国鉄時代、1970年代以前の話ですが、金沢運転所所属キハ58系の運用の興味を、簡単に挙げてみたいと思います。

鉄道ピクトリアル 2019年1月号』(No.955)で、「ディーゼル急行」が特集されています。この誌面から得られたサプライズとして、

中央西線【きそ】と大糸線~北陸本線【白馬】が共通運用だった

こと。すなわち、【白馬】(松本~金沢)の編成(普通車3両)が、【きそ】(名古屋-松本)の付属編成として増結され、中央西線経由ではるばる名古屋まで足を伸ばしていたということです。当時、中央西線・東線とも、電化は完成していなかったため、【きそ】や【アルプス】などには気動車(松本・長野・美濃太田・名古屋ほか)が使用されていました。その後、中央本線全線電化と同時に、【白馬】は金沢から松本に移管されます。【白馬】が、北陸本線内において、ロングランの【しらゆき】(金沢-青森)と併結していたことは、あえて言及するまでもないでしょう。

金沢区キハ58系で、もう一つ面白い運用は、北陸と山陰を結ぶ【大社】
【大社】は名古屋発着と金沢発着があり、敦賀で併結ののち、小浜線・宮津線※1)経由山陰本線米子・出雲市・大社※2)までのロングランでした。金沢編成は米子折り返しでした。金沢編成は1978年10月改正で、福井-天橋立間に短縮と同時に、普通車3両だけの短編成に(敦賀区に移管)。1982年11月、【大社】の名古屋編成は廃止、福井編成は【はしだて】に改め、ローカル急行の印象を強めます。その後、北陸本線直通も廃止、されに1992年には快速に格下げと同時に、キハ53形のワンマン・単行運転となり、1996年に消滅。

ちなみに、金沢【大社】の前身、【あさしお】は出雲市まで直通していたことに加え、【皆生】(三原-出雲市間、伯備線経由)に併結されていたことも、興味深いです。

金沢のキハ58系は、もちろん地元・七尾線の【能登路】なども受け持っていたはず。

しかし、いずれにせよ、金沢区のキハ58系が、金沢を拠点に山陰本線から大糸線、中央西線までの広域をカバーしていたとは、実に興味深いですね。

※1)宮津線は北近畿タンゴ鉄道→京都丹後鉄道に
※2)「大社」駅は大社線(廃止)の終点