2017年04月


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和歌山バスの富士重7E(日デ)の写真があったのでアップしてみました。

何気に和歌山県では富士重を購入するバス事業者が多かったようです。
和歌山バスのほか、熊野交通や三重交通でも富士重を導入していました。



1989年夏、「青春18きっぷ」で少し無理して徳島までの日帰り旅行に出た。
私が初めて四国に踏み入れたのもこのときで、瀬戸大橋開通から1年経過したばかり。
第一の目的は、高徳線と徳島線を完乗すること。

乗車行程は、

大阪→姫路→岡山→高松→徳島→阿波池田→琴平→坂出→岡山→姫路→大阪

だが、実は四国内の一部区間にて特急列車でワープする。

確か早朝6時ごろだったかな、大阪発網干行き快速電車に乗った。
姫路までおよそ1時間30分、岡山行きの電車にすぐの接続だった。
姫路での乗り換えダッシュのとき、災難に遭う。
人にぶつかってホームで転倒する。
幸い腕のケガ程度で済み、何とか岡山行きに乗り込む。
ただ、夏場で半袖を着ているゆえ、腕の傷が目立ち、傷が露出したままの無様な格好で旅を続けることになる。
それはともかく、無事に乗り継ぎできたのだから良しとする。
しかし、このハードスケジュールゆえに起こったアクシデントであり、もう少し余裕のあるプランを練るほうがよいだろうと反省。何しろ岡山行きの列車編成が短いので、そのことを考慮に入れて行動すべきだった(熱海・大垣・敦賀での乗り継ぎも同様)。

岡山から「マリンライナー」で瀬戸大橋を渡って、初めての四国入りにワクワク。
瀬戸大橋および明石・鳴門海峡大橋の開通で、関西から四国への日帰り旅行も容易になった。
讃岐うどんのブームが全国に広まったのも、本州・四国連絡橋の恩恵だろう。

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高松からの高徳線(旧・高徳本線)だが、香川・徳島県境付近(三本松-阿波川端あたり)で特急ワープを使う。
高松・徳島間の距離は70kmほどでさほど遠いわけではないが、県境を跨いで直通する普通列車は多くなく、途中で特急を待避するため所要時間はかなりかかる。
池谷で鳴門線、佐古で徳島線と合流し、徳島に到着。

徳島県の鉄道は電化率ゼロだ。
もともと四国内の国鉄線は全て非電化だった。JR化後、四国内の電化区間は瀬戸内海側の予讃線を中心に愛媛県まで拡大する。愛媛県には伊予鉄道もある。高知県もJR線は非電化だが路面電車の土佐電鉄がある。
しかし、徳島県に至っては地方私鉄もなく、非電化のJR線および第三セクター線のみで県内鉄道ネットワークを構築しているわけだ。

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徳島で駅弁を購入。
確か幕の内弁当を買ったと思うが、徳島の幕の内といえば、大きいエビフライがご飯の部分にまではみ出してデーンと目立つことで有名だろう。

徳島県の特産品には、すだち、半田そうめん、鳴門金時いも、阿波和三盆(砂糖菓子)などがある。

徳島線はキハ58・65の快速だったかと思う。
徳島線は吉野川に沿って四国山地に分け入り、土讃線の阿波池田に至る(正式には一つ手前の佃まで)。
国鉄時代は「徳島本線」が正式名称だった(JR発足後、四国内の本線は全て「本線」でなくなる)。
徳島市の南東、小松島港に和歌山からの南海フェリーが発着していて、徳島線と合わせて関西から四国各地の一つの主要ルートを形成、かつて徳島線経由高知方面の優等列車が盛んに設定されていた(小松島港線は廃止)。しかし、瀬戸大橋や明石・鳴門海峡大橋の開通と高速道路延伸の影響で、徳島線経由の優等列車は大幅に減らされ、事実上県内ローカル線となる。一時期は急行「よしの川」1往復のみとなるが、現在徳島線内のみのミニ特急「剣山」が6往復設定され、優等列車の本数そのものは盛り返している。

阿波池田からの土讃線上りでは、琴平まで再び特急ワープを使う。
香川・徳島県境付近にあたり、やはり普通列車の本数は少ない。
しかも急峻な峠を通るため、スイッチバックがあり(坪尻駅)、鉄道ファンの一つの見所だ。
視界が開け、讃岐平野に入ったあたり、琴平からは高松近郊の電化区間だ。
土讃線を走る電車は琴平折り返しの普通列車のみだが、最近東京からの寝台電車・サンライズ瀬戸(285系)が臨時で琴平まで乗り入れる日もある。

坂出から先、行きと同じルートで本州へ戻る。
できれば、違う経路で帰りたいところで、例えば高松や徳島から高速バスで鳴門海峡を渡って神戸・大阪方面へ抜けるのは、瀬戸大橋を回り岡山で乗り継ぐよりもはるかに早いだろう。
あるいは徳島からフェリーで和歌山へ抜けるのも所要時間はかかるが楽しそうだ。


大阪と飛騨高山を東海道本線・高山本線で結んでいた気動車急行「たかやま」。

いわば「大阪ひだ」の前身であり、現在はJR東海のキハ85系で運転されています。
東海道本線米原を越える定期列車は、去年まで「大阪しなの」や姫路方面~大垣直通の普通電車もあったが、現在「サンライズ出雲・瀬戸」とこの「ひだ」の2往復のみです。

さて、急行「たかやま」ですが、もちろんキハ58系で運転。
1987年の国鉄分割民営化以降もJR西日本・JR東海両エリアを跨いで運転される数少ない列車でした。
高山本線の特急「ひだ」および急行「のりくら」は1989~90年に新型キハ85系に全て置き換えられて「ひだ」に一本化、以降大阪からの「たかやま」が高山本線唯一の急行列車となります。

さすがに85系「ひだ」に比べて見劣りは隠せず、1991年に専用の編成を用意してリニュアル工事を受け、独自の車体カラーに改めるとともに車内は普通車も含めてリクライニング座席、優等列車として恥ずかしくない接客設備となります。観光利用が多いこともあってグリーン車(キロ28)も連結され、往年の気動車急行のラインナップをとどめます。

1996年の山陰本線京都口「丹後」廃止後、キロ連結の急行列車はこの「たかやま」と津山・因美線の「砂丘」(→「つやま」)のみに。「たかやま」もリニュアルを受けたとはいえ、さすがに老朽化は隠せず、1999年12月には特急「ひだ」に代替されました。

私も実は、急行「たかやま」に何度か乗車したことがあります。
ただし、全区間乗り通したというわけではなく、大阪行きで石山→京都間のみの短距離利用でした。

担当乗務員もJR東海の高山運輸区(車両はJR西日本京都総合車両所所属)で、いつも乗る電車(113・221・223系ほか)と違うヨソユキな雰囲気を感じました。古いDMH17H型気動車ということもあって加速が悪く、隣の内側線を併走する普通(→高槻から快速)・新快速電車に追い抜かれそうになったりで、これで急行料金を払うのはもちろん馬鹿馬鹿しいと言えるが、旅行気分を満喫する分には急行料金(520円~)は高くないと思う人もいたかもしれませんね。しかし、何よりも普通・新快速電車とはちがって、自由席も含めほぼ確実に座れるのは魅力でした(それだけ通常の利用客は多くないということだが)。

琵琶湖線(米原-京都間)を走る気動車急行といえば、「たかやま」のほか、1986年以前は草津線に入る「志摩」や「平安」もありましたが、確か石山には停車しなかったはず。

急行「たかやま」は、関西から飛騨路への観光客はもちろん、新幹線では不便な大阪・京都方面~大垣・岐阜間のビジネスや用務にも重宝されていたそうです。「大阪しなの」も廃止された今、「大阪ひだ」が関西と大垣・岐阜方面を結ぶ唯一の列車となりましたが、これもいつ廃止されるかわかりません。

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2012年11月のある日のこと。
京阪交野線・郡津駅前からのバスは普段ないが、この日は京阪バス枚方営業所の小型車が乗り入れていました。
確か、村野浄水場へのシャトルバスだったかと思います。


近鉄では、去年春より特急列車と奈良・京都・橿原・天理線系統一般列車で車内自動放送が開始した。
特急もしくはワンマン列車ならともかく、行先・種別・停車駅が多岐に渡る全ての一般列車というのは、放送ソフトの本数も膨大になるだろう、しかも最大4ヶ国語対応(基本的には日本語・英語)で、果たして実際どんなものになるやら気になるところだった(→タブレット端末を使用)。

今年一月、久しぶりに丹波橋から近鉄に乗ったとき、初めて自動放送を聞いて、見事というより他はなかった。

そして、先週末の21日から、大阪・名古屋・南大阪線系統でも自動放送が始まった。
加えて、京都市交10系も近鉄線内で近鉄の自動放送が採用されたという。
阪神車のほうは対象外とのことだが・・・。

 





近鉄の車内自動放送について、以下の記事に詳しいことがレポートされている。
https://vm-aim952s08u.sova.bz/2016/04/24/kt-english3/


一般国道の指定区間(主に近畿圏)を例えば次のように変更したらどうか、と思っています。

【308号】
(現行)大阪市(心斎橋)~東大阪市~暗峠~奈良市
(変更)大阪市(心斎橋)~東大阪市~暗峠~奈良市~<奈良・京都府道44号>~加茂町~和束町~信楽町中野~<307号重複>~信楽IC~<滋賀県道53号>~湖南市~<滋賀県道13号>~<477号重複>~<滋賀県道13号>~八日市市街~<滋賀県道52号>~<8号重複>~彦根市

【422号】
(現行)大津市~紀伊長島町→全区間指定解除

【368号】
(現行)伊賀市(上野市街地)~名張市~美杉村(津市)~飯南町~勢和多気
(変更)大津市~<旧422号>~信楽町~<旧422号>~伊賀市~名張市~美杉村~飯南町~勢和多気~<三重県道13号>~<三重県道37号>~伊勢市街地~伊勢IC

【173号】
(現行)池田市~川西市~能勢町~京丹波町~綾部市
(変更)大阪市西淀川区(歌島橋)~<大阪府道10号>~大阪空港~中国池田IC~池田市街地~川西市~能勢町~京丹波町~綾部市~<27号重複>~山家~<京都・福井県道1号>~若狭本郷~<27号重複>~小浜市

【426号】
(現行)福知山市~出石町~豊岡市
(変更)大阪市(本町)~<中央大通>~深江橋~<479号重複>~花博記念公園西口~<花博通>~門真JCT~<1号バイパス>~<油小路通>~<堀川通>~御薗橋~<京都府道38号>~鞍馬~<477号重複>~花背~<京都府道38号>~佐々里峠~<京都府道38号>~美山町~<京都府道12号>~和知(京丹波町)~<27号重複>~綾部市~<京都府道8号>~福知山市街地~<9号重複>~登尾TN~出石町~豊岡市

【427号】
(現行)明石市~<175号重複>~西脇市~青垣町~朝来市
(変更)神戸市長田区~<兵庫県道22号>~神戸西IC~<兵庫県道22号>~三木市街地~<兵庫県道22号>~<175号重複>~西脇市~青垣町~朝来市(山東町)~<9号重複>~<兵庫県道10号>~出石町~<426号重複>~<312号重複>~<兵庫県道3号>~城崎温泉~<兵庫県道11号>~竹野町~<兵庫県道11号>~香住町

【166号】
(現行)羽曳野市~大和高田市~桜井市~東吉野村~松阪市
(変更)堺市街地(26号と接続)~<大阪府道12号>~松原市~<大阪府道12号>~藤井寺市~<170号旧道と重複>~羽曳野市(古市)~大和高田市~桜井市~東吉野村~松阪市



久しぶりに京都市バス路線についてレポートをでっちあげる。

今回は【9】系統・<京都駅前~西賀茂車庫>について。

運行経路は、

京都駅前~下京区総合庁舎前~七条堀川~四条堀川~堀川御池~二条城前~堀川丸太町~堀川今出川~堀川鞍馬口~北大路堀川~上賀茂御薗橋~大宮田尻町~神光院前~西賀茂車庫

で、主に堀川通を南北に走行する。西賀茂営業所が担当。

【9】系統の沿線は、京都駅前周辺を除いて、とりわけ大きな観光名所や繁華街があるわけではなく(二条城、西陣織会館、上賀茂神社などの観光施設はあるが)、観光客で終日大混雑する【5】系統とか【206】系統などとは異なり、どちらかといえば西陣地域および洛北の郊外住宅地のための生活路線の意味合いが強い。ただ、利用状況は堅調のようで、平日・土曜・休日とも昼間は10分間隔の運行、JR京都線との連絡も考慮に入れてダイヤが組まれ、最終バスも比較的遅い。

地下鉄烏丸線開通(1981年)前は、同じ京都駅前~西賀茂車庫間を烏丸通経由で結ぶ【2】系統と連結運行されていた。さすが京都市の中心部・四条烏丸を通るため、【2】系統の利用状況は非常に良好だったようだ。烏丸線開通後、運行区間は大幅に短縮され、【北2】・<北大路バスターミナル~西賀茂車庫>となる。

堀川通は、南側は油小路通・第二京阪とそのままつながって松井山手・交野・寝屋川東部などを経て(京阪バス交野営業所前も通る)門真JCT、さらに西へ直進(花博通)すると鶴見緑地を経て、国道479号(大阪内環状線)との交差点に突き当たる。門真JCT~堀川五条間の第二京阪副道は国道1号線でもある。鶴見緑地から京都市北区の御薗橋まで一度も右左折せずにドライブが可能ということになる。堀川五条以北は京都府道38号線<京都広河原美山線>で、御薗橋から北山・丹波高地に入り込んで鞍馬、花背、広河原を経て佐々里峠まで左京区、峠より先は南丹市美山町、由良川に沿ってかやぶきの里に至る。花背付近ではかの有名な酷道477号線との重複区間でもある。



Twitterで拾った情報によると、京阪10000系第2編成もやはり7連化されているとのことです。
大方の予想通り、9000系9003・9004Fと7200系7202Fの7連化によって抜かれた中間車を挿入されています。
いよいよ出場→本線試運転が始まりそうですね。

※10002Fの写真を探してみたが、意外に撮ってなかったようです。



久しぶりに京阪バス香里団地営業所管内の路線を一つレポートする。

今回は東中振線【い】系統。

この路線系統は山之上線【ろ】系統とともに小型車(リエッセ)の専属で運用、系統番号も【い】【ろ】の「ひらがな」で全国的に珍しいものと思われる。

運行経路は、

京阪香里園~(府道21号)~光善寺駅~光善寺駅口~東中振~香里丘高校~香里ヶ丘八丁目

だが、香里ヶ丘八丁目付近付近の道路が狭いこともあって、小型車で限定運用されている。

設定時期2002年の新しい路線であり(山之上線【ろ】と同時に設定)、バス空白地帯の住宅地内を小まめに回って潜在的需要を新たに掘り起こす、いわば「コミュニティバス」の類と言えるが、寝屋川市内の「タウンくる」や四條畷市コミュニティなどとは異なり、運賃は1区230円で通常の一般路線としての扱いとなっている。

ただし、必要最小限の3台のみしか配置していないため、時折寝屋川営業所から「タウンくる」専用車が貸し出され、代走することがある。以前は枚方営業所から小型車(くずは・船橋循環系統用)が貸し出されることもあったが(【い】【ろ】の方向幕コマも用意されている)、最近は寝屋川から借り入れることが多いようだ。

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【い】【ろ】系統専用のリエッセ(F-3196)


運行ダイヤについて、設定当初は運行本数は昼間時間帯は毎時1本だったと記憶しているが、利用状況が堅調で増便の要望も強く、40分間隔に増発されている。できれば、覚えやすい30分間隔にしてほしいところ。そうなると、小型車1台の追加配備が必要になろう。

東中振線の今後についてだが、京阪本線寝屋川市-枚方市間連続高架化完成のときに大きな変化があるだろう。光善寺駅ロータリーが設置され、光善寺発着のバスが新設されるのではないか。

なお、香里ヶ丘八丁目から、平日朝の時間帯に、【13】号経路・京阪香里園行き(香里ヶ丘九丁目、末広町経由)が運行されている。こちらは通常の車両での運用だが、【い】系統と同様の事情により中型車のみに限定され、交野営業所が担当している。



国鉄1984年2月ダイヤ改正について
http://katanogawara.blog.jp/archives/11708229.html
で、抜け落ちていた点がいくつかあったので、追記します。



今回は1984年2月ダイヤ改正について。
このダイヤ改正は前回1982年11月の東北・上越新幹線大宮暫定開業と、翌年1985年3月の上野開業を目玉とする大改正の谷間にあって、どちらかといえば比較的地味なダイヤ改正だった印象だ。近畿圏を中心に私が知っていることを思いつくまま列挙すると、

◎寝台特急「紀伊」(東京-紀伊勝浦間)廃止

◎東海道本線電車急行「比叡」(名古屋-大阪間)廃止

◎福知山線普通電車(大阪-宝塚間)103系(黄色)を6両→4両に短縮

◎福知山線の客車列車の一部で50系を使用

◎草津線朝1本の亀山発京都行き客車列車を柘植始発に短縮

◎紀勢本線の寝台普通列車「はやたま」(天王寺-亀山間)を天王寺-新宮間に短縮すると同時に、寝台車連結を廃止

◎寝台普通列車「ながさき」廃止

◎山陰本線客車長距離普通列車824列車(門司→福知山)を出雲市で系統分割

◎山陰本線西部の夜行「さんべ」を臨時列車化

◎芸備線~木次線経由の急行「ちどり」(キハ58系)のグリーン車連結廃止

◎伊勢線(現・伊勢鉄道)の気動車普通列車(四日市-津間)を1両に

ぐらいだったか。

関西・紀勢本線を中心とする南近畿においては、寝台特急「紀伊」および紀勢本線を全通する「はやたま」が廃止され、3年後1987年の分割民営化(JR西日本とJR東海に二分)を意識した動きを見せたと言える。東海道本線「比叡」の廃止も同様だ。在来線の長距離輸送がどんどん減らされて行き、これが延いては日本の鉄道の衰退につながっているとも言えようか。「比叡」は朝の下り・大阪行きは、新幹線から離れている岐阜・大垣方面から京都への直通需要で利用状況は好調だったようだが、上り・名古屋行きは大阪発昼前という中途半端な時間帯のため、閑古鳥が鳴く状態だったらしい。

福知山線103系の編成短縮は、3年前1981年の宝塚電化にもかかわらず、思ったほど利用が伸びなかったためだと言われる。今でこそ並行する阪急からかなり客を移転させているが、沿線に深く根付いた阪急文化を切り崩すのは容易ではなかっただろう。103系電車と三田・福知山以遠方面への客車・気動車列車が共存していた。捻出されたモハユニットは、片町線(学研都市線)のほか、首都圏の常磐線に転用された。しかし、10年後の1994年、福知山線(宝塚線)103系は6両に復活、さらに1997年JR東西線開通後には7両に増強され、JR京都線高槻・京都までの直通も行われる。

京阪神緩行線(JR京都線・神戸線)への201系投入が続き、捻出された103系は片町線や関西本線(大和路線)(奈良-湊町間)に転用され、冷房化率アップに貢献する。この過程で両路線において青色の103系が見られ異彩を放っていた(その後も大和路線では阪和線とトレードでしばしば青色103系が姿を現したりする)。103系は1984年まで製造されたが、編成単位としては1981年福知山線電化用が事実上最後だった(その後、1983年に筑肥線・福岡地下鉄直通用の1500番台が登場するが、それは別として。1984年製造分については、赤羽線編成増強用の中間車のみ)。

寝台普通列車「はやたま」「ながさき」の廃止で、残りは「山陰」(京都-出雲市)だけとなる。これも翌年3月改正で廃止される。

急行「ちどり」は1980年10月に夜行便廃止、1984年改正でグリーン車が外され、さらに翌年の改正では1往復のみとなって凋落を極める。ただし、1985年改正では広島-三次間に「みよし」が新設される。

このほか南近畿では、およそ半年後の1984年10月、奈良線・和歌山線(五条-和歌山間)などが電化、105系(常磐線・千代田線直通用103系を改造)が投入される。奈良・桜井・和歌山線唯一の優等列車・急行「紀ノ川」、および和歌山線に1往復だけ残った客車列車(50系)は廃止される。

伊勢線は名古屋鉄道管理局管内だったが、普通列車用気動車は天鉄局管内亀山機関区が担当していた。伊勢線単行運転に合わせ、加古川のキハ30が亀山に転属し、片町線非電化区間(長尾-木津)などでも運用されるが、両運転台のキハ30は伊勢運転区に転属ののちJR東海に移管される。伊勢線は国鉄最後の直前に伊勢鉄道に転換された。


関西のバスで富士重ボディ採用率の高い地域は京都・滋賀、採用率の低いところは兵庫県と奈良県であり、特に兵庫県では西工ボディの採用率が高い一方、奈良県においては奈良交通のほぼ独壇場ゆえ西工はゼロで、しかも国鉄バスを除いて三菱車は皆無、という分布状況だった。

さて、大阪府についてはどうか?

まず、大阪市営バスで比較的多く富士重ボディを採用していた。
1970年代までは富士重(3E)+日野も購入していたが、南部の住吉・長原営業所で富士重+日産ディーゼルが多く、1990年代半ばの富士重7Eの世代まで続いた。末期にはなぜか北部の福島区方面で活躍していた。

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晩年は北部方面へ転じた大阪市営・富士重7E(U-UA440系)

一方、大阪市営バスでは他の公営と同様、西工車体も多く導入しており、爆音車で有名な日野RTにモノコック西工53MCを架装するといった特色ある車両も多かったようだ。西工架装の日産ディーゼルも納入していた。


大阪市営バスのほか、京阪バスでも1982年まで富士重3E架装の日野・三菱を導入していた。日野車については、冷房車導入以降のRE121系は香里団地・交野営業所、RC301系は枚方・門真営業所に分布していたものと記憶している。三菱車は、非冷房のMR470は枚方・門真営業所、冷房車のMP118は枚方営業所に集中配置されたほか、高槻にもMP117が1台ほど配置されていた。

1983年の5E以降は京阪バスでは導入されなかったが(京阪宇治交通からの編入を除く)、2000年に中型8E(日産ディーゼル)が寝屋川営業所(社番W-5003)に1台だけ配備された。晩年は男山に転属し、特定専用に従事していた。

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京阪バス寝屋川に1台だけ配置された富士重中型車W-5003


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京阪宇治交通から京阪バスに譲渡された富士重7E
もともとくずは・男山地区ではあまり馴染みのない車両だが
晩年は新田辺から【31】【67D】で樟葉駅に乗り入れることも多かった


このほか、貝塚市の水間鉄道でも富士重を納入していた。


先日、京阪バスの吹田八尾線【52】号経路についての記事を投稿した。
http://katanogawara.blog.jp/archives/15581227.html

吹田八尾線は国鉄・阪急・近鉄・京阪の4社で運行され、上の記事では主に京阪バスと阪急バスについてコメントしたが、ここでは近鉄バスの動き(主に1980年代以降)についてレポートを書く。

1984年に京阪・阪急は八戸ノ里駅前~国鉄八尾駅前間を廃止、八尾直通は近鉄バス単独となる。
一方、近鉄バスは吹田市への乗り入れが廃止、国鉄(JR)千里丘駅以南の運転となった。
1980年代初めまでは国鉄吹田のほか地下鉄守口発着便も存在した。

近鉄バスは東大阪・八尾市内のほか、茨木・摂津市にも路線を有しており、摂津市内の沿線に鳥飼営業所もあるが、吹田八尾線については八尾営業所が担当していたようだ。

1987年の国鉄→JR移行に合わせ、国鉄バス<国鉄吹田~松下厨房器前>は撤退、<JR吹田~門真市駅>(京阪・阪急)に代替された。

近鉄バスは1987年当時、【90】<JR千里丘~JR八尾駅前>と【96】<鴻池新田駅~JR八尾駅前>が運行されていた。しかし、1993年には阪急バスの門真市以南を休止、1996年12月に近鉄バスの運行が廃止される。京阪バス【52】号も1996年12月に吹田乗り入れから後退、JR千里丘発着に変更され、翌年1997年の大阪モノレール開業時には吹田八尾線の路線バスは跡形もなく完全に撤退する。

近鉄バスの吹田八尾線撤退により、鳥飼営業所管内(茨木・摂津・吹田市)と近鉄バスの他路線(東大阪・八尾市ほか)が分離されることになる。

また、布施駅からエキスポランドまでの直通バス(臨時)も運転されていたが、こちらもやはり廃止される。
なお、エキスポランドを改めエキスポシティへは、JR茨木から阪急バスと近鉄バスの共同運行で2015年に乗り入れが復活する。



京阪バス過去路線について一つレポートする。

今回は【22】号経路・<京阪淀~阪急桂駅前>

運行経路は、

京阪淀~横大路~(国道1号線)~東寺南門~七条大宮~(七条通)~桂大橋~阪急桂駅前

京都市南部の郊外どうし(伏見区~西京区)を結ぶ面白い路線系統で、同じ淀発着の【23】号経路などとは異なり、京都駅前は経由せずだった。桂駅前では現在の京阪京都交通と同じ東口からの発着だった。

淀桂線の設定当初は淀営業所(廃止)が担当していたものと思われ、その後洛南営業所の担当となるが、1985年12月以降枚方営業所に移管され、10年後の1995年12月に廃止される。他の淀・京都市南部地区路線と異なり、子会社の京阪シティバスに移管されることなく消滅。その後、京阪シティバスはグループ会社再編により2014年に廃止され、淀~大久保~宇治方面系統は京都京阪バス(旧・京阪宇治バス)に一本化、残り(淀~山崎・竹田・京都駅方面)は京阪バス直轄に復帰する。京阪バス移管後、京田辺営業所が担当することになるが、本年3月より男山営業所に持ち替わる。

この淀桂線系統は、京阪バスグループの歴史を語る上で何気に意味深いものがある。

淀桂線廃止後、京阪バス一般路線としては西京区・桂方面から撤退したことになる。
一方、桂・洛西・亀岡地域および福知山・舞鶴までの京都府中部をカバーする京都交通バスは経営悪化が進んで2004年に更正手続きを開始、園部以南の路線は京阪バスグループが運営することに決まり、2005年新会社「京阪京都交通」が発足する(北部の福知山・舞鶴方面は日本交通グループ傘下の「京都交通」として再スタート)。これにより、京阪京都交通の車両は京阪バスカラーへの統一が進み、桂駅前(東口)にも京阪バスカラーの車両が終日出入りするようになる。京阪バス淀桂線撤退後、10年ぶりに桂地区に京阪バスが事実上復活するようなものだった。

さらに言えば、この近隣地域では阪急バス(大山崎営業所、東向日出張所)もカバー、西京区の桂や洛西NTにも足を伸ばしているが(桂への乗り入れは撤退)、阪急京都線の歴史的経緯(新京阪)から、こちらも元は京阪バスだった。

実は、京阪バスと旧・京都交通は昔からいろんな関係がある。
京都交通の前身、丹波交通は確か京阪バス(京阪自動車)も出資していたようだし、京阪バス中古車が京都交通に移籍する例は昔から多く、現在も京阪バス色のまま京阪京都交通に移籍するのは日常茶飯事だ。また、淀桂線の通る七条通には京都駅~阪急桂駅前~亀岡方面の路線系統も通っており、まさかこの路線に京阪バス色の車両が現われるとは夢にも思わなかった。



枚方企業団地内にあるソフトクリームの日世工場が閉鎖されたとの記事を投稿するや、小学校時代の社会科見学の思い出を書き綴ってみたくなった。

小学校の校外学習といえば、毎年春・秋の遠足や林間学校(5年)、修学旅行(6年)のほか、適宜「社会科見学」などもある。「社会科見学」は、大きく

A)日常の時間割の1~数コマ分を割いて徒歩で近くの工場や田畑、商店などを見学する
B)丸一日分を割り当てて電車・バスで移動して弁当持参

のスタイルに分けられる。

A)については、社会科以外に理科の自然観察や図工の写生など、いわゆる野外学習というものがある(体育のマラソンも校外近辺を走るので一応校外学習と言えなくもない)。

B)については、遠足のようなもので、遠足と一まとめにする場合もあるし、遠足の前後に別途社会科見学を実施する場合もある。ただし、午前中もしくは午後のみ、給食は通常通り(弁当不要)ということもある。社会科見学と遠足との違いは、「おやつ」があるかないか、だったように思う。遠足のおやつは確か給食費の一部から出ているはず。

さて、私の小学校のときの社会科見学だが、まず2年のときには、牛乳工場、消防署、郵便局、駅などを見学に行ったと記憶している。本当は製パン工場に行くはずだったが、事情があって牛乳工場に変更になった。私個人的には甘~くておいしいパン工場のほうが楽しそうだったが。ただしYパン(一番近いところで宇治市に工場がある)は添加物まみれでまずく敬遠したほうがよさそうだ。そういえば、「パン屋」から「和菓子屋」に変えた教科書について、SNSなどで騒がれているが・・・。和菓子関係といえば、長尾家具町に製餡工場がある。
駅の見学は確か片町線の津田駅だったはず。津田駅への交通手段は貸切バスだったような(徒歩ではあまりに距離があるので)。

3年では、一学期に校区見学(徒歩)、二学期にはバスで枚方市内巡検だった。枚方市内巡検では、穂谷の畜産団地、王仁公園の農業研究所(→ここは確かなくなったかな)と昼食(弁当)、そして企業団地のダイコロ(アルバム製造)の順に回ったことは覚えている。

4年になると、いろんな校外学習があった。

まず、春には近くの田んぼで写生スケッチ。絵の具用の水は水筒に入れて持参するので、少し遠足気分が味わえた。

遠足の前にはバスで枚方市内巡検。穂谷川清掃工場、山田池公園(弁当)、村野浄水場の順に見学する。前回3年は地場の商工業・農業が主眼だったのに対し、今回は公共インフラが主役であり、前年に比べて楽しさはさほど感じなかったように記憶している。しかし、公共インフラは人間の生存権にかかわる重大な問題で、琵琶湖が汚染されたら、枚方市をはじめ、近畿全体の人々の生存にどれだけ深刻な影響を及ぼすのか、という非常に大事なことを学んだ。森友学園問題・共謀罪・北朝鮮問題の裏側で今国会で水道民営化法案(そして種子法廃止法案)をコソコソ通し、人間の生存権を外資に売り渡すというトンデモ愚行を許すわけにはいかない。

そして、秋の遠足は社会科見学を兼ねたものであり、今度は枚方市内から大阪府下全域に視野を広げて、堺泉北工業地帯、浜寺公園(弁当)、そして弁天町の交通科学博物館を見学。堺の産業といえば、重工業もさることながら、自転車や刃物も忘れてはならないだろう。




招提田近の枚方企業団地内にある日世の工場が閉鎖されたようです。

http://www.hira2.jp/close/nissei-20170406.html

日世といえばソフトクリームで有名。
くずはから家具団地方面へのバスの中から見たことがある、という方も多いでしょう。
私も何気なくあの辺りを通りがかることが多いが、ひらつーさんの記事で枚方工場が閉鎖されたことを知り、ショックでした。

枚方企業団地にある企業について身近に感じるものは、日世のほかには、ダイコロ(アルバム)やハツタ製作所(消火器メーカー)、ホソカワミクロン(粉体技術、化粧品、育毛剤)などがあります。小学校の社会科見学でダイコロを訪問したことがあります。

あと、少し離れた家具団地内には、和菓子でお馴染みの北條製餡所がありますね。

枚方市内にはこのほか、うどんの恩地食品(伊加賀緑町)、フジパン枚方工場(村野高見台)、文具・学習ノートでおなじみのアピカ枚方工場(春日北町)など、身近な生活に関わるものを作っている工場・事業所が思いのほか沢山あります。









奈良県内のバスといえば、奈良交通でほぼ独占状態だ。
かつては近鉄バスや国鉄バスなどもあったが、軒並み撤退。

奈良交通の独壇場ゆえ、奈良県のバス車両(一般路線に限定)分布状況は、非常に特殊だ。

1)三菱車ゼロ

2)富士重、西工架装の車両がゼロ

三菱車について、国鉄・JRバス(五条営業所)以外で購入した事業者は知らない。
奈良交通は近鉄グループゆえ、一般路線車は日野・いすゞで占められている。しかも車体は純正メーカーのみで、富士重や西工を採用しているものを見たことはない(例外的に国鉄バスでは富士重+三菱があったが)。撤退した近鉄バスも同様。

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奈良交通の一つの主力車種だったいすゞキュービック(2007年)

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短尺のブルーリボン(室生口大野、2006年)

なお、京阪バスが奈良県生駒市の府県境付近に少しだけ乗り入れている。田原線【18】号と四條畷市コミュニティバスが該当し、それぞれ交野・門真営業所が担当しているが、両方とも三菱エアロミディが運用に入ることが多い。かつては、京都奈良線で奈良市街地にも乗り入れ、晩年は山科営業所のエアロミディのみで運用されていた。

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奈良交通と京阪バスが並ぶ田原台一丁目(四條畷市、2002年)

過去には南海りんかんバス(旧・南海バス橋本営業所)が五條市(五條バスセンター)、熊野交通が新宮から十津川村まで乗り入れていた。南海グループのバスは三菱車もかなり導入しており、特に橋本営業所はほぼ三菱車のみだったため、五條市にも三菱車が乗り入れていた。

また、三重県との県境付近(奈良市月ヶ瀬村、山添村、御杖村など)には三重交通も乗り入れている。
三重交通は近鉄系列でありながら、いすゞ車のほうが多く、しかも富士重車体を架装した特色ある車両も多かった。名張市や伊賀市でもごく普通に富士重+いすゞを見かけた。



富士重工の車体を架装したバスは、どちらかといえば東日本に多く分布、西日本ではなぜか特定の県に集中していた。関西では、どちらかといえば西工のバスが多く、京都も例外ではない。

しかし、京都・滋賀地区は、実は何気に富士重のバスが多い。
該当するバス事業者は、

京都バス、京阪宇治交通(→京都京阪バス)、近江鉄道

で、近江鉄道に富士重が多いのは西武鉄道グループゆえのものだろう(昔は近江鉄道も西工を導入していたようだ)。

過去には京阪バスも富士重(日野、三菱)を導入していた。

もちろん、京都・滋賀の国鉄バス(京都京北線、園福線、近城線、亀草線など)も富士重+三菱ふそうが多かったし、西工の多い京都市バスも2000年ごろの一時期、富士重を少しだけ購入。

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京都バス 富士重7E(日産ディーゼル?)

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旧・京阪宇治交通→京阪バス田辺営業所 富士重7E

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近江鉄道 富士重6E


京阪宇治交通に富士重(日産ディーゼル)が本格的に導入されるようになったのは1979年以降(主に宇治営業所)で、それほど古くはない。それ以前も、非冷房車の富士重+三菱が少しだけ配備され、くずは・男山地区でも活躍していたと記憶している(該当する車両は社番166 京22か1400)。







本年4月1日より、富士重工はSUBARUに社名を変更した。

かつて、富士重工はバス車体を生産していたが、2002年より製造中止となり、西日本車体工業(西工)に一本化。富士重のバス車体には、日産ディーゼルのほか、いすゞ・三菱・日野、国内全てのシャーシが組まれていた。しかし、1998年より、日野・三菱への架装を中止し、撤退への動きを見せるようになる。

富士重と西工のバスは、地方により分布状況が偏っていた。
西工は系列の西鉄バスをはじめ、主に京都以西の西日本各地に分布していたが、2000年ごろより滋賀県や東日本、北海道でも購入する事業者が現われる。しかし、それも長く続かず、2010年に西工のバス製造からの撤退が決まる。

一方、富士重のバスは、県によってばらつきがある。
どちらかといえば、東日本が多いが、西日本でも滋賀・岡山・広島などでなぜか多く分布し、西工王国の九州においても富士重を購入する事業者があった。また、国鉄バスでも富士重が好まれ、特に近畿・中国・四国では富士重架装の三菱車が多かった(ちなみに、国鉄バスでは日野車体+いすゞも名物だった)。

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国鉄バスの富士重3E(三菱MP)

さて、問題の兵庫県だが、国鉄バスを除いて富士重を購入した事業者は知らない。
兵庫県では西工を採用した事業者が多い。
阪急バス、神姫バス、阪神電鉄バス、神戸市バス、尼崎・伊丹・明石・姫路市営バス、・・・。
特に阪急バスは関西最大級の西工王国であり、神姫バスも西工+三菱が多く、公営バス(神戸市を除いて廃止)もやはり西工が多かった。阪急バスが西工モノコック(53MC)でいち早く下段ワイド窓を採用したのも、やはり西工だからこそ可能だったのかもしれない。


3月18日男山・京田辺管内、および4月1日交野・門真営業所管内のダイヤ改正により、以下の車両配転情報が確認されています。

H-3208 京田辺→洛南
H-3244 京田辺→洛南
F-3032 京田辺→男山
W-1117? 京田辺→男山
W-3858 京田辺→枚方(大阪200か4234)
N-3873 交野→門真

京都南部線・淀長岡京線・淀山崎線の京田辺から男山への移管に合わせ、中型エアロミディW-1117と小型F-3032が男山、京都けいはんな線の洛南営業所移管により、トップドア車のブルーリボンII、H-3208・3244の2台が洛南に転属しました。また、京田辺管内の運用減により、W-3858が枚方営業所に復帰しています。

門真営業所に初めてブルーリボンIIノンステップ車が配置されました。門真には昨年、新エルガN-6259の1台だけ配置されました。今回、新設の【30A】寝屋川市駅~電通大四條畷キャンパス系統を担当することになったため、交野営業所から大型ノンステップ車N-3873が門真に転属しました。N-3873は香里団地→交野→門真の転属歴を持つことになります。

今年度も、幕車エアロスター・ブルーリボンシティ、および中型10.5m車などの動向には目が離せません。


今ふと気づいたが、片町線(学研都市線)と福知山線(JR宝塚線)、そしてJR東西線に関して、不思議なことに8年周期で大きなニュースになる習性があるようだ。

1981年(昭和56年)以降を振り返ると、

1981年4月 福知山線尼崎-宝塚間電化

1989年3月 片町線長尾-木津間電化

1997年3月 JR東西線(京橋-尼崎)開通、および片町線片町駅廃止

2005年4月 福知山線尼崎脱線事故


2005年の尼崎脱線事故は悲しい出来事だが、他3つについては、電化&新線開業といった前向きのニュースだ。

片町線と福知山線を地下で結ぶ片福連絡線は1970年代末ごろから計画され、これがJR東西線として完成する。

もともと、この新線は、福知山線の複線電化による利用客増加が見込まれ、宝塚・三田方面からの列車増発分を回して大阪都心部(北新地)と直結させることが目的だったとされる。すなわち、大阪-尼崎間は東海道本線の外側線を走行するが、福知山線の列車本数が増えてパンクすることが予想されたため、一部を片福連絡線に回すというもの。

ただ、北新地は大阪駅・梅田から少し離れていて場所はあまり良くなく、また快速電車はJR東西線内各駅停車で遅いということもあって、JR東西線の利用客は予想ほど伸びていない。福知山線の利用客としては北新地よりも大阪駅が好まれやすく(北新地以西は空いている)、片町線から梅田方面へ向かう場合も、東西線開通前と同様、京橋で環状線に乗り換える利用客も多い。

片町線は全線電化そしてJR東西線開通の数年後まではイケイケドンドンだったが、2005年の尼崎脱線事故で大きな転換点を迎えたようだ。その後、おおさか東線部分開通でJR東西線・東線経由の直通快速奈良行き運転開始(2008年)、および2010年に片町線全線で7両運転が実施されるものの、2011年の大阪駅ビル完成以降、片町線の列車本数削減の流れが続いている。現在、昼間時間帯を中心に片町線・JR東西線の(区間)快速電車は尼崎もしくは塚口で折り返すダイヤとなっている。



4月1日、京阪バス寝屋川東部・四條畷地区(交野・門真営業所管内)のダイヤ改正が実施されました。

https://www.keihanbus.jp/news/pdf/tQDQIxoBh1aJqbEq.pdf

主な変更点は、

◎【30A】号経路・<寝屋川市駅~イオンモール四條畷~電通大四條畷キャンパス>新設
(【30】号経路の一部を延伸)

◎【20】号経路・<イオンモール四條畷~忍ヶ丘駅口~四条畷駅>の大半の便を【19】号経路・<イオンモール四條畷~国道中野~四条畷駅>に変更

◎【直通】<電通大駅前キャンパス→電通大寝屋川キャンパス→電通大四條畷キャンパス>
【直通】<電通大四條畷キャンパス→電通大寝屋川キャンパス→寝屋川市駅>
を新設

◎【45B】<星田駅~寝屋川団地>および【51】<星田駅~コモンシティ星田>を大幅減便


従来【30】号経路は交野営業所が担当していましたが、今回延長新設された【30A】号は門真営業所の担当です。したがって、寝屋川市駅東口に門真営業所が初めて運用に入ることになります。ちなみに【30A】号経路にはエアロスターBタイプおよびエアロミディ長尺などが運用に入っています。今後、門真営業所に大型車が新たに増える可能性がありますね。

ビバモール寝屋川周辺の路線系統については、思い切った路線再編が望まれます。
寝屋川団地線【21】号経路を一部ビバモール経由、【45B】号<寝屋川団地~ビバモール寝屋川~星田駅方面>は寝屋川市駅発着の【45B】に変更し、なおかつ寝屋川団地には経由しない、【24B】号<香里園~ビバモール~寝屋川市駅>は<香里園~ビバモール~星田駅>に変更、など。

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