2017年12月


片町線で活躍していた101系および103系非冷房車の先頭方向幕についての興味。

片町線は大阪鉄道管理局管内で、電化区間の片町-長尾間は旧型国電の巣窟だったのが1977年より101系を投入、2年後の1979年より103系も加わりました。103系は当初高運転台車の新車のみだったが、1983年より非冷房車の101系を置き換えるため、東海道山陽線普通(緩行)用103系を転用。その中には一部非冷房車も含まれていました。

さて、101系および103系非冷房車で使用された方向幕ですが、天鉄局の方向幕と同様、

片町-長尾
片町-四条畷

のように運転区間を表示ものだったが、下に英文字が入っていたのが特徴でした(書体も天鉄局仕様とはかなり異なる)。当時、片町線の電車は桜島線・大阪環状線と共通運用を持ち、桜島線については、大阪環状線と同様、路線名「桜島線」だけを表示するものでした。「片町線」も字幕に入っていて、なぜか1986年11月ダイヤ改正前後よりこれが使われるようになりました。103系冷房車ではちゃんと行先を表示しているのに、101系だけが「片町線」では(側面幕がないので)行先がわからず不親切でしたね。

JR発足1周年を迎えた1988年ダイヤ改正では、103系と同様、「片町」「長尾」のように行先のみの表示に改められました。

片町線の101系は1989年の長尾-木津間電化直後まで残り(7両固定編成のため松井山手以西のみの運転)、桜島線へ転用ののち1991年に引退しました。


国鉄気動車キハ40系について、キハ47は両開き2ドア・デッキなし、キハ48は片開き・デッキ付きでレイアウトが大きく異なり、前者は主に温暖な西日本地区、後者は寒冷地の東北地方および高山本線向けとされていたのは周知の通り。

キハ47形とキハ48形は分布状況が大きく二分されますが、共存している路線も一部あります。近年だとJR西日本の山陰本線下関口や津山線、JR東海高山本線~太多線などが挙げられるが、国鉄時代については、以下の路線が挙げられます:

関西本線(名古屋-亀山)
小浜線・舞鶴線・山陰本線(敦賀-福知山)

まず、関西本線名古屋-亀山間については、1982年の電化直前の頃のこと。同区間の普通列車は気動車と客車が半々、かの有名な天王寺行きロングラン<はやたま>もその一員でした。気動車については、大半が天王寺鉄道管理局管内亀山機関区(天カメ)および奈良運転所(天ナラ)が担当、いずれもキハ35系が主力だったが、亀山区にはキハ40系も早くから配置、内キハ47形が4両含まれていました。美濃太田区(名ミオ)の気動車も名古屋-亀山間ローカルに加わり、1979年ごろよりキハ48形が入線していました。

小浜線については、敦賀機関区(金ツル)のキハ58系が主力でしたが、キハ48形も5両だけ配備。敦賀のキハ48は準寒冷地仕様の0番台と1000番台ですが、少数派にとどまりました(→JR西日本に継承)。小浜線の普通列車には、福知山運転所(福フチ)の急行<丹後>崩れやキハ47形も使用されていました。小浜線といえば金沢鉄道管理局管内ということもあって敦賀区キハ58系のイメージが強く、キハ47は地味な存在だったようです。しかし、それ以上に、キハ48が福知山駅まで乗り入れてたことについて意外に感じます。1986年11月以前の福知山区キハ47は山陰本線京都駅、福知山線で大阪駅、宮津線経由豊岡、そして小浜線で敦賀までと、かなり広範囲に活躍していました。

なお、小浜線には1984年ごろまで客車列車もあって、京都発敦賀行きというかなり長距離の列車も残っていました。



京阪沿線住民が近鉄の企画きっぷ(伊勢神宮初詣、週末フリーきっぷ、ほか)を購入するときについて、かねがね思っていたこと。

普段、近鉄電車に乗ることはないが、奈良大和路や伊勢志摩方面へ旅行したいので企画きっぷを購入したいとき。
しかし、利用前日までに購入しなければならないものも多い。きっぷを購入するために近鉄電車の駅へ出向くのは、京阪沿線からだと丹波橋・新田辺・生駒・大阪難波などへはさほど遠くはなく(新田辺・生駒などへはバスもしくは車で移動することになるが)、私も年末にバイクで生駒まで行って「京阪奈初詣きっぷ」を購入したことがあります。ただ、やはり往復の交通費負担は小さくはなく、近鉄の駅まで出向く時間もなかなか取れないときは困ります。

そんなとき、京阪電車の主要駅でも近鉄の企画きっぷが買えたら便利だと思います。
少なくとも、守口市・香里園・枚方市・樟葉での近鉄きっぷ販売を望みたいところです。

なお、京阪沿線から奈良・斑鳩・法隆寺方面の観光には、「奈良・斑鳩1Dayチケット」(京阪版)が便利です。



近鉄京都線のマイナーな列車種別である準急

近鉄の主要幹線である奈良線・大阪線・南大阪線・名古屋線では終日準急もしくは区間準急が運転されています。京都線においてもラッシュ時間帯のみ準急が運転されており、かつては京都-大和西大寺・奈良間を通す準急もあったが、運転本数は年々減らされ、京都-新田辺間のみの運転となっています。停車駅も元々、小倉以南の各駅停車だったが、向島にも停車するようになった結果、丹波橋以南各駅停車となっています(通過する駅は十条・上鳥羽口・伏見の3駅のみ)。運転本数も減らされ、従来夕方ラッシュ時は30分間隔の運転だったところ、2010年ダイヤ改正より60分間隔に半減されました。2000年代半ばまでの京都-竹田間連続立体化完成に合わせて上鳥羽口駅は待避可能な構造となり、一時期上鳥羽口で普通を追い抜かし優等列車としての面目を辛うじて保っていたが、現在は普通の追い抜きもなく、京都線における準急の存在意義が疑問視されているように見られます。

なお、夕方の新田辺行き準急のうち4両編成は新田辺から先、普通|大和西大寺行きに種別変更して運転されており、事実上の準急|大和西大寺行き見なすことができます。



京都と大阪ミナミ(なんば・天王寺)を直結する列車といえば、古くは近鉄の阪京特急(大和西大寺経由)や阪急京都線の堺筋急行などが思い浮かぶでしょう。国鉄でも、関西本線湊町電化前は奈良・桜井線経由京都~天王寺間の列車(キハ35系ほか)が運転されていました。

さて、現在はどうか。

JRでは京都駅から梅田貨物線経由阪和線方面への特急<くろしお>と関空特急<はるか>が運転。ただ、来年3月ダイヤ改正で京都直通<くろしお>は1往復のみになる予定です。天王寺から京都への直通列車は現在、特急料金の必要な列車ばかりですが、早朝のみ大和路線(関西本線)~奈良線経由京都行きの普通電車が3本あります(奈良線内は快速運転、平日ダイヤのみ)。ただし、これは時刻表で表記されているものであり、時刻表には記載されていなくても、奈良駅でそのまま行先がが変わるため事実上の直通列車というものもあるようです。

阪急京都線~地下鉄堺筋線経由の河原町直通列車は長年、朝夕の堺筋急行(→快速急行)のみでしたが、2011年より土曜・休日ダイヤのみ、天下茶屋~河原町間に終日準急が運転されるようになりました。この列車の狙いは、南海沿線や関空から京都への観光客を誘致するためだとされているが、準急はロングシート車で、なおかつ高槻市以東各駅停車となるため所要時間が1時間を超えるのは問題かもしれません。堺筋線に特急車9300系を乗り入れるのも難しいようですが、どうでしょうか?

なお、日本橋~四条烏丸間は、堺筋線~阪急京都線と近鉄奈良・京都線~地下鉄烏丸線の2つのルートが選択可能です。


久しぶりの京阪バス過去の路線系統レポート。

今回は交野営業所管内【19】号経路・<京阪香里園~藤が尾団地>について。

香里園から京阪交野市駅経由、交野市南部の藤が尾団地・妙見坂地区を結ぶ路線で、運行経路は、

京阪香里園~末広町~東香里~高田~逢合橋~京阪交野市駅~さくら丘住宅~天野が原~私市四丁目~藤が尾団地

香里園~交野市駅間は津田香里線【9】号経路の補完も兼ねており、大型車で運行されていましたが、1994年12月のダイヤ改正で交野市駅~南星台~星田駅系統(【17】号経路ほか)開通と引き換えに廃止。南星台地区は住宅密集地とはいえ、生駒山系中腹のかなり高いところにあり急坂・急カーブ・狭隘路が続くため、中・小型車での限定運用となっています。

1994年12月改正に合わせて京阪交野市駅ビル&バスロータリーが整備完了、現在に至ります。それ以前の京阪交野市駅前バスのりばは、駅から少し離れたところ(イズミヤ前交差点南東角)にあり、バス停の正式名称も「京阪交野」でした。

妙見坂・南星台界隈は某大手企業労組の影響力が強いと見られ、旧・民主党系衆議院議員のお膝元として知られる地域です(今年10月の衆院選で共産党は小選挙区の立候補を見送り支援に回られた)。

1978年の交野営業所開設前、香里園~交野方面系統についてどこの営業所が担当していたのかが気になります。星田線・田原線は枚方営業所、【10】釈尊寺団地線および【9A】枚方市駅~香里園は香里団地、香里園~三井団地~寝屋川市駅および寝屋川団地線は寝屋川営業所がそれぞれ受け持っていましたが、・・・。




「枚方つーしん」さんの最新記事で、新宿に「郷土料理 くらわんか」というお店があることが紹介されていました。

取材班の方も初めは半信半疑でお店に入られたそうですが、お店の雰囲気には何となく枚方感が醸し出され、パンフに「くらわんか」の由来のところの「枚方」という地名がちゃんと入っているとのことでびっくり。なんと、くらわんか舟で使われていたと言われる古伊万里の雑器・「くらわんか茶碗」を再現したものが、このお店で使われています。

なお店内メニューの郷土料理・地酒は、特に枚方に限定しているわけではなく、全国各地の名物が味わえるとのことです。

http://www.hira2.jp/town/kurawanka-20171226.html


最近、吹田市と摂津市内の国道について面白いことに気づきました。

吹田市といえば、千里丘陵の万博記念公園、名神高速と近畿・中国自動車道の一大ジャンクションなどで知られます。しかし、吹田市内を通る国道は423号(新御堂筋)と479号(大阪内環状線)の2本だけ、いずれも400番台ばかりです。吹田市を代表する幹線道路といえば、大阪中央環状線と新御堂筋がまず筆頭に浮かぶと思われますが、中央環状線は大阪府道2号、新御堂筋も1982年にようやく国道指定を受け423号という数字が付与されました。京阪神を代表する国道171号線(イナイチ)は京都市から大山崎・高槻・茨木市を経由、千里丘陵の北側へ回り箕面市・池田市を経て西宮・神戸を目指します。

吹田市に隣接する摂津市については、国道は1本も存在しません。あの近畿道&中央環状線や東海道新幹線が通り、終日賑やかな摂津市にもかかわらず、国道が1本もないとは意外です。

現在、大阪府内で国道が通っていない市町村は摂津市のみです。1981年まで摂津市のほか吹田市と交野市にも国道はありませんでした。


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全但バス「太田」バス停(豊岡市但東町)。国道482号線の道なりです。

但東町畑山橋交差点から主要地方道2号線<宮津養父線>へ入って東(宮津方面)へ向かって、中山地区の子午線(東経135度)をクロス、府県境の緩やかな岩屋峠を越えて下ると、丹後ちりめんの里・岩屋集落に至ります。


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丹海バス「岩屋公民館前」(与謝野町)。

全但バスと丹海バスは北近畿丹後半島地域を代表する二大バス事業者。
兵庫県側は全但バス、京都府側は丹海バスがそれぞれ地域輸送を担っています。
共に阪急阪神グループで、丹海バスのバス停標デザインは阪急バスと同じですね。

しかし、日本海に面する丹後半島が京都府というのも違和感がありますね。
位置関係からして兵庫県と思われやすいが・・・。
丹後・但馬地域は一つの独立した県でまとまるほうがよさそうに思います。
仮にそうなれば、全但バスと丹海バスは合併するのが自然でしょう。


来年3月ダイヤ改正で、国鉄時代から使われていた「L特急」の呼称が廃止されることになりました。

https://trafficnews.jp/post/79287

「L特急」は1972年10月に登場した国鉄特急の愛称。
「L特急」は、赤字に苦しむ当時の国鉄が「特別な列車」としての特急(=特別急行)から特急大衆化を目指すべく、自由席連結、毎時00分・30分など定時間隔に運行される特急の愛称として付けられたもの。L特急の増発と引き換えに急行列車は減らされてゆきます。

もっとも、長距離で本数の少ない日本海縦貫<白鳥>や山陰本線周りの<まつかぜ>などは「L特急」とはならず、主に電化区間(でさほど長距離ではない)かつ本数の多い特急を対象に、「L特急」の呼称が与えられました。したがって、「L特急」といえば、381系、485系や183系などの電車特急といったイメージの強い方もおられるかと思います。

しかし、気動車の「L特急」もあります。国鉄時代当時は伯備線経由のキハ181系<やくも>のみで珍しかったが、国鉄末期~JR初期には「L特急」と呼ばれる気動車特急が花盛り。四国の<しおかぜ><うずしお>、高山本線<(ワイドビュー)ひだ>、北海道の<すずらん>、・・・。

ただ、短距離の特急も珍しくなくなった2000年以降、「L特急」の呼称を廃止する動きが全国的に広がります。現在、「L特急」の愛称が残っているのはJR東海の<ひだ><しなの><しらさぎ>の3つのみ。


京阪バス山科営業所にいすゞエルガLV290のBタイプ車2台が納車されました。
社番B-6275・6276です。

代替はエアロスター・2ステップ車B-1940・1941です。
これで三菱ふそう2ステップ車は京阪バスから姿を消したことになります。

山科営業所管内ではノンステップ車運用が制限されている路線系統、また比叡山線などの急勾配路線も含まれており、今回配備されたB-6275・6276は果たして定着するか注目です。過去にBRCのBタイプ(B-3830、3833、3834)が比叡山系統用に配置されたが短期間のうちに大阪地区へ転属した例もあるので。



既にご存知の方も多いかと思いますが、来年春、松井山手駅と久御山町を結ぶバス路線が運行開始となります。ここ数年、減便縮小のニュースが続く中、久しぶりの明るいニュースです。

http://www.kyotokeihanbus.jp/01rosen/aeonyamate/yamate1.pdf

運行経路は、

JR松井山手駅~高速京田辺前~あかねヶ丘~美濃山口~岩田北~八王子~京都岡本記念病院~久御山工業団地~まちの駅イオン久御山店前

で、概ね第二京阪に寄り添う形となるが、八幡市岩田地区および久御山工業団地を経由していることも一つのポイントでしょう。京都京阪バスとしては初めて八幡市・京田辺市松井山手地区に路線を持つことになります。本数もかなり多めに設定されるようです。

松井山手~久御山系統運行開始後、中書島系統との乗り継ぎで京阪バス大阪地区と京都地区の新たな橋渡しルートにも活用できそうです。

京阪バス八幡・京田辺地区路線も近い将来、京都京阪バスに移管される可能性が考えられますね。


名古屋と博多を東海道山陽経由で結んだ寝台特急<金星>。

<金星>は1968年10月改正(ヨンサントー)で登場しました。
使用車両は客車(ブルートレイン)ではなく、583系電車。
寝台電車581・583系はもともと配置区を絞り、超広域運用をこなしていたことは有名です。
西日本地区向けは当初、南福岡電車区にて一括管理、もちろんこの<金星>も担当していました。
<金星>の車掌乗務は名古屋車掌区の担当だったようです。
名古屋到着後、一旦神領電車区へ引き上げて折り返し運転をしていました。

設定当初、昼間の<つばめ>(名古屋-熊本)と共通運用が組まれていました。
1975年の山陽新幹線開通後、<金星>編成は間合いで北陸特急<しらさぎ>運用にも入ります。

上越新幹線暫定開通の1982年11月15日ダイヤ改正で廃止。

その後も、<金星>は臨時列車として残ります(ただし座席のみの14系客車で運転)。
あまり知られていないかもしれないが、JR発足後もしばらく<金星>は残り、JR東海・西日本・九州3社を跨ぐ貴重な列車でした。最終的に廃止されたのは1992年だったようです。



阪急神戸線春日野道駅にて。
JR東海道本線(神戸線)との並行区間で、阪急とJRの撮り鉄が楽しめるスポットです。カーブもいい感じです。

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8000系8001F 普通|神戸三宮

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223系新快速野洲行き

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323系下り普通

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7000系7003F 特急|新開地



一昔前(1990年代以前)の京阪バス門真営業所といえば日野車のイメージが強いが、実は1980年代前半ごろまで意外にも三菱ふそう車がかなりの数だけ所属していたことが判明してびっくりです。その理由は、四條畷市清滝地区の生駒山系山麓の急勾配対応(守口・大和田~清滝団地系統ほか)だと思われます。すなわち、大阪地区(高槻営業所管内を除く)の主力だった日野RE系だと急勾配路線向けでないとされていたらしく、例外的措置として三菱ふそう車を充当、ということだったようです(京滋地区の主力が三菱車だった理由も同様。特に比叡山線には専用の三菱Bタイプ車が用意されていた)。

1978~83年にかけて門真に配置された三菱車は、

A-1431 大阪22あ3171
A-1432 大阪22あ3172
A-1436 大阪22あ3176
A-1437 大阪22あ3177
A-1443? 大阪22あ3223
(以上MP117M、三菱車体ブルドック)

A-1563 大阪22あ4390(→枚方)
A-1564 大阪22あ4391(→枚方)
A-1565 大阪22あ4392(→大津)
A-1571 大阪22あ4540(→高槻)
A-1572 大阪22あ4541(→高槻)
A-1573 大阪22あ4542(→山科)
A-1593 大阪22あ4787(→山科→大津)

(以上K-MP118M、呉羽車体ブルドック)

です。A-1431~1443は1978年式・小型方向幕、A-1563~は1982・83年式です。

1978年式・初期のブルドックについては最後どうなったかは知りませんが、A-1563以降の車両は1985~86年ごろ枚方・高槻・山科・大津営業所へ転出となった模様です。というのも、清滝団地関係の系統にも日野K-RC301および中型P-RJ172が進出するようになり特に問題なしとされたためだと思われます。同じ時期、交野管轄の田原線【18】号経路も日野中型車P-RJ172の独壇場となり、同系統で使用していたA-1466は大津へ転属(滋22か1170)となりました。


DSC_0010

京阪八幡市駅すぐ、石清水八幡宮門前のところにある老舗・走井餅本舗。
先日、ここに寄って和菓子セット(走井餅・抹茶栗ようかん)を味わいました。
寒い日なので、走井餅うどんもなかなかの人気だったようです。
今度の機会に走井餅うどんを味わってみたいと思っています。


先週、京阪バス香里団地営業所にLV290・N-6274が納車されました。
これにより、唯一の幕車となったブルーリボンシティW-3813が引退した模様です。

交野に続き、香里団地からもいよいよ幕車が消えたことになります。
大阪地区で幕車が残っているのは、枚方(W-3821)、男山(W-1987・1988)、高槻(W-1983・1984・1985・1992・1993・3811)、寝屋川(W-1986・1990)だけとなりました。


JR九州は来春ダイヤ改正で、特急<きりしま>の最大8割をワンマン運行とする方向のようです。特急列車のワンマン化について安全性が懸念されており、沿線住民の反発は強いです。

これと同時に、宮崎県内ローカル列車の大幅削減も行われる模様。
日豊本線佐伯-延岡間の普通列車を1.5往復に削減するほか、高鍋-宮崎間、都城-国分間、そして日南線などでも本数削減を計画。

また、鹿児島中央-霧島温泉郷を結ぶ観光列車<はやとの風>の定期運行も中止となる見込みです。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171212-00010000-qbiz-bus_all



昨年5月に閉店した宇治市・イオン大久保店の建物が解体されることになったようです。

イオン大久保店は1979年、「ニチイ大久保店」として開店。その後、サティ→イオンと変わりながら37年間営業を続けてきましたが、近隣のジャスコ久御山(イオン久御山)開店などの影響も受け、売り上げは減少した模様です。イオン久御山へは近鉄大久保から京都京阪バスが発着しており、イオン大久保とバス1本で結ばれていました。

大久保周辺にはイズミヤもあるが、こちらはイオン大久保店よりも8年古く、建て替えも視野に入っていることでしょう。

イオン大久保店を解体へ 京都・宇治、強度不足理由に
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171212-00000011-kyt-soci



最近、ユニクロで服を買うときは、西武高槻に行くことが多いです。

ユニクロの店なら、近くにくずはモール・ビバモール寝屋川ほか店舗はいくらでもあるが、わざわざ西武高槻を選ぶのは、そごう・西武のポイントカードを持っているため。

しかし、せっかくポイントカードを持っているのにユニクロだけではもったいない気もします。かといって、少し綺麗めな服を買おうと思えば値段が高くてなかなか手がでない(梅田のセレクトショップなどで探すほうが品揃えが豊富、お手頃で良いものが多い)。

先日、西武高槻のユニクロへ買い物に行ったついでにエスカレーターで地階に下り、目の前の無印良品にちょっと入ってセーターを見てみたら、なかなか良さそうでした。今度ぜひ無印良品で買ってみたいと思いました(ユニクロばかりでは飽きるし)。

ほかに、ABCマートもあり、靴(スニーカー)を買うならここも良いでしょう。

実は今、札幌うまいもの市の催事をやってて、見ているだけでも楽しかったです。いろんなものが揃って選べて、なおかつ物産展などのイベントを楽しめるのは、デパート(百貨店)ならではの良さだと感じました。

そごう・西武のポイントカードは、普段あまり使うことは少ないが、神戸を訪れたときにはそごうの食料品フロアで淡路屋さんの駅弁を買うなど、面白い使い方ができます。

西武高槻・神戸そごうは阪急阪神百貨店グループ入りをしましたが、今後どうなるのかが楽しみです。


来年度までに大阪環状線の201系が引退予定です。
今まで撮影した201系の写真を適当にアップしてみました。

P9190001
JR京都・神戸線から転入したばかりのころ(2006年)


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LED化された行先表示機 京橋にて


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玉造にて

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京橋で関空・紀州路快速225系と並ぶ

P4020004
大阪にて(2017年)





香里団地営業所に続き、旧・京阪宇治交通も含め他の営業所の懐かしい広告看板も記憶している限りで挙げてみたいと思います。比較的近年のものも一部含んでいます。

<左右部(大)>
香里自動車教習所(枚方・香里団地・交野)
寝屋川自動車教習所(香里団地・交野ほか)
守口自動車教習所(交野・寝屋川・門真)
枚方自動車教習所(枚方・男山・交野)
門真自動車教習所(門真)
清酒 月桂冠(枚方・香里団地・交野・寝屋川ほか)
白鶴(枚方・香里団地・寝屋川・門真ほか)
三島コーポレーション?住まいの情報ターミナル(枚方・高槻)
枚方家具団地(枚方・男山)
前田組(枚方・香里団地・交野ほか)
丸信住宅(枚方・交野・門真)
長村病院(枚方・男山)
大阪病院(交野)
寝屋川グリーンシティ(交野・寝屋川)
高槻銘菓 冬篭(高槻)
和光証券枚方支店(枚方・香里団地・交野ほか)
関西記念病院(枚方・香里団地・交野)
ひらかたパーク(枚方・交野・寝屋川ほか)
京阪スポーツセンター郡津(枚方・交野)
枚方ビオルネ(枚方・交野)
関西医大枚方病院(枚方・高槻)
京阪牛乳(寝屋川)
くずは松坂屋(男山)
くずはウッドペーカー(男山)
せのお内科(男山)
若葉マークの水晶米(男山)
南京都信用金庫(男山・宇治・田辺)
田辺中央病院(男山・田辺・宇治)
写真のサイトー(宇治)
みのり幼稚園(宇治)
まごころ米(洛南ほか)
イノダコーヒー(山科)
京つけもの 打田(山科・大津)
醍醐 渡辺病院(山科)
西村証券(山科)
ひっこし 学生運送(山科)
びわこボート(山科・大津)
西武大津(大津)
祇園 平八 八幡山荘(山科・大津・宇治)
京都駅前デパート(定期観光車・貸切ほか)
京都駅前 萩乃家(山科・定期観光車ほか)

<左右部(小)>
枚方三越(枚方・交野ほか)
すし勝(男山)

<後部>
(小型長方形)
香里園 岩田呉服店(香里団地・交野)
泉屋(香里団地・交野)
びわこタワー(枚方・交野・寝屋川ほか)
日光苑・森本興産(交野)
小島建設(枚方・香里団地・寝屋川ほか)
幸福米(枚方・香里団地・交野)
恩地うどん(交野・寝屋川)
新田整形外科(交野)
奈村工務店(枚方・香里団地・交野)
香里自動車教習所(枚方・高槻・交野ほか)
寝屋川グリーンシティ(交野・寝屋川)
焼肉 安さん(寝屋川・門真)
田辺中央病院(男山・田辺)
すし勝(男山)
ALGO(男山)
お茶のかんばやし(宇治)
滋賀容器(大津)
観光料理旅館 金波(大津)
高島屋質舗(大津)

(大型正方形)
奈村工務店(枚方・香里団地・交野)
寝屋川グリーンシティ(交野・寝屋川)
焼肉 安さん(寝屋川・門真)
京阪奈病院(枚方・男山)
枚方公済病院(枚方・男山・京田辺)
文具 クワウチ(高槻)
枚方SATY(枚方)


DSCF0023
短命に終わった「枚方SATY」広告
(枚方時代のN-3117)

※後部看板は京阪バス(山科以外)は1988年以降、山科営業所は1991年ごろの車両より大型正方形サイズとなる。京阪宇治交通は末期の2004~05年より大型正方形サイズ。


エアポーターneoさまから京阪バス香里団地営業所の懐かしい広告看板について情報をいただきましたので、ここで少しレポートにまとめてみたいと思います。

昭和50~60年代の香里団地管内の広告看板は大体以下のようなものでした。

<左右部(大)>
清酒 月桂冠
寝屋川自動車教習所
香里自動車教習所
前田組
白鶴 サケパック
洋菓子 ハイデ
関西記念病院

<左右部(小)>
枚方三越
カンダダイヤモンド

<後部>
香里園 岩田呉服店
仏壇・仏具の泉屋
小島建設
洋菓子のバーゼル
幸福米

一つ気になったのは、なぜか「ひらかたパーク」など京阪グループのレジャー施設の広告看板が香里団地営業所の車両では見られなかったこと。枚方・交野営業所の車両では「ひらかたパーク」「びわこタワー」「京阪スポーツセンター郡津」などの看板をよく見かけたものですが・・・。それから、1990年にオープンした「枚方ビオルネ」の看板も枚方・交野車には掲示されるにもかかわらず、こちらもやはり香里団地車では見られませんでした。なお、1990年ごろより、「京阪高速バス」の看板も新たに加わりました。

あと、後部広告のサイズが1988年式の車両より大型化していますね。泉屋・小島建設・幸福米などの大型化後部看板は見た記憶がありません。私個人的には、「小島建設」「バーセル」のK-RC301、「泉屋」の非冷房車(金産)あたりが一番印象に残っています。

さらに、前部「ワンマン」パネルの裏側に広告シール(車内広告)が貼付されていたことも付け加えたいと思います。1977年ごろまでの車両(香里団地管内)には「カメラのひかり」(枚方近鉄1F)、「ヤマト」(楽器屋さん?)が貼られていたと記憶しています。1978~79年以降の冷房車には確か貼付されていなかったと思うが、1987年ごろには「京都定期観光バス」の広告が登場しました。ただし、「ワンマン」パネルは1988年式以降の車両では省略されるようになります。


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よく考えたら、北近畿地区のJR線(JR西日本福知山支社)と房総各線(JR東日本千葉支社)は意外な類似点がかなりあるように思われます。

国鉄時代はともかく、近年の北近畿地区のJRは電車特急が幅を利かせていて運転系統がやや複雑で種類も多く(<こうのとり><きのさき><まいづる>)、その割に高々150km程度の短距離という点で、房総各線の優等列車との類似点が見いだせます。しかも最近まで(国鉄特急色)183系を使用していた点でも共通しています。ただし、福知山の183系は485系を直流化改造したものであり、東日本地区の純正183系とは異なります。かつては北近畿といえば京都・大阪と山陰を結ぶ長距離気動車特急<まつかぜ>、急行<だいせん>、東京からの寝台特急<出雲>や長距離客車鈍行の表舞台だったところですが、電化区間延伸と引き換えに長距離列車は廃止、短距離特急ばかりとなって面白くなくなりました。

このほか、113系が近年まで残っていたことでも北近畿と房総地区は共通していると言えます。ただし、北近畿地区の113系はワンマン・短編成改造を受けたものがほとんど。


枚方・交野からバイクで奈良県飛鳥・吉野・十津川方面や三重県方面へ快適に旅行するためには、奈良盆地の渋滞回避が課題です。

やはり国道や主要幹線を中心に所々渋滞に巻き込まれやすく、ストレスや疲れの要因となりやすいかと思います。例えば、

国道168号(王寺~香芝IC~大和高田間)
国道24号橿原バイパス(天理市~橿原市)
中和幹線(香芝市~桜井市)


などは避けるほうがよいでしょう。実際、これらの道路を走ってみましたが、まず168号線の王寺~大和高田間は片側1車線で香芝ICを控えていることから、かなり長い渋滞が続きます。国道24号橿原バイパスも流れは全体的に良いが、信号が多いため、足止めを食らいやすくてあまり快適とは言えません。特に土橋町南交差点(中和幹線と交差)や新堂ランプ(大和高田バイパスと交差)付近では渋滞が発生しやすく、やはり避けたいところ。<中和幹線>は片側2車線の国道並みに整備され国道165号バイパスの性格を持っているが、いわば典型的な郊外国道と同様、ロードサイド店が多く立地するため所々渋滞が発生しやすく、スムーズに進まずストレスを感じます。ただ、国道169号・桜井市総合庁舎交差点から桜井市街地をショートカットして榛原・名張方面国道165号線への抜け道には快適です。

おススメできる抜け道として、

奈良県道5号(法隆寺前~広陵町~大和高田市)
奈良県道7号~奈良県道36号+国道169号(富雄~大和郡山~天理市~桜井市)
奈良県道30号(葛城市~五條市)


などがあります。県道5号はR168号香芝IC付近渋滞の回避に活用、県道30号は金剛・葛城山麓を通り起伏は大きいが高台からの見晴らしは良く、五條・十津川方面への抜け道として利用価値は高いです。宇陀・吉野・大台ケ原および三重県方面へは国道169号・山の辺の道へ抜けるほうが、景色ものどかで楽しめます。

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山の辺の道(国道169号線)より二上山・葛城方面を遠望


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県道30号線より吉野・大峰の山並みを遠くに望む(御所市)

なお、三重県へは、国道163号線伊賀市経由のほうが一番早くて快適でしょう。松阪・伊勢志摩へは伊賀市からさにらにそのまま163号線を東進、津市から23号線バイパスが一番早いかと思います。亀山・鈴鹿・四日市方面へは伊賀市から25号線(非名阪)を選ぶことになります。2桁国道の割りに整備されていない「酷道」と評判は良くなく加太付近の狭隘区間もあるが、さほど所要時間はかからず意外に快適です。かつて幹線だった時代の栄光・関西本線の史跡を楽しむのも面白いでしょう。



京阪バス交野営業所管轄随一の長距離路線、田原線【18】号経路<京阪交野市駅~田原地区~京阪大和田駅>で運用されていた車両について、

京阪バス 懐かしの車両リスト
http://katanogawara.blog.jp/archives/21003704.html#comments

において、皆様からお寄せいただいた情報から判明したことに基づいて、簡単レポートをまとめたいと思います。

まず、この路線は1970年代前半まで、<京阪私市~八ノ坪(田原地区)>と<八ノ坪~京阪大和田駅>の2系統に分かれていて、ボンネットバスで運用されていました。交野営業所開設(1978年)前で枚方営業所が担当していました。2系統の連続運転だったとのことです。1976年ごろに京阪私市~田原地区~京阪大和田駅系統に一本化ののち、1978~79年の時点で京阪交野市駅まで延伸されました。

交野営業所移管当初、三菱ふそう・バス窓で半分ロングシートの車両(呉羽車体、社番A-1200台)が田原線【18】号経路に使用されました。おそらく枚方営業所あたりからの転属かと思われます。田原線の間合いで【10】号・釈尊寺団地線ほかの運用にも入っていました。当時、ロングシートの日野REが多かった中、この車両に当たると遠足気分を味わえて得した気分でした。

一般路線バスの冷房化が本格的に進む1979年ごろより、田原線に三菱ブルドック(MP117M)が3台用意されます。社番A-1439?(大阪22あ3219)、A-1459(大阪22あ3454)、A-1466(大阪22あ3470)で、A-1439は1978年式・小型方向幕、A-1459・1466は1979年式・大型方向幕でした。いずれも交野営業所では少数派グループの車両でした。当時、田原線で三菱ふそう車が優先的に使用された理由は、既に他の記事で何度か述べているように、四條畷市・清滝界隈の急勾配区間対応と思われます。実際、同じ清滝地区路線を担当している門真営業所には三菱ふそう車がかなり数だけ配置されていました。交野営業所管内は香里ヶ丘・香里園・交野・寝屋川東部地域の団地・住宅地輸送が主力のため、平坦路線向けの日野REが多数配備されていましたが、閑散路線かつ山岳路線向けの田原線向けには少数の三菱ふそう車、星田線狭隘区間用に短尺車(日野RE101、三菱MR410)も在籍していました。

1984年より京阪バスではスケルトン化と同時に閑散路線向けに中型車が配備されます。交野営業所にはまず、三菱エアロミディK-MK116Jが2台登場(社番は2代目A-1001・1002)。同年夏ごろより閑散路線の田原線にこの2台が充当されます。ただ、ほどなくして日野レインボーP-RJ172BAが田原線にも進出、エアロミディは枚方営業所へ転属してしまいました。門真担当の清滝団地方面路線についても日野K-RC301やP-RJ172、そしてP-HT235などが使用されるようになり、三菱車は枚方・高槻営業所および京滋地区へ転出となりました。

その後、1990年代前半まで田原線はP-RJ172BAの独壇場、1994年よりU-RJ172BAに置き換えられます。同時に、多区間・対キロ制運賃の田原線用車両にデジタル運賃表示機(小田原製)を先行的に採用、3段24コマ表示となり、「次のバス停」も大きな文字で表示されて見やすくなったものです(交野営業所全車両がデジタル表示機化されたのは2年後の1996年、平坦路線向けの大型車は基本的に2段12コマ表示)。

1997年8月末、地下鉄門真南駅開業に合わせたダイヤ改正で、田原線は田原台一丁目で系統分割、【18】号経路は<京阪交野市駅~田原台一丁目>に短縮されると同時に、本数も1日4往復だったのが3往復に減便されました。


京阪バス交野営業所最後の幕車・W-3815が京阪京都交通亀岡営業所へ移籍した模様です。
大阪地区に残っていた幕車引退もいよいよカウントダウン。枚方営業所所属のエアロスターW-1975・1982も除籍となって残るはブルーリボンシティ・W-3821のみとなっています。香里団地のW-3813とともにいよいよですね。男山には初めてLV290・N-3269が納車されたが、W-1987・1988は健在のようです。



京阪淀屋橋駅構内のショッピングモール、NEX-T1(ネクストワン)が本年12月29日をもって営業終了となる予定です。

1987年5月のオープン以来、30年間にわたって営業を続けてこられました。しかし、淀屋橋駅は京阪電車と地下鉄御堂筋線との乗り換え駅で便利とはいえ、ビジネス街であり、ショッピングセンターの立地条件として梅田やなんばに比べて分が悪い(松坂屋のあった天満橋も同様)。休日は梅田の賑やかさとは対照的に閑散としていて日曜日は店休日(ミスタードーナッツ、マクドナルドのみ通常営業)となることもあり、淀屋橋から京都方面へ向かう観光客・行楽客にとって、近くで弁当の購入や食事できる場所も少なく不便だと思います。

京阪電鉄では枚方市駅や三条駅の改装を手がける予定であり、淀屋橋駅も大幅改装が望まれるところです(中之島線の延伸工事も結構だが)。


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枚方営業所所属時代の三菱エアロミディ10.5m車、N-1087です。
現在、京田辺営業所に所属しています。

右側に写り込んでいる「JEANS MATE」が何気に懐かしいですね。
一時期、大阪市内を中心に関西各地にJEANS MATE店舗が広がっていたが、ユニクロ等に押されたのか、軒並み撤退しましたね。実は私・管理人もJEANS MATEでジーンズを買ったことあります。

枚方営業所所属のエアロミディ10.5m車は意外に少なく、2003年にN-1086・1087の2台のみ配置。2010年9月の樟葉長尾線の京田辺営業所移管に合わせ、2台とも同営業所へ転属しました。6年後の2016年9月、高槻営業所に新型エルガLV290投入の代替となったN-1089が枚方営業所へ転入しました。現在、枚方営業所所属のエアロミディ10.5m車はN-1089の1台のみとなっています。


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10年前のJR茨木にて、西工96MC・社番2???、【92】阪急石橋行きです。
当時、JR茨木(そして阪急茨木市駅)バスのりばは路面電車のターミナル駅のように縦列停車する形だったが、大きく変わりました。阪急茨木市駅のりばは当時と変わっていません。


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既にご存知の方もおられると思いますが、来年春のダイヤ改正でJR紀勢本線白浜-新宮間の特急<くろしお>を1便減らし、また老朽化を理由に283系「オーシャンアロー」白浜以南の運転を取り止める計画があるようです。

和歌山県庁メールマガジン「わかやま通信」10月17日付けでそのことが報じられています。

http://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/000200/mailmagaform/backnumber/h291017.html


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