京阪バス過去路線のレポートを久しぶりに書く。

今回は、枚方尊延寺線の旧【14】号経路・<枚方市駅~村野浄水場・津田循環>。
運行経路は、

枚方市駅南口~四辻~津田駅~倉治~西倉治~出鼻橋~村野浄水場前~四辻~枚方市駅南口(両方向回りあり)

で、枚方営業所が担当していた。1999年まで運行していた。津田駅~倉治界隈で交野市内に跨っており、枚方営業所管轄の路線系統で唯一、交野市内に乗り入れていた。ただし、1978年の交野営業所開設以前は、星田線【41】【43】号経路、そして田原線(京阪交野市駅~一の坪、一の坪~京阪大和田駅の2系統、ボンネットバス使用)なども枚方営業所が広域的に担当していた。かつて、1970年代には、京阪村野駅前~四条畷駅系統(倉治、住吉神社前、天の川経由?)もあったようで、この【14】号経路はその名残とも見れそうだ。

【14】号経路は、枚方市駅-津田駅間は【12】号経路(現【62】【72】号ほか)を補完、村野浄水場および周辺の工場通勤者を意識して設定されたものだと思われる。ただ、村野浄水場~出鼻橋~西倉治界隈は住宅地が少ないゆえ利用客は少なかったようで、1999年9月の枚方尊延寺線ダイヤ改正の時に廃止されることになる。その後、枚方営業所管轄路線は交野市内から撤退。

なお、1989年ごろ、【8】号経路・<京阪交野市駅~幾野4丁目~西倉治~津田駅>が新設され(交野営業所管轄)、【14】号経路の廃止後も、西倉治~倉治間のバス路線は残る。現在、この区間は主に【9C】・<京阪香里園~京阪交野市駅~西倉治~河内磐船駅>および【17A】・<津田駅~西倉治~京阪交野市駅~河内磐船駅>が走行している。

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2007年1月に撮影しました。
行先は「11 日出町経由 上津島・阪急園田」。
日出町といえば、豊中市の阪急バス本社前です。

阪急バスの梅田のりばは、大阪駅北口(ヨドバシ向かい側)と阪急百貨店前の2ヶ所あります。
大阪駅北口からは加島経由阪急塚口行き(【18】系統)、阪急百貨店前からは日出町・豊中・箕面方面行きがそれぞれ発着。

梅田・大阪駅前には大阪市営バスのほか、阪急バス・近鉄バスも堂々と乗り入れていますが、近鉄バス(高速除く)は今年12月で年1本のみの超・免許維持路線と化する予定です。なお、近鉄バスも一時期、大阪駅北口まで乗り入れたことがあります(ただし降車のみ)。

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2009年に撮影しました。
特にエアロスターKが古めかしく見えますね。神姫バスの三菱車といえば、どちらかといえば新呉羽は少なく、三菱自工または西工ボディ架装のほうが多かったようです。
回送車の行先表示機に「すみません回送中です」を表示させるようになったのは、確か神姫バスが初めてでしたね(撮影当時は従来の「回送」表示だったが)。

最近まで明石市営バスもあったが、神姫バスに譲渡されました。
兵庫県内の公営バス(神戸市を除く)は、姫路・明石に続き尼崎もなくなり、伊丹市営バスだけとなりました。

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2005年に国鉄急行色に復元されたJR四国のキハ58・65。

わずか2両だけだが、この復元作業は塗装のみならず、窓周りの灰色ゴムなど細部にまで国鉄時代らしさが再現されており、各地のリバイバル塗装とは一味ちがう。さすがに車内まで国鉄時代の雰囲気を再現、というわけにはいかなかっただろう。普通列車専用となったゆえ一部ロングシート化されたままなのは仕方ない。

なお、方向幕もこの頃になって、全国各地で行先表示を入れるのが当たり前となってきたが、どうせなら、「普通」と表示して、行先表示は出入り口上部のサボ受けに表示板を差し込むようにすれば、いっそう引き立たったのではないか。

JR四国のキハ58系は2008年までに引退した。

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阪神車使用の近鉄線内のみ運用の列車といえば、「急行」・大阪難波-奈良がまず思いつくでしょう。阪神線内での「急行」は梅田-甲子園・西宮間ぐらいの脇役的存在で、1000・9300系の「急行」表示は貴重です。しかし、近鉄奈良線では終日「急行」も運転されていて、阪神車もアルバイト運用に入り、あたかも主役のように「急行」表示を掲げて生駒山系の勾配区間を駆け抜けてゆきます。

阪神車使用の近鉄線内のみの運用としては、大和西大寺発近鉄奈良行き「普通」などもあります。
西大寺車庫で休んでいた阪神車が奈良行き普通の運用に入り、快速急行・神戸三宮行きで折り返してきます。


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京阪バス高槻営業所所属のレインボー・ロング車。
珍しく枚方茨木線の運用に入っていたときの写真です(社番N-3150)。
JR茨木での撮影ですが、去年11月よりのりばが変わったので、これも過去の風景となってしまいましたね。



明日8月11日より、近鉄バス一般路線の梅田乗り入れ系統(阪奈生駒線・梅田~稲田車庫前)が削減される。
明日からの時刻表は、
http://www.kintetsu-bus.co.jp/search/pdf/54_1468567319.pdf

本日までは30分間隔だったのが、明日からは60分間隔に半減される。さらに、4ヵ月後の12月17日からは土曜日1便のみの運行になるという。

今年に入って、近鉄バス一般路線において、えげつないほどの極端な減便が目立つ。新石切~石切駅前、南茨木駅~野々宮系統につづき、梅田~稲田車庫(・住道)・・・。

長年にわたって大幅路線縮小の続く近鉄バスだが、その動きの中にあって梅田発着の阪奈生駒線は比較的堅調だった。過去には生駒山上や近鉄奈良駅までの長距離路線もあったが、JR住道(大東市)までに短縮される。そして、2011年ごろより阪奈生駒線にも大鉈を振るうようになる。生駒山・奈良はおろかJR住道への直通系統さえ土曜のみの1便に減らされ、15分間隔の運行本数も、ここ数年の間で20分、そして30分間隔に大幅後退し、今年の12月からは土曜のみの1便になるという。

堅調と思われていた阪奈生駒線がなぜここまで急激にリストラされるのか?
その一つには、大阪市営バス【36】系統・<大阪駅前~地下鉄門真南>とほぼ同じ経路であるにもかかわらず、大阪市営地下鉄・バス各種乗車券が近鉄バスで利用できないゆえ、乗客がは市営バスに集中、近鉄バスは閑古鳥が鳴くといった状況だという。住道直通の大幅減便もショックだったが、地下鉄長堀鶴見緑地線およびJR東西線開通の影響も決して小さくないだろう(北新地から住道まで電車1本で行ける)。

近鉄バスの梅田乗り入れは、近鉄(旧・大阪電気軌道)四条畷線計画の名残だと言われている。石切から四条畷・森ノ宮・梅田への鉄道線を敷設するというもので、大正~昭和初期に具体化と着工までは進んだが、JR片町線(学研都市線)電化実現により、鉄道敷設の意味が乏しくなり、宙に浮いた。以降、完成した路盤を利用して路線バスが運行されるようになった。なお、この構想に近い鉄道路線が、後年地下鉄中央線~近鉄けいはんな線で実現している。

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京阪2600系2621F(4連口)は非常に特徴的な異端車だった。
2621Fは2000系からの2600系への代替新造が大詰めを迎えた1982年夏~秋に登場する。
まず、屋根のクーラーユニットの形が他の2600系と異なり、むしろ6000系に近い。
というのも、新型クーラーを性能確認のため試験的に搭載したものだったからだ。
また、2621Fは光ファイバーによる列車モニタの試験車でもあった。

2621Fは登場から4連のままであり、他の2600系と編成を組むことはほとんど無かった。
ただし、2621Fの登場当初、中間の2922・2722号が未完成だったため、2連口とされ、同じ新型クーラーを搭載して1981年末に登場した兄分?の2622Fと暫定的に6連を組成したことがある。2922・2722号が出場してからは専ら4連となって、主に交野線・宇治線で活躍する。晩年は交野線ワンマン運転開始および本線普通は7連統一されたため、専ら宇治線の運用に入り、旧塗装のまま2012年に廃車された。

なお2622Fは2621Fと同じ仕様設計ながら(2700、2900とも運転台簡易撤去だったことも共通)、Mc2622号だけは2000系1次車(しかもトップナンバー2001号が種車)だった。しかも2622Fに至っては、なぜかほぼ交野線専属となり、2600系廃車初期の2001年12月に廃車される。竣工からちょうど20年というのも興味深い。

活躍の場がほとんど交野線しかもらえず先に引退するという不遇な運命だった2622Fに対して、2621Fが2622Fよりも10年生きながらえることができたのは幸運だったと言えよう。


近鉄の京阪間直通列車といえば、昔の特急・<難波-京都>(通称・阪京特急)を思い出すだろう。

大阪難波駅から奈良線生駒・学園前経由、大和西大寺でスイッチバックして京都線に入るというものだった。京都線内はノンストップ(当時)だった。運転本数は1日3往復ぐらいだったと思うが、1992年ダイヤ改正で廃止される。

JR新快速、京阪特急、阪急京都線特急に続く、第四の京阪間速達列車だったということだが、奈良県を遠回りしている上に本数が少なくて不便というイメージが強く、そもそもこの阪京特急の存在を知らない人も多かったのではないか。ただ、大阪ミナミへ(難波、道頓堀、心斎橋)は一番便利だったことには違いなく、また京都駅にも直通するゆえ、生駒・学園前界隈から新幹線で東京方面へ向かうための御用達列車としての役目も担っていただろう。もっとも、生駒・富雄・学園前付近から名古屋へは、鶴橋もしくは大和八木まで赴いて名阪特急に乗るのが一般的のようだが、遠回りとなって時間もかかるのが泣き所だ(その代わり、新幹線より運賃・料金が安いのは最大のアドバンテージ)。静岡・横浜・東京へ急ぐとなれば、やはり京都駅から新幹線に乗るほうがずっと早い。

阪京特急が廃止されて25年近く経過したが、近年、イベントで大阪・京都間を結ぶ面白い列車が運転されるようになっている。

その一つは、観光列車「つどい」を使用したビール列車(2014年)。大阪上本町(地上ホーム)発大阪線・八木西口短絡線経由で橿原神宮前に立ち寄り、折り返して大和西大寺から京都駅をめざすというものだったようだ。所要時間約3時間程度。このビール列車を実際に乗車された方が、面白いブログ記事を載せてくださったので、ここで紹介する。

ビール列車に乗ってきた~上本町発 つどい~
http://blog.livedoor.jp/oton_no/archives/40667738.html

「つどい」は鳥羽・志摩線の観光列車に使用、通勤車2000系から改造された。

上本町から京都駅までこのビール列車に乗り通した客はどれだけいたのか興味ある。どうせなら、京阪沿線通勤客にも利用しやすくするため、丹波橋に停車しても良かったのでは・・・。


もう一つ面白い列車を紹介する。
それは2012年秋の京都発三宮行き直通列車。
http://www.kintetsu.co.jp/all_news/news_info/120913kyoutosannomiyachokutuu.pdf

京都駅から大和西大寺、大阪難波経由阪神直通という、比較的シンプルなルートだったが、途中宮津駅(京田辺市)入れ換え線と東花園車庫に入線するなど、いかにもイベント列車らしい走行経路だった。しかし何よりも、京都・奈良・大阪・神戸の4都市を通る営業列車という点で興味深い。使用車両は5800系だったようで、もちろんクロスシートでの運用だったことだろう。乗車時間3時間なので当然のサービスだろう。ちなみにトイレ休憩は東生駒駅(14分間停車)だった。

あと、阪神尼崎車庫に入線したら、もっと面白かっただろう。尼崎車庫で能勢電譲渡予定の阪急車と顔合わせでもできれば、これは超貴重な記録になるだろう。

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