主要幹線から末端のローカル線まで、全国各地に隈なく急行列車ネットワークを築いたキハ58系急行型気動車。
急行型気動車には、汎用のキハ58・28形のほか、北海道仕様のキハ56・27形、横軽対応のキハ57形、モデルチェンジのキハ65形などいくつか形式があるが、急行型気動車の代名詞として「キハ58系」と総称しても意味は通じるかと思われます。
キハ58系は「レールさえあればどこでも走れる」車両として重宝され、合わせて1600両も製造されました。
急行列車から快速・普通列車、そして修学旅行などの各種団体列車まで、非電化区間はもちろんのこと、電化済みの主要幹線や、電気方式の異なる(直流、交流50Hz、交流60Hzの3種類が存在)区間を跨ぐ列車にも重宝され、日本列島各地の風景に溶け込んだ思い出の活躍シーンを織り成しました。
さて、キハ58系急行型気動車の走らなかった県はどこなのか?
答えは、静岡県一つだけ、だと思います。
大都市の東京都や大阪府からは各方面への気動車急行が多く発着していたし、国鉄の電化率が100パーセントの都道府県は国鉄末期の1987年当時で奈良県一つだけ、東京都・神奈川県・大阪府でさえまだ非電化区間が残っていたわけですから、キハ58系の走行しなかった県を探すのは難しいのかもしれません。
神奈川県は国鉄末期には相模線だけが非電化、同県にはキハ58系と縁がないと言いたいところですが、中央本線が少しだけ神奈川県を通っており、急行<アルプス>のキハ58系時代は有名です。
静岡県は電化私鉄として開業した飯田線・身延線があり、キハ58系が登場する頃には天下の東海道本線は既に電化されており、非電化区間は二俣線(→天竜浜名湖鉄道)だけでした。二俣線といえばキハ20のイメージが強く、キハ58系が乗り入れた実績は知りません。飯田線の北部には中央本線新宿から<こまがね>が気動車で乗り入れていた時代があるが、天竜峡以北の長野県内であり、県境を越えることはなかったかと思います。
参考までに、キハ58系の走行履歴のない路線区間は、
山手線、横浜線、南武線、鶴見線、根岸線、横須賀線、埼京線、京葉線、相模線、青梅線、五日市線、武蔵野線、伊東線、御殿場線、飯田線(天竜峡以南)、身延線、清水港線、東海道本線(東京-浜松?)、富山港線、大阪環状線、桜島線、片町線(長尾-片町)、阪和線(羽衣支線)、福知山線(塚口-尼崎港)、三木線、北条線・・・
ぐらいでしょうか? 主に東京・大阪の国電区間および東海道支線群が該当するが、非電化路線や廃止区間も含まれています。特に兵庫県の加古川線と支線群(三木・北条・鍛冶屋線)は普通列車オンリーでキハ35系などの印象が強く、キハ58系が走行したことはないかと思われます(加古川線・鍛冶屋線には臨時イベント列車等でキハ58系が乗り入れたことはあるが)。
コメント
コメント一覧 (5)
長尾-木津間のキハ58系については私も熟知しています。
当時既に電化されていた長尾以西でキハ58系が走行した事実は知りません(おそらく、なかったでしょう)。
1961年10月のサブロクトオ改正で国鉄はそれまで4大幹線
(東海道本線・山陽本線・鹿児島本線・東北本線)
にしかなかった特急列車を全国に普及させ特急ネットワークが張り巡らされました。
この改正で特急の設定がなかったのは房総半島・中央本線系統・高山本線・紀伊半島・四国でした。
紀伊半島の特急設定は1965年3月、
中央東線の特急設定は66年12月、
中央西線・高山本線の特急設定は68年10月(ヨンサントオ)、
四国の特急設定は72年3月(ヨンナナサン)、
房総半島の特急設定は72年7月
でした。
常磐線は1968年10月から1年間、特急が走らない時期がありました。
西九州地区(長崎本線・佐世保線系統)は山陽新幹線博多開業の1975年3月から佐賀駅移転・西九州電化の76年7月まで特急が走らない時期がありました。
キハ82系が走らなかった都道府県は
神奈川、山梨、静岡、四国4県、沖縄のみです。
千葉は県内に停車駅はなかったものの特急「はつかり」、空白期を経て「ひたち」にキハ81系とともに運用されていたようです。「ひたち」は設定時点で常磐線の全線電化が完成していたにも関わらず羽越本線・奥羽北線電化の1972年10月まで「いなほ」と共通運用のキハ81・82系が運用でした。
群馬は「白鳥」上野系統→「白山」や「いなほ」がキハ82系運用でした。
奈良は1965年3月~67年9月に特急「あすか」がありました。
秋田、岩手、宮城、山形、福島、栃木、茨城、埼玉、東京、長野、岐阜、愛知、滋賀、京都、大阪、兵庫、岡山、山陰両県、山口、四国4県、福岡です
(臨時運用だと新潟、北陸3県、三重、奈良も走られた)。
岩手、宮城、茨城は意外かも知れませんが、
岩手・宮城は70年代前半に北上線特急「あおば」の例があり、
茨城は西端の古河市を東北本線(現在、栃木県那須塩原市の黒磯駅以南はは宇都宮線と呼ぶのが一般的)が走っています。
滋賀についてはシュプール号や伊勢修学旅行臨くらいと思われるかも知れませんが、
1975年3月9日まで特急「しなの」大阪発着はキハ181系でした
(名古屋発着「しなの」は1973年10月に381系電車となっていた)。
キハ181系が営業列車で走行した都道府県も意外に多いですね。
北は秋田・岩手から南は四国および福岡県までとかなり広範囲ですが、福岡県を除く九州各県へ乗り入れたことがないのが面白いですね。
あと、関西から北陸本線・大糸線経由のシュプール号でも新潟県糸魚川市を通っていますね。和歌山県についてはシュプール号・修学旅行列車のほか、2009年紀勢本線全通50周年記念号が(JR東海に貸出で)新宮-亀山間にて運行されました。