カテゴリ: 近鉄電車


昨日、姉妹ブログのほうで、京阪バス「1Dayチケット」に関する記事を投稿しました。
http://challenge50000.blog.jp/archives/18008858.html

「1Dayチケット」をもっと有効に使えないものか、という文面で一応結びましたが、さっそく一つ思いついたのは、奈良方面へのお出かけ。

新しいICカードの「1Dayチケット」では新田辺まで乗車できるようになったので、新田辺から近鉄電車の運賃を追加するだけで奈良・大和路へ足を伸ばすことも可能となりました。

まず、枚方市駅から近鉄新田辺までのバスですが、以下3つの経路が挙げられます。

1)枚方市駅南口→(【70】【72】号)→穂谷→(【79】【80】【81】号)→近鉄新田辺

2)枚方市駅北口→(【26】号)→松井山手駅→(【67D】または【66A】【66B】号)→近鉄新田辺

3)枚方市駅北口→(【39】号)→樟葉駅→(【67D】号)→近鉄新田辺

上の経路のうち、1)または2)が早くておススメです。ただし、1)では穂谷~新田辺間の本数が毎時1本なので、それにうまく合わせるようプランを立てる必要があります。2)も枚方市駅から松井山手行きは毎時1本ですが、松井山手~新田辺間は【67D】が毎時2本、【66A】または【66B】が毎時1本なので、かなり便利と言えます。

新田辺からの近鉄の片道運賃は、

新田辺~大和西大寺間 350円
新田辺~近鉄奈良間  400円
新田辺~天理間     490円
新田辺~橿原神宮前間 620円
新田辺~飛鳥間     710円

で、京阪バス「1Dayチケット」+(新田辺~近鉄奈良間の往復運賃)の合計は1,450円となります。

しかし、それよりは「奈良・斑鳩1Dayチケット」(京阪版、1,700円)のほうが、奈良・西ノ京・法隆寺近辺のバスが自由に乗り降り可能のほか京阪電車全線が利用可能で、所要時間も加味すれば「奈良・斑鳩1Day」を使うほうがかなりお得のように思われます。



三重県四日市市の鈴鹿山脈にある湯の山温泉

湯の山温泉界隈は「恋結びの温泉街」と言われ、開湯1200年を迎えるそうだ。鈴鹿山脈の最高峰・御在所山からは東側に伊勢湾、反対の西側には滋賀県・琵琶湖が遠望でき、スキー場もある。

湯の山温泉へは京阪神および名古屋からの日帰り旅行圏であり、道路交通は非常に便利だ。四日市市街地~湯の山温泉~滋賀県(土山・竜王・琵琶湖大橋方面)を結ぶ国道477号線(鈴鹿スカイライン)は見晴らしの良いドライブコースとして有名で、大阪方面からは、

名神(草津田上IC)~新名神~東名阪(四日市IC)~R477
西名阪~名阪国道~東名阪(四日市IC)~R477
名神(竜王)~R477(日野・土山経由)

など、経路の選択肢が多い。

公共交通も近鉄湯の山線が四日市から山麓まで乗り入れており、近鉄湯の山温泉駅からバス・タクシーを利用する。また、温泉街から御在所山へのロープウェイもある。

かつては大阪難波・上本町および近鉄名古屋から湯の山温泉直通の特急があったが、利用客の減少で廃止される(近年、イベントで臨時の直通特急が復活することもあるが)。鳥羽・志摩線などは別として、支線区に直通する数少ない特急だった(現在も毎月26日に名古屋・京都~天理直通特急が運転される)。御在所山は近鉄沿線では数少ないスキーのスポットとして有名だ(近鉄沿線のスキー場といえば、ほかに冬場の冷え込みの厳しい奈良県南部の吉野・大台ケ原・天川なども)。

一方、反対の滋賀県側からも、草津駅から特急バスが国鉄・滋賀交・三重交の3社共同で運行していたが、やはり自家用車普及による道路渋滞などの影響も大きく、1980年代前半ごろに廃止された。京都京北線など関西圏の国鉄・JRバス車体に湯の山温泉の広告が掲載されていたことを思い出す。湯の山特急用にせっかく納車された滋賀交通の三菱MAR470(1976年式)も持て余し気味となるが、同社では数少ない一般路線用冷房車として重宝され、1999年まで草津・野洲・湖南地域のローカル輸送で活躍を続けた。

今後、大阪・京都・名古屋から新名神経由で湯の山温泉行きの高速バスが新設されることは考えられる。ただ、新名神経由で京都と三重県各地(伊勢・津・四日市)を結ぶ高速バスも、思ったほど利用が多くなかったのか、大幅に縮小されていることから、実現する可能性は低い。一方、京都伊賀上野系統が去年新設され、大阪伊賀線とともに好評運行中だ。

なお、国道477号線は、近畿有数の「酷道」としても知られる。琵琶湖大橋から京都北山・丹波高地の中に入り込んで亀岡盆地の西の縁辺部を回って、大阪府最北端の能勢町に入り、少しだけ兵庫県も掠りつつ池田市が終点という、不可解なジグザグルートといい、百井越え(京都市左京区大原)の隘路といい、「酷道」の要素はかなり多い。しかし、百井越えなど一部区間を除いて、相次いで改良整備が進んでいて、大部分の区間では普通にドライブしやすくなっており、紀伊半島の4大酷道(309・371・422・425号)に比べたら、まだかわいい。それでも全区間完走しようと思えば、かなりの覚悟が必要だろう。



久しぶりに近鉄バス関連の記事をでっちあげることにする。

今回は、近鉄奈良線瓢箪山駅前とJR学研都市線を国道170号線旧道(東高野街道)経由で結ぶ四条畷線。

四条畷線は、主に次の2系統をベースにして運行されている:

【40】瓢箪山駅前~枚岡車庫~新石切駅前~石切神社前~産業大学前~野崎観音前~四条畷
【30】瓢箪山駅前~枚岡車庫~新石切駅前~石切神社前~産業大学前~大東市役所前~住道駅前


基本的に【40】【30】番が各15分間隔で運転されており(他に幾つかの区間系統あり)、瓢箪山駅前~産業大学前間は2系統合わせて毎時8本の運転となり、近鉄バス一般路線では数少ないドル箱路線だ。大阪産業大学への通学のほか、石切神社・野崎観音・四條畷神社などへの参詣にも便利だ。

四条畷線は、戦前に大阪電気軌道(→近畿日本鉄道)が買収した四条畷-柏原間の一部であり、近鉄の歴史を語る上で欠かせない由緒あるバス路線と言える。

四条畷線は枚岡営業所が担当している。利用客の多い主幹系統ゆえ、基本的に大型車で運用されている。

瓢箪山駅付近では、大阪外環状線(170号線)を少しだけ走行する(170号線旧道の瓢箪山駅付近は商店街アーケードのため深夜時間帯を除いて自転車・歩行者専用道という「酷道」区間で有名)。
新石切駅前では近鉄けいはんな線(・地下鉄中央線)に接続する。新石切駅前は枚岡車庫に近く、運転士の交代が行われる。
170号線旧道は片側1車線ずつあるが、道幅が狭く、大型車では運転に苦労しているようだ。さらに起終点の瓢箪山駅前・四条畷とも手狭で、折り返しにも一苦労。

四条畷からは清滝団地・四條畷電通大方面への路線系統(稲田営業所)も発着している。
また、京阪バス(大和田・寝屋川方面 / 四條畷市コミュニティバスで田原地区)に乗り継ぐことも可能だ。
京阪バスはかつてここから交野・枚方への路線も運行していた。

四條畷市内はどちらかといえば京阪バス(門真・交野営業所)の存在感が大きいが、狭隘区間も多いゆえ中型車での運用が多い。

ちなみにJR四条畷駅の所在地は大東市である。四條畷市役所へは、四条畷駅よりも一つ木津寄りの忍ヶ丘駅からのほうが便利だ(京阪バスも市役所前を通る)。


既にご存知だとは思いますが、先月、阪急7000系7025Fが6000系中間車を組み込み4連化され、
阪神尼崎車庫内の工場へ自走しました。
私も先日、阪神尼崎車庫内に阪急車が止まっているところを見かけました。
例によって、能勢電向けに改造されるとの見方が有力です。

また近鉄車と並んで顔を合わせたりするんでしょうか?



 




近鉄では、去年春より特急列車と奈良・京都・橿原・天理線系統一般列車で車内自動放送が開始した。
特急もしくはワンマン列車ならともかく、行先・種別・停車駅が多岐に渡る全ての一般列車というのは、放送ソフトの本数も膨大になるだろう、しかも最大4ヶ国語対応(基本的には日本語・英語)で、果たして実際どんなものになるやら気になるところだった(→タブレット端末を使用)。

今年一月、久しぶりに丹波橋から近鉄に乗ったとき、初めて自動放送を聞いて、見事というより他はなかった。

そして、先週末の21日から、大阪・名古屋・南大阪線系統でも自動放送が始まった。
加えて、京都市交10系も近鉄線内で近鉄の自動放送が採用されたという。
阪神車のほうは対象外とのことだが・・・。

 





近鉄の車内自動放送について、以下の記事に詳しいことがレポートされている。
https://vm-aim952s08u.sova.bz/2016/04/24/kt-english3/


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近鉄伊賀線(現・伊賀鉄道)で活躍していた880系。

880系は奈良線用800系を伊賀線向けに改造して登場した車両だ。
種車となった800系は、1955年に登場、2枚窓のいわば「湘南顔」で有名で、当初は奈良線の無料特急で活躍していたが、小型車のため後年生駒線や京都・橿原・天理線を中心に活躍するようになる。

伊賀線は1977年より吊り掛け車5000系(元・名古屋線用)が活躍してきたが、1984年より奈良線所属820系を改造した860系が順次転用されるようになる。820系も既に支線の生駒線・田原本線を中心に運用されるようになっていた。しかし、生駒線沿線の宅地開発が進んで利用客は増加、冷房化サービスと合わせて大型車の8000系や900系などの運用が始まり、余剰となった820系を廃車となった狭軌の南大阪線用6800系(ラビットカー)の台車に履き替え、伊賀線向けに改造することになった。ただ、田原本線で2両編成の820系が当分必要だったため、1986年より820系の転用改造は中断。代わりに800系を改造することになり、旧型車5000系を全て置き換えた。

800系は820系とちがって4連固定編成を組んでいたため、伊賀線向けに2両編成化改造が行われた。中間車に運転台を取り付けて切り妻型となり、オリジナルとは異なる顔だった。

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ただ、880系は先頭車非貫通が災いしたこともあり、わずか7~8年の短命に終わった(800系としての登場時から既に30年以上経過し老朽化がかなり進んでいたこともある)。非貫通であることから、安全上木津川橋梁のある上野市-伊賀上野間の運用に入ることができず、使い勝手はあまり良くなかったという。

そこへ、田原本線に大型車8400系3連口(→ワンマン化)が充当されることになり、820系に余裕が生じる。1993年には8年ぶりに860系への転用改造が再開する。この結果、880系は860系に代替、廃車される。


※写真はWikipediaのものを拝借しています。



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近鉄通勤車「シリーズ21」の一種、9020系。

9020系は、2連ユニットで製造され、奈良線と大阪線にそれぞれ所属している。
ただし、大阪線には1本のみの配置で、他は全て奈良線所属(19本)だ。

9020系の6連仕様として9820系がある。
9820系は5820系のロングシート仕様でもある。
9820系は奈良線のみの所属で、大阪線所属の分はない。

9020系の狭軌仕様(南大阪線用)として6820系がある。

さて、問題の9020系だが、奈良線所属車については、は9820系や5820系とともに、全て阪神電鉄乗り入れ対応となっている。したがって、9020系は阪神直通列車に優先的に使用されるが、阪神乗り入れとはつながっていない京都・橿原・天理線でも見かけることが多い。京都・橿原線においては、プツ2連×2本の4両編成運用(主に普通)に組み込まれることも意外に多く、綺麗な9020系同士のペアもしばしば見かける。近鉄のことだから、もちろん9020系の相方が丸屋根車8000・8400系という、凸凹編成のこともある。

9020系は大阪線にも1編成だけ所属しており、急行・快速急行で山田線の宇治山田・鳥羽まで足を伸ばすこともある。なお、「シリーズ21」は名古屋線には1編成も在籍しておらず、今までのところ名古屋線で運用されることはない。

9020系の運用範囲は、奈良・京都・天理・橿原神宮前・尼崎・神戸三宮のほか、名張・宇治山田・鳥羽までの広範囲に及ぶ。




近鉄バスの気になる過去路線について一つレポートする。

枚岡線【60】【61】番。

上本町六丁目と東大阪市(旧・枚岡市)枚岡・石切地区を、近鉄奈良線に並行する形で以下の経路で運行:

上本町六丁目(バスターミナル)~鶴橋~新深江~長栄寺(布施営業所前)~新家~菱江~花園ラグビー場前~枚岡~新石切駅前~石切神社前(【61】番は枚岡止め)


戦前に布施駅~枚岡間にて開設され、近鉄バス(近畿日本鉄道自動車部)の歴史を語る上で重要な路線系統だ。戦後、大阪市内への乗り入れが実現し、上本町六丁目、さらに本町四丁目へ延長。1984年に上本町バスセンターができてからは、そこを起終点とする。上本町バスセンターは現在、大阪空港行きリムジンバス乗り場となっている。

石切神社に参拝する利用客も多く、正月には増便も行われるほどの盛況だったそうだ。花園ラグビー場への利用客も多かったことだろう。1960年代には2階建てバス「ビスタコーチ」も導入され(→近鉄特急「ビスタカー」のバス版)、さらにノンステップバスも活躍するなど、先進的サービスが導入された路線でもある。

しかし、道路渋滞や近鉄奈良線と完全並行していることなどの事情により利用客が減少。ただし、近鉄奈良線と少し離れて並行するけいはんな線(旧・東大阪線)新石切界隈から布施・上本町方面へは便利だっただろう。1990年代前半にはえげつないほどの大幅減便を実施、1997年に休止、2000年に廃止になった。

枚岡線廃止から6年後の2006年、石切線【70】系統・<新石切駅前~石切駅前>が新設される。かつての枚岡線の末端区間を復活させたような形だが、狭隘路を通るため小型車で運用。短距離ではあるものの急な坂道があり、なおかつ住宅地も多いことから旅客需要はあって、毎時2~3本程度運行されてきた。しかし、運転士不足を理由に2016年6月1日より土曜日のみ1往復のみの免許維持路線となった。


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大阪市営地下鉄の谷町九丁目駅。
谷町線と千日前線が接続して、近鉄電車の乗換駅(大阪上本町駅)である。
谷町線と千日前線との乗り換えは便利だが、地下鉄から上本町駅までは距離があり、長い地下道を歩かされ、意外に不便だ。

近鉄の大阪上本町駅は谷町筋の東側にある上町筋に面している。京阪天満橋駅からは谷町線よりも、市バス【62】系統などのほうがむしろ便利だろう。

大阪上本町駅は近鉄の一大ターミナルでありながら、地下鉄との乗り換えが不便で、特に御堂筋線と接続していないのが泣き所だ。近鉄大阪線の一般列車(大和高田・榛原・名張方面)は上本町(地上ホーム)発着のため、他の私鉄主要路線に比べて御堂筋線沿線へは不便で、大阪駅・梅田へは一つ手前の鶴橋でJR環状線に乗り換えるのが一般的だ。同じ近鉄であって、奈良線や特急列車は大阪難波で御堂筋線に乗り換えることが可能だ。上本町始発の特急は鳥羽行きが毎時1本程度のみで、他は大阪難波からの発着となっている(特にビジネス色の濃い名阪特急は全て大阪難波からの発車)。旧・大鉄系の南大阪線も起点の大阪阿部野橋駅(天王寺駅前)で御堂筋線に接続している。確か、大阪阿部野橋駅の乗降客数は上本町を超えていたはず。


京阪と近鉄京都線の接続する京都市伏見区の丹波橋駅。

かつて、京阪と近鉄(旧・奈良電)が丹波橋駅から相互乗り入れしていた。今も丹波橋駅での京阪・近鉄乗り換え利用が多く、両者とも特急が停車する。

さて、京阪沿線(八幡・枚方・交野・寝屋川市)住民にとって、丹波橋駅には鉄道で遠方各地(主に東日本方面)へ出向くときの一つの重要なハブとしての意味を持っている、と感じた。目的地で一番多いのは、新幹線で京都駅から名古屋・東京方面へ向かう場合だろう。ほかにも、

1)新幹線東京乗り継ぎ東北・新潟方面
2)近鉄沿線各地(奈良、天理、橿原、飛鳥、吉野、伊勢志摩ほか三重県各地)
3)JR琵琶湖線または湖西線経由滋賀県(大津、草津、栗東方面)
4)「サンダーバード」で北陸方面
5)山陰本線(嵯峨野線)経由福知山・舞鶴・丹後半島方面
6)地下鉄烏丸線沿線
7)京都駅から各地へ高速バス

などが可能だ。

新幹線または近鉄沿線へ向かう場合が多いと思われるが、ほかに滋賀県大津・草津方面、または嵯峨野線沿線の右京区や亀岡市方面への通勤・通学に利用する人もかなりいるだろう(琵琶湖線・湖西線は山科からの乗車も可能だが、三条京阪での地下鉄東西線乗り換えが煩わしい上に運賃がバカ高いのが困る)。

京都駅からの「サンダーバード」や「きのさき」「まいづる」など在来線特急利用ももちろん可能だ。かつては、京都駅から日本海縦貫の新潟・秋田・青森まで直通する長距離特急「白鳥」などもあったが、北陸新幹線開通後、全て金沢止まりとなってしまったのは残念だ(せめて富山まで直通してほしいんだが)。新潟・山形・秋田など東日本日本海側へも、今は新幹線東京経由のほうが早く到着する。

近鉄沿線へは奈良・大和路・伊勢志摩への観光・レジャー利用が多いが、京阪沿線から丹波橋乗り換えで奈良県内の大学へ電車通学する人も少なくないだろう。ただ、枚方・交野・寝屋川からだと遠回りだ(もちろん磐船街道経由でバイク通学する人もいるだろう)。JR学研都市線経由京田辺で近鉄(新田辺駅)に乗り換えることも可能だが・・・。

それと、地下鉄烏丸線沿線への旅客需要もかなりあろう。烏丸通へは丹波橋・竹田で乗り換えが一般的ルートとなっている(近鉄から烏丸線に直通する列車もある)。ただ、七条・清水五条・祇園四条・三条・丸太町・出町柳各駅から烏丸通への徒歩も可能だ(バスは渋滞しやすいのであまりおススメできない)。

東福寺駅乗り換えでJR奈良線経由京都駅へ出ることももちろん可能だ。京阪とJRの運賃だけで済むので安い。奈良線の快速も停車するようになり、一昔前より便利になったが、単線区間が残っているゆえ等時隔ダイヤではなく、また近年伏見稲荷大社への外国人観光客が急増して混雑しやすいのが難点だ。

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阪神尼崎にて山陽5000系と近鉄5800系との顔合わせシーンです。
阪神尼崎は大和西大寺とともに、いろんな関西私鉄車両の出会いバラエティが楽しめるスポットですね。
私個人的には、阪神尼崎では近鉄・非「シリーズ21」と阪神青胴車旧塗装との顔合わせを押さられたら面白いと思っています。


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久しぶりに近鉄の珍しい車両についてレポートを書く。
今回は680系について書いてみることにした。

680系は旧・奈良電鉄(→近鉄京都線)のデハボ1200・1350形などを引き継いだもので、京都線特急専用車に改造された車両である。1964年の東海道新幹線開通を機に、近鉄自慢の名阪ノンストップ特急は低迷。代わりに新幹線から奈良大和路・伊勢志摩への観光客を誘致するため、大阪万博(1970)を起爆剤に近鉄(有料)特急ネットワークを急ピッチで構築することになり、京都・橿原線においても有料特急の運行を開始する。しかし、京都・橿原線向け特急専用車両に新車を投入する時間的余裕がなかったようで、奈良電継承の既存車両を改造して680系とする。680系は1973年まで京都・橿原線特急の主力を担う(その後、主に京都・橿原線用として大型車18000系などを新造)。車体カラーも他の特急車と同じカラーリングだった。その前後で、京都-賢島間の特急が運行も始まり、大型車の大阪・名古屋線用特急車と共通化され、小型車の680系は特急車の座を追われることになる。

その後、680系は主に志摩線ローカルでのんびり過ごす。昭和の頃の近鉄のローカル線といえば、非冷房・吊り掛け車が多かったというイメージがあるが、680系は古めかしい姿をしているが、元・特急車ゆえ転換クロスシート&冷房付きの、普通列車としては豪華破格のサービスで、伊勢志摩を訪れる観光客にも喜ばれたことだろう。実は、小学校の修学旅行で伊勢・鳥羽を訪れたとき、この680系に興味をそそられたことを記憶している。

ただ、老朽化がかなり進んでいたことなどから、数年後の1987年に早くも廃車される。その後、志摩線も普通列車は4ドア通勤車(20m車)で統一される。


※上の写真はWikipediaより拝借しました。



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名神ハイウェイで知られる名阪近鉄バス。
名古屋市に本社を持ち、ハイウェイバスとともに、岐阜県大垣市を拠点として一般路線バスも運行している。

大垣といえば、東京からの「ムーンライトながら」(旧・大垣夜行)でお馴染みだろう。青春18シーズンになると、「大垣ダッシュ」という言葉もあるように、凄まじい乗り継ぎダッシュの光景が終日見られる。JR東海の管内であり、駅西側に大垣車両区もあるが、本年3月まで、網干・姫路方面からの電車(JR西日本223・225系)も2往復だけ乗り入れていた。特に下り「ムーンライト」は網干行きに接続するダイヤ体系ゆえ、東海道・山陽筋の青春18での移動において人気の乗り継ぎプランだったが(JR東日本185系とJR西日本223・225系とのツーショットの実現する唯一のスポット)、米原以東への直通は全廃された。

大垣駅には養老鉄道(桑名-大垣-揖斐間)も発着している。もともと近鉄養老線であり、近鉄電車は岐阜県にも路線を有していた。名阪近鉄バスは、大垣自動車に始まり(1930年創立)、現在の養老線が大阪電気軌道・参宮急行電鉄(→現在の近鉄)の子会社下に入ると同時に、大垣自動車は近鉄グループの傘下となる。その後、幾度かの合併を経て、名古屋近鉄バス→日本高速自動車→名阪近鉄高速バス→名阪近鉄バス(1994年)と社名の変遷をたどる。

さて、名阪近鉄バスの一般路線において、一時期京阪バスの中古車が大量に移籍したことがある。
まず、1991年には1980~81年式の日野K-RC301が移籍してきた。80~81年式のRC301は、前面窓の大きさが標準タイプで、枚方・寝屋川・門真営業所に多く分布していた記憶がある。なぜか前側にクーラーユニットを積んだ異端車も3台ほど転入してきた(このタイプは全部枚方営業所所属だった、名阪近鉄のほか関東鉄道にも移籍した)。

モノコックのRC301は1997年までに引退し、第二弾として1987年式ブルーリボンP-HT235(逆T字大型窓)が加わった。2004年ごろまで活躍していたようだが、その後京阪バスからの移籍車はない。


※本記事の写真は全ていただきものです。


関西私鉄は大半が新幹線と同じレール幅=軌間(1435mm)である。日本の新幹線と同じレール幅は「標準軌」と呼ばれる。その理由は、世界で最も普及している軌間であるから。逆に、日本の国鉄・JR在来線は「狭軌」と呼ばれ、軌間は1067mmだ。

さて、同じ関西でも、大阪南部(大和川以南)の泉州・南河内地域、奈良県南部および和歌山県を通る鉄道は、私鉄も含め、狭軌の路線が大半だ。私鉄は南海と近鉄などがあるが、南海電鉄は全線狭軌、近鉄も大阪阿部野橋を拠点として南大阪・長野・吉野線など旧・大阪鉄道系の路線が通っているが、奈良・大阪・名古屋線とはちがって狭軌だ。南海と直通する泉北高速やローカル私鉄の水間鉄道も同じだ。和歌山県に至っては、私鉄も全て狭軌鉄道だ。

しかし、例外ももちろんある。
路面電車の阪堺電鉄は標準軌だ。阪堺電車はかつて南海電鉄の路線だったが、同じ路面電車の南海平野線廃止(地下鉄谷町線の八尾南延伸に代わられる)と同時に阪堺電鉄に分社化された。したがって、昔は南海電鉄も標準軌路線を有していたことになる。
中百舌鳥まで乗り入れる大阪市営地下鉄御堂筋線も標準軌だ。ただし、御堂筋線は架線方式ではなく、第三軌条である。御堂筋線と泉北高速との乗り入れ構想もあるが、軌間および電気方式が異なるので、実現可能性は薄いだろう。

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阪堺電車は標準軌


ちなみに、関西の政治風土もキタとミナミではかなり異なる。京都・滋賀および阪急・阪神・京阪沿線の「キタ」ではリベラル(共産、社民、民主)系が強いのに対し、大和川以南および奈良・和歌山の近畿南部は全体的に保守系が強い。もっとも、近年の橋下徹・大阪維新台頭で、大阪・兵庫ではリベラル系が維新に食われ、共産党の苦戦が目立つのは気になる(保守的風土の強い地方の小さい選挙では、意外に共産党がトップ当選することも珍しくないが・・・)。


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近鉄に乗り入れる阪神の車両は1000系と9000系の2形式。
近鉄の走行区間は奈良線大阪難波-奈良間(正式には難波線・大阪線<上本町-布施>・奈良線)だが、イベント時に大阪線を走行したこともある。
去年10月、五位堂検修車庫でのきんてつ鉄道まつりでは、サプライズの阪神9000系デビューが話題だった。通常入線することのない大阪線を五位堂まで回送したことも注目された。今年のきんてつ鉄道まつりでは阪神車の出番はなかったそうだが、来年はどうなるか?

そういえば、阪神に乗り入れる団体専用の近鉄特急は、最近下火になっているようだ。やはり需要が少ないのかな??






久しぶりに天王寺・阿部野橋界隈を訪れた。

目的の一つは、来月引退予定の阪和線103系を撮影すること。
京橋駅の環状線外回りホームに着いたら、関空・紀州路快速がやってきた。これは225系5100番台に乗れるかな・・・。 と期待していたら、後4両は5100番台だった。天王寺まで各駅停車、わずか15分余りの旅を楽しんだ。天王寺に着いたら、階段を上って、阪和線専用ホームを覗くと、8・9番線に青の103系が止まっていた。普通・鳳行きだが、このありふれた光景も来月下旬から見られなくなるという。普通電車の多くも、既に225系5100番台に置き換えられている。

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この見慣れた光景も来月まで

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普通電車も225系となる

阪和線専用ホームは、櫛形の行き止まり式ターミナルで私鉄の雰囲気があり(元・阪和電鉄だった)、特に1番ホームは、かつて南紀直通の特急・急行列車が発着していて、紀州路への旅情を誘い込む華やかムードを醸し出していたが、「くろしお」が新大阪・京都発着となった今、このホームから発車する列車は少なくなり、閑散としている。

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阪和線ホームは私鉄ターミナルのような雰囲気がある

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それから、名物の駅うどんだった「天王寺うどん」もなくなって、別の店に変わっている(京橋などと同じうどん店)。

ちょうど20年ほど前、紀勢本線の165系やキハ58系国鉄色を追いかけるため、ここ天王寺から「青春18きっぷ」で紀伊半島一周の旅に出たことを思い出す。それも一度ではなかった。数年後にこれらが消えてなくなり、去年は381系「くろしお」も引退、阪和線に残る国鉄型車両は103系だけとなった。

その後、近鉄百貨店(あべのハスカル)に入って、紳士服フロアでコートを見て回る。やはり百貨店で売ってるコートは6~8万円以上と高いが、売り場面積が広い分品揃えは良く、試着するだけでもよいので行ってみる価値はある。大阪で大人のキレイ目休日着を探すのなら、梅田・心斎橋・なんばに加え、阿倍野近鉄もぜひ候補に入れたい。かつて、一時期阿倍野近鉄に寄る機会も多かったが、ここ最近全然行かなくなった。今回、あべのハスカルがオープンして以来、初めて入った。

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近鉄阿部野橋駅 シリーズ21(6820系)が停車中

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見づらいが「青の交響曲」



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1989~1998年までおよそ10年間にわたって増備された近鉄1230系電車。
標準軌全線共通仕様のVVVF制御、アルミ車体の2両編成であり、大阪線・名古屋線はもとより、従来8000・9000系シリーズが投入されていた奈良線系にも配置される。ただ、広幅車体を採用しているため、裾は絞っており、8810・9000・9200系と同じ顔だ(ただし、側面の窓配置は異なる)。製造時期により、1233系、1249系とか1252系など、細かい形式区分があるが、ここでは面倒なことを言わず、「1230系」と呼ぶことにする。

この1230系だが、実は近鉄の車両の中で運用範囲が一番広い。
大阪線・名古屋線の快速急行・急行から普通、ワンマンで志摩線ローカル、奈良・京都・橿原線所属車は快速急行・急行から普通、そして阪神電鉄にも乗り入れる。したがって、1230系は支線区を含め名古屋・賢島・京都・奈良・橿原神宮前・神戸三宮まで近畿東海2府4県にまたがって日々運用をこなしているわけだ。ある意味、特急車よりもすごいと言える。

1230系と同じ仕様スタイルの形式に1422系と6400系がある。
1422系は1230系と同じ標準軌全線仕様だが、制御装置のメーカーだけが異なるため(1230系は日立、1422系は三菱)、VVVF走行音は異なる。しかも1422系は大阪・名古屋線のみに所属している。
6400系は狭軌の南大阪・吉野線用に作られ、支線区の道明寺・御所・長野線でも運用されている。

さらに、L/Cバージョンとして5800系も作られ、これも大阪・名古屋・奈良各線区に所属している。奈良線区のものは阪神直通運用に優先的に使用され、京都・橿原線系統での運用時はロングシートのみで対応している。

また、1230系の4・6両編成バージョンとして1020系がある。これも同様に阪神直通対応編成も用意されている。

1230系は京都市営地下鉄烏丸線に乗り入れることはないが、相当する専用形式として3200系がある。3200系の顔立ちは他と異なり、烏丸線に合わせて車両長は19mと短いが、1230・1422・6400系シリーズの車体構造は3200系が元祖だ。3200系と6400系が1986年の同じ時期に登場し、橿原神宮前構内で記念撮影イベントも行われたことは、形式番号が綺麗に2倍という関係からしても、興味深い。3200系は、烏丸線直通運用のほか、京都・橿原・天理および奈良線大阪難波まで終日運用されている。

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1980年代後半~90年代近鉄アルミ通勤車スタイルの元祖となった3200系




京都・橿原・天理線で活躍していた920系。
名古屋線に転属して1010系に改められ、現在も活躍中だ。
旧920系こと1010系は、奈良線グループ(奈良・京都・橿原・天理・生駒・田原本線)の丸屋根車900~8000系シリーズと同じ姿だが、出自が異なるため、異端車として扱われていた。私も1980年代半ばごろ、時々見たことがあるが、冷房も付いてて全然古い車両には見えないのになぜ「920系」なのか、気になる存在だった。

920系は、京都線の輸送力増強を目的に、1972年にデビューする。
車体スタイル・仕様は当時量産中の8400系と同じだが、機器は旧型車600系から流用して作られたため、吊り掛け駆動方式で、電気ブレーキも装備していなかった。編成は当時の京都線の輸送状況に合わせて3両とされた。当時、吊り掛け駆動の小型車を輸送力増強を目的に大型化するため、車体だけ近代化しつつ古い機器を流用するということが全国各地で流行っていた。京阪旧600・700系がその好例だ(600系は全廃、700系は新性能化して1000系に生まれ変わる)。

奈良線グループには当時、既に同じ900番台形式で大型車のパイオニア、900系(2002年全廃)が出揃っていた。900系は、これに続いて量産された丸屋根車8000系シリーズ(8000、8400、8600、8800系)、角屋根車8810系・1233系シリーズ、そして「シリーズ21」など、新旧を問わず大型汎用通勤車と混結運用が行われていた。対して920系は吊り掛け駆動のため、他形式と連結運用することもなく、京都・橿原・天理線関連で3両編成で限定運用されていた(奈良線大和西大寺以西、および生駒・田原本線での運用は原則的に無し)。地下鉄烏丸線直通使用を想定して1979年に1本だけ作られたステンレスカー3000系も、同様の限定運用を組んでいた(ただし3000系は4両編成)。

920系は1982年に更新工事を受ける。冷房改造のほか、正面方向幕取り付け、および駆動方式をカルダン式、制御方式を界磁位相制御に変更される。京阪の700系が1000系に生まれ変わるのと同様の工程だが、今回の近鉄920系では形式は変更されなかった。改造後の920系は8600系などと同じ姿になるが、3両編成ということもあって、やはり京都・橿原・天理線関係のみの限定運用に使用される。

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冷房改造後の920系(Wikipediaより拝借)

ただ、1980年代後半になって、地下鉄烏丸線との相互乗り入れ、および同志社大学京田辺キャンパス開校と学研都市開発を控え、京都・橿原・天理線においても4~6両編成への増強が進む。3両で限定使用されてきた920系は使いづらくなり、1987~89年に名古屋線に転属する。転属に合わせて、1010系に形式変更が行われ、連結器高さの変更などの改造が行われた。

1010系のその後については、2006~07年にB更新を受けると同時にワンマン改造も施される。2014年には一部廃車および後述の形式変更が発生するが、2016年現在、3両×4本が健在だ。現在、名古屋線の準急・普通および山田線・鳥羽線の普通を中心に、ワンマン対応の車両は湯の山線・鈴鹿線でも使用されている。

2014年の形式変更の件だが、モ1062号が車体更新を受けてサ8177に改番、8600系8617Fの中間T車8167と差し替えられた。8167号は元8000系初期車の先頭車だったが、事故で被災して8600系の中間車に転用、連結面周りは独特の形をしていて異彩を放つことになった。900系および8000系の大半が既に廃車された時代になって、8167号もさすがに老朽化は隠せず、まだ新しい元920系で置き換えられた。わずか1両だけだが、920系の残滓が古巣の奈良線グループに戻ったことになる。


京都市営地下鉄烏丸線の駅名について気になること。

烏丸線(竹田-国際会館)の全駅名は以下の通りである。

竹田
くいな橋
十条
九条
京都
五条
四条
烏丸御池
丸太町
今出川
鞍馬口
北大路
北山
松ヶ崎
国際会館


まず、「五条」「四条」「丸太町」「今出川」だが、「烏丸」を付けたほうが良いだろう。京阪にも「五条」「四条」「丸太町」がある。京阪のほうは「清水五条」「祇園四条」「神宮丸太町」にそれぞれ改称されたが、烏丸線についてもやはり「烏丸五条」「四条烏丸」「烏丸丸太町」「烏丸今出川」を付けるほうが親切だろう。

次に「鞍馬口」だが、これもやはり「烏丸鞍馬口」にするほうが良い。京の奥座敷「鞍馬」と間違いやすいし、鞍馬口駅から鞍馬へのバスが出ているわけでもない。鞍馬へは出町柳駅(京阪電車の終点)から叡山電車を利用する。隣の北大路駅からも本数は少ないが鞍馬方面への京都バスが発着している(かなり山奥の花背・広河原まで行く)。

「京都」という駅名も、近鉄京都駅などと区別するため、「京都駅前」ぐらいにするほうがよいだろうか。それでもやはり近鉄京都と間違う可能性はありそうだ。もっとカッコいい名前はないものか??

一番ネタなのは「九条」だろう。近鉄大和西大寺駅を基準に四方を眺めたら、面白いことに気づく。
橿原線で南へ進むと「九条」駅があり、奈良線で西へ向かって阪神なんば線へ進むと「九条」駅がある。生駒でけいはんな線に乗り換えて西へ向かい、大阪市営地下鉄中央線に入ると、「九条」駅があり、しかも阪神の「九条」とはほぼ同じところだ。そして、京都線で北へ向かい、竹田で烏丸線に乗り換えて「九条」。
大和西大寺駅から、これら4つの「九条」駅への乗車券が購入できる。そればかりか、けいはんな・中央線以外の3つの「九条」駅まで行く列車がある。
話のネタとしては面白いが、烏丸線の「九条」駅は、やはり「九条烏丸」ぐらいにするほうがよいだろう。







近鉄の「急行|橿原神宮前」表示についてだが、京都・橿原線では終日見ることができるのに対し、南大阪・吉野線系統では朝と夕方のみしか見ることはできない。

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京都・橿原・天理線の急行は、大和西大寺でクロスする奈良線に対して、「タテ急」とも呼ばれる。京都発着の「タテ急」は、奈良・天理・橿原神宮前行きがあるが、近年天理行きが大幅に減らされたようだ。また、京都市営地下鉄烏丸線から奈良まで直通する急行もあるが、これもかなり本数が減らされた。近年の京都線の改良により、大久保・新田辺・新祝園で緩急連絡が可能(もともと新祝園には止まらなかった)、また上鳥羽口・近鉄宮津で待避(追い抜き)も可能となり、以前に比べて柔軟なダイヤが組みやすくなったように思う。橿原線と天理線の分岐する平端駅は、天理発着列車と大和八木・橿原神宮前発着列車のホームが離れているため、ややわかりにくくて不便な構造となっている。

南大阪・吉野線の急行は、基本的に吉野発着だ。橿原神宮前から先、吉野線内は各駅停車。大阪阿部野橋の次は古市まで驚異のノンストップだが、南大阪線は沿線に古墳が多いため、直角カーブが多く、所々でスピードダウンを強いられる。古市から先はローカルムードが強まり、普通電車は2両のワンマン運転が多くなる(同じワンマン運転を実施している支線の生駒線でも4両編成なのに)。古市から南へ直進する長野線のほうが特急・急行こそないものの準急が終日直通していて幹線のように見える。吉野線内は単線でなおかつ吉野口付近で迂回ルートを取っているため、特急でも所要時間がかなりかかる。

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2007年2月末で閉店した京都近鉄百貨店(近鉄百貨店京都店、プラッツ近鉄)。
京都近鉄百貨店はもともと丸物百貨店の京都本店(京都物産館)だったが、丸物の経営悪化で近鉄百貨店が救済することになり、近鉄百貨店の傘下に置かれる。岐阜にあった丸物も京都近鉄百貨店岐阜店となる(→2000年ごろまでに閉店)。1975年に開業した枚方丸物も同じ流れで商号が枚方近鉄百貨店に変わる(→2012年2月末閉店→跡地にT-SITE)。

京都近鉄にはあまり馴染みがないが、1990年代前半の学生だった頃の一時期、よく京都近鉄に寄っていた。それほど目ぼしいものはなかったと記憶しているが、ごくたまにレストラン街に入ったり、地階食料品売り場をぶらぶらしていた。

1997年のJR京都駅ビル・伊勢丹がオープンして以来、京都近鉄は苦戦が強いられるようになる。伊勢丹に対抗すべく、若年層をターゲットに売り場を全面改装し、「プラッツ近鉄」として再オープンするが、それもかなわず、2005年夏にあっけなく閉店を発表する。

京都近鉄のレトロな建物は取り壊され、跡地はヨドバシ京都となる。

一方、伊勢丹はもともと関西には馴染みがなかったが京都駅前で大成功したことに気をよくして、2011年春にオープンする大阪駅ビルにも出店する。しかし、大阪梅田では阪急・阪神・大丸が圧倒的に強く、伊勢丹は惨敗する。京都の景観破壊だとして地元住民・商工業者の反対の声を押し切って建てられる京都駅ビルに乗り込んだ伊勢丹には、因果応報と言うべきだろうか。とかと言う私も、京都伊勢丹で少し買い物したことはある。

京都駅ビルは四条河原町の百貨店や商店街にももちろん少なからず影響をもたらした。河原町阪急は後発だったこともあってもともと苦戦し撤退に追い込まれたが、高島屋・大丸は何とか持ちこたえている。

近鉄百貨店は、京都では右京区(西京都店)と伏見区(桃山店)にも出店したことがあるが、いずれも撤退した。


JR学研都市線(片町線)の京都府内は、周辺の他の鉄道線に比べてある意味贅沢なローカル線だと言える。

京都府下の学研都市線(長尾-木津間)は1989年までは非電化で気動車2両が1~2時間に1本行き来していた。電化後、片町(廃止)・京橋方面からの直通電車が終日運用されるようになる。基本的に快速電車だが、長尾以東は各駅停車。初めは103系を改造して3~4両運転をすることで対応していたが、JR東西線(尼崎-京橋)開業を前に207系が作られて学研都市線の103系を全て置き換えてしまう。1997年のJR東西線開通後、学研都市線の電車は終日宝塚・神戸方面へ直通するようになり列車本数も大幅に増えるが、松井山手以東は7両から4両に切り離されて運用する。その後、2002年には京田辺駅まで7両編成の電車が乗り入れるようになる(ただし松井山手以東は単線のまま)。

このとき、次の同志社前まで行く電車が一つ手前の京田辺駅での増解結のために所要時間がかかる、という非効率性が問題視されるようになる。せめて同志社前までは7両運転が望まれていたが、2010年に木津駅まで7両編成で運用されることになった(207・321系が共通で運用)。

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7両対応が完了した祝園駅ホーム
7両編成の電車が留置されている

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非電化時代の祝園駅
キハ10・20系の2両が停車中


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同志社前駅ホーム
以前は折り返し用ホームもあったが撤去された


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同志社前到着前の207系
このあたりは随所にローカル線の雰囲気が垣間見られる

京都府下の学研都市線は、周辺の他路線に比べて電車の編成だけは長い7両編成となる。

一方、並行する近鉄京都線はもともと学研都市線には本数・スピードで圧勝しているが、電車は6両編成が最高だ。それでも、近鉄のほうは奈良・橿原神宮前・賢島への特急があり、伊勢志摩ライナーやしまかぜも来るし、京都市営地下鉄烏丸線も乗り入れてくる、そして時には5200系やあおぞらなどの団体臨時列車も姿を見せ、やはり賑やかだ。大和西大寺まで行けば、阪神電車も終日やってくるので、さらに活気がある。

木津駅で接続する奈良線、大和路線(関西本線)はどうか。
奈良線(京都-奈良)も電車の編成は最高6両(221系、103系)だが、「みやこ路快速」および普通電車が毎時2本ずつ運転されており、近年外国人観光客も多く見られ、学研都市線よりも賑わっているように感じる。さらに複線化工事も進む。
大和路線(加茂-JR難波)のほうは、快速電車は最大8両編成(221系、103・201系)で運転されるが、加茂-木津間は毎時2本で少ない。しかし、行楽シーズンの休日は、加茂以東の非電化区間へ乗り継ぐ行楽客(笠置、伊賀上野方面)も多く、1~2両の気動車は満員となる。

こう見ていくと、207・321系で統一された学研都市線は、近未来都市のイメージを与えながら、ローカル線の雰囲気が随所に垣間見られるという、違和感いっぱいの空間と言うか・・・。近年、四条畷以東の列車本数が減らされ、昼間時間帯は宝塚方面への直通がなくなったりして、学研都市線は再び寂れてきているようにも感じる。

2006年12月、所用で堺市に行くため、「スルッとKANSAI 3Dayチケット」を使った。
その帰りは、光明池・河内長野・橿原神宮前などを寄り道する大回りの旅に出た。

まず、泉北ニュータウンの南側にある光明池駅から南海バス【1】河内長野行きに乗る。この路線系統は河内長野営業所担当で、光明池・泉北ニュータウンでは少し異色の存在とも言える。R480~R170旧道を走行、ローカル国道の旅が楽しめる路線だ。R480に入るや、ニュータウンの風景から一転、田舎道の雰囲気に変わる。全区間乗り通して600円ぐらいだったと思うが、南海バスの運賃は京阪・阪急バスでは信じられないほどの割高感がある。冬の夕方だったので既に日は傾いていた時分だったかと思う。

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河内長野営業所管轄の【1】系統だが、珍しく三菱ふそうエアロスターが入っていた


河内長野からは近鉄電車乗り継ぎの旅となる。河内長野駅では南海高野線と近鉄長野線が接続しているが、近鉄の行先表示には「長野」と旧国名を略して表記され、一瞬長野県と勘違いしてしまいそうだ(→最近、旧国名も省略せず「河内長野」と表示案内する例が増えている)。まず、古市まで準急|大阪阿部野橋行きに乗る。古市で橿原神宮前行きに乗り換える。列車種別は普通なのか準急、急行なのかは覚えていない。南大阪線でも、古市以東の普通はワンマン運転が行われていて、支線の長野線よりもローカル化している印象さえある。古市を境に旅客需要が大きく変わるため、古市駅では電車の増・解結作業を見る機会が多く、阿部野橋へ向かう電車は古市で増結される。

橿原神宮前の駅ナカはなかなか楽しい。橿原線と南大阪・吉野線とでは出自が異なるゆえ、レール幅も違うままで直通運転が不可能なので、乗り換えが必要だ。しかし、両のりば間の連絡通路には、喫茶店・食堂・土産物屋・ベーカリー・コンビニ・ドラッグストアなどが並んでいて、乗り換えの間に一息つくのも良い。急行|京都行きに大久保まで乗る。大久保から京阪宇治まではバス(京阪シティバス【21】号経路)で移動。

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「京阪シティバス」も過去のものに


宇治からは、2600系0番台の乗り継ぎの旅となる(笑)。宇治線中書島までは試作クーラーの異端車2621F、隣の2番ホームにやってきた急行|淀屋橋行きも7連化された2600系0番台で、京都側先頭車はなんと2601号だった!

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地下鉄烏丸線の10系初期車(1981年製造)6両×9編成が2021年に新型車両に置き換えられることになったようだ。Twitterで拾った情報によると、最終的に8連化(4連×2本に分割可能)を目指すようだ。

烏丸線のホームは8連運転が可能なようになっているが、問題は近鉄への乗り入れがどうなるか。
近鉄京都線内は最高で6両編成なので、今から8両対応工事をするとなると相当大掛かりな設備投資になりそうだ。
もしかしたら、近鉄との相互乗り入れは廃止なのか、と思ったりもしたが、「4両に分割可能」というのがミソで、近鉄線内は4両編成で運用という見方が有力だ。

現状では近鉄乗り入れは30分に1本(普通|新田辺行き)が基本的だ。せっかく近鉄奈良まで乗り入れる急行も増発されたが、2012年ダイヤ改正で大幅削減され、1988年の相互乗り入れ開始の時に戻ったかのようだ。近鉄との相互乗り入れもあまり意味をなしていないようで、近鉄線内から京都駅でJR・新幹線に乗り換える人はそもそも追加運賃の必要な烏丸線直通電車には乗らないし(間違って乗ってしまって地下鉄京都駅に着いたら不足運賃が請求されるということはよくあるが)、近鉄京都線のダイヤを複雑化しているだけで、むしろ廃止したほうが良いかもと思ったりした。

しかし、竹田から先、近鉄線内を4両編成で運転するということなら、現実的な対応策として考えうる。近鉄京都線内での6連普通は特に昼間は輸送力過剰なように見える。4両運転となると、近鉄側としても当然、3200・3220系の編成組み換えが行われることになろう。

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近鉄南大阪・吉野線特急で活躍する16400系。
22000系(ACE)の狭軌版として1996年に4両だけ製造されました。
上の写真は古市駅をノロノロと通過中の光景です。
この車両も新カラーに変更される予定です。

今月、観光特急「青の交響曲」(16200系)の営業運転も始まる予定で楽しみですね。

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2009年10月、「スルットKANSAI 2Dayチケット」で名張へ旅行した帰りに、次の赤目口駅で途中下車してみました。赤目口駅は、赤目四十八滝への最寄り駅であり、三重交通バスが発着しています。

写真のバスは今もいるのでしょうか? 古めかしい車両だけど既に行先表示機がLED化されていますね。

赤目四十八滝から湧き出る水は、名張川・木津川を経て淀川へ合流し大阪湾に注ぎます。

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阪神車使用の近鉄線内のみ運用の列車といえば、「急行」・大阪難波-奈良がまず思いつくでしょう。阪神線内での「急行」は梅田-甲子園・西宮間ぐらいの脇役的存在で、1000・9300系の「急行」表示は貴重です。しかし、近鉄奈良線では終日「急行」も運転されていて、阪神車もアルバイト運用に入り、あたかも主役のように「急行」表示を掲げて生駒山系の勾配区間を駆け抜けてゆきます。

阪神車使用の近鉄線内のみの運用としては、大和西大寺発近鉄奈良行き「普通」などもあります。
西大寺車庫で休んでいた阪神車が奈良行き普通の運用に入り、快速急行・神戸三宮行きで折り返してきます。


近鉄の京阪間直通列車といえば、昔の特急・<難波-京都>(通称・阪京特急)を思い出すだろう。

大阪難波駅から奈良線生駒・学園前経由、大和西大寺でスイッチバックして京都線に入るというものだった。京都線内はノンストップ(当時)だった。運転本数は1日3往復ぐらいだったと思うが、1992年ダイヤ改正で廃止される。

JR新快速、京阪特急、阪急京都線特急に続く、第四の京阪間速達列車だったということだが、奈良県を遠回りしている上に本数が少なくて不便というイメージが強く、そもそもこの阪京特急の存在を知らない人も多かったのではないか。ただ、大阪ミナミへ(難波、道頓堀、心斎橋)は一番便利だったことには違いなく、また京都駅にも直通するゆえ、生駒・学園前界隈から新幹線で東京方面へ向かうための御用達列車としての役目も担っていただろう。もっとも、生駒・富雄・学園前付近から名古屋へは、鶴橋もしくは大和八木まで赴いて名阪特急に乗るのが一般的のようだが、遠回りとなって時間もかかるのが泣き所だ(その代わり、新幹線より運賃・料金が安いのは最大のアドバンテージ)。静岡・横浜・東京へ急ぐとなれば、やはり京都駅から新幹線に乗るほうがずっと早い。

阪京特急が廃止されて25年近く経過したが、近年、イベントで大阪・京都間を結ぶ面白い列車が運転されるようになっている。

その一つは、観光列車「つどい」を使用したビール列車(2014年)。大阪上本町(地上ホーム)発大阪線・八木西口短絡線経由で橿原神宮前に立ち寄り、折り返して大和西大寺から京都駅をめざすというものだったようだ。所要時間約3時間程度。このビール列車を実際に乗車された方が、面白いブログ記事を載せてくださったので、ここで紹介する。

ビール列車に乗ってきた~上本町発 つどい~
http://blog.livedoor.jp/oton_no/archives/40667738.html

「つどい」は鳥羽・志摩線の観光列車に使用、通勤車2000系から改造された。

上本町から京都駅までこのビール列車に乗り通した客はどれだけいたのか興味ある。どうせなら、京阪沿線通勤客にも利用しやすくするため、丹波橋に停車しても良かったのでは・・・。


もう一つ面白い列車を紹介する。
それは2012年秋の京都発三宮行き直通列車。
http://www.kintetsu.co.jp/all_news/news_info/120913kyoutosannomiyachokutuu.pdf

京都駅から大和西大寺、大阪難波経由阪神直通という、比較的シンプルなルートだったが、途中宮津駅(京田辺市)入れ換え線と東花園車庫に入線するなど、いかにもイベント列車らしい走行経路だった。しかし何よりも、京都・奈良・大阪・神戸の4都市を通る営業列車という点で興味深い。使用車両は5800系だったようで、もちろんクロスシートでの運用だったことだろう。乗車時間3時間なので当然のサービスだろう。ちなみにトイレ休憩は東生駒駅(14分間停車)だった。

あと、阪神尼崎車庫に入線したら、もっと面白かっただろう。尼崎車庫で能勢電譲渡予定の阪急車と顔合わせでもできれば、これは超貴重な記録になるだろう。

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大阪市内から伊勢志摩・名古屋方面へ向かう近鉄大阪線ですが、一般列車は全て大阪上本町(地上ホーム)から発車します。
かつては伊勢志摩・名古屋方面への特急も上本町の地上ホームから多く出ていたが、現在は基本的に大阪難波発着ゆえ(上本町駅では奈良線と同じ地下ホームに停車)、上本町から発車する特急は毎時1本ぐらいのみで、伊勢志摩への玄関として華やかな雰囲気があり、近鉄百貨店を構えるターミナルの賑わいも今ひとつです(難波開業前は奈良線の列車も全て上本町発着だった)。
大阪線の一般列車も上本町-鶴橋間はガラガラです(鶴橋から先、奈良線難波方面およびJR環状線からの乗り換え客でさっそく混み合う)。



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10年前の2006年夏、近鉄大阪線の室生口大野で途中下車してみました。
女人高野山で知られる室生寺への最寄り駅で、駅からバスです。
写真のバスはたぶん室生寺行き系統用だと思います。

ローカルムードの濃い山間部の駅ですが、特急列車が賑やかに行き交い、毎時2~3本の急行(榛原-榊原温泉口間各駅停車)が停車します。


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近鉄初のステンレス車として1979年に1編成だけ試作的に登場。
いわば丸屋根車製造の最末期であって、この角張った車体デザインは、チョッパー制御を初めて採用すると合わせて、以降1980年代前半の近鉄通勤車(8810・9000・9200系など)に大きな影響を与えた。

所属は奈良線区だが、京都線・橿原線・天理線関係で限定運用、奈良線大和西大寺以西への営業運用された例は残念ながら知らない(その理由に生駒の急勾配に対応していないなどの説がある)。
3000系は京都市営地下鉄烏丸線(1981年京都-北大路間開業)との相互乗り入れを想定に入れて設計されたものだが、烏丸線の延伸工事が遅れることもあって、3000系は結局地下鉄乗り入れ用には使われることなく、後継の3200系(VVVF制御)が量産される運びとなる。

デビュー当初は、8000系列など他形式との連結は不可能で3000系のみの独立運用だったが、1991年の改造工事により他形式との連結が可能となる。しかし、その後もわずか1本だけの3000系限定運用のスジが立てられて使い勝手はあまり良くなかったようだ。結局、2012年に高安工場へ運ばれ、わずか33年の生涯を閉じる。まだまだ大量に残る丸屋根車よりも先に逝くのは誠にもったいない話だが、試作的要素の多い少数派形式ゆえ、運用現場の苦労が多かったのでやむを得ない。



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阪神なんば線の桜川駅は近鉄大阪難波の隣。

大阪難波から先、阪神線に乗り入れる近鉄車両は、阪神乗り入れ対応が施されている奈良線所属の通勤車のうち、シリーズ21(5820・9020・9820系)と従来型(赤色)で一番新しい1026・1270・5800系です(ほかに特急車AEC22600系が団体列車として伊勢志摩・名古屋から甲子園や神戸三宮まで乗り入れる)。

しかし、大阪難波止めの列車は全て阪神桜川駅まで回送して折り返すことになっているため、桜川駅ではアーバンライナーや伊勢志摩ライナーその他汎用特急車、および8000系シリーズ以前のいわば丸屋根通勤車、そして京都市営地下鉄烏丸線乗り入れ用の3200・3220系なども終日見ることができます。上の写真は桜川駅ホームに停車中の8600系です。近鉄丸屋根車と阪神の案内表示板のコラボレーションが見れるのは、この桜川駅のみです。

桜川駅では南海高野線に乗り換えることが可能です。南海の駅は汐見橋駅で、昔高野線の列車はこの駅をターミナルとしていたようだが、岸里玉出-汐見橋間は「汐見橋支線」として完全分断されており、大阪市内の忘れられたローカル線と化しています。

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阪神・山陽・近鉄3社の電車が乗り入れて賑やかな阪神尼崎駅。
大和西大寺と並んで阪神尼崎駅を行き交う電車の顔ぶれは多彩で、長時間眺めていても飽きることはない。
最近では、阪急車(5100系)の能勢電譲渡向け改造を阪神尼崎工場で受けることが多く、そのため阪急車と近鉄車との顔合わせも時に実現したりするようだ。Twitterからの情報によると、近鉄特急22600系(臨時乗り入れ)と阪急5100系との出会いの瞬間もあったとか・・・

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大阪市営地下鉄中央線(4号線)に投入された20系。

20系は大阪市交初のVVVF車として1984年に登場。
当時増備が進められていた御堂筋線用10系と車体レイアウトは共通しているが、フロントの顔は10系と異なり、よりスタイリッシュな印象だ。
1984年以前の中央線は非冷房車の50系ばかりだったが、2年後の1986年に近鉄けいはんな線(旧・東大阪線)との相互乗り入れ開始に向けての準備が進んでいて、中央線に20系が投入されることになる。もちろん冷房付きで、中央線初の冷房車として歓迎されたことだろう(ほかにも30系が御堂筋線から転用される→1995年までに全廃)。
20系はその後1989年まで増備が続き、谷町線(2号線)にも投入される。しかし、2006年のけいはんな線学研奈良登美が丘延伸に対応して、20系は全て中央線に集約することとなり(→谷町線には中央線用24系などとトレード→22系に形式変更)、合わせて近鉄の費用負担で95km/h対応の更新工事を受ける。

登場から30周年を迎えた2014年夏、20系の第1編成が廃車される。
何気にこの編成の写真があったので、20系第1編成についての記事を投稿することにした。
上の写真はどこの駅かはお分かりだろう(笑)

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南大阪線用のシリーズ21、こと6820系。

近鉄の新通勤車「シリーズ21」は、2000年に登場。
京都市営地下鉄烏丸線直通用の3220系を皮切りに、奈良線、大阪線、南大阪線の各線区に投入される。
特に2009年の阪神相互乗り入れ開始を控える奈良線区に優先的に投入される(9020・9820・5820系)。
一方、大阪線や南大阪線にはあまり投入されず、名古屋線用に至っては未だシリーズ21が入らないまま、奈良線からの中古が使い回される始末。

狭軌の南大阪・吉野線用には、6820系2連口が2本配置されるにとどまる。
ゆえに南大阪線系統で「シリーズ21」を見かけるチャンスは非常に少ない。
しかし、イベント・臨時列車などで6820系を2本つないで運用されることも結構あるようだ。

「シリーズ21」は2009年以降、増備が中断している。1970年代までに投入された丸屋根車も老朽化が目立ち、そろそろ「シリーズ21」の製造を再開してもよさそうだが、特急用の新車投入には意欲的なのに通勤車新造のニュースが未だない。最近、3度目の車体更新(C更新?)を受けた丸屋根車も登場しているようだが(車内はびっくりするほど大きく変わってる)、さすがにこれも限界に来ているのではないか?



近鉄百貨店枚方店跡地にT-SITEがグランドオープンしたことを記念に、
2012年2月枚方近鉄閉店の模様の動画(作成 枚方つーしん様)を貼り付けてみました。

近鉄百貨店枚方店がオープンしたのは1975年。
当初、京都に本店を持つ「丸物」百貨店として営業するが、丸物グループが経営悪化で近鉄百貨店と救済合併することとなり、1977年以降「枚方近鉄百貨店」という商号に変わりました(本店の京都店は「京都近鉄百貨店」となる)。
なぜ、京阪電車の沿線なのに近鉄百貨店?、と思う方も多いと思いますが、枚方に近鉄百貨店が登場したのは上の事情ゆえのものです。鉄道の歴史に詳しい人には、京阪交野線の前身・信貴生駒電鉄(私市から先、生駒まで敷設して現在の近鉄生駒線と結ぶ計画だった)の名残のようにも思えるが、それとは全く無関係とのことです。

近鉄百貨店枚方店は1990年のビオルネ・オープン~1994年の京阪枚方市駅高架化完成の頃までは、4階のおもちゃ売り場、6階の旭屋書店とファミリー食堂もあってそれなりの賑わいを見せ、少年の頃の楽しい思い出でした。しかし、京阪枚方ステーションモール(京阪百貨店など)の開業後、長引く景気低迷も手伝って客足が伸び悩み、書店もレストランもいつの間にかなくなってしまい、晩年は閑散としていたように記憶しています。


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閉店直前の近鉄百貨店枚方店の建物

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