京阪バス交野営業所管轄随一の長距離路線、田原線【18】号経路<京阪交野市駅~田原地区~京阪大和田駅>で運用されていた車両について、

京阪バス 懐かしの車両リスト
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において、皆様からお寄せいただいた情報から判明したことに基づいて、簡単レポートをまとめたいと思います。

まず、この路線は1970年代前半まで、<京阪私市~八ノ坪(田原地区)>と<八ノ坪~京阪大和田駅>の2系統に分かれていて、ボンネットバスで運用されていました。交野営業所開設(1978年)前で枚方営業所が担当していました。2系統の連続運転だったとのことです。1976年ごろに京阪私市~田原地区~京阪大和田駅系統に一本化ののち、1978~79年の時点で京阪交野市駅まで延伸されました。

交野営業所移管当初、三菱ふそう・バス窓で半分ロングシートの車両(呉羽車体、社番A-1200台)が田原線【18】号経路に使用されました。おそらく枚方営業所あたりからの転属かと思われます。田原線の間合いで【10】号・釈尊寺団地線ほかの運用にも入っていました。当時、ロングシートの日野REが多かった中、この車両に当たると遠足気分を味わえて得した気分でした。

一般路線バスの冷房化が本格的に進む1979年ごろより、田原線に三菱ブルドック(MP117M)が3台用意されます。社番A-1439?(大阪22あ3219)、A-1459(大阪22あ3454)、A-1466(大阪22あ3470)で、A-1439は1978年式・小型方向幕、A-1459・1466は1979年式・大型方向幕でした。いずれも交野営業所では少数派グループの車両でした。当時、田原線で三菱ふそう車が優先的に使用された理由は、既に他の記事で何度か述べているように、四條畷市・清滝界隈の急勾配区間対応と思われます。実際、同じ清滝地区路線を担当している門真営業所には三菱ふそう車がかなり数だけ配置されていました。交野営業所管内は香里ヶ丘・香里園・交野・寝屋川東部地域の団地・住宅地輸送が主力のため、平坦路線向けの日野REが多数配備されていましたが、閑散路線かつ山岳路線向けの田原線向けには少数の三菱ふそう車、星田線狭隘区間用に短尺車(日野RE101、三菱MR410)も在籍していました。

1984年より京阪バスではスケルトン化と同時に閑散路線向けに中型車が配備されます。交野営業所にはまず、三菱エアロミディK-MK116Jが2台登場(社番は2代目A-1001・1002)。同年夏ごろより閑散路線の田原線にこの2台が充当されます。ただ、ほどなくして日野レインボーP-RJ172BAが田原線にも進出、エアロミディは枚方営業所へ転属してしまいました。門真担当の清滝団地方面路線についても日野K-RC301やP-RJ172、そしてP-HT235などが使用されるようになり、三菱車は枚方・高槻営業所および京滋地区へ転出となりました。

その後、1990年代前半まで田原線はP-RJ172BAの独壇場、1994年よりU-RJ172BAに置き換えられます。同時に、多区間・対キロ制運賃の田原線用車両にデジタル運賃表示機(小田原製)を先行的に採用、3段24コマ表示となり、「次のバス停」も大きな文字で表示されて見やすくなったものです(交野営業所全車両がデジタル表示機化されたのは2年後の1996年、平坦路線向けの大型車は基本的に2段12コマ表示)。

1997年8月末、地下鉄門真南駅開業に合わせたダイヤ改正で、田原線は田原台一丁目で系統分割、【18】号経路は<京阪交野市駅~田原台一丁目>に短縮されると同時に、本数も1日4往復だったのが3往復に減便されました。