国鉄型気動車キハ47形の81号。

キハ47-81号は今地味に注目の1両です。

1979年11月新潟鉄工で落成後、天王寺鉄道管理局管内の亀山機関区(天カメ)に納車。配属先は、

亀山(~1988.9)→福知山(~1989年度)→鳥取(~2003年度)→山口(~2010年度)→下関

の順に移り変わり、国鉄時代は亀山生え抜きでそのままJR西日本に継承されました。

亀山配属時代は主に関西本線(名古屋-奈良)・紀勢本線(亀山-新宮)・参宮線の普通列車の運用をこなし、キハ35やキハ58などと混結編成を組むことことが日常的でした。納車から草津線電化までの3ヶ月ほど、草津線の運用にも入っていました。1982年5月の関西本線名古屋-亀山間電化まで名古屋駅に顔を出しており、名古屋鉄道管理局管内以東では珍しいキハ47でした。名古屋-亀山間には美濃太田(名ミオ)の寒冷地タイプ・キハ48も加わり、キハ40・47・48の3形式が営業列車として走る貴重な区間でもありました(同区間の普通列車には奈良のキハ35・45系、旧型客車、急行【紀州】間合い編成もあり、バラエティに富んでいた)。

亀山電化後、キハ47の名古屋乗り入れは撤退(名古屋でのキハ47は、JR東海発足後数年経過して伊勢区から武豊線用に5両転属される→美濃太田へ転属。もとは福知山局の所属だったが、国鉄末期の1985~86年、亀山に加わって81号たちの同僚仲間として過ごしたのち、別れて伊勢へ)。

実は1984年10月奈良線電化開業直前の頃、亀山のキハ47は奈良線の運用にも入り、該当車両はキハ47-81号だったと以下のブログ記事で報告されています。

http://terapro-blog.com/article/185054327.html

亀山区の気動車は奈良線の運用は持っていなかったはずだが、電化開業前の数日間、なぜか奈良線にも入線していたようですね。京都駅でのキハ47といえば山陰本線(嵯峨野線)(福知山・向日町所属)を連想しますが、奈良線経由で京都まで顔を出していたとは驚きです。キハ47の方向幕には奈良線用のコマ(「奈良-京都」)など入っておらず、白幕で対応していたようです(せめて「普通」幕を出せばよかったのに)。

1985年3月ダイヤ改正より、片町線(長尾-木津間)にもキハ47が入線するようになり、当キハ47-81号はその1両です。片町線では2エンジン車のキハ58またはキハ53とペアを組んでの2両が基本的な姿でした。

1987年JR西日本発足後も1年半ほど亀山を拠点に活躍を続けます。紀勢本線・参宮線がJR東海の管轄となったため、紀勢本線方面の運用は基本的に撤退(ただし、奈良発多気行きと折り返しの亀山行きが亀山区の担当としてしばらく残存)。

1988年9月亀山を離れ、キハ47の大所帯である福知山(福フチ)に転属。JR西日本各地で余剰となったキハ58系ともども、山陰本線保津峡新線切り替えに伴う列車増発、および京都-福知山間客車列車の気動車化に充てられました。奈良線・山陰本線京都口そして片町線の非電化時代を経験した1両であり、舞鶴線・宮津線も含め京都府下全域を巡った経歴を有することは、当車の地味に興味深い点と言えます。

しかし福知山での活躍も長くなく、1990年京都-園部間電化開業後、さっそく鳥取鉄道部(米トリ)に転属。鳥取では山陰本線(豊岡-鳥取-米子)と因美線を中心に活躍。

鳥取で13年ほど過ごしたのち、広島支社管内に転属し現在に至ります。現在、山口線・芸備線等で活躍中です。一時期、山口から芸備線への送り込みを兼ねて、山陽本線広島~新山口間?にロングランの気動車列車が設定されていましたが、キハ47-81号も当列車で働いたことでしょう(現在は非営業の回送列車扱いとなっている)。

キハ47-81号はクモハ103-48(一時期クモハ103-5001)とともに片町線・関西本線に縁のある車両で、なおかつ広島支社を終生の棲家する点で一致しているのは偶然でしょうか?


【キハ47 81の営業列車走行路線の足跡】
(亀山)
関西本線(名古屋-奈良)、紀勢本線(亀山-新宮)、参宮線、名松線、草津線、奈良線、片町線(長尾ー木津)

(福知山)
山陰本線(京都-福知山)、舞鶴線、宮津線、小浜線

(鳥取)
山陰本線(豊岡-米子)、因美線

(下関)
山陰本線(益田-下関)、山口線、岩徳線、芸備線(広島-三次)、山陽本線(広島-下関?)