(その1)
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山陽本線のラスト、新山口-下関間は、ほぼ内陸を走り単調な景色が続きます。ただ、宇部・小野田など工場地帯も多く、宇部線、小野田線、そして美祢線とユニークな支線に接続しており、意外に変化に富んだ区間と言えそうです。小野田線の長門本山支線には最近まで旧型国電クモハ42形が残っていたようですね。

埴生あたりから再び周防灘の海岸寄りを走るが、長府付近で再び内陸に入り、新下関駅で山陽新幹線と交差ののち、進行方向右側に山陰本線が寄り添い合流すると幡生。これまで進行方向左側が海寄りだったのが、幡生-下関間は右側が海寄りに変わり、日本海側・山陰の一部でもあることを物語ります。国道9号線(山陰道)は、面白いことに下関市内の単独区間で2号線(山陽道)と位置関係が逆転、瀬戸内海(周防灘)の海岸線を走り、かの有名な壇ノ浦を通って、下関駅前が終点となります(2号線は北寄りのルートを取りつつ、壇ノ浦付近からトンネルで関門海峡を渡り九州に入る)。

下関に着く頃には大雨が降ってきました。この年の夏は天候不順で梅雨明けが遅く、お盆明けまで雨の多い冷夏でした(その後は一転、9月中旬まで猛暑が続く)。

山陽新幹線は下関駅には乗り入れません。新下関駅から長いトンネルで関門海峡をぶち抜いて小倉駅へ回ります。

下関といえば、ふぐを忘れてはいけませんね。もしかしたら、下関の名物駅弁「ふくめし」を買って食べたのかもしれません。そういえば、この頃、下関のふぐを味わう観光客のために、広島~下関間のキハ181系ロングラン臨時快速が運転されていましたね。ちなみに下関に乗り入れる最後のキハ181系は、山陰本線の特急【いそかぜ】でした(関門海峡を通って小倉まで直通、2005年廃止)。

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宇部線から下関へ乗り入れる105系

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下関に停車中の415系
JR西日本115系旧・瀬戸内色と塗装がよく似ている

下関から先、JR九州エリアに入ります。さっそく小倉行き415系に乗り換え。九州のJR電化路線は筑肥線を除いて交流方式で、下関駅が交直セクションに当たるため、関門区間には国鉄型の交直流両用車両415系が現在も使用中です。JR九州の新型電車は、筑肥線用を除いて交流専用(700~800番台形式)で統一されています。国鉄末期~JR初期頃、下関発着の日豊本線485系特急【にちりん】もありましたね。

関門トンネル抜け、門司の次が小倉です。山陽本線の終点は門司で、ここから鹿児島本線に入ります。かつて山陽本線ばかりか山陰本線の列車も関門海峡を渡り九州まで旺盛に直通していたが、下関で列車系統が分断され、寂しくなったものです。鹿児島本線の起点は門司港で、もともとここが九州の玄関ターミナルして賑わったそうで、鉄道文化遺産の町として活性化が図られています。

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小倉駅にて 右の列車は日豊本線の特急【ソニック】

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883系特急【ソニック】

小倉からいよいよ九州本番。鹿児島本線の快速に乗ってしまえば博多まであっという間だけど、ゆっくり座りたいこともあってあえて普通電車に乗りました。門司港へ寄ってみてもよかったけど、時間がなかったので・・・。

福岡県といえば温暖な気候のイメージがあるが、関門海峡~対馬海峡沿岸は地形的に日本海側、山陰地方の延長であり、冬は北西の季節風の影響で雲が広がりやすく、雪が降ることも珍しくないようです(ただし、気候型としては準・瀬戸内型で雨量は少なく温暖)。

小倉から博多までの間、日豊本線、筑豊本線、香椎線、篠栗線などが分岐。筑豊本線~篠栗線は2年前に電化されたばかりで、電化まで50系客車が残っていました。筑豊本線に接続する折尾駅の駅弁「かしわめし」は有名ですね。沿線は八幡製鉄所に代表される北九州工業地帯をバックに大学などが多く、福岡・北九州都市圏に入ったことが実感されます(「○○大前」の駅名が3つもある)。

およそ90分ほどで博多に到着。夜の8時ぐらいだったかな。いゃ~、広島からの「青春18きっぷ」の旅は本当に長かったです。ただ、列車はさほど混んでいなかったのが救いだったかな。私個人的に経験値の低いエリアで、単調な景色という印象のある山陽本線の旅だけに、単純な乗り鉄記録に終わると思いきや、ネットや地図で沿線の見どころや駅弁その他面白い情報を調べながら振り返ると、なかなか濃密な旅行を脳内で再現することに(笑)

翌日以降の九州での行動については、また別の機会ということにしましょう。