阪和線に「新快速」電車が運転されていた時代がありました。

国鉄時代の1972~1978年のわずか6年間のみでしたが、阪和線天王寺-和歌山間に料金不要の最速達列車・「新快速」が設定されました。運転開始は京阪神(東海道・山陽本線ほか)の新快速運転開始と同じ1972年3月15日ダイヤ改正。京阪神の新快速には153系の青帯(ブルーライナー)が用意され、阪和線の新快速には京阪神の新快速と同じ塗装を配した113系が充てられました。その113系は東海道山陽本線(大鉄局)からの転属で、冷房付きでした。旧型国電の巣窟だった阪和線においては貴重な冷房車でした(転属前当時、大鉄局管内においても貴重な冷房車だったので、阪和線への転出には抵抗があったとか)。阪和線の新快速運転開始は、ブルーライナー113系40年間の歴史の始まりでもありました。

阪和線の新快速は、途中の停車駅は鳳のみ。所要時間は45~51分でした。これは前身の阪和電気鉄道の超特急以来のものだったと言われます。ダイヤは日中の9時台~15時台に60分間隔の運行でした。

京阪神の新快速は順調に利用客を増やして今日まで成長を遂げたのに対し、阪和線の新快速は京阪神間に比べて直通需要が少なく、停車駅が少ないこともあって利用状況は伸び悩んだようです。1977年に和泉砂川と熊取を停車駅に加えましたが、利用状況は改善されることなく、1978年10月紀勢本線電化開業のダイヤ改正で快速に統合される形で廃止となりました。

以降、阪和線に新快速が運転されることはありませんでした。ただ、その後も113系そして103系の方向幕には、なぜか「新快速」が入っていたりし(JR西日本書式の幕に取り替えられた後も)、将来の新快速復活を視野に入れたものなのかと思わせます。

新快速ではないが、JR時代に「関空特快ウィング」という最速達列車が設定されたことはあります。運用車両は223系0番台、指定席も設定されるが、やはり利用状況は芳しくなく、関空快速・紀州路快速に統合される形で短命に終わりました。

現在、阪和線の料金不要の最速達列車と言えるものに、関空快速・紀州路快速、そして「快速」の3種類があります(運用車両は223・225系)。紀州路快速は、日根野-和歌山間各駅停車化されたことに加え、日根野以北では関空快速と連結が行われるため、阪和間の所要時間は延び、国鉄時代の快速電車よりも遅くなっており、サービスダウンと言えます。