高槻市の辻子・南辻子バス停。
国道170号(大阪外環状線)にあり、京阪バス枚方高槻線が発着するほか、「辻子」バス停には高槻市営バス(下田部団地方面から)も停車する。

阪急・JR高槻から枚方行きの京阪バスに乗ると、辻子までは高槻市営バスに合わせて運賃220円だが、南辻子より先は京阪バス単独区間となるため230円となる。「辻子」・「南辻子」両バス停について、枚方行きのりばは目と鼻の先であり、徒歩で30秒もかからない位置関係にあって、なおかつ運賃が変わるため、南辻子で降りる人は珍しい。

反対方向の高槻駅行きについては、「辻子」バス停の標識は珍しく京阪バスと高槻市営バスの共通である(バス停標識は京阪バスのものを使用)。

枚方市駅からの運賃は、「辻子」「南辻子」どちらも230円である。

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京田辺市の茂ヶ谷(もがたに)バス停。
京阪バス京田辺営業所最寄で田辺西ICに近いR307旧道のところにある。新田辺から穂谷・天王行き、および山手幹線を経てクレイン京都へのバスが発着しているが、ここで折り返すバスもある。
かつては、京阪宇治交通(→京阪バス)のほか、奈良交通も1日1便だけ発着していたが、奈良交通は2010年4月に京田辺市内路線再編により、茂ヶ谷へ来なくなる。


京阪間を変わった経路で結ばれる列車として、阪急京都線~地下鉄堺筋線直通列車とか近鉄の阪京特急などが挙げられるだろう。3ヶ月ほど前、近鉄の京阪間直通珍列車についてのレポート記事を書いた。
http://katanogawara.blog.jp/archives/5795904.html

国鉄・JRでも奈良を経由する京阪間直通列車が運転されたこともある。

1973年の関西本線湊町(現・JR難波)電化前には、奈良・桜井・和歌山線・関西本線経由、京都-天王寺間直通列車がキハ35系などで運転されていた。1984年の奈良・和歌山線電化後も、臨時列車として京都-湊町間を奈良線・関西本線経由で運転されたこともある。今も、早朝時間帯にJR難波発京都行き(奈良経由)の電車(221系?)が2本ほどあるようだ。

時代はかなりさかのぼって、SL全盛期の一時期、湊町から関西本線・草津線経由京都行きの列車も運行されたことがある。1954年(昭和29年)10月の交通公社時刻表によると、湊町5:12発、柘植まで亀山行きと併結運転、京都行きは柘植でスイッチバックして京都到着9:52というものだった。

JR発足当初には、北近畿・丹後半島を大回りする臨時列車もあった。
1988年秋、快速【丹後ビッグループ】号・大阪発大阪行きの循環列車があった。走行経路は、福知山線~山陰本線~宮津線~舞鶴線~山陰本線~東海道本線。全区間400kmの距離を所要時間10時間以上かけて走行する。運用車両はキハ58系だったようで、両方向回りとも運転された。宮津線は1990年4月より第三セクター化され、北近畿タンゴ鉄道に生まれ変わり、現在京都丹後鉄道に商号を改める。

このJR初期といえば、神戸-大阪-京都-奈良-天王寺-大阪を循環する終夜初詣電車なんかもあった。


京都・橿原・天理線で活躍していた920系。
名古屋線に転属して1010系に改められ、現在も活躍中だ。
旧920系こと1010系は、奈良線グループ(奈良・京都・橿原・天理・生駒・田原本線)の丸屋根車900~8000系シリーズと同じ姿だが、出自が異なるため、異端車として扱われていた。私も1980年代半ばごろ、時々見たことがあるが、冷房も付いてて全然古い車両には見えないのになぜ「920系」なのか、気になる存在だった。

920系は、京都線の輸送力増強を目的に、1972年にデビューする。
車体スタイル・仕様は当時量産中の8400系と同じだが、機器は旧型車600系から流用して作られたため、吊り掛け駆動方式で、電気ブレーキも装備していなかった。編成は当時の京都線の輸送状況に合わせて3両とされた。当時、吊り掛け駆動の小型車を輸送力増強を目的に大型化するため、車体だけ近代化しつつ古い機器を流用するということが全国各地で流行っていた。京阪旧600・700系がその好例だ(600系は全廃、700系は新性能化して1000系に生まれ変わる)。

奈良線グループには当時、既に同じ900番台形式で大型車のパイオニア、900系(2002年全廃)が出揃っていた。900系は、これに続いて量産された丸屋根車8000系シリーズ(8000、8400、8600、8800系)、角屋根車8810系・1233系シリーズ、そして「シリーズ21」など、新旧を問わず大型汎用通勤車と混結運用が行われていた。対して920系は吊り掛け駆動のため、他形式と連結運用することもなく、京都・橿原・天理線関連で3両編成で限定運用されていた(奈良線大和西大寺以西、および生駒・田原本線での運用は原則的に無し)。地下鉄烏丸線直通使用を想定して1979年に1本だけ作られたステンレスカー3000系も、同様の限定運用を組んでいた(ただし3000系は4両編成)。

920系は1982年に更新工事を受ける。冷房改造のほか、正面方向幕取り付け、および駆動方式をカルダン式、制御方式を界磁位相制御に変更される。京阪の700系が1000系に生まれ変わるのと同様の工程だが、今回の近鉄920系では形式は変更されなかった。改造後の920系は8600系などと同じ姿になるが、3両編成ということもあって、やはり京都・橿原・天理線関係のみの限定運用に使用される。

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冷房改造後の920系(Wikipediaより拝借)

ただ、1980年代後半になって、地下鉄烏丸線との相互乗り入れ、および同志社大学京田辺キャンパス開校と学研都市開発を控え、京都・橿原・天理線においても4~6両編成への増強が進む。3両で限定使用されてきた920系は使いづらくなり、1987~89年に名古屋線に転属する。転属に合わせて、1010系に形式変更が行われ、連結器高さの変更などの改造が行われた。

1010系のその後については、2006~07年にB更新を受けると同時にワンマン改造も施される。2014年には一部廃車および後述の形式変更が発生するが、2016年現在、3両×4本が健在だ。現在、名古屋線の準急・普通および山田線・鳥羽線の普通を中心に、ワンマン対応の車両は湯の山線・鈴鹿線でも使用されている。

2014年の形式変更の件だが、モ1062号が車体更新を受けてサ8177に改番、8600系8617Fの中間T車8167と差し替えられた。8167号は元8000系初期車の先頭車だったが、事故で被災して8600系の中間車に転用、連結面周りは独特の形をしていて異彩を放つことになった。900系および8000系の大半が既に廃車された時代になって、8167号もさすがに老朽化は隠せず、まだ新しい元920系で置き換えられた。わずか1両だけだが、920系の残滓が古巣の奈良線グループに戻ったことになる。





USAGI 上田和寛・杉山勝彦 大阪ライブ(グランフロント大阪 2016.10.02)の動画をアップしてみました。
メチャイケメンなコンビですね~(^-^) 
上田君の天真爛漫な歌声、そしてお笑いを交えた大阪弁トークにいつも元気付けられます。

京都市営地下鉄烏丸線の駅名について気になること。

烏丸線(竹田-国際会館)の全駅名は以下の通りである。

竹田
くいな橋
十条
九条
京都
五条
四条
烏丸御池
丸太町
今出川
鞍馬口
北大路
北山
松ヶ崎
国際会館


まず、「五条」「四条」「丸太町」「今出川」だが、「烏丸」を付けたほうが良いだろう。京阪にも「五条」「四条」「丸太町」がある。京阪のほうは「清水五条」「祇園四条」「神宮丸太町」にそれぞれ改称されたが、烏丸線についてもやはり「烏丸五条」「四条烏丸」「烏丸丸太町」「烏丸今出川」を付けるほうが親切だろう。

次に「鞍馬口」だが、これもやはり「烏丸鞍馬口」にするほうが良い。京の奥座敷「鞍馬」と間違いやすいし、鞍馬口駅から鞍馬へのバスが出ているわけでもない。鞍馬へは出町柳駅(京阪電車の終点)から叡山電車を利用する。隣の北大路駅からも本数は少ないが鞍馬方面への京都バスが発着している(かなり山奥の花背・広河原まで行く)。

「京都」という駅名も、近鉄京都駅などと区別するため、「京都駅前」ぐらいにするほうがよいだろうか。それでもやはり近鉄京都と間違う可能性はありそうだ。もっとカッコいい名前はないものか??

一番ネタなのは「九条」だろう。近鉄大和西大寺駅を基準に四方を眺めたら、面白いことに気づく。
橿原線で南へ進むと「九条」駅があり、奈良線で西へ向かって阪神なんば線へ進むと「九条」駅がある。生駒でけいはんな線に乗り換えて西へ向かい、大阪市営地下鉄中央線に入ると、「九条」駅があり、しかも阪神の「九条」とはほぼ同じところだ。そして、京都線で北へ向かい、竹田で烏丸線に乗り換えて「九条」。
大和西大寺駅から、これら4つの「九条」駅への乗車券が購入できる。そればかりか、けいはんな・中央線以外の3つの「九条」駅まで行く列車がある。
話のネタとしては面白いが、烏丸線の「九条」駅は、やはり「九条烏丸」ぐらいにするほうがよいだろう。







京都市営地下鉄東西線(太秦天神川-六地蔵)は、残念ながら成功しているとは言えない。

確かに山科・醍醐から京都市役所・二条駅方面へは便利になったが、繁華街の四条河原町から外れていて使い勝手は悪く、京阪京津線のドル箱区間だった三条-御陵間を巻き込んで廃止(→京津線の東西線への乗り入れという形で代替)に追いやるばかりか、せっかくJRから乗り換えやすくて立地条件の良い京阪山科が割増運賃だけのために敬遠されたり(→三条方面への利用客であっても、わざわざ地下道を歩いて地下鉄山科駅から乗る。ただし、四条河原町・烏丸から離れているので、どっちにせよ不便なことにはちがいない)で、京都市当局の京阪に対する陰謀みたいなものを感じる。

さて、東西線はもともと、洛西ニュータウン、そして長岡京へ延伸する構想があった。1997年の開業当初は二条-醍醐間だったが、その後醍醐-六地蔵間と二条から西側へ太秦天神川までそれぞれ延伸される。太秦天神川からさらに洛西方面へ伸びることにはなっているが、バブル崩壊後の景気低迷もあって、その目処は立っていない。

洛西NTは鉄道では不便なところにあり、阪急桂・洛西口、またはJR桂川駅からバスに乗らなければならず、「陸の孤島」だ。そこへ地下鉄が来たら、確かに京都市中心部へは便利になるが、京都駅・四条河原町から離れていて、利用客が見込めるかどうかはわからない。

金のかかる地下鉄よりはLRTのほうが安くて利用しやすいだろう。例えば、京都駅前~大石橋~上鳥羽口~久世橋~JR桂川~阪急洛西口~洛西NTをLRTで結ぶのはどうだろうか?

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富田林市西部の玄関、南海金剛駅。
南海高野線は富田林市を通っていないものと思ったこともあるが、実は少しだけ掠っています。
東側の近鉄長野線および国道170号線(東高野街道)の通る富田林市街地は、昔の寺内町も残っていて歴史的由緒のある地域ですが、対照的に西側の金剛駅前周辺は団地や住宅地が多く、開発が進んでいるという印象を持ちます。近鉄奈良線の学園前駅に近いようなイメージがありますね。金剛駅から富田林市中心部へのバスは途中で乗り換えることになります。


京都市バス【59】系統といえば、立命館大学の学生にはお馴染みの一系統だろう。
この路線系統は、仁和寺・竜安寺・金閣寺などへの観光客に加え、立命館大学および同志社大学の学生利用もあるため、終日大混雑しやすい。

運行経路は、三条京阪・四条河原町基準として、

→四条河原町→四条京阪前→三条京阪前→河原町三条-河原町今出川-同志社前-千本今出川-千本北大路-金閣寺前-立命館大学前-竜安寺前-御室-山越中町


であり、河原町通~今出川通~千本通を走行する。行楽シーズンの三条京阪行きは御室・竜安寺から既に観光客でいっぱい、立命館大学の学生たちは座れないことも多い。大学から三条京阪・四条河原町方面へは、【12】【15】号系統などに乗るのが無難だろう。現状では堀川通~四条通経由の【12】系統が一番本数が多いが、二車線化された四条通は以前にも増して渋滞しやすくなり、大幅に遅れることも覚悟するほうがよいだろう。結局のところ地下鉄東西線の利用を誘導しているようにも見える。地下鉄東西線の開通ははっきりいって失敗だろう。繁華街の四条河原町へは不便だし、地下鉄開通と引き換えに市バスは路線再編・ダイヤ改悪されるばかりか、京阪京津線まで巻き込み、京阪にもいい迷惑だろう。

運用担当は梅津営業所(西日本JRバス委託)で、JRバス(京都京北線)は立命館大学も通っている。


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