2016年10月


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2012年度から続く221系の更新工事も75%ほど進んだようです。
間もなく見られなくなるだろう原型221系の写真をアップしてみました。
2010年、大和路線天王寺駅にて撮影。

221系大和路快速が登場して来年で28年となります。
そろそろ大和路線にも新しい顔を期待したいところですね。
環状線内の関空・紀州路快速223・225系、そして今年12月営業運転開始予定の普通323系に比べて、やはり大和路快速221系の老朽化が気になりますね。ただし、225系の初期車の顔が安っぽく見えるのは残念です(100・5100番台で随分イケメンになりましたが)。



高槻市内の「沢良木町」バス停。
国道170号(大阪外環状線)道なりにあり、京阪バス(枚方高槻線)と高槻市営バスの共同使用だ(ただしバス停柱は各社局単独)。もともと、京阪バスのほうは「学校前」だったが、2015年3月より名称変更される。私立高槻中学・高校前なので、京阪バスは「学校前」だったわけだが、単純に「学校前」では、どこの学校のことかと思うので少し不親切だろう。高槻中学・高等学校は、大阪医科薬科大学の付属校として、昭和15年10月現在地の沢良木町に創立された名門校だ。そういえば、昔、京阪バス車内放送で、「京大進学○○塾前」とのCMをやっていた記憶がある。

隣の茨木市にも似たような地名があり、大阪モノレールの駅名にもなっている。漢字は「沢良宜」で一文字だけ異なるが、読み方は同じ「さわらぎ」だ。「沢良宜」は「佐和良義神社」に由来しているようだ。神社の案内板によると「サワラ」は金属器を示し、「ギ」はムラを表す(http://tokk.hankyu-ad.jp/sanpo/110101.pdf)。ここ「沢良宜」の地は銅鐸の一大生産地で、弥生時代の文化がいっぱい埋もれているようだ。

高槻の「沢良木町」については、詳しいことはよくわからないが、おそらく茨木の「沢良宜」と似たような歴史的由緒があるのだろう。

高槻市を含む衆議院大阪10区地域は、大阪府内でも独特の政治的風土を有している。ちょうど大阪・京都の中間地点にあたり、京都の文化・経済的影響も強い。市章も大阪市と京都市のものを合成したものだ。大阪府下全域で維新の制圧状態にある中、この地域は社民党の女性T氏が強く、大阪府会議員でも共産党が議席を持つ数少ない地域だ。


京阪バス男山営業所に配置されている緑色ブルーリボンシティ(旧・京阪宇治交通から編入)が、ここのところの新車投入で少しずつ数を減らしています。ここで、今まで撮影した緑ブルーリボンシティたちの写真をアップしてみることにしました。


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U3239(元U-2010) KL-HU2PMEE 除籍済

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U3238(元U-2009) KL-HU2PMEE 除籍済

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U3243(元U-5028) KL-HU2PMEE

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U3240(元U-2011) KL-HU2PMEE

()内の旧社番U-yxxx表記ですが、京阪宇治交通グループ時代に付与されたもので、上1桁yは年式(例・2なら2002年式)を表しています。メーカー・サイズによる区別はなく、単純に納車順に付与されていたようです。

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京阪バス【31】【67D】号・<樟葉駅~近鉄新田辺>は、男山営業所が主に管轄しているが、一部の便は京田辺営業所が担当している。

その一例として、土曜・休日ダイヤの樟葉駅15:34発の【67D】号が挙げられる。面白いことに、この前運用は藤阪ハイツからの【95】号経路だ。入れ替わるように、新田辺14:12発【31】号経路も京田辺営業所の担当で、樟葉駅到着後、【93】号・枚方カントリー行きとして折り返す。上の写真は、樟葉駅で発車を待つ【67D】号で、運用車両はW-3862。





京阪の旧型車両の一つ、1800系。

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1代目1800系(JS3VXWさまより拝借)

1800系は1953年に特急用として製造され、1981年に廃車される。1800系は1951~53年までに製造された特急車1700系のモデルチェンジ・増備車という位置づけだった。そのため、外観スタイルはあの特徴的な1700系と共通で、一般車格下げ後も含めて1700系と連結して編成を組むことが多かった。ただ、1800系は吊り掛け車1700系とは大きく異なり、日本で初めてカルダン駆動方式を実用化し、鉄道史上記念すべき車両だ。また、車内の内装も1700系以前の木材使用ではなく、ピンクの化粧板が使われる(その後に登場する1800系増備車1810系も1800系のデザインを踏襲するが、車体長は17m→18mに延長。1810系は一部中間車を除いて1900系に編入され、最長2008年までの52年にわたり現役で活躍した)。

さて、この1800系は、車内がピンクの化粧板で特徴的だったことから、非常に興味を惹く車両形式だった。ただ、両数自体少なく、1300・1700系などよりも早く姿を消したこともあって、乗車する機会は少なかった。本線の普通もしくは交野線でごくたまに乗車した記憶がある。

1981年末~1982年になって、いつの間にか1800系を見なくなったと思ったら、2代目1800系が、なんと600系と同じスタイルで登場していた。その通り、600系の車体と1代目1800系の電装機器を組み合わせて登場したもので、1983年の昇圧を控え、それに対応できない旧式車両の廃車による車両不足を補うためのつなぎ役として自社の寝屋川工場で改造されたものだった。当時の新形式2600系に準じて方向幕は装備されながら非冷房車だったというのが面白かったが、やはり夏場の非冷房車は一般の利用客には歓迎されず、数自体少なかったこともあって1989年までに廃車されてしまう。ちょうど1900系の冷房化・更新工事は終了しており(この改造工事で1810系からの編入車は1914号を除いて中間車化され、1700系で確立した特徴的な顔は見られなくなったのは残念)、京阪線の冷房化率100%を達成。

せっかくなので700系→1000系、2000系→2600系への代替新造と同じ手法で冷房化すればよかったはずだが、1961年製造の600系の軽量化が徹底されたゆえ車体強度に問題があったため冷房化工事は見送られたようだった(これが1983年の昇圧時に600系の大部分が早くも廃車解体に追い込まれた理由でもある。600系と同じ車体スタイルの700系は、1000系への代替新造と同時に冷房化工事も実施)。同じ理由で、1800系の先頭車には1650形から編入した630系が活用された。630系は京阪線の両開き扉通勤車としては珍しく扉袋を採用、古めかしくウィンドウシルが付いていて、これまた興味ある形式だった(1800系改造時に扉袋は廃止。なんかJR西日本103系みたいな感じがしないでもない)。

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2代目1800系(しろともさん<agui.net>より拝借)


2007年4月、鯖江で撮影しました。今はどれも見ることのできない車両たちです。



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北陸本線の顔だった485系「雷鳥」


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パノラマ化改造された485系
もとは「スーパー雷鳥」として登場したが、末期は国鉄特急色となる


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475系リバイバル塗装
国鉄時代は急行「立山」「ゆのくに」「くずりゅう」で活躍
急行廃止後は普通列車で運用


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419系「食パン」
583系寝台電車を近郊型化改造されて登場
同じタイプの車両715系が東北・九州にも配置されたが短命に終わる
北陸の419系は2010年まで25年近く活躍を続けた


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大津市南部にある京阪バス「大石小学校」バス停。
瀬田川の流れに従って南へ進み、南郷洗堰・立木観音を通って、宇治川ライン(県道3号)と信楽・伊賀方面への国道422号の交差するところから鹿跳橋を渡ったところにある。

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鹿跳橋

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鹿跳橋から下流側(宇治川ラインへ)

石山駅から大石小学校まで【4】または【54】号経路が毎時4本運行されている。
大石小学校から、外畑・内畑・曽束・小田原・桜公園各方面へのフィーダー路線(【4B】~【4H】)が発着している。かつては石山駅から山間部の奥まで乗り入れていたが、大石小学校で系統分割されている。
バスの行先表示機では「大石」の2文字だけ表示される。

なお、2008年までは、石山駅から大石小学校・小田原を経て宇治田原までの路線もあった(京阪宇治交通→京阪宇治バス、昔はさらに京阪宇治まで乗り入れていた)。現在、大石小学校~小田原間は京阪バス【4G】号経路として運行されている。

また、石山駅から南郷・R422経由信楽(甲賀市)までの国鉄・JRバスもあった。JRバス撤退後、公営バスに転換して同じ区間の運行を継続するが、今はどうなっているんだろうか?


一時期、枚方市内から大阪(伊丹)空港へのリムジンバスが運行されていた。
運行経路は、

松井山手駅~樟葉駅~枚方市駅(ラポール枚方)~大阪空港

で、2004年に運行開始、京阪バスと大阪空港交通との共同運行だった。2004年当時の時刻表が「SEA HAWKのページ」に残っている。
http://motor.geocities.jp/seahawk_bus/infor10.htm

毎時1本あたり運転されていて便利だったが、2008年12月、運転取り止めとなる。

京阪沿線から伊丹空港へは、門真市から大阪モノレールに乗るのが一番早い。準急の門真市停車を望む意見も多いが、そのためにはホームを島式に改造するなど大掛かりな工事が必要となろう。普通(各駅停車)の半数は萱島折り返しで、寝屋川市以北から門真市駅へ1本の電車で行くのは少々難しいダイヤとなっている。

大阪モノレールは、近い将来、門真市から南側、東大阪市まで延伸して近鉄奈良線と接続する計画がある。


高槻市の辻子・南辻子バス停。
国道170号(大阪外環状線)にあり、京阪バス枚方高槻線が発着するほか、「辻子」バス停には高槻市営バス(下田部団地方面から)も停車する。

阪急・JR高槻から枚方行きの京阪バスに乗ると、辻子までは高槻市営バスに合わせて運賃220円だが、南辻子より先は京阪バス単独区間となるため230円となる。「辻子」・「南辻子」両バス停について、枚方行きのりばは目と鼻の先であり、徒歩で30秒もかからない位置関係にあって、なおかつ運賃が変わるため、南辻子で降りる人は珍しい。

反対方向の高槻駅行きについては、「辻子」バス停の標識は珍しく京阪バスと高槻市営バスの共通である(バス停標識は京阪バスのものを使用)。

枚方市駅からの運賃は、「辻子」「南辻子」どちらも230円である。

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京田辺市の茂ヶ谷(もがたに)バス停。
京阪バス京田辺営業所最寄で田辺西ICに近いR307旧道のところにある。新田辺から穂谷・天王行き、および山手幹線を経てクレイン京都へのバスが発着しているが、ここで折り返すバスもある。
かつては、京阪宇治交通(→京阪バス)のほか、奈良交通も1日1便だけ発着していたが、奈良交通は2010年4月に京田辺市内路線再編により、茂ヶ谷へ来なくなる。


京阪間を変わった経路で結ばれる列車として、阪急京都線~地下鉄堺筋線直通列車とか近鉄の阪京特急などが挙げられるだろう。3ヶ月ほど前、近鉄の京阪間直通珍列車についてのレポート記事を書いた。
http://katanogawara.blog.jp/archives/5795904.html

国鉄・JRでも奈良を経由する京阪間直通列車が運転されたこともある。

1973年の関西本線湊町(現・JR難波)電化前には、奈良・桜井・和歌山線・関西本線経由、京都-天王寺間直通列車がキハ35系などで運転されていた。1984年の奈良・和歌山線電化後も、臨時列車として京都-湊町間を奈良線・関西本線経由で運転されたこともある。今も、早朝時間帯にJR難波発京都行き(奈良経由)の電車(221系?)が2本ほどあるようだ。

時代はかなりさかのぼって、SL全盛期の一時期、湊町から関西本線・草津線経由京都行きの列車も運行されたことがある。1954年(昭和29年)10月の交通公社時刻表によると、湊町5:12発、柘植まで亀山行きと併結運転、京都行きは柘植でスイッチバックして京都到着9:52というものだった。

JR発足当初には、北近畿・丹後半島を大回りする臨時列車もあった。
1988年秋、快速【丹後ビッグループ】号・大阪発大阪行きの循環列車があった。走行経路は、福知山線~山陰本線~宮津線~舞鶴線~山陰本線~東海道本線。全区間400kmの距離を所要時間10時間以上かけて走行する。運用車両はキハ58系だったようで、両方向回りとも運転された。宮津線は1990年4月より第三セクター化され、北近畿タンゴ鉄道に生まれ変わり、現在京都丹後鉄道に商号を改める。

このJR初期といえば、神戸-大阪-京都-奈良-天王寺-大阪を循環する終夜初詣電車なんかもあった。


京都・橿原・天理線で活躍していた920系。
名古屋線に転属して1010系に改められ、現在も活躍中だ。
旧920系こと1010系は、奈良線グループ(奈良・京都・橿原・天理・生駒・田原本線)の丸屋根車900~8000系シリーズと同じ姿だが、出自が異なるため、異端車として扱われていた。私も1980年代半ばごろ、時々見たことがあるが、冷房も付いてて全然古い車両には見えないのになぜ「920系」なのか、気になる存在だった。

920系は、京都線の輸送力増強を目的に、1972年にデビューする。
車体スタイル・仕様は当時量産中の8400系と同じだが、機器は旧型車600系から流用して作られたため、吊り掛け駆動方式で、電気ブレーキも装備していなかった。編成は当時の京都線の輸送状況に合わせて3両とされた。当時、吊り掛け駆動の小型車を輸送力増強を目的に大型化するため、車体だけ近代化しつつ古い機器を流用するということが全国各地で流行っていた。京阪旧600・700系がその好例だ(600系は全廃、700系は新性能化して1000系に生まれ変わる)。

奈良線グループには当時、既に同じ900番台形式で大型車のパイオニア、900系(2002年全廃)が出揃っていた。900系は、これに続いて量産された丸屋根車8000系シリーズ(8000、8400、8600、8800系)、角屋根車8810系・1233系シリーズ、そして「シリーズ21」など、新旧を問わず大型汎用通勤車と混結運用が行われていた。対して920系は吊り掛け駆動のため、他形式と連結運用することもなく、京都・橿原・天理線関連で3両編成で限定運用されていた(奈良線大和西大寺以西、および生駒・田原本線での運用は原則的に無し)。地下鉄烏丸線直通使用を想定して1979年に1本だけ作られたステンレスカー3000系も、同様の限定運用を組んでいた(ただし3000系は4両編成)。

920系は1982年に更新工事を受ける。冷房改造のほか、正面方向幕取り付け、および駆動方式をカルダン式、制御方式を界磁位相制御に変更される。京阪の700系が1000系に生まれ変わるのと同様の工程だが、今回の近鉄920系では形式は変更されなかった。改造後の920系は8600系などと同じ姿になるが、3両編成ということもあって、やはり京都・橿原・天理線関係のみの限定運用に使用される。

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冷房改造後の920系(Wikipediaより拝借)

ただ、1980年代後半になって、地下鉄烏丸線との相互乗り入れ、および同志社大学京田辺キャンパス開校と学研都市開発を控え、京都・橿原・天理線においても4~6両編成への増強が進む。3両で限定使用されてきた920系は使いづらくなり、1987~89年に名古屋線に転属する。転属に合わせて、1010系に形式変更が行われ、連結器高さの変更などの改造が行われた。

1010系のその後については、2006~07年にB更新を受けると同時にワンマン改造も施される。2014年には一部廃車および後述の形式変更が発生するが、2016年現在、3両×4本が健在だ。現在、名古屋線の準急・普通および山田線・鳥羽線の普通を中心に、ワンマン対応の車両は湯の山線・鈴鹿線でも使用されている。

2014年の形式変更の件だが、モ1062号が車体更新を受けてサ8177に改番、8600系8617Fの中間T車8167と差し替えられた。8167号は元8000系初期車の先頭車だったが、事故で被災して8600系の中間車に転用、連結面周りは独特の形をしていて異彩を放つことになった。900系および8000系の大半が既に廃車された時代になって、8167号もさすがに老朽化は隠せず、まだ新しい元920系で置き換えられた。わずか1両だけだが、920系の残滓が古巣の奈良線グループに戻ったことになる。





USAGI 上田和寛・杉山勝彦 大阪ライブ(グランフロント大阪 2016.10.02)の動画をアップしてみました。
メチャイケメンなコンビですね~(^-^) 
上田君の天真爛漫な歌声、そしてお笑いを交えた大阪弁トークにいつも元気付けられます。

京都市営地下鉄烏丸線の駅名について気になること。

烏丸線(竹田-国際会館)の全駅名は以下の通りである。

竹田
くいな橋
十条
九条
京都
五条
四条
烏丸御池
丸太町
今出川
鞍馬口
北大路
北山
松ヶ崎
国際会館


まず、「五条」「四条」「丸太町」「今出川」だが、「烏丸」を付けたほうが良いだろう。京阪にも「五条」「四条」「丸太町」がある。京阪のほうは「清水五条」「祇園四条」「神宮丸太町」にそれぞれ改称されたが、烏丸線についてもやはり「烏丸五条」「四条烏丸」「烏丸丸太町」「烏丸今出川」を付けるほうが親切だろう。

次に「鞍馬口」だが、これもやはり「烏丸鞍馬口」にするほうが良い。京の奥座敷「鞍馬」と間違いやすいし、鞍馬口駅から鞍馬へのバスが出ているわけでもない。鞍馬へは出町柳駅(京阪電車の終点)から叡山電車を利用する。隣の北大路駅からも本数は少ないが鞍馬方面への京都バスが発着している(かなり山奥の花背・広河原まで行く)。

「京都」という駅名も、近鉄京都駅などと区別するため、「京都駅前」ぐらいにするほうがよいだろうか。それでもやはり近鉄京都と間違う可能性はありそうだ。もっとカッコいい名前はないものか??

一番ネタなのは「九条」だろう。近鉄大和西大寺駅を基準に四方を眺めたら、面白いことに気づく。
橿原線で南へ進むと「九条」駅があり、奈良線で西へ向かって阪神なんば線へ進むと「九条」駅がある。生駒でけいはんな線に乗り換えて西へ向かい、大阪市営地下鉄中央線に入ると、「九条」駅があり、しかも阪神の「九条」とはほぼ同じところだ。そして、京都線で北へ向かい、竹田で烏丸線に乗り換えて「九条」。
大和西大寺駅から、これら4つの「九条」駅への乗車券が購入できる。そればかりか、けいはんな・中央線以外の3つの「九条」駅まで行く列車がある。
話のネタとしては面白いが、烏丸線の「九条」駅は、やはり「九条烏丸」ぐらいにするほうがよいだろう。







京都市営地下鉄東西線(太秦天神川-六地蔵)は、残念ながら成功しているとは言えない。

確かに山科・醍醐から京都市役所・二条駅方面へは便利になったが、繁華街の四条河原町から外れていて使い勝手は悪く、京阪京津線のドル箱区間だった三条-御陵間を巻き込んで廃止(→京津線の東西線への乗り入れという形で代替)に追いやるばかりか、せっかくJRから乗り換えやすくて立地条件の良い京阪山科が割増運賃だけのために敬遠されたり(→三条方面への利用客であっても、わざわざ地下道を歩いて地下鉄山科駅から乗る。ただし、四条河原町・烏丸から離れているので、どっちにせよ不便なことにはちがいない)で、京都市当局の京阪に対する陰謀みたいなものを感じる。

さて、東西線はもともと、洛西ニュータウン、そして長岡京へ延伸する構想があった。1997年の開業当初は二条-醍醐間だったが、その後醍醐-六地蔵間と二条から西側へ太秦天神川までそれぞれ延伸される。太秦天神川からさらに洛西方面へ伸びることにはなっているが、バブル崩壊後の景気低迷もあって、その目処は立っていない。

洛西NTは鉄道では不便なところにあり、阪急桂・洛西口、またはJR桂川駅からバスに乗らなければならず、「陸の孤島」だ。そこへ地下鉄が来たら、確かに京都市中心部へは便利になるが、京都駅・四条河原町から離れていて、利用客が見込めるかどうかはわからない。

金のかかる地下鉄よりはLRTのほうが安くて利用しやすいだろう。例えば、京都駅前~大石橋~上鳥羽口~久世橋~JR桂川~阪急洛西口~洛西NTをLRTで結ぶのはどうだろうか?

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富田林市西部の玄関、南海金剛駅。
南海高野線は富田林市を通っていないものと思ったこともあるが、実は少しだけ掠っています。
東側の近鉄長野線および国道170号線(東高野街道)の通る富田林市街地は、昔の寺内町も残っていて歴史的由緒のある地域ですが、対照的に西側の金剛駅前周辺は団地や住宅地が多く、開発が進んでいるという印象を持ちます。近鉄奈良線の学園前駅に近いようなイメージがありますね。金剛駅から富田林市中心部へのバスは途中で乗り換えることになります。


京都市バス【59】系統といえば、立命館大学の学生にはお馴染みの一系統だろう。
この路線系統は、仁和寺・竜安寺・金閣寺などへの観光客に加え、立命館大学および同志社大学の学生利用もあるため、終日大混雑しやすい。

運行経路は、三条京阪・四条河原町基準として、

→四条河原町→四条京阪前→三条京阪前→河原町三条-河原町今出川-同志社前-千本今出川-千本北大路-金閣寺前-立命館大学前-竜安寺前-御室-山越中町


であり、河原町通~今出川通~千本通を走行する。行楽シーズンの三条京阪行きは御室・竜安寺から既に観光客でいっぱい、立命館大学の学生たちは座れないことも多い。大学から三条京阪・四条河原町方面へは、【12】【15】号系統などに乗るのが無難だろう。現状では堀川通~四条通経由の【12】系統が一番本数が多いが、二車線化された四条通は以前にも増して渋滞しやすくなり、大幅に遅れることも覚悟するほうがよいだろう。結局のところ地下鉄東西線の利用を誘導しているようにも見える。地下鉄東西線の開通ははっきりいって失敗だろう。繁華街の四条河原町へは不便だし、地下鉄開通と引き換えに市バスは路線再編・ダイヤ改悪されるばかりか、京阪京津線まで巻き込み、京阪にもいい迷惑だろう。

運用担当は梅津営業所(西日本JRバス委託)で、JRバス(京都京北線)は立命館大学も通っている。



大阪~亀岡間に京阪バス直Qタイプの急行バスがあってもよいように思う。

大阪市と亀岡市は意外に近く、亀岡市は大阪府に隣接していて国道423号線一本で結ばれているが、鉄道だと京都駅を経由しないといけないので不便だ。JR桂川駅および阪急桂駅から亀岡方面へのバスが出ているが、やはり不便だろう。せっかく新御堂筋~箕面有料道路もしくは京都縦貫道があるのだから、例えば、

なんばOCAT~大阪駅前・梅田~(R423・新御堂筋)~千里中央~(箕面有料道路)~余野~(R423)~京都学園大学亀岡キャンパス~亀岡駅前

なんばOCAT~大阪駅前・梅田~(阪神高速池田線・名神)~(京都縦貫道)~高速長岡京~亀岡駅前

なんかが現実的に考えられそうだ。

北大阪急行電鉄の新箕面(仮称)延伸も控えているので、少なくとも新箕面~亀岡直通バスはあってもよいだろう。ただ、国道423号線の山間部区間はカーブが多く快適な走行ができるのかが問題だろう(阪急バスの池田~余野・希望が丘系統はあまり快適な運行環境ではないようだ)。やはり、遠回りになるが名神または第二京阪~京都縦貫道経由のほうが所要時間は早いか? 


主要地方道茨木亀岡線(府道46号)の通る亀岡市東別院界隈のバス事情について、少しレポートを書いてみたい。

府道46号をゆく阪急バスは阪急茨木市駅から桑原・車作・忍頂寺方面への路線系統があるが、かつては府県境を越えて亀岡市東別院の「南掛」(なんげ)というところまで乗り入れる便もあった。南掛乗り入れが廃止されたのは1997年だった。廃止直前はたった1往復だったそうで、この路線系統について、ある本でも紹介されていたように記憶している。

茨木市内の府道46号は安威川ダム建設および新名神工事を控え、道路の様子が1990年代までの当時とかなり大きく変わり、高規格化されている。これに合わせて阪急バスの路線も度々経路変更・路線再編が行われてきた。
 




南掛から亀岡市内方面へは京阪京都交通のバスがある。ただし、亀岡駅までは行かず、京都学園大学亀岡キャンパスから発着(【F21】【F22】【F23】)しており、東掛(とうげ)からR423を経て運動公園(R372)へ抜ける府道407号を通る。本数ももちろん少なく、1日合計7~10本のバスが発着する。

学園大学キャンパス~(r407)~東別院グランド前~東掛~東別院小学校前~南掛~(r733)~万願寺~柚原~神地(こうじ)~犬甘野口~太歳(おおとし)~(R423)~犬飼~学園大学キャンパス

という循環経路を中心に運行されている。学園大学キャンパスからは亀岡駅前および桂駅・JR桂川駅前・学園大学京都太秦キャンパス(京都縦貫道経由)へのバスも発着している。

茨木から学園大学亀岡キャンパスへの直通バス(r46~r407経由)なんかもどうだろうか?


先日書いた「主要地方道枚方亀岡線」
http://katanogawara.blog.jp/archives/6525769.html
で、枚方・高槻と亀岡を結ぶ大阪府道6号は、枚方・交野など大阪北東部から京都府北部・福井県若狭地方、さらにはR372号とコラボで兵庫県南西部への快適ドライブコースとしての利用価値があるということを書いた。これについて、もう少し詳しく考察を加えたい。

明石・加古川・姫路・相生・赤穂など、兵庫県南西部、さらには岡山・広島方面へのドライブコースは、125cc以下の自動二輪でも可能なように自動車専用道を使わないなら、大阪市内からひたすら国道2号線(明石からは海岸寄りのR250も)を西へ進むことがまず容易に思い浮かぶだろう。しかし、阪神および神戸市内の都市部が連続してさすがの大動脈だけあって交通量の多いゆえ、随所で渋滞しやすく、所要時間もかかって疲れるだろう。宝塚から六甲山・有馬を回ってということも可能だが、やはり宝塚までは渋滞しやすいし、この先の六甲山方面も山岳道路で急カーブが連続するのが難点だ。

そこで、やや遠回りになるが、亀岡から篠山・加東を経て姫路に至るR372を走るほうが一番快適だろうと思う。国道372号は、かつては狭隘区間も多いローカル国道だったが、阪神大震災のとき東海道~山陽の迂回ルートに活用され、以降新バイパスの建設が進んで走りやすい国道に改良される。京都・兵庫府県境の酷道区間、天引峠も新トンネルで結ばれ、走りやすくなった。今では基本的に渋滞に巻き込まれることの少ない快走国道として、利用価値は十分だ。京都方面から渋滞で名高い西宮北IC付近を避けて山陽道・中国道へのバイパスとしても十分使える。

ここで少し問題なのは、亀岡市街地の渋滞回避をどうするかということだ。
府道6号でそのまま亀岡市街地に入れば、一度R9を通ることになるが、両側二車線で渋滞しやすい区間で、R372に入るまで少し苦労する。
茨木からの府道46号だと、東掛というところから府道407号で抜け道すればよい(かつてこのあたりまで阪急バスが乗り入れていた。東掛から亀岡市内方面へは京阪京都交通バスがある)。曽我部小学校・穴太寺を経て亀岡運動公園からR372に入り込むことが可能だ。



京阪バスにいすゞ・日野両方の新車が登場しました。
交野営業所にN-6254(大阪200か4106)、枚方営業所にN-3299(大阪200か4113、KV290)がそれぞれ報告されています。今回の分で枚方営業所に初めて新しい顔が加わったことになります。

(10月27日追記)
枚方にN-3300も入っています。



30~40代以上の大人のために、私が推薦できる関西のデニム(ジーンズ)ショップを、いくつか挙げてみたい。

REX ONE(吹田市)
http://www.rakuten.ne.jp/gold/rex-2nd/

地下鉄・北大阪急行江坂駅から中央環状線(R479号)を西へ徒歩10分程度のところにある。
お店は作業着売り場のような雰囲気だが、Levi's・EDWIN・Leeなど主要ブランドの商品は一通り揃っている。ここの店員は「付かず離れず」の対応で、親身になって相談に応じてもらうことができ、好感を持てる。楽天市場で購入することも可能だが、買う前に一度このお店に行って試着することをおススメする。サイズ切れなどの場合も再入荷・取り寄せをしてもらえそうだ。


JXT-DESIGN(尼崎市ほか)
http://www.jxt-design.com/index2.htm

尼崎市および大阪市に数店舗ある。本店は武庫之荘店(阪急武庫之荘駅から南へ徒歩10分程度 / 阪神バス尼崎市内線「南武庫之荘4」下車すぐ)。店舗の外観が大人の落ち着いた雰囲気で好感が持てる。駐車場も整備されている。主要ブランドの商品は概ね揃っており、実は先日、この店でLevi'sのデニムを買いに行った。楽天市場にも出品されており、レビューからサービスの満足度の高いことが伺える。


千本三信(京都市中京区)
http://www.rakuten.co.jp/sanshin/

千本通沿いにある。二条駅から北へ徒歩5分ほどのところ、千本丸太町に近い。
昔ながらのジーンズショップの雰囲気で、楽天市場でも購入可能だ。私個人的には、少々敷居が高いように感じているが、Leeのウエスターナやホワイトデニムなども購入できる数少ない店だと思う。


M's SANSHIN(宇治・城陽・京田辺市、久御山町ほか)
http://www.msjeans.jp/toppage1.html

宇治市小倉を拠点に京都府南部に店舗網を有する。MOMOテラスやイオンモール久御山、アルプラザ城陽・京田辺などにも店舗がある。


CLEVER-HEADS(京田辺市)

http://www.rakuten.ne.jp/gold/clever/

京田辺市大住ヶ丘の山手幹線沿いにある。上のM's SANSHINが経営しているが、ロサンゼルス製など世界の高級ブランド品が中心でやや高級路線を取っているようだ。




枚方・交野・寝屋川近辺で大人のためのデニムショップなら、まずイオンモール久御山、アルプラザ城陽・京田辺のM's SANSHIN、もしくは大住ヶ丘のCLEVER-HEADSあたりを探して回るほうがよさそうだ。少々遠いが吹田・江坂のREX ONEもぜひおススメしたい。



枚方から関東への夜行高速バスといえば、まず枚方市駅北口~新宿線(京阪バス、関東バス)がある。運行経路は、

枚方車庫~枚方市駅北口~樟葉駅~京都駅八条口~三条京阪~山科駅~渋谷マークシティ~バスタ新宿

で、1989年の登場以来、経由地変更などを繰り返しながら今まで継続している。以前は、これと別に京田辺・近鉄大久保・宇治を経由する便もあったが、その後、枚方車庫~阪急・JR高槻~枚方市駅~樟葉駅~宇治~新宿という少し複雑な路線に代わるも、短命に終わる。阪急・JR高槻から関東への夜行バスは現在運転されていない。

実は、京阪の枚方新宿線と別に、東京ディズニーランドへの路線も枚方市駅北口から発着している。ただし、それはWILLER TRAVELによる運行、運行経路は

枚方市駅北口~京都駅八条口~草津駅東口~彦根駅西口~川崎駅~東京駅~TDR

である。

http://www.hira2.jp/quiz/bus-20161021.html

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一昔前の京都バスを代表する顔でした。
2006年1月の撮影ですが、ナンバーが「京22か」というのが、昭和を感じさせますね。
比叡山ドライブバスとして運用に入っていた姿です(三条京阪にて)。
富士重のバス製造もなくなり、あの独特な車体スタイルを見ることができなくなって寂しいですね。

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中央線で活躍していた201系です。
2006年3月のときのもので、E333系への置き換えが始まると同時に、西の大阪環状線に201系が転用されオレンジ色に塗り替えられ始めた頃でした。ただし、大阪の201系は、N30改造工事を受けてかなり印象が変わったため、原型201系のオレンジ色を見ることはありませんでした。
国鉄時代に環状線に201系が投入されるという話もあったような記憶がありますが、実現したのは20年以上も後のことですね。その後、首都圏では実現しなかった黄緑色の201系が大和路線(関西本線)に登場したりと、大阪圏の国電は20年以上前の首都圏をいくような感じでした。
今年12月から環状線で323系の営業運転が始まり、201系が追われる予定です。


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10年前、2006年の上野駅でのツーショットです。
常磐線415系銅製車と宇都宮線211系で、国鉄末期~JR誕生初期のおなじみの顔ぶれですが、415系を見ることはできません。211系は信州および前橋ローカルに転用されています。


地方百貨店の大量閉店時代に突入する中、枚方のT-SITEのあり方が注目されている。

以下↓の記事でT-SITE枚方について興味深いレポートが書かれている。

地方百貨店、大量閉店時代の救世主は?
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/221102/102000330/?P=1

地方百貨店の売り場は平日は閑散としているのに対し、T-SITE枚方は平日も終日地元の人々でごった返しているという。その理由に、「生活提案型商業施設」としての形を取っているためではないかと指摘。T-SITEを運営しているCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)の「生活提案型商業施設」という意味が抽象的で、今一つわからなかったが、次の引用文に注目すると理解できる。

 枚方T-SITEには、CCCの展開する蔦谷書店とレンタルショップのTSUTAYAを核に、カフェなどの飲食店や、雑貨や衣類、化粧品などを扱うショップ、英会話教室や子供が無料で遊べる室内遊具スペースがそろう。加えて、来店客の資産管理相談などにのれるような金融機関(りそな銀行と三菱東京UFJ銀行)のインストア・ブランチ(店舗)が入っている。売り場構成は既存の地方百貨店とは明らかに違って、書店やカフェなどを回ったり、子供を遊ばせたりして長時間過ごせるように工夫がされている。

 百貨店はそもそも安い商品を扱う店でもなければ、特別な分野に特化したカテゴリーキラーでもない。百貨店という業態が提供する価値は、そもそも「モノ」にはなく、「買い物体験」それ自体にあったはずだ。家族連れで、屋上の遊園地で遊び、食堂でご飯を食べる。かつての百貨店は、まさに今のT-SITEのような「コト消費」の場でもあった。だが、営業効率を求める中で、いつしか百貨店は高級品、ブランド品を売る業態になり、その売り場を取引先に任せるようになってしまった。


百貨店とは、そもそも高級ブランド品を売る店でもなく、「買い物体験」それ自体ということ。昔の百貨店を思い出してみるといい。屋上遊園地で遊んだり、おもちゃ売り場で親に強請り、大食堂でランチを食べる、といった休日の楽しいひと時だが、今それを体験できる集客施設はどこにあろうか? 残念ながら百貨店ではほぼ不可能だし、イオンモールその他ショッピングセンターでもあまり期待できない(SANZEN HIROBAや映画館もあるくずはモールは、子どもの楽しめる施設も充実してて、まだ良いほうだろう)。

CCCが今後、枚方市駅前の商業施設を拡張することも大いに期待される。
「買い物体験」の路線で行けば、日曜大工とか農業、陶芸の楽しさを体験できる店なんかが面白いだろう。




京都市伏見区最南端の向島ニュータウン付近のバス事情について。
伏見区向島は宇治川の左岸(南側)にあたる。かつては大きな巨椋池(おぐらいけ)のあったところだが、昭和初期に干拓事業が進められ、現在は近郊農地が一面に広がる。近鉄京都線の前身・奈良電気鉄道が開通したのも、干拓事業の始まった昭和初期と比較的新しい。それまで、京都と奈良を結ぶ鉄道は、東よりへ迂回する国鉄奈良線しかなかった。

向島ニュータウンの街開きは1979年ごろであり、これに合わせて近鉄向島駅が開業する。ニュータウン内には近鉄グループのスーパー・「近商ストア」があり、バス路線は近鉄バスで、京都市バスの参入を許さず、近鉄グループの縄張りで囲い込まれる。かつて、向島NT内には、京都駅と奈良を結ぶ長距離バス(近鉄・奈良交・京阪)も乗り入れていたが、1998年までに全廃される(京阪・奈良交は1996年に廃止、1998年には近鉄バス奈良営業所も閉鎖)。向島をはじめ京都地区の路線を管轄する近鉄バス京都営業所は、以前伏見区竹田(地下鉄くいな橋駅付近)にあったが、向島に移転する。現在、向島からの近鉄バスは、ニュータウン内循環路線と<向島駅~竹田駅東口>(国道24号経由)のみで、運用車両も中型車がほとんど、往時に比べて寂しいものとなっている。かつて近鉄バスは、大阪・奈良・京都3府県で路線網が広範囲でつながっていたが、奈良県からはほぼ完全撤退、京都地区(向島)も大幅に縮小され、向島界隈の路線のみが細々と残る離れ孤島状態だ。

近鉄バスは現在、京都市バス洛西営業所の運用を委託しており、向島NTのノウハウを生かして同じ京都市内のニュータウン輸送を担っている。

向島の近く、宇治市大川原に奈良交通の京都営業所がある。奈良交通京都営業所は主に京田辺市南部および加茂駅~和束方面の路線を担当しているが、向島駅から大川原(営業所前)までの免許維持路線(毎月第二日曜日1本だけ)もある。かつては、車両送り込み目的で大川原から新田辺駅までの系統(国道24号・山城大橋経由)もあったようだが、廃止された。

近鉄バス・奈良交通のほか、京都京阪バス(旧・京阪宇治交通→京阪宇治バス)も乗り入れている。少し前まで近鉄向島から宇治市中心部(JR・京阪宇治など)へのバスが運転されていたが、現在【10】【10A】【10B】号系統・<近鉄向島~徳州会病院~近鉄小倉>が毎時1本発着するのみとなっている。イオンモール久御山、もしくは中書島・西大手筋への路線バスが欲しいところだ。例えば、

まちの駅イオンモール久御山~<府道81号>~近鉄小倉~徳州会病院~大川原~京都文教前~近鉄向島~観月橋~京阪中書島~中書島~西大手筋


なんかはどうだろうか?

<参考記事>
近鉄京都線向島駅の誕生
http://www.asahi-net.or.jp/~uk9o-tkzw/hsmukai.html

God Deer in Kasuga 向島線(→向島に乗り入れる奈良交通・近鉄バスの写真があります!)
http://www.geocities.jp/shinroku572/nako/rosen-kyoto-mukaizima.html





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久しぶりに山科・醍醐地区の京阪バス路線を一つ取り上げてみる。

今回は【22】【22A】号経路。
運行経路は、

山科駅~外環三条~竹鼻~東野~椥辻駅~蚊ヶ瀬~小野駅~醍醐上ノ山町(【22】)/ 醍醐北団地(【22A】)~醍醐新町~醍醐寺前~一言寺~石田~町並~JR六地蔵~京阪六地蔵

で、山科・醍醐地区の一つの幹線系統をなしている。昼間時間帯は毎時3本(20分間隔)の運転で、大半が醍醐北団地経由の【22A】、醍醐上ノ山町経由の【22】は朝と夜のごく一部のみだ。

地下鉄東西線開通前から運行されている数少ない路線系統であり、東西線に並行しているにもかかわらず開通後もほぼそのままの形で残ったのは、小野駅以南が地下鉄と少し離れて旧・奈良街道を通り、醍醐新町・醍醐寺方面への利便性を確保するためだと考えられる。地下鉄開通前は、【22】【22A】号経路と同じ経路で、三条京阪からの【12】号経路(三条通経由)もあった。三条京阪から旧【12】号経路と同様の経路で六地蔵へバスで移動するのなら、山科駅で【19】と【22】【22A】を乗り継ぐことになる。

地下鉄六地蔵駅はJRの駅と隣接しているが、京阪六地蔵とは少し離れている。ちなみに京阪六地蔵駅は伏見区、JR・地下鉄の六地蔵駅は宇治市で、地下鉄唯一の越境区間となっている。地下鉄六地蔵駅にイトーヨーカドー六地蔵店が隣接しているが、来年2月閉店予定だ。

山科・六地蔵間は地下鉄が早いが、京阪六地蔵からだとバスのほうが安くて便利だろう。地下鉄に乗るのなら階段やエレベーターの上り下りが手間だが、バスだったらすぐ乗り降りできる。

なお、山科駅から醍醐バスターミナル(醍醐駅前)へのバスはないので注意が必要だ。

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京都市伏見区の「桃山」バス停(御香宮前)です。
京都市バスと近鉄バスが停車します。市バスは【南8】系統・<竹田駅東口~中書島>、近鉄バスは<竹田駅東口~向島駅>がそれぞれ発着します。
近鉄バスのバス停標識は昔と変わっておらず、京阪バス・奈良交通とともに奈良への路線が行き交っていた頃を思い出しました。

御香宮は名水で知られており、伏見の銘酒には御香宮の水が使われています。

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高槻市北部山間部の樫田地区(田能・中畑・二料・杉生)をゆく市営バス(JR高槻駅北行き)です。
過疎の山奥にまで路線バスを運営しているあたり、高槻市営バスはさすがですね。


第二京阪の京田辺パーキングエリアに「高速京田辺」バス停がある。
高速京田辺へはJR学研都市線の松井山手駅から約350mのところにある(駅から徒歩またはバス)。

高速京田辺には、京阪バス直Q京都号(京都交野なんば線)、京都東大阪特急(大阪バス)のほか、名古屋・静岡・長野・新潟・関東および南紀白浜方面への高速バスも停車し、学研都市線沿線から全国各地への高速バス利用者の便宜を図っている。高速バスの運行事業者は、西日本JRバス、南海バス、明光バス、大阪バスなど。特に南海高速バスの大半が第二京阪経由で京田辺バスストップに停車するのは意外だ(阪急・近鉄は名神経由)。あと、東京~京都・奈良・王寺系統(西日本JRバス)も高速京田辺に停車する。

京阪バス直Q京都号でも、松井山手駅・大阪国際大学発着系統は「高速京田辺」に止まらないので注意。そもそも、「高速京田辺」という名称では、間違いやすいのではないか。京田辺市街地とはかなり離れており、学研都市線の京田辺駅で降りたらえらいことになる。副名称に「松井山手」ぐらい入れたほうが良いだろう。

「高速京田辺」へは、一般路線バス利用で「高速京田辺前」下車。近鉄新田辺・松井山手駅から【66A】【66B】号経路などに乗車する。



来年4月1日より、近鉄バスの以下路線を取り止めると公式発表された。

上小阪線(布施駅前~樟蔭東前・金物団地前)
吉田住道線(JR住道~吉田駅前)
石切線(新石切駅前~石切駅前)
茨木線(阪急南茨木駅前~野々宮)
茨木線(阪急茨木東口~柱本~)
茨木線(JR千里丘~阪急茨木市駅)
茨木線(阪急茨木市駅~三島丘住宅前)
久宝寺線(JR久宝寺駅~八尾南駅前)
羽曳野線(高鷲駅前~伊賀2丁目~高鷲駅前)


上記路線系統のうち、大半は既に大幅減便もしくは休止されているが、来年4月には免許を手放して廃止するということだろう。近鉄バス一般路線でえげつないリストラが続いているが、運転士不足が一つの理由のようだ。梅田に乗り入れる阪奈生駒線でさえ、急激に本数が減らされ、今年12月から土曜日1本のみの運行になるという始末(大阪市営バス【36】系統とほぼ重複して競合していることもあるが)。

一般路線ばかりではない。高速バスでも八尾京都特急線が減便&値上げが決まったり、京都・大阪・神戸~宮崎・鹿児島線が運行休止となっている。



かなり昔の京阪バス路線について、一つレポートする。

今回は寝屋川営業所管内の旧・【12】号経路についてだが、これがなかなか特徴的で面白い。
実際、乗車したことはなく詳しいことは知らないが、香里園のダイエースーパーに乗り入れる一つの路線系統だった。運行経路詳細は、

寝屋川市駅→寝屋川車庫→菅原神社前→摂南大学→太間公園→木屋町→ダイエースーパー→田井→寝屋川警察署前→寝屋川市駅

で、1990年ごろまで運行されていたようだ。寝屋川市北西部の木屋地区をカバーする路線で、【12】号経路廃止後、バス空白地帯となるが、現在この地区を小型バスの「タウンくる」が通っている。

ダイエースーパー関係の路線といえば、私個人的には香里団地からの【28】号経路(成田山不動尊、田井経由)のほうが馴染みがある。【28】号経路は毎時2本程度運転されていたが、寝屋川市駅からの【12】号経路は2時間に1本ぐらいだったようだ。【28】号経路も1995年に廃止、ダイエースーパーへのバス路線は消滅する(香里団地からダイエーへは京阪香里園から徒歩でも可能だった)。

ダイエー香里店は1968年に開店、日本初の郊外型ショッピングセンターだったと言われる。
私が小学校の頃、よくバスに乗って連れて行ってもらった。昼食は店頭のスナックコーナーでお好み焼きとか、あるいはドムドムのハンバーガー、ミスタードーナツとかを買ってもらって味わった記憶がある。枚方市駅前の三越・近鉄百貨店とともに楽しい思い出の一こまだった。

しかし、1990年代半ばごろより、大型ショッピングセンターの進出競争激化の影響(大店法改正)を受け、旧来からのダイエーは陳腐化した印象が強まって低迷するようになり、香里店は2005年に閉店。その後、建物は取り壊され、マンションが立つ。ダイエーはいよいよイオンの軍門に下り、高度経済成長のシンボルだった「ダイエー」ブランドは消滅しつつある。

ダイエーから少し離れたところにグリーンシティ(ジャスコ→イオンモール)もあったが、近くにアルプラザ(平和堂)香里園が進出してから、ダイエー・ジャスコとも低迷傾向が目立つようになる。グリーンシティは今年8月末に一旦閉店した。アルプラザが一番流行っているようだが、開店からさすがに20年近く経過してくたびれた感じもする。




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津山線唯一の急行「つやま」の末期はキハ48の2両編成が使われた。
確かにキハ48は出入り口に仕切りがあり、急行列車にふさわしい最低限の体裁は整っていると言える。
肝心なのは車内の座席だが、一般型気動車ゆえ一部ロングシートがあるし、また同じ津山線を走る料金不要の快速「ことぶき」と大差のない停車駅・所要時間ゆえ、「ぼったくり急行」と揶揄された。快速に両開き扉のキハ47を使用していることに比べたらマシとも言えなくはないが。
津山市の商工会の面子を立てるために1往復だけ津山市に乗り入れる急行列車を残したと言われるが、一般旅客の目線からすれば無意味であり、2009年廃止される。


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165・455系電車およびキハ58系気動車に代表される国鉄急行型車両。
急行型車両といえば、乗降口仕切り(デッキ)付き&4人掛けボックスシートを連想するだろう。
もう一つ忘れてはならないものがある。それは、座席窓側のテーブルと下の「センヌキ」。
急行型車両が大活躍していた昭和の時代は、瓶ジュース・ビールが当たり前で、センヌキは欠かせなかった。

同じボックスシートでも、近郊型電車(113・115・415系など)および一般型気動車にはテーブルは付いてなくて、さすが急行型車両だけのことはあった。一般型車両でもJR発足後になってサービス改善の一環として、テーブルが設置されたものも多いが、さすがにペットボトルの時代にあってセンヌキまでは付いていない(今年、津山線に登場した観光車両「ノスタルジー」のキハ40系には、特注でセンヌキも設置されたが)。



今のマクドナルドには肯定的なイメージを持っていないが、1980年代まではなかなか良かったと思っている。

私にとってマクドナルドで一番思い出のある店といえば、枚方三越の店だ。ここは大阪府下郊外1号店だったようだ。百貨店の店頭にファーストフードのマクドナルドとは違和感無きにしもあらずだが、1970~80年代当時、日常的になかなか味わうことのできないマックだっただけに、これはこれでなかなか良かったとは思う。南口に到着するバスを降りると、独特の匂いがしてきたことを思い出す。

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(写真:@西舞鶴鉄道管区さまより拝借)
https://twitter.com/do_nishimaizuru/status/706822682302484480


当時、一番安い「ハンバーガー」「チーズバーガー」でも300円前後の値段だったようで、値段に見合った高級感があって美味しかったように記憶している。ハンバーガー・ポテト・コーラは当時の私たち子どもには一つのご馳走だった。今は100円と非常に安くなっているが、その分品質が落ちているように感じる。最近、「店内が騒がしい」「ゴミが散らかってて汚い」「食べ残しが多い」など顧客のレベルも下がっていることもあって、マックを敬遠する人が増えている。

三越前のマックは、1990年4月、ビオルネがオープンしてからそちらに移転する。ビオルネの華々しいオープンから26年経過するが、三越・近鉄百貨店閉店とともに、ここも近頃はあまり冴えない。

ここ3年ほど、マックの重なる不祥事がニュースになったことも業績悪化の引き金になっているようだ。枚方・交野・寝屋川でもマックの店舗が多いが、今年東田宮と香里園駅前が閉店となった。今、マックはテキサスバーガーと「ポケモンでGo」がプラス要因で「復調の兆しがある」と伝えられているが、果たして本物なのか?

ちなみに、枚方近鉄南側の「現代枚方ビル」のあるところには、ドムドムの店もあった。ドムドムといえばダイエー(→イオン)店舗の中に必ず入っていたが、マックやロッテリアに比べて地味で、忘れられた存在となっている(ダイエーそのものが姿を消しつつある)。味は悪くはないが・・・。


2年前の話になるが、久御山町にあるコカコーラ京都工場へ知人と社会科見学をしてきた。

京阪中書島駅に集合、京都京阪バス【25】号経路・近鉄大久保行きに乗車。第二京阪副道を疾走し、「まちの駅イオン久御山前」を経由、「新タマキ」で下車する。枚方・寝屋川方面からは国道1号線(枚方バイパス)でほぼ一直線のところだが、電車・バスだと遠回りとなる。少し昔なら、樟葉駅から【17】【52】号経路で久御山町まで出ていた。

久御山町は鉄道の通らない町だが、高速道のジャンクションがあり、多くの工場が立地する町ゆえ税収が多いと聞く。昭和初期まで、伏見区向島~久御山町北部にわたって広大な巨椋(おぐら)池があったが(「湖」と呼ぶほうがふさわしい規模だった)、干拓事業が進められ、近郊農業地帯が広がる。京都と奈良を結ぶJR奈良線が桃山~新田間で東寄りに大きく迂回しているのも、観光都市・宇治への利便を図ることもあろうが、巨椋池があったのが最大の理由だ。今の近鉄京都線にあたる奈良電気鉄道の開通は昭和初期と古くはない。奈良電は元々京阪資本下であり、現在の第二京阪に沿う形で伏見~東大阪~大阪を結ぶ路線を作る構想もあったようだ。

さて、コカコーラ工場の件だが、一番印象に残ったのは1960年代のCMかな・・・。「世界のお飲み物 コカコーラ」を宣伝、BGMは当時の「うたごえ喫茶」を連想させる音楽だ。



ペットボトルよりも瓶入りコーラのほうが高級感があって、氷で冷やした瓶は清涼感をいっそう引き立たせる。ペットボトルが普及したのは輸送コストを引き下げるためだが、瓶よりも安っぽく見えてしまう。そういえば、当時の国鉄の車両(165・455系電車、キハ58系、ほか)には窓のテーブルの下に「センヌキ」があった。今年岡山で登場したキハ47の観光列車「ノスタルジー」は、昭和のローカル用気動車の雰囲気に改造され、テーブルとセンヌキも特別に取り付けられ、津山線を中心に運用されている。これに合わせて岡山駅・津山駅ホームには瓶ジュースの自販機も特設されている。



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Twitterで拾った情報によると、京阪7200系7202Fの7連化工事が進められているとのことらしい。

7200系は1995年に7201~03Fの3編成が作られ、内7201・02Fは8連、03Fは7連でデビュー。さらに7201・02Fは中間3両を抜いて5両編成でも運用できる設計とされた。通常は5両編成で運転されることはなかったが、1998~99年の行楽シーズンに宇治への臨時電車の運用、そして毎年8月の宇治川花火大会(2014年以降中止)の日には宇治線の運用に入ったりしていた(ごく稀に定期列車でも5連化されて交野・宇治線の運用に入ることもあった)。

しかし、特急の停車駅増加とともに一般車8両編成が持て余し気味となり、昨年7200系7201Fが7連化された。7連化された編成は5両編成の運用も不可能となる。7202Fのみ8連のままで残っていたが、この動きだと7202Fの7連化もそう遠くはないだろうとの見方が強まる。

本日の寝屋川車庫フェスタ参加者たちの情報によると、7202Fも7連化工事中とのこと。抜かれた1両は、10000系10002Fの7連化のために使われるだろう。今夏13007Fが作られたのもそのための布石だろう。

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いよいよ103系引退へのカウントダウンが迫る大阪環状線。
今年12月24日より323系の営業運転が開始するとのことらしい。
103系は廃車予定だが、201系は他線に転用されるとのこと。おそらく大和路線・おおさか東線あたりで使用されるだろう。

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本年春より阪神バスに譲渡された尼崎市営バス。
尼崎市営バスは、関西では珍しい前乗り・運賃先払い方式を取っている。
阪神バス移管後も尼崎市営時代のカラーそのままで、乗降方式も変わっていない。
バス停柱も他の阪神バスのものとは仕様が異なっていて、「尼崎市内線」と表記されている。



尼崎市のjxt-designまで行ってLevi'sのデニムを1本購入してきた。

そもそもLevi'sのデニムを買うんだったら、わざわざそんな遠くまで行かなくても、近くのライトオンとかイオンモール内でももちろん可能だ。しかし、私個人的には、大人の落ち着いた雰囲気のショップで探して試着したいと思っている。どうも、枚方をはじめ京阪沿線で、昔ながらのデニムセレクトショップを見つけるのは難しい(大手チェーン量販店は別)。梅田や心斎橋(アメ村周辺)とかで探せばいろいろあるのだろうけど、何しろ癖のあるショップが多そうで、価格帯も2~3万円以上と高くて敷居の高さを感じる。

7千~1万円前後のリーズナブルな価格帯の定番モノを探すのなら、尼崎のjxt-design、もしくは江坂のrex oneが良いだろう。楽天市場での購入も可能だ。これらの店では主要ブランド(Levi's、Lee、EDWIN、Wranglerほか)が基本的に何でも揃っており、サイズ切れの場合も問い合わせすれば丁寧に対応してくれる。楽天市場からPCやスマホで注文するのもよいが、できれば少々手間でも電車に乗って実店舗まで足を運んで試着したいところ。Levi'sの定番デニム一つでも、おしゃれなイメージのある阪神間の店で買い物すれば、少しばかり自信と優越感を持つこともできる(笑)。この優越感もおしゃれのために必要な要素かもしれない。

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jxt-design武庫之荘店
阪急武庫之荘駅・JR立花駅などから阪神バス(尼崎市内線)
「南武庫之荘4丁目」下車すぐ







たまには音楽ネタを書いてみようと思いました。ただし枚方と大いに関係ありです。
枚方出身の上田和寛(ウエダタカヒロ)のライブ動画を一つ貼り付けてみました。
曲名は「ここから」。

上田和寛は杉山勝彦と2人で「USAGI」を組み、全国走り回ってライブ活動をしておられます。


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関西唯一となった高槻の松坂屋。
JR高槻駅南口に立地、北口の西武百貨店とともに、今や貴重な存在となりつつある郊外型百貨店として健在だ(対岸の枚方市駅前は三越・近鉄百貨店とも閉店)。このほど、西武高槻はH2O(阪急阪神百貨店)グループに譲渡されることが決まり、今後の動きに期待が持てる。

問題は松坂屋。
大丸・松坂屋はJフロントの傘下となり、松坂屋高槻店は大丸京都店の分店となっている。
西武に遅れて1979年にオープンしたが、40年近くが経過してやはり建物の老朽化が目立ち、今後の動きが気になる。

高槻の松坂屋は、何気に大阪府下で唯一屋上遊園地のある百貨店だ。夏にはビアガーデンが楽しめる(今もやってるのかな?)。先日、屋上まで上ってみたが、休日にもかかわらず閑古鳥の鳴く状態だった。昔は枚方三越・近鉄にも屋上があって、三越はゲームセンターとかで賑やかだったように記憶している(近鉄はさほど賑わっていなかったような・・・)。


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以前は5階にレストラン街があり、高槻市街地の北側が遠望できるスカイレストランだったが、現在5階は閉鎖され、レストランは4階へ移転した。


京阪枚方市駅周辺のファミマ某店舗での出来事について少し(北口バスのりばのところではない)。

レジで「コーヒー(ホット、S)」を注文して会計を済ませ、紙コップを受け取ってコーヒーサーバーのボタンを押したんだが、全然出てこない。別の店員に尋ねてみたら、「清掃中」とのこと。サーバーの上に「清掃中」の掲示があったが、気づかなかった。数10分ほど待てば清掃が完了するんだろうけど、それじゃ遅すぎるわ。会計前に「今清掃中ですが・・・」と一言言って欲しかったなぁ。仕方ないので100円の缶コーヒーと交換してもらったが・・・。

どうもファミマは店舗によって清潔感・サービスの出来がまちまちのようだ。先日、JR野崎駅前のファミマに寄ったが、ゴミ入れはいっぱい溢れかえっていて汚かった。また、今春オープンした東香里の店は、どうも接客があまりいいとは思えない。



香里園から寝屋川市北東部の成田山不動尊・三井団地などを経て寝屋川市駅方面に至る【22】号経路。

【22】号経路の運行経路は、

京阪香里園~末広町~成田山不動尊~三井~三井団地~三井~同志社香里~田井~寝屋川警察署前~初町(西行き) / 寝屋川市役所(東行き)~寝屋川市駅~寝屋川車庫前~仁和寺

だが、少々複雑だ。まず、三井交差点での香里園から三井団地へ寄るバスは鋭角カーブの右左折(香里園→
三井団地は左折、三井団地→香里園は右折)を強いられ、大型車ではなかなか大変だろう。三井団地は小高い丘にあってかなり急な坂を登る。田井から旧170号線に入り、西行き(寝屋川市駅方面)は2015年10月より豊野交差点を直進、南側の寝屋川郵便局前で右折して初町を経て寝屋川市駅に至る。寝屋川市駅から東行き(香里園方面)は従来どおり寝屋川市役所前を通り、豊野交差点を左折する。

寝屋川市駅では基本的に東口発着だが、「仁和寺行き」だけは京阪本線をアンダークロスして西口のりばで乗降扱いをする(仁和寺から香里園行きはそのまま東口のりばに入る)。仁和寺バス停は交通量の多い府道13号(旧・国道1号線)の通る複雑な交差点に面しているため、折り返しの回転が手間だ。仁和寺バス停から少し南方向へ進めば守口市に入る。

運行ダイヤは毎時4本で、昼間時間帯は寝屋川市駅折り返しと仁和寺発着が交互に運転される。朝夕は仁和寺直通はないが、同じ【22】号として<寝屋川市駅(西口)~仁和寺>系統がある。

香里園発着便は全て交野営業所の担当で大型車で運用されるが、区間便の寝屋川市駅~仁和寺は寝屋川営業所が担当する。寝屋川市駅西口では、寝屋川営業所の中型車が大半で(大型車は三菱Wタイプ数台のみ、ほか中型10.5mのレインボーもある)、交野【22】号経路の大型車はひときわ存在感がある。また、平日ダイヤでは寝屋川茨木線【12】号経路などで高槻営業所の大型車も終日姿を見せる。

【22】号経路の区間便として、朝と夕方~夜に【25】・<寝屋川市駅~三井団地・三井秦団地>がある。これとは別に、【24B】・<寝屋川市駅~三井団地~ビバモール寝屋川~観音橋~寝屋川市駅>も運転される。

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