少し昔の京阪バス高槻営業所管内について、思いつくままに書いてみました。

高槻営業所管内はエリアが狭いため路線系統自体が少なく(採算の良い路線ばかりのため、ネタな廃止路線そのものが少ない)、車両も三菱ふそう大型車で統一されていたゆえ、面白いネタは掘り出しづらいと思っていました。

しかし、書き出すうちに、これまた面白いエピソードが浮かんでくるもので、実に不思議ですね。

1980年代の高槻営業所管内といえば、枚方高槻線でのバス接近表示装置が挙げられます。当時の路線バスとして先進的なサービスシステムが採用されたことは、注目されるべきでしょう。枚方市駅(北口)~阪急・JR高槻間の各停留所でバスが接近するとき、メロディが鳴ったのも今では懐かしい思い出です。この接近表示装置は1990年代に入ってもしばらく残っていましたが、いつしか撤去。

しかし、枚方高槻線は京阪バストップクラスの黒字路線であり、渋滞の多い国道170号線(外環状線)を主に走行することから、接近表示装置に代わるものとして、2006年に車両運行管理システムとバスロケーションシステムを導入(→モバイルでの新しいバスロケーションシステムを京阪バス全路線に採用されることにより、2014年に終了)。

高槻営業所管内での印象的な思い出といえば、1987年に初めて大型逆T字窓の車両(エアロスターK)に乗ったことですね。従前の二段窓の路線バスとは一線を画する衝撃の姿であり、まるで観光バスのようで「乗り得」感がありました。国鉄がJRになって間もない頃で、方向幕は「国鉄高槻」「国鉄茨木」のままでした。ちょうど小型方向幕車が引退の時を迎え(当時の車両代替サイクルは8~10年だった)、そのタイミングに合わせるようにJRの入った幕に更新されました。

当時の最新車両(逆T字窓車)で車内BGMが流れたのも、懐かしい思い出です。ただ、不快感を覚える乗客も少なくなかったようで、4年ほどで中止されました。

このほか、車両に関しては、小型方向幕の呉羽MRタイプ車体の冷房車が印象に残っています。見た目にはMR470のようで、エンジンサウンドはブルドックと同じ6D20、形式はMP117。ブルドック(三菱自工)と同期ながら、呉羽車体は旧来の図面デザインゆえ年式よりも古く見えたものですね。車両の真ん中に冷房ダクトで柱が太くなってるやつで、外観上はBタイプと似ていました。大阪地区では高槻・枚方営業所のみの配置だったようです。高槻にはほかに富士重3EのMP117もいました。