京都駅八条口から阪神高速8号線(新十条通)を経て山科区および伏見区醍醐地域を結ぶ山科急行バス(山急)。2010年秋に運行開始し、今年で6年を迎えるが、実は私は未だ乗ったことがない。

さて、その山急には、2013年11月~15年8月までの2年余りだけ、香里園・香里団地方面まで直通する臨時便があった。その運行経路は、

醍醐寺~大石神社~(稲荷山TN)~京都駅八条口(ホテル京阪前)~<第二京阪>~三井秦団地~三井団地~京阪香里園~東香里~藤田川~新香里

という面白いものだった。土曜・休日ダイヤ(季節限定)の朝と夕方に各1往復ずつの運転で、主にブルーリボンIIのトップドア車(H-3244)が使用されていた。H-3244は直Q京都号の増発用として京田辺営業所に配属されたが、山急香里園系統に転用するため山科営業所に転属。山急香里園廃止後、ニート状態となり、一時は大阪ナンバーに登録替して門真に配置されるが、今春より運行開始した京都~学研都市急行バス(奈良交通と共同で試験運行)に使用するため、古巣の京田辺営業所に戻る。

h-3244
山急香里園で運用中のH-3244トップドア車 新香里にて
(S.Inoue Part2より拝借)

香里園・香里団地方面から醍醐寺方面への観光需要がどれだけあるのかはわからないが、京都駅までの潜在需要はそれなりにあるのではないか。なぜ香里園が選ばれたのかは疑問を感じるところだが、枚方市駅・寝屋川市駅付近の渋滞や道の狭さ、第二京阪のICの位置などを考慮した結果なのではないか、と以下のレポートにて指摘されている:

http://contrapunctus.blog103.fc2.com/blog-entry-84.html


しかし、香里園・香里団地方面から京都駅までの直Q号はあってもよさそうだ。現在、USJ・京都線の一部便が藤田川・枚方市駅南口・枚方車庫経由で運用されているが(枚方営業所担当)、京都よりもどちらかといえばUSJへの行楽客を意識したダイヤ設定となっているようだ。例えば、大阪国際大学発着系統を香里団地方面まで延長運転するのはどうだろうか?

大阪・京都・滋賀・奈良の近畿2府2県にまたがる京阪バス一般路線は、大阪地区京都・滋賀地区に大きく分けられる。

淀川対岸の阪急バスのほうは、大阪・兵庫エリアと京都エリア(水無瀬地区を含む)の路線網の間が高槻市営バスによって隔てられている。かつては、京阪国道線の残滓である茨木-水無瀬系統で辛うじてつながっていたが、現在は完全に分離されてしまった。それでも、関西有数の広域バス事業者としての地位を誇る。

さて、京阪バスのほうはどうだろうか?

京都府に営業所を持つ男山・京田辺管内(旧・京阪宇治交通)も大阪地区路線として扱われることが多い。ただし、京田辺管轄の淀・山崎・長岡京以北は「京都・滋賀地区路線」とするほうが自然だろう(淀・山崎・竹田・宇治地区については、以前枚方営業所が担当したこともあるが、伝統的に「京都地区」として扱われている。「1Dayチケット」京都・滋賀版の範囲に入っている)。

実は、京阪バスの大阪地区路線と京都・滋賀地区路線は何とかつながっている。

まず、毎年正月のみに運行される臨時・八幡山崎線を介して、大山崎町でつながっていると見なせる。大山崎には【13】号・<京阪淀駅~JR山崎>が乗り入れている。八幡山崎線は本来最寄の男山営業所が担当しても良さそうだが、Bタイプ車を使用するため、伝統的に枚方営業所が担当している。

直Q京都号の発着する松井山手・京田辺市役所・大阪国際大学・京阪交野市駅などにおいても、大阪・京都両エリアの路線がつながっていると見なすことができる。直Q京都号は大阪市内のなんばOCATやUSJまで乗り入れる。

京都京阪バスを含めば、新田辺~宇治田原~宇治~大久保~中書島のルートで大阪・京都両エリアがつながっていると見なせる。

過去には、直近の例として、山科急行線(山急)臨時便が醍醐寺から京阪香里園・三井団地・香里団地まで乗り入れたり(山科営業所担当)、2005年までは【52】号・<樟葉駅~中書島>も運行されていた。

しかしそれよりも、滋賀地区と京都地区路線とのつながりが細っていることが気になる。
かつては京都市内から京津国道線として浜大津や琵琶湖大橋、石山方面に乗り入れていたし、宇治川ラインで大津市内と宇治方面が結ばれていた。現在は、

◎161号西大津バイパス経由、【48】号・<山科駅~大津京駅>が平日1往復、
◎比叡平地区で百万遍・三条京阪方面と大津京・石山駅方面との乗り継ぎ

の2つのルートでの移動が可能だ。

台風や秋雨前線の停滞で雨模様のぐずついた天気が一段落し、今日は京阪バス「1Dayチケット」(大阪版)で高槻・枚方・くずは方面へ乗りまわってきた。

高槻方面は良かったが、枚方市駅から【39】くずは行きに乗ってから、嫌なことばかりが連続する。
まず、1,100円カットの理容店を目当てに「藤原」で降りたが、この店がどうも閉店したようだ。2ヶ月前にこのお店でカットしてもらったんだが、・・・。

仕方ないので次のくずは行きのバスに乗り、「くずはモール」で下車し、モール南館に入る。
さっそく、2階のRight Onでリーバイスのホワイトパンツ(デニム)を物色したところ、若い男性の店員に声を掛けられ、試着させてもらうことに。ただ、どうも気に障ることがある。
まず、「(青の)デニムが似合いそうですが」と言われたのが気になる。そして、この店員の方には少し強引さを感じ、下手したら無理やり買わされるところだった。大人の綺麗めカジュアルにこだわるのなら、この店で買うべきではないと思った。同じリーバイスのデニムを入手するにしても、私だったら梅田や心斎橋のセレクトショップとか江坂のRex Oneで購入したいところだ。

その直後、トイレに入るが、日曜日で家族連れが多いため個室がいっぱいだったし、私個人的にくずはモールで落ち着いて買い物するのは難しいようだ。

そして、京阪樟葉駅のATMコーナーで入金しようと通帳を入れるが、なぜか使えなくなったみたいだ。


大阪北部でおススメのジーンズセレクトショップ
http://katanogawara.blog.jp/archives/6799426.html

京阪の区間急行(区急)は、公式には淀屋橋・中之島~樟葉間の大阪府内の運転(守口市以東各駅停車)ということになっている。区間急行は萱島・香里園・枚方市・樟葉発着で、萱島発着が一番多い。1980年以前は終日枚方市発着の区間急行が運転されていたが、準急に格上げされ、区間急行は朝と夕方~夜のみの運転となる(2006~11年の間、昼間の区間急行が大増発されたこともあるが)。樟葉から先、京都府へ乗り入れる区間急行が運転された例は知らない。

しかし、冷房改造後の1900系(廃車)のシーケンス式側面幕(種別・行先一体型)には、なぜか

区急|三条
区急|出町柳


が入っていた。1900系用の幕は、短編成での支線運用も想定して急行・区間急行・普通の行先表示コマは一通り揃い、「急行|宇治」とか「急行|枚方市」なんかも入っていた(「急行|宇治」は1989年まで使用されていた。枚方市発着の急行は2006~08年までの短期間だけ設定されたことはあるが、7両編成以上ゆえ1900系が使われることはなかった)。一方、準急については種別単一表記の「準急」だけしか入っておらず、宇治急に代わって登場した準急・<出町柳→樟葉>、そして後年になって登場した交野線直通「ひこぼし」運用時などには「準急」表示で対応していた。

20081014467
1900系の側面表示機
「おりひめ」私市行きで「準急」表示

1900maku
1900系で使われていた側面幕
(「倶楽部2600」さまより拝借)

時刻表には載っていないが、事実上の「区間急行|出町柳」なる列車は運転されたことがある。
それは区間急行・樟葉行きとして運用ののち、樟葉で普通・出町柳に化けるというもの(京阪時刻表2000あたりで、それを明示する列車が掲載されていたように記憶している)。それなら、初めから「区間急行|出町柳」と案内しても良いと思うが・・・。

DSCF0012

2007年7月、門真市駅にて。
昼間時間帯に運転されていた区間急行・天満橋行きの5連です。
2600系2810号が大阪側先頭ということは、たぶん2612-2912+2610-2710-2810でしょう。

京阪の区間急行はかつては昼間時間帯に樟葉・枚方市以西の大阪口における準速達列車として終日運転されていたが、1980年3月ダイヤ改正以降、準急に格上げされ、昼間の区間急行の運転はなくなりました(準急と区間急行のどちらが列車種別として上なのかは私鉄各社により異なるが、一般的には区間急行のほうが停車駅は少ない。しかし、京阪の場合、区間急行は準急よりも停車駅が多く、守口市以東各駅停車)。
しかし、2006年3月には驚異の区間急行大復活を果たし、さらに昼間時間帯の天満橋発着列車も再登場。
ただ、2008年10月の中之島線開業後、天満橋発着の列車は消滅しました。昼間の区間急行は中之島発着となるが、2011年5月のダイヤ改正で昼間の区間急行はなくなりました。

樟葉駅と近鉄新田辺を結ぶ路線系統が設定されたのは、それほど古い時代ではない。

現在、本郷・山手幹線経由の【31】【67D】号経路が合わせて毎時4本運転されているが、初めて設定されたのは、

【18】 樟葉駅(くずは)~中央センター~水珀~南八幡高校(現・京都八幡高校南学舎)~美濃山口~大住~三野~田辺本町~新田辺

だった。1980年代前半ごろの運行開始、京阪宇治交通男山営業所の担当で、主に京都府立南八幡高校(現・京都八幡高校南キャンパス)通学生のために設定されたようだ。1996年4月のダイヤ改正で、樟葉駅~南八幡高校間は廃止、南八幡高校~新田辺間のみが残るが、主に近鉄京都線を利用する通学生のために残ったものだと考えられる。しかし、京都府公立高校の統廃合が進めらた影響もあって、2007年11月改正で廃止。京阪バスへの合併後も1年少しだけ運行されていたことになる。

1989年の学研都市線電化および松井山手駅開業に合わせて、今度は

【67B】 樟葉駅~中央センター~水珀~南八幡高校~美濃山口~松井山手駅~JR大住駅~田辺本町~新田辺

が新たに設定される。こちらも上記【18】号経路と半分以上は共通していて、やはり南八幡高校通学生を意識したものとなっている。現在も1往復だけ運行されているが、朝の樟葉駅行きは京田辺営業所、午後の新田辺行きは男山営業所がそれぞれ担当。特に府道736号線・交野久御山線の美濃山口~きんめい台西間を通るバスはこの【67B】号経路1往復だけだ。京阪宇治交通田辺営業所(現・京阪バス京田辺営業所)が設置されたのは1989年のことであり、【67B】号経路は当初から田辺営業所が担当していた(2007年11月より片道のみ男山営業所が担当)。

67Bくずは行き


1990年代以降、松井山手周辺(京阪東ローズタウン)の街開き・開発に合わせ、八幡市と学研都市を結ぶ「山手幹線」の整備が始まる。1992年9月11日ダイヤ改正では、「山手幹線」の部分開通に合わせた路線再編が行われ、上記【67D】号経路が新たに設定された。大部分は【67B】号経路と共通しているが、旧集落地帯を通る【67B】とは異なり、【67D】号はくずはと松井山手方面を山手幹線経由で短絡することを目的に設定されたものだろう。このダイヤ改正では、京阪バス出屋敷線旧・【21】号(現【26】)の松井山手乗り入れも始まり、枚方市駅方面とも結ばれることになる。一方、山城大橋より東、宇治田原方面への路線をも受け持っていた男山営業所は、1992年9月のダイヤ改正以降田辺営業所に移管。


以前、京阪バス交野営業所管内において、穂谷までの路線が運用されたことがある。
それは、【8】号経路・<京阪交野市駅~穂谷>

運行経路は、

京阪交野市駅~幾野四丁目~西倉治~倉治~津田駅~杉~尊延寺~穂谷

で、1992年の枚方尊延寺線ダイヤ改正の時に新設されるが2000年春(香里団地・交野地区ダイヤ改正)に廃止。

1992年枚方尊延寺線ダイヤ改正(枚方営業所)の内容は、

◎「三ツ池」、「上渡場橋」バス停新設

◎【12】号経路・<枚方市駅~新田辺>を廃止

◎【16】号経路ほか(現【79】【80】【81】)・<穂谷~新田辺>新設、毎時1本運転

◎昼間時間帯の【12】号経路(現【72】)・<枚方市駅~穂谷>(津田駅経由)は
【12】(現【70】)・<枚方市駅~穂谷>(津田駅経由無し)
【8】・<京阪交野市駅~津田駅~穂谷>(<津田駅~穂谷>系統は現【76】号ほか)
に系統分割

などだったと記憶している。今度のダイヤ改正で交野営業所が【8】号によって初めて穂谷へ進出することになる。なお、津田駅~穂谷の区間系統は枚方営業所担当だったものの同じ【8】号経路とされ、当時の枚方管内では珍しい1桁系統番号だった。当時の枚方尊延寺線は10番台の系統番号だったが、【8】号経路はもともと津田香里線であって、津田駅~穂谷系統は例外的に【8】号とされた。

1980年代初頭の津田駅バスのりばは非常に狭く、バックで出入りしていたように記憶している。津田駅前ロータリーは1990年代初頭までに整備された。

なお、尊延寺~穂谷間は、大阪地区の特殊区間制運賃とは異なって対キロ区間制運賃であり、旧・京阪宇治交通田辺地区の運賃に合わせて決定される。交野営業所車両の車内で穂谷直通【8】号経路のみの運賃改定の案内が掲載されたとき、「京阪宇治交通の運賃改定により」との表記を見て「あれっ?」と違和感を覚えたような記憶がある。

【8】号・交野穂谷直通系統の廃止後、幾野四丁目・西倉治を通る路線系統は、昼間時間帯については以下のような変遷をたどる:

【17A】津田駅~西倉治~京阪交野市駅~河内磐船駅~南星台~星田駅(~2008年10月)
【9C】京阪香里園~京阪交野市駅~西倉治~津田駅(2008年10月~2012年6月)
【9C】京阪香里園~京阪交野市駅~西倉治~交野警察署前~河内磐船駅(2012年6月~)。

朝と夕方~夜の時間帯は、

【17A】津田駅~西倉治~京阪交野市駅~河内磐船駅
【8】津田駅~西倉治~京阪交野市駅

が主に中型車で運用されている。【17A】については、2013~14年の一時期、津田サイエンス線送り込みを兼ねて、朝の1本だけ京田辺営業所が担当したこともある。

DSCF0030


DSCF0028

京阪バス高槻営業所に新型エルガが続々投入され、中型長尺(10.5m)車を置き換えている。
高槻配属時代のレインボーN-3146の写真があったのでアップしてみた。
N-3146は今回の置き換えの対象ではないが、去年寝屋川営業所に転属し、寝屋川唯一のブルーリボンシティW-3800を置き換えた。W-3800は大津に転属した。

阪急京都線沿線にありながら、高槻市内においては阪急バスの存在感が薄い。

高槻市内のバスは主に高槻市営バスと京阪バスがシェアを占めている。JR高槻、阪急高槻市駅、JR富田から高槻市内各地へは高槻市営バス、そして高槻・茨木駅前と淀川対岸の枚方市を結ぶ京阪バス(高槻営業所)がそれぞれ分担している。阪急バスは市西部のJR富田駅付近と南西部の柱本付近へ細々と乗り入れているにすぎない。ただし、柱本には阪急バス柱本営業所を構えている。なお、モノコック車時代(1983年以前)の市営バスは阪急バスと似た塗装をしていて、阪急バスと間違ったりした(その後、緑と白の新カラーに変更されたモノコック車もある)。

bus-old3
高槻市営バス旧カラー
(高槻市営バス通信より拝借)


阪急京都線は「新京阪」だった事情ゆえ、もともと京阪バス(京阪自動車)が茨木や箕面・池田方面にも足を伸ばし、茨木にも営業所(現在は阪急バスの車庫)を構えていた。しかし、戦後京阪電鉄の分離独立に合わせ、茨木以西および長岡京・向日町方面の路線の大部分は阪急バスに譲渡され今日に至る。

一方、高槻市営バスは阪急バスから譲り受けた日の出バスが前身であり、1954年大阪府下郊外都市唯一の市営バスとして営業開始する。

さて、高槻市内の阪急バスについてだが、まずJR富田に乗り入れるバス(【65】・<JR茨木~JR富田系統>)は、なんと1日3往復だけに減ってしまった。以前は毎時1本ぐらいあったように記憶しているが・・・。かつては、京阪急行線の残滓としてJR茨木~阪急水無瀬系統(国道171号経由)もあり、高槻市役所および阪急高槻市駅付近を通過していたが、1997年に富田以東が廃止され、大阪・兵庫エリアと京都エリア(島本町を含む)の阪急バス路線網は分離してしまう。

一方、摂津・茨木市との境界に近い柱本地区については、JR千里丘・阪急茨木東口からのバスが柱本団地へ乗り入れている。かつてはJR吹田まで乗り入れる系統もあったが、近年の路線再編で見直された(なお、摂津市に入ったところにある上鳥飼からはJR吹田行きのバスがある)。千里丘(【33】【35】)および阪急茨木東口(【141】【144】)へは毎時各2本は確保されている。なお、柱本付近には近鉄バスも茨木から乗り入れているほか、京阪バス寝屋川茨木線も通っている。


参考までに、高槻市の東側に隣接する三島郡島本町の事情にも少し触れる。
島本町内においては阪急水無瀬およびJR島本から若山台センターへの路線系統(【40】【50】)が主力となっており、大山崎営業所が管轄している。大山崎営業所への入出庫系統として、【40】・<新山崎橋~阪急水無瀬・若山台センター>系統がある。
ちなみに、島本町の市外局番は大阪府内でありながら075で、京都府乙訓郡大山崎町との越境合併の話も出たほどだ。JR山崎駅ホームにも大阪・京都府境が通っていることで知られている。
また、2年前まで、阪急水無瀬から京都競馬場(淀)へのシャトルバス(京阪バス)も運行されていたが、阪急西山天王山駅開業後、距離の短い同駅への乗り入れに変更となった。さらに、前記のように、茨木からの阪急バスも発着していて(茨木営業所担当)、大阪・兵庫エリアと京都エリアの境目でもあった。

P1030077


P1030076


JR東海伊勢車両区は本年3月で閉鎖され、紀勢本線・参宮線・名松線の気動車(キハ25系など)は名古屋車両区が管轄することになった。

そういえば、2007年、赤福の社長が「参宮線を廃止して、伊勢車両区跡地を駐車場にする」と発言して大ニュースになった。あの当時はまさか伊勢車両区が廃止されることはないだろうと思っていたが、武豊線電化で名古屋車両区の気動車配置に余裕が生まれたため、伊勢車両区の廃止が現実のこととなる。

本来、国鉄時代末期に伊勢運転区(当時)が亀山機関区と統合されるはずだった。しかし、亀山駅にJR東海とJR西日本の境界が置かれるため、JR東海管内となる紀勢本線や参宮線の気動車車庫が必要となったことから存続が決まる。

仮に三重県内の国鉄線が全てJR西日本管内となるのなら話は簡単だったはず。亀山機関区が関西・紀勢本線などを運用する気動車を一括管理し、今もなおそれなりの数の車両数が必要なことから、広大な車両基地を有効活用していたことだろう(2016年の時点では、希望的観測だが、姫新線に投入されたキハ122・127を標準仕様として、東海・北陸・紀伊半島から山陰・広島・山口までの広範囲にわたって大量配置され、キハ40系を置き換えることだろう)。早い話、名古屋近郊付近までの在来線と東海道新幹線全線をJR西日本が所有すれば、財務状況はもっと良かっただろう。

↑このページのトップヘ