岐阜県側の越美南線(→長良川鉄道)と結ぶ計画でした。越美南線の終点・北濃と九頭竜湖を結ぶバスが長い間運行されていたが、現在は廃止となったようです。

福井からの帰りは、敦賀から小浜線~舞鶴線~山陰本線を寄り道しました。小浜線の普通列車はキハ58系のワンマンカーが基本だったが、今回乗車したのは確か福知山行き、急行<わかさ>などに使用されるオリジナル急行塗装編成で、得した気分でした。小腹が空いたので敦賀で夕食用に駅弁「角鹿弁当」を購入して車内で味わい、最高に美味かったように記憶しています。やはりキハ58系は急行色が最高ですね。

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阪神御影駅といえばカーブで有名。

阪神御影駅は山陽電鉄直通も含め、「特急」と名の付く列車は全て停車するが、近鉄から直通の「快速急行」は通過です。

最上位種別であるはずの「特急」が停車するのに、2番目にランク付けされる「快速急行」がなぜ通過するのかといえば、御影のカーブが理由です。すなわち、阪神・山陽車は18mなのに対して、近鉄車は20mのため、近鉄車6連に対応するためのホーム延伸工事は難しく、御影は通過することになっています。快速急行は御影を徐行しながら通過します。普通(各駅停車)は御影で(直通)特急の連絡と快速急行の通過を待つため、かなり長いこと停車します。

「快速急行」は御影を通過する代わり、特急通過駅の武庫川・今津に停車します。

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近鉄新田辺駅には京阪バス・京都京阪バス・奈良交通の3社バスが発着。

かつては奈良交通は新田辺から山城大橋以東、JR奈良線沿線井手町方面、また枚方市との府県境手前の茂ヶ谷行きなどもあったが、軒並み撤退。現在、主に同志社大学関係の路線のみとなっています。平日ダイヤこそ本数はそれなりにあるが、休日ダイヤは2時間に1本程度へ激減。

京田辺市内の奈良交通は京都営業所(宇治市大川原)が担当。新田辺まで国道24号線~山城大橋経由で長距離回送しています(以前は車庫からの送り込みで新田辺までの路線もあったが)。京都営業所は加茂駅~和束町小杉系統も担当していたが、近年平城営業所に担当替となりました。

なお、隣の精華町内の路線は平城営業所の管内です。


既にご存知の方も多いと思いますが、来年京阪枚方市駅が大きく変わる予定です。

https://www.keihan.co.jp/corporate/release/upload/2017-11-07_%E2%91%A0hirakatashi.pdf

上のリリーフによると、まず中央口コンコースと京阪百貨店ひらかた店2階をリニュアル。京阪百貨店2階には無印良品を出店、およそ7年ぶりに枚方市駅前に無印良品が戻ることになります。合わせて、中央口コンコースのリニュアルも無印良品がデザインを手がけ、木目調を基本に、天井のスケルトン化や一部壁面のガラス化など、開放感のある環境とする予定です。

駅ナカ商業施設もさらに充実。従来のコンビニ機能に加えて生鮮食品やお惣菜を取り揃え、また「くわらんか舟」といった枚方の歴史的背景をテーマに、地元食材を使った料理を気軽に味わえる飲食カウンターも設置する、とのことです。

関西空港リムジンバスも発着していて、大阪・京都の中間地点という立地条件を生かし、外国人観光客が気軽に立ち寄れる枚方市駅そのものの観光資源化をめざす、としています。枚方市には関西外国語大学もあり、また朝鮮半島から漢字を日本に伝えたと言われる王仁(わに)博士でも知られ(藤阪の「伝王仁墓」には韓国からの修学旅行生も訪れるという)、国際色豊かな郊外都市の一面を持っており、外国人観光客を迎え入れる素地は整っていると思います。昨今の京都市内のように外国人観光客ばかり増えて、地元市民の生活環境が破壊されるという問題を避けることが課題でしょう。

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ここのところ引退が相次いでいる高槻営業所の幕エアロスター。
先日、W-1976・1977が除籍となった模様です。
写真のW-1985は交野営業所に納車ののち、寝屋川→高槻へと転属。
新型LV290シリーズの力の弱さが災いして、残念ながら高槻への新車は見送られたまま、京田辺・交野営業所からブルーリボンIIが続々転入しています。

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