京阪バスのモノコック車が姿を消したのは1994年のこと。

ある方からコメントをご投稿いただき、(主に大阪地区の)モノコック車の末期(1990~94年)について書いてみたいと思いました。

当時、京阪バスは車両の代替サイクルが7~10年と短く、1985年には一般路線車も含め冷房化率100%を達成。その翌年1986年より、さっそく初期の冷房車の廃車が発生し、1994年までにモノコック車が順次引退します。冷房化率アップに大きく貢献した末期モノコック(K-RC301、K-MP118ほか)までが引退するとは、まさに十年一昔という感じでした。


まず、寝屋川営業所ですが、1984年夏、中型車P-RJ172の運用開始に伴い、K-RC301後期型(1982年夏~84年初頭納車分)および三菱ふそう車(B-1508・1509、A-1515・1557・1558)が他の営業所へ流出。以降、しばらくK-RC301後期型については、枚方営業所から転属のB-3461を除いてあまり見かけることはなかったが、1990~91年ごろに前期型K-RC301(1981~82年初頭納車分)の引退後、交野営業所などから一時的に後期型K-RC301が転入しました。交野生え抜きのA-3435・3436が転入する一方、寝屋川から交野に転属したA-3439・3440はそのまま戻ることなく、交野営業所で余生を過ごしました。


寝屋川とともに前期型K-RC301の多かった枚方営業所(クーラーユニットが前側に付いてるA-3387~3391や、富士重3EのA-3409といった特徴ある車両も多かった)。枚方営業所には当初後期型K-RC301はB-3460・3461を除いて納車されることはなかったが、1985年ごろより洛南営業所(→京都南部地区路線の大半を枚方営業所へ移管)からA-3416・3417・3458、寝屋川・香里団地からはA-3422・3426・3430が転入。主に樟葉・牧野・招提循環および樟葉長尾線の運用に入っていたようです(前期型K-RCについては当初枚方尊延寺線に入ることも多かったが、86年ごろより後期型と同様、招提線・樟葉長尾線で活躍することが多くなる)。3422・3426は後に門真へ転属。元洛南のA-3458は1991年まで【11】号経路・<京阪淀駅~京阪宇治駅>などでも時々見ることができました。最後まで残ったのはB-3460で、三菱B-1596・1597(K-MP518)とともに1994年7月枚方北部地区ダイヤ改正まで主に招提線で活躍していました。枚方のBタイプ車は引退後、栃木県の東野交通に移籍しています。

三菱Aタイプ車K-MP118についても、前期型ブルドック(82年初頭までの納車分)が多く、富士重3Eも3台(A-1545・1546・1547)も配置されていました。三菱大型Aタイプ車については、もとから枚方尊延寺線に入ることが多かったようです(洛南からの転入車など一部は、方向幕コマ数等の関係からか中型車やBタイプ車と同様に、招提線・樟葉長尾線・八幡・京都南部地区で運用されることが多かったように見える)。


門真営業所については、1983年まで三菱大型車が相当数納入されていたこともあって、K-RC301前期型はA-3377(→交野)と富士重3E×4台(A-3406・3407・3408・3410)のほかは少なく、同後期型は交野・寝屋川・枚方からの転属も含め(ほかに短尺車K-RC381×2台、A-3463・3464)かなり多かったです。特に最末期のA-3466~3469は短尺RC381とともに最終的に門真に結集。1991年春、【5】試験場線で引退直前の富士重RCに乗車することができました。なお、門真の三菱ブルドック(K-MP118)たちは、1985~86年ごろ、枚方・高槻・山科・大津へ転出しています。