キハ57形は国鉄急行型気動車キハ58系グループの1形式。

もともと信越本線横川-軽井沢間(碓氷峠)のアプト式区間を通過することを目的に1961~62年に製造。台車に空気ばねとディスクブレーキを採用する仕様で、「キハ58系グループの特殊仕様」という位置づけですが、キハ57形は標準量産仕様のキハ28・58形に先んじて登場しています。ただ、キハ28・58形の量産とは対照的に、わずか36両の少数にとどまりました(ほかに「キハ57形のグリーン車」としてキロ27が7両製造)。

キハ57形の性能がフル発揮できたのは碓氷峠区間アプト式廃止までのわずか2年ほど。合わせて信越本線軽井沢-長野間が電化され、信越本線の急行は大半が電車化。その後、中央西線や飯山線・小海線系統の急行列車(【きそ】【ちくま】【すわ】【のべやま】ほか)に転用されるが、本来の用途を失いつつあったキハ57形は1974~78年にかけて各地に散らばります。

その一つが四国(高松運転所)。なぜ遠く離れた四国に転属されたのかといえば、空気ばね台車で乗り心地の良いことが買われ、四国の急行指定席車として活用するため。

しかし、それも長く続かず、1980年10月ダイヤ改正よりキロ28を普通車自由席に格下げ(キハ28 5000番台)て転用することに。その後も四国に転入したキハ57は細々と残り、一部はJRの時代まで生き延びます(他地区のキハ57形は国鉄時代末期までに全廃)。最後まで残ったのは、キハ57 19と22の2両(いずれも高松区)で、1990年土讃線特急に2000系が投入されるまで急行【土佐】で最後のエースを務めるが、余剰となり1992年に廃車されました。