2016年12月

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2016年8月に訪問しました。
バリアフリー化のため、のりばは変わりましたが、阪急・近鉄・京阪3社のバスが賑やかに行き交う光景は変わっていません。

JR茨木駅前の商業施設を何とかして欲しいですね。イズミヤがあるが、建物の老朽化が目立つのが気になります(南へ歩いてイオンモール茨木はあるが)。


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京都駅から嵐山・嵯峨野を結ぶバスは複数あるが、道路渋滞に巻き込まれやすいため、JR嵯峨野線を利用するほうが圧倒的に早い。来春のJRダイヤ改正では、京都-嵯峨嵐山間の列車を毎時1本増発する予定だ。

京都駅と嵐山を結ぶ市バスに【28】系統がある。
運行経路は、

京都駅~(堀川通)~四条堀川~四条大宮~西大路四条(阪急・嵐電西院駅)~日新電機前~松尾橋~松尾大社前~阪急嵐山駅前~(渡月橋)~嵐山~嵯峨小学校前~大覚寺

であり、四条通を西へ直進し、桂川を渡って西京区の松尾地区・阪急嵐山を経て、もう一度桂川を渡り(渡月橋)嵯峨野を目指す。洛西営業所(近鉄バス委託、以前は阪急バス委託だったが、2014年以降全路線を近鉄バスに委託)が担当している。2014年までは松尾橋以遠は均一運賃区間外だったが、嵐山地区が均一区間内に加わったことにより、全区間均一運賃(230円)に変更、青系統番号となった。

京都駅から嵐山までバスに乗ると、行楽シーズンには渋滞のため3時間ほどかかるとか言われているようだ。特に本年秋の紅葉シーズンの頃、嵐山は身動きが取れないほど人・人・人でいっぱいだったと言う。JRに乗れば15分程度で行けるところなのに(かつては単線非電化だったため列車本数が少なく、バスのほうが便利だったが)。

嵐山へは京都バスも烏丸通・丸太町通経由で運行されているが、市バス【28】系統は、京都駅・四条大宮・西院から日新電機など四条通沿いにある工場への通勤利用なども多い。

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2002年12月某日、たぶん「スルットKANSAI 3Dayチケット」を使って、南海の小さな支線、高師浜支線(羽衣-高師浜間)に乗ってみた。南海羽衣駅の東側にはJR阪和線の東羽衣支線(鳳-東羽衣間)が乗り入れている。面白いことに、競合関係にある南海線・JR阪和線とその支線群で形成される路線網との間には、奇しくも相似の関係が見られる。それはすなわち、

南海線 vs 阪和線
高師浜支線 vs 東羽衣支線
空港線 vs 関西空港線
和歌山港線 vs 和歌山市内線(紀勢本線和歌山-和歌山市間)

なる平行関係があるということ。しかも、上記JRの支線全てが南海に接続しているばかりか、さらに平行関係にある南海の支線(例:鳳→東羽衣/羽衣→高師浜)にも接続しているのだ。

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10数年ほど前の枚方市駅南口での写真を引っ張り出してみました。
【61】星ヶ丘病院行きのバス(W-1982)が停車中ですが、本年3月より「星ヶ丘医療センター」に名称が変わったので、この方向幕も過去のものとなってしまいました。もちろん、右側の近鉄百貨店の建物もなくなって、T-SITEに変わっています。



京阪バス車両(廃車済含む)の登録ナンバーで語呂合わせをしてみた。

一番、印象的なのは、

B-3460 大阪22あ4989 K-RC301P (枚方、廃車済)

「四苦八苦」と、

N-3915 大阪200か2525 PDG-KV234N2(枚方)

「ニコニコ」だ。

B-3460は、モノコック車最終納入車(1984年)で、なおかつ路線・観光兼用車にふさわしく、観光用車と同じ窓で、座席は暖色系と、豪華至れり尽くせりの車両だった。B-3460と兄弟のB-3461も枚方に配置されたが、B-3461はのちに寝屋川に転属し、【16】・枚方市駅~寝屋川市駅系統などの運用に入っていた。

一方、N-3915は2008年式のブルーリボンII・ノンステップ車であり、これと同じスタイルの車両が枚方をはじめ男山・高槻・香里団地・交野・京田辺・山科・大津の広範囲に配置され、2007~2015年までの京阪バス車両の標準スタイルを確立したモデルだ。

ほかに、面白い語呂合わせを挙げると、

A-3438 大阪22あ4545 K-RC301(寝屋川→香里団地、廃車)   (読者の推察に任せます)
N-3995 大阪200か2951 PDG-KV234N2(交野)           「福来い」
N-3848 大阪200か1616 KL-HU2PMEE改(枚方、CNG車、廃車) 「いろいろ」
A-3688 大阪22あ6741 U-HT2MMAA(枚方、廃車)          「空しい」



このほど、「枚方つーしん」さまのブログ記事に、昭和36年の枚方公園駅前の古写真がアップされました。
記事は、
http://www.hira2.jp/photo/hirakatakouen-20161226.html
です。

私個人的に、一番下の1985年の写真が気になりました。
バックに京阪バス(後面)が映っているのですが、ナンバープレートと社番は、

大阪22あ 5006
社番 A-3470

と解読できることから、モノコックの日野K-RC301最終増備車(1984年式)と判定できます。
「京阪バス情報局」さまの「車両台帳」で確認できるので、興味のある方はぜひ調べてみてください。

A-3470は香里団地営業所生え抜きでしたが、確か日野モノコック最終納入車という意味で記念すべき車両と言えます。その直後に、さっそくスケルトンの中型車が納車され、冷房化の遅れていた【43】号・星田線系統(交野営業所)などに充当されるようになったと記憶しています。

なお、バスコレ第12弾のモデルとなった京阪K-RC301は、交野所属のA-3465(大阪22あ5001)で、A-3470と同時納車されたものです。



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阪神尼崎にて山陽5000系と近鉄5800系との顔合わせシーンです。
阪神尼崎は大和西大寺とともに、いろんな関西私鉄車両の出会いバラエティが楽しめるスポットですね。
私個人的には、阪神尼崎では近鉄・非「シリーズ21」と阪神青胴車旧塗装との顔合わせを押さられたら面白いと思っています。

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阪急5100系5132Fです(2010年 梅田にて)。
たぶん、これは能勢電に譲渡された可能性が高そうです。

神宝線用の車両は京都線用に比べて幅が狭いですね。京都線用の車両は3300系以降、確か地下鉄堺筋線に合わせて広幅となったため、神宝線に乗り入れることは不可能です。逆に神宝線用(能勢電も含む)の車両が京都線に乗り入れることは可能で、正雀工場への入場、および試運転で京都線を走行することは日常茶飯事。近年では、神戸・宝塚方面から嵐山への臨時直通列車が毎年行楽シーズンに運転されます。

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大阪環状線・阪和線の103系の動きに注目が集まっているが、関西ではすっかり影の薄くなった113系のことも思い出していただければと思って、今まで撮った113系の写真を探してみた。意外にも近畿圏での113系の写真は少ないんだなぁ・・・。できるだけ原型に近い姿をということで、山陰本線豊岡で撮った湘南色の写真をアップする。ワンマン2連口に改造された5300番台だが、山陰本線京都口(嵯峨野線)に乗り入れていたため、福知山支社オリジナルではなく、国鉄時代からお馴染みの原色・湘南色を装った。

福知山電車区に223系5500番台が投入されて8年経過した今も、113系が抹茶色(→「青ガエル」)1本だけ残っているようだ。


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久しぶりに近鉄の珍しい車両についてレポートを書く。
今回は680系について書いてみることにした。

680系は旧・奈良電鉄(→近鉄京都線)のデハボ1200・1350形などを引き継いだもので、京都線特急専用車に改造された車両である。1964年の東海道新幹線開通を機に、近鉄自慢の名阪ノンストップ特急は低迷。代わりに新幹線から奈良大和路・伊勢志摩への観光客を誘致するため、大阪万博(1970)を起爆剤に近鉄(有料)特急ネットワークを急ピッチで構築することになり、京都・橿原線においても有料特急の運行を開始する。しかし、京都・橿原線向け特急専用車両に新車を投入する時間的余裕がなかったようで、奈良電継承の既存車両を改造して680系とする。680系は1973年まで京都・橿原線特急の主力を担う(その後、主に京都・橿原線用として大型車18000系などを新造)。車体カラーも他の特急車と同じカラーリングだった。その前後で、京都-賢島間の特急が運行も始まり、大型車の大阪・名古屋線用特急車と共通化され、小型車の680系は特急車の座を追われることになる。

その後、680系は主に志摩線ローカルでのんびり過ごす。昭和の頃の近鉄のローカル線といえば、非冷房・吊り掛け車が多かったというイメージがあるが、680系は古めかしい姿をしているが、元・特急車ゆえ転換クロスシート&冷房付きの、普通列車としては豪華破格のサービスで、伊勢志摩を訪れる観光客にも喜ばれたことだろう。実は、小学校の修学旅行で伊勢・鳥羽を訪れたとき、この680系に興味をそそられたことを記憶している。

ただ、老朽化がかなり進んでいたことなどから、数年後の1987年に早くも廃車される。その後、志摩線も普通列車は4ドア通勤車(20m車)で統一される。


※上の写真はWikipediaより拝借しました。


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京阪バス門真営業所に納車された新エルガ・N-6259に出会い、スマホで何とか押さえることができました。
行先表示機が見づらくなってしまいましたが、上の写真の方向案内青標識から、【5】号経路・試験場線の運用に入っていることがわかるかと思います。



9000系9004Fの7連化営業運転開始、および6000系全編成8連復活の裏側で、2200系2380形付随車5両全て除籍、および9003Fの7連化改造開始などの動きがあります。

2380形は、1985年の8連運転開始に合わせて増備されました。1959年登場のスーパーカー2000系から脈々と続く卵型通勤車(2000、2200、2400、2600系)の最終増備車が、この2380形(2381~2385)でした。2年前の1983年に次世代の京阪通勤車スタイルを確立する6000系が登場したにもかかわらず、あえて一昔前の車体構造の車両が追加製造されたのは、当初の8連運転の対象が朝夕の樟葉急行のみであり、これに最新形式6000系を充てれば、樟葉以北京都側への運用が不可能となってもったいないためだと言われています。2000系シリーズの編成単位での最終増備車は1981年製造の2600系30番台ですが、その後に追加された2380形は2600系30番台をベースにしたものです。7200・9000系の7連化と同時に、2600系30番台に2380形を挿入して8連化されるのでは、との見方も有力でしたが、今年11月末に全て除籍となりました。

このほか、八幡市駅1番ホーム(京都行き副本線)の使用が停止になったようです。淀駅高架化完成後、八幡市駅での緩急接続・通過待避のチャンスは減ってしまい、既に4番ホーム(大阪側副本線)は撤去ののち、バリアフリー化改造されました。昔は翌朝の樟葉始発電車の夜間停泊のほか、大晦日終夜運転の「待合室電車」とか、正月特別ダイヤなど、地味ながらいろいろ有効活用されていましたが・・・。



1996年3月、東京からの帰りに「青春18きっぷ」で、大阪(天王寺)までやや遠回りの旅に出た。
乗車経路は、確か

上野→小山(東北本線)
小山→前橋(両毛線)
前橋→長野(信越本線)
長野→松本(篠ノ井線)
松本→中津川(中央本線)
中津川→名古屋(中央本線・快速)
名古屋→亀山(関西本線)
亀山→加茂(関西本線)
加茂→天王寺(関西本線・区間快速)
天王寺→京橋(大阪環状線内回り)

だったと記憶している。

長野(北陸)新幹線開業を翌年に控えて廃止された碓氷峠(横川-軽井沢間)を列車で通ったわけだが、実はこれ一度のみだった(もっとも、ここを訪れた一番の目的は、「乗りつぶし」だった)。残念なことに、確か碓氷峠辺りでは車内で爆睡していたかと思う。「峠の釜めし」で有名な横川といい、非常にもったいないことをしてしまった。長野新幹線開通後、信越本線の軽井沢-篠ノ井間は「しなの鉄道」に転換される。その後、北陸新幹線開通と同時に長野-直江津間もしなの鉄道・えちごときめき鉄道に転換され(北陸本線金沢以東も同様)、長野から北陸方面へJR在来線のみで移動するのは困難となった。

一番の目当ては、中央西線木曽ローカル(松本-中津川間)の165系だった。国鉄急行色で最後のがんばりを見せ、1990年代後半ごろ、時々大阪から無理矢理日帰りで松本への旅に出ることがあった。山深い木曽路の景色が何よりだった。一度、中津川駅で釜飯の駅弁を買ったこともあるが、中津川の駅弁販売はなくなったようだ。ちなみに中津川といえば「栗きんとん」でも有名だ。

名古屋からは関西本線に乗る。東海道本線米原経由のほうが早くて便利だが、やはり少し変わった経路を取りたいこともあって、確実に座れる関西本線を選んだ。


とあることから、兵庫県北部の但馬地方の郵便番号について興味深いことを知った。

兵庫県内の郵便番号は、上3桁が

650台 神戸市・芦屋市、淡路島
660台 阪神
670台 姫路・播磨地域

と大別できるが、日本海側の但馬地方は、姫路ナンバーの地域にもかかわらず、意外にも大半の市町村が南東部の阪神と同じ660台(667、668、669)なのだ。例外は、播但線沿線の朝来市の旧生野町・朝来町。

ついでに丹波地方も調べてみたら、篠山市・丹波市も669であり、三田市などと同じだ。

660台は大阪市に隣接する尼崎の地域区分局を表しており、尼崎市を拠点にJR福知山線および山陰本線に沿った地域全体をカバーしていることになる。但馬地方から県都・神戸市への交通はとにかく不便であり(むしろ大阪市や京都市へ行くほうがまだ便利)、それをカバーする目的も兼ねて播但線経由の特急「はまかぜ」(キハ189系)が現在も運行中である。また、浜坂・新温泉町方面から神戸三宮への長距離バス(全但バス)も1日数本運行されている。

なお、JR福知山線は終点・福知山駅だけ京都府であるが、福知山市の位置が大阪・京都よりもかなり西へ寄ってるだけに兵庫県と思われやすい。大阪・尼崎方面から但馬へは、JR福知山線経由だと福知山付近で一旦京都府に踏み入れるも、山陰本線を西へ進んで再び兵庫県に入る経路をたどることになる。

ちなみに、衆議院小選挙区の兵庫5区について、但馬・丹波地域全体に加えて、大阪のベッドタウンである三田市・猪名川町まで広範囲に及ぶことに、違和感や不満を持つ住民も多いだろう。せいぜい三田市・猪名川町・篠山市・丹波市だけで一つの選挙区を作り、但馬地域は独立した一つの選挙区にするのが自然だろう。あるいは、尼崎・伊丹・川西・猪名川の4市町は大阪府に編入するほうが、より合理的だと思われる(実際、市外局番は大阪府扱いなので)。



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名神ハイウェイで知られる名阪近鉄バス。
名古屋市に本社を持ち、ハイウェイバスとともに、岐阜県大垣市を拠点として一般路線バスも運行している。

大垣といえば、東京からの「ムーンライトながら」(旧・大垣夜行)でお馴染みだろう。青春18シーズンになると、「大垣ダッシュ」という言葉もあるように、凄まじい乗り継ぎダッシュの光景が終日見られる。JR東海の管内であり、駅西側に大垣車両区もあるが、本年3月まで、網干・姫路方面からの電車(JR西日本223・225系)も2往復だけ乗り入れていた。特に下り「ムーンライト」は網干行きに接続するダイヤ体系ゆえ、東海道・山陽筋の青春18での移動において人気の乗り継ぎプランだったが(JR東日本185系とJR西日本223・225系とのツーショットの実現する唯一のスポット)、米原以東への直通は全廃された。

大垣駅には養老鉄道(桑名-大垣-揖斐間)も発着している。もともと近鉄養老線であり、近鉄電車は岐阜県にも路線を有していた。名阪近鉄バスは、大垣自動車に始まり(1930年創立)、現在の養老線が大阪電気軌道・参宮急行電鉄(→現在の近鉄)の子会社下に入ると同時に、大垣自動車は近鉄グループの傘下となる。その後、幾度かの合併を経て、名古屋近鉄バス→日本高速自動車→名阪近鉄高速バス→名阪近鉄バス(1994年)と社名の変遷をたどる。

さて、名阪近鉄バスの一般路線において、一時期京阪バスの中古車が大量に移籍したことがある。
まず、1991年には1980~81年式の日野K-RC301が移籍してきた。80~81年式のRC301は、前面窓の大きさが標準タイプで、枚方・寝屋川・門真営業所に多く分布していた記憶がある。なぜか前側にクーラーユニットを積んだ異端車も3台ほど転入してきた(このタイプは全部枚方営業所所属だった、名阪近鉄のほか関東鉄道にも移籍した)。

モノコックのRC301は1997年までに引退し、第二弾として1987年式ブルーリボンP-HT235(逆T字大型窓)が加わった。2004年ごろまで活躍していたようだが、その後京阪バスからの移籍車はない。


※本記事の写真は全ていただきものです。


京阪バス初の「早バス」・【1A】号経路<長尾口→JR高槻>について簡単レポートを書いてみる。

早朝4:35に長尾口を出発し、出屋敷・田ノ口・枚方市駅北口を経由し、阪急・JR高槻まで行く。
枚方市駅で初発の京阪電車(準急・淀屋橋行き5:08発、普通・出町柳行き5:11発)に接続、およびJR高槻から山陽新幹線「みずほ」号・新大阪6:00発鹿児島中央行きに間に合うように設定されている。初発の遅いJR学研都市線(片町線)沿線住民には重宝されていることだろう。

運賃は「深夜バス」と同じ倍額で、長尾口~阪急・JR高槻間では3区運賃560円である。辻子から先、高槻市営バスの運賃区界に入るため、整理券番号は3~4まで発行される。

枚方営業所の担当だが、JR高槻で【1A】・枚方市駅行きとして折り返し、枚方市駅到着後は回送車となるようだ。

高槻から長尾へ直通するバスはないが、枚方市駅からの深夜バス【19】・長尾口行きが高槻からの【1A】との接続を図って運行されている。


「早バス」新設が望まれるところは、他に

香里団地→枚方市駅→阪急・JR高槻
津田駅→京阪交野市駅→京阪香里園(香里園の初発電車に接続)

などが考えられるだろう。



交野営業所のN-6257・6258に続き、門真営業所にN-6259が配備された模様です。
門真営業所には久しぶりに大型車の新車が配置されたことになります。
代替はブルーリボンシティ幕車W-3818でしょう。

そうなると、寝屋川の幕エアロスターの動きも気になります。
寝屋川営業所には果たして新型エルガ・ブルーリボンは配置されるのでしょうか??


先のダイヤ改正で、寝屋川市駅~大日(守口)間のバスは、主に

【1】【1A】【6】号経路(仁和寺、大久保経由)
【4】号経路(市立総合センター前、仁和寺、金田経由)

の2経路で固められている。

しかし、本数は少ないが、もう一つ忘れてはならないユニークな系統がある。
それは、【5】号経路(摂南大学、点野、仁和寺、金田経由)であり、

寝屋川市駅~寝屋川車庫~摂南大学~(R1寝屋川バイパス)~点野団地~仁和寺団地~仁和寺~(旧1号線)~大日駅

という、やや遠回りの経路を取る。寝屋川市駅~総合センター東口および仁和寺~大日駅間は【4】号経路と同じだが、摂南大学、点野、仁和寺団地口を迂回するところが大きく異なる。概ね60分間隔で運転されており、早朝と夕方以降の時間帯は、【5】の代わりに

【3】寝屋川市駅~京阪守口市駅(摂南大学、R1寝屋川バイパス、八雲経由)
【10】寝屋川市駅~仁和寺(摂南大学、点野、仁和寺団地経由)

が運行される。

実は、ダイヤ改正の翌日、大日駅から【5】号経路に乗ってみた。途中、仁和寺~点野付近まで眠ってしまい、目が覚めたら摂南大学まで来ていた。ここから先は、寝屋川茨木線【11】【12】号経路などと同じ走行ルートだ。




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香里団地営業所に在籍したことのあるエアロミディ小型車(S-1067)についての記事
http://katanogawara.blog.jp/archives/10561437.html
を書いたばかりだが、山科営業所生え抜きのS-1068の写真もあったので、こちらもアップする。
2012年11月に撮影、大阪地区では既に見られなくなった車両だった。大阪地区に比べてノンステップ(ワンステップ)車の投入が遅れていた山科営業所管内だが、ブルーリボンIIおよびエルガの新車が一気に増え出した頃だった。2015年には山科営業所は教習車を除き幕車が全廃となる。

山科営業所にはエアロミディ小型車と同時に、京阪バスではレアな日産ディーゼルの小型車(S-5003)も配置された。

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1996年12月、「青春18きっぷ」で関東・南東北へ2泊3日の旅に出た。
水郡線全線を乗り通す(上菅谷-常陸太田間の支線は未乗車)。
途中の常陸大子駅では、キハ110系のほかキハ40も休んでいた。
現在、キハ110系に代わりキハE130系が水郡線で活躍している。

郡山駅で途中下車し、市街地のパチンコ店で豚汁を振舞っていたのを思い出した。
郡山からは磐越東線~(いわき)~常磐線経由で都内へ戻ったと記憶している。
いわきからの常磐線は415系電車で113系とスタイルは全く同じ、車窓から太平洋を眺め、はるか遠くの米大陸へ思いを寄せながら、ひたすら考え事をする。


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京阪「ミュージアムトレイン」展示コーナーの写真より。
交野線はまだ単線で、小型車500形(3連)などがのんびり行き来していた頃です。
駅前周辺の団地(府営松塚住宅ほか)も建設中ですね。
その後、駅前には京阪デパート(→京阪・ザ・ストア)および京阪スポーツセンター郡津がオープンするが、いずれも過去のものとなってしまいました。

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9004Fの7連化と引き換えに6000系が全て8連に戻されたようだ。

2003年9月のダイヤ大改正以来、特急の枚方市・樟葉停車と京阪間直通準急(萱島以東各駅停車)の終日運転が実施されたため、一般車の8両編成は余剰気味となり、6000系の一部編成(6001~04F)7連化が度々行われてきた。6000系を含めた一般車8連たちは、中之島線開通後の快速急行や区間急行、その後昼間の樟葉急行などで有効活用されてきた。しかし、本年3月改正で快速急行以下の優等列車8連は大幅に減らされ、昼間時間帯は中之島~萱島・枚方市普通の運用に入るのみとなっている。

今回、昼間の準急で使用する車両をVVVF以降の新しいものに極力取り替えるべく、7202および9004Fが7連化され、余剰気味の一般車8連はほぼ6000系のみ(ほかに9003・9005Fもある)で固められたことになる。7202・9004Fの浮いた中間車は10002Fの7連化に使用すると予想される。

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京阪バス香里団地営業所の幕車がブルーリボンシティW-3813の1台だけになったようだ。
W-3813の引退も時間の問題だ。

さて、香里団地に一時的に配置されたことのあるエアロミディ小型車(S-1067)の写真をアップする(2007年2月ごろ)。

東中振線【い】・山之上線【ろ】専用車の不足を補充する目的で、確か門真営業所から転属してきた。方向幕も山科営業所と同じ青地のものが使われていた。
このエアロミディ小型車(KC代)は1998~99年、山科・大津・門真・交野営業所に少数だけ配置された(S-1061~1069の合計9台)が、のちに寝屋川・枚方、そして香里団地営業所にも転属し、大阪府下各営業所(高槻を除く)に拡散していた時期がある。大阪地区で最後にこのタイプの車両を見かけたのは、2010年の星田駅だったように記憶している。



奈良県唯一のピーコックストア、北生駒店が去年8月に閉店したようだ。

ピーコックストアは元は「大丸ピーコック」であり、1960年枚方・香里団地に1号店(香里ヶ丘店)がオープン。以降、プチ高級路線で関西と首都圏を中心に店舗網を拡大してきたが、近年各地で撤退が相次ぐ。枚方市内においても、かつては中宮などに店舗があったが、香里ヶ丘店以外は全て過去入り。大丸と松坂屋がJ・フロントに統合したあとも、しばらくはJ・フロントの傘下だったが、2013年突然イオングループに取り込まれることに決まり、大丸とは決別。その後も「ピーコック」という名前は残るが、「大丸ピーコック」ではなくなり、今年関西の店舗はイオン系列の高級スーパー・光洋に統合される(今後、「ピーコック」という名前は消えてゆくそうだ)。

ピーコックストア北生駒店は、「ならやま大通り」に沿ったところ、奈良交通「真弓二丁目」バス停すぐのところにある(近くに北大和営業所もある)。「ならやま大通り」は枚方・交野から奈良市内および木津川市・南山城方面への快適な抜け道としての利用価値もあり、この道を走行してピーコックストアに立ち寄ることもあった。しかし、周辺にはオークワなどの進出が相次ぎ、また近鉄けいはんな線の延伸開業による交通環境の変化もあって、ピーコックストアは苦戦気味だったようだ。

閉店後、建物は取り壊されるようだ。跡地がどうなるのか気になる。


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京阪では8両編成の一般車には正面の窓に「8」マークステッカーが貼付されている。
現在、6000系および9000系の一部が8両編成である(過去には2200・7200系もあり、時折2600系も8両を組成していた)。
しかし、特急車8000系は全て8両編成に統一されているので、「8」マークは表示されない。

現在、プレミアムカー改造工事中のため、8000系の一部編成が7両編成に減車して運用されている。そのため、8両編成と区別する必要が生じ、8000系にも「8」ステッカーが貼付されている。


最新の情報によると、京阪9000系9004Fが7連化され、試運転していたとのことです。
明日から9004Fの営業運転に復帰するでしょう。
これにより、9000系は9001・9002・9004Fの3本が7連化されたことになり、残りの9003・9005Fの動向にも注目です。


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東梅田~梅田新道に寄る機会があったので、運行休止(事実上の廃止)予定の近鉄バス停留所の写真を撮ってきました。今週末から土曜日1便のみとなり、来年3月末で運行休止の予定です。


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本日、京橋にて普通|萱島の10001Fに出会ったので、7連化された様子を撮影してみました。
10001Fが7連化され本線の運用に入っている事実は既知であって今更感もあるが、ナマの実車を見たら、やはり何か違うと感じてしまうものですね。
編成全体の綺麗な写真は撮れなかったが、7200・9000系から編入された中間車のクーラーユニットや扉窓の形などの違いはわかるかと思います。

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谷川駅に停車中のキハ40。
電化された今も、西脇市-谷川間は1日数本の列車しか来ない閑散路線となっている。
それにもかかわらず、「大阪近郊区間」の範囲に含まれており、大回り乗車の通り道としての利用価値はあろう(笑)

もともと加古川線が電化されたのは、阪神大震災など非常時の東海道・山陽の迂回路線を確保するためだった。実際、阪神大震災の時、東海道・山陽本線は寸断され、福知山線・加古川線・播但線は迂回経路として賑わっていた。加古川線ではJR西日本管内ばかりか、はるばるJR東日本の秋田からも気動車(キハ58系)を借りて特別輸送をしていたようだ。また、関西~九州間の寝台特急(ブルートレイン)は福知山~山陰~播但線を迂回していた。福知山線を走行するブルートレインは、かつて陰陽連絡幹線として賑わっていた頃を彷彿とさせる光景だったことだろう。せっかくなので、山陰本線をひたすら走行してもよかったのでは・・・。


初めてイオンモール四條畷でちょっと買い物してみた。
イオンモール四條畷をパッと見た感じ、賑わいがあり、食料品・衣料品などの品揃え、および専門店やレストランも充実しているという印象だ。

最近思うのだが、近くのイズミヤも平和堂(アルプラザ)も、衣料品売り場ははっきりいってしょぼい。下着さえも今一つデザインが野暮ったくてあまり買う気になれない。そこで、イオン(旧・ジャスコ)ならなかなかいいものが置いてあるのでは、と期待を込めて、イオンモール四條畷まで行ってみた。

これからも機会を見つけて、時々イオンモール四條畷へ足を運んでみたいと思った。
地方に行けばイオンモールやユニクロばかりの画一的な風景ばかりとなっており地域活性化の観点で気になるが、イオンの営業力や商品を侮ってはならない。また、普段着を買うならユニクロでほぼ何でも揃う。

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国鉄時代の信楽駅です。
1985年夏、家族のレクリエーションに連れて行ってもらい、信楽にて1泊2日。
帰りは廃止が取り沙汰されている国鉄信楽線に乗ることになりました。
幸い廃止は免れ、第三セクターの信楽高原鉄道として1987年よりスタートすることになりました。
その後も、事故や台風被害などで何度か廃線の危機に追いやられるが、沿線住民の熱い思いに支えられ、復旧にこぎつけました。

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一昔前の阪急バスの写真が出てきたのでアップしてみました。
JR茨木に停車中の【92】阪急石橋行き(2006年撮影)です。
たぶん西工96MC(三菱エアロスター)だと思います。
1980年代半ば~90年代前半の阪急バスといえば、西工58MCふそう(or いすゞ)。1996年以降は58MCをマイナーチェンジした96MCですが、スタイルは大きく変わっていません。
阪急バスでは早くから逆T字大型窓を採用し、先進的でした。なんと、モノコック西工53MC(1982年~)から既に大型窓を採用しており、この路線バス用逆T字大型窓はアルナの特許だという噂もあるようです。

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近鉄青山町駅前に停車中の三重交通(2006年8月訪問)。
富士重5Eか6Eのいすゞです。幕車というのが懐かしく感じます。
三重交通はかつて富士重ボディを架装した車両も多かったが、富士重のバス製造は中止になり、富士重ボディも残り少なくなりましたね。



JR初期の頃の阪和線・きのくに線の動画を見つけました。
205系1000番台はデビューしたばかりで、113系(阪和色)6連、一つ目玉103系、そして101系クハからの改造車(クハ103-2500番台)、そして和歌山線の113系赤帯もあり、国鉄時代の面影がまだ色濃く残っていた頃です。あの頃の阪和線はとにかく103系尽くしでしたね。阪和線103系の引退がカウントダウンを迎える今、当時の阪和線を思い出すのはいかがでしょうか?


阪急グループの食料品スーパー・「阪急オアシス」。阪急ブランドだけあって少し高級感があり、出店地域は意外に広範囲だ。

大阪府北部および兵庫県阪神間の阪急沿線はもとより、大阪市内においても、阪急沿線の北部はもちろん、天王寺・阿倍野・住吉区など南部まで満遍なく店舗網をカバーしている。市内南部の上町台地は寺社仏閣が多く閑静な文教地区であり、帝塚山などの高級住宅地もある。大阪郊外では、淀川左岸の京阪沿線までを守備範囲としており、枚方市内でも出口に店舗がある(さすがに東大阪市以南の中・南河内や泉州地域までには及んでいない)。

さらに、京都府や滋賀県にも出店している。京都市内では阪急京都線に近い右京区・中京区を中心に、左京・伏見・山科区にも各1店舗ずつ存在する。そして滋賀県には草津市(JR草津駅前)に1店舗がある。

イズミヤが阪急阪神百貨店グループ(H2O)の傘下に置かれ、また関西スーパーもH2Oと業務提携することになり、阪急オアシスの今後がどうなるのか気になる。


久しぶりに寝屋川東部・星田地区のバス路線について一つレポートを書く。

今回は、【45B】号経路・<寝屋川団地~星田駅・コモンシティ星田>。
運行経路は、

寝屋川団地~ビバモール寝屋川~寝屋神社前~星田駅~南旭町~星の森~コモンシティ星田

であり、「ビバモール寝屋川」を経由することから系統番号に「B」が付いている。2011年5月のビバモール寝屋川オープンに合わせて新設されたものだが、2006年8月に設定された

【45】寝屋川市駅~寝屋~寝屋川団地~寝屋~星田駅~コモンシティ星田

を運行区間短縮および経路変更したものだ。旧・【45】号経路は、

【21】寝屋川市駅~寝屋川団地
【40】寝屋川団地~星田駅
【51】星田駅~コモンシティ星田

の3系統を一まとめにしたものであるが、ビバモール付近の渋滞などを鑑みて寝屋川市駅乗り入れが廃止されたものと思われる。現行の【45B】号も、当初は大型車(ブルーリボンII)で運用されることもあったが、利用客があまり多くないのか、最近は中型車のみで運用されている模様だ。

私個人的には、【45B】の寝屋川市駅直通(ただし寝屋川団地は経由せず)を復活させる代わりに、【21】をビバモール寝屋川経由にしたほうが、わかりやすいダイヤになるだろうと思っている。合わせて【24B】号・<京阪香里園~ビバモール~寝屋川市駅>を見直し、京阪香里園~三井団地~ビバモール~星田駅系統に変更する。



香川県のコトデンバスに移籍した京阪宇治交通の三菱ブルドック(K-MP118N)。

1998年、高松市内で見かけた記憶がある。後の窓と方向幕の部分が特徴的(京阪バスも同様)で、後の扉が折戸であることから、これは京阪宇治交通から移籍したものと判別できた。
宇治交に在籍していたブルドックは、長尺(MP118N)と標準尺(MP118M)があり、長尺は男山営業所の単区間車(くずは・男山地区均一運賃専用)として使用されていた。宇治交ブルドックはコトデンバスのほか、長野県の川中島バスにも移籍した。コトデンに移籍した分は確か2003年ごろまで現役だったような・・・。

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(「バスフォトコレクション」さまより画像拝借)


ちなみに、同じ香川県内の琴参バスには京阪バスの三菱MP-117(呉羽車体)が移籍してきたようだ。琴参バスは確か近鉄資本のつながりが強く、日野車というイメージが強いが、なぜか京阪中古の三菱ふそうが転入。






和歌山県田辺市・白浜町を営業エリアとする明光バス。

明光バスは近鉄グループであり、最近は近鉄バス中古車が移籍してそのままの塗装で使用される例が多いが、少し昔の1990年代は京阪バスの中古車が多く転入していた。

京阪バスからの移籍車は1990~92年ごろ、モノコックの日野K-RE121およびK-RC301が大量に移籍してきた。1980年代の香里団地・交野営業所の主力で思い出深い車両だった。1996年に「青春18きっぷ」で紀伊半島一周したとき、紀伊田辺で途中下車して明光バスを見ると、「あれ、これどっかで見たことある車両やんか」と思わず目を疑ったら・・・。その後、スケルトンのP-HT235BAおよび観光兼用Bタイプ(メトロ窓)も加わる。モノコックのRCは1999年までに引退した模様。京阪中古車も残り少なくなった2007年ごろより、本家の近鉄バスから中古車が転入するようになる。

残念ながら明光バスの写真は持ち合わせていないので、よそ様のページより画像を拝借する。

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K-RC301 フロントの視野拡大窓&セーフティウィンドウが京阪中古車の特徴
これより少し古い標準窓のものも移籍していた


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P-HT235BA逆T字窓
このあたりの車両まで京阪バスから転入していた


ここ2年ほど、明光バスの路線大幅縮小の動きが続いているのは気になる。
地方ばかりか都市近郊のバス事業者でも運転手不足で路線縮小・減便を余儀なくされている。
京阪バスがこのところ不祥事続きなのも心配だ。


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阪急1300系トップナンバー編成1300Fです。
折りしも対岸の京阪では13000系が増備中で、ライバル関係にあるものの、阪急京都線ももとは京阪電鉄(新京阪)であって、親戚関係ですね。

京阪および阪急京都線の車両は、どうも「13」と深い縁がありそうです。

京阪は終戦直後に登場した1300系があるが、これは京阪神急行電鉄時代に作られたものであり、阪急京都線用の確か710系との類似点も多かったようです。京阪の架線電圧1500V昇圧時(1983年)に1300系は廃車、前後して同じ13の倍数である2600系がデビューします。2600系は卵形車体のスーパーカー2000系を昇圧に対応して改造して作られました。そして、最近では老朽化の進む2600系の置き換え用に13000系が少しずつ増備されています。

阪急京都線のほうでも、1代目1300系がありました。1代目1300系は冷房化改造を受け、晩年は嵐山線で活躍していました。阪急の車両形式は、神宝線のx000系をベースに、京都線用には300を加えたx300系と付与されることになっています。京都線用の車両は神宝線用に比べて車体幅が広くなっているため、神宝線での運用は不可能となっています。ちなみに2300系(廃車)は、世代的に京阪2600系(旧・2000系)に相当します。


関西私鉄は大半が新幹線と同じレール幅=軌間(1435mm)である。日本の新幹線と同じレール幅は「標準軌」と呼ばれる。その理由は、世界で最も普及している軌間であるから。逆に、日本の国鉄・JR在来線は「狭軌」と呼ばれ、軌間は1067mmだ。

さて、同じ関西でも、大阪南部(大和川以南)の泉州・南河内地域、奈良県南部および和歌山県を通る鉄道は、私鉄も含め、狭軌の路線が大半だ。私鉄は南海と近鉄などがあるが、南海電鉄は全線狭軌、近鉄も大阪阿部野橋を拠点として南大阪・長野・吉野線など旧・大阪鉄道系の路線が通っているが、奈良・大阪・名古屋線とはちがって狭軌だ。南海と直通する泉北高速やローカル私鉄の水間鉄道も同じだ。和歌山県に至っては、私鉄も全て狭軌鉄道だ。

しかし、例外ももちろんある。
路面電車の阪堺電鉄は標準軌だ。阪堺電車はかつて南海電鉄の路線だったが、同じ路面電車の南海平野線廃止(地下鉄谷町線の八尾南延伸に代わられる)と同時に阪堺電鉄に分社化された。したがって、昔は南海電鉄も標準軌路線を有していたことになる。
中百舌鳥まで乗り入れる大阪市営地下鉄御堂筋線も標準軌だ。ただし、御堂筋線は架線方式ではなく、第三軌条である。御堂筋線と泉北高速との乗り入れ構想もあるが、軌間および電気方式が異なるので、実現可能性は薄いだろう。

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阪堺電車は標準軌


ちなみに、関西の政治風土もキタとミナミではかなり異なる。京都・滋賀および阪急・阪神・京阪沿線の「キタ」ではリベラル(共産、社民、民主)系が強いのに対し、大和川以南および奈良・和歌山の近畿南部は全体的に保守系が強い。もっとも、近年の橋下徹・大阪維新台頭で、大阪・兵庫ではリベラル系が維新に食われ、共産党の苦戦が目立つのは気になる(保守的風土の強い地方の小さい選挙では、意外に共産党がトップ当選することも珍しくないが・・・)。



大阪への進出攻勢をじわじわ強める北近畿の総合スーパー、さとう(本社・福知山市)。
このほど、大阪府3店舗目が高槻市辻子にオープンした。

http://www.sato-kyoto.com/dnt2/_sato//access/files/7/1480839888_open_takatsuki_1130.pdf

大阪府下の2店舗はともに枚方市だったので、今回高槻市に開店したのは少し意外でもあった。
もともと、亀岡市に隣接している高槻・茨木・能勢から出店するものだと思っていたんだが、枚方市から始まるとは意外だった。京都縦貫道~第二京阪で枚方と北近畿が高速道で結ばれるようになったためだと思われる。今後は大阪府北部へ少しずつ店舗網を広げていくことが予想される。



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大阪府河内長野市と和歌山県橋本市の府県境にある紀見峠。
南海高野線および国道371号はトンネルで突き抜けるが、峠越えの旧道(高野街道)も残っており、和歌山県側には橋本市コミュニティバスが通っている。なお、R371の新トンネルが工事中である。

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京阪バス寝屋川営業所管内のダイヤ改正に関する記事で盛り上がっていたが、久しぶりにくずは・男山地区の路線についてレポートする。さっそく、山手線【16】号経路について書いてみる。

樟葉駅から松井山手方面へは【31】【67D】号経路が主幹系統扱いとなっているが、かつては【16】号経路(および派生の【16A】~【16C】)のほうが多かった。この【16】号経路の運行経路が少し面白く、

樟葉駅~中央センター~大芝~水柏~金右衛門口~美濃山口~松井~大住~大住ヶ丘北~大住ヶ丘~虚空蔵谷(ごくぞうだに)~松井山手駅

で、松井山手駅へは【31】【67D】よりも遠回りの経路となっている。松井山手駅から【16】号経路くずは行きに乗車するとき、【31】【67D】とのりばが異なるので注意(全く方向のちがう新田辺行きと同じのりばなので、乗り間違いが起こりやすい)。松井山手からきんめい台・本郷を回って(【67D】号と同じ経路で)樟葉駅へ戻る循環【16B】、および逆回りの【16C】もあるので、ややこしい。なお、【16A】は樟葉駅~松井山手間の運転だが、【16】とは異なって本郷経由なので(すなわち【67D】の区間系統)、これまた注意が必要だ。

運行ダイヤは昼間時間帯は2時間に1本の運転であり、朝と夕方など一部の時間帯では循環【16B】【16C】も運転される。対キロ区間運賃にまたがるため、整理券番号はどんどん膨れ上がり、循環系統では終点・樟葉駅までに券番号20を超える(車内の運賃表示機でその様子を観察してみるのも面白い)。

主に男山営業所の担当だが、一部の便は京田辺営業所も担当している。



守口と吹田を結ぶ京阪バス【9A】号経路。

京阪守口市駅から豊里大橋を渡って国道479号・内環状線を道なりに進んでJR吹田駅前に至る。途中、地下鉄今里筋線だいどう豊里駅、阪急上新庄駅などを通る。枚方高槻・茨木線や寝屋川茨木線と同様、淀川対岸の都市間連絡路線だが、本数はあまり多くなく、昨日12月3日ダイヤ改正で毎時1本に減便されたばかりだ(改正前は40分間隔)。

その【9A】号経路だが、昨日のダイヤ改正では、昼間時間帯だけ八雲経由大日駅まで延長された。路線の延長自体は前向きと捉えられるが、寝屋川守口線【1】【4】号経路が大日駅以北の運行に変更、大日~守口市駅・土居方面のバスの本数は全体的に減便されており、あまり明るいニュースとは言えない。大日駅~JR吹田間を通しての運賃は3区280円であり、大阪市営バスおよび阪急バスとの競合区間を通るため、大日からJR吹田駅までに発行される整理券番号はかなり大きいだろう。

しかし、寝屋川茨木線は利用客が着実に増えて増便を重ねているのに対して、吹田~守口系統の本数が少ないのは気になる。地下鉄今里筋線が通っているにもかかわらず、競合する大阪市営バスは本数が多く、需要は小さくないはずだが、京阪守口市駅前の集客力が落ちていることを示しているようだ。京阪百貨店がオープンして31年経ったが、大日駅前にイオンが開業して以降、京阪百貨店の客足は伸び悩んでいるようだ。ただ、吹田・上新庄から大日駅までの需要が大きいとは思えない。大日駅への需要が伸びるとすれば、モノレールの東大阪延伸の頃だろうか。


京都市バス【81】系統は伏見区内の生命線と位置づけられる幹線系統だ。

運行経路は、

京都駅~塩小路高倉~京都駅八条口アバンティ前~大石橋~勧進橋~竹田久保町~竹田駅東口~竹田城南宮道~西墨染通~西丹波橋~西大手筋~中書島~京阪中書島・伏見港公園~横大路車庫

で、大石橋(地下鉄九条駅)~西墨染通間は国道24号を走行、旧・京都市電伏見線の後継路線となっている。西墨染通~西大手筋間は一方通行の狭隘な道路を走行するため、横大路行きと京都駅行きでは経路が異なる。案内表示上は均一運賃区間系統(青系統)だが、中書島~横大路車庫間は区間外である(実際には整理券は発行していないようで、単区間車が使われることも多い)。一部の便は京阪中書島・伏見港公園で折り返す。横大路営業所(阪急バス委託)が担当している。

市電伏見線の流れも継ぎ、中書島・大手筋方面から京都駅へ乗り換え無しで直行するため、利用状況は堅調なほうだと言える。ただし、地下鉄烏丸線竹田延伸以降、利用客は以前よりも減少しているようだ。近年になって竹田駅東口を経由するようになり、地下鉄との乗り継ぎの便宜を図っている。京都駅から龍谷大学深草キャンパス(竹田久保町下車)へも、この【81】系統は便利だ(【南5】系統が一番便利だが、伏見稲荷大社への観光客急増で混雑しやすいようなので、【81】系統が無難かも)。

運行ダイヤは平日15分間隔、土・休日は20分間隔となっている。以前はもっと多かったような記憶がある。

ちなみに、市電伏見線の終点・中書島は、京阪中書島駅北側に隣接する一面ホームだった。廃止後はバスのりばとして活用されるが、場所が狭いため、折り返しは奥のターンテーブルで方向転換していた。現在、この場所は自転車置き場となっている。


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