カテゴリ: 近鉄電車


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近鉄の新型通勤車投入は、2009年阪神なんば線開業以降止まったままです。

特急車には80000系「ひのとり」を投入中で、汎用特急車12200系シリーズが順次代替される予定ですが、通勤車の新造については何の音沙汰もない状態です。

大阪線1253系VC60の行先表示機がフルカラーLEDに改造され、Twitter上で盛り上がっていますが、これは今後も当分通勤車の新造を見送るシグナルと受け止められているようです。丸屋根車の淘汰は1990年代後半からかなり進んだものの、現在もなお相当数残っており、いわゆる内装のC更新?で延命を施されたものもありますしね。


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一昔前の近鉄特急といえば、このイメージでしょう・・・


阪神・山陽・近鉄3社の電車が乗り入れ、賑やかですね(^-^)

山陽・阪神の電車は姫路~阪神大阪梅田間を直通運転しているし、阪神と近鉄は近鉄奈良まで相互乗り入れするなど、一昔前までは考えられなかったでしょう。団体専用列車として、伊勢志摩・名古屋から阪神三宮まで近鉄特急22600系がやって来たこともあるが・・・。

阪急神戸三宮駅にも山陽電車は顔を見せるが、阪神三宮とは対照的に、山陽車は片隅に追いやられたような印象で、寂しさを感じます。かつて、山陽の電車も阪急六甲まで直通していましたが。

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阪神9000系

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山陽5000系

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近鉄9820系

※ 上の2枚の画像は、阪神大阪梅田での撮影でした。お詫び申し上げます。2015年当時の阪神神戸三宮の画像を追加アップさせていただきます。

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近鉄のリゾート特急車「伊勢志摩ライナー」23000系。

1994年志摩スペイン村開業(三重県志摩市)に合わせて製造され、大阪・名古屋・京都~伊勢志摩系統の一部の特急列車を中心に活躍しています。

1988年バブル絶頂期の時に、名阪ノンストップ特急に「アーバンライナー」21000系を投入。当時として斬新な流線型の車体デザインと、颯爽たる白主体の塗装が施され、近鉄特急のイメージを刷新しました。

伊勢志摩系統の特急には、2階建ての「ビスタカー」30000系などが使用されてきましたが、1978年間の登場から10年以上経過しており、また汎用特急車(12000系シリーズ)のマイナーチェンジという印象も強く、アーバンライナーに続く新型車両の投入が望まれていました。1994年の志摩スペイン村開業に合わせ、満を持して「伊勢志摩ライナー」23000系が登場。ビジネス色の濃いアーバンライナーに対して、伊勢志摩ライナーは、アーバンライナーの車体デザインや走行性能を基本的に継承するも、観光・リゾート列車らしく、塗装デザインは伊勢志摩の太陽をイメージし、明るい黄色を配する、というものになりました。「デラックス車両」も設定され、ゆったり落ち着いた車内空間となっています(JRでいえばグリーン車で、特別車両料金が必要)。バブル経済崩壊後の登場ではあるが、バブル期の余韻を感じられる豪華さは十分ですね。

伊勢志摩ライナーの登場は、JR西日本の【くろしお】用283系<オーシャンアロー>にも影響を与えており、両者はよく似ていますね。

登場から20年以上経過し、リニュアル工事が行われました。リニュアル後、「赤の伊勢志摩ライナー」も登場しています。

伊勢志摩ライナーは、間合いで京奈・阪奈特急にも入ります。


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ふと、昭和時代の頃の近鉄京都線について、思いつくままに書いてみたくなりました。

近鉄京都線にとっての「昭和」とは、私個人的に京都市営地下鉄烏丸線との相互乗り入れ開始前、すなわち1988年(昭和63年)以前のイメージで捉えています。

昭和の近鉄京都線といえば、 車両関係では920系や3000系など、アクの強い車両が印象的でした。京都線の通勤車は橿原線や奈良線などと基本的に共通使用であり、昭和50~60年代は汎用の8000系シリーズ(8000・8400・8600・8810・9000・9200系ほか)が主力でしたが、京都・橿原・天理線限定で近鉄唯一のステンレスカー3000系(1編成のみ)や、旧型吊り掛け車の更新である920系(→名古屋線1010系)も活躍。3000系は1979年、地下鉄烏丸線直通運転開始を視野に4両×1編成だけ試作されるが、実際には3200系VVVF車が烏丸線直通の任に就くことになり、持て余す存在に。その後も京都・橿原・天理線の普通などで地味に活躍を続けるが、特殊構造ゆえに運用・保守現場では扱いづらかったようで、不幸にして2012年、わずか33年の短い生涯を閉じました。

1988年以前の京都・橿原・天理線の普通は2~3両の短編成が多く、ローカル線の雰囲気が残っていました。京都線には1980年代中盤まで小型車800系(元・奈良線無料特急車)も時折姿を見せることもあったようです(晩年は主に生駒線で活躍)。

このほか、1982年6月より京都線急行の京都-新田辺間5両運転を実現するため、名古屋線からMc1650形が転属(同年ダイヤ改正当初、6両運転を実施するものの、ホーム有効長が4両編成分しかない地上の大久保駅両端に踏切が設置されていたため、道路交通への影響が問題になり、1両短縮の5両に変更)。8000系などの4両編成にMc1650形を朝ラッシュ時の新田辺で増結、京都駅で解放するという運行スタイルだったようです。狭幅車の1650形は京都線系統においては異色の存在でした。その後、1987年大久保駅高架化と合わせ京都線急行6両運転の本格開始以降、1650形は主に橿原・天理線の普通で8000系などに増結で使用されるが、非冷房のまま1990年までに営業運転から引退。

特急車については、基本的に大阪・名古屋・奈良線系統など広軌線区共通だが、京都・橿原線には狭幅車18000・18020系・18200系なども多かったようです。特に18000系は特急車でありながら吊り掛け駆動で、1982年に廃車されました。どちらかといえば格落ちの印象が強かった京都線特急ですが、現在では伊勢志摩ライナーやしまかぜも姿を見せるなど、随分進化したものです。

丹波橋で京阪から近鉄に乗り換えるとき、2~3両の短編成特急がノロノロと通過する光景は奇妙に感じられました。今では丹波橋に特急が止まります。かつて、昭和40年代前半まで京阪と相互乗り入れを行っていたが、近鉄の架線電圧1500Vへの昇圧を前に、直通運転は廃止されましたね。京阪も遅れて1983年、ようやく1500V昇圧工事が完了しましたが。


2020年3月14日、近鉄のダイヤ改正が実施されます。

今度のダイヤ改正の目玉は、

○名阪特急に新型車両80000系「ひのとり」運転開始

○土休日の快速急行(神戸三宮~奈良)を6両→8両に増強


 というところでしょう。

現在、21000系ほか「アーバンライナー」シリーズで運用中の分(甲特急)を、来年までに順次80000系「ひのとり」に置き換え、「アーバンライナー」は汎用車で運用中の(乙特急)にシフトするという流れとなります。また、間合いで阪奈特急1往復にも「ひのとり」が投入されます。

特急関係については、早朝時間帯に名張発名古屋行き(名張5:41発)を新設。同区間の急行を置き換えるものと思われます。また、夕方時間帯の大阪上本町・大阪難波発伊勢方面特急の運行区間が短縮されます。

奈良線~阪神直通(奈良~神戸三宮間)快速急行が土休日、全区間において8両運転が実施され、ホーム有効長の関係上、阪神芦屋駅は通過となります(6両編成運用列車は従来通り停車)。運転時間帯も拡大され、近鉄・阪神相互乗り入れは成功していると言えます。

大阪線では、平日早朝時間帯に急行が増発される一方、快速急行は減便。大阪上本町6:00発五十鈴川行き急行は、同駅6:14発大和八木行きに変更(短縮)。代わりに、平日、大阪上本町5:37発伊勢中川行き急行が新設されます。

生駒線は、2017年台風21号災害に伴う徐行運転を終了、朝夕時間帯の列車本数を毎時4本に増強されます。

近鉄・阪神と同時に山陽電車、および阪急神戸線のダイヤも変更されます。

https://www.kintetsu.co.jp/all_news/news_info/daiyahennko.pdf



近鉄河内長野駅ホームには、今では貴重となったフィルムタイプの字幕回転式発車標が残っています。

かつて昭和の頃は、京阪・阪神・南海などでも見られたかと思いますが、近鉄の発車標(行先案内表示機)もカラーLED化が進み、現役の字幕回転式タイプも河内長野駅が最後となりました。 本年1月30日に新型機種に更新されます。これに合わせ、記念台紙付き入場券の販売、および特別ポスターが掲示される予定です。

河内長野駅に到着する列車は、「準急|大阪阿部野橋」行きがほとんどであり、幕の回転シーンはなかなか見られないようですね(すなわち、終日ほぼ固定表示化)。

https://www.kintetsu.co.jp/kanko/kanko_info/news_info/kawachi-nagano_20200106.pdf



過去に実践したことのある私鉄の面白い旅について書いてみました。

「スルッとKANSAI 3Dayチケット」(廃止)を使った、滋賀から富田林までノーラッチ(途中、改札を通らないこと)の旅です。今から15年ほど前のことでした。

京阪石山坂本線の京阪膳所駅から出発です。

石山坂本線は確か、スルッとKANSAIカードが未対応だったはずだが、 「3Dayチケット」のみ、呈示で利用可能でした。第一ランナーは坂本(→坂本比叡山口)行きの電車で浜大津まで。

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京阪膳所駅 JR琵琶湖線乗り換え

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石山坂本線で活躍する600系

浜大津で京津線~京都市営地下鉄東西線の京都市役所前行きに乗り換え。800系の4両編成で、先頭車はセミクロスシートなので、小旅行気分が味わえます。終点まで10数kmほどの短い区間において、併用軌道から山岳鉄道、そして地下鉄線と変化に富む路線で面白いです。第三ライナーは、東西線二条行き(当時は二条が終点だった。どこで乗り換えのかは失念)で烏丸御池まで。

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京津線用800系が休む四宮車庫

烏丸御池で、地下鉄烏丸線に乗り換えて、一気に洛南の竹田へ抜けます。近鉄京都線直通(新田辺行き)だったか、竹田折り返しだったかは忘れました。もしかしたら、大久保あたりで急行に乗り換えたかわかりません。大和西大寺を経て橿原神宮前まで乗ったことだけは確かです。

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橿原神宮前駅 南大阪・吉野線ホームより
左側の引込み線にいる30000系ビスタカーは特急|京都行きに
橿原線と南大阪・吉野線は線路軌間が異なるため、直通運転はできない


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南大阪線と長野線との要衝・古市では増解結作業が頻繁に見られる

橿原神宮前で南大阪線に乗り換え。恐らく大阪阿部野橋行き急行だったと記憶しています。そして、古市で最終ランナー・河内長野行きに乗り換え、次の貴志で下車。改札機を無事にパスしました(「3Dayチケット」だから当たり前か?)。

滋賀・京都・奈良・大阪4府県を回り、所要時間は4~5時間ぐらいだったと思います。

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富田林市といえば、コレ!


阪神電車のダイヤ改正が2020年3月14日 (土)に実施されます。

改正の主な内容は、

◎土休日のほぼ全時間帯で阪神本線の快速急行を8両編成で運転
 ●神戸三宮~近鉄奈良間の運転時間短縮

◎朝・夕時間帯に快速急行の増発、運転区間延長


です。

阪神本線神戸市内区間連続高架化工事完成に伴い、芦屋駅を除く快速急行停車駅が8両対応になったため、阪神本線内でも快速急行の8両運転が可能になります。

一つ気になるのは、芦屋駅での取り扱い。ドアカットするのか、通過扱いにするのかはプレスリリースに明記されていません。詳細は1月下旬に発表の予定です。

https://www.hanshin.co.jp/company/press/detail/2763



新幹線型配線という言葉を聞いたこともあるかと思います。それは、「複線路線の相対式ホームで、通過列車用の本線と停車列車用の副本線があり、追い抜き可能な駅」=「相対式2面4線を備え、内側は通過線」。すなわち、新幹線の途中駅に多く見られることから、「新幹線型配線」と呼ばれることもあります。

在来線や私鉄での新幹線型配線は、日本ではどちらかといえばあまり数は多くないように思います。

関西私鉄・JRでの「新幹線型配線」駅として、

(阪急神戸線)六甲
(近鉄奈良線)瓢箪山
(近鉄南大阪線)今川、河内天美
(近鉄名古屋線)楠
(JR阪和線)上野芝


が挙げられるが、やはり数は少ないですね。なぜか近鉄南大阪線に新幹線型配線の駅が2つも存在するとは、びっくりです。

「新幹線型配線」もどきと言えるものとしては、

(阪急京都線)富田

があります。阪急富田駅は、相対式2面2線のホームの間に、上り(京都方面行き)用通過線1本の合計2面3線という特殊な配線形態となっており、ぱっと見た目には新幹線型配線と言えます。なぜ、このような珍しい配線になったのかといえば、高槻市駅高架化工事に合わせて京都方面行きホームに仮待避線として設置されたため。高槻市駅立体化完成後も、富田駅はそのままの配線です。

過去に新幹線型配線だった駅に、

(近鉄京都線)小倉

があります。小倉駅は1980年代初期まで新幹線型配線でした。しかし、隣に向島駅が開業、島式2面ホームで待避線機能が設けられたため、小倉駅での新幹線型配線は廃止され、待避線無しの典型的な相対式ホームとなっています。


新幹線型配線と類似のものとして、方向別複々線の線路で外側線のみにホームのある駅が挙げられます。関西では、京阪本線の複々線区間(天満橋-寝屋川信号所)で「準急以上の種別が通過する」駅が該当し、大阪方から順に

野江、関目、森小路、千林、滝井、土居、西三荘、門真市、古川橋、大和田

の10駅です。準急停車駅の京橋・守口市・萱島では、島式2面ホームで、緩急連絡が可能な構造となっています。

同じく方向別複々線のJR東海道・山陽本線では、快速通過駅も含めて、島式2面ホームであり、新幹線型もどきの駅は見られません。


近鉄京都線にモ1650形がいた頃について、レポートしたいと思います。

モ1650形は、1959~66年に製造された名古屋線1600系(4ドア通勤車)の増結用Mc車。総数9両でした。

このうち、4両(モ1651~1654)が1982年、京都線用に転属。京都線急行の5連運転のための増結用に使用されました。

近鉄京都線はもともと編成長が短く、1980年代初期まで特急以外は最大4両編成で、急行は3連、普通は2連ということも多かったと記憶しています。しかし、沿線人口の増加により混雑は年々激化、また京都市営地下鉄烏丸線との相互乗り入れ(1988年開始)を控えることから、6両編成への増強工事が順次進められます。

その第一弾として、1982年3月ダイヤ改正では、朝ラッシュ時間帯の京都線急行6両編成運用が新田辺→京都にて開始するも、さっそく問題が発生しました。それは、大久保駅(京都府宇治市)のこと。大久保駅は当時、地上ホームで有効長は4両分だったので、前後各1両をドアカットする形で停車しました(同駅周辺は立体化工事中だった)。しかし、ホーム両端に踏切が設置されているため、ただでさえ渋滞しやすい旧・国道24号線(→京都府道69号)の交点もすぐ傍にあることから、周辺の道路交通に支障をきたすということで、同年6月1日より6両運用は一旦中止。代わりに1両短縮した5両編成で運用されることになります。

そこで、モ1650形に白羽の矢が立ち、京都線に転属。京都・奈良線の仕様に合わせ、連結器高さ変更などの改造を受けました。8000系列など広幅車体の通勤車が主力の京都線や奈良線において、狭幅車体1650形は異彩を放っていました。1650形は、新田辺で4両編成の京都行き急行編成の先頭に増結する形で運用に入っていました。京都駅到着後、1650形は切り離され、単車で待避線に留置ののち、新田辺止まりの列車に増結されて折り返すという、かなり煩雑な運用も存在したようです。

その後、1988年地下鉄烏丸線相互乗り入れ開始までに、京都-新田辺間各駅と、新田辺以南の急行停車駅である高の原駅(のちに新祝園も加わる)のホーム有効長が6両に拡張。1987年大久保駅高架化竣工を機に、京都線急行の6両運転が本格的に開始します(一部の準急・普通も6両運転開始)。

これにより、1650形は余剰気味となるが、その後もしばらく、橿原・天理線普通などで時折運用されていたようです。ただ、あくまで増結用であるため、1650形単独ではなく、8000系列の2~3両ユニットに1650形を1または2両つなげるという組成だったようです。1650形は冷房化工事を受けることもなく、1990年に営業運用から引退。救援車・入換車に転用されます。2016年、その生き残りである1両、1654号が高安工場で「青の交響曲」塗装に塗り替えられ、注目を集めました。

1980年代の京都線のユニークなキャストは、モ1650形のほかに、ステンレス車3000系や、旧型吊り掛け車の「生き残り」である大型更新車920系(→名古屋線1010系)、そして1986年登場の地下鉄烏丸線直通専用車3200系など、バラエティに富んでいましたね。

* * * *

近鉄大久保といえば、旧・ニチイ→サティ→イオンに思い出があるという方も多いでしょう。1979年開店から37年間営業を続けて2016年に閉店ののち、建物も解体されてしまいました。大久保駅高架化前の頃の写真などを見てみたいのですが・・・。新田辺駅も、1980年代前半までは、確か構内踏切があって、「バリアフリー」だったように記憶しています。


東大阪市のイズミヤ若江岩田店(近鉄若江岩田駅付近)が2019年12月下旬をもって閉店すると発表。

イズミヤ若江岩田店は、開業50周年を迎えます。現在の店舗に移転したのは1991年で、店舗の建物自体はまだ新しいほうです。現店舗の建物は地上5階建の豪壮な外観であり、バブル経済末期の総合スーパー・モールの面影を伝えていると言えます。閉店後の業態転換(「カナート」「デイリーカナートイズミヤ」)はなく、完全閉店するとのこと。店舗の跡地活用も未定です。

若江岩田周辺には、イズミヤ現店舗への移転と同時期、近鉄グループの「近鉄ハーツ」が開店しています。「近鉄ハーツ」は現在、ニトリモール東大阪に変わっています。

イズミヤ若江岩田店、2019年12月下旬閉店ー50年の歴史に幕
https://toshoken.com/news/16655



日本最大の私鉄・近鉄電車の駅名は、実に興味深いネタの宝庫です。

今回は、2つの「田辺」についてレポートしたいと思います。

近鉄電車には、「田辺」の付く駅名が2つ存在します。それは、

新田辺(京都線、京都府京田辺市)
北田辺(南大阪線、大阪府大阪市東住吉区)

で、この2つの駅は名前からして近接関係にありそうですが、実は全然離れた場所にあります。ある意味、同じ近鉄駅名ネタで有名な4つの「九条」と事情は似ていますね。両駅間の距離は、近鉄京都・橿原・南大阪線経由で76.4km。しかも、京都線は広軌1435mm、南大阪線は狭軌1067mmゆえ、両駅間を直通する列車は存在しません。

ちなみに、「北田辺」駅周辺には、「田辺」の付く駅名、

田辺(地下鉄谷町線)
南田辺(JR阪和線)
西田辺(地下鉄御堂筋線)

があります。一方、「新田辺」付近には、

京田辺(JR片町線)

があるが、「京田辺」駅は1997年以前は「田辺」駅でした。同じ京田辺市内において、JR片町線の「JR三山木駅」は、元「上田辺」駅でした。

そうそう、大和西大寺や生駒駅などでは、近鉄けいはんな線が地下鉄中央線に直通しているため、4つの「田辺」駅(新田辺、北田辺、田辺、西田辺)への乗車券が購入可能ということになりますね。


近鉄で京都と名古屋を移動するという人はそう多くないでしょう。

そもそも、京都-名古屋間は新幹線で30分であり、近鉄だと遠回りとなって、新幹線より料金は安くても特急を乗り継いで2時間近くになってしまいます。 ただ、京都~津・四日市・桑名間の近鉄特急利用の需要はそれなりにあるものと思われます。

実は一度だけ、名古屋~京都間を近鉄で寄り道したことがあります。1990年代前半、「東北ワイド周遊券」の旅帰りのことでした。

当日の朝、車中泊の急行<津軽>(485系)で上野到着。東京都内から先、「青春18きっぷ」利用で中央本線に寄り道することにしました。東京駅から新宿・八王子・甲府・小淵沢などを経て、岡谷で途中下車。岡谷駅前に止まっている諏訪バスは、なんと京阪バスからの中古車ばかりでびっくり。1980年代前半の主力だった三菱MP117・K-MP118に久しぶりに会えて懐かしい気分に。岡谷からは中央本線旧線経由を回って塩尻を目指します。途中、飯田線との分岐駅である辰野で乗り換えました。辰野まで飯田線直通の119系に乗車したのち、確か123系(荷物電車からの改造)の塩尻行きに乗り換えたものと思います。昼食は岡谷もしくは塩尻駅前のスーパー内の店だったかな。塩尻から先、JR東海管内に入り、残り少なくなった国鉄急行色165系の中津川行きに乗車。ちょうど、名古屋からのルートをどうしようか、頭を悩ませていた頃です。東海道本線(米原)経由は確かに早いが、できれば他の変わった経路にしたい。関西本線経由も良いが、少しありきたりな感じで飽きを感じなくもない。そこで、近鉄に乗ることに決定。

名古屋駅の改札を出て、新たに近鉄の乗車券を買います。近鉄の駅が視界に入ると、久しぶりに大阪に帰った気分でした。さっそく伊勢中川まで5200系急行に乗車。中川で大阪線の名張行き急行に乗り換えます。大阪線名張以東区間運転の急行は朝夕のみの運転で、確か早朝1本だけ名張発名古屋行き急行もあったはず。名張そして大和八木でまた乗り換え。ラストは丹波橋まで京都行き急行でした。せっかく当日有効の「青春18きっぷ」を持っているので、桜井でJR桜井線、鶴橋で大阪環状線に乗り換えることも可能だったが、長旅で疲れていることもあって、丹波橋から京阪で帰ることにしました。


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中央線(4号線)に集約された20系。
写真の2936Fをはじめ30番台編成は谷町線から24系とトレードで転入しました。
近い将来、20系は新型車両(40000系?)に置き換えられるようです。
 


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近鉄の少数派形式の一つ、8800系。
900系・8000系以来続いた最後の奈良線用丸屋根大型通勤車で、1980年に4連×2本のみ製造。

1980年前後は、近鉄通勤車における歴史のターニングポイントでした。
南大阪線ラビットカー6800系に始まる大型丸屋根車(4ドア20m車)は、奈良線用8800系がラストで、その後は角張ったスタイルの1400系・8810系・6600系などにモデルチェンジ。この過渡期、1979年に近鉄唯一のステンレス車3000系を4両1編成のみ試作。3000系は京都市営地下鉄烏丸線との相互乗り入れを前提にしたものですが、量産にはならず、その任務は3200系が担うことに(3000系は2012年廃車)。3000系の角張ったスタイルは、以後の近鉄通勤車の新スタイルに通じるものでした。


近鉄大阪線と奈良線の分岐する布施駅。

布施駅は東大阪市西部(旧・布施市)の主要ターミナルでもあり、大阪市との境界と至近距離であることから、近鉄バスのほか大阪シティバスも乗り入れています。

駅は3階立体構造で、大阪線(河内国分・大和八木・名張・伊勢志摩方面)は2階、奈良線(石切・生駒・奈良方面)は3階ホームの発車となっています。1階高架下の駅本屋には近鉄百貨店(東大阪店)などが併設されています。

その布施駅ですが、優等種別である特急・快速急行は基本的に止まりません(急行は停車)。「基本的に」というのは、一部停車する該当列車が存在するためです。面白いことに、一般列車の快速急行は全列車通過でありながら、最上位種別である特急が一部停車します。その該当する特急とは、大阪線の阪伊乙特急(日中のみ)。名阪特急および奈良線(阪奈特急)は全て通過します。快速急行が布施駅を通過するにもかかわらず、特急が止まるというのは、少し妙な感じがします。阪神本線の御影駅が特急停車駅なのに、(近鉄奈良線直通の)快速急行が通過というのも、同様に違和感がありますが、阪神御影の場合は、駅ホームがカーブゆえ20mの近鉄車6両の停車が物理的に不可能という事情によるものです。


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阪神なんば線桜川駅の日常的光景です。
大阪難波駅発着の近鉄車両は、阪神桜川駅まで回送して折り返します。
したがって、阪神直通非対応車の特急車や丸屋根通勤車8000系シリーズ、京都市営地下鉄烏丸線直通用3200・3200系など、あらゆる近鉄車両を見ることができる、阪神線内唯一の駅となっています。

また、阪神桜川駅では南海汐見橋線(汐見橋駅)に乗り換えることも可能です。
 


4つの「九条」は、近鉄の駅名ネタとしてかなり有名です。すなわち、橿原線の「九条」、京都市営地下鉄烏丸線「九条」、大阪メトロ中央線「九条」、阪神なんば線「九条」の4つとも、近鉄の車両が乗り入れており、しかも大和西大寺駅には中央線を除いた3つの「九条」駅に直通する列車が発着している、という話です。2,025年大阪万博までに、近鉄奈良や伊勢志摩・名古屋方面からけいはんな線・中央線に直通可能な特急車両を実用化するとの話もあるが、どうなることでしょうか・・・。

近鉄の駅名について、これと似たようなネタがほかにも存在します。

それは「東山」と「松ヶ崎」。

「東山」については、生駒線の「東山」と京都市営地下鉄東西線の「東山」があります。近鉄京都・奈良・橿原線の駅から、2つの「東山」駅への乗車券を購入することが可能なのです。東西線の「東山」には近鉄の車両が乗り入れているわけではないが、烏丸御池で東西線に乗り換えます。

「松ヶ崎」は、地下鉄烏丸線と近鉄山田線にあります。

「九条」「東山」「松ヶ崎」の3つとも、京都市営地下鉄と近鉄に同じ駅名があるのは興味深いと言えます。
 


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阪神1000系車内客用扉上部に掲示されている停車駅案内パネルです。
山陽姫路から近鉄奈良までの駅名が一枚のパネルに表示されており、
相互乗り入れを通じた広域運用を実感させるものです。


大阪メトロ中央線(4号線)の1980年代中盤ごろの車両史について、書いてみたいと思います。

中央線は1980年当時、大阪港-深江橋間のみの比較的短距離な路線でした。当時、中央線には千日前線と同様、古参の50系(3ドア車)4両編成が行き来していて、御堂筋線(1号線)などに比べてローカルな印象でした。

しかし、中央線を深江橋から先、東大阪市を経て生駒まで延伸する計画が着々進んでいて、混雑率の激しい近鉄奈良線のバイパス線としての役割を担うことが期待されていました。1985年に中央線は東大阪市の長田まで延伸開業、その1年半後の1986年10月には近鉄けいはんな線(旧・東大阪線)長田-生駒が開通し、大阪港-生駒間の直通運転を開始しました。

近鉄東大阪線開通を前に、1984年より中央線の車両設備面での大幅改善が進みました。まず4両から6両へ編成増強、合わせて御堂筋線から4ドア車30系を転入。既に10系(御堂筋線用)量産時代に入っていたが、先頭車の不足を補充すべく、30系先頭車を非冷房で追加新造されました。同年、新型車両20系VVVF試作車を中央線に投入、御堂筋線10系に次いで2例目の冷房車でした。20系は10系と基本レイアウトは共通だが、顔がより洗練されスタイリッシュです。20系は1989年まで順次増備が続き、中央線に加えて谷町線にも投入されました(→50系を置き換える)。

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今も中央線の主力車両である20系

中央線と直通運転を行う近鉄側もVVVF車7000系を新造。もちろん冷房付きでした。7000系は白とオレンジを基調とするカラーリングの斬新なスタイルで、京都市営地下鉄烏丸線直通用3200系、名阪特急アーバンライナー21000系、そしてJR西日本221系などにも影響を与えたように思います。

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近鉄7000系 他の近鉄通勤車とは一線を画する斬新なスタイル

1990年より大阪地下鉄冷房化率100%をめざし、一部を除く各線区に新20系シリーズ(中央線用は24系)の投入が始まり、中央線の30系は1995年までに廃車。1984年に新造された先頭車も10年足らずで無惨の廃車を迎えました。その後、中央線は大阪メトロ側では20系・24系で揃えられるが、2006年のけいはんな線奈良登美ヶ丘延伸に合わせ95km/h運転実施のための改造工事を目的に、谷町線用20系と24系をトレード。大阪メトロを代表する顔・新20系も、中央線では少数派になってしまいました。したがって、旧20系が現在もなお中央線の顔となっています。ただ、1984年登場の試作編成は2014年に廃車、残りの編成も登場から30年以上経過しているため、近い将来、置き換えの対象となることでしょう。

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新20系シリーズ24系 谷町線20系とのトレードで中央線では少数派となった



近鉄電車でスキー、といえば意外に思われるかもしれません。

しかし、近鉄沿線にはスキー場があるのです。

一つは、三重県菰野町の御所在山。近鉄四日市で湯の山線に乗り換え、終点・湯の山温泉駅からR477を西へ進みます。御所在山は滋賀に隣接する鈴鹿山脈の最高峰であり、頂上からは東に伊勢湾~濃尾平野、西に琵琶湖が見渡せます。

奈良県南部の吉野・大峰山系にもスキーやスノースポーツの楽しめるところがあります。紀伊半島の真ん中にあたるが地形が急峻で標高も高いため、冬場の冷え込みは相当なもので(六甲山や近畿北部の丹波高地よりも気温は低いはず)、山間部では積雪も珍しくありません。吉野・大峰界隈には有名なスキー場が2つあります。

一つは天川村の洞川温泉近くにスノーパーク洞川。吉野線大和上市駅から奈良交通バスで「洞川温泉」まで約90分、さらにタクシーに乗り換えて約10分のところで、公共交通では不便ですね。

もう一つは、和佐又山スキー場(上北山村)。大普賢岳(標高1,870m)の麓にあります。大和上市駅から奈良交通・大台ケ原行きのバスに乗り、「和佐又山登山口」から徒歩1時間のところです。

このほか、相互乗り入れ先の阪神電車まで含めば、六甲山スキーもありですね(笑) 六甲山へは京阪神から一番気軽に行けるのが何よりでしょう。


近鉄京都線の近鉄宮津駅。

所在地は京田辺市宮津で精華町との境界付近にあたるところ。1993年9月に開業しました。駅には宮津車庫が設置されており、駅開業半年前に三山木信号所として開業したのち、駅設備の完成で信号所から旅客駅に昇格しました。

さて、「近鉄宮津」駅はネタになりやすい駅名ですね。というのも、同じ京都府であって近鉄とは正反対方向の北部、丹後地方に天橋立で有名な宮津市があり、京都丹後鉄道(旧国鉄・JR宮津線→北近畿タンゴ鉄道)に「宮津駅」があるし、さらに同じ京都駅から山陰本線(嵯峨野線)経由宮津・天橋立に直通する列車も存在するので、混同を避けるために駅名に「近鉄」を冠したという話です。

近畿・東海2府3県に跨る日本最大の私鉄・近畿日本鉄道だけあって、河内・大和・伊勢など旧国名、あるいはJRほか他社と同じ名称の近接の駅を区別するために「近鉄」と冠する駅名は多いが、同じ県内にありながら100km以上も遠く離れている同駅名を区別するために「近鉄」を冠する例は、近鉄宮津だけ。ただ、これと似たような事情からか、「大和」を冠する駅名もあります。それは大和八木駅(奈良県橿原市)で、京都駅から発着する山陰本線に八木駅(京都府南丹市)と区別するためだと考えられます。大和八木駅は橿原線と大阪線の接続する近鉄の主要駅で、京都駅発着橿原神宮前行きの列車はここ大和八木を通っているばかりか特急同士の乗り継ぎ拠点でもあり、駅前に近鉄百貨店橿原店があります。また、大和八木駅から日本最長の一般路線バスで有名な奈良交通八木新宮線も発着しています。


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近鉄京都線向島駅に停車中の8810系普通|天理行きです。
近年、京都線内においても「普通|橿原神宮前」とか「普通|天理」表示を見かけることが多くなりました。


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阪神9000系は1000系とともに近鉄相互乗り入れ運用車となっています。

9000系は1995年阪神淡路大震災に伴う赤胴車(急行系車両)の廃車補充分として1996年に30両が製造されました。急行系車両初のVVVF制御車であり、「ジェットシルバー」の5201形5201-5202以来30数年ぶりのステンレス車体の車両となっています。

VVVF走行音は、同時期製造の青胴車5500系と同じ独特の音を発し、これがなんと京都市営地下鉄東西線50系と同じ音ということで、面白い存在です。近鉄は同地下鉄烏丸線と相互乗り入れをしており、しかも奈良線大和西大寺-近鉄奈良間で9000系が京都市交の車両と顔を合わすこともあり、何か因縁めいたものがありそうですね(笑)


養老鉄道(旧・近鉄養老線)に東急7700系を15両購入すると発表されました。

旧・近鉄の独立支線区で東急の車両が転用されるのは、伊賀鉄道に続き2例目となります。

今回導入する7700系は、東急電鉄池上線で活躍中の車両で1963~66年製。

現行の近鉄丸屋根車よりも古い 車両に置き換えられ、しかも「今後30年程度利用する」という話で、戸惑いを感じました。ただ、車体はステンレス製で、1987~91年に台車・電機品・内装などを総取替え済みであり、また中間車はクロスシートを設置するとのこと。ステンレス製車両の導入で、塗装や動力費などのコスト削減を図ります。

http://news.livedoor.com/article/detail/15193826/



『近鉄沿線ディープなふしぎ発見』(天野太郎)に一つ面白いことが書いてあります。

それは、

近鉄京都線の駅からなぜか京阪バスが発着するワケ

もう少し正確に言えば、京阪バスのほか、同じ系列の京都京阪バスも発着しているのですが。

近鉄京都線の駅から発着するバスは

近鉄バス・・・竹田、向島
京阪バス・・・京都、竹田、新田辺
京都京阪バス・・・向島、小倉、大久保、寺田、新田辺
奈良交通・・・新田辺、三山木、新祝園、山田川、高の原、大和西大寺

が挙げられ、新田辺以北は基本的に京阪バスグループのエリア、新田辺以南の奈良側は同じ近鉄傘下である奈良交通の縄張りとなっています。かつては近鉄バスも京都駅や桃山御陵前、大久保に乗り入れていたし、京都-奈良間を結ぶ長距離路線もあったが、向島ニュータウン関係を除き軒並み撤退。

さて、京阪グループのバスが近鉄京都線沿線の北半分をカバーしている理由ですが、それは近鉄京都線の成り立ちと密接に関わりがあります。

近鉄京都線(京都-大和西大寺)は奈良電気鉄道によって1928年開通。奈良電鉄は近鉄の前身である大阪電気軌道と京阪電鉄の合弁会社としてスタート。戦後の1950年代、奈良電の持ち株比率は奈良電・近鉄・京阪でそれぞれ3割程度。しかし、奈良電の業績は伸び悩み、1959年頃から近鉄は奈良電の経営再建に参画しようと、積極的に株の買占めを行う。近鉄に過半数の株を握られ、残りはほとんど京阪となっては、奈良電には経営権はないに等しい。そこで奈良電は近鉄・京阪のどちらかに吸収されることを迫られる。最終的に、奈良電を近鉄の傘下にする代わりに、京都-奈良間のバスも含め沿線のバス事業を京阪に譲渡する、という折衷案で落ち着いたと言います。

その結果、近鉄京都線沿線の北半分は京阪グループのバスが運営することに決まり、今日に至ります。かつて京阪バスが京都-奈良間の路線を持っていたのも、上と同じ事情によるものです。

ちなみに、奈良電と京阪は終戦直後から丹波橋-京都間と丹波橋-三条間で相互乗り入れも行われていたが、奈良電が近鉄に吸収され、京都線を含めて近鉄の架線電圧1500V化により、600Vのままだった京阪との直通運転が不可能となり、1968年に廃止されました。





近鉄京都線と京都市営地下鉄烏丸線の接続する伏見区の竹田駅。

烏丸線の竹田開業(1988年)前は、「普通」のみしか止まらない小さな駅でした。
しかし、烏丸線の竹田開通および近鉄との相互乗り入れ開始に合わせ、竹田は「急行」停車駅に昇格。
竹田駅構内の駅名標や自動改札機・券売機は近鉄も含め京都市営地下鉄方式。
駅西側と東側の両方に広場も整備され、バスも発着するようになります。
竹田駅北西側には地下鉄の車庫および市バスの待機場があります。

竹田駅は一つの大きなターミナル駅かと思いきや、駅前はさほど賑わっているわけでもなく単なる乗換駅という感じで、駅前にはコンビニすらもない無味乾燥な状況です。

先日、酷暑の中、バス乗り継ぎの旅で竹田駅西口に寄り、ちょうど良いタイミングで20分後に京阪バス【24A】号経路(男山営業所担当)が来ると思いきや、この炎天下ではその20分間がとても長く感じられました(竹田駅西口に【24A】号経路がやってきてそのまま折り返すかと思いきや、回送車となっておそらく洛南営業所で待機)。コンビニもなく、駅南側の名神下の日陰で過ごしました。

竹田駅前にコンビニもしくは食料品スーパーぐらいほしいところですね。


先日、

京阪バス1Dayチケットを2倍楽しむ方法(高槻・茨木地区を中心に)

を投稿しましたが、今度は近鉄電車と接続する京田辺地区について、もう少し実用的な使い方を考察してみたいと思います。

近鉄の企画きっぷでは「伊勢神宮参拝きっぷ」や「近鉄週末フリーパス」など、旅行前日までに購入する必要のあるものも多く、事前に近鉄の主要駅まで出向く必要があり、日常的に近鉄電車を利用することのない京阪沿線(北河内)住民にとってはいささか不便と言えます。近鉄の駅へ用があるとき、京阪電車で丹波橋まで往復するのが最も一般的だと思われ、JR学研都市線沿線からは京田辺駅から徒歩で新田辺、また住道・鴻池新田方面からは近鉄けいはんな線・奈良線も近く、近鉄バスもしくは自転車で出向くことも可能です。

京阪電車およびJR学研都市線の駅から離れている地域では、京阪バス1Dayチケットで新田辺まで赴くのも一つの手段です。特に樟葉・男山・八幡・松井山手・長尾・穂谷方面からは新田辺行きのバスが出ており、バスの往復だけで元が取れることも少なくないので、おススメと言えます。もちろん新田辺まで2本以上の乗り継ぎが必要な場合は、所要時間はかかるがお得でしょう。

実は「京阪奈初詣きっぷ」を購入するため、バイクで生駒まで往復したこともあります。


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近鉄生駒線の終点・王寺駅です。
JR大和路線(関西本線)・和歌山線のほか、同じ近鉄新王寺駅(東へ徒歩2分)から田原本線にも接続しています。奈良県内ではJRが賑わう数少ない駅です。

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近鉄王寺・新王寺での運賃合算制度はないので、新しく乗車券を買い直す必要があります。

ちなみに田原本線の営業区間は新王寺-西田原本間で、路線図上では他の近鉄線とは孤立しているように見えるが、西田原本駅では橿原線田原本駅と徒歩連絡があるし、橿原線と田原本線の連絡線もちゃんと存在しており、西大寺検車区から8400系ワンマン編成が送り込まれます。

かつて田原本線はここからさらに桜井まで伸びる軽便鉄道で、大阪と伊勢志摩・名古屋を結ぶ幹線の一部になる予定だったみたいで、今日の広大な近鉄路線網を築きあげる隠れた名脇役です。


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昭和の近鉄通勤車こと丸屋根通勤車を代表する8000系。

8000系は奈良・京都線用大型通勤車(20m車4ドア)として1964~80年の長期にわたって量産され、近鉄では最大の車両数(208両)を誇る形式でした。8000系の登場に先駆け、8000系と同じスタイルの900系が製造されました。900系は大阪方面への通勤客が急増し混雑の激しい奈良線の建築限界拡幅工事と新生駒トンネル開通に合わせ、それまで同線で使用されていた小型車(600・800・820系ほか)を置き換えることを目的に、4ドア20m車として製造。8000系は900系の増備車と位置づけられ、900系を8000系に編入する計画もありました。また、8000系をマイナーチェンジして後年登場した形式に8400・8600・8800系があります。近鉄最大の陣容を誇る8000系も経年による老朽化で大半は廃車されたが、2018年現在もまだ少しだけ現役です。

さて、8000系について一つ気になっているのは、コンプレッサー(CP)動作音。犬の遠吠えのような音で笑ってしまうものでした。600V時代の京阪の旧型車(2000系以前の車両)と近い感じ、というか、阪急2000・3000系シリーズとほぼ同じもので、昭和の関西私鉄をイメージする一つの懐かしいBGMですね。関西ではもはやめっきり聞かなくなった音だが、今も能勢電の1700系で聞くことができます(10年ほど前まで残っていた阪急2300系看板車も同じ)。




近鉄8000系のあの音も1990年代前半ごろまで聞くことが可能でした。しかし、車両更新に合わせて新型のCPに取り替えられてしまい、残念ながら聞けなくなりました。900系も登場当初は同じだったかと思うが、やはり新しいCPに交換されてしまいました(2002年全廃)。伊賀線(→伊賀鉄道)に転用された860系(元820系)ではもう少し遅くまで同型のCPが残っていたが、こちらも新しいものに交換。

8000系と同世代の大阪・名古屋・南大阪線用通勤車では、また違うタイプのCPだったようですが・・・。


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近鉄(近畿日本鉄道)がフリーゲージトレイン(FGT)の開発を推進すると発表しました。京都~吉野間を直通する特急などの運行を目指すとしています。

近鉄がフリーゲージトレイン開発推進へ 京都~吉野間で直通列車を運転か

私鉄初のフリーゲージ、近鉄が開発着手 京都-吉野

近畿・東海2府3県を広範囲にカバーする日本最大の私鉄、近鉄。名古屋と大阪(なんば)を結ぶ都市間特急、および大阪・京都・名古屋から奈良・伊勢志摩方面を結ぶ観光特急を主幹として、私鉄では最大規模の特急ネットワークを有しています。

近鉄の鉄道線は複数の鉄道会社を合併・買収してきた歴史によって成り立っており、その結果として路線によって標準軌(レール幅1435mm)と狭軌(1067mm)の2種類が混在します(少し前までは三重県北部の北勢線・内部線のナローゲージ762mmと合わせ3種類存在していた→第三セクター化)。近鉄の大半の路線(大阪・名古屋・奈良・京都線ほか)は標準軌だが、南大阪・吉野線など一部の線区は狭軌となっています。それゆえ、京都から吉野への直通列車の運転は物理的に不可能となっており、橿原神宮前駅で乗り換える必要があります。

FGT技術は欧州では普及が進んでいるが、日本では苦戦。日本でもFGTの研究開発は進められ、既存の在来線に新幹線を直通させることを目指してきたが、耐久性など技術的なハードルが高く、車両コストも高額で、事実上凍結状態となっています。これで日本国内のFGT実用化は絶望的かと思いきや、近鉄が私鉄初として開発に着手するとのニュースが発表され、まさかの展開となりました。

京都-吉野間を直通する特急列車運行について、以前から実現に向けて、FGTを含め複数の手法が検討されてきました。2004年には吉野山を含む「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録され、吉野方面への観光客が年々増加しています。新幹線と連絡する京都駅から吉野への利用客増加も見込まれることから、今回FGTによる実現を目指すことを打ち出したものと思われます。

ただ、京都・吉野直通特急実現について、賛否両論があります。もちろん吉野・大峰山方面への観光客にとっては喜ばしいことでしょうが、それよりも一般通勤車の新造を優先してほしい、橿原神宮前駅乗り換えで一服するほうが良い、といった意見もTwitterで拝見しました。

ともあれ、もし実現すれば、阪神神戸三宮から吉野への直通列車(大阪線経由)なども期待したいと思います。


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この顔(旧・20系)が今も幅を利かせていますね。

あと、こちらも忘れてはなりません。

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近鉄田原本線100周年を記念して、8414F(B14)が記念塗装となって出場したようです。
かつて田原本線で活躍していた820系の復刻塗装(マルーン一色に銀色の帯)です。
写真は一つ編成番号がずれた8415Fです。

 


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京都駅に停車中の8724号・普通|橿原神宮前行きです。



京阪沿線住民が近鉄の企画きっぷ(伊勢神宮初詣、週末フリーきっぷ、ほか)を購入するときについて、かねがね思っていたこと。

普段、近鉄電車に乗ることはないが、奈良大和路や伊勢志摩方面へ旅行したいので企画きっぷを購入したいとき。
しかし、利用前日までに購入しなければならないものも多い。きっぷを購入するために近鉄電車の駅へ出向くのは、京阪沿線からだと丹波橋・新田辺・生駒・大阪難波などへはさほど遠くはなく(新田辺・生駒などへはバスもしくは車で移動することになるが)、私も年末にバイクで生駒まで行って「京阪奈初詣きっぷ」を購入したことがあります。ただ、やはり往復の交通費負担は小さくはなく、近鉄の駅まで出向く時間もなかなか取れないときは困ります。

そんなとき、京阪電車の主要駅でも近鉄の企画きっぷが買えたら便利だと思います。
少なくとも、守口市・香里園・枚方市・樟葉での近鉄きっぷ販売を望みたいところです。

なお、京阪沿線から奈良・斑鳩・法隆寺方面の観光には、「奈良・斑鳩1Dayチケット」(京阪版)が便利です。



近鉄京都線のマイナーな列車種別である準急

近鉄の主要幹線である奈良線・大阪線・南大阪線・名古屋線では終日準急もしくは区間準急が運転されています。京都線においてもラッシュ時間帯のみ準急が運転されており、かつては京都-大和西大寺・奈良間を通す準急もあったが、運転本数は年々減らされ、京都-新田辺間のみの運転となっています。停車駅も元々、小倉以南の各駅停車だったが、向島にも停車するようになった結果、丹波橋以南各駅停車となっています(通過する駅は十条・上鳥羽口・伏見の3駅のみ)。運転本数も減らされ、従来夕方ラッシュ時は30分間隔の運転だったところ、2010年ダイヤ改正より60分間隔に半減されました。2000年代半ばまでの京都-竹田間連続立体化完成に合わせて上鳥羽口駅は待避可能な構造となり、一時期上鳥羽口で普通を追い抜かし優等列車としての面目を辛うじて保っていたが、現在は普通の追い抜きもなく、京都線における準急の存在意義が疑問視されているように見られます。

なお、夕方の新田辺行き準急のうち4両編成は新田辺から先、普通|大和西大寺行きに種別変更して運転されており、事実上の準急|大和西大寺行き見なすことができます。



私の小学校の修学旅行は伊勢志摩でした。

主な交通手段は近鉄特急。京阪沿線からなので、丹波橋で近鉄に乗り換え、特急|賢島行きに乗車するため、京都駅までUターンしました(当時、特急は丹波橋に止まらなかった)。京都駅からおよそ2時間、伊勢市駅で下車、伊勢神宮外宮へ参拝。本来、伊勢神宮参拝の巡路は外宮→内宮の順とされています。ただ、内宮へは相当距離がある(宇治山田駅からバス)ためか、行程には含まれませんでした。

伊勢市駅へ戻り、ここから国鉄参宮線に乗って二見浦へ。複線電化で大阪・名古屋・京都各方面から特急が頻繁に行き交う近鉄の賑やかさとは対照的に、参宮線は単線非電化のローカル線で優等列車は京都から草津線経由の急行<志摩>ぐらいしかなく、閑散としていました。急行<志摩>は京都駅を朝9時20分ごろ発って3時間程度で伊勢市に到着するので近鉄特急よりも1時間余計にかかるが(実は京都からの賢島行き特急も発車時間は大体同じだったと思う)、時間的には<志摩>を利用しても良かったのではと思ったりもします。

二見浦で降りて、海辺へ出て夫婦岩などを見物したあと、砂浜で潮干狩りを楽しみ、近くの旅館に宿泊します。二見浦は日本初の海水浴場として有名、大正天皇もここで泳いだと言われています。夜には旅館近くの通りへお土産を買出しに行きました。なお、名物の赤福は消費期限の都合上、学校で事前に予約注文を受け付け、翌日の帰りに鳥羽駅あたりで受け取ったように記憶しています。

翌朝、二見浦から鳥羽まで参宮線に乗車。キハ58が先頭の普通列車(キハ35などと混結だったと思う)、鳥羽まで2駅の短時間ながらキハ58系を楽しみました。松下-鳥羽間では車窓左手に海が見えて最高の景色です。近鉄鳥羽線が右側から寄り添いアンダークロスすると終点・鳥羽に到着。近鉄鳥羽線はトンネルの連続する山側を走っています。鳥羽・志摩線ローカル用の680系という古風なスタイルながら冷房付き・クロスシートという個性的な車両もいました(元・京都線特急車だった、数年後に惜しまれて廃車)。

鳥羽では鳥羽湾に浮かぶミキモト真珠島などを見学しました。ミキモト真珠島はもともと無人島だった「相島」だったところ。相島は明治期の実業家・御木本幸吉が世界ではじめて真珠養殖に成功した舞台として知られるようになります。幸吉は御木本真珠店を創業して外国人客の人気を集め、海外にも店舗網を広げます。「ミキモト真珠島」は相島に見学用養殖施設を設置することで観光客に開放することにより生まれたものです。

帰りは鳥羽から近鉄の修学旅行専用列車(特急車で運行)で丹波橋まで直行。途中、新田辺にも停車したような記憶があり、主に京都線および京阪沿線の小学校を対象に仕立てたもののようでした。

この小学校の修学旅行は翌年からバスに切り替わり、その数年後には広島に行き先変更となりました。


兵庫県南西部の小学校の修学旅行は伝統的に「奈良・伊勢」が多かったが、姫路市では本年度よりほぼ全校で伊勢を断念、「京都・奈良」に変更となった模様です。

https://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201612/0009714467.shtml


姫路をはじめ兵庫県南西部の小学校では、「伊勢・奈良」の修学旅行が約60年間続きました。姫路から伊勢までおよそ300km、国鉄・JRの修学旅行専用列車が毎年運行されてきました。JR発足後以降では2001年までキハ58系、以降<はまかぜ>用キハ181系が使われたが、キハ181系の引退に合わせ2010年で中止。JR西日本・JR東海にまたがることもあって代替車両は見つからず、列車での移動は断念(奈良のみの修学旅行専用列車では後継のキハ189系が使用されているが)、2011年よりバスに切り替わりました。

ところが、児童の車酔いが相次いで問題になります。列車内は自由に動き回れたが、バスはシートベルトを着用しなければならず、車酔いで体調を崩す児童が増加。この事態を受け、行き先の変更が検討されるようになります。その結果、移動距離の短い「京都・奈良」に決まったとのこと。

折りしも阪神なんば線が開通、阪神と近鉄との相互乗り入れが始まり、近鉄特急車を使用した山陽電鉄から伊勢志摩への修学旅行専用列車も期待されたが、なかなか実現の目処は立っていません。

「祖父母の時代から修学旅行は伊勢だったのに・・・」と惜しむ保護者の声も相次いだようだが、「児童の体を第一に考えた苦渋の決断」と受け止めるしかないのでしょう。

なお、JRの修学旅行専用列車は、往路は奈良を訪れるため山陽本線→東海道本線→奈良線→関西本線→紀勢本線→参宮線、復路は参宮線→紀勢本線→関西本線→草津線→東海道本線→山陽本線でした。

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阪神御影駅といえばカーブで有名。

阪神御影駅は山陽電鉄直通も含め、「特急」と名の付く列車は全て停車するが、近鉄から直通の「快速急行」は通過です。

最上位種別であるはずの「特急」が停車するのに、2番目にランク付けされる「快速急行」がなぜ通過するのかといえば、御影のカーブが理由です。すなわち、阪神・山陽車は18mなのに対して、近鉄車は20mのため、近鉄車6連に対応するためのホーム延伸工事は難しく、御影は通過することになっています。快速急行は御影を徐行しながら通過します。普通(各駅停車)は御影で(直通)特急の連絡と快速急行の通過を待つため、かなり長いこと停車します。

「快速急行」は御影を通過する代わり、特急通過駅の武庫川・今津に停車します。


大阪市営地下鉄8路線のレール・電気方式は、以下の3つに分類されます。

(A)広軌・第三軌条方式750V
御堂筋線、谷町線、四つ橋線、中央線、千日前線

(B)広軌・架線方式1500V
堺筋線

(C)広期間・架線方式1500V(リニアモーター方式)
長堀鶴見緑地線、今里筋線

大阪市営地下鉄各線どうしの線路のつながりについて時に興味を感じるが、実は上のグループ(A)と(B)に該当する全ての路線は、何らかの形でつながっています。

(A)の第三軌条式路線について、かつて<御堂筋線、四つ橋線>と<谷町線、中央線、千日前線>のグループに分かれていました。車両検修もこれら2つのグループに分かれ、前者は緑木町工場、後者は森之宮工場がそれぞれ担当していました。しかし、森之宮工場施設の老朽化に伴い緑木町に統合することになり、2015年に中央線と四つ橋線の本町連絡線が開通しました。この結果、四つ橋線には御堂筋線だけでなく谷町線・中央線・千日前線用の回送車両も通過するようになりました。

(B)グループの堺筋線は阪急千里線・京都線との相互乗り入れを前提に架線方式で開通、(A)グループのどの路線とも(直接は)線路がつながっていません。

(C)グループは1990年以降に開通した路線で、(A)(B)グループとは線路がつながっていません。


さて、(A)グループと(B)グループは直接線路はつながっていないが、実は間接的につながっているのです。
どのようにつながっているのかといえば、

中央線~近鉄けいはんな線~(東生駒車庫)~近鉄奈良線~阪神なんば線~阪神本線~神戸高速鉄道~阪急神戸線~阪急京都線~阪急千里線~堺筋線

というルートです。

中央線~近鉄けいはんな線は第三軌条、近鉄奈良線ほかは架線方式ゆえ、両者間の直通運転は不可能ですが、東生駒車庫で線路がつながっています。けいはんな線用7000・7020系の定期検修を受けるために大阪線五位堂工場まで搬送することが理由です。

近鉄と阪神が相互乗り入れしており、阪神が神戸高速を介して山陽・阪急・能勢電そして堺筋線と線路がつながっていることは今更改めて述べるまでもないでしょう。ただ、最近、阪急車を能勢電譲渡用に阪神尼崎工場で改造工事を受けるため、阪神本線を自走回送する例もあり、尼崎車庫内で阪急と近鉄の顔が並ぶ光景に期待してみたくなります。

なお、阪急京都線用の車両は堺筋線に合わせて車体幅が広いため、神戸線・宝塚線などを走行することは不可能となっています。逆に神宝線用車両は京都線に乗り入れることも可能で、正雀工場への回送・試運転で京都線を走行することも日常茶飯事、また行楽シーズンには神戸・宝塚方面から嵐山への臨時列車が運転されます。


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京阪京津線各駅停車用(東山三条-日ノ岡間低床ホームに対応)に作られた80形。

80形は京阪電鉄では珍しく、近畿車輛製造です。1961-70年にかけて2両編成×8本が作られました。80形の顔は当時の近鉄電車に似ていますね。

さて、80形の近畿車輛からの搬送ルートですが、初期製造分についてはややこしいルートだったといいます。そのルートとは、

近畿車輛(徳庵)→(片町線)→放出→(城東貨物線)→久宝寺→(関西本線)→王寺→(和歌山線)→吉野口→(近鉄吉野線)→橿原神宮前→(近鉄橿原線、京都線)→丹波橋→(京阪本線)→三条→(京阪京津線)→浜大津→錦織車庫

です。当時、京阪本線と近鉄京都線(旧・奈良電鉄)が相互乗り入れしていたため、丹波橋でレールがつながっており、また三条駅構内では本線旧・1番ホームと京津線のりばがつながっていたため、このような搬送が可能でした。なお、国鉄線と近鉄吉野線は狭軌、近鉄橿原・京都線および京阪は広軌のため、橿原神宮前までは仮の狭軌台車を履き、橿原神宮構内で広軌用台車に載せ替えるという手間でした。

近鉄広軌線と京阪大津線(京津線・石山坂本線)はかつてレール1本で結ばれていたわけですが、現在、近鉄京都線と地下鉄烏丸線が相互乗り入れしているため、京阪大津線各駅から京都地下鉄経由近鉄各駅(けいはんな線を除く)までノーラッチで乗ることが可能な構造となっています。近鉄はさらに阪神と相互乗り入れしており、阪神から神戸高速鉄道を経て山陽電鉄、神戸電鉄、阪急、能勢電、そして大阪市営地下鉄へもノーラッチで乗車することが物理的に可能です。

なお、京阪線(本線・中之島線・鴨東線・交野線・宇治線)は他の私鉄とレールがつながっておらず、他の私鉄・JRへノーラッチで乗車することも不可能です。

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以前に比べて烏丸線から近鉄奈良へ直通する急行は減ったが、やはり大和西大寺での京都市交10系は目立ちますね(^-^)


国鉄・JR 大阪市内でのミニ編成電車
http://katanogawara.blog.jp/archives/20528560.html

につづき、私鉄についても取り上げてみたいと思います。

関西私鉄・地下鉄の長編成電車(有料特急を除く)は、地下鉄御堂筋線(10両)、近鉄奈良線・大阪線快速急行(10両)などが挙げられます。関西では8両編成は長いほうですが、朝ラッシュ時には阪急や南海高野線でも10両に増結運転が行われています。阪神はなんば線での近鉄直通快速急行が最大10両であるほかは6両以下、京阪と南海本線は最大8両、御堂筋線以外の大阪市営地下鉄各線は堺筋線の8両が最大です。

大阪市内の私鉄でもわずか2両の短い編成の電車があります(阪堺電車を除く)。
近鉄特急と南海汐見橋線が該当します。

近鉄特急は大阪線を走行する名阪特急アーバンライナーが8両、伊勢志摩方面への特急は閑散期は4~6両が基本ですが、正月や観光シーズンには最大10両で運転されます。また、通勤時間帯の特急も着席需要に応えて10両に増結されます。

奈良線については事実上最上位の優等列車は快速急行であり、平日昼間は特急がない時間帯もあります。距離が短い上に快速急行とほぼ同じ停車駅では有料特急が邪魔者扱いされがちで、もともと昼間の利用は少なく、少し前までは2両で運転されることさえありました(現在は最低4両編成)。しかし、朝と深夜の通勤時間帯は本数は多く、主に学園前方面からの着席需要が高く10両編成に大化け、アーバンライナーも間合いで入ったりします。土曜・休日ダイヤでは快速急行がほぼ終日10両で運転されるにもかかわらず昼間時間帯も特急が毎時1本設定され、観光・レジャー客の着席需要を意識したものとなっています。

大阪阿部野橋を起点とする南大阪線の吉野特急は、昼間は「さくらライナー」を除いて2両のミニ編成が多く(最大で「さくらライナー」2本連結の8両)、寂しいです。名阪特急や伊勢志摩方面に比べ、吉野特急はあまり華がないですね。吉野線内はカーブの多い単線区間で停車駅も多く、遅いです。天王寺・大阪阿部野橋よりはどちらかといえば新幹線・京都方面から(橿原神宮前乗り継ぎで)飛鳥・吉野・大台ケ原方面への観光客のために設定されているようなものですね(その意味では京奈・京橿特急と共通)。

南海汐見橋線は正式には高野線の汐見橋-岸里玉出間です。
汐見橋駅はかつて高野山へのターミナル駅として賑わっていたらしいが、南海本線連続立体化によって完全に系統分割され、2両編成の電車が30分に1本発着するのみとなっています。
汐見橋駅は地下鉄千日前線・阪神なんば線の桜川駅と隣接していて京セラドーム大阪にも近く、利用客数は一時期に比べて盛り返しているようですが、なにわ筋線開通へ具体的に動き出し、存続が危ぶまれている状況です。

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近鉄8600系8619F(編成略号X69)。
正面から見ればごく普通の近鉄電車ですが、この編成は近鉄丸屋根車唯一の固定6両編成です。
写真は京都線の急行(「タテ急」)に入っていたときです。


昨日、姉妹ブログのほうで、京阪バス「1Dayチケット」に関する記事を投稿しました。
http://challenge50000.blog.jp/archives/18008858.html

「1Dayチケット」をもっと有効に使えないものか、という文面で一応結びましたが、さっそく一つ思いついたのは、奈良方面へのお出かけ。

新しいICカードの「1Dayチケット」では新田辺まで乗車できるようになったので、新田辺から近鉄電車の運賃を追加するだけで奈良・大和路へ足を伸ばすことも可能となりました。

まず、枚方市駅から近鉄新田辺までのバスですが、以下3つの経路が挙げられます。

1)枚方市駅南口→(【70】【72】号)→穂谷→(【79】【80】【81】号)→近鉄新田辺

2)枚方市駅北口→(【26】号)→松井山手駅→(【67D】または【66A】【66B】号)→近鉄新田辺

3)枚方市駅北口→(【39】号)→樟葉駅→(【67D】号)→近鉄新田辺

上の経路のうち、1)または2)が早くておススメです。ただし、1)では穂谷~新田辺間の本数が毎時1本なので、それにうまく合わせるようプランを立てる必要があります。2)も枚方市駅から松井山手行きは毎時1本ですが、松井山手~新田辺間は【67D】が毎時2本、【66A】または【66B】が毎時1本なので、かなり便利と言えます。

新田辺からの近鉄の片道運賃は、

新田辺~大和西大寺間 350円
新田辺~近鉄奈良間  400円
新田辺~天理間     490円
新田辺~橿原神宮前間 620円
新田辺~飛鳥間     710円

で、京阪バス「1Dayチケット」+(新田辺~近鉄奈良間の往復運賃)の合計は1,450円となります。

しかし、それよりは「奈良・斑鳩1Dayチケット」(京阪版、1,700円)のほうが、奈良・西ノ京・法隆寺近辺のバスが自由に乗り降り可能のほか京阪電車全線が利用可能で、所要時間も加味すれば「奈良・斑鳩1Day」を使うほうがかなりお得のように思われます。



三重県四日市市の鈴鹿山脈にある湯の山温泉

湯の山温泉界隈は「恋結びの温泉街」と言われ、開湯1200年を迎えるそうだ。鈴鹿山脈の最高峰・御在所山からは東側に伊勢湾、反対の西側には滋賀県・琵琶湖が遠望でき、スキー場もある。

湯の山温泉へは京阪神および名古屋からの日帰り旅行圏であり、道路交通は非常に便利だ。四日市市街地~湯の山温泉~滋賀県(土山・竜王・琵琶湖大橋方面)を結ぶ国道477号線(鈴鹿スカイライン)は見晴らしの良いドライブコースとして有名で、大阪方面からは、

名神(草津田上IC)~新名神~東名阪(四日市IC)~R477
西名阪~名阪国道~東名阪(四日市IC)~R477
名神(竜王)~R477(日野・土山経由)

など、経路の選択肢が多い。

公共交通も近鉄湯の山線が四日市から山麓まで乗り入れており、近鉄湯の山温泉駅からバス・タクシーを利用する。また、温泉街から御在所山へのロープウェイもある。

かつては大阪難波・上本町および近鉄名古屋から湯の山温泉直通の特急があったが、利用客の減少で廃止される(近年、イベントで臨時の直通特急が復活することもあるが)。鳥羽・志摩線などは別として、支線区に直通する数少ない特急だった(現在も毎月26日に名古屋・京都~天理直通特急が運転される)。御在所山は近鉄沿線では数少ないスキーのスポットとして有名だ(近鉄沿線のスキー場といえば、ほかに冬場の冷え込みの厳しい奈良県南部の吉野・大台ケ原・天川なども)。

一方、反対の滋賀県側からも、草津駅から特急バスが国鉄・滋賀交・三重交の3社共同で運行していたが、やはり自家用車普及による道路渋滞などの影響も大きく、1980年代前半ごろに廃止された。京都京北線など関西圏の国鉄・JRバス車体に湯の山温泉の広告が掲載されていたことを思い出す。湯の山特急用にせっかく納車された滋賀交通の三菱MAR470(1976年式)も持て余し気味となるが、同社では数少ない一般路線用冷房車として重宝され、1999年まで草津・野洲・湖南地域のローカル輸送で活躍を続けた。

今後、大阪・京都・名古屋から新名神経由で湯の山温泉行きの高速バスが新設されることは考えられる。ただ、新名神経由で京都と三重県各地(伊勢・津・四日市)を結ぶ高速バスも、思ったほど利用が多くなかったのか、大幅に縮小されていることから、実現する可能性は低い。一方、京都伊賀上野系統が去年新設され、大阪伊賀線とともに好評運行中だ。

なお、国道477号線は、近畿有数の「酷道」としても知られる。琵琶湖大橋から京都北山・丹波高地の中に入り込んで亀岡盆地の西の縁辺部を回って、大阪府最北端の能勢町に入り、少しだけ兵庫県も掠りつつ池田市が終点という、不可解なジグザグルートといい、百井越え(京都市左京区大原)の隘路といい、「酷道」の要素はかなり多い。しかし、百井越えなど一部区間を除いて、相次いで改良整備が進んでいて、大部分の区間では普通にドライブしやすくなっており、紀伊半島の4大酷道(309・371・422・425号)に比べたら、まだかわいい。それでも全区間完走しようと思えば、かなりの覚悟が必要だろう。



近鉄では、去年春より特急列車と奈良・京都・橿原・天理線系統一般列車で車内自動放送が開始した。
特急もしくはワンマン列車ならともかく、行先・種別・停車駅が多岐に渡る全ての一般列車というのは、放送ソフトの本数も膨大になるだろう、しかも最大4ヶ国語対応(基本的には日本語・英語)で、果たして実際どんなものになるやら気になるところだった(→タブレット端末を使用)。

今年一月、久しぶりに丹波橋から近鉄に乗ったとき、初めて自動放送を聞いて、見事というより他はなかった。

そして、先週末の21日から、大阪・名古屋・南大阪線系統でも自動放送が始まった。
加えて、京都市交10系も近鉄線内で近鉄の自動放送が採用されたという。
阪神車のほうは対象外とのことだが・・・。

 





近鉄の車内自動放送について、以下の記事に詳しいことがレポートされている。
https://vm-aim952s08u.sova.bz/2016/04/24/kt-english3/


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近鉄伊賀線(現・伊賀鉄道)で活躍していた880系。

880系は奈良線用800系を伊賀線向けに改造して登場した車両だ。
種車となった800系は、1955年に登場、2枚窓のいわば「湘南顔」で有名で、当初は奈良線の無料特急で活躍していたが、小型車のため後年生駒線や京都・橿原・天理線を中心に活躍するようになる。

伊賀線は1977年より吊り掛け車5000系(元・名古屋線用)が活躍してきたが、1984年より奈良線所属820系を改造した860系が順次転用されるようになる。820系も既に支線の生駒線・田原本線を中心に運用されるようになっていた。しかし、生駒線沿線の宅地開発が進んで利用客は増加、冷房化サービスと合わせて大型車の8000系や900系などの運用が始まり、余剰となった820系を廃車となった狭軌の南大阪線用6800系(ラビットカー)の台車に履き替え、伊賀線向けに改造することになった。ただ、田原本線で2両編成の820系が当分必要だったため、1986年より820系の転用改造は中断。代わりに800系を改造することになり、旧型車5000系を全て置き換えた。

800系は820系とちがって4連固定編成を組んでいたため、伊賀線向けに2両編成化改造が行われた。中間車に運転台を取り付けて切り妻型となり、オリジナルとは異なる顔だった。

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ただ、880系は先頭車非貫通が災いしたこともあり、わずか7~8年の短命に終わった(800系としての登場時から既に30年以上経過し老朽化がかなり進んでいたこともある)。非貫通であることから、安全上木津川橋梁のある上野市-伊賀上野間の運用に入ることができず、使い勝手はあまり良くなかったという。

そこへ、田原本線に大型車8400系3連口(→ワンマン化)が充当されることになり、820系に余裕が生じる。1993年には8年ぶりに860系への転用改造が再開する。この結果、880系は860系に代替、廃車される。


※写真はWikipediaのものを拝借しています。



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近鉄通勤車「シリーズ21」の一種、9020系。

9020系は、2連ユニットで製造され、奈良線と大阪線にそれぞれ所属している。
ただし、大阪線には1本のみの配置で、他は全て奈良線所属(19本)だ。

9020系の6連仕様として9820系がある。
9820系は5820系のロングシート仕様でもある。
9820系は奈良線のみの所属で、大阪線所属の分はない。

9020系の狭軌仕様(南大阪線用)として6820系がある。

さて、問題の9020系だが、奈良線所属車については、は9820系や5820系とともに、全て阪神電鉄乗り入れ対応となっている。したがって、9020系は阪神直通列車に優先的に使用されるが、阪神乗り入れとはつながっていない京都・橿原・天理線でも見かけることが多い。京都・橿原線においては、プツ2連×2本の4両編成運用(主に普通)に組み込まれることも意外に多く、綺麗な9020系同士のペアもしばしば見かける。近鉄のことだから、もちろん9020系の相方が丸屋根車8000・8400系という、凸凹編成のこともある。

9020系は大阪線にも1編成だけ所属しており、急行・快速急行で山田線の宇治山田・鳥羽まで足を伸ばすこともある。なお、「シリーズ21」は名古屋線には1編成も在籍しておらず、今までのところ名古屋線で運用されることはない。

9020系の運用範囲は、奈良・京都・天理・橿原神宮前・尼崎・神戸三宮のほか、名張・宇治山田・鳥羽までの広範囲に及ぶ。



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