高槻市営バス最果ての終点、杉生(すぎお)。

南北に細長い高槻市の山里、最北端にあたり、京都府亀岡市との境界もすぐそこです。

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上の写真は亀岡方向、下の写真は高槻市街地方向のアングルです。

バスは、JR高槻駅北ゆきが平日・土曜ダイヤ3本、休日ダイヤ2本のみです。

杉生界隈を含む高槻市樫田(かしだ)地区は、もともと京都府南桑田郡でしたが、1950年代に大阪府高槻市に編入(つまり越境合併)。

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この先、かつては府境を越境して亀岡市街地(山陰本線亀岡駅付近)まで高槻市営バスの路線があったが、1980年代初めに廃止されました。
それまで樫田方面へのバスは、山間部の入口にあたる原大橋折り返しのようでしたが、亀岡乗り入れ廃止と引き換えに、国鉄・JR高槻駅前から運行されるようになり、市街地への利便性は大きく向上したと言えます。

しかし、このような過疎の最果てへの路線も律儀に運行されていることを思えば、公営バスは住民の生活・福祉向上の役割を果たしているんだなぁ、と感心します。
というか、これぞ本来の公営交通のあり方でしょう。
実際、サービスが悪い(運賃が高い、運転が荒っぽい、接客態度が悪い、など)と評判の公営バス事業者もあるようだし、近年公営バスから撤退する(⇒民営化)政令都市も少なくありません。

その点で、高槻市は政令都市ではないものの、大阪・京都のちょうど中間に位置するベッドタウンで、団地・マンションや高級住宅街も多く、高槻駅前の商業施設も充実していて、市営バスの経営状況も安定堅調で恵まれていると言えます。
運賃も、山間部を除いて、均一210円と良心的な設定です。

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1981年末~82年現在の京阪六地蔵バス発車時刻表の写真です(京阪時刻表 1982より)。

京阪バスと京阪宇治交通(現・京阪宇治バス)が発着。

京阪バスは山科営業所担当(1982年当時は「京都営業所」)で、山科・三条京阪方面へのバスが発着。
特に[12]系統・醍醐三宝院・三条通経由三条京阪行きは15分間隔の運行で、地下鉄東西線開業前の山科営業所管内では収益性の高い路線系統だったようです。

また、[31]系統・阪急東向日駅行き(五条通経由)が六地蔵発着だったことは驚きです。
確か1995~96年ごろに廃止されましたが、廃止直前は小栗栖団地折り返しでした。

現在、六地蔵から四条河原町・三条京阪へは五条通経由のみです。


京阪宇治交通は、御蔵山方面だけでなく宇治車庫・京阪宇治から近鉄大久保方面などへの路線がありました。
現在、六地蔵~御蔵山系統の京阪宇治バスは、同社の他の路線網から完全に切り離され「陸の孤島」と化しています。
回送の経済性なども考えて、京阪バス山科営業所に移管した上で、[8]系統・日野誕生院線などと共に路線再編・見直しをしたほうがよいかもしれません(宇治車庫からの出庫だと府道7号線が渋滞しやすいので)。

なお、京阪六地蔵の手前では、京都駅前から府道7号線を経て宇治へ向かう長距離路線もありました。
ただ、京都駅からの京阪宇治交通は、京阪バス・近鉄などの京都奈良線(稲荷、藤ノ森経由)とは異なり、国道24号(竹田街道)経由でした。

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昔懐かしい路線系統を一つ紹介。

それは、出屋敷線旧[26]号系統(枚方市駅~家具団地)。
運行経路は、

枚方市駅北口~市民病院前~須山町~国道田ノ口~(国道1号枚方バイパス)~大谷橋~家具町1丁目~家具団地

で、田ノ口~家具町1丁目間はひたすら枚方バイパスを疾走するというものでした。

枚方市駅から家具団地・北山方面へは、現在
[27][29]<枚方市駅北口~(長尾駅経由)~摂南大学枚方キャンパス>
[38]<枚方市駅北口~(牧野・招提口経由)~摂南大学枚方キャンパス>
があるが、国道1号線を疾走するとは懐かしいですね。

同じく1号線枚方バイパスを疾走する系統として、招提線旧[38]号系統<枚方市駅~(牧野・招提口経由)~枚方車庫>がありました。

この[26]号系統は、2002年3月ダイヤ改正まで運行、廃止は意外と遅かったです。
ただし、1995~96年ごろに、田ノ口から枚方バイパス経由は従前と変わらないものの、末端区間だけ
~国道招提~ポエムノール北山~家具団地~峠~摂南大学薬学部(現・枚方キャンパス)
に行先・経路変更が実施されました。

いずれにせよ、本数自体少なかったので、乗車する機会もありませんでした。

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京阪時刻表1982をオークションで入手しました。
さっそく、巻末のバス時刻表で枚方市駅の分をスキャンしてみました。

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この時刻表を見て気づいた点を挙げてみると、

<北口>
◎[21]系統・出屋敷経由長尾駅行き(現[20])は30分間隔の運行で少ない
◎[22]系統・藤阪ハイツゆきのうち毎時最低1本は田ノ口までノンストップ
◎招提線(牧野方面行き)が昼間時間帯も15分間隔、全体的に現在よりも本数が多い(現在は30~40分間隔)
◎茨木行きが昼間時間帯30分間隔と少ない(全便国鉄茨木行き)

<南口>
◎[11]系統・長尾駅行き(津田経由)は20分間隔の運行、出屋敷経由よりも多い
◎香里団地方面へは[1](ノンストップ)新香里行きが昼間時間帯に45分間隔で運行(□太字
◎枚方公園行きの[8]系統がない、休日ダイヤの枚方公園行きは昼間時間帯毎時合計6本と多い
◎高田・東香里方面([9A][9B])への本数が30分間隔で少ない、特に休日ダイヤの夕方以降は運行なし
◎[10]系統・釈尊寺団地行きの夜の時間帯は今よりも本数が少ない

というところでしょうか。

1980年代初めごろまで、[快速]<枚方市駅~新香里>がBタイプ車の三菱MR470で運行されているのはよく見かけたような記憶があります。ただ、香里橋までノンストップだったためか、利用客は多くなかったようで、いつの間にか消えました。

出屋敷線の藤阪ハイツ行き(現[18]号系統)がほぼ終日にわたってノンストップ便も運行、今では考えられないダイヤでしたね。

牧野方面へ向かう招提線の本数が昼間も15分間隔だったということは驚きました。
「大谷橋」「企業団地」「枚方車庫」、いずれも過去の名称になりましたね(「大谷橋」は廃止、「枚方車庫」は現在高速バスのみ発着、「企業団地」は「中の池公園」に改称)。
今では[38]号系統摂南大学枚方キャンパス行きが30~40分ごとに発着、運用車両も中型ロング車レインボー(通称「もやし」or「うなぎ」)もしくは中型車エアロミディのみとなっています。

茨木線は本数は少なかったが、阪急茨木の時刻表を見ると、当時でも本数は多かったことがわかり、びっくりです。ただ、枚方市駅行きは30分間隔、大半は玉川橋団地・白川3丁目・竹ノ内町折り返しでした。

あと、北口から[16]寝屋川市駅行きもあったが、スペースのためか発車時刻は表記されていませんでした(利用客もほとんどいないため省略してもよしとしたのだろう)。

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1987年当時の枚方市駅北口バスのりばの写真が出てきたので、UPします。

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時季は確かGWの頃で、高槻北部の山(ポンポン山)へハイキングに行くときだったと思います。

 直○ 国鉄高槻

が懐かしいですね。ちょうど国鉄からJRに変わって1ヶ月過ぎたばかりで、さすがにバスの方向幕交換までは間に合わなかったのでしょう(ただ、1年以内にJR高槻、JR茨木などに対応したものと交換されたはず)。

車両は当時の主力だった三菱エアロスターK、ことK-MP218M。京阪バスでは1987年より窓は逆T字型の大きいものを採用。大きい窓のバスに乗った のは、確かこのときが初めてだったようです。いきなりこれを見て、「これホンマに路線バスかいな? なんかまるで観光バスみたいや」と、カルチャーショックみたいなものを受けましたね。それだけ、この新車のインパクトは強烈だったはずです。

それから、写真の左奥には「ブルドック」が止まっていますね。当時、出屋敷・長尾方面行きバスのりばだったので、枚方営業所所属の車両とわかります。

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先日、新しいブラザーのインクジェット複合機を購入しました。
ヨドバシカメラで12,000円とコストパフォーマンスが良く、今のところ性能面では十分満足です。

さっそく、私が子どもの頃に撮った京阪交野線の写真を2枚スキャンしてみました。

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1枚目は1300系。当時の交野線の主役で、内装は木のニス塗りの壁面で重厚な雰囲気でした。たぶん1982年ごろの撮影。冷房化促進のために2600系 が交野線の運用に入るようになり、特に夏場はこの1300系を敬遠したかったことでしょう。1983年12月の昇圧で1300系は引退。

2枚目は冷房改造・更新前の1900系1930号。もともと交野線の1900系は本線・宇治線に比べて少なかったが、当時この1929-1930編成 (1929F)は、1929-1954-1991-1930という4両の編成を組み、交野線の運用に入ることがよくありました。特に中間の1991号は旧 1810系からの編入で古めかしい姿をしていて、さらに元両運転台車だったため、中間の扉だけ両開きという面白い車両でした。冷房改造後(1988年)も 初めは4両編成のまま、交野線の運用に入っていましたが、ほどなく5連化されたため、しばらくは交野線に1900系が姿を現すことはありませんでした。し かし、1996年に交野線で5両編成運用開始後、交野線で1900系を見かける機会が増えました。特にこの1929-1930編成は2006年の私市駅七 夕イベントの日に突如特急色に装いを改め、鉄道ファンの熱い注目を浴びながら2008年12月まで最後の活躍を続けて勇退しました。

参考までに、特急色に復元した1929F編成1930号の写真を。
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久しぶりに国鉄時代の話題を一つ。

急行〔比叡〕といえば、東海型電車153・165系を連想されることでしょう。
周知の通り、〔比叡〕は東海道本線名古屋-大阪間を結ぶ電車急行でした。

〔比叡〕の歴史は東海道本線全線電化完成後の1958年に始まります。当初、準急として、5往復が設定。東海道新幹線開通(1964年)前後には最盛期を迎え、1日8往復もの本数がありました。

ところが、その後急行に格上げされるものの、新幹線への移行で次第に運行本数は減らされます。1980年10月ダイヤでは1往復だけとなり、1984年2月にはついに廃止。

さて、この〔比叡〕ですが、実は気動車の臨時列車が設定されることもありました。運用車両はもちろんのことキハ58系。全区間直流電化、しかも天下の東海道本線にもかかわらず、なぜわざわざ気動車なのか(いわゆる架線下DC)、と思われても不思議ではないはずです。

それは、大阪発の臨時〔たかやま〕の送り込みを兼ねてのものだったようです。該当する列車のダイヤは、例えば1977年5月では、
9401D〔比叡51号〕 名古屋 9:10 → 大阪 12:02
9402D〔たかやま52号〕 大阪 12:58 → 下呂 17:07
でした。面白いことに9401Dの大阪行きは、名古屋-米原間、小浜・宮津線経由で山陰に向かう伝説のロングラン急行〔大社〕と連結でした。加速性の低い 気動車のハンディのためなのか、153系の定期列車に比べて通過する駅は多かったようですね(彦根~大津間ノンストップ! ただ、新大阪には停車)。

(急行「比叡」1977年6月の時刻) http://w01.tp1.jp/~a073009361/JIKOKU/exp77/hiei.htm

〔比叡51号〕用気動車はは美濃太田所属だったと思われ、キハ57が連結されることもあったのでしょう。
もともと〔たかやま〕は美濃太田区担当だったそうですが、1978年ダイヤ改正以降、宮原区(大ミハ)担当に変わり、以降1999年の特急〔ひだ〕へ格上げまでJR西日本京都総合車両所が受け持っていました。

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今度、所用で枚方公園行きのバスに乗ろうと、時刻表を調べてみました。
驚いたことに、[6]号系統<枚方市駅~枚方公園駅>は、平日ダイヤの運行なし、土曜・休日の朝に数本運転されるだけ、ということを知りました。

枚方市駅発は
(休日)7:30

枚方公園駅発は
(土曜)7:14 7:34 7:54 8:14
(休日)7:26 8:03

で、枚方市駅発の便は休日ダイヤに1本だけです!

[6]号系統の運行経路は
枚方市駅南口~香里橋~藤田川~〔けやき通り〕~新香里~五本松~枚方公園駅前

以前はもっと本数が多かったが、2010年10月ダイヤ改正以降、枚方市駅~枚方公園系統(山之上線[ろ]系統を除く)は、昼間[8]号系統、夕方~夜は [4]号系統が主体となっています。これに、朝・夜の時間帯には[5]号系統、そして本記事でレポートする[6]号系統も加わります。

2010年10月以前は、昼間時間帯は[4][6]号系統で交互に15分ヘッドのダイヤを構成していましたが、現在は[8]号系統が20分ヘッドでの運行になっています。ちなみに[4][8]号系統の運行経路は、少々複雑でわかりにくいが、
[4] 枚方市駅~香里橋~開成小学校前~五本松~いちょう通~香里ヶ丘九丁目~新香里~五本松~枚方公園駅
[8] 枚方市駅~藤田川~〔けやき通り〕~新香里~香里ヶ丘九丁目~いちょう通~五本松~枚方公園駅

で、両者の大きな違いは香里団地のメインストリートである〔けやき通り〕(藤田川~新香里間)を通ることと言えます。〔けやき通り〕沿いには、銀行・郵便 局・商店・スーパー・市役所分室ほか公共施設が集まっているため、香里団地内で一番賑やかなところで、バス路線もそこに選択集中するのは自然な流れと言え るでしょう。その意味では、[6]号系統にも分がありそうですが・・・

なお、[6]号系統の区間便<藤田川~枚方公園駅前>は、朝と夕方以降の時間帯にかなりの本数が運行されます。BタイプB-1243号は平日朝の[6]号系統区間便に入ることが多いようです

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イズミヤ枚方店の前に設置されている「イズミヤ前」バス停。

北行きのみの設置です。

イズミヤ前バス停が設置されたのは、出口線[16]号系統(高槻営業所)の運行開始のとき(2001年)でした。
枚方市南西部の伊加賀・出口から枚方市中心部東側(市役所・郵便局・警察署など)への利便を図る目的なのか、平日ダイヤのみ、伊加賀小学校から官公庁団地→イズミヤ前→禁野口→枚方市駅という、運行経路が実現しました(土曜・休日は全便枚方市駅北口発着)。
しかし、利用客は少なかったようで、2011年5月ダイヤ改正では、イズミヤ前直通系統は平日ダイヤの朝1本だけになってしまいました。

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イズミヤ枚方店は1970年(昭和45年)開店で、枚方市内のショッピングセンターでは老舗の部類に入るでしょう。

枚方市駅前の三越・近鉄百貨店などが相次いで閉店する中、イズミヤは比較的堅調なように見えます。

駅前ターミナルから離れていて、鉄道・バスでは少々不便な立地条件だが、立体駐車場が整備されていることが奏していると思われます(それゆえ、イズミヤ前の道路は渋滞することもしばしば)。
有料の自転車・バイク駐輪場も、今年になって店舗前に設置されましたが、バイクが止めやすいのはうれしいですね(これに比べてビオルネの駐輪場は・・・)。

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今回は、20年近く前の思い出も兼ねて、吹田八尾線[52]号系統<JR吹田~京阪守口市駅>についてレポートしたいと思います。

守口市と吹田を結ぶバス路線として、京阪バス[9A]号系統があります。
[9A]号系統は、京阪守口市駅より淀川(太子橋)を渡って大阪市東淀川区内の豊里・大桐地区から、阪急京都線の上新庄駅前を経てJR吹田駅前に至ります。
寝屋川営業所の管轄で、他の寝屋川・門真・守口地区の路線系統と同様、現在は中型車で運用されることが多く、以前に比べて本数も削減される中、そこそこの利用があるようです。

1997年の大阪モノレール門真市開業以前は、守口と吹田を結ぶ路線は、[9A]号系統とは別に[52]号系統も運行されていました。
[52]号系統の運行経路は、
JR吹田~岸辺~JR千里丘~摂津市役所前~(鳥飼大橋)~地下鉄大日南~地下鉄守口~京阪守口市駅
というものでした。
[52]号系統は門真営業所の管轄で、阪急バスとの共同運行でした。

この[52]号系統は、「吹田八尾線」の一系統でした。
吹田八尾線は、その名前の通り、かつて吹田と東大阪・八尾を結ぶ路線バスが国鉄・阪急・近鉄・京阪の4社共同で運行され、大阪郊外東側の衛星都市を南北に結ぶ役割を担っていました。
ただ、モータリゼーションの流れによる利用客減少の中、JR発足直前に国鉄バスは吹田八尾線から撤退。
京阪・阪急も以前はJR八尾駅まで乗り入れていたが、やはり最終的に門真・守口以北のみの運行に後退、1997年までには完全撤退することとなりました。
近鉄バスのほうは1993年の時点で<JR千里丘~八尾>直通系統がわずかに残っていたが、1996年までに全廃されました(同じ千里丘・鳥飼・茨木地区 には鳥飼営業所を拠点に近鉄バスの路線網を有する。吹田八尾線があった時は、阪奈国道線・京都奈良線も媒介して大阪・奈良・京都3府県で一つの近鉄バス路 線網を形成していたが、同路線系統廃止後、鳥飼営業所管内の路線網は近鉄バス他地区路線と切り離されることになる)。

その過程で、吹田八尾線の京阪守口市駅前乗り入れが開始となったのは、1985年のことで、ちょうど京阪百貨店本店がオープンしたときでした。
阪急バスが守口市駅に乗り入れていることは初め全然知りませんでした。

筆者は、江坂からの寄り道に、吹田八尾線[52]号系統に二度ほど乗車経験があります。
特に1990年代半ば頃の平日の夕方、
江坂→(阪急バス)→JR吹田→([52]号系統)→京阪守口市駅→([24]号系統)→清滝団地→(徒歩)→忍ヶ丘駅→([45]号系統)→京阪交野市駅
という経路で交野までバスを乗り継いでみましたが、京阪バスについては、この[52]号系統も含め、全て廃止された路線系統ばかりです(笑)
この当時、もし時間がうまく合えば、京阪大和田駅から[18]号系統で清滝・田原地区を大回りして交野へ行くこともできましたね。

現在、吹田から交野まで
吹田→([9A]号系統)→京阪守口市駅→([1]or[4]号系統)→寝屋川市駅→([22]号系統or[タウンくる])→京阪香里園→([9][9C]号系統)→京阪交野市駅
または寝屋川市駅から
→([41B][47B]号系統etc)→星田駅→([17A]号系統)→京阪交野市駅
なる経路でバス乗り継ぎが可能です。
星田駅経由の場合、平日ダイヤのみ、[43]号系統でも交野まで乗車できます。

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