2016年11月


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京阪バスブルーリボンシティW-3801(交野)と3804(香里団地)が子会社の京阪京都交通へ移籍したようだ。
京阪京都でのブルーリボンシティは初めてだ。京阪バス大津営業所もしくは京都京阪バス(八幡営業所)あたりに転属するものかと思っていたが、亀岡の京阪京都に行くのは意外だ。


枚方つーしんの情報によると、来月14日、八幡市に彩華ラーメンの店がオープンするとのこと。
http://www.hira2.jp/open/saika-20161128.html

「彩華ラーメン」といえば、奈良・天理ラーメンでお馴染みの方も多いだろう。
天理ラーメンは、醤油スープに白菜・ニラ・豚肉などを炒め入れ、唐辛子(ラージャンなど)で辛味をつけるのが特徴で、本場・中華風な仕立てだ。「野菜たっぷり」のご当地ラーメンはなかなか少ない。本場の天理では屋台もあるので、ぜひ一度行ってみたい。

枚方近辺での「彩華ラーメン」は大東市にあるが、八幡の店がオープンすると枚方から行きやすくなるだろう。



今では免許維持路線となった京阪バス門真【3】号経路。
京阪門真市駅から発着するバスは、平日ダイヤのこの【3】号経路1便のみとなっている。
【3】号経路は、門真市駅を出ると、R163を少し東へ進んで、一番(試験場入口交差点、門真郵便局前)から免許試験場、三島を経て地下鉄門真南に至る。大阪モノレールと接続しているのだから、北摂方面(将来的には東大阪方面も)からの免許試験場利用者のためにもっと本数増発してもいいはずだ、とかねがね思ってきた。実際30年ほど前はこの【3】号経路の本数はもっと多かった。

現在、免許試験場前へのバスは、京都方面へ一つ隣の古川橋駅から【5】号経路が発着している。かつては門真市駅からの【3】号経路が多数運行されていたが、1984年の古川橋駅南口ロータリー整備の完成に合わせ、この【5】号経路が運行されるようになる。ちなみに、古川橋駅~試験場前間は1km前後の距離であり、途中のバス停は「一番」だけで、駅から徒歩でも十分可能だ。

当時は大阪モノレールが開通していなかったので、古川橋駅発着で十分だった。しかし、モノレールの門真市開業後、やはり北摂方面からの試験場利用者を考慮して、門真市駅からのバスも欲しいところ。ただし、【3】号経路の単純な増発ではなく、【5】号経路を古川橋駅からタイガー魔法瓶工場・門真小学校前を通って門真市駅まで延長するのは、距離も短いので容易いだろう。

1997年以前の【3】号経路は、門真団地発着だったようだ。

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1981~82年当時の門真市駅バス時刻表(「京阪時刻表1982」より)



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阪急京都線の洛西口駅は2003年、東向日-桂間にて開業。
開業当初は平面の簡単な2面対向式ホームだったが、高架化工事が進んでいる。
洛西ニュータウン方面へは洛西口からバスが便利だ。
洛西口駅の東側に、JR京都線の桂川駅が2008年開業する。
この辺りにはイオンモール桂川もオープンし、かなり賑やかになっている。

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近鉄に乗り入れる阪神の車両は1000系と9000系の2形式。
近鉄の走行区間は奈良線大阪難波-奈良間(正式には難波線・大阪線<上本町-布施>・奈良線)だが、イベント時に大阪線を走行したこともある。
去年10月、五位堂検修車庫でのきんてつ鉄道まつりでは、サプライズの阪神9000系デビューが話題だった。通常入線することのない大阪線を五位堂まで回送したことも注目された。今年のきんてつ鉄道まつりでは阪神車の出番はなかったそうだが、来年はどうなるか?

そういえば、阪神に乗り入れる団体専用の近鉄特急は、最近下火になっているようだ。やはり需要が少ないのかな??





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9004Fが近々7連化されて出場するようです。
8連特急姿での写真が1枚あったのでアップしてみました。この活躍シーンを見ることはもうできないでしょう。


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2009年撮影。
新エアロスター投入前でした。

高槻市営バスの三菱エアロスターといえば、1997年、それまで西工(いすゞ、日野)ばかりだったところに突如デビューして驚いたことを記憶しています。
デビュー当初は方向幕でしたが、行先表示機はのちにLED化改造されました。
先代エアロスターは2011年までに引退し、一部は京都京阪バスに移籍しました。

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阪和線・大阪環状線の103系が引退予定ですが、奈良線も先は長くないようなので・・・


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天神橋筋六丁目(天六)は、かつて鉄道のターミナルとして賑わった。
新京阪(→阪急千里線)の天神橋駅のほか、阪神北大阪線が西方向から路面電車で天六まで伸びていた。
1970年の大阪万博を控え、前年1969年12月の地下鉄堺筋線開通と同時に阪急と堺筋線との相互乗り入れを開始すると、ターミナル駅としての天神橋駅は廃止、「天神橋筋六丁目」という地下の駅に代わる。現在、この駅には阪急千里線~地下鉄堺筋線と谷町線が通っている。
「日本一長い」と言われる天神橋筋商店街の入口は、ここ天六にある。
新京阪天神橋駅の面影を伝える赤レンガ色の重厚な「天六阪急ビル」が最近まであったが、取り壊されてしまった。

さて、天六の歴史のことを書くと長くなりそうなので、ここでは阪神バスのことだけに絞ってかんたんレポートを書く。

実は天六には阪神バスが乗り入れている。阪神電車から離れたところなのになぜ、と意外に思う方も多いだろう。それは、上述の阪神北大阪線の代替であり、バス転換当初(1975年)は北大阪線用(野田阪神~中津~天六)に大型車が多数用意され、本数も多かったようだ。しかし、バス利用者も徐々に減少し、運行本数は大幅減便される。現在、野田阪神~中津間は毎時1~2本(2時間近く開く時間帯もある)運転されているが、天六への乗り入れは1日2往復だけの免許維持路線に凋落してしまった。






大阪府内の市外局番は、大阪市内と周辺の摂津・吹田・豊中・門真・守口市そして兵庫県尼崎市は06、他の郊外は072-xxxであることはよく知られている。

しかし、一部に例外がある。
まず、一つに三島郡島本町。高槻市の東に隣接しているが、京都府大山崎町などにも近く、市外局番は京都の075である。実際、島本町と大山崎町との越境合併の話も出たぐらいで、仮に実現したとすれば大山崎町に編入されるだろう。なお、島本町は実は淀川・桂川を隔てて枚方市・八幡市とも隣接している。

次に四條畷市東部の田原地区。清滝峠の東側であり、奈良県生駒市かと思いきや、ここも四條畷市なのだ。この界隈の大阪・奈良府県境はわかりにくいが、地理的には生駒市との結びつきが強く、田原台からのバスは近鉄生駒駅まで運行されており、市外局番は生駒・大和郡山・天理などと同じ0743だ。面白いことに、大和高原を経て遠く離れた京都府の笠置町・南山城村も0743で、四條畷市田原地区から笠置・南山城へも市外局番無しで通話できるという(R163を真っ直ぐ東に進んで精華町・木津川市・和束町の0774区域を挟み、笠置町から三重県境までの区間は再び0743なのだ)。

以上の例とは逆に、隣接する兵庫県で局番が大阪と同じところもある。前述の尼崎市の06のほか、伊丹・川西市と猪名川町は、池田・箕面市や豊能郡と同じ072-7xxである。本来、尼崎市や川西市・猪名川町などは神戸よりも大阪との結びつきが強く、大阪府に編入しても違和感はない。仮にこれらの地域が大阪府だったら、能勢町から大阪府他市町村へ行くのにわざわざ他府県を経由しなくても済むことになる(笑)。


西武高槻がH2O(阪急阪神百貨店グループ)に譲渡されることになったが、これを機会に、私個人的にメンズファッションのフロアには、以下のような店を入れて欲しいと思っている。

ユナイテッドアローズ

アーバンリサーチ

SPU(スプートニクス)

リーバイズ直営店

SUITS COMPANY

ここで、スプートニクスだが、楽天市場でお馴染みの方も多いと思う。比較的安めの価格帯で私も綺麗目なカジュアルものを購入するのにこの店を重宝している。東京・杉並区に実店舗があるが、大阪での出店も望みたいところだ。

リーバイスの直営店も大阪郊外に一つぐらい欲しい。枚方・寝屋川近辺で大人のデニムショップを見つけるのはなかなか難しくて困っている(くずはモールやイオンモールなどにライトオンがあるが、大人が買いに行くような雰囲気ではない)。デニムならユニクロでも買えるし、ユニクロのデニムはよくできてて満足だが、リーバイスのデニムにこだわる人も多いだろう。高槻あたりにリーバイスの直営店が欲しいところだ。



かつて、枚方市駅から新田辺まで直通する長距離のバス(枚方尊延寺線【12】号経路)があった。
運行経路は、

枚方市駅南口~池之宮~四辻~津田(現・津田西町)~津田病院前~杉~尊延寺~穂谷口~穂谷~穂谷口~天王~馬廻~河内峠~茂ヶ谷~田辺本町~新田辺

で、国道307号をほぼひたすら走行(現在、バイパス開通で国道指定から外れた区間も多い)、1日3往復だったが1992年廃止された。途中、穂谷と天王には必ず立ち寄り、加えて津田駅を経由する便もあった。枚方市駅~新田辺の全区間を通して乗車する客はもちろん少なかったが、1984年穂谷に関西外大キャンパスが開校して以来、新田辺~穂谷外大間の学生利用客が増え、新田辺からの直行バスを運行開始する。1992年の枚方新田辺系統廃止後、新たに【16】号・<穂谷~新田辺>(現【79】【80】【81】)が毎時1本運行されるようになる。本数は増えたものの長距離直通系統がなくなったのはやはり不便だ。

枚方市駅~津田間のバスは、国道307号ではなく、並行するもう1本の道路を走行する。R307号は、かつて戦時中に片町線津田駅から中宮にある禁野火薬庫へ延びていた引込み線の跡である。戦後、二度と戦争の過ちを犯さない誓いを込めて、火薬庫跡に公団中宮住宅を建設、また中宮本町~中宮西之町までの軍用鉄道跡の一部を「中宮平和ロード」として整備される。一部の便は津田駅にも立ち寄る。津田中学校前から国道307号を走行する。杉を通ると山あいの風景に変わる。尊延寺から先、対キロ運賃区間に入るので、整理券番号が大幅に増えるようになる。穂谷口から穂谷に立ち寄る。枚方市駅から40分程度だ。その後一旦京田辺市に越境して、隠れ里の天王にも寄る。R307に戻り、馬廻(うままわり)は枚方市最東端のバス停で、ちょうどこのあたりが大阪府の最東端でもある。ちなみに、大阪府の最北端は能勢町の天王峠であるが、今ここで書くと先ほど通った京田辺市の「天王」と間違いやすいかもしれない。府県境を越えたところにある河内峠は、かつて京阪宇治交通も新田辺から乗り入れていた。この付近に甘南備山(221.0m)がある。「神南備」「神無火」などとも呼ばれる。この山を南の基点として、北の船岡山と結ぶ直線を中心軸にして、平安京が建設されたと言われている。

1970年代ごろまでは、八幡田辺線も京阪バス枚方営業所が担当、枚方尊延寺線と共通運用だったようだ(新田辺で八幡行きに変わる)。八幡田辺線はその後、京阪宇治交通に譲渡されるが、2006年の京阪バスとの合併で再び京阪バスの路線となる(ただし京田辺・男山営業所が担当)。



よく考えたら、東大阪市は「酷道」のまちだ。
縦にR170旧道、横にR308が通っていて、新石切駅付近でクロスする。

R308はあの「暗峠」で知られる。
R308の指定区間は大阪市(心斎橋)~奈良市間で、大阪・奈良の2大都市を結ぶ国道だが、途中の阪奈国境は都市間国道とは信じられない「酷道」となっている。大阪市内(深江橋)から東大阪市石切までは、阪神高速東大阪線の側道であり、立派な都市国道だが、石切から生駒山を越える区間は狭隘な登山道のような状態だ。特に大阪側は勾配が非常にきつく、運転に自信のない人は避けるほうが無難。暗峠は昔ながらの峠道の面影が色濃く残っている。奈良県に入ってからも、奈良市宝来まで狭隘な酷道が続く。阪奈都市間を普通にドライブするのなら、阪神高速東大阪線&第二阪奈、または阪奈道路+府道8号など通行することになる。

それにしても、R308の指定区間は短くてちょっともったいないような気がする。私個人的に、奈良市から先、京都府木津川市加茂町および和束町を経て、滋賀県甲賀市信楽、また湖南市・竜王・東近江などの県道を昇格して彦根あたりまで(さらにR365と重複して福井県に入り、鯖江・福井市内の旧・北陸道を経てあわら市のR305まで)指定区間を延長したら面白いかと思う。

縦方向に伸びるR170の指定区間は高槻市-泉佐野市間で、「大阪外環状線」と呼ばれている。寝屋川市以南では外環状線とは別にR170の旧道が並行しており、旧道も国道指定が残ったままだ。すなわちR170は新道=「外環状線」と旧道の2本が共存するわけだ。外環状線が片側2車線の立派な国道なのとは対照的に、R170旧道には、行き違いの困難な狭隘区間もあり、ここ東大阪市においては瓢箪山駅前の商店街も国道に指定されているのだ。商店街アーケード内は深夜時間帯以外は自転車・歩行者専用道となる。瓢箪山駅前からR170旧道を走行して四条畷までの近鉄バスが運行されている。

なお、R170は1982年までは高槻市-河内長野-紀見峠-橋本市間が指定区間だったが、河内長野-橋本間はR371に降格され、現在のルートとなった。ちなみにR371は紀伊半島縦断の3大酷道の1つとして有名で、分断区間を2ヶ所抱えている。



来月の京阪バス寝屋川営業所管内ダイヤ改正が話題となって、京阪守口市駅の衰退ぶりを痛感する。

京阪守口市駅前にはかつて京阪電車の守口車庫があったが、天満橋-寝屋川信号所間の連続高架複々線工事完成後、その跡地に京阪百貨店(守口本店)が1985年オープン。以降30年余りにわたって、京阪百貨店はもっぱら地域密着の郊外型百貨店として堅実に健闘してきたが、近年、守口市北部の大日駅前にイオンモールが開業した影響もあって、京阪百貨店の客足は伸び悩んでいるように見える。

一方、大日駅では地下鉄谷町線と大阪モノレールが接続していて、一つのターミナルとなっている。谷町線は1980年代前半まで順次郊外に路線を延伸し、1977年には守口、そして1983年に大日まで開業。大日には谷町線の車両基地がある。この先、寝屋川を経て高槻まで延伸する構想もあったが・・・。

谷町線の守口・大日延伸は、京阪電車および京阪バスにも大きな影響を与えた。谷町線は梅田に直結しているゆえ、守口市および大阪市旭区・都島区の住民は京阪よりも地下鉄を利用する。仮に京阪が梅田へ乗り入れていたら、またちがっただろう。京阪バスも守口市内および周辺で路線縮小が相次ぐ。京阪バス寝屋川および門真営業所管内全体的に需要が低下しており、中型車が多く配置されている。

京阪守口の衰退は、谷町線やモノレール延伸のほか、近年の松下(パナソニック)や三洋の工場縮小・海外移転など構造的不況の影響も大きいだろう。

ここ30年余り、以上のように推移する中、京阪守口市駅から新大阪駅への「新幹線シャトル号」が試験的に運行されたこともある。せっかく30分間隔でほぼ終日運行だったにもかかわらず、あまり認知されなかったのか、わずか半年で撤退する。これが大日駅からだったら、もう少し需要が見込めたのかもしれない。それよりも、寝屋川・枚方からのシャトルバスを運行して欲しい。



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阪和線・大阪環状線の103系もいよいよ終わりを迎える。大阪環状線に残る103系の先頭車は高運転台車だけとなっている。
先日、天王寺駅へ阪和線103系の最後を見物に行ったとき、和歌山方先頭車は高運転台車クハ103-800で、片町線(学研都市線)で活躍していた103系のことがふと気になった。

片町線の103系は、1979~80年に淀川電車区に新製配置された高運転台車に始まる。数年前まで旧型国電の巣窟だった片町線だが、1977年より101系が大阪環状線から転用される。しかし、1979年10月、四条畷-長尾間の複線化完成および東寝屋川・藤阪両駅の開業に合わせ、前述の103系高運転台車も加わる。当時、101系は非冷房車ばかりだっただけに、103系が来たら新車と思って歓迎されたことだろう。

その後1983~85年にかけて、東海道・山陽線普通電車への201系投入で余剰となった103系が大量に片町線に転用される。東海道・山陽普通の103系は1972年に配置された低運転台・豚鼻ライトが多く、これが片町線にも増殖する。

国鉄末期に片町線の7両編成への増強、そしてJR発足後に長尾-木津間電化を控え、103系の編成替・短編成化改造が大規模に進められる。全線電化完成後、103系は木津・奈良まで運用されるようになる。しかし、JR東西線開業を前に、207系新型電車が先行的に片町線に配置され、103系は1996年までに引退する。片町線生え抜きの高運転台車は、1992年に関西本線(大和路線)に転用され、黄緑色への塗装変更を受ける。黄緑色の高運転台車は首都圏の山手線・横浜線・埼京線のイメージが強く、大阪では1992年に初めて実現。黄緑色の103系は大阪環状線の運用にも入り、環状線内での黄緑色高運転台車はまさに山手線を彷彿とさせる姿だった。

103系高運転台車は一時期、奈良・明石・宮原・広島にも配置されていたが、現在森ノ宮と日根野に集約され、余生を過ごしている。

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201系転入前で103系ばかりだった頃です。
今、環状線に残っている103系は高運転台車ばかりなので、何気に過去のものとなってしまいました。




来月下旬で引退予定の阪和線103系(羽衣支線は来年3月)。
一世を風靡した103系も225系(5100番台)に置き換えられ、急速に減らしている。来月下旬以降、阪和線は関空・紀州路快速、区間快速、普通とも223・225系ばかりとなる。103系尽くしだった20~30年ごろ前の思い出を少し書いてみたい。

国鉄最後の1986年11月ダイヤ改正で、阪和線のダイヤは大幅に変更された。従来、快速電車は基本的に113系だったところ、紀勢本線直通の削減、および増発と合わせて103系の運用が増えたように記憶している。これにより、阪和線の電車は快速から普通まで「103系尽くし」となった。103系の編成長も従来6両編成だったところ、一部4両編成に短縮され、4連口を2本連結した8両の快速も登場する。

翌年1987年のJR発足後、さっそく6月に103系と165系を混結した珍編成の団体列車が運転され、話題を呼んだ。

JR最初の1988年ダイヤ改正で205系1000番台が阪和線に新製配置されるが、4両×5本のみで、やはり103系が主役だった。1989年改正では、御坊直通快速の増発と引き換えに、113系が6連から4連に短縮され、ラッシュ時には4連口×2の8連運用も実現する。これを生かして、和歌山で分割併合の天王寺~五条・紀伊田辺快速も登場する。

関西空港開港の1994年、五条・紀伊田辺直通快速がなんと103系に変わった。天王寺-紀伊田辺間は150km近い長距離でロングシートの103系では、さすがに不評を買うことになり、103系の紀勢本線・和歌山線直通は5年ほどで解消しった。関空開業に合わせて223系が登場するが、振り替えれば、これは阪和線103系の終わりの始まりでもあったと言えよう。

関空快速につづき、環状線直通の紀州路快速の登場により、103系の快速電車はかなり減った。しかし、普通電車は依然として103系天国だった。ただ、阪和線用に225系5000番台が大量投入される2011年のダイヤ改正で、区間快速の増発、および紀州路快速の日根野以南各駅停車化により、103系の運用は大幅に減らされ、昼間時間帯は天王寺-鳳間の普通のみで運用されるようになる。これで阪和線103系の終焉が事実上保証された。そして2014年に、普通電車を新車に置き換えると発表された瞬間、103系の引退は確定する。

なお、1999年から2010年までの間、阪和線の快速電車に221系(奈良電車区所属)も使用されたが、2010年12月の225系営業運用開始を前に、阪和線から撤退した。

225系は阪和線103系ばかりか、紀勢本線の113系も置き換え、さらに特急「くろしお」の381系も287・289系化され、国鉄型車両の天国だった和歌山地区も、105系を除いて過去のものとなる。

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一昔前の阪神電車の顔が並んでいます。
右の赤胴車は、今は武庫川線のみでしか見ることができなくなりました。

阪神電車の車両は優等列車用(赤胴車)と各駅停車用(青胴車)がはっきり分かれています。
阪神本線は駅間距離が短い上、カーブが多く、距離の短い阪神間でも、各駅停車(普通)だと優等列車待避時間も含めて60分以上かかります。赤胴車と青胴車が使い分けられているのは、各駅停車用に高加減速車が必要なためです。高加減速車は、かつて京阪2000系スーパーカーや近鉄6800系などもあったが、今の関西私鉄では、各停用と優等列車用を厳格に区別して運用する例は阪神電車ぐらいとなっています(もっとも、特急用車両だけ別に作られている例は多く、近鉄・南海の有料特急はもちろん、京阪・阪急京都線でも無料ながら特急専用車両がある)。


来月12月3日、京阪バス寝屋川営業所管内でダイヤ改正が実施される。
TWで拾った情報によると、バス停にダイヤ改正の概要と改正後の時刻表が掲示されている。
主な内容は、

<昼間時間帯の経路・便数変更>

◎【1】寝屋川市駅~京阪守口市駅系統→
【1A】寝屋川市駅~大久保~五番~大日駅
【6】 寝屋川市駅~大久保~佐太二番~大日駅
(各40分間隔、寝屋川市駅発はあわせて20分間隔)


【22】京阪香里園~仁和寺を廃止(→寝屋川市駅発着に短縮)

◎【4】寝屋川市駅~市立総合センター前~大日駅~京阪守口市駅→
寝屋川市駅~大日駅間に短縮(30分間隔)

◎【9A】JR吹田~京阪守口市駅→
【9A】JR吹田~京阪守口市駅~八番~大日駅(60分間隔)

<「タウンくる」八雲、大久保系統の代替>
【8】京阪守口市駅~八雲小学校前~大日駅~大久保団地~古川橋駅(昼間時間帯、60分間隔)
【8A】京阪守口市駅~八雲北循環、【8B】古川橋駅~大久保団地循環(他の時間帯)

「タウンくる」の守口市域運賃(150円)は今度の改正で200円、来年12月からは230円に順次値上げされる予定。また、長年続いた交野営業所の仁和寺直通は今回で廃止ということになる。

なお、香里団地・津田香里線でもつくづく思うが、「40分間隔」というのは、中途半端でわかりにくい。


かつて、三条京阪・四条大宮・京都駅から三条通を経て大津市内および滋賀県を結ぶバスが盛んに運行されていた。京阪バス【46】【47】号経路のほか、信楽への帝産湖南交通、水口への滋賀交通、そして京都東ICから名神経由で八日市(東近江市)までの長距離バスなどもあった。現在、JRの本数増発および地下鉄東西線開通などの影響もあって、京都と滋賀を結ぶ路線バスは大半が廃止され、その成れの果てとして、西大津バイパスを行く京阪バス【48】号経路が1日1往復だけ残っている。

さて、大津市内と四条河原町・烏丸を結ぶ急行バスがあったらどうかと思っている。例えば、大津京駅・坂本・雄琴・堅田方面から西大津バイパス・三条通経由はどうだろうか?詳しい運行経路として、

堅田駅~雄琴~坂本~大津京駅~<西大津バイパス>~山科駅~<三条通>~三条京阪→河原町三条→四条河原町→河原町五条→<五条通>→烏丸五条→四条烏丸→烏丸御池→京都市役所前→三条京阪→・・・

とする。山科駅にも立ち寄り、京都市街地は循環運行、二車線化されて渋滞しやすい四条通を避ける。

なぜこう考えるのかといえば、滋賀県および山科駅から鉄道で四条河原町方面へは不便だから。地下鉄東西線は京都の繁華街・四条通から外れているし、京阪京津線は御陵から東西線に直通運転することで京阪本線へ乗り継げるように対応しているが、運賃がバカ高いのが困る。京阪山科駅はJRからの乗り換えが便利でせっかく場所が良いのに、地下鉄直通のための割増運賃だけのために、面倒不便でも地下鉄山科駅から乗るのが一般的だ。これも京都市当局の陰謀みたいなものを感じる。せっかく利用客の多かった京津線の軌道併用区間を廃止に追い込まれたために、大津線の経営が悪化し、京阪は割を喰ってしまう。四条通の二車線化も歩道が拡幅され歩きやすくなったのは良いが(これが目的のはずだったが)、車道が渋滞しやすくバスが大幅遅延となるのは問題だ。とにかく京都市の交通行政がここまでお粗末だったとは思わなかった。京阪グループ(京阪バス、江若交通)として、大津から四条河原町への急行バスを運転するなどの「復讐戦」に出てもよいはずだ。



久しぶりに京阪バス山科営業所管内の話題をエントリーする。

今回は三条通を走行する貴重な【17】号経路についてレポートする。
【17】号経路の運行経路は、

三条京阪-東山三条-蹴上-日ノ岡-北花山-上花山-川田(清水焼団地)-大石神社-椥辻駅-蚊ヶ瀬-大宅甲ノ辻-大宅

で、日ノ岡までは三条通、この先東山の山麓に沿って北花山、清水焼団地、大石神社などを回ってジグザグルートで大宅(山科営業所前)に至る。京都市バス【東6】系統(醍醐車庫前-勧修寺-大石神社前-日ノ岡-三条京阪)の後継路線である。狭隘区間が多いため、小型車で運用されている。

かつて、三条京阪・四条大宮などを起点に、三条通を経て山科・醍醐・大津方面へのバスが複数の事業者(京阪バス、京都市バス、近江鉄道、帝産湖南交通、滋賀交通)で賑やかに行き交っていたが、地下鉄東西線開通(および京阪京津線三条-御陵間廃止)に伴い、東山三条以東をゆくバスは京阪バス【17】【19】号経路のみとなる。京津線軌道併用区間の廃止により、御陵の渋滞は解消されたが、バスの本数が大幅に減らされて不便になってしまったのは問題だろう。

三条通の下を通る地下鉄東西線も成功しているとは言い難い。確かに山科・醍醐地域から京都市役所・二条駅・右京区へは便利になったが、四条河原町・烏丸へは不便だ。浜大津から京阪京津線が東西線に乗り入れているものの運賃がバカ高く、京都市街地へはJR京都駅から烏丸線に乗るほうが安くて便利だ。せっかく場所の良い京阪山科駅も運賃の割高感ゆえ敬遠され、わざわざ手間をかけて東西線に乗る。かつての【46】号経路のような浜大津から四条河原町方面へ直通するバスを復活してほしいと思った。


京阪バス枚方茨木線に乗ると、鮎川~阪急茨木間にも近鉄バスのバス停標が立っているのを見たことがあるが、どんな路線が通っているんだろうかと、ふと気になって調べてみた。

それは、

【80】(循環) 阪急茨木市駅→茨木寺田町→鮎川→鮎川北→柳川住宅前→富田西之町→昭和台→総持寺団地前→東中学校前→阪急茨木北口→阪急茨木市駅

だが、2008年12月より運行休止となっているようだ。阪急茨木~鮎川間は京阪バスと同じ経路を通っていたことになる。京阪バス枚方茨木線の運賃は、JR・阪急茨木~鮎川間の運賃は近鉄・阪急バスに合わせて220円、この先枚方方面は京阪バス単独区間なので1区230円となっている。

この【80】系統だが、高槻市内にも少し乗り入れていた。

【80】系統の近接関係にある路線として、【70】【72】花園東和苑系統がある。


<参考ページ>
ぼんやり停 バス停めぐり
http://boyatto.webcrow.jp/bus/stp-kin/80-1_ayukawa.html


今年8月に近鉄バス梅田乗り入れ(阪奈生駒線)が大幅減便となったばかりだが、来月12月17日より土曜日のみ1便となる。さらに来月3月限りでそれも休止(事実上廃止)となって、大阪駅・梅田へ乗り入れる近鉄バス一般路線は消えることになる。

近鉄バス 梅田 時刻表(2016年12月17日より)
http://www.kintetsu-bus.co.jp/search/pdf/54_1479114049.pdf

阪奈生駒線は少し前までは本数が多く、大阪市内に乗り入れる民営バスとしては旺盛なほうだった。また、梅田から生駒山上や近鉄奈良まで行く長距離の便もあった。しかし、地下鉄長堀鶴見緑地線およびJR東西線開通後、度重なる路線短縮、そしてここ10年ほど急激な本数削減が続くなど、凋落が著しい。ほぼ同じ区間を大阪市営バス【36】系統が通っているが、市営バスのほうは地下鉄と共通割引などがあるのに近鉄バスでは使えないことが、利用客離れにつながって致命的だったようだ。さらに、近鉄バス「梅田」のりばは、地下鉄谷町線東梅田駅のところにあり、大阪駅前から離れていることも痛かったようだ。

<関連記事>
近鉄バス梅田乗り入れは事実上廃止
http://katanogawara.blog.jp/archives/5869230.html


京阪バス樟葉長尾線【93】号経路の通る「枚方カントリー口」。

【93】号経路は、樟葉駅から船橋、中の池公園、国道田近、招提大谷、既製服団地、長尾駅を経由、長尾東町の住宅地を通り抜けて枚方カントリー倶楽部内に行く。長尾東町付近~枚方カントリー間は大阪・京都府境にさしかかり、少々複雑だ。

枚方カントリーの一つ手前、「枚方カントリー口」バス停は、陸橋で第二京阪を渡ったところ、実は京田辺市(松井奥大谷)にある。また第二京阪西側の新しい住宅地も、京田辺市松井交野ヶ原であり、枚方市長尾東町と間違いやすい。連続する住宅地内で府県境のあるところは珍しいと思われるが、樟葉・男山界隈ではこれがごく普通の現象となっているし、長尾家具町の住宅地内でも一部八幡市に越境しているところがある。カントリー口から先、枚方カントリー倶楽部の敷地内となるが、そこは八幡市飛び地(内里大谷)内であり、終点のバスロータリー(本部事務所)のみ枚方市(杉北町1丁目)である。

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枚方カントリー口に停車中のバス(2008年)

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桜満開の枚方カントリー内道路
バスもここを通る

枚方カントリー閉場のときは、【92】号経路として「枚方カントリー口」で折り返す。基本的に京田辺営業所が担当していて、枚方カントリーへは、茂ヶ谷~(R307)~杉1丁目~長尾台3丁目~(第二京阪副道)~枚方カントリー口で回送している。なお、平日ダイヤの最終便【92】・枚方カントリー口行きは枚方営業所が担当している。




既にTWで報告されているが、先週末、京阪バス香里団地営業所に5年ぶりの新車(N-3223以来)が入った。
いすゞエルガ(社番N-6255)で、香里団地営業所では初めてのいすゞ車となる。
代替はブルーリボンシティW-3804で、方向幕が抜かれた状態で車庫に止まっているのを見た。
さっそく先週末は京都競馬シャトルバスの運用に入っていたそうだ。
香里団地営業所は規模が小さく在籍車両数が少ないため、新車の投入に数年単位の空白が生じることも珍しくない。

交野営業所には既に同じいすゞエルガが2台(N-6248、N-6254)が入っている。最古参車両として注目のブルーリボンシティW-3801が落ちたようだ。2000年式の車両で大阪府流入規制により2012年ごろには大阪地区から外れるかと思いきや、16年間交野営業所の生え抜きで活躍を続けたことになる。

今年度の新車は、いすゞは高槻・交野・香里団地、日野ブルーリボンは男山・枚方にそれぞれ配置されている。

(2016.11.16追記)
N-6256も香里団地営業所に投入された模様です。


かつて、南海電車は天王寺駅に乗り入れていた。
天下茶屋駅から天王寺支線が分岐していて、今池町、飛田本通などを経て国鉄天王寺駅の南側に至る。関西本線(大和路線)ホームの隣だが、影が薄く、すっかり忘れられた存在だった。

南海天王寺線は国鉄と南海線を結ぶ役割があり、1977年まで貨物列車が運行され(沿線住民は騒音で悩まされたという)、南海の新車も天王寺線経由で搬入されたそうだ。遠く昔には天王寺からわざわざ南海線(阪和線ではなく)を経由して南紀直通列車さえあったという。

しかし、地下鉄堺筋線の動物園前-天下茶屋間延伸および南海天下茶屋駅付近の連続高架化工事が始まり、1984年天王寺-今池町間が営業終了となる。これにより、天王寺線は南海電鉄において離れ孤島化する。関西空港開港に間に合わせるべく、天下茶屋駅の改良工事が進展。1993年、堺筋線の天下茶屋延伸の完成と同時に、南海天王寺線は全廃される。

これにより、阪急京都線方面と南海電車とのアクセスが飛躍的に改良、南海では特急を含め全列車が天下茶屋に停車、JRの「はるか」に対抗する。さらに、土曜・休日ダイヤでは天下茶屋-京都河原町間の準急が終日運転されるようになる。南海電鉄の立場としては、天王寺線廃止と引き換えに、阪急と連携して関空・和歌山・高野山から京都への観光ルートに活路を見いだしたと言えよう。

JR天王寺駅ビルに南海のビルが隣接しているが、かつての天王寺支線の名残だろうか?



南海天王寺支線 天王寺~天下茶屋 往復(1984年)
(Amiga0028さまより拝借)



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京阪中之島線の大江橋駅。
淀屋橋駅(京阪本線、地下鉄御堂筋線)とは目と鼻の先で、私個人的にあえて大江橋から乗ることもある。
その理由は、「普通」が到着するからだ(淀屋橋からは昼間、特急と準急のみ)。
普通に乗れば、枚方市までの所要時間は50分程度だが、仮眠するにはちょうど良い時間だ。

中之島線の利用客は伸び悩んでおり、休日の大江橋駅はほとんど無人の状態だった。駅構内にあった書店は撤退、コンビニ「アンスリー」も休日は閉店のようだ。

この界隈はビジネス&官庁街(大阪市役所)ゆえ、淀屋橋駅も休日はあまり賑わっていない。地下鉄御堂筋線からの乗り換え客が大半だと思われる。淀屋橋駅の2番ホーム(7両のみ入線可能)も土曜・休日は使用停止となるぐらいだ。京都洛北への玄関口として魅力を高めるよう大幅な改装が望まれる。


久しぶりに天王寺・阿部野橋界隈を訪れた。

目的の一つは、来月引退予定の阪和線103系を撮影すること。
京橋駅の環状線外回りホームに着いたら、関空・紀州路快速がやってきた。これは225系5100番台に乗れるかな・・・。 と期待していたら、後4両は5100番台だった。天王寺まで各駅停車、わずか15分余りの旅を楽しんだ。天王寺に着いたら、階段を上って、阪和線専用ホームを覗くと、8・9番線に青の103系が止まっていた。普通・鳳行きだが、このありふれた光景も来月下旬から見られなくなるという。普通電車の多くも、既に225系5100番台に置き換えられている。

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この見慣れた光景も来月まで

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普通電車も225系となる

阪和線専用ホームは、櫛形の行き止まり式ターミナルで私鉄の雰囲気があり(元・阪和電鉄だった)、特に1番ホームは、かつて南紀直通の特急・急行列車が発着していて、紀州路への旅情を誘い込む華やかムードを醸し出していたが、「くろしお」が新大阪・京都発着となった今、このホームから発車する列車は少なくなり、閑散としている。

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阪和線ホームは私鉄ターミナルのような雰囲気がある

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それから、名物の駅うどんだった「天王寺うどん」もなくなって、別の店に変わっている(京橋などと同じうどん店)。

ちょうど20年ほど前、紀勢本線の165系やキハ58系国鉄色を追いかけるため、ここ天王寺から「青春18きっぷ」で紀伊半島一周の旅に出たことを思い出す。それも一度ではなかった。数年後にこれらが消えてなくなり、去年は381系「くろしお」も引退、阪和線に残る国鉄型車両は103系だけとなった。

その後、近鉄百貨店(あべのハスカル)に入って、紳士服フロアでコートを見て回る。やはり百貨店で売ってるコートは6~8万円以上と高いが、売り場面積が広い分品揃えは良く、試着するだけでもよいので行ってみる価値はある。大阪で大人のキレイ目休日着を探すのなら、梅田・心斎橋・なんばに加え、阿倍野近鉄もぜひ候補に入れたい。かつて、一時期阿倍野近鉄に寄る機会も多かったが、ここ最近全然行かなくなった。今回、あべのハスカルがオープンして以来、初めて入った。

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近鉄阿部野橋駅 シリーズ21(6820系)が停車中

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見づらいが「青の交響曲」



京阪バスは大阪・京都・滋賀・奈良の4府県の広域にわたって路線網を持つため、同じ停留所名のバス停も多い。
その一つ、「春日町」バス停は、高槻市と寝屋川市に合わせて2ヶ所存在する。

高槻の「春日町」は枚方高槻線(R170)にある。周辺に高槻自動車教習所、万代などがある。枚方からの運賃は、ちょうど春日町まで1区、この先高槻市街地へは2区となる。高槻市営バスもここに停車する。

寝屋川の「春日町」は、寝屋川車庫から一つ西へ進んだところにある。主に仁和寺・大久保・守口方面へのバスが発着し、香里園からの【22】号経路(仁和寺行き)も停車する。高槻営業所が平日ダイヤ限定で寝屋川市駅(【12】号経路)まで運用するようになり、高槻の「春日町」と混同しそうだが、高槻の車両は「春日町」の一つ手前、寝屋川車庫から池田本町・摂南大学方面へ向かうので、ここには来ない。

これと似たような名前のバス停として、「春日宮ノ前」(枚方市茄子作)、「春日山」(枚方市田口山)がある。


近年、京阪バスでは運賃倍額の「深夜バス」が各地で登場している。
その「深夜バス」は、香里団地営業所管内に始まった。【3】号経路で運行経路は

枚方市駅→香里橋→開成小学校→いちょう通→新香里→藤田川

だが、バブル経済終焉後の1991年から運行されている。発車時刻は日付の変わる24時07分発。

バブルの頃、都心部から郊外のベッドタウンへの深夜バスが各地で運行されるようになる。大阪では梅田から泉北NT・和泉中央(南海バス)、生駒・奈良(奈良交通)、千里NT・箕面・高槻(阪急バス)の各方面へ運行されている。しかし、京阪バスの「深夜バス」はこれとは異なり、通常の路線バスそのもので運賃だけ倍額にするというものだ。方向幕・行先表示機には「深夜バス」マークを表示する。

一般的にバスの最終便は鉄道よりも早い。しかし、香里団地管内では、早くから深夜利用客のためのサービスが進んでいて、1980年代前半におりば専用(22時以降)の停留所「けやき1番」「けやき2番」を設置している。続いて1991年には枚方市駅からの深夜バス【3】号経路を運行開始する。

あれから20年後の2010年代になって、以下の深夜バスが相次いで新設される:

【19】枚方市駅北口→長尾口
【1】京阪香里園→藤田川
【9】京阪香里園→交野車庫
【1C】枚方市駅北口→阪急・JR高槻→竹ノ内町
【85】四条烏丸→大宅
【4】石山駅→大石小学校



枚方・交野など京阪沿線から快適なドライブ・ツーリングを楽しみやすいエリアを考えてみた。
日帰り可能圏では、以下の3つの地域が挙げられる。

1)滋賀県および三重県北中部(鈴鹿、四日市、桑名)

2)奈良大和路および三重県(伊賀、松阪、伊勢志摩)

3)京都府北部・丹後半島・福井県若狭および兵庫県北東部(丹波・東播・但馬)

以下、それぞれを考察する。

1)滋賀県へは、国道307号線で抜けるのが賢明だ。枚方市内の杉1丁目前後では第二京阪と交差しているため渋滞が発生しやすいが、京田辺市以東は快適に走行しやすい。大津・草津・守山・近江八幡方面へは宇治田原から大石・南郷へ抜ければよいし、湖西の比良・高島方面へも湖岸道路を快走して琵琶湖大橋を渡り、あるいは比良山系に分け入って安曇川の清流を堪能しながらR367号(鯖街道)で若狭・小浜を目指すのもよい。信楽・水口・東近江・彦根・長浜方面へはひたすらR307を走り抜く。
信楽からR422経由で伊賀上野、水口からR1経由で亀山・鈴鹿・四日市、八日市(東近江市)からR421経由でいなべ・桑名へ抜けることが可能だ。なお、三重県へは、R168+R163経由が一番早いだろう。

2)奈良大和路へは、R168(磐船街道)を使うのが一般的だ。天理・桜井・明日香・吉野・宇陀・名張方面へは、北田原大橋からR163+r7で富雄・大和郡山を経て、結崎工業団地からr36を東に進んで、R169(山の辺の道)に入るほうが快適だろう。五條・十津川方面へは素直にR168をひたすら走ることになるが、竜田大橋~大和高田市街地間は、法隆寺前からr5を使うほうが早くて快適だ。R168をずっと先へ行くと和歌山県に入り熊野本宮大社を経て新宮市に到達する。
伊賀上野・津・鈴鹿方面へは、前述のように北田原大橋からR163をひたすら東へ行くのが一番早いだろう。やや遠回りになるが、前述のようにR307の枚方市内での渋滞を回避するため、R168+R163+r5(和束経由)で滋賀県の甲賀・湖東方面へのコースにも応用できる。

3)北近畿・丹後半島方面へも高槻からr6で亀岡へ抜けると、案外遠くはない。高槻市街地および亀岡市街地の渋滞さえクリアすれば、概ね快適なドライブコースだ。福井県若狭地方へは南丹市のr19を経由して美山へ抜け、R162を使えば良い。福知山・天橋立・丹後半島・但馬へは亀岡からR9をひたすら疾走するが、交通量は多くはなく快適に走れる。枚方からだと和歌山市や神戸よりもむしろ行きやすい。丹後半島へは福知山からR176(加悦谷経由)、但馬へはR426(出石経由)が一番快適で走りやすいだろう。
また、亀岡からR372を使えば、兵庫県の篠山・丹波・加東・西脇へも行ける。同じ兵庫県の阪神間や神戸市内よりも、北側の丹波・東播地域のほうが、渋滞に巻き込まれることが少ない分、移動のストレスも小さいだろう。大阪最北端・能勢町への回り道にも応用可能だ。


大阪府北東部の枚方・交野・寝屋川など、いわば京阪沿線にあたり、北河内と呼ばれる地域と他の地域とのつながりについて考えてみた。大阪府の「北河内」とされる地域は、一般的に枚方・交野・寝屋川・門真・守口・四條畷・大東の7市であるが、大阪府下の他地域(大阪市内を除く)よりは、京都南部および滋賀県のほうに親近感が強いようだ。

大阪府内郊外の他地域といえば、東大阪市以南の河内地域(中河内、南河内)、泉州、そして淀川対岸の北側にあたる北摂地域に大別される。南河内や泉州など、大阪府南部の地域(総称して「阪南」地域とも呼ばれる)は京阪沿線住民には、「和歌山に近いところ」という意識が強く、心理的に遠く感じる。一方、淀川対岸の北側、高槻・吹田・豊中・箕面などに代表される北摂地域には、兵庫県の阪神間とともに「住みやすい街」として憧れを持つ人も多いが、隣接している地域にもかかわらず、つながりはさほど強くはない(ただし、枚方と高槻・茨木はバスで結ばれており、それなりのつながりはあるだろう)。

北河内の住民にとって、大阪府下他地域では大阪市内に一番親近感を持っているだろう。ただし、JR学研都市線沿線の大東市は、近鉄バスのエリアということもあって、東大阪市とのつながりが強いようだ。同じ河内地域でも、近鉄・南海沿線はミナミの難波・天王寺志向なのに対して、京阪沿線の北河内はキタの梅田志向が強い。

北河内は前述のように京都府南部・滋賀県との結びつきが強いと見える。隣の八幡市・京田辺市は北河内とのつながりが強い地域であり、北河内の住民には準地元のようなところだ。また、枚方から滋賀県へは京田辺・宇治田原経由の国道307号線で快適に結ばれており、滋賀・琵琶湖方面へのドライブには重宝されている。平和堂の大阪進出の端緒として、アルプラザ枚方(津田)がいち早くオープンしたのも、国道307号によるアクセシビリティのためだと思われる。また、枚方市内の自動車教習所の高速教習では京滋バイパスを走行することになっているようだ。さらに、京阪電車・バスも滋賀県に乗り入れており、かつては京阪電車だけで大津へ行くことも可能だった(現在は三条京阪で地下鉄東西線に乗り換えないといけない)。

北河内地域はこのほか、奈良との親近感もかなり強いだろう。鉄道で奈良方面へ行くとなれば京都府(または大阪市内)に踏み入れることになって大回りだが、枚方・交野・四條畷・大東市は奈良県生駒市と隣接、国道168号(磐船街道)、163号(清滝街道)などによって奈良県と結ばれており、枚方市穂谷に大和棟と言われる民家が残っているように、昔から地域間交流が盛んだったようだ。京阪枚方市駅前にあった近鉄百貨店もさほど違和感はなかった。枚方の近鉄百貨店は京都近鉄と同じ元・丸物だったことに由来するが、京阪交野線は昔、近鉄生駒線と同じ信貴生駒電鉄であって兄弟関係にあるし、丹波橋で乗り換えて奈良・伊勢志摩に行く近鉄の広告塔としての役割もあったようだ。




京阪電車と大阪モノレールの接続する門真市駅。
枚方・寝屋川方面から大阪空港へは、門真市駅からモノレールに乗り換える。準急の門真市停車の要望も多いが、ホームはB線(外側)のみにしか設置されていないため、普通・区間急行のみしか停車することができず、準急を停車させるためには守口市駅のように島式ホームに大改造しないといけないだろう。また、一時期、枚方市駅・樟葉・松井山手から大阪空港へのリムジンバスもあったが、廃止された。

門真市駅に発着するバスは、かつては吹田八尾線として吹田から阪急バスも乗り入れていたが、モノレール開通後、吹田八尾線は全廃され、現在平日に1日1本のみしかない。それは、【3】号経路・地下鉄門真南行き(免許試験場前経由)。免許試験場へは、隣の古川橋駅から【5】号経路が多く発着しており、京阪電車の車内放送でもバス乗り換えのアナウンスがあるが、せっかく門真市駅にはモノレールも乗り入れているのだし、両駅間は1km足らずの短距離だから、【5】号経路を古川橋から門真市駅に延長するのは容易いだろう。

門真市の事実上の中心市街地は古川橋駅前だろう。確かに市役所へは門真市駅のほうが近いが、門真市駅前よりは古川橋駅前のほうがダイエー(イオン)を核に飲食店などの商業施設が多く、賑わいを見せている(門真市駅前の高層ビルにイズミヤなどはあるが・・・)。


かつて、三重県亀山市と滋賀県草津市を国道1号(旧・東海道)経由で結ぶバスが運行されていた。
それは、国鉄バス(→西日本JRバス)亀草線。

亀山・草津間は、鉄道では関西本線・草津線を利用することになるが、甲賀市の中心である水口の市街地へは国道1号線が便利だ。水口に国鉄バスの営業所が置かれ、亀草線や伊賀上野線などの運用拠点だった。また、かなり昔、草津~土山~湯ノ山温泉(鈴鹿スカイライン)という観光向けの路線もあったそうだ(滋賀交通と共同運行)。JRバスになってからもしばらくは亀山まで乗り入れていたかと思うが、鈴鹿峠を越えて三重県への直通はなくなり、2005年には水口からJRバスそのものが撤退した。

国鉄バスのほか、草津~水口間には滋賀交通バスもあった。滋賀交通のバスはとにかく古い車両ばかりで、1990年代初頭になっても1960~70年代式のバス窓(三菱MR520?)が堂々と草津駅に顔を出していた。近江鉄道・帝産湖南交通が行き交う中、滋賀交通のバスを見ると一昔前の時代にタイムスリップしたかのような違和感を覚えた。その滋賀交通(滋賀バス)も、草津-石部間のみに短縮され、水口への路線バスは撤退した。

滋賀交通グループは、観光バスのほうが有名で、近畿・東海地区に複数の営業所が置かれている。


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陶芸の里・信楽への交通は、鉄道ではJR草津線~信楽高原鉄道(信楽線)となるが、京阪神からだと遠回りとなって不便だ。また、信楽線は国鉄時代から戦争・事故・台風災害などにより何度も運休・廃止の危機を経験してきた。最近では、2013年の台風で橋梁が流出し一年以上運休となったことが記憶に新しい。

鉄道では大回りとなって不便なところを、大津市石山と信楽を結ぶバス路線が設定されている。運行経路は2つある:

1)石山駅~野郷原1丁目~名神瀬田東~田上車庫~牧~勅旨~陶芸の森~信楽(帝産湖南交通)
2)石山駅~京阪石山寺~南郷~<国道422号>~朝宮~信楽(国鉄・JRバス→甲賀市コミュニティバス)

帝産湖南交通について、かつては京都御池・三条京阪まで直通していたし、毎時1本あたりの本数も確保されていたように記憶しているが、近年、新名神開通の影響などもあってバスの利用客も減っている模様で、田上車庫・牧で乗り換えないといけなくなった。さらに信楽まで行くバスも1日2本だけとなって、観光には利用しづらくなっている。

南郷・朝宮ルートの国鉄・JRバス(近城線)はもとから本数は少なかったようで、2002年までに撤退。その後、信楽町→甲賀市のコミュニティバスに転換され、石山-朝宮-信楽駅間の路線系統は何とか維持されているものの、やはり1日2往復で、京阪神からの観光客には使いづらい時間帯の運行となっている。

国鉄・JRバスの「近城線」とは、近江と山城(京都府)を結ぶ路線を意味していて、奈良・加茂~和束町~信楽~水口系統が本線、石山・信楽系統他はその支線という扱いだったようだ(加茂営業所)。2002年のJRバス撤退後、加茂駅からの路線は、和束町小杉までに短縮した上で奈良交通(京都営業所)に引き継がれる。

国鉄信楽線は信楽から加茂まで延伸する構想もあった。国鉄バス近城線はその構想に沿った路線系統だったと言える。仮に加茂まで延びていれば、関西本線加茂以東よりも信楽線が先に電化され、大和路快速信楽・貴生川行きが実現していたかもしれない。大阪から信楽へはこのルートが一番早くて便利だろう。


7200系7202Fに続き、9000系9004Fも7連化改造が行われているとTWで報告されています。
昨年、9001・9002Fが7連化されたが、今回9003Fよりも先に、9004Fが7連化されているそうです。
これで10000系10002Fも近々7連化されそうです。


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京阪バス香里団地営業所管内は、主に枚方市駅・枚方公園駅・香里園から香里団地周辺への路線を管轄しているが、運用規模が小さく、運賃も全路線1区230円で、バス趣味的な面白さを見いだすのは難しいかもしれない。

藤田川にある香里団地営業所が設置されたのはかなり古く、まず交野営業所開設(1978年)以前の路線系統に興味がある。

1977年の釈尊寺団地入居開始に合わせ、【10】号経路・<枚方市駅~釈尊寺団地>が新設される。設定当初、香里団地営業所が担当していたが、運行経路は現在と異なり、東香里新町・高田を迂回していた。1978年以降、交野営業所が担当している。

香里園から交野・津田方面への【9】号経路も香里団地営業所が担当していたんだろうか? 星田線【43】号は枚方営業所が担当していたという情報が確認されている。田原線(京阪私市~田原地区~京阪大和田駅)も枚方営業所が担当していた。

少し変わった路線系統として【28】号・ダイエースーパー系統が挙げられる。香里団地から成田山不動尊・同志社香里を経由してダイエー香里店(閉店)まで行く系統だが、1995年に廃止された。

2002年にはバス空白地帯だった住宅地内(山之上、東中振)に新路線【い】【ろ】号が設定された。系統番号がひらがなというのは、全国的にもかなり珍しいのではないか(京阪バスで漢字入り路線系統は男山の【大2】がある)。専用の小型車で運用されている。

ここ近年、深夜バスの設定が相次いでいるが、京阪バス最初の深夜バスは、香里団地の【3】号経路(枚方市駅→開成小学校→いちょう通→新香里→藤田川)で、バブル崩壊直後の1991年から続いている。都心から郊外住宅地への長距離深夜バスとは異なり、一般路線車がそのまま使用されるが、運賃は倍額である。また、1980年代初頭、深夜時間帯のおりば専用「けやき1番」「けやき2番」も設置される。

それから、1990年代初めごろまで、香里団地管内の車内には回数券自動販売機があったことを記憶している。


高槻市営バスの成合・川久保線は、特色のある路線系統だと言える。

JR高槻駅南および阪急高槻から発着する市北東部山間部への路線であり、運行経路は、

【33】JR高槻駅南-阪急高槻駅-八丁畷-日吉台東口-成合中の町-上成合-川久保


で、主に府道79号線<伏見柳谷高槻線>を走行する。新名神JCT(工事中)および日吉台の東側を通る(日吉台へはJR高槻駅北から【65】日吉台行きがあるが、府道79号に面している東側の地域は【33】が便利)。上成合-川久保間は「山間区間」に入るため、運賃は対キロ区間となる。川久保は山間の集落で数年前まで高槻市最後の分校、磐手小学校川久保分校があった。バスは川久保までだが、この先、府道79号は島本町から京都府に入り、長岡京市に至る(正式の指定区間は他の府道と重複しながら、東へ進んで京都市伏見区に入り、羽束師・横大路や大手筋商店街を経て、国道24号との交差点である御香宮までとなっている)。

担当営業所は主に平地の南部地域(JR高槻駅南・阪急高槻駅発着)を管轄する芝生営業所であり、この川久保線は芝生営業所唯一の多区間路線(整理券車)であることが面白い。


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1989~1998年までおよそ10年間にわたって増備された近鉄1230系電車。
標準軌全線共通仕様のVVVF制御、アルミ車体の2両編成であり、大阪線・名古屋線はもとより、従来8000・9000系シリーズが投入されていた奈良線系にも配置される。ただ、広幅車体を採用しているため、裾は絞っており、8810・9000・9200系と同じ顔だ(ただし、側面の窓配置は異なる)。製造時期により、1233系、1249系とか1252系など、細かい形式区分があるが、ここでは面倒なことを言わず、「1230系」と呼ぶことにする。

この1230系だが、実は近鉄の車両の中で運用範囲が一番広い。
大阪線・名古屋線の快速急行・急行から普通、ワンマンで志摩線ローカル、奈良・京都・橿原線所属車は快速急行・急行から普通、そして阪神電鉄にも乗り入れる。したがって、1230系は支線区を含め名古屋・賢島・京都・奈良・橿原神宮前・神戸三宮まで近畿東海2府4県にまたがって日々運用をこなしているわけだ。ある意味、特急車よりもすごいと言える。

1230系と同じ仕様スタイルの形式に1422系と6400系がある。
1422系は1230系と同じ標準軌全線仕様だが、制御装置のメーカーだけが異なるため(1230系は日立、1422系は三菱)、VVVF走行音は異なる。しかも1422系は大阪・名古屋線のみに所属している。
6400系は狭軌の南大阪・吉野線用に作られ、支線区の道明寺・御所・長野線でも運用されている。

さらに、L/Cバージョンとして5800系も作られ、これも大阪・名古屋・奈良各線区に所属している。奈良線区のものは阪神直通運用に優先的に使用され、京都・橿原線系統での運用時はロングシートのみで対応している。

また、1230系の4・6両編成バージョンとして1020系がある。これも同様に阪神直通対応編成も用意されている。

1230系は京都市営地下鉄烏丸線に乗り入れることはないが、相当する専用形式として3200系がある。3200系の顔立ちは他と異なり、烏丸線に合わせて車両長は19mと短いが、1230・1422・6400系シリーズの車体構造は3200系が元祖だ。3200系と6400系が1986年の同じ時期に登場し、橿原神宮前構内で記念撮影イベントも行われたことは、形式番号が綺麗に2倍という関係からしても、興味深い。3200系は、烏丸線直通運用のほか、京都・橿原・天理および奈良線大阪難波まで終日運用されている。

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1980年代後半~90年代近鉄アルミ通勤車スタイルの元祖となった3200系



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2006年11月訪問。
三田駅前ロータリーは立派に整備され、阪急百貨店も綺麗な建物になっていたようだ。
神姫バスの旧型2ステップ車も行先表示機はLEDに替えられていた。
写真は社(加東市)行きという、かなりの長距離路線のようだ。今も運行されている。
雨の日の夕刻に訪問したので、あまり詳しいことは覚えていない。

三田駅前には阪急バスも乗り入れており、かつては宝塚や有馬温泉までの路線もあったが、近年の相次ぐ本数削減・路線短縮により、今は下山口(西宮市)までの【17】系統が発着するのみだ。なお、これとは別に、三田駅北口から阪急田園バスの「東部」(宝塚市西谷地区)行きがある。

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伏見区の「西大手筋」バス停。
大手筋商店街西入口の前で賑わっている。商店街を真っ直ぐ東へ歩けば、京阪伏見桃山・近鉄桃山御陵前駅、御香宮へ。

「西大手筋」バス停には、京都市バス、京阪バスのほか、京都京阪バス【25】(イオンモール久御山経由近鉄大久保行き)も発着している。写真は元・高槻市営バスだった京都京阪バス8344号。京阪バスは醍醐バスTN行き【6】号と京阪淀駅・竹田駅西口行きの【24A】号が発着。かつては、ここから樟葉駅への【52】号が来ていた。

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「倶楽部2600」さまの最近の記事
http://blogs.yahoo.co.jp/keihan2600club/37563283.html
で、過去にあった2600系の暫定8両編成の記録がまとめられている。1985~2002年ごろまで、2600系の暫定8両編成を時々見かけることもあったが、さすが変幻自在の編成を組める2600系だけのことはあって、その編成はバラエティに富んでいて、実現する機会も意外に多かったことがわかる。

そこで一つ驚いたのは、なんと試作冷房車の2621Fも暫定8連を組んでいたという記録。
どんな編成かといえば、それは

2633-2943-2743-2953+2621-2921-2721-2821(1990年10月)

で、なんと30番台京都方4連ユニットとペアを組んでいたわけだ。

試作冷房車の2621・22Fは、2621F全竣工前のごく一時期を除いて専ら4連口のみで運用されていたのかと思っていたが、暫定的に8連を組んだことがあったとは、全然知らなかった。

残り少なくなった2600系0番台は現在7連×3本がほぼ固定編成のような形で使用されているが、もともと4~8連まで(30番台も含めて)思いも寄らぬ珍編成が現われることもしばしばだった。その記録は枚挙に暇がないほど膨大だろう。一番の珍記録は、1900系1925Fの中間T1950号の代わりに2807を組み込んだ編成だろう。

2600系暫定8連は、1990年代末は30番台7連に半端車T2905(運転台簡易撤去跡あり)を挿入するという、比較的単純なものとなるが、2905号が早々廃車された後、2002年初夏には4連口を2本つないだ8連が出現したと記憶している。

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京阪10000系の単色(ターゴイズグリーン)時代の姿。
もともと、老朽化した1900・2600系を置き換える目的で、交野・宇治線のワンマン運転を視野に作られため、徹底的にコストダウンを図られたとはいえ、この単色での登場にはさすがに違和感を覚えた。JR西日本和歌山支社の「オーシャンカラー」に近い感じの色だが、この独特なカラーもわずか8年余りで新カラーに塗り替えられた。
今では、第1編成が余剰となった7200・9000系中間車を組み込んで7連化され、さらに第2編成も同様に7連化が予想されている。



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これまで環状線103系に関する記事をいくつかエントリーしましたが、323系営業運転がいよいよ押し迫っている中、103系の記録をとどめた1枚の写真をアップしました。2008年撮影のLA2編成(Tc806-838)です。

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