片町線で活躍していた101系および103系非冷房車の先頭方向幕についての興味。
片町線は大阪鉄道管理局管内で、電化区間の片町-長尾間は旧型国電の巣窟だったのが1977年より101系を投入、2年後の1979年より103系も加わりました。103系は当初高運転台車の新車のみだったが、1983年より非冷房車の101系を置き換えるため、東海道山陽線普通(緩行)用103系を転用。その中には一部非冷房車も含まれていました。
さて、101系および103系非冷房車で使用された方向幕ですが、天鉄局の方向幕と同様、
片町-長尾
片町-四条畷
のように運転区間を表示ものだったが、下に英文字が入っていたのが特徴でした(書体も天鉄局仕様とはかなり異なる)。当時、片町線の電車は桜島線・大阪環状線と共通運用を持ち、桜島線については、大阪環状線と同様、路線名「桜島線」だけを表示するものでした。「片町線」も字幕に入っていて、なぜか1986年11月ダイヤ改正前後よりこれが使われるようになりました。103系冷房車ではちゃんと行先を表示しているのに、101系だけが「片町線」では(側面幕がないので)行先がわからず不親切でしたね。
JR発足1周年を迎えた1988年ダイヤ改正では、103系と同様、「片町」「長尾」のように行先のみの表示に改められました。
片町線の101系は1989年の長尾-木津間電化直後まで残り(7両固定編成のため松井山手以西のみの運転)、桜島線へ転用ののち1991年に引退しました。