京阪バス山科営業所管内のユニークな過去路線について、レポートしたいと思います。

【31】号経路・<阪急東向日~小栗栖団地~京阪六地蔵>。

運行経路は、

阪急東向日駅~JR向日町~下久世~【R171】~東寺南門~七条大宮~五条大宮~【五条通(R9~R1)】~東野~小野~醍醐高畑町~醍醐折戸町~小栗栖団地~大受団地南~石田団地~町並~京阪六地蔵

で、乗り応えのある長距離路線でした。1982年当時は京阪六地蔵発着だったが、のちに小栗栖団地発着に変更、1997年地下鉄東西線開業までに廃止されたようです。

向日市への京阪バス乗り入れは過去のものとなりました。現在、同じ京阪バスグループの京阪京都交通が向日市内を通っています。かつては向日町競輪場へのシャトルバスも運用しており、京阪バス各営業所(大阪地区を含む)の方向幕コマに入っていたが、これもいつしか消えてしまいましたね。

この【31】号経路は、阪急京都線の祖先である新京阪の歴史と興味深い関係があるように思います。

阪急東向日駅の大阪(梅田)方の隣、西向日駅付近の不自然なカーブが、それを物語っています。昭和初期の時代、新京阪は西向日駅から東へ分岐させ、現在の名神に沿うルートで山科・大津を経て、さらに鈴鹿山脈をぶち抜き名古屋までの路線(新京阪山科線)を開業させる、壮大な計画を持っていました。国から建設免許はおりたが、世界大恐慌の影響で名古屋への夢は頓挫。名阪間を結ぶ私鉄は、奈良・三重を経由する近畿日本鉄道(旧・参宮急行電鉄ほか)で実現することに。京阪宇治線の六地蔵駅と新京阪山科線を連絡することを目的に、京阪六地蔵線の計画もあがり、京阪バス山科営業所のある地点で六地蔵線と山科線が接続する予定だったようです。すなわち、山科営業所は、京阪「山科」駅の予定地だったということであり、山科・醍醐地区の京阪バスも新京阪さまさまということになりますね。

【31】号経路の走行ルートそのものも、新京阪山科線を彷彿とさせます。計画ルートとはかなり北に寄って、京都市中心部(五条通ほか)を通っていますが。というより、山科線と六地蔵線を両方まとめたような感じの路線とも言えますね。新京阪山科線のルートに忠実に沿う路線系統としては、京都市バス【南2】系統・<JR長岡京東口~竹田駅西口>、京阪バス【2】号経路・<竹田駅東口~醍醐バスターミナル>が挙げられます。

東寺南門~七条大宮間には、京阪バス桂淀線【22】号経路(洛南営業所→枚方営業所→廃止)も通っていました。


京阪六地蔵線(夢幻鉄道を歩く)
https://www.kyoto-np.co.jp/info/sightseeing/mugen/20160825_6.html

新京阪鉄道山科線(同上)
https://www.kyoto-np.co.jp/info/sightseeing/mugen/20160804_10.html