京都府内の鉄道電化は近畿の他府県に比べて遅れていたほうだ。
大動脈・東海道本線は1950年代までに全線電化完成するが、他の国鉄線はどこも非電化路線ばかりだった。それでも1970年代から少しずつ電化路線が広がる。

まず、1964年の東海道新幹線が開業(新幹線は別か?)。
10年後の1974年には、関西と北陸・日本海縦貫の短絡線として湖西線(山科-近江塩津)が開通。湖西線はその名の通り、琵琶湖湖岸に西側に伸びて大半が滋賀県だが、起点・山科駅からわずかな区間だけが京都府(京都市山科区)だ。同じ滋賀県内の東海道本線や草津線沿線の湖東・湖南方面から湖西線沿線へJRのみで移動する場合、一旦トンネルを抜けて京都市に越境することになる。同様に、滋賀県西部から新幹線で東京方面へ向かう場合、京都駅に出向いて乗り換える人が多い(県内に米原駅があるが、停車本数が少なく不便なので)。

京都府内で電化路線が本格的に広がるのは1980年代半ば以降だ。

既に1970年代後半から山陰本線京都-園部間の電化工事が始まり、1980年代前半に完成する予定だったが、保津峡付近の複線化と新線付け替え工事が遅れていたため、電化開業はずれ込んだようだ。

山陰本線よりも先に、府南部の奈良線(京都-木津)が1984年10月に電化された。合わせて関西本線木津-奈良間も電化される。JR奈良線の正式区間は京都府内の京都-木津間で奈良県に至っていないことで有名だ(ただし電車は全て奈良駅まで乗り入れる)。

その後、1988年3月には関西本線加茂-木津間、翌年1989年には片町線木津-長尾間(→全線)が電化され、府南部の電化が進捗する。ただ、その後も関西本線加茂以東は非電化のままだ。

1984年奈良線電化の時点で奈良県、1989年片町線全線電化で大阪府内の鉄道電化率100%をそれぞれ達成する(大阪府内については旅客線のみ)。

電化の遅れていた府北部(日本海側)も、1980年代後半以降、少しずつ電化工事が進む。まず1986年11月の福知山線~山陰本線(宝塚-福知山-城崎間)が電化される。京都-園部間よりも福知山以西の電化が先だったのは意外だ。なお、福知山線は大部分が兵庫県内で福知山駅の手前付近のみ京都府だ。

その後、1990年3月にようやく山陰本線京都-園部間電化が完成する。前年の1989年に保津峡付近の新線に切り替わり同区間のみ複線化となるが、京都-園部間複線化を達成するのは20年後の2010年。この電化により、山陰本線京都口から客車普通列車が姿を消す。

1990年代になって府北部の電化も進捗する。
まず、1995年4月に山陰本線綾部-福知山間。園部-綾部間は電化工事中だったが、複線区間の綾部-福知山間の電化を先行開業させた。翌年1996年3月に園部-綾部間が電化され、山陰本線の京都-城崎(現・城崎温泉)間は電化区間で一本につながる。合わせて、北近畿タンゴ鉄道(→京都丹後鉄道)の福知山から宮福線経由天橋立まで電化され、大阪・京都駅から特急電車が乗り入れるようになる。
この電化により、急行「丹後」(キハ58系)と特急「あさしお」(キハ181系)がファンに惜しまれながら廃止される。

その後、京都府北部を代表する都市、舞鶴市が非電化のままでは、ということで、舞鶴線電化の要望が高まる。実際、園部-福知山間電化後、京都駅と舞鶴市を直通する定期列車が廃止され、舞鶴市の求心力低下が心配された。3年後の1999年、舞鶴線がようやく電化され、京都駅から特急「まいづる」が終日運転されるようになる。

そして小浜線(敦賀-東舞鶴)も2003年に電化。
これにより、京都府内のJRは関西本線加茂以東を除いて電化されたことになる。
なお、北近畿タンゴ鉄道→京都丹後鉄道に転換された宮津線は宮津-天橋立間を除いて非電化のままだ。

昭和の頃に比べて鉄道の電化区間は大きく広がったが、鉄道全体往時に比べて華がなく、むしろ非電化時代のほうが賑やかだったようだ。