カテゴリ: 神姫バス / 山陽電鉄・バス / 兵庫南西部のローカル私鉄・バス

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2009年5月、明石駅前にて。
エアロスターMとKが綺麗に並んでいます。
1枚目の写真の一番後ろに今はなき明石市営バスがいますね。
エアロスターMに比べKが古く見えます。
神姫バスはもともと呉羽製車両は少なく、エアロスターKもかなりレアだったかと思います。

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兵庫県篠山市河原町にあるバスターミナル、「本篠山」バス停。
ここからJR篠山口駅をはじめ篠山市内各方面への神姫グリーンバスが発着しています。
かつては、国鉄バス(→西日本JRバス)が園部(京都府南丹市)方面とか大阪府能勢町に越境する路線などもあったが、全て撤退しました。
本篠山バス停は、まるで鉄道駅ホームのような雰囲気ですね。

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西日本JRバス車庫の跡地
広大な駐車場となっているようだ


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2011年8月、姫路駅前にて撮影しました。
神姫バスも既に行先表示機LED化が急速に進み、幕車は残り少なくなっていたかと思われます。
「回送」表示も懐かしいですね。
最近では「すみません回送中です」が流行っているようですが・・・。


本日8月1日より東京・城崎温泉間の夜行バスが運行開始となりました。

http://www.zentanbus.co.jp/information/16002/

但馬地域と首都圏を結ぶ初めての高速バスですが、全区間の所要時間は驚異の14時間以上です!

理由はその運行経路にあります。

東京ディズニーランド~秋葉原~京都~新大阪~三ノ宮~加古川駅~姫路駅~和田山IC~豊田町(豊岡)~城崎温泉駅

で、ご丁寧に京阪神三都および姫路を回って播但道を北上するというものです。

東京~京都・大阪・神戸間は8~10時間と常識的な線ですが、ここから先、但馬地域各地がまた遠いわけです。

明らかに新幹線+<きのさき> or <こうのとり>の倍以上の所要時間であり、在来線普通列車利用でも7時間程度でしょう。所要時間だけではどう見ても鉄道利用には叶いません。果たして需要はあるのでしょうか?

なお、姫路~城崎間は隔日(2日に1回)運行なので注意。東京~姫路間は毎日運行です(神姫観光バスによる運行)。



久しぶりに阪急バス関係のレポート記事をアップする。

今回は兵庫県猪名川町北部の里山をのんびりゆく長距離路線、杉生線【41】【61】系統について、解説レポートする。

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運行経路は、

【41】日生中央-猪名川高校前-紫合(保健センター前)-北田原-川床口(道の駅いながわ前)-猪名川町スポーツセンター前-木津-町営北プール前-杉生(すぎお)-杉生新田-猪村-後川(しつかわ)

【61】日生中央-猪名川高校前-紫合(保健センター前)-北田原-川床口(道の駅いながわ前)-猪名川町スポーツセンター前-木津-町営北プール前-杉生(すぎお)-島-柏原

で、県道12号<川西篠山線>を経由する。【41】系統は国境を越えて丹波の篠山市に越境する。

2002年までは、川西バスターミナル(川西能勢口駅前)から発着する長距離路線だったが、系統分割により現在の形となった。

運行ダイヤは能勢営業所担当時代は【41】【61】系統がセットで交互に日生中央から毎時1本発着していたが、現在、基本的に【61】系統のみが1~2時間おきの運転となり、【41】系統は5往復に減便。さらに摂丹国境を越えて篠山市の後川まで直通する便は2往復だけとなっている(他は杉生新田で折り返し)。

日生中央発着に変わってから2012年までは能勢営業所が担当していたため、大阪ナンバーの車両で運用されていたが、同営業所の廃止により猪名川営業所に移管される。

川西バスターミナル発着時代、終点・後川までの片道運賃は1,000円を超えていたと思われ、そのため、猪名川地区の車両に装備される旧式運賃表はコマ数も多く4桁表示が可能な仕様だった。


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最果ての終点・後川(篠山市)

後川バス停から少し北へ歩いて、神姫グリーンバス「後川上」から篠山市街地・籠の坊および小柿(→乗り継いで三田へ)方面へ乗り継ぐことは可能。
ただ、こちらも本数が少ないため、時刻表を事前に調べておくほうが無難だろう。

杉生線系統のバス停を見るや、他で見覚えのある地名も結構ある。

「杉生」は高槻市の最北端、京都府亀岡市との府県境にもある。
高槻市営バスはJR高槻駅北からここ杉生まで乗り入れている。
同じ摂丹国境にあたるところだが、高槻市の北部は実は旧・丹波国であり、かつては京都府樫田村だった。

「柏原」は近畿地方の各地で見られる。JRでは「柏原」駅が関西本線(大阪府柏原市)、東海道本線(滋賀県米原市)、福知山線(兵庫県丹波市)の3つもあるが、読み方はそれぞれ異なり、順に「かしわら」、「かしわばら」、「かいばら」である。猪名川町の「柏原」は同じ県内の丹波市「柏原」と混同しやすい。

「木津」といえば、私個人的に京都・奈良の境目にあたる木津川市(関西本線・奈良線・片町線の「木津」駅)のことをまずイメージするが、猪名川町、そして篠山市(旧・今田町)にもあるし、神戸電鉄粟生線や京都丹後鉄道(丹後木津→木津温泉)にも「木津」駅がある。

そして「北田原」は奈良県生駒市のことが思い浮かぶ。奈良交通の終点(京阪バスと共同)であり、かつては大阪府交野市に越境し磐船街道経由で私市まで乗り入れていた(京阪バスが交野から田原地区まで乗り入れている)。



本年4月1日より、富士重工はSUBARUに社名を変更した。

かつて、富士重工はバス車体を生産していたが、2002年より製造中止となり、西日本車体工業(西工)に一本化。富士重のバス車体には、日産ディーゼルのほか、いすゞ・三菱・日野、国内全てのシャーシが組まれていた。しかし、1998年より、日野・三菱への架装を中止し、撤退への動きを見せるようになる。

富士重と西工のバスは、地方により分布状況が偏っていた。
西工は系列の西鉄バスをはじめ、主に京都以西の西日本各地に分布していたが、2000年ごろより滋賀県や東日本、北海道でも購入する事業者が現われる。しかし、それも長く続かず、2010年に西工のバス製造からの撤退が決まる。

一方、富士重のバスは、県によってばらつきがある。
どちらかといえば、東日本が多いが、西日本でも滋賀・岡山・広島などでなぜか多く分布し、西工王国の九州においても富士重を購入する事業者があった。また、国鉄バスでも富士重が好まれ、特に近畿・中国・四国では富士重架装の三菱車が多かった(ちなみに、国鉄バスでは日野車体+いすゞも名物だった)。

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国鉄バスの富士重3E(三菱MP)

さて、問題の兵庫県だが、国鉄バスを除いて富士重を購入した事業者は知らない。
兵庫県では西工を採用した事業者が多い。
阪急バス、神姫バス、阪神電鉄バス、神戸市バス、尼崎・伊丹・明石・姫路市営バス、・・・。
特に阪急バスは関西最大級の西工王国であり、神姫バスも西工+三菱が多く、公営バス(神戸市を除いて廃止)もやはり西工が多かった。阪急バスが西工モノコック(53MC)でいち早く下段ワイド窓を採用したのも、やはり西工だからこそ可能だったのかもしれない。

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阪急神戸三宮駅に乗り入れる山陽電車。

綺麗なマルーンの8両編成の電車が行き来する中、
カラフルな4両編成の山陽電車は異色の存在ですね。

山陽電車はかつて阪急六甲まで直通していましたが、
阪急の須磨浦公園乗り入れを取りやめるし、
山陽電車も三宮で打ち切りとなってしまいました。


兵庫県は近畿で一番面積が広く、瀬戸内海・日本海両方に跨っているため、本州を縦断するためには必ず通らなければならない県だ。

兵庫県内の鉄道電化率は、実は近畿で一番低い。
神戸市街地および阪神間の都市間鉄道(JR、阪急、阪神)、地下鉄などは当然電化されているが、県の西部および北部のローカル線は大半が非電化のままだ。過疎化の進む奈良県や和歌山県で100%に近い電化率だが(奈良県南部の山間部は鉄道空白地帯ということもある)、兵庫県においても西部の中国山地や北部の日本海側(但馬)で過疎化が進んでいる。

東海道本線に比べて山陽本線西明石以西の電化は遅れていて、1960年までに兵庫県内区間の電化が完成する。県内の国鉄では山陽本線の次に赤穂線が電化される。そして1972年に山陽新幹線新大阪-岡山間が開通。

山陽本線・新幹線と赤穂線以外の県内国鉄線は1970年代まで全て非電化だった。

1980年代に入って少しずつ電化区間が拡大してゆく。その皮切りは、1981年4月の福知山線尼崎-宝塚間。阪神間の都市部にありながら、列車本数は非常に少なく、客車列車や気動車がのんびり行き交うローカル線で、阪急平野と呼ばれる地域ではミスマッチな光景だっただろう。電化後、関西で初めての黄色103系が投入されるが、阪急とは勝負にならず利用客は伸び悩んだ。その代わり、福知山線は大阪と北近畿・山陰を結ぶ陰陽連絡幹線としての役割を担っていた。

5年後の1986年11月、福知山線宝塚以北および山陰本線福知山-城崎間が一気に電化され、福知山線の客車普通列車は廃止される。大阪と鳥取・米子方面を結ぶ長距離列車は夜行「だいせん」を残して全廃され、大阪-城崎間の485系「北近畿」(のちに183系化改造を受ける)に生まれ変わる。普通電車は113系800番台が投入されるが、初期車からの改造で非冷房車も多くて老朽化が目立ち、しかも4両とか2両編成の短編成ゆえ積み残しが発生しやすく、不評だった。また、宝塚電化当初から活躍してきた103系は新三田まで運用されるようになる。JR発足後、西宮名塩や三田の住宅地開発が進み、福知山線の利用客が少しずつ増えて列車本数の大幅増、快速電車運転(117系を転用)、さらに207系通勤型電車を投入するなど、旅客サービスも徐々に改善されてゆく。1995年の阪神大震災以降、JR神戸線(東海道・山陽本線)とともに阪急からJRへの旅客移転が顕著化する。さらに1997年のJR東西線開通後、大阪北東部の片町線から福知山線宝塚・三田方面へ直通電車が終日運転され、福知山線(篠山口以南)は都市鉄道に大きく脱皮する。

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福知山線快速で活躍する223系6000番台

1998年には播但線の姫路-寺前間が電化。寺前-和田山間はトンネルの高さの都合から電化工事が困難ゆえ、非電化のままで残される。播但線の電化区間には103系3500番台が投入される。国鉄時代末期の105系などとはちがってN40改造を受けるなど、気合いの入った車両改造だった。寺前電化後も、気動車特急「はまかぜ」は残り、姫路・神戸と但馬地方(香住・浜坂・鳥取)を結ぶ県内優等列車として重宝されている。普段は閑散としているが、かにシーズンの時は混雑しやすく、近年は竹田城への観光客も結構乗っているようだ。

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播但線の103系

京阪神と鳥取を高速で結ぶことを目的に国鉄時代から建設され未成線となりかけた智頭線(上郡-佐用-智頭間)は、1994年に智頭急行として開通する。非電化だが高規格の地上設備を有し、特急「スーパーはくと」が好評だ。これに引き換え、京都から山陰本線経由鳥取・米子方面直通の優等列車は、1996年3月の電化を機に、東京からの寝台特急「出雲」(2往復、内1往復は1998年「サンライズ」となって伯備線経由に変更、残りの1往復は2006年廃止)を残して全廃される。

阪神大震災で不通となったJR神戸線の迂回ルートとして俄かに賑わった加古川線(加古川-谷川)も電化されることになる。かつては加古川線から三木線や北条線、鍛冶屋線、そして高砂線が枝分かれしていたが、第三セクター化あるいは廃止され、北条鉄道(旧・北条線)のみが残っている。2004年12月に加古川線の電化が完成し、103系3500番台と125系が投入される。ただし、加古川線北部の西脇市-谷川間は列車本数の非常に少ない閑散区間だ(加古川線西脇市以北よりは廃止された鍛冶屋線のほうが西脇市街地を通るため利用客は多かった)。谷川駅での福知山線との直通運転や接続改善も望まれるが・・・。

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加古川線の125系と103系

このほか、神戸市街地のローカル線、山陽本線和田岬支線(兵庫-和田岬)も2001年に電化。和田岬支線は、港湾地区の工場通勤者専用の路線となっていて、旅客列車は朝夕のみの運転。1990年まで旧型客車が残っていたが、合理化を目的に気動車に置き換えられる(キハ35をラッシュ輸送向けに改造)。しかし、キハ35も老朽化が進み、さらなる合理化を図って電化が決まり、103系6連(青色)で運用されることになった。地下鉄湾岸線の開通と引き換えに和田岬線廃止も取り沙汰されたが、JR西日本有数の黒字路線(通勤時間帯のみしか旅客列車が運転されないため)ということもあって、急ピッチで電化工事して生き残った。

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JR加古川線の西脇市駅。
かつては「野村」駅で、鍛冶屋線が分岐していました。
西脇市街地へは鍛冶屋線・西脇駅が一番便利だったため、鍛冶屋線は加古川線加古川-野村間と一体的に列車運行していました。せっかく西脇市街地へ便利だったにもかかわらず、鍛冶屋線は国鉄末期に廃止対象路線に選定され、1990年廃止されてしまいました。
鍛冶屋線廃止後、「西脇市」に駅名を改称しましたが、すぐ近くを通る神姫バスの停留所は「野村」のまま。
あとになって、西脇市駅前までバスが乗り入れるようになりましたが・・・。


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2006年11月訪問。
三田駅前ロータリーは立派に整備され、阪急百貨店も綺麗な建物になっていたようだ。
神姫バスの旧型2ステップ車も行先表示機はLEDに替えられていた。
写真は社(加東市)行きという、かなりの長距離路線のようだ。今も運行されている。
雨の日の夕刻に訪問したので、あまり詳しいことは覚えていない。

三田駅前には阪急バスも乗り入れており、かつては宝塚や有馬温泉までの路線もあったが、近年の相次ぐ本数削減・路線短縮により、今は下山口(西宮市)までの【17】系統が発着するのみだ。なお、これとは別に、三田駅北口から阪急田園バスの「東部」(宝塚市西谷地区)行きがある。

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1989年正月、「青春18きっぷ」で岡山を訪れる途中、姫路で途中下車。
駅前に面する大通り向こう側の姫路城をバックとする構図は変わらないが、神姫バスのモノコック車、大和銀行、ダイエー、山一證券など、すっかり過去のものとなってしまいました。姫路市営バスもなくなったし、神姫バス姫路駅前ターミナルも変わったみたいです。
ただ、ヤマトヤシキ百貨店と山陽百貨店は今も残っていますね。

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2009年に撮影しました。
特にエアロスターKが古めかしく見えますね。神姫バスの三菱車といえば、どちらかといえば新呉羽は少なく、三菱自工または西工ボディ架装のほうが多かったようです。
回送車の行先表示機に「すみません回送中です」を表示させるようになったのは、確か神姫バスが初めてでしたね(撮影当時は従来の「回送」表示だったが)。

最近まで明石市営バスもあったが、神姫バスに譲渡されました。
兵庫県内の公営バス(神戸市を除く)は、姫路・明石に続き尼崎もなくなり、伊丹市営バスだけとなりました。

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