今話題の「ムカつく行き先」ですが、国鉄時代末期~JR誕生当初の滋賀県のことを思い出しました。

それは、

1)新快速・彦根行き
2)湖西線・永原行き


でしょう。


1)新快速・彦根行き。国鉄時代末期まで、新快速は複々線区間の「電車線」(快速・普通電車と同じ)しか走行できなかったため、ラッシュ時間帯の増発が難しい状況でした。国鉄最後の1986年11月ダイヤ改正で、国鉄本社管轄だった特急・急行・貨物列車用の「列車線」も大阪鉄道管理局が自由に使えることになったため、新快速の列車線走行が可能になり、増発と運転区間拡大が実施されました。運転区間は従来、基本的に草津-姫路間だったのが、彦根まで延長されました。

ここで、なぜ米原の一つ手前の彦根折り返しだったのか、との疑問もあると思います。 せっかく米原では新幹線・東海道本線名古屋方面・北陸本線が接続しているのに、との不満も多かったようですね。

これも、国鉄時代の米原駅構内は名古屋鉄道管理局管内だった事情によるもののようです。米原駅は名古屋・大阪・金沢3局の境界でした。現在もこの構図は基本的に変わっていないが、米原駅の在来線ホームはJR西日本管轄となるため、JR発足直前に大阪局に移管されました。JR発足後、東海道本線米原以西と北陸本線がJR西日本、新幹線と東海道本線米原以東がJR東海の管轄に。

彦根折り返しの新快速も、JR発足から2年後の1989年には、米原発着に延長され、乗り継ぎの不便は解消されました。新快速はその後、北陸本線長浜そして敦賀まで(交流→直流電化への変更により)順次運転区間を拡大していきます。


2)湖西線の永原は、北陸本線との接点・近江塩津まであと一つのところですが、もともとこの間に交直流ジャンクションが設置されていたため、京都発着の113系ほか直流電車は永原折り返しにせざるを得ませんでした。

永原-近江塩津を跨ぐ普通列車には気動車が使用され、1日数本近江今津-近江塩津-敦賀間を結んでいました。その後、北陸本線長浜電化時には、気動車に代わって交直流両用の電車(475・413・419系ほか)が湖西線の近江今津まで直通するようになるが、依然として列車本数も少なく不便でした。

2006年の敦賀直流化後、新快速が湖西線経由敦賀まで毎時1本運転されるようになり(敦賀行きは基本的に湖西線経由)、現在に至ります。