地下鉄東西線開通前の京阪バス山科営業所管内路線を一つレポートする。

今回は、当時の山科営業所管内を代表するドル箱路線だった【12】号・<三条京阪~京阪六地蔵>とその派生系統について。

運行経路は、

三条京阪~蹴上~日ノ岡~御陵~五条別れ~外環三条~東野~蚊ヶ瀬~小野(現・小野駅)~醍醐三宝院(現・醍醐寺前)~石田~町並~京阪六地蔵

で、三条通~外環状線~奈良街道経由で六地蔵へと向かう分かりやすい経路だった。三条京阪~小野間の経路は現在の京都市営地下鉄東西線そのものだ。醍醐寺は五大力さんで有名、毎年2月に餅上げ奉納が催される。町並~京阪六地蔵間付近で少しだけ宇治市に越境、運賃は旧・京阪宇治交通(→京都京阪バス)に合わせて対キロ区間制、JR奈良線の六地蔵駅もこの付近に後年設置される。JR六地蔵駅は宇治市、京阪六地蔵駅は京都市伏見区にある。

運用車両は旅客需要が高いゆえ、高槻営業所管内などと同様に三菱ふそう大型車(主にAタイプ)を総動員。私個人的にはブルドックK-MP118およびエアロスターK(P-MP218、U-MP218)が今もなお記憶に残っている。

三条通では京阪京津線(軌道併用区間あり)と並行しているにもかかわらず利用客は多く、平日ダイヤは20分、休日ダイヤでは10分間隔の運転だった。三条通を通るバスも、この【12】号経路以外に、浜大津方面への京津国道線【46】【47】号、京都市バス【5】系統・岩倉行き(神宮道で左折し平安神宮へ向かう)や【東】シリーズ・醍醐方面行き、そして滋賀県湖東方面への近江鉄道・帝産湖南交通・滋賀交通と、非常に賑やかだった。

地下鉄東西線開通後、京阪京津線三条-御陵間が代替廃止される(浜大津からの電車は東西線の京都市役所前まで乗り入れる形となる)ほか、市バス醍醐営業所廃止、山科区および伏見区醍醐地区は京阪バス山科営業所に一元化され、三条通神宮道以東へのバスは京阪バス【17】【19】号経路が毎時各1本程度のみの寂しいものとなる。現【19】号経路・<山科駅~三条京阪・四条河原町>はこの【12】号経路の代替とも言えよう。

【12】号経路の派生系統として、

【10】三条京阪→石田→小栗栖団地(深夜のみ運転)
【16】三条京阪~醍醐三宝院
【18】三条京阪~石田

があった。

三条京阪から醍醐方面への京阪バスは、ほかに五条通経由もあり、三条通経由と区別するためか系統番号は【11】【13】など奇数だった。現在でも、昼間時間帯のみ三条京阪~醍醐・六地蔵方面へのバスが四条河原町~五条通経由で毎時3本程度(【84B】【86B】【87B】【88B】)運転されているが、運行経路は複雑で少々わかりにくくなっている。