中学・高校時代の地理の授業の思い出を書き綴ってみました。

まず、中1の社会科では1年間地理分野を学びました。最初に(国土地理院発行)地形図の読み方を学んだものと記憶しています。物心付いた頃から地図が好きで、よく地図ごっことかで遊んでいたので、興味の持てる授業でした。

その後、2学期にかけて日本国内各地方の地誌(地形・気候・産業・文化)を九州・沖縄から北海道まで西から東へと順に学んでいきます。特に近畿地方は最も身近なエリアだけあって楽勝で覚えられましたね。中部地方では木曽三川流域の「輪中」というキーワードが、今も頭の片隅に残っています。

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「輪中」で知られる木曽三川(木曽・長良・揖斐川)下流域
愛知・三重・岐阜3県が入り組む

世界地理については、カタカナの国名・首都・地名、天然資源や聞きなれない気候の特徴などいろいろ込み入ったことを覚えなければならず、やや苦戦気味だったと思います。

中1の夏休み、各教科から宿題がどっさり出され、社会科は枚方市の市町村合併の歴史について自由研究をやりました。

現在の枚方市の大半の地域は旧・交野郡、枚方市中心部(旧・枚方町)から南西部エリア(枚方公園・光善寺・さだ・香里園)が寝屋川・門真・守口市と同じ旧・茨田郡だったことは驚きです。

実際、旧・交野郡エリアは京都・奈良県境を形成する生駒山地・男山丘陵に囲まれ、麓に連なる台地・丘陵地帯が広がる一方、旧・茨田郡のエリアは淀川流域の低地平野部(京阪電車より東側は香里丘陵の西麓)で大阪平野の北東末端部にあたり、地形の様相がかなり異なります。枚方市は意外に高低差の多い町と実感されるでしょう。

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中宮(旧交野郡山田村)・百済寺跡の小高い丘陵地より枚方市街地・香里ヶ丘方面を望む

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長尾台・藤阪東町(旧交野郡菅原村)の高台から枚方市街地を遠望

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低地平野部の広がる出口地区(旧茨田郡さだ村) 淀川自転車道より撮影

しかし地理分野よりは、むしろ2~3年で学ぶ歴史分野のほうが点数が良かったです。

実を言うと、小学校のとき高学年に進むにつれて勉強嫌いになっていました。しかし、中1の3学期以降巻き返しを図り、まずは暗記ですぐ点数に結びつく社会科に気合を入れて稼いだ結果、中2になってさっそく歴史で高得点を取れたものと思います(ちなみに中学時代の一番好きな科目は英語でした)。

あと中2の理科で天気のことを学んだとき、地理好きな自分には楽勝でしたね(湿度の計算の話は少し難しかったが何とか乗り切りました)。

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高校では残念ながら地理は選択できませんでした。高校の社会科は1年で「現代社会」、2・3年で「日本史」「世界史」を必修科目として学びました。高校の日本史・世界史は暗記する量が膨大で、やや苦戦気味でしたね(嫌いではありませんが)。高3で大学入試に使う予定のない科目まで履修させられ、心理的ストレスも相当なものでした(受験に使わない科目も定期テスト対策はしっかりやっておくべきだったと後悔)。

かなり後になって大学の文学部に「地理学科」があると知り、悔しい思いをしました。この情報をもっと早く知っていたら(誰かが教えてくれてたら)、「余計なもの」に惑わされずに済み、順調な進路を歩んでいたはずだと、周りを嘆いたり怨んだりしていました。

しかし、これも結果責任。自分の不徳が招いた結果でしょう。人のせいにするのは大人としてカッコ悪いです。今更、敢えて大学の地理学科に入り直す理由や必然性はあるのかと言われると・・・。「小中学校時代、社会科が好きだった」「鉄道や旅行が好きだから」というだけでは弱いように思います。

別に高い授業料払って大学に行かなくても、独学でできることは多いはず。今ではインターネットもあり、Google検索でかなり専門的なことまで調べることもできるでしょう。