男山・大津のブルーリボンIIに続き、このほど久しぶりに三菱ふそう・エアロスター路線車(ワンステップ)が2台、山科営業所に登場(W-1254・1255)、さっそく運用に入っている。

2009年以降、京阪バスでは三菱ふそう車の購入が途絶えていた。
しかし、現在三菱大型車が配置されていないのは交野営業所のみである。
その交野営業所にも2001~04年の間、エアロスターのワンステップ車が相当数配属されたことがある。

従前、三菱車の少なかった交野営業所だが、2001年夏、突如W-1975が登場する。
翌年2002年には、W-1978~1981、W-1985・1986、1990・1991が配置され、エアロスターが一気に増殖。
さらに2004年初頭には、行先表示LEDのW-1204も加わる。

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W-1980(寝屋川時代)

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今はなき古川橋方面行き[15]号経路に入るW-1979

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枚方に転属したW-1975(左) 穂谷にて

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寝屋川時代のW-1985 開通したばかりの寝屋川茨木線[12]の運用に入る 現在高槻に所属

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W-1204(枚方時代)

しかし、交野管内でのエアロスターの活躍は長くなかった。
さっそく2004年春の寝屋川地区ダイヤ改正の時に、W-1991とW-1204を残して寝屋川に異動。
その後もW-1991・1204は交野管内で活躍を続けるが、夏には枚方営業所へ転属となり、交野からエアロスターが姿を消した。
現在、W-1975・1978は枚方、W-1985は高槻、W-1204は京田辺、他は寝屋川にそれぞれ所属している。
寝屋川営業所には、2007年の寝屋川茨木線[12]号開通を前に、W-1227・1228が追加される(W-1227は高槻に転出)。

さて、交野に突如エアロスターW車が配備された理由について気になるが、それはどうも寝屋川営業所唯一の日野ブルーリボンシティW-3800号の動きと関係があるのではないかと推察される。

寝屋川営業所にエアロスターが大量に転入し、W-3800は稼働率が低いこともあって、すっかり影が薄くなっていた。
どうも営業所の現場では使いにくいようで、この夏中型ロングHR・N-3146号が高槻から転入し、W-3800を大津へ追い出す始末。

それと交野のエアロスターの件と何の関係があるのかといえば、摂南大学関連の[10][11]号経路が一時的に交野営業所が担当していたことだ。
すなわち、寝屋川営業所が2000年秋から京阪シティバス委託となって、大型車運用の多い[10][11]号は大半が交野営業所に移管された。
寝屋川に配備されたW-3800では運用上の不都合があったのか、大型車運用を三菱エアロスターに置き換えるべく交野に一定数配備してみた、ということが推測される。

実際、交野のエアロスターW車は、どちらかといえば寝屋川市駅西口~摂南大学系統での運用が多かったようで、その流れで2004年春のダイヤ改正の時に寝屋川に転属となった(以降、[10][11]号は全便寝屋川営業所が担当)。
ただ、2002年春に学研都市線快速の星田駅停車に合わせて新設された星田線[40]号<寝屋川団地~星田駅>の運用にも最初はよく入っていたようだし、2003年には津田香里線や釈尊寺団地線などで見かける機会も多かった。

現在の寝屋川市駅西口界隈には、平日ダイヤ時の寝屋川茨木線[12]号は大半の便が高槻営業所担当のため、寝屋川のほか高槻営業所のエアロスターも多く見かけるようになった。
回送の都合上、[11]号経路の一部も高槻営業所が担当している。
その関係上、寝屋川から高槻に転属したエアロスターもある(W-1985、1227)。

また、交野に投入された唯一のLEDエアロスター・W-1204は、枚方営業所に転属したのち、2009年11月の枚方尊延寺線系統運用変更に合わせて京田辺に異動したが、いずれの時代も津田駅に乗り入れていることは興味深い。
さらに、京田辺所属車両として一時期津田サイエンスヒルズ線の運用に入って交野市内の河内磐船にも顔を見せたこともあり(現在、大型車の運用は交野営業所担当)、古巣の交野に一時的な里帰りを果たしたことになる。
最近では、京都南部線[24A]号で竹田駅西口までの運用をこなしたようだ。

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