東京都区内で最後まで残った気動車急行(キハ58系)は、常磐線系統の【ときわ】【奥久慈】。

1982年11月15日ダイヤ改正で、上野発着東北本線系統のロングラン気動車急行【いいで】【おが】【出羽】ほかが消滅し、残るは常磐線系統のみになりました。 

常磐線上野口の末期の気動車急行は、水郡線直通の【奥久慈】2往復と、それに併結される【ときわ】でした(水戸機関区所属)。【ときわ】は基本的に455系ほか交直流電車使用の大所帯急行で、485系特急【ひたち】とともに上野口優等列車の主力ラインナップを飾るが、気動車運用も2往復存在していたことは興味深いです。どちらかといえば中距離のローカル色が強く、花形的なロングランの東北本線系統ほどではないにせよ、最後までグリーン車(キロ28)を連結し、首都圏において主要幹線の気動車急行らしい姿を保っていたことは、特筆に価するでしょう。私個人的に、阪和線・紀勢本線の【きのくに】に近いような雰囲気だったように思います。

1985年3月ダイヤ改正で【ときわ】は【ひたち】に格上げされ、全廃。もちろん常磐線内の気動車運用も廃止されました。ただ、同年春~秋開催の筑波科学博に向けた各種臨時列車で、余剰となった気動車なども総動員でした。その後もしばらく、上野発着水郡線方面への臨時列車が設定される機会も少なくありませんでした。

常磐線では1982年11月改正まで、上野発着の客車普通列車も残り(しかも旧型客車!)、仙台までの長距離を通すものもありました。水戸以北の区間では、普通列車は客車や気動車が大半だったが、急行列車廃止で余剰となった455系などが転用され、1985年3月ダイヤ改正で電車化を達成しました。