カテゴリ:京阪バスグループ > 京阪バス・京都京阪バス(京都市中心部・山科・醍醐・六地蔵)

京都市の西の玄関口、四条大宮。

四条通の地下を通る阪急京都線大宮駅と京福電鉄嵐山本線(嵐電)が接続するターミナル駅だ。
四条大宮から京都市内各方面へのバス(京都市バス、JRバス、京都バス、京阪バス)が賑やかに行き交い、終日交通量が多い。大宮通は四条大宮より北は片側1車線の狭い路地に変わり、北行きのバスは西北斜の千本通へ入って二条駅前を経由する。

四条大宮から嵐山へは、京福電鉄(嵐電)と阪急(桂乗り換え)、そしてバスの3通りの交通手段があるが、一部軌道併用区間のある嵐電が一番楽しいだろう。阪急と嵐電の駅を行き来するには、渡月橋を渡ることになる。バスは、京都バスと京都市バス【28】号系統があり、京都バスは嵐電に寄り添う形で太秦・嵯峨方面を経由するのに対し、市バス【28】号は四条通をひたすら西へ直進し、松尾橋(松尾大社前)から阪急嵐山駅前を通って渡月橋を渡る。

かつて四条大宮に京阪バス本社が置かれ(→南区に移転)、南東角に京阪バス専用のバスターミナル(広場)がある。以前は四条大宮から山科を経て六地蔵・浜大津・西大津駅・琵琶湖大橋・石山方面へのバスが発着して賑わっていたが、現在は【82】号経路・大宅行き(五条通経由)が毎時1~2本発着するほかは、関空リムジンバスが朝に3本発車するのみとなっており、せっかくの広いターミナルも持て余し気味のようだ。また、大阪方面からの直Q京都号の一部は四条大宮まで乗り入れるが(枚方営業所担当便のみ)、四条大宮からの直Q号は無い。

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阪急電車の大宮駅もかつては特急停車駅だったが、特急の停車駅が大幅に増えたにもかかわらず、大宮だけは通過するようになり、京都市内のターミナルとしての地位低下が心配されるところだ。

京都駅八条口から阪神高速8号線(新十条通)を経て山科区および伏見区醍醐地域を結ぶ山科急行バス(山急)。2010年秋に運行開始し、今年で6年を迎えるが、実は私は未だ乗ったことがない。

さて、その山急には、2013年11月~15年8月までの2年余りだけ、香里園・香里団地方面まで直通する臨時便があった。その運行経路は、

醍醐寺~大石神社~(稲荷山TN)~京都駅八条口(ホテル京阪前)~<第二京阪>~三井秦団地~三井団地~京阪香里園~東香里~藤田川~新香里

という面白いものだった。土曜・休日ダイヤ(季節限定)の朝と夕方に各1往復ずつの運転で、主にブルーリボンIIのトップドア車(H-3244)が使用されていた。H-3244は直Q京都号の増発用として京田辺営業所に配属されたが、山急香里園系統に転用するため山科営業所に転属。山急香里園廃止後、ニート状態となり、一時は大阪ナンバーに登録替して門真に配置されるが、今春より運行開始した京都~学研都市急行バス(奈良交通と共同で試験運行)に使用するため、古巣の京田辺営業所に戻る。

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山急香里園で運用中のH-3244トップドア車 新香里にて
(S.Inoue Part2より拝借)

香里園・香里団地方面から醍醐寺方面への観光需要がどれだけあるのかはわからないが、京都駅までの潜在需要はそれなりにあるのではないか。なぜ香里園が選ばれたのかは疑問を感じるところだが、枚方市駅・寝屋川市駅付近の渋滞や道の狭さ、第二京阪のICの位置などを考慮した結果なのではないか、と以下のレポートにて指摘されている:

http://contrapunctus.blog103.fc2.com/blog-entry-84.html


しかし、香里園・香里団地方面から京都駅までの直Q号はあってもよさそうだ。現在、USJ・京都線の一部便が藤田川・枚方市駅南口・枚方車庫経由で運用されているが(枚方営業所担当)、京都よりもどちらかといえばUSJへの行楽客を意識したダイヤ設定となっているようだ。例えば、大阪国際大学発着系統を香里団地方面まで延長運転するのはどうだろうか?

昨日、雨模様の天気の中、久しぶりに京阪バス「1Dayチケット」(京都・滋賀版)を使った。

四条河原町に行くつもりだったが、急に伏見桃山で下車、大手筋商店街を歩いて「西大手筋」から京阪バスに乗りまわることにした。西大手筋発の【6】号経路・醍醐バスターミナル行きの時間に合わせて、商店街で時間をつぶす。さっそく【6】号経路に乗り込み、運転手さんから「1Dayチケット」を購入。定刻に発車し、中書島、京阪中書島あたりまでは良かったが、その後節々の痛みや体の熱っぽさを感じ始め、どうも風邪をひいてしまったようだ(1時間ほど前に下痢をしたが、腹からくる風邪のようだ)。車内は冷房が効いていて長袖シャツ1枚でも寒いぐらいだった。

観月橋を過ぎたあたりから道路渋滞に巻き込まれ、「東町」(イズミヤ六地蔵前)付近まで長々と続く。そうこうしているうちに醍醐バスターミナルに到着し、そこから乗り継いで四条河原町まで行く予定にしていたが(できればその前に上花山花ノ岡町にも寄るつもりだった)、体がだるいのであきらめ、三条もしくは祇園四条から京阪で帰ることにする。

とりあえず、醍醐バスターミナルから【87B】号経路・三条京阪行きに乗る。小野駅、西野山団地、川田を経て国道1号(五条通)に入り、東山TNを抜け、東山通~祇園~四条通を回る。雨にもかかわらず観光客が多くて、東山通は渋滞していた。五条坂・東山安井から乗車する人も数名いて、車内はかなり混みあっていた。


京阪バス山科営業所の路線系統について一つレポートを。

山科管内は五条通~四条河原町~四条烏丸界隈を通る路線系統が非常に複雑に絡み合っていて、慣れないとわかりにくいので、正直レポートを書くのが億劫だ。今回は、特色のある竹田駅東口発着の【2】号経路についてレポートを書くことにした。

まず、【2】号経路の運行経路は、

竹田駅東口~藤ノ森~京都医療センター~勧修寺~小野駅~北団地東~醍醐天皇陵~醍醐寺前~石田~石田駅~醍醐駅~醍醐バスターミナル

で、勧修寺~醍醐寺間~石田駅あたりがかなり迂回してて複雑だ。勧修寺といえば、ぶどう園でも有名だ。

この【2】号経路は、1988年の地下鉄烏丸線竹田延伸時に新設された【40】号経路・<竹田駅東口~石田>に由来するものと思われる。竹田駅・藤ノ森など伏見区北部から名神高速沿いの下道を通って山科盆地(山科区および伏見区醍醐地区)を結ぶ京阪バス唯一の路線系統という意味で特徴的だ。1997年の地下鉄東西線開通前までは、京都市バスも同じ経路上を通る路線系統(【南7】系統ほか、醍醐営業所担当)を運行していた。さらに1981年の地下鉄烏丸線開業前までは、京都駅まで乗り入れる(確か【57】系統だったかな?)ロングラン系統が走っていた。かつては京都市バスも山奥の僻地(最長で高雄から先の北区中川)まで乗り入れていたものだが、1997年の山科・醍醐地区からの完全撤退以降、市バス路線網が全体的に縮小傾向にあるのは残念だ。

実は旧【40】号経路に2度ほど乗車したことがある。もちろん、目的は単なる寄り道(笑)。初めて乗った時は、引退が迫るブルドック(K-MP118)が来たと記憶している。

なお、「藤ノ森」には、京都奈良線【2】号経路(1996年廃止)も発着していた。全然違うところへ行ってしまうため、仮に乗り間違えたらえらいことになってしまっただろう。

1993年5月某日のことだった。

所用で西大津(現・大津京駅前)に伺った帰りに、京阪バス【47】号経路・四条大宮行きに乗って寄り道した。

当時、京都市内(京都駅、四条大宮、三条京阪)から浜大津・西大津駅・びわこホテルへ京阪バス(京津国道線)が運行されていた。もっとも、特に浜大津方面行き(【46】号経路)は京阪京津線と完全並行していることもあって、利用客は少なかったようだが、1980年代以前の最盛期には、琵琶湖大橋とか大津市南部の大石・外畑方面から四条大宮までの便もあったそうだ。西大津駅行き(【47】号経路)は、国道161号西大津バイパスを通って大津市街地に抜けるルートで、現在も山科駅発着でその成れの果ての路線系統が運行されている(【47】【48】号)が、大津京駅まで直通するのは平日1往復のみとなってしまい(したがって、京都・大津間をバスだけで移動するのは非常に難しくなった)、他は全て藤尾・小金塚(京都市山科区と大津市との府県境が複雑に入り組む住宅地内)で折り返す。

さて、1993年の当日、私が乗車したときは、大津営業所担当で路線・観光兼用BタイプのエアロスターKだった。もともと大津営業所の担当だったが、実はその翌月、大津営業所の移転に伴うダイヤ改正・路線再編があり、【46】【47】号経路は山科営業所に移管された。大津営業所所属のBタイプ車などが山科に転属、京都ナンバーに登録替される。

このダイヤ改正は、京津国道線および大津市内路線縮小への布石だったと言える。4年後の京都市営地下鉄東西線開通(→京阪京津線の三条-御陵間は地下鉄に代替、京津線の併用軌道区間は上栄町-浜大津間のみとなる)を機に山科・醍醐地区から京都市バスが撤退(醍醐車庫廃止)、京阪バスに一元化されるが、東西線と並行する三条京阪発着系統は大幅に削減され、京津国道線は山科駅以西が廃止される。大津市内路線も石山駅および大石小学校で系統分断されるし、その後北部の比叡山坂本地区からも撤退する。

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2007年12月訪問・撮影。
2008年3月より、「大津京」駅に改称されました。
JR大津京駅から徒歩で京阪石山坂本線の皇子山駅へ乗り換えが可能です。

江若交通バスのブルーリボンも相当年季が入っていましたね。
「Jusco」も過去のものとなりました。

かつては、西大津から三条京阪・四条大宮までの京阪バスもあったが、今はこの駅前に乗り入れるバスの本数自体減っているみたいです。

実は、この日、西大津駅から京阪バス【48】号に乗車して山科駅へ抜けました(山科へ行くバスも今では平日1本だけ)。



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もともと三菱ふそう車のみだった京阪バス山科営業所(1985年までは「京都営業所」)。
山科営業所の中型車といえばエアロミディのイメージが強い。

写真の日野レインボーの2ステップ車(形式・U-RJ3HJAA、1994年式、社番・A-3077)は、もともと山科には馴染みのない車両だが、日野大型車が大阪地区から相次いで転入する頃だった2007年当時、山科に在籍していた。A-3077号は寝屋川営業所の配置だったが、レインボーIIの玉突きで山科営業所に転属となったものと思われる。その後、京田辺営業所に再転属するも束の間、大阪府流入規制により2008年までに除籍された。


京阪バスには同じ名称のバス停が複数存在するという例が結構見られる。

例えば、

北大塚(高槻市、京都市山科区)
松原(高槻市、大津市)
春日町(高槻市、寝屋川市)
末広町(寝屋川市、門真市)
くすの木小学校(四條畷市、八幡市)

私個人的には、まず「北大塚」が頭に浮かぶ。
高槻の「北大塚」バス停だが、近くにヤマダ電機・ニトリ・Joshin・カインズモールなど大型商業施設が集積しているため、ここで下車することは多い。Joshinの建物には以前オークワが入っていて大阪北部では貴重な存在だったが、万代(カインズモール内)などとの競争が厳しいこともあったのか、3年余りで撤退した。
また、高槻市営バスの「北大塚」行きを見ることも多いが、市営バスの「北大塚」は京阪バスとは運行経路が異なって少し離れたところにあり、乗り間違いに注意が必要だ。国道170号線道なりにある京阪バス「北大塚」とは対照的に、市営バス「北大塚」バス停周辺は古い民家の多いところでローカルな雰囲気だ。

京都・山科の「北大塚」バス停は、国道1号線の大塚交差点から狭い奈良街道(府道35号線)に入ったところにある。この道を真っ直ぐ南に進めば、京阪バス山科営業所(大宅バス停)がある。山科営業所管内は狭隘な道路が多く、特に大型車だと運転士の苦労はなかなかのものだろう。


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京阪バス山科営業所管内の方向幕も過去のものとなったようです。

山科営業所の方向幕は青地に角ゴシック体白文字、系統番号の右表示、という特徴的なデザインで、1997年の地下鉄東西線開通に合わせた白紙ダイヤ改正より使われてきました(以前は1979年大型方向幕採用以来使われてきた京阪バス標準の白地・丸ゴシック体)。しかし、行先表示機のLED化進行に伴い、方向幕車は去年までにほぼ撤退した模様です。

京阪バス全体的にも、今や方向幕の車両はレアな存在となっています。既に京田辺営業所には幕車の配置はなく、男山営業所は山科から転属したエアロスター2台(W-1987、1988)のみ、他の営業所でも2002年以前に投入されたブルーリボンシティとエアロスターのみとなっています。


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去年6月、何気に三条京阪で撮影してみた京阪バスの写真1枚をアップしてみました。
[19]号経路・山科駅行きのブルーリボンII・ノンステップ車(社番N-3259)です。
山科営業所管内ではワン・ステップ(Wタイプ)が多く、ノンステップ大型車はどちらかといえばあまり多くないように見えます。
この年の夏の終わり~初秋にかけて、久しぶりに三菱ふそうのWタイプ(MP35系?)が6台も山科営業所に投入されるというサプライズな出来事がありました。


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