京阪バス洛南営業所(京都市南区)は現在、主に観光・貸切車が配置されているが、かつては一般路線も担当していました。

1985年以前は、淀・宇治・山崎・伏見区・桂方面および京都奈良線を担当していたが、京都奈良線は山科営業所、他は枚方営業所にそれぞれ移管。京都奈良線は1996年3月に廃止。淀・宇治・山崎方面の路線は同年2月、洛南営業所が再び担当するが、1999年より子会社「京阪シティバス」に運営移管ののち、2014年には淀~久御山団地~大久保~宇治方面の路線は京都京阪バス(旧・京阪宇治交通→京阪宇治バス)に一本化、淀山崎線・京都南部線(中書島・竹田・京都駅八条口方面)は京阪バスに復帰しました。京阪バス移管後は京田辺営業所が担当ののち、本年3月より男山営業所が担当しています。

現在、洛南営業所担当の一般路線は、京都けいはんな線(奈良交通と共同運行)です。

さて、1985年12月の運用移管時の洛南営業所の車両の動きについて書いてみたいと思いました。

現在、皆様の情報提供にもとに随時更新中の京阪バス過去車両リスト(主に1982年以前)
http://katanogawara.blog.jp/archives/21003704.html
などから、当時洛南営業所に在籍していた一般路線車を挙げると、

<三菱ふそう>
(大型)
A-1559、A-1580、A-1581
(中型)
A-1013

<日野>
(大型)
A-3346(富士重)、A-3347?、A-3354、A-3416、A-3417、A-3458
(中型)
A-3019、A-3020

ぐらいだったようです。

当時の京滋地区一般路線といえば三菱ふそうというイメージが強いが、洛南営業所には日野車も配置されていました。

路線移管時の動きですが、ふそう中型A-1013(京22か3609)は山科に転属、京都奈良線で引き続き使用されました。日野レインボーも2台(A-3019、3020)配置されていたとは意外で、2台とも交野へ転属。ふそう大型車A-1559・1580・1581はいずれもブルドックK-MP118(呉羽)で、1559・1580は枚方、1581は高槻へそれぞれ転属。日野大型車のうちA-3346は富士重(RE121)、他は日野純正車体。A-3416・3417・3458はK-RC301でいずれも京阪特注の拡大フロントガラス。日野大型車は全て枚方へ転属しました。

洛南から枚方へ転属した車両たちは、引き続き淀宇治線・京都市南部地区路線(「洛南地区」と表記する)で運用することも多かったかと思います。K-RC301系の拡大フロントガラス車が枚方に配置されたのもこのときが初めてでした(観光兼用のB-3460・3461を除いて)。その後、【28】号・<枚方市駅~樟葉駅>(現・【39】号)の新設も絡んで、香里団地や寝屋川などから拡大窓RCが転入。

枚方営業所における洛南地区路線運用車両は、方向幕および幕式運賃表のコマ数の関係などにより限定されていたようです(それだけ管轄範囲が広かったということ)。該当する車両は洛南からの転入組と、大型Bタイプ車(B-1596・1597・3460・3461)、中型車(エアロミディ)、その後に納車された大型車の一部(エアロスターKとブルーリボン)だったようです。実際、淀宇治線【11】号経路でエアロスターKに乗車したこともあります。車内には枚方営業所管内路線図・運賃とは別に、樟葉以北八幡・中書島・洛南地区の路線図、そして淀宇治線ほか洛南地区路線の運賃表も掲示されていました。主に招提線・樟葉長尾線・八幡地区・樟葉中書島線と洛南地区路線に限定(ごく稀に出屋敷線も?)、枚方尊延寺線などに入ることはなかったかと思います(ただし三菱ふそう大型車については尊延寺線から洛南地区路線まで広範囲の運用をこなす車両があったような?)。洛南地区運用に入らない車両については、尊延寺線・出屋敷線を中心に八幡地区および樟葉中書島線まで(すなわち元の枚方営業所管内全体)をカバーしていました。1994年よりLED式運賃表に取替えられ、多区間・対キロ区間制運賃の洛南地区運用車両には3段24コマ表示(および熱転写式整理券発行機)、それ以外は基本的に大阪地区標準の2段12コマ表示が取り付けられました。

なお、桂方面への路線(【22】・<京阪淀~阪急桂駅前>)は洛南営業所に復帰することも無く、1995年12月に廃止されました。

一つ気になったのは、旧式の小型方向幕車。1978年以前の車両で1987年までに引退したかと思いますが、仮に枚方営業所へ転属して洛南地区路線で使用するとなると、どんな行先表示を用意したのか気になるところです。