JR東海の在来線では、国鉄型車両は211系0番台を除いて全て引退しました。
1990年代のJR東海管内においては、165系国鉄色の急行【東海】【富士川】や中央西線ローカル、 紀勢本線のキハ58系国鉄急行色などが現役で、国鉄スタイルが鉄道ファンから注目を集めていました。2001年までに165系とキハ58系は全廃。同時期に中央西線名古屋口普通電車用103系なども廃車されました。特急【しなの】用381系も、まださほど古くはないが、383系に置き換えられ、一足お先に引退しています。
その後も残った国鉄型車両も、113・115系電車は2007年までに、そして117・119系も2013年までに全廃されます。気動車については、キハ58系なきあと、キハ40系(キハ40・47・48)が高山本線や紀勢本線などで活躍を続けるが、2016年までにキハ25系に置き換えられ、退役。
JR東海における国鉄型車両は、国鉄末期1986年に名古屋地区に投入された211系0番台4連口×2本のみとなっています。登場当初、青帯を配するカラーデザインの姿で、JR誕生を前に国鉄スタイルから脱却した新鮮な印象を与えました。当初は主に東海道本線の快速電車に使用されるが(一時期、新快速の運用に充当されたこともある)、オール転換クロスシートの117系に比べて接客設備は劣り、その後の311・313系登場に伴い、脇役に降りることに。カラーデザインも、JR発足初期に量産された211系5000番台と同じ湘南色(首都圏に投入された211系と同じもの)に変更され、0番台との外観スタイルでの見分けがつきにくくなりました。211系0番台は、現在神領車両区の配属で、中央西線名古屋口と朝夕の関西本線の運用に入っています。
コメント
コメント一覧 (5)
しいて言うなら、103系にリフレッシュ工事をしたのと、キハ40のエンジンの換装ぐらいですかね。
103系の方はわずか50両のみの改装でしたからささやかと言うか・・。
元々経年の高い車両が多かった事や、保有する在来線車両が少ない事、ナンと言っても超黒字の東海道新幹線を抱える会社ですから資金は豊富ですからねぇ・・。
なまじ延命するより新車を入れる方が効率的と考えたんでしょうね。
JR東海の211系0番台・・青帯でデビューした時だけぢゃないですかね・・目立ったのは。
むしろJR東海の211系と言ったらロングシートのイメージしか有りませんな。
本来の国鉄なら、東京へ211系を入れて、113系を名古屋へ転属するケースでしょ。
デビューして33年・・5000番台車共々リニューアルの話は有りませんね。
このまま使い続けて廃車の可能性が高そうな。
211系5000番台は213系5000番台とともにトイレを設置しませんでした
(213系5000番台は飯田線119系置き換えに際してトイレが設置されましたが)。
211系0番台の名古屋地区投入の直前、1986年11月改正で全線電化された福知山線では当初211系の投入予定だったのが113系の転属になりました
(その福知山線へ転入された113系の一部は1991年に415系に改造され今も七尾線を走るが来年廃車へ)
JR東海ばかりかJR東日本の211系も、ロングシートの印象が強いですね。
JR東海に103系が50両も在籍していたとは、意外に多いなと感じました。末期に関西本線の運用にも入るようになり驚きました。
JR東海の体質改善車に相当するものといえば、快速みえや急行かすが用のキハ58+65もありましたな。
そういえば、211系5000番台や213系5000番台にはもともとトイレが付いてなかったんですよね。殊に静岡地区での211系は、長距離のロングシートに加えて「トイレ無し」ということもあって、青春18きっぱーからは不評でしたね。
関西への211系投入構想といえば、関西本線快速こと元祖・大和路快速なども対象となっていたみたいです(真偽のほどは定かではないが)。大和路快速がいち早く221系に置き換えられたのも、その計画の名残と言われていますが・・・。
国鉄末期、関西本線(→大和路線)へも211系の投入計画があったとは。
阪和線205系(現在は奈良線へ転属)、
片町線(→学研都市線)207系
が国鉄計画の踏襲だったのは知ってますが、
おそらく東海道山陽本線快速への211系投入計画もあったでしょう。
片町線への207系投入計画を前提に1986年11月、常磐線各停増発用として国鉄初のVVVF車207系900番台が登場しましたが、
JR初のVVVF車として1991年から学研都市線へ投入された忠実の207系はかなりデザインが変わりました。
ATCの予定をATS-Pへ変更
(ATCだと城東貨物線や徳庵にある近畿車輌の甲種回送に影響が出るため)、
丸みではなく角張ったデザインとなった、
車体幅を通勤型で初めて近郊型と同じ2950mmへ変更、
通勤型で相模線205系500番台(1990年度投入)に次いで半自動ボタンを導入
(福知山線新三田以北への運用に対応)
等の変更がありました。
207系(西日本)は
1992年度登場の100番台(宝塚線へ投入)は座席が片持ち式になり、
1993年度登場の1000番台(京阪神緩行へ投入。東西線開業年度となった96年度は学研都市線へも投入)、
1997年3月の東西線開業でそれぞれ共通運用となり、
2001年度登場の2000番台
へと進化しました。