国鉄時代末期頃、東京~大阪間を「電車急行のみ」で移動するプラン(ルートは一部の例外を除き「一筆書き」)を立ててみました。

それはもちろん可能でした。当然のことながら「電化区間」という条件が付くため、気動車急行と比べて経路選択の自由度は限定的で、行動範囲も比較的小規模となります。

1985年3月14日ダイヤ改正以前だと、基本的に次の4ルートが可能でした。

【ルート1】
新宿 → 塩尻  【アルプス】(中央東線)
塩尻 → 名古屋 【きそ】【つがいけ】(中央西線) 
(1982年11月15日以降は【赤倉】のみ)
名古屋 → 大阪 【比叡】(東海道本線)
(【比叡】は1984年2月1日廃止)

または

塩尻 → 大阪  【ちくま2・3号】【くろよん】(中央西線・東海道本線)

【ルート2】
東京 → 富士  【東海】(東海道本線)
富士 → 甲府  【富士川】(身延線)
甲府 →塩尻   【アルプス】(中央東線)
(塩尻以西【ルート1】に同じ)

【ルート3】
上野 → 長野  【妙高】【信州】【志賀】(高崎線・信越本線)
長野 → 名古屋 【きそ】(篠ノ井線・中央西線)
名古屋 → 大阪 【比叡】(東海道本線)

または

長野 → 大阪  【ちくま2・3号】(篠ノ井線・中央西線・東海道本線)

【ルート4a】
上野 → 長岡  【佐渡】(高崎線・上越線)
長岡 → 長野  【とがくし】(信越本線)

【ルート4b】
上野 → 直江津 【よねやま】(高崎線・上越線・信越本線)
直江津 → 長野 【とがくし】【妙高】(信越本線)

(長野以西は【ルート3】に同じ)
(1982年11月15日以降、基本的に長岡~名古屋間【赤倉】通し乗車のみが選択可能)


北陸本線経由は末端区間の糸魚川~直江津間に電車急行が走っていないため、不可能でした。ロングランの【赤倉】(新潟~名古屋)は1982年11月ダイヤ改正まで気動車で存置されていたが、ようやく165系電車に置き換えられました(1985年3月廃止)。

【比叡】は1984年2月1日ダイヤ改正で廃止され、以降信州および名古屋と関西を結ぶ電車急行は【ちくま2・3号】(季節)・【くろよん】(臨時)のみに限られます。電車急行【ちくま】【くろよん】は1986年11月以降も臨時列車として、2000年ごろまで毎年多客時に細々と運転されていました。

1985年3月以降、北陸本線を走る寝台急行【きたぐに】(新潟~大阪)が583系電車化されたため、北陸本線経由が可能となりました。北陸本線経由のルートは2010年まで、定期列車の【能登】(上野~長岡~金沢、489系)+【きたぐに】ルートが可能でした(いずれもJR西日本所属の車両でした)。

他に、
上野~(常磐線)~岩沼 または 仙台~(東北本線)~小山~(両毛線)~高崎~(信越本線または上越線・・・)
ルートで無理矢理距離を伸ばすこともやろうと思えば可能でした(両毛線直通の電車急行【わたらせ】【あかぎ】もあったが、線内は一部区間で普通・快速扱い)。

「電車急行」の条件を緩め、「急行型電車」縛りの旅(快速・普通も可)なら、以下の乗り継ぎも可能でした。

【ルート5】
東京 → 大垣 (大垣夜行普通列車)
大垣 → 大阪 【比叡】

【ルート6a】(1982年ごろまで)
新宿 → 上諏訪 【アルプス】【こまがね】(中央東線)
上諏訪 → 豊橋 【伊那】(飯田線)
豊橋 → 名古屋  (東海道本線快速)
名古屋 → 大阪 【比叡】

【ルート6b】(1982年ごろまで)
新宿 → 上諏訪 【アルプス】【こまがね】(中央東線)
上諏訪 → 豊橋 【伊那】(飯田線)
豊橋 → 米原  (東海道本線快速)
米原 → 大阪  【ゆのくに】

名古屋地区快速電車は1982年ごろまで153・165系など急行型電車が使用されていました。京阪神地区新快速も1980年まで153系だったので米原から新快速も可能と思ったが、当時新快速の運転区間は野洲-姫路間だったはずなので外しました。ただ、米原-大阪間では北陸からの【ゆのくに】(475系)も可能でした。