カテゴリ: 京阪バス(京都・滋賀)


久しぶりに京阪バス山科営業所関係の記事をでっちあげる。

今回は御池通を通る【93】号経路についてレポートしてみたい。

【93】号経路の運行経路は、

醍醐バスターミナル~小野駅~勧修寺~西野山団地~大石神社~川田~(五条通)~山ノ内町~五条坂~五条京阪→烏丸五条→四条烏丸→烏丸御池→京都市役所前→河原町三条→四条河原町→河原町五条~五条京阪~・・・

で、いわば郊外を起点に市街地を循環するタイプの路線系統だ。

四条通二車線化(2015年春)による交通渋滞を避けることを目的に、醍醐BT発着で四条通(祇園~四条京阪~四条烏丸~四条大宮)を経由する【83A】【83】号経路を御池通に変更したものであり、2015年9月に新設。

そもそも四条通の車道二車線化工事は「歩きやすいまち」をめざし歩道の拡幅が目的だった。初めは自転車・歩行者にやさしいまちづくりの一環として歓迎したものの、実際には渋滞が以前よりも深刻となってバスの大幅遅延を招き、さらに外国人観光客の急増により市バスは常に混雑しやすく利用しづらいものとなっている。バスの混雑緩和を目的に京都市当局は地下鉄の利用促進を打ち出しているようだが、はっきりいって地下鉄は繁華街や観光地から離れていて使い勝手が良いとは言えない。

御池通を経由する京阪バスは、このほか【92】【95】号経路がある(御池通経由は90番台)。



久しぶりの京阪バス山科営業所管内の路線レポートをでっちあげる。

今回は伏見区内を東西に結ぶ【6】号経路・<醍醐BT~中書島~西大手筋~竹田駅西口>

運行経路は、

醍醐BT~醍醐駅~石田駅~石田団地~新六地蔵橋~東町~桃山南口~観月橋北詰~京阪中書島~中書島~西大手筋~伏見警察署前~パルスプラザ前~城南宮東口~竹田駅西口

【6】号経路は京都外環状線(府道7号線を含む)を走行して、伏見区中心部の中書島・大手筋界隈を経由、油小路通(第二京阪副道)を北へ進む。数年前まで基本的に竹田駅まで乗り入れていたが、現在1本を除き、西大手筋折り返しとなっている。中書島~西大手筋~竹田駅へは京都南部線【24】【24A】号(男山営業所)に乗車することになる。

六地蔵付近には大型ショッピングセンターが集中しているが、府道7号線は片側1車線ずつのため渋滞しやすい。去年の日曜の昼間、西大手筋から醍醐BTまで【6】号経路に乗車したが、観月橋~六地蔵付近まで長い渋滞が続いた。なお、【6】号経路は、JR六地蔵および京阪六地蔵は経由しないので注意。

【6】号経路は地下鉄東西線開通の1997年、市バス【21】系統・<横大路車庫~小野>を引き継いで設定される。【21】系統は山科区まで乗り入れる横大路管内唯一の路線だった(醍醐・山科地区は基本的に醍醐営業所が管轄していた)。

地下鉄東西線開通前、現【6】号経路と似た京阪バス路線として、【8】号経路<日野~石田~桃山南口~観月橋~御香宮~桃山南口循環>が運行されていたが、1995年ごろ京阪六地蔵発着に短縮される。御香宮前には同じ京阪バス京都奈良線【2】号経路も発着していたが、1996年廃止(奈良交も同時に撤退、近鉄バスは1998年まで免許維持路線として運行を継続)され、桃山南口・観月橋界隈から一時的に京阪バス路線が消失していた。

なお、2012年より、【直通】<丹波橋駅東口~京都橘高校~京都橘大学>系統が運行開始となり、かつての【8】号経路を彷彿とさせるもの。

醍醐と竹田駅を結ぶ路線としては、ほかに【2】号経路・<勧修寺・藤ノ森経由・竹田駅東口発着>がある。

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阪急バスのほか京阪バス(【90】号経路)も乗り入れます。
最近の阪急バス京都地区はブルーリボンやエルガの新車が多いようですが、新エアロスターもちゃんと配置されています。
京阪バス【90】号は男山営業所に移管されましたが、主に中型エアロミディが充当されているみたいですね。


本年3月の京阪バスダイヤ改正(男山・京田辺・山科営業所管内)で、大幅な路線系統・ダイヤ再編が実施される。これにより、運用担当も以下のように変更されている。


1)八幡田辺線は昼間時間帯、【74A】or【74B】と【76】の2本建てに変更、男山営業所が担当(改正前は基本的に京田辺営業所担当)


2)樟葉駅~松井山手~新田辺系統について、昼間時間帯は

【30】樟葉駅~摂南大学北口~本郷~松井山手駅
【67D】樟葉駅~水珀~本郷~松井山手駅~JR大住駅~近鉄新田辺

の2本建てに変更。【30】は男山、【67D】は京田辺がそれぞれ担当(改正前は【31】【67D】とも基本的に男山営業所が担当)。


3)【直通】<長尾駅~大阪工大~摂南大学枚方キャンパス>系統は京田辺営業所に移管。


4)京都南部線・淀長岡京線・淀山崎線系統は全て男山営業所に移管。


5)京都けいはんな線(試験運行)は京田辺から洛南営業所に移管(トップドア車H-3208・3244は洛南に転属)。


今回の運用変更により、男山営業所は京阪宇治交通時代を含め、初めて京都市内に進出したことになる。また、京阪バス編入以降、既に男山営業所も競馬シャトル(京都競馬場~阪急西山天王山・阪急水無瀬)を分担するようになっていたが、本年春のダイヤ改正では、淀・京都市南部・山崎・長岡京方面の一般路線を新たに担当することになった。

ただ、運用車両については、京田辺担当時代と同様、中型・小型車での運用が多く(男山に転属したものもある)、男山営業所に移管されたという実感が今一つ持てない。

一方、樟葉駅に乗り入れる京田辺営業所の運用は、樟葉長尾線【93】【95】【97】号に加え山手線【67D】の分が大幅に増加。現在のところ、山手線と樟葉長尾線の運用は基本的に独立しているようだ。


京阪バス過去路線について一つレポートする。

今回は【22】号経路・<京阪淀~阪急桂駅前>

運行経路は、

京阪淀~横大路~(国道1号線)~東寺南門~七条大宮~(七条通)~桂大橋~阪急桂駅前

京都市南部の郊外どうし(伏見区~西京区)を結ぶ面白い路線系統で、同じ淀発着の【23】号経路などとは異なり、京都駅前は経由せずだった。桂駅前では現在の京阪京都交通と同じ東口からの発着だった。

淀桂線の設定当初は淀営業所(廃止)が担当していたものと思われ、その後洛南営業所の担当となるが、1985年12月以降枚方営業所に移管され、10年後の1995年12月に廃止される。他の淀・京都市南部地区路線と異なり、子会社の京阪シティバスに移管されることなく消滅。その後、京阪シティバスはグループ会社再編により2014年に廃止され、淀~大久保~宇治方面系統は京都京阪バス(旧・京阪宇治バス)に一本化、残り(淀~山崎・竹田・京都駅方面)は京阪バス直轄に復帰する。京阪バス移管後、京田辺営業所が担当することになるが、本年3月より男山営業所に持ち替わる。

この淀桂線系統は、京阪バスグループの歴史を語る上で何気に意味深いものがある。

淀桂線廃止後、京阪バス一般路線としては西京区・桂方面から撤退したことになる。
一方、桂・洛西・亀岡地域および福知山・舞鶴までの京都府中部をカバーする京都交通バスは経営悪化が進んで2004年に更正手続きを開始、園部以南の路線は京阪バスグループが運営することに決まり、2005年新会社「京阪京都交通」が発足する(北部の福知山・舞鶴方面は日本交通グループ傘下の「京都交通」として再スタート)。これにより、京阪京都交通の車両は京阪バスカラーへの統一が進み、桂駅前(東口)にも京阪バスカラーの車両が終日出入りするようになる。京阪バス淀桂線撤退後、10年ぶりに桂地区に京阪バスが事実上復活するようなものだった。

さらに言えば、この近隣地域では阪急バス(大山崎営業所、東向日出張所)もカバー、西京区の桂や洛西NTにも足を伸ばしているが(桂への乗り入れは撤退)、阪急京都線の歴史的経緯(新京阪)から、こちらも元は京阪バスだった。

実は、京阪バスと旧・京都交通は昔からいろんな関係がある。
京都交通の前身、丹波交通は確か京阪バス(京阪自動車)も出資していたようだし、京阪バス中古車が京都交通に移籍する例は昔から多く、現在も京阪バス色のまま京阪京都交通に移籍するのは日常茶飯事だ。また、淀桂線の通る七条通には京都駅~阪急桂駅前~亀岡方面の路線系統も通っており、まさかこの路線に京阪バス色の車両が現われるとは夢にも思わなかった。



明日3月18日、京阪バス男山・京田辺・山科営業所ダイヤ改正が実施される。

今回、京都南部線、淀・山崎・長岡京方面についての変更はないが、京田辺から男山に持ち替えとなる予定だ。

淀・伏見・山崎・長岡京方面は男山営業所が一番近いが、京都京阪バス委託の都合で京田辺営業所が担当していた。回送距離が長いため、京田辺営業所から淀への送り込み車両は、まちの駅・イオン久御山で待機していたようだ。

この改正で京田辺営業所の運用が大幅に減ることが気になる。

京都南部線&淀・山崎・長岡京からの撤退に加え、八幡田辺線は大幅減便されるし、さらに山手線【31】号・<くずは~新田辺>は【30】・<くずは~松井山手>に短縮される。また、京都けいはんな線は洛南営業所に移管される。

山手線【31】【67D】号は基本的に男山営業所の担当だが、今度の改正で男山の淀方面運用が加わる分、京田辺の受け持ち分が増える可能性はありそうだ。

今度のダイヤ改正には直接関係のない枚方営業所管内の穂谷・長尾方面運用も新たに追加かもしれない。
【66】号・<枚方市駅~大阪国際大学~長尾駅>あたりが一部京田辺担当に代わるかもしれないし、もしかしたら出屋敷線【23】号・<藤阪ハイツ・長尾駅循環>なども移管されるかもしれない。


(2017.3.18追記)
京阪バス公式ホームページの男山・京田辺管内運賃表から次のことが判明しました。

八幡田辺線【74A】【74B】は全便男山の担当、平日の朝1本だけとなる【63】・<近鉄新田辺→ポエムノール北山>は京田辺担当ということになっています。意外だったのは、【直通】・<長尾駅~摂南大学枚方キャンパス>が京田辺担当となっていること(改正前は男山担当)。新田辺からの【63】号は摂南大直通バスの送り込みを兼ねてのものと推測できます。



京阪バスの磁気カード乗車券の発売・利用終了とICカードの新サービスが発表されました。

https://www.keihanbus.jp/local/pdf/ic_20170203.pdf

現在の磁気式1Dayチケット(大阪版、京都・滋賀版、各600円)は、本年9月で発売終了、来年3月限りで利用終了。

これに代わって、本年4月1日より、IC式1Dayチケットが650円で発売・利用開始となります。
50円分の値上げですが、京阪バス全線(大阪・京都・滋賀地区)で利用可能となり、行動範囲が大きく広がります(枚方市100円バス、四條畷市コミュニティバス、京都比叡山線など一部の路線を除く)。もちろん、現在の1Dayチケットでは「利用可能範囲外」の京田辺地区でも、新たに使用できるようになります。

IC式1Dayチケットを利用するためには、ICOCAまたはPitapaを用意する必要があります。
与信審査や身分証明書の不要なICOCAカード(2,000円分チャージ)が手軽に購入しやすいでしょう。
ICOCAカードは、鉄道駅やコンビニで1,000円単位のチャージが可能です。
1Dayチケットの利用当日、1回目のバスに乗車の際、乗務員に伝えることで、2回目以降のバスで利用可能となります。

ICカードは、もちろん関西の鉄道・バス各社で使えるので、バスの本数の少ない地域を鉄道でハシゴするのにも便利です(運賃は別途必要)。



京阪バス山科営業所管内の路線は複雑に入り組んでいて、さらに狭隘区間も多くカオスだ。慣れない人には経由地がつかめず、戸惑いやすい(寝屋川・交野営業所管内もかなり複雑な路線系統が多い)。

実際乗ったことはないが、ちょっと面白そうな路線系統を一つ紹介してみたい。
それは、【86B】号経路・<三条京阪~醍醐寺~醍醐バスターミナル>。

運行経路は、

三条京阪~河原町三条~四条河原町~河原町五条<東行き>/祇園<西行き>~五条坂~馬町<西行き>~川田清水焼団地~大石神社~国道東野~椥辻駅~小野駅~醍醐北団地~醍醐寺前~石田~石田駅~醍醐駅~醍醐バスターミナル

で、小野駅・醍醐寺・石田界隈の経路が行ったり戻ったりしてこれまた複雑だ。ただし、国道1号線(五条通)においては河原町五条から国道東野までそのまま道なりに走行するので、他の系統に比べてわかりやすいだろう。京都市バス旧・【東8】系統<四条河原町~五条坂~国道東野~小野~石田~醍醐車庫>の流れを受け継いでいる。

この路線系統は、三条京阪・四条河原町から醍醐寺前・石田まで直通する唯一の路線系統という意味で、面白い。

運行本数は昼間時間帯(11~16時)毎時1本のみで多くない。三条京阪から五条通方面への京阪バスは、ほかに

【87B】西野山団地・醍醐駅・小栗栖団地経由 京阪六地蔵行き
【88B】清水焼団地・栗栖野・醍醐駅・小栗栖団地経由 京阪六地蔵行き

が昼間時間帯毎時各1本ずつ運行されている。夕方16時30分~17時台は【84B】醍醐バスターミナル行き(西野山団地経由)のみとなる。

一方、醍醐バスターミナルからの西行きは、夕方16・17時台は【86B】の代わりに【86】四条河原町行きとして運行される(都心部を循環運行して醍醐に戻る)。【86】号経路は市バス【東8】系統と完全に同一経路だ。

東行きは始発・三条京阪からの利用客は少なく、四条河原町から混み出す。西行き(三条京阪行き)は、観光客の多い五条坂~祇園~四条河原町間で特に混雑しやすい。



阪急と京福電鉄(嵐電)の接続する、京都の西側のターミナル、四条大宮。

かつて、四条大宮には、京阪バス本社があり、ここから山科・六地蔵・大津方面へのバスが盛んに行き来していた。現在、四条大宮に発着する京阪バスは、一般路線は【82】号経路のみとなり、寂れているようだ(他に関空リムジンバスも3本発着し、直Q京都号も四条大宮行きのみある。また四条大宮行きのみの【83】号経路もある)。

四条大宮発着の京阪バス一般路線としてほぼ唯一となった【82】号経路・<四条大宮~大宅>について、簡単レポートする。

運行経路は、四条大宮から東方向へ順に、

四条大宮→大宮五条→烏丸五条(四条大宮←四条烏丸←烏丸五条)~五条京阪→五条坂(五条京阪←馬町)~山ノ内町~川田道~国道東野~国道大塚~大宅(山科営業所前)

で、ほぼひたすら国道1号線(五条通)を東西方向にまっすぐ走行する経路を取っている。東行きと西行きでは一部区間経路が異なる。また、一部の便は途中、山科団地を経由する。国道大塚から先、狭い旧・奈良街道(京都府道35号)を南下し、終点・大宅に至る。

京都市中心部(四条烏丸・河原町方面)から五条坂を経て山科・醍醐方面へ向かうバス路線は、実は運行経路は迷路のように複雑、狭隘区間もあってかなりカオスで、さらに四条烏丸や河原町などののりばもわかりにくく、慣れていない人には不案内だろう。その中にあって、この【82】号経路は、国道1号線をほぼ真っ直ぐ走行するので、比較的わかりやすい。


四条大宮
http://katanogawara.blog.jp/archives/7854367.html

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香里団地営業所に在籍したことのあるエアロミディ小型車(S-1067)についての記事
http://katanogawara.blog.jp/archives/10561437.html
を書いたばかりだが、山科営業所生え抜きのS-1068の写真もあったので、こちらもアップする。
2012年11月に撮影、大阪地区では既に見られなくなった車両だった。大阪地区に比べてノンステップ(ワンステップ)車の投入が遅れていた山科営業所管内だが、ブルーリボンIIおよびエルガの新車が一気に増え出した頃だった。2015年には山科営業所は教習車を除き幕車が全廃となる。

山科営業所にはエアロミディ小型車と同時に、京阪バスではレアな日産ディーゼルの小型車(S-5003)も配置された。


かつて、三条京阪・四条大宮・京都駅から三条通を経て大津市内および滋賀県を結ぶバスが盛んに運行されていた。京阪バス【46】【47】号経路のほか、信楽への帝産湖南交通、水口への滋賀交通、そして京都東ICから名神経由で八日市(東近江市)までの長距離バスなどもあった。現在、JRの本数増発および地下鉄東西線開通などの影響もあって、京都と滋賀を結ぶ路線バスは大半が廃止され、その成れの果てとして、西大津バイパスを行く京阪バス【48】号経路が1日1往復だけ残っている。

さて、大津市内と四条河原町・烏丸を結ぶ急行バスがあったらどうかと思っている。例えば、大津京駅・坂本・雄琴・堅田方面から西大津バイパス・三条通経由はどうだろうか?詳しい運行経路として、

堅田駅~雄琴~坂本~大津京駅~<西大津バイパス>~山科駅~<三条通>~三条京阪→河原町三条→四条河原町→河原町五条→<五条通>→烏丸五条→四条烏丸→烏丸御池→京都市役所前→三条京阪→・・・

とする。山科駅にも立ち寄り、京都市街地は循環運行、二車線化されて渋滞しやすい四条通を避ける。

なぜこう考えるのかといえば、滋賀県および山科駅から鉄道で四条河原町方面へは不便だから。地下鉄東西線は京都の繁華街・四条通から外れているし、京阪京津線は御陵から東西線に直通運転することで京阪本線へ乗り継げるように対応しているが、運賃がバカ高いのが困る。京阪山科駅はJRからの乗り換えが便利でせっかく場所が良いのに、地下鉄直通のための割増運賃だけのために、面倒不便でも地下鉄山科駅から乗るのが一般的だ。これも京都市当局の陰謀みたいなものを感じる。せっかく利用客の多かった京津線の軌道併用区間を廃止に追い込まれたために、大津線の経営が悪化し、京阪は割を喰ってしまう。四条通の二車線化も歩道が拡幅され歩きやすくなったのは良いが(これが目的のはずだったが)、車道が渋滞しやすくバスが大幅遅延となるのは問題だ。とにかく京都市の交通行政がここまでお粗末だったとは思わなかった。京阪グループ(京阪バス、江若交通)として、大津から四条河原町への急行バスを運転するなどの「復讐戦」に出てもよいはずだ。



久しぶりに京阪バス山科営業所管内の話題をエントリーする。

今回は三条通を走行する貴重な【17】号経路についてレポートする。
【17】号経路の運行経路は、

三条京阪-東山三条-蹴上-日ノ岡-北花山-上花山-川田(清水焼団地)-大石神社-椥辻駅-蚊ヶ瀬-大宅甲ノ辻-大宅

で、日ノ岡までは三条通、この先東山の山麓に沿って北花山、清水焼団地、大石神社などを回ってジグザグルートで大宅(山科営業所前)に至る。京都市バス【東6】系統(醍醐車庫前-勧修寺-大石神社前-日ノ岡-三条京阪)の後継路線である。狭隘区間が多いため、小型車で運用されている。

かつて、三条京阪・四条大宮などを起点に、三条通を経て山科・醍醐・大津方面へのバスが複数の事業者(京阪バス、京都市バス、近江鉄道、帝産湖南交通、滋賀交通)で賑やかに行き交っていたが、地下鉄東西線開通(および京阪京津線三条-御陵間廃止)に伴い、東山三条以東をゆくバスは京阪バス【17】【19】号経路のみとなる。京津線軌道併用区間の廃止により、御陵の渋滞は解消されたが、バスの本数が大幅に減らされて不便になってしまったのは問題だろう。

三条通の下を通る地下鉄東西線も成功しているとは言い難い。確かに山科・醍醐地域から京都市役所・二条駅・右京区へは便利になったが、四条河原町・烏丸へは不便だ。浜大津から京阪京津線が東西線に乗り入れているものの運賃がバカ高く、京都市街地へはJR京都駅から烏丸線に乗るほうが安くて便利だ。せっかく場所の良い京阪山科駅も運賃の割高感ゆえ敬遠され、わざわざ手間をかけて東西線に乗る。かつての【46】号経路のような浜大津から四条河原町方面へ直通するバスを復活してほしいと思った。

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伏見区の「西大手筋」バス停。
大手筋商店街西入口の前で賑わっている。商店街を真っ直ぐ東へ歩けば、京阪伏見桃山・近鉄桃山御陵前駅、御香宮へ。

「西大手筋」バス停には、京都市バス、京阪バスのほか、京都京阪バス【25】(イオンモール久御山経由近鉄大久保行き)も発着している。写真は元・高槻市営バスだった京都京阪バス8344号。京阪バスは醍醐バスTN行き【6】号と京阪淀駅・竹田駅西口行きの【24A】号が発着。かつては、ここから樟葉駅への【52】号が来ていた。

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大津市南部にある京阪バス「大石小学校」バス停。
瀬田川の流れに従って南へ進み、南郷洗堰・立木観音を通って、宇治川ライン(県道3号)と信楽・伊賀方面への国道422号の交差するところから鹿跳橋を渡ったところにある。

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鹿跳橋

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鹿跳橋から下流側(宇治川ラインへ)

石山駅から大石小学校まで【4】または【54】号経路が毎時4本運行されている。
大石小学校から、外畑・内畑・曽束・小田原・桜公園各方面へのフィーダー路線(【4B】~【4H】)が発着している。かつては石山駅から山間部の奥まで乗り入れていたが、大石小学校で系統分割されている。
バスの行先表示機では「大石」の2文字だけ表示される。

なお、2008年までは、石山駅から大石小学校・小田原を経て宇治田原までの路線もあった(京阪宇治交通→京阪宇治バス、昔はさらに京阪宇治まで乗り入れていた)。現在、大石小学校~小田原間は京阪バス【4G】号経路として運行されている。

また、石山駅から南郷・R422経由信楽(甲賀市)までの国鉄・JRバスもあった。JRバス撤退後、公営バスに転換して同じ区間の運行を継続するが、今はどうなっているんだろうか?


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久しぶりに山科・醍醐地区の京阪バス路線を一つ取り上げてみる。

今回は【22】【22A】号経路。
運行経路は、

山科駅~外環三条~竹鼻~東野~椥辻駅~蚊ヶ瀬~小野駅~醍醐上ノ山町(【22】)/ 醍醐北団地(【22A】)~醍醐新町~醍醐寺前~一言寺~石田~町並~JR六地蔵~京阪六地蔵

で、山科・醍醐地区の一つの幹線系統をなしている。昼間時間帯は毎時3本(20分間隔)の運転で、大半が醍醐北団地経由の【22A】、醍醐上ノ山町経由の【22】は朝と夜のごく一部のみだ。

地下鉄東西線開通前から運行されている数少ない路線系統であり、東西線に並行しているにもかかわらず開通後もほぼそのままの形で残ったのは、小野駅以南が地下鉄と少し離れて旧・奈良街道を通り、醍醐新町・醍醐寺方面への利便性を確保するためだと考えられる。地下鉄開通前は、【22】【22A】号経路と同じ経路で、三条京阪からの【12】号経路(三条通経由)もあった。三条京阪から旧【12】号経路と同様の経路で六地蔵へバスで移動するのなら、山科駅で【19】と【22】【22A】を乗り継ぐことになる。

地下鉄六地蔵駅はJRの駅と隣接しているが、京阪六地蔵とは少し離れている。ちなみに京阪六地蔵駅は伏見区、JR・地下鉄の六地蔵駅は宇治市で、地下鉄唯一の越境区間となっている。地下鉄六地蔵駅にイトーヨーカドー六地蔵店が隣接しているが、来年2月閉店予定だ。

山科・六地蔵間は地下鉄が早いが、京阪六地蔵からだとバスのほうが安くて便利だろう。地下鉄に乗るのなら階段やエレベーターの上り下りが手間だが、バスだったらすぐ乗り降りできる。

なお、山科駅から醍醐バスターミナル(醍醐駅前)へのバスはないので注意が必要だ。

京都東ICから国道1号を少し東へ進んで滋賀県大津市に入ったところで、161号西大津バイパスが分岐する。西大津バイパスは、自動車専用道の「湖西道路」(現在、無料化されている)につながり、比叡山・比良山の山麓をたどって北小松(大津市志賀町)あたりまで続く。湖岸沿いのR161大津市内の渋滞を緩和し、京都・大阪と高島・敦賀方面を短時間で結ぶ機能を有している。

西大津バイパスの坂本北IC以南は一般道の扱いとなっていて、最近まで原付(50cc以下)・自転車も通行できたが、去年から最高速度70km/hとなったため、それらが通行禁止となったようだ。京都市内から大津市北部への抜け道として重宝されていたが、原付・自転車・歩行者はR1逢坂越~浜大津を回るしかない。なお、湖西道路は自動車専用道なので125cc以下のバイクも通行できない。

西大津バイパスには京都市内と大津京を結ぶ京阪バスが通っている。かつては四条大宮~西大津駅(現・大津京駅)・琵琶湖大橋方面系統が通っていたが、現在、主に山科駅~藤尾・小金塚系統で、長等トンネルを抜けて大津京駅を結ぶバスは平日1往復だけとなった。



京都市の西の玄関口、四条大宮。

四条通の地下を通る阪急京都線大宮駅と京福電鉄嵐山本線(嵐電)が接続するターミナル駅だ。
四条大宮から京都市内各方面へのバス(京都市バス、JRバス、京都バス、京阪バス)が賑やかに行き交い、終日交通量が多い。大宮通は四条大宮より北は片側1車線の狭い路地に変わり、北行きのバスは西北斜の千本通へ入って二条駅前を経由する。

四条大宮から嵐山へは、京福電鉄(嵐電)と阪急(桂乗り換え)、そしてバスの3通りの交通手段があるが、一部軌道併用区間のある嵐電が一番楽しいだろう。阪急と嵐電の駅を行き来するには、渡月橋を渡ることになる。バスは、京都バスと京都市バス【28】号系統があり、京都バスは嵐電に寄り添う形で太秦・嵯峨方面を経由するのに対し、市バス【28】号は四条通をひたすら西へ直進し、松尾橋(松尾大社前)から阪急嵐山駅前を通って渡月橋を渡る。

かつて四条大宮に京阪バス本社が置かれ(→南区に移転)、南東角に京阪バス専用のバスターミナル(広場)がある。以前は四条大宮から山科を経て六地蔵・浜大津・西大津駅・琵琶湖大橋・石山方面へのバスが発着して賑わっていたが、現在は【82】号経路・大宅行き(五条通経由)が毎時1~2本発着するほかは、関空リムジンバスが朝に3本発車するのみとなっており、せっかくの広いターミナルも持て余し気味のようだ。また、大阪方面からの直Q京都号の一部は四条大宮まで乗り入れるが(枚方営業所担当便のみ)、四条大宮からの直Q号は無い。

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阪急電車の大宮駅もかつては特急停車駅だったが、特急の停車駅が大幅に増えたにもかかわらず、大宮だけは通過するようになり、京都市内のターミナルとしての地位低下が心配されるところだ。


寝屋川茨木線につづき、京都側の淀川対岸都市連絡バス、淀長岡京線【90】号経路についてレポートする。

2013年12月、阪急京都線の西山天王山駅が長岡京市に開業する。
西山天王山駅では、ちょうど京都縦貫道(~京滋バイパス)と立体交差していて、高速バスのバスストップ(高速長岡京)が併設され、阪急電車との乗り換えが可能となっている。高速長岡京から、関東・北信越・東海・丹後半島・中国・九州各方面へのバスが発着している。

一方、京阪淀駅も高架化完成と同時にバスロータリーが統合整備される(それまで宇治方面行きと大山崎・京都駅方面行きではのりばが離れていた)。

さて、西山天王山駅開業に合わせ、淀川(桂川)両岸を結ぶ路線バスが新たに誕生する。それは、淀長岡京線【90】号経路であり、京阪バスと阪急バスによって共同運行されている。運行経路は、

京阪淀駅~<宮前橋>~洛西浄化センター~落合橋~調子~阪急西山天王山~清水ヶ口~JR長岡京

であり、比較的短距離の路線系統だ。京阪バスは京田辺営業所、阪急バスは大山崎営業所がそれぞれ担当している。毎時1本の運行ダイヤだが、やはりそれなりの需要があるようで、2014年9月には立命館中学・高校の長岡京市への移転に合わせ、増便される。

京阪バスと阪急バスの共同運行は、1997年の吹田八尾線廃止以来のことだ。かつて阪急バスが京阪門真市駅・守口市駅に乗り入れていたが、大阪モノレール門真市開業により廃止される。

京阪バス担当便は京都京阪バス(旧・京阪宇治交通)と同じ緑色の車両(レインボー10.5m車)が入ることもある(運用車両が特に限定されているわけではない)。阪急電車公式Twitterでも話題のネタになった。また、阪急バスは方向幕車で運用されることもあるが、今はどうなのかな・・・


京都駅八条口から阪神高速8号線(新十条通)を経て山科区および伏見区醍醐地域を結ぶ山科急行バス(山急)。2010年秋に運行開始し、今年で6年を迎えるが、実は私は未だ乗ったことがない。

さて、その山急には、2013年11月~15年8月までの2年余りだけ、香里園・香里団地方面まで直通する臨時便があった。その運行経路は、

醍醐寺~大石神社~(稲荷山TN)~京都駅八条口(ホテル京阪前)~<第二京阪>~三井秦団地~三井団地~京阪香里園~東香里~藤田川~新香里

という面白いものだった。土曜・休日ダイヤ(季節限定)の朝と夕方に各1往復ずつの運転で、主にブルーリボンIIのトップドア車(H-3244)が使用されていた。H-3244は直Q京都号の増発用として京田辺営業所に配属されたが、山急香里園系統に転用するため山科営業所に転属。山急香里園廃止後、ニート状態となり、一時は大阪ナンバーに登録替して門真に配置されるが、今春より運行開始した京都~学研都市急行バス(奈良交通と共同で試験運行)に使用するため、古巣の京田辺営業所に戻る。

h-3244
山急香里園で運用中のH-3244トップドア車 新香里にて
(S.Inoue Part2より拝借)

香里園・香里団地方面から醍醐寺方面への観光需要がどれだけあるのかはわからないが、京都駅までの潜在需要はそれなりにあるのではないか。なぜ香里園が選ばれたのかは疑問を感じるところだが、枚方市駅・寝屋川市駅付近の渋滞や道の狭さ、第二京阪のICの位置などを考慮した結果なのではないか、と以下のレポートにて指摘されている:

http://contrapunctus.blog103.fc2.com/blog-entry-84.html


しかし、香里園・香里団地方面から京都駅までの直Q号はあってもよさそうだ。現在、USJ・京都線の一部便が藤田川・枚方市駅南口・枚方車庫経由で運用されているが(枚方営業所担当)、京都よりもどちらかといえばUSJへの行楽客を意識したダイヤ設定となっているようだ。例えば、大阪国際大学発着系統を香里団地方面まで延長運転するのはどうだろうか?

大阪・京都・滋賀・奈良の近畿2府2県にまたがる京阪バス一般路線は、大阪地区京都・滋賀地区に大きく分けられる。

淀川対岸の阪急バスのほうは、大阪・兵庫エリアと京都エリア(水無瀬地区を含む)の路線網の間が高槻市営バスによって隔てられている。かつては、京阪国道線の残滓である茨木-水無瀬系統で辛うじてつながっていたが、現在は完全に分離されてしまった。それでも、関西有数の広域バス事業者としての地位を誇る。

さて、京阪バスのほうはどうだろうか?

京都府に営業所を持つ男山・京田辺管内(旧・京阪宇治交通)も大阪地区路線として扱われることが多い。ただし、京田辺管轄の淀・山崎・長岡京以北は「京都・滋賀地区路線」とするほうが自然だろう(淀・山崎・竹田・宇治地区については、以前枚方営業所が担当したこともあるが、伝統的に「京都地区」として扱われている。「1Dayチケット」京都・滋賀版の範囲に入っている)。

実は、京阪バスの大阪地区路線と京都・滋賀地区路線は何とかつながっている。

まず、毎年正月のみに運行される臨時・八幡山崎線を介して、大山崎町でつながっていると見なせる。大山崎には【13】号・<京阪淀駅~JR山崎>が乗り入れている。八幡山崎線は本来最寄の男山営業所が担当しても良さそうだが、Bタイプ車を使用するため、伝統的に枚方営業所が担当している。

直Q京都号の発着する松井山手・京田辺市役所・大阪国際大学・京阪交野市駅などにおいても、大阪・京都両エリアの路線がつながっていると見なすことができる。直Q京都号は大阪市内のなんばOCATやUSJまで乗り入れる。

京都京阪バスを含めば、新田辺~宇治田原~宇治~大久保~中書島のルートで大阪・京都両エリアがつながっていると見なせる。

過去には、直近の例として、山科急行線(山急)臨時便が醍醐寺から京阪香里園・三井団地・香里団地まで乗り入れたり(山科営業所担当)、2005年までは【52】号・<樟葉駅~中書島>も運行されていた。

しかしそれよりも、滋賀地区と京都地区路線とのつながりが細っていることが気になる。
かつては京都市内から京津国道線として浜大津や琵琶湖大橋、石山方面に乗り入れていたし、宇治川ラインで大津市内と宇治方面が結ばれていた。現在は、

◎161号西大津バイパス経由、【48】号・<山科駅~大津京駅>が平日1往復、
◎比叡平地区で百万遍・三条京阪方面と大津京・石山駅方面との乗り継ぎ

の2つのルートでの移動が可能だ。

昨日、雨模様の天気の中、久しぶりに京阪バス「1Dayチケット」(京都・滋賀版)を使った。

四条河原町に行くつもりだったが、急に伏見桃山で下車、大手筋商店街を歩いて「西大手筋」から京阪バスに乗りまわることにした。西大手筋発の【6】号経路・醍醐バスターミナル行きの時間に合わせて、商店街で時間をつぶす。さっそく【6】号経路に乗り込み、運転手さんから「1Dayチケット」を購入。定刻に発車し、中書島、京阪中書島あたりまでは良かったが、その後節々の痛みや体の熱っぽさを感じ始め、どうも風邪をひいてしまったようだ(1時間ほど前に下痢をしたが、腹からくる風邪のようだ)。車内は冷房が効いていて長袖シャツ1枚でも寒いぐらいだった。

観月橋を過ぎたあたりから道路渋滞に巻き込まれ、「東町」(イズミヤ六地蔵前)付近まで長々と続く。そうこうしているうちに醍醐バスターミナルに到着し、そこから乗り継いで四条河原町まで行く予定にしていたが(できればその前に上花山花ノ岡町にも寄るつもりだった)、体がだるいのであきらめ、三条もしくは祇園四条から京阪で帰ることにする。

とりあえず、醍醐バスターミナルから【87B】号経路・三条京阪行きに乗る。小野駅、西野山団地、川田を経て国道1号(五条通)に入り、東山TNを抜け、東山通~祇園~四条通を回る。雨にもかかわらず観光客が多くて、東山通は渋滞していた。五条坂・東山安井から乗車する人も数名いて、車内はかなり混みあっていた。


かつて、大津市石山から宇治川(瀬田川)に沿って宇治までを結ぶ路線バスがあった。

石山駅から京阪石山寺、南郷洗堰、曽束、天ヶ瀬ダムを経て京阪宇治に至る、宇治川渓谷の観光ドライブのための路線だった。かつて石山~宇治間に宇治川汽船の遊覧船があったが、天ヶ瀬ダム完成および道路の整備に伴い、風景も大きく変わって利用客は減少、1977年ごろに廃止され、路線バスに転換される。京阪宇治交通と京阪バス(大津営業所)との共同運行。系統番号は京阪宇治交通担当便は【90】号系統、京阪バスは【10】号経路(快速)だった。宇治川ライン線についての詳しい歴史などは、「青いバス停」ブログに興味深い記事が沢山掲載されている。

http://contrapunctus.blog103.fc2.com/blog-category-16.html


私は実際に宇治川ライン線を全区間乗り通したわけでもないのでよくわからないが、1984年のGWに家族で天ヶ瀬ダムへ遠足に行ったときに京阪宇治~天ヶ瀬ダム間だけ乗車したことがある。当時天ヶ瀬ダムにアスレチック公園があり、そこで遊んだ。帰りはなんと石山からやってきた【90】号系統で、行楽客で混雑していたように記憶している。

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天ヶ瀬ダム

しかし、1980年代後半より、宇治~石山直通系統は太陽ヶ丘・宇治田原・小田原経由に変更され(京阪宇治交通のみ)、天ヶ瀬ダムから宇治川ラインを経由する便は年々減らされるようになる。京阪バス【10】号経路も、1980年代前半まではBタイプ大型車(三菱MR470)が使用されていたようだが、需要低下により中型車(三菱P-MK116J)で運用されるようになる。そして、1993年6月の大津営業所移転に伴うダイヤ改正で、【10】号経路は廃止。その後も京阪宇治交通担当便は残るが、確か冬季を除く休日のみの運転となり、1998年ごろまでに消滅する。

一方、1997年には、京阪宇治交通グループが天ヶ瀬ダムに地ビール「ガーデンズ天ヶ瀬」をオープン、樟葉駅・松井山手など宇治交通エリア各所からガーデンズ天ヶ瀬までの直通バスを運行する。しかし、利用客は伸び悩み、2005年ごろまでに閉鎖されてしまった。

現在、天ヶ瀬ダムへの路線バスさえもなくなってしまった。


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「京阪時刻表1982」より 宇治川ライン遊覧バスの時刻表と路線イラスト


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天ヶ瀬ダムへの路線バス廃止後、貸切バスが来ていた(2010年5月)



京阪バス山科営業所の路線系統について一つレポートを。

山科管内は五条通~四条河原町~四条烏丸界隈を通る路線系統が非常に複雑に絡み合っていて、慣れないとわかりにくいので、正直レポートを書くのが億劫だ。今回は、特色のある竹田駅東口発着の【2】号経路についてレポートを書くことにした。

まず、【2】号経路の運行経路は、

竹田駅東口~藤ノ森~京都医療センター~勧修寺~小野駅~北団地東~醍醐天皇陵~醍醐寺前~石田~石田駅~醍醐駅~醍醐バスターミナル

で、勧修寺~醍醐寺間~石田駅あたりがかなり迂回してて複雑だ。勧修寺といえば、ぶどう園でも有名だ。

この【2】号経路は、1988年の地下鉄烏丸線竹田延伸時に新設された【40】号経路・<竹田駅東口~石田>に由来するものと思われる。竹田駅・藤ノ森など伏見区北部から名神高速沿いの下道を通って山科盆地(山科区および伏見区醍醐地区)を結ぶ京阪バス唯一の路線系統という意味で特徴的だ。1997年の地下鉄東西線開通前までは、京都市バスも同じ経路上を通る路線系統(【南7】系統ほか、醍醐営業所担当)を運行していた。さらに1981年の地下鉄烏丸線開業前までは、京都駅まで乗り入れる(確か【57】系統だったかな?)ロングラン系統が走っていた。かつては京都市バスも山奥の僻地(最長で高雄から先の北区中川)まで乗り入れていたものだが、1997年の山科・醍醐地区からの完全撤退以降、市バス路線網が全体的に縮小傾向にあるのは残念だ。

実は旧【40】号経路に2度ほど乗車したことがある。もちろん、目的は単なる寄り道(笑)。初めて乗った時は、引退が迫るブルドック(K-MP118)が来たと記憶している。

なお、「藤ノ森」には、京都奈良線【2】号経路(1996年廃止)も発着していた。全然違うところへ行ってしまうため、仮に乗り間違えたらえらいことになってしまっただろう。

1993年5月某日のことだった。

所用で西大津(現・大津京駅前)に伺った帰りに、京阪バス【47】号経路・四条大宮行きに乗って寄り道した。

当時、京都市内(京都駅、四条大宮、三条京阪)から浜大津・西大津駅・びわこホテルへ京阪バス(京津国道線)が運行されていた。もっとも、特に浜大津方面行き(【46】号経路)は京阪京津線と完全並行していることもあって、利用客は少なかったようだが、1980年代以前の最盛期には、琵琶湖大橋とか大津市南部の大石・外畑方面から四条大宮までの便もあったそうだ。西大津駅行き(【47】号経路)は、国道161号西大津バイパスを通って大津市街地に抜けるルートで、現在も山科駅発着でその成れの果ての路線系統が運行されている(【47】【48】号)が、大津京駅まで直通するのは平日1往復のみとなってしまい(したがって、京都・大津間をバスだけで移動するのは非常に難しくなった)、他は全て藤尾・小金塚(京都市山科区と大津市との府県境が複雑に入り組む住宅地内)で折り返す。

さて、1993年の当日、私が乗車したときは、大津営業所担当で路線・観光兼用BタイプのエアロスターKだった。もともと大津営業所の担当だったが、実はその翌月、大津営業所の移転に伴うダイヤ改正・路線再編があり、【46】【47】号経路は山科営業所に移管された。大津営業所所属のBタイプ車などが山科に転属、京都ナンバーに登録替される。

このダイヤ改正は、京津国道線および大津市内路線縮小への布石だったと言える。4年後の京都市営地下鉄東西線開通(→京阪京津線の三条-御陵間は地下鉄に代替、京津線の併用軌道区間は上栄町-浜大津間のみとなる)を機に山科・醍醐地区から京都市バスが撤退(醍醐車庫廃止)、京阪バスに一元化されるが、東西線と並行する三条京阪発着系統は大幅に削減され、京津国道線は山科駅以西が廃止される。大津市内路線も石山駅および大石小学校で系統分断されるし、その後北部の比叡山坂本地区からも撤退する。

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2007年12月訪問・撮影。
2008年3月より、「大津京」駅に改称されました。
JR大津京駅から徒歩で京阪石山坂本線の皇子山駅へ乗り換えが可能です。

江若交通バスのブルーリボンも相当年季が入っていましたね。
「Jusco」も過去のものとなりました。

かつては、西大津から三条京阪・四条大宮までの京阪バスもあったが、今はこの駅前に乗り入れるバスの本数自体減っているみたいです。

実は、この日、西大津駅から京阪バス【48】号に乗車して山科駅へ抜けました(山科へ行くバスも今では平日1本だけ)。



続いて私の過去のバス旅回顧記を書く。

今度も1990年代初頭の頃だった。
京都市内から珍しい経路で枚方まで京阪バス乗り継ぎの旅をした日のことを思い出した。

それは、京阪バス有数の長距離路線【2】号・京都奈良線に乗ってみたかったことが動機だった。
伏見区某所からうまい具合に【2】号経路・奈良行きが来て、それに乗ってみた。
本当は奈良までそのまま乗り通してみたかったが、何しろ運賃がバカ高いこともあって、どこまで乗って行こうか迷う。結局、奈良まで行くのはあきらめて向島駅で下車する。しかし、もう少し先の大久保あたりまでそのまま乗車、そこから宇治や淀へのバスに乗り換えても良かったように思う。

近鉄電車に乗って新田辺まで行き、そこから京阪バスで穂谷経由枚方市駅へ出ることにした。
当時、新田辺から枚方市駅まで直通するバス(【12】号経路)が1日3往復あったが、それ以外にも関西外大穂谷キャンパス(「穂谷外大」)への直行バスも運行されていた。枚方市駅行きのバスはかなり待たないといけなかったが、タイミングよく直行・穂谷外大行きが来たのでこれに乗車する。車両は引退間近の三菱ブルドック(K-MP118M)だった。もちろんのこと女子学生が多くて、私のようなよそ者の男には場違い感いっぱいだった。

穂谷外大から枚方市駅行きのバスに乗り継ぐ。

別のある日、所用で向島に行った帰りに、京阪バス【2】号経路で京都市内へ戻ろうとした記憶がある。しかし、予定時刻を過ぎてもなかなかバスが来なくてイライラし、諦めて向島から近鉄電車&地下鉄烏丸線で四条烏丸へ移動した。長距離路線ゆえ道路渋滞に巻き込まれて遅れやすいのは仕方ないだろう(→1996年3月に廃止)。


1990年代初頭のことだった。
大学入試合格発表のために京都へ行った帰り、翌日が試験だというのに、バス乗り継ぎの旅で時間をつぶした。

立命館大学(京都市北区衣笠)の合格発表を見に行ったが、不合格だった。
こんなときにのん気にバス旅なんかやってる場合か、と叱られそうだが、別の大学の試験会場を下見に行く予定もあって、バス乗り継ぎの寄り道の旅に出てしまう。

さっそく、京都駅行きの市バス【50】系統に乗る。
北野白梅町、千本今出川から堀川中立売までやや複雑な経路をたどり、四条堀川まで堀川通を直進するかと思えば、四条西洞院から西洞院通に入るという、少し面白い運行経路だ。

次の目的地は伏見区内の大学だが、京都駅からだと鉄道よりもバスのほうが便利なので、【南5】系統に乗車(【81】系統でも行けるが、少し歩かないといけない)。
【南5】系統はもともと利用客は少ないため中型車で運用されていたが、ここ2・3年ほど前から伏見稲荷大社を訪れる外国人観光客が急増して混雑するようになり、増便および大型車で運用されるようになる。


試験会場の下見が終わり帰路に付くわけだが、ついバス乗り継ぎの寄り道を続けてしまう。
藤ノ森バス停で1日1本だけの奈良交通・大和八木行き(京都駅発着)にちょうど間に合ったので、物珍しさに誘惑されてこれに乗ってみることにした。そのまま奈良方面まで乗ってみたかったが、あまりにも時間がかかって翌日の試験にも影響が出そうなので(そして何よりも運賃がバカ高い)、適当なところで引き返すほうが無難と判断。もちろんのこと普段は空気輸送なので、いきなり変なところから乗ってきた青年一人の乗客に運転手さんはびっくりしておられた。「どこまで行かれますか」と訊かれるや、さてどこで降りようかな少し迷ったが、向島駅から近鉄で丹波橋へ戻ることに決め、「向島」バス停で下車。しかし、近鉄向島駅よりもかなり手前のところにあり、観月橋に出たほうが早いと思って、バスで来た道(国道24号線)をそのまま戻る。観月橋から中書島まで一駅間だけ京阪宇治線に乗る。

そして今度は、京阪バス【52】号経路(枚方営業所)で樟葉駅まで乗車。
【52】号経路は1983年に新設された比較的新しい長距離路線系統だが、やはり利用客が少なく減便が続き、2005年で廃止される。末期は中書島周辺は循環運転(樟葉→西大手筋→中書島→外環状線→樟葉)だったが、当時は狭い市電伏見線ホーム跡から発着、奥にあるターンテーブルで方向転換して折り返していた。

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中書島のターンテーブルで方向転換する市バス 現在は駐輪場となっている
(「なつかしの京都市バス写真集」より拝借)

中書島に京阪バスが乗り入れるようになったのも、この樟葉からの【52】号経路が実は初めてで、現在は醍醐方面への【6】号経路(山科営業所)および淀・竹田駅西口方面への【24】【24A】号経路(京田辺営業所)が発着している。

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もともと三菱ふそう車のみだった京阪バス山科営業所(1985年までは「京都営業所」)。
山科営業所の中型車といえばエアロミディのイメージが強い。

写真の日野レインボーの2ステップ車(形式・U-RJ3HJAA、1994年式、社番・A-3077)は、もともと山科には馴染みのない車両だが、日野大型車が大阪地区から相次いで転入する頃だった2007年当時、山科に在籍していた。A-3077号は寝屋川営業所の配置だったが、レインボーIIの玉突きで山科営業所に転属となったものと思われる。その後、京田辺営業所に再転属するも束の間、大阪府流入規制により2008年までに除籍された。


京阪バスには同じ名称のバス停が複数存在するという例が結構見られる。

例えば、

北大塚(高槻市、京都市山科区)
松原(高槻市、大津市)
春日町(高槻市、寝屋川市)
末広町(寝屋川市、門真市)
くすの木小学校(四條畷市、八幡市)

私個人的には、まず「北大塚」が頭に浮かぶ。
高槻の「北大塚」バス停だが、近くにヤマダ電機・ニトリ・Joshin・カインズモールなど大型商業施設が集積しているため、ここで下車することは多い。Joshinの建物には以前オークワが入っていて大阪北部では貴重な存在だったが、万代(カインズモール内)などとの競争が厳しいこともあったのか、3年余りで撤退した。
また、高槻市営バスの「北大塚」行きを見ることも多いが、市営バスの「北大塚」は京阪バスとは運行経路が異なって少し離れたところにあり、乗り間違いに注意が必要だ。国道170号線道なりにある京阪バス「北大塚」とは対照的に、市営バス「北大塚」バス停周辺は古い民家の多いところでローカルな雰囲気だ。

京都・山科の「北大塚」バス停は、国道1号線の大塚交差点から狭い奈良街道(府道35号線)に入ったところにある。この道を真っ直ぐ南に進めば、京阪バス山科営業所(大宅バス停)がある。山科営業所管内は狭隘な道路が多く、特に大型車だと運転士の苦労はなかなかのものだろう。


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京阪バス山科営業所管内の方向幕も過去のものとなったようです。

山科営業所の方向幕は青地に角ゴシック体白文字、系統番号の右表示、という特徴的なデザインで、1997年の地下鉄東西線開通に合わせた白紙ダイヤ改正より使われてきました(以前は1979年大型方向幕採用以来使われてきた京阪バス標準の白地・丸ゴシック体)。しかし、行先表示機のLED化進行に伴い、方向幕車は去年までにほぼ撤退した模様です。

京阪バス全体的にも、今や方向幕の車両はレアな存在となっています。既に京田辺営業所には幕車の配置はなく、男山営業所は山科から転属したエアロスター2台(W-1987、1988)のみ、他の営業所でも2002年以前に投入されたブルーリボンシティとエアロスターのみとなっています。


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大津市大石地区最南端集落にある京阪バス終点、小田原バス停。
宇治田原と大石地区を結ぶ府県道782号線なりにある。
この先徒歩30分~1時間程度で京都府宇治田原町にたどりつくことは可能だ。

もともと、京阪宇治交通(→京阪宇治バス)の宇治・宇治田原~石山駅系統の途中にあったところだが、府県境を越えての利用客が少なく、宇治市街地への乗り入れを取りやめ、宇治田原(維中前)~石山駅間に短縮、そして2008年京阪宇治バス(当時)の滋賀県への乗り入れを撤退する。
その代替手段として、大石小学校~小田原間のみを京阪バス大津営業所(【4G】号経路)が新たに引き継ぐ。
ゆえに小田原の京阪バスのバス停としての歴史は浅い。

実は一度だけ、「3Dayチケット」を使って、大石小学校~宇治田原間のバスを乗車したことがある。この日、石山駅から樟葉までひたすらバス乗り継ぎの旅をした。乗車経路は、

石山駅~大石小学校~維中前~近鉄新田辺~樟葉駅

だった。もちろん今ではこのような乗り継ぎは不可能。

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去年6月、何気に三条京阪で撮影してみた京阪バスの写真1枚をアップしてみました。
[19]号経路・山科駅行きのブルーリボンII・ノンステップ車(社番N-3259)です。
山科営業所管内ではワン・ステップ(Wタイプ)が多く、ノンステップ大型車はどちらかといえばあまり多くないように見えます。
この年の夏の終わり~初秋にかけて、久しぶりに三菱ふそうのWタイプ(MP35系?)が6台も山科営業所に投入されるというサプライズな出来事がありました。


今春、京都京阪バス発足を前に廃止された、旧・京阪シティバス【6】号経路(久御山団地~太陽ヶ丘)。

この【6】号経路は、1982年、宇治市に京都府立山城総合運動公園(通称・「太陽ヶ丘」)が開園したことに合わせて、京阪バスの一般路線として新設されました。運行経路は、

久御山団地~日産車体~近鉄大久保~城南荘~宇治市役所~宇治文化センター~太陽ヶ丘ゲート前~太陽ヶ丘

で、京阪宇治交通(→京阪宇治バス→京都京阪バス)【47】号系統と共同運行の形でスタートしました。

運用担当は当初洛南営業所で、宇治淀線とともに宇治市~久御山町内では、地味ながらも京阪バス一般路線網を形成していました。

当初、太陽ヶ丘へは、京阪宇治交通のみの乗り入れが想定されていたが、京都府企業局は京阪バスにも運行を要請、京阪バスも路線免許を取得し、路線新設に至ったという経緯のようです。

1985年12月に、京阪バス淀・宇治地区路線再編に伴い、【6】号経路は宇治淀線【4】【11】号経路などととともに、枚方営業所に移管。以降、大阪ナ ンバーの京阪バスが宇治市・久御山町にて営業運用をすることになるわけですが、1996年2月には洛南営業所担当に復帰。その後、1999年より子会社の 「京阪シティバス」が担当。

やはり利用客が少なかったのか、2012年11月の大久保駅前ロータリー完成に合わせたダイヤ改正で、土曜・休日ダイヤのみの運行となりました。
また、運動公園閉園時は、太陽ヶ丘ゲート前で折り返し。

残念ながら一度も乗ることなく、2014年3月31日、「京阪シティバス」「京阪宇治バス」を統合して「京都京阪バス」発足の前日に、廃止されました。

京阪バス【6】号経路のほか、近鉄大久保からは京阪宇治交通(→京阪宇治バス)がいろんな路線系統を持っていたが、現在は大久保駅前からの直通系統とし て、京都京阪バス【240】【240A】【250】【250A】が宇治友が丘(立命館宇治高校)経由で運行されています(ただし、「太陽ヶ丘ゲート西」下 車。「太陽ヶ丘」への直接の乗り入れなし)。

http://naohiko.exblog.jp/22205658/

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1981年末~82年現在の京阪六地蔵バス発車時刻表の写真です(京阪時刻表 1982より)。

京阪バスと京阪宇治交通(現・京阪宇治バス)が発着。

京阪バスは山科営業所担当(1982年当時は「京都営業所」)で、山科・三条京阪方面へのバスが発着。
特に[12]系統・醍醐三宝院・三条通経由三条京阪行きは15分間隔の運行で、地下鉄東西線開業前の山科営業所管内では収益性の高い路線系統だったようです。

また、[31]系統・阪急東向日駅行き(五条通経由)が六地蔵発着だったことは驚きです。
確か1995~96年ごろに廃止されましたが、廃止直前は小栗栖団地折り返しでした。

現在、六地蔵から四条河原町・三条京阪へは五条通経由のみです。


京阪宇治交通は、御蔵山方面だけでなく宇治車庫・京阪宇治から近鉄大久保方面などへの路線がありました。
現在、六地蔵~御蔵山系統の京阪宇治バスは、同社の他の路線網から完全に切り離され「陸の孤島」と化しています。
回送の経済性なども考えて、京阪バス山科営業所に移管した上で、[8]系統・日野誕生院線などと共に路線再編・見直しをしたほうがよいかもしれません(宇治車庫からの出庫だと府道7号線が渋滞しやすいので)。

なお、京阪六地蔵の手前では、京都駅前から府道7号線を経て宇治へ向かう長距離路線もありました。
ただ、京都駅からの京阪宇治交通は、京阪バス・近鉄などの京都奈良線(稲荷、藤ノ森経由)とは異なり、国道24号(竹田街道)経由でした。

http://naohiko.exblog.jp/20313614/

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