1995年正月、「青春18きっぷ」で中国山地のローカル線、福塩線・芸備線の旅に出ました。

阪神淡路大震災の2週間ほど前でしたね。

例によって朝一番のJR神戸線大阪発快速電車に乗り、姫路・岡山と山陽本線を乗り継いで福山に。

ここから福塩線に乗り換えます。府中までは福山近郊の電化区間で、1980年までは旧型国電の巣窟だったことで有名。阪和線から追われた70系なども福塩線で最後の活躍をしていたそうです。そういえば阪和線に「和泉府中」駅があり、福塩線とは何気に縁がありそうですね(笑) その後、105系に置き換えられ、現在に至ります。府中から先の非電化区間は列車本数が非常に少なく、福塩線完乗を目指すなら時刻表を調べてうまくプランを練る必要があります。府中で乗り継いだ気動車はキハ23のワンマンカー。福塩線の沿線風景については、爆睡していたこともあって、残念ながらあまり印象に残っていません。塩町で芸備線下り(広島行き)に合流、広島県北部の中心・三次駅まで直通です。意外に思われるかもしれませんが、三次市や庄原市など広島県北部は中央分水嶺の北側(江の川水系の流域)にあたります。

三次駅で途中下車し、確かKIOSKで駅弁を購入しました。値段は500円ぐらいで安く、ごく普通の幕の内弁当(コンビニ風だったような気が)だったと思います。

三次からは芸備線上り列車で備後落合・新見方面へ。備後落合行きもキハ23だったと記憶しています。木次線と接続する備後落合で新見行きに乗り換え。備後落合は鉄道の要衝にもかかわらず、並行する中国道ハイウェイバスなどには完敗、列車本数が非常に少なく、信じられないほどの凋落ぶりです。備後落合といえば、おでんうどんが名物だそうで、かつて乗換駅として賑わっていた頃は駅構内のスタンドで販売していたそうですが、今も近くのドライブインのレストランで味わえるとか。

備後落合で乗り継いだ列車は新見行きのキハ40。姫新線や因美線などと同じ岡山支社の独自カラー(紺色に白い帯を配する渋いカラーだった!)でした。かつては備後落合を跨いで芸備線全線および木次線へ直通する急行列車なども運転されていたが、今はいずれも乗り換えが必要です。しかも備後落合-東城間は岡山・広島県境区間にあたり、1日3往復のみの超閑散区間となってしまいました。普段は閑散としていても、「青春18きっぷ」シーズンになると1両の気動車(キハ120)では超満員となるようだが、当時は列車本数がもう少し多かったこともあって、まだのんびりしていたように思います。

備中神代で伯備線と合流。終点・新見までの間、布原駅があるが、一日の乗車人数は1桁と非常に少ないため、芸備線からの列車しか停車しない秘境駅となっています。