15年ほど前の京阪バス寝屋川・門真地区路線図です。
現在と比べて守口市内の路線網が賑やかだということが一目でわかります。大日駅発着の路線は【4】号経路のみでした。
寝屋川市駅~京阪京橋のロングラン【1】号経路は残っており、守口市駅と門真団地を結ぶ【11】号経路もありました。当時、菊水通・東郷通・焼野・鶴見緑地方面路線は門真営業所管轄でした。
守口市駅発着路線としては、京阪高架下を走る【22】【24】号経路(四条畷駅・清滝団地行き)や【15】号経路(梶南口・大久保経由仁和寺行き)などの面白い路線もありました。この道路を走るバスもほぼ皆無。
守口上新庄線【9A】号経路(京阪守口市駅~JR吹田)が、のちに大日駅を経て摂南大学までのロングラン路線に延伸されるとは思いませんでした。
地下鉄門真南も今より発着路線が多く、古川橋駅から【6】号経路(試験場前経由)、京阪大和田駅から【1】号経路(門真団地経由)も乗り入れていました。地味ながら門真車庫入出庫の【9】号経路もありました。
寝屋川市駅周辺では、寝屋川茨木線(【12】号経路)開通前でした。一方、【27】号経路(寝屋川市駅~緑町~太間口)や香里園・三井団地方面から【22】号経路が仁和寺まで運行され、【タウンくる】拡充前夜でした。
コメント
コメント一覧 (6)
確か門真市から梶南口まで往復の経路が違っていたような気がします。
往路は門真市駅の次の信号を左折するのに対し復路は梶南口から今のイオン大日の南側を通り中央環状線を経て門真市駅に至るルートでした。
復路だけですが地下鉄大日駅の近くも通っていましたね。
守口あたりの京阪バスも地下鉄大日延伸を境にかなり減ったような気もしますね。
同感ですね。
2006年当時といえば、イオン大日開業前年のことだったと思います。イオンがオープンしてから、大日のポテンシャルが急上昇したように感じます。対照的に京阪守口市駅前は寂れる一方。以前は寝屋川市駅まで行くバスが1時間合わせて4本あったのが、昼間は大日駅止まりとなり、本数も大幅減ですね。
大日バスターミナル開業の時は、昼間時間帯だけ乗り入れていたため2号経路は乗り入れなかったのですよね。
今は、夕刻の守口市駅行きが2便乗り入れているはずです。(かつては仁和寺行きのバスが止まっていたように記憶しています。)
この当時は、寝屋川茨木線の開業が噂の段階を出ていなかった時期で、11号経路の経路変更&延伸か27号経路の延伸かという話題で持ちきりだった記憶があります。
タウンくるの成功でコミュニティバスの運行も華やかな時代だったのも印象にありますね。
梶南口から中央環状に至る道路は、自転車で通りがかる道なのですが、ものすごく狭くこのような道をバスが走っていたのかというのが、今となっては驚きです。
イオン大日の南側にあった『大日東町』停留所は、イオンモールの広告かどこかで時刻が掲載されていました。
結局乗ることなく廃止されましたが。
イオン大日の成功を受けて、リムジンバスが乗り入れ、高速バスも乗り入れ、5号経路が乗り入れと大日駅前も華やかな時期がありましたがこれらがすべて廃止され、北港バスの運行による摂南シャトルが京阪バスに移管してから、一般路線バスの大日駅での系統分断が鮮明になりましたね。
経路廃止後綺麗に撤去されたのですが、中央環状線側の停留所は、大阪モノレールの代替輸送バスの発着停留所として復活しました。(氷柱はありませんが。)
話が長くなるのでこの辺りにしますが、15年も経過すると時代は大きく変わったのだなぁと実感します。
廃止というくくりにしてしまっているので訂正しておきます。
申し訳ありません。
ありがとうございます。
路線図のフォーマットは確かに15年前とほとんど変わっていないですね。
寝屋川と茨木を結ぶバスがあれば、というわれわれバスファンたちの願望が実現するとは、本当に驚きでした。私個人的に【27】号経路をそのまま太間口から淀川新橋へ直進させて茨木行きにできないものかと思っていました(さらに阪急・近鉄バスとの共同運行も)。結局、摂南大学を通る【11】号経路を一部経路変更という形に落ち着きましたね。
当時、コミュニティバスの新設も各地で盛んでしたね。特に音羽町線の成功が大きかったものと思います。2008年のダイヤ改正で寝屋川市内に「タウンくる」が拡大されました。合わせて利用の少ない【27】号経路は廃止されました。
【15】号経路は廃止1年ほど前に一度だけ乗車したことあります。夜の時間帯だったこともあり、どの経路を通ったのか印象に残っていないが、路線図を見る限りかなり渋いところを走っていたようで、改めて驚きです。