カテゴリ:国鉄・JRグループ > JR西日本


3連休初日の昨日、東海から東日本各地に大きな被害をもたらした「超大型」台風19号。

この台風は地球史上最大の勢力だ、首都圏直撃で8000人以上の死者が予想されるとかとメディアやネットで騒がれいましたが・・・。

今朝、Twitterやネットのニュースなどを見たら、長野県の千曲川が氾濫したとの衝撃情報が入りました。
北陸新幹線の長野車両センターにも千曲川の水が流れ込み、留置中のE7・W7系の少なくとも7編成が浸水しているようです。

その影響で、本日(10月13日)、北陸新幹線東京~富山間の全線で運行を見合わせており、運転再開のめどは立っていません。

長野新幹線車両センター、千曲川の氾濫で浸水 車両も被害か(レイルラボ)
https://raillab.jp/news/article/17898


和歌山線105系引退を記念して、105系末期の頃の写真をアップしました。

DSCN3441
105系オリジナルの顔

DSCN3440
サイドビューには103系時代の面影が色濃く残っていた

DSCN3438
103系15001000番台の先頭車そのまま、いわゆる「地下鉄顔」

DSCN3431
橋本駅で南海高野線の電車と並ぶ

 


100131-01

国鉄末期の京都駅に停車中の奈良行き105系です。
昨日、桜井・和歌山線の営業運用から引退したばかりです。

本日、1984年10月1日奈良線電化から、ちょうど35周年を迎えました。

電化当初、奈良線は普通列車オンリーで、105系の2両編成を主体に、時折113系春日色(元祖・大和路快速色)4連が加わるという格好で、桜井線・和歌山線ともども典型的な電化ローカル線でした。一方、桜井線などと共通運用を組むことから、桜井線桜井・高田方面への直通列車も設定。しかし、奈良線は京都近郊区間ゆえ、利用客は漸増、105系の2両では輸送力不足となることから(ラッシュ時間帯には最大6両編成の運用もあったが)、10年後の1994年には103系に置き換えられ、奈良線の運用から撤退。113系春日色も奈良地区からの撤退は早く、1995年までに消滅しました。この間、奈良線に快速が新設され、当初は117系が充当されるが、2001年の部分複線化に合わせた増発を機に、221系に置き換えられ、現在に至ります。数年後の複線区間拡張完成時には、奈良線もまた大きく変わりそうですね。



scan18

20年以上昔の写真を1枚。

高岡駅の氷見線のりばです。

キハ23が活躍していました。隣の車両は12系客車から改造のキサハ34。キサハ34は、ラッシュ時間帯、キハ58系の中間に組み込まれ、輸送力アップに一役買いましたが、・・・。もっとも、12系客車は客用扉が折り戸、側面窓は二段とキハ65形と同じスタイルであり、キハ58系の編成に組み込まれても違和感はなかったように思います。

画像右側に映る「SATY」も懐かしいですね。

北陸新幹線開通で高岡駅の様子も大きく変わったことでしょう。


DSCN5076

DSCN5075

ご存知の方も多いと思いますが、今月末で和歌山線・桜井線から105系が引退する予定です。
227系1000番台の納車も大詰めを迎え、和歌山地区の105系も残り少なくなっています。一足お先に117系が今年3月で引退しました。
和歌山線と共通運用の紀勢本線和歌山-和歌山市間(紀和線)は、既に227系に統一されています。

ここで気になるのは、紀勢本線紀伊田辺-新宮間用の105系3ドア車と、同じく御坊-紀伊田辺間用113系2連が今後どうなるか。3ドアの105系は福塩線からの転入、1981年新造でまだ新しいが、冷房(分散型)の効きは弱く、改善が望まれるところ。和歌山地区唯一となった113系2連口は、日中は御坊-紀伊田辺ローカルでピストン運行を行い、早朝と深夜に日根野への入出庫を兼ねたロングラン運用があり、阪和線内では唯一の国鉄型電車。こちらもいつ227系に置き換えられてもおかしくないでしょう。


ひらつーさんの記事に、JR大回り乗車体験談の記事がアップされています。

JRの大回り乗車で長尾から三重・滋賀・和歌山・奈良へ120円で行ける!
http://www.hira2.jp/town/jr-20190914.html

JRの大都市近郊区間内(東京、大阪、福岡、ほか)での「大回り乗車」が、鉄道ファンばかりか一般の人にもかなり広く知られて久しく、メディアやネットでその豊富なノウハウが共有されていることとと、改めて感じました。

ひらつーさんの記事で紹介されている乗車ルートは、

長尾→木津→加茂→柘植→草津→(米原)→近江塩津→(京都)→大阪→和歌山→高田→王寺→久宝寺→放出→藤阪

で、長尾-藤阪間120円の乗車券で、距離にして500km以上、所要時間14時間も電車の中で過ごすというものです。ただし、以下の条件

○経路の重複不可、同じ駅を繰り返し通らない(つまり線路は一筆書き)
○途中下車不可(降りたら差額を支払う)
○大都市近郊区間外へは出られない
○きっぷを購入した当日のみ有効


が付きます。上記ルートを正規運賃で旅すると、合計9,400円(120円の78倍!)にもなるとのこと。



P3150162

来年秋、JR七尾線に521系を導入すると発表されました。

https://www.westjr.co.jp/press/article/2019/09/page_14890.html

今度、七尾線に導入される521系は227系と同じスタイルとなりそうです。

七尾線では1991年の電化以来、113系初期型を交直流対応に改造した415系800番台が主に活躍してきましたが、ついに余命宣告が言い渡されました。今や113系初期型は絶滅と言っていい状況ですが、七尾線の415系がその生き残りです。415系に混じって413系も運用に入っており、413系の一部編成には急行型455系のクハ(700番台)が連結されているものもあります。国鉄急行型電車(165系、455・475系ほか)もほぼ絶滅で、七尾線のクハ455-700番台が最後の生き残りとして、地味に注目を集めています。
 



P8120024


奈良県は、JRの特急列車(在来線、新幹線とも)が走らない都道府県として有名です。

もともと、奈良県は国鉄・JRの特急列車に恵まれない数少ない県ですが、過去に奈良県を通る特急列車が運転されたことはあります。名古屋-東和歌山間の特急【あすか】(キハ82系)が関西本線・阪和貨物線・阪和線経由で運転された時期もあったが、利用客が少ないため、わずか2年半で廃止。また、JR誕生間もない頃、京都-白浜間に381系の【しらはま】(奈良線・阪和貨物線経由)が臨時列車として実現するが、【くろしお】新大阪直通開始前のショートリリーフに終わりました。比較的最近である2010年、平城京造営1300年記念キャンペーンの一環として、新大阪-奈良間の【まほろば】(381系)が登場するが、これも3ヶ月で終了。


奈良県のJR特急列車が運転されない理由に、

○近鉄が四方八方に路線を張り巡らし、各方面への有料特急が頻繁に運転されている
○奈良県は大阪・京都にあまりにも近いがゆえ、JRとして特急列車を走らせる必要がない


などが挙げられています。大阪・京都・名古屋・奈良・伊勢志摩各地を結ぶ近鉄特急が、JRの特急の代わりを担っていると言えます(JRには勝ち目がないということでもある)。さらに、

○紀伊山地の広がる奈良県南部は鉄道空白地帯

も、一つの理由に挙げられると思います。五条と新宮を十津川経由で結ぶ紀伊半島縦断鉄道は明治期から計画されていたが、念願の夢は叶わず、幻に終わりました(五条-阪本間の国鉄「阪本線」の路盤は完成するが、鉄道計画は頓挫、国鉄バス専用路に転用)。仮に五条~十津川~新宮間の鉄道が開通していたら、大阪・京都方面から十津川経由新宮・紀伊勝浦への特急列車が実現していることでしょう。


奈良へのJR速達列車として、大阪-奈良間の大和路快速(大和路線)、京都-奈良間のみやこ路快速(奈良線)が挙げられます。運用車両は221系近郊型電車が中心で、車内座席は転換クロスシートであり、ロングシート主体である近鉄の急行・快速急行に十分健闘していると言えるでしょう。もちろん、料金不要です。このほか、新大阪-奈良間の直通快速(おおさか東線経由、207・321系)などもあります。

ただ、JRの快速電車は奈良県内においては止まる駅がほとんど、通過する駅はわずか2つだけです。それでも、特に大和路線(関西本線)の奈良-王寺間は駅間距離が長くて線形も良く、高速運転は可能で、各駅停車であってもさほど遅いようには感じません。奈良県内でJRの快速が通過する2つの駅は、三郷平城山

三郷駅(生駒郡三郷町)は、大和路線の大阪側から奈良県最初の駅。開業は1980年と比較的新しいです。この駅には普通(各駅停車)しか止まりません。大和路快速・直通快速その他「快速」と付く列車は全て通過します。

平城山(ならやま、奈良市)。この駅も開業は1985年と新しく、木津-奈良間の中間地点で京都府との府県境手前にあたります。駅の東隣には奈良電車区が設置されており、主に大和路線・奈良線で活躍する電車のねぐらです。平城山駅は関西本線(大和路線)に所属しているが、木津-奈良間は奈良線京都からの列車も通るため、奈良線との二重戸籍状態と化しています(「奈良線」の正式区間は奈良県に入らず京都府内完結であることは、かなり有名)。平城山駅には大阪・天王寺方面からの大和路快速他は停車するが、京都からの奈良線快速は通過します(このほか、奈良発着木津から学研都市線(片町線)直通の快速・区間快速も、平城山に停車する)。

支線の桜井線・和歌山線は実質的に普通列車オンリーです。大和路線(JR難波・大阪)から直通の和歌山線高田・五条(いわゆる「高田快速」ほか)、そして桜井線経由奈良発着の快速電車は設定されているものの、和歌山線・桜井線内各駅停車です。また、夕方ラッシュ時間帯に、和歌山駅から和歌山・桜井線経由奈良行き快速電車(105系→227系1000番台)もあるが、粉河以東各駅停車です(したがって、奈良県内は各駅停車)。


阪和線に「新快速」電車が運転されていた時代がありました。

国鉄時代の1972~1978年のわずか6年間のみでしたが、阪和線天王寺-和歌山間に料金不要の最速達列車・「新快速」が設定されました。運転開始は京阪神(東海道・山陽本線ほか)の新快速運転開始と同じ1972年3月15日ダイヤ改正。京阪神の新快速には153系の青帯(ブルーライナー)が用意され、阪和線の新快速には京阪神の新快速と同じ塗装を配した113系が充てられました。その113系は東海道山陽本線(大鉄局)からの転属で、冷房付きでした。旧型国電の巣窟だった阪和線においては貴重な冷房車でした(転属前当時、大鉄局管内においても貴重な冷房車だったので、阪和線への転出には抵抗があったとか)。阪和線の新快速運転開始は、ブルーライナー113系40年間の歴史の始まりでもありました。

阪和線の新快速は、途中の停車駅は鳳のみ。所要時間は45~51分でした。これは前身の阪和電気鉄道の超特急以来のものだったと言われます。ダイヤは日中の9時台~15時台に60分間隔の運行でした。

京阪神の新快速は順調に利用客を増やして今日まで成長を遂げたのに対し、阪和線の新快速は京阪神間に比べて直通需要が少なく、停車駅が少ないこともあって利用状況は伸び悩んだようです。1977年に和泉砂川と熊取を停車駅に加えましたが、利用状況は改善されることなく、1978年10月紀勢本線電化開業のダイヤ改正で快速に統合される形で廃止となりました。

以降、阪和線に新快速が運転されることはありませんでした。ただ、その後も113系そして103系の方向幕には、なぜか「新快速」が入っていたりし(JR西日本書式の幕に取り替えられた後も)、将来の新快速復活を視野に入れたものなのかと思わせます。

新快速ではないが、JR時代に「関空特快ウィング」という最速達列車が設定されたことはあります。運用車両は223系0番台、指定席も設定されるが、やはり利用状況は芳しくなく、関空快速・紀州路快速に統合される形で短命に終わりました。

現在、阪和線の料金不要の最速達列車と言えるものに、関空快速・紀州路快速、そして「快速」の3種類があります(運用車両は223・225系)。紀州路快速は、日根野-和歌山間各駅停車化されたことに加え、日根野以北では関空快速と連結が行われるため、阪和間の所要時間は延び、国鉄時代の快速電車よりも遅くなっており、サービスダウンと言えます。


主に紀勢本線(きのくに線)紀南ローカルで活躍していた165系急行型電車。

もともと南近畿に急行型電車は馴染みが薄く、1978年紀勢本線電化後も急行【きのくに】は気動車のままで残りました。1985年3月ダイヤ改正で紀勢本線の定期急行列車は全廃、和歌山-新宮間は特急【くろしお】に一本化されました。しかし、国鉄最後の1986年11月ダイヤ改正で、紀勢本線に165系が登場。中央東線【アルプス】(松本運転所)から日根野に転属、主に紀伊田辺-新宮間の普通列車、および天王寺→新宮間の夜行列車(新宮夜行、1990年より新大阪発に延長)で余生を過ごすことになります。165系と引き換えに、客車(12系)普通列車は新宮夜行も含めて全廃。紀南ローカルの主役だった113系(青帯)4連口は、福知山線電化用として800番台に改造、改正前の一時期、福知山色の800番台が紀勢本線にて暫定運用をこなしました。 

日根野電車区所属の165系はモノクラスの標準的な3連×11本の陣容、JR西日本に継承されました。紀勢本線の普通列車中心に活躍するが、急行型であることから、近畿南部の臨時・団体列車に使用されることもしばしば。

1997年~2000年にかけて、日根野の165系は紀州路を離れ、中央西線経由の臨時急行【ちくま】【くろよん】として、JR東海・東日本エリアの長野や南小谷まで遠征を果たすことになります。臨時【ちくま】【くろよん】には、もともと宮原区の165・167系4連口×2本が使用されていたが、老朽化により日根野の165系が使用されることになりました。日根野165系にとっては、信州への「里帰り」を果たしたことになります。

中央西線中津川-塩尻・松本間ローカルでは、当時主に国鉄急行色165系3連(JR東海神領車両区)が使用されており、JR西日本の同じ国鉄色165系との顔合わせシーンには感慨深いものだったことでしょう。ちなみに、神領の165系は天理臨で奈良線・桜井線に乗り入れたこともあります。

同時に165系の老朽化も目立ち、代替車両の検討が問題になっていました。紀南ローカルは桜井・和歌山線で使用中の105系に置き換えられることに。急行型ボックスシートからいきなりロングシートにダウングレードし、「青春18きっぷ」での紀勢本線の旅を敬遠する人も増えたことでしょう。新宮夜行も2000年に廃止され、紀南ローカルから撤退。165系は和歌山-紀伊田辺間の普通列車で最後の仕事をこなします。2002年春、165系は117系に置き換えられ引退。引退を前に、山陽新幹線岡山開通30周年記念として、山陽急行【鷲羽】リバイバル運転(新大阪-宇野)で最後の花道を飾りました。

なお、JR東海の165系は2001年までに引退しています。


DSCN6045a

初めて227系1000番台の姿を拝むことができました。桜井線・畝傍にて。
ただし、227系1000番台にはまだ乗車していません。乗車したのは105系で少しがっかりでした。105系の冷房は簡易的なバス用クーラー使用のため、 車内は蒸し暑かったです。105系も今秋に引退予定なので、今のうちに国鉄型車両を味わうのも悪くないと思って、久しぶりに105系で桜井線を大回り乗車してみました。


今日7月15日は、紀勢本線(亀山-和歌山市間、384.2km)全通60周年です。
これを記念して、紀勢本線と関連性のある写真をアップさせていただきました。


0219_001
国鉄時代末期の381系<くろしお> 天王寺駅にて

100131-05
紀勢本線電化後、和歌山口ローカルの主役として2012年まで活躍した113系


scan072
三重県側・非電化区間(東線)の普通列車で活躍していたキハ58系(1997年)

scan22
国鉄末期~2000年まで紀南ローカルの主として活躍した165系

P4050005
和歌山駅に停車中の和歌山線105系(左)と紀勢本線117系普通(右)(2007年)

DSCF0048
紀勢東線のクイーン、キハ85系特急<ワイドビュー南紀>
2022年ごろ新型車両に置き換えられる予定

DSCF0047
キハ58系引退後、東線ローカルに携わったキハ40系
キハ25系1000番台に置き換えられ引退

DSCF0036
JR発足後、いち早く東線ローカルに投入されたキハ11
これも300番台を除いて引退

P3230002
周参見駅を出発した105系新宮行き普通列車(2005年)

PC290001
御坊から分岐する紀州鉄道キハ600(2004年)

P1200001
湯浅駅(2005年)
湯浅は醤油の生産が盛んだ

DSCN3921
九鬼に停車中のキハ25系普通列車


P9200016
関西本線と紀勢本線が分岐する要衝・亀山駅
亀山は紀勢本線の正式の「起点」であり
JR東海・西日本の境界である
亀山-津間は優等列車のないローカル区間だ

P4050010
和歌山駅前(2007年)
今や南海和歌山市駅よりもJR和歌山駅前のほうが賑やかだ
左は和歌山県唯一の百貨店、近鉄百貨店(和歌山店)

P4180048
建て替え前の南海和歌山市駅ビル(2005年)
和歌山市駅にはJR紀勢本線も乗り入れており、ここが正式の「終点」
かつては南海から急行<きのくに>が乗り入れ、
和歌山市駅から亀山・名古屋方面への長距離客車列車も発着
現在、和歌山-和歌山市間は普通列車(227系1000番台)が行き来するだけのローカル区間


DSCN5081
289系の特急<くろしお>(2019年)
北陸新幹線開通で余剰となった683系を直流化改造したもの



振り返れば、1998年は兵庫県内の鉄道が大きく変わった1年間だったと思います。

1998年といえば、明石海峡大橋開通に伴い、関西と四国(徳島)が淡路島縦貫ルートの高速道で短絡的に結ばれたことが、県内最大の交通網の変化だったと言えます。このタイミングに合わせるかのように、山陽電鉄・阪神電車の阪神梅田-姫路間相互直通運転の開始、JR播但線姫路-寺前間電化開業などもありました。

他に変わった点として、

○JR神戸線舞子駅に電車線の快速停車(→明石海峡大橋連絡の利便を図るため)

○同西宮駅に外側快速が全て停車

○阪急・山陽電車相互乗り入れ大幅縮小(阪急の新開地以西、山陽の阪急三宮以東直通運転を廃止)

○阪神本線普通の高速神戸への終日直通

○JR西日本・東海共同開発の寝台電車285系登場、<サンライズ瀬戸>・<サンライズ出雲>運転開始(→山陰本線福知山経由の<出雲>を山陽本線・伯備線経由に変更)

などが挙げられます。

阪急と山陽の相互乗り入れ大幅縮小の理由として、編成ホーム有効長の違い(阪急神戸線:8両、山陽電鉄:6両)による運用の難しさなどが挙げられるが、1984年阪急六甲衝突事故の心理的影響も両者間乗り入れ継続への難色ムードを醸成したと言われています。代わりに、阪急のライバルだった阪神が山陽姫路まで乗り入れを果たすが、のちに阪急・阪神が経営統合されるとは夢にも思いませんでした。新快速増発やJR宝塚線(福知山線)の飛躍などの攻勢をかけるJR西日本への対抗、という意味合いもあるのでしょう。

播但線の寺前-和田山間が非電化で残っているのは、トンネル断面が低く電化工事が困難なためです。播但線を全線直通する列車は、特急<はまかぜ>など阪神間と兵庫県北部(城崎温泉・香住・浜坂方面)を結ぶ優等列車のみとなっています。<はまかぜ>といえば、キハ181系最後の活躍で有名で、現在はキハ189系に置き換えられています。


JRおおさか東線(城東貨物線)の淀川に架かる赤川鉄橋。

かつて、貨物線専用時代は単線だったが、架橋当時(1929年)より複線幅で建設。余った上流側のスペースは、大阪市道の歩道部分とされ、自転車・歩行者の通行が可能で地域住民の生活道路となっていました。赤川鉄橋の歩道部分が閉鎖されたのは2013年10月。おおさか東線新大阪(旅客線化)開業に向け、城東貨物線が複線化されることになったためです。

私も一度だけ赤川鉄橋を歩いたことがあります。確か淡路(東淀川区)に用があった帰り道で2000年ごろだったように記憶しています。橋を渡ったあと、京阪守口市駅に向かったかと思うが、それがどんな交通手段・ルートだったのかは失念。守口市駅まで少し距離があり、そこまで歩いたことは少し考えにくいが、淀川自転車道を上流側へ向かったのか、あるいは城北公園通を通るバス(大阪シティバス【34】系統・守口車庫行き)に乗ったのか、・・・。


DSCN5358

明日6月7日限りで大阪環状線201系の営業運転が終了となります。

国鉄時代末期に作られた201系通勤型電車も、首都圏(JR東日本)では完全に引退。関西圏でもJR京都線・神戸線から大阪環状線や大和路線・おおさか東線に転用して15年ほど経過しましたが、環状線から撤退後、大和路線・おおさか東線の黄緑色が201系最後の牙城となります。

黄緑色の201系といえば、国鉄時代は山手線に登場するかと思われたが、205系第一号の投入が決まり、幻の姿に。JR発足後20年経過して、JR西日本の大和路線(関西本線)にてまさかの実現となりました(首都圏では埼京線・川越線に黄緑色の201系が転用される可能性も考えられたが、結局実現はならず)。その頃、首都圏では201系は既に引退が始まっていたが、大阪ではオレンジ色と黄緑色の201系が初めて登場、東西で対照的な動きを見せました。しかし、新天地での201系も長く続かず、ホームドア設置の決まった環状線では3ドア車323系に置き換えられることに。

また、奈良県内では、和歌山線・桜井線の105系が227系に置き換え進行中であり、大和路線201系と奈良線103系・205系0番台が県内で最後の国鉄型車両となります。なお、桜井線と和歌山線王寺-高田間には、朝ラッシュ時のみ、201系も乗り入れています。



かつて国鉄時代、北陸本線敦賀近辺もなかなかの気動車王国でした。

北陸本線は既に電化され、485系の特急列車などが賑やかに行き交う中、普通列車は客車または気動車が多かったです。というのも、大半が交流電化であり、高価な交直流両用の近郊型電車を北陸本線に導入する余裕がなかったことが理由のようです(国鉄時代末期になって急行列車の廃止で余剰となった457・475系電車がローカルに転用、客車列車は全廃)。また、京阪神に最も近い米原-敦賀間においては、交直流セクションにあたるため、 東海道・山陽本線からの直流電車(113・117系ほか)を直通させることが不可能で、米原口の短距離区間普通列車を中心に気動車が運用されていました。同様に、京阪神と北陸を短絡する湖西線(1974年開通)も、永原-近江塩津間に交直流セクションが設置されていたため、113系は終点・近江塩津の一つ手前の永原までしか運用できず、近江今津以北には敦賀直通の気動車列車が設定されていました。

敦賀近辺の気動車は、敦賀機関区(金ツル)が運用管轄していました。敦賀の気動車は、国鉄末期は

キハ58・28、キハ40・48、キハ20

が配置されていました。キハ40・48が投入される前は、キハ26が配置されていたようです。敦賀には西日本では数少ない寒冷地用のキハ48形が5両(0番台3両、1000番台2両)だけ配置されたことが特徴的で、0番台・1000番台自体少数派で、JR西日本に継承されました。キハ40形は暖地用の2000番台です。


敦賀区の気動車は、主に小浜線(敦賀-東舞鶴)向けであり、小浜線の急行列車<わかさ><はしだて>、そして山陰本線京都口<丹後>の小浜線直通付属編成(小浜線内普通列車)などにも充当され、山陰本線京都~福知山、宮津線天橋立まで足を伸ばしていました。<はしだて>は、1982年11月改正前は<大社>であり、福井-天橋立間(1978年以前は金沢-米子間だった)の運転で、同じ<大社>のロングラン名古屋~出雲市間編成(名古屋編成は美濃太田所属)に併結運転が行われていました。名古屋編成はキロ28連結なのに対して、福井編成は普通車のみの身軽な3両でした。敦賀所属のキハ58・28は、福知山局(福知山・豊岡区)のほか、名古屋局(美濃太田区)の気動車とも併結運転が行われていたわけです。<はしだて>の送り込みも兼ねて、朝の上り・夕方の下り<わかさ>は、県都・福井まで直通運転が行われていました。

小浜線も1984年2月改正まで客車列車が設定されていたが、全列車気動車化されました。また、小浜線・舞鶴線の普通列車として、福知山までキハ40・48やキハ20が乗り入れ、キハ47王国・福知山鉄道管理局管内では異彩を放っていました(キハ20は1982年頃まで福知山管内に在籍していたが)。逆に小浜線には福知山区のキハ47も乗り入れていたが、本数は少なく、小浜線でのキハ47はあまり馴染みがありません。

北陸本線米原口・湖西線北部末端区間のローカルには、主にキハ40・48が使用されていたが、時折キハ58・28も連結され、また米原から1区間だけ東海道本線に乗り入れ彦根まで足を伸ばしていました。

このほか、国鉄時代は越美北線の気動車も敦賀機関区が管轄していたようで、キハ23・52が使用されていました。

JR発足以降、普通列車用の気動車は新・敦賀色に塗り替えられました(急行列車の運用に入る一部のキハ58系は急行色のまま)。1991年9月、北陸本線米原-長浜間の直流化工事完成、京阪神から長浜まで新快速電車が直通運転を開始しました。これに伴い、北陸本線・湖西線での気動車普通列車は廃止、湖西線北部の普通電車にも413・419・457・475系電車が使用されるようになりました。加えて、小浜線ワンマン運転も始まり、キハ58・28がワンマン仕様に改造を受けました。キハ48ははるばる山陰本線下関口へ飛ばされます。キハ48形はその後、岡山のぼったくり急行<つやま>で有名になったり、その着せられた汚名を返上すべく、最近では七尾線の観光特急<花嫁のれん>用に大改造を受けたものもあります。キハ40系が敦賀からいなくなった代わりに、キハ53が転入。キハ53もワンマン改造を受け、2003年の電化までキハ58・28ともども小浜線のローカル運用をこなしました。また、キハ53は、なぜか急行<はしだて>格下げの天橋立快速にも使用され、宮津線(北近畿タンゴ鉄道→京都丹後鉄道)では違和感のある存在でした。



JR西日本の大阪近郊区間では、以下の路線・列車で女性専用車両が設定されています。

大阪環状線・JRゆめ咲線普通 (201系、323系)

JR京都線・JR神戸線普通  
学研都市線・JR東西線全列車
JR宝塚線普通・快速(一部) (207系、321系)

大和路線・おおさか東線普通  (201系)

阪和線普通(一部)      (225系6両編成のみ)


女性専用車両の設定されている車両の大半はロングシート車ですが、阪和線の225系のみ転換クロスシートで異彩を放っています。

JR西日本の女性専用車両は、平日・土休日の全日にわたる設定となっています。他の関西私鉄や地下鉄では平日のラッシュ時のみというところが多いが、JRで土曜・休日も女性専用車両が設定されているとは知りませんでした。実は、ある休日、JR京都線の普通で、女性専用車両の設定される号車に乗車してしまい、面食らいました。休日なので女性専用車両の設定は解除されているものかと思っていましたが、その車両には男性は他に誰も乗っていなくて戸惑いました。今後、気をつけるようにしましょう。


DSCF0096

可部線の運用に入る105系です。「末期色」になる前の姿です。
可部線・呉線用の105系は和歌山線用と同様、103系からの改造車が多かったようですね。
広島地区では227系に統一され、113・115・105系は過去のものとなりました。
 


JR大阪近郊区間大回りの「関所」は3つあります。

1)加古川駅中間改札(加古川線乗り換え口)

2)和歌山駅中間改札(和歌山線ホーム)

3)柘植駅(関西本線から草津線に乗り換えるとき)

120円とか160円のきっぷで大回り乗車するとき、以前は車内検札が一つの「関所」だったと思います。15年ほど前だったかな、学研都市線の木津駅停車中に車内検札がやってきたときは、ビビりました。「大回り乗車です」と説明して、それで済みましたが。

しかし、近年、ICカード対応やワンマン運転拡大などに伴い、車内検札も稀な存在となりました。
 
「大回り乗車」そのものも、ネットやメディア等を通じて、鉄道ファンばかりか一般の人にも広く知られ、市民権を得られるようになりました。そのこともあって、JRの職員に「大回り乗車です」と言えば、そのまま通してもらえることも多いです。

ただ、それでも、中間改札を通るときなど、やはり敷居を感じるもの。「大回り乗車です」の一言で通過できますが。

中間改札ではないが、柘植で関西本線から草津線に乗り換えるときも、「関所」と言えます。関西本線(亀山-加茂)はワンマン運転であり、亀山・伊賀上野・加茂駅を除いて、降車時は一番前(運転席後側)のドアを通る必要があります(降車時運賃箱に乗車券・運賃を投入)。草津線との乗り換え駅・柘植も同じです。このとき、運転士に「大回り乗車です」と申告すればOK。

草津線からの乗り換えの場合は、加茂行き普通列車先頭車後のドアからに乗ります(反対側の亀山行きは、近郊区間外へ離脱するので、「大回り乗車」は不可)。


DSCF0034

少し見づらいかもしれませんが、近鉄側の留置線にJR京都線201系(ブルー)と奈良線103系(ウグイス)が並んでいます。一時期、JR京都線~宝塚線直通用の黄色103系が止まっていたこともあります。


DSCN5351

新大阪にオーシャンアロー283系・白浜行きが停車中でした。
283系は希少車種で、近い将来の引退も噂されています。
おおさか東線ホームより、特徴のある白浜方先頭クロ282の顔を狙ってみたんだが、オーシャンアローの先頭車はおおさか東線ホームの最後尾停車位置(北梅田・西九条方)よりも前に止まるため、叶わずでした。

新大阪駅の改札内は新幹線・在来線とも、エキナカショップが充実しており、大回り乗車等の際に駅弁や食料を入手するにも便利です。


DSCN5065

DSCN5069

JR和歌山線と南海高野線との共同駅、橋本です。
105系、南海6000系ともども近い将来消える予定です。
和歌山線では先月のダイヤ改正で227系運用開始しました。今のところ、105系がまだ多く残っているが、これも今秋には全廃の予定となっています。


DSCN5079

DSCN5081

289系(元683系)をリアルで見るとカッコいいですね!
今月のダイヤ改正より、JR神戸線の通勤特急<ラクラクはりま>にも就いています。
 


P4050005

和歌山線105系旧春日色と117系旧オーシャン色のツーショットです。
今度のダイヤ改正で和歌山の117系は定期運用から引退、227系に置き換えられました。来春、117系を改造した長距離列車「WEST EXPRESS 銀河」がデビューすると発表されました。105系(改造4ドア車)も今年の秋までに全て227系に交代する予定です。
おっと、117系と同じホーム向かい側には221系が止まっていますね(^-^)


221系が阪和線で活躍していた時期は意外に短命でした。

1989年のデビュー当時より、大和路快速等で使用される221系(奈良電車区所属)が、時折臨時やイベントで阪和線、そして紀勢本線に姿を現すことはありました。日根野電車区で撮影イベントがあるときには、特に223系や281系<はるが>が登場する前は、国鉄型車両(103・113・165・381系)ばかりだったこともあって、221系はスターのゲストとして迎え入れられたことでしょう。また、京都-白浜間の臨時急行、そして和歌山駅や御坊駅などから、湖西線マキノへの琵琶湖スキー臨時快速とか、嵯峨野・嵐山への行楽客を当て込んで嵯峨野線(山陰本線)園部への直通臨時列車も運転されていました(いずれも梅田貨物線経由)。

このように、1990年代には臨時で阪和線に度々姿を現していた221系ですが、2000年春より、阪和線で定期列車の「快速」を中心に運用されるようになります。223系使用の「関空快速」「紀州路快速」とは異なり、天王寺駅発着(阪和線ホーム)の名も無い「快速」に充てられていました。奈良電車区所属の4両編成または2本連結の8両編成を使用、大和路線や奈良線などと共通でした(奈良線では2001年より運用開始)。加えて、<はやたま>~新宮夜行の馴れの果てである、深夜の快速・<新大阪→紀伊田辺>にも、165系の代替として使用されるようになり、紀勢本線紀伊田辺駅まで足を伸ばしました。

阪和線への送り込み経路として、和歌山線経由と天王寺駅大和路線・阪和線連絡渡り線経由の2つのルートがありました。以前、臨時列車として阪和線に姿を現していた時代は、阪和貨物線(廃止)経由で回送されていたため、阪和線内での編成の向きは当時とは異なりました。221系阪和線快速設定当初、和歌山線の普通で和歌山駅まで送り込まれるものもあったようですが、ワンマン運転拡大のために廃止。

221系の阪和線快速は10年の短命に終わりました。2010年12月、225系5000番台が阪和線に登場、221系を置き換えました。以降、臨時も含めて221系が阪和線および和歌山方面に姿を現した例は知りません。


PB050020

P1070034


JR西日本の大阪近郊区間における駅弁事情について考えてみました。

まず、駅改札内・ホーム上で駅弁の購入できる駅は、

新大阪、 京都、米原、姫路

ぐらいでしょうか。駅弁を売っている駅は、上に加えて、

三ノ宮、神戸、西明石、草津、吉野口、和歌山、園部

もあるが、改札を一度出ないと購入できないはずなので、近郊区間大回り乗車の時には不自由すると思います。特に吉野口駅では、駅構内での販売はなくなり、近くの店舗まで買いに走らなければなりません。また、園部駅(淡路屋)では、「栗めし」「鮎すし」が有名ですが、前日までの予約が必要。

駅弁そのものは駅構内・売店のほかに、阪神百貨店梅田本店、そごう神戸店などのデパ地下で購入することも可能です。もちろん百貨店やスーパーの催事で購入するのもありでしょう。このほか、私鉄の駅でも、近鉄大阪難波駅や京都駅の売店、京阪三条・出町柳駅のアンスリーで買うことも可能です(三条・出町柳のアンスリーでは、かつての京都駅弁「萩乃家」の幕の内弁当が買える!)。


駅弁を楽しめる列車・車両についても考察する必要があります。

まず、混雑しやすい新快速電車(223・225系)では駅弁を広げられる雰囲気ではありません。かつての153系や117系の時代は長距離列車の雰囲気もあって、ゆったり弁当を広げることもできたんだが。大和路快速、関空・紀州路快速、みやこ路快速、嵯峨野線の電車なども同様ですね。

ただ、新快速も京阪神の都市部から離れた末端区間などでは空いているので、その辺りで弁当を広げるのはありだと思います。

東海道・山陽本線快速(221・223・225系)、
湖西線・草津線(113・117系ほか)、
嵯峨野線・山陰本線(亀岡以北、221・223系)
丹波路快速・福知山線(新三田以北、223・225系)
大和路線高田快速(221系)、
阪和線普通(223・225系)、
関西本線(亀山-加茂、キハ120クロスシート)、
加古川線(125系)

などで、何とか駅弁を食べれそうです。

駅弁を食べるのなら、特急列車の中のほうが相応しいですね。近郊区間大回りで特急を利用することは可能なので、特急に乗ることも一つの選択肢でしょう。


JR大和路線(関西本線)の快速電車といえば、大阪環状線に直通の「大和路快速」でしょう。

 大和路線の快速は、「大和路快速」の毎時4本に加え、JR難波発着の和歌山線高田行き快速が毎時2本運転されています。俗に言う高田快速ですが、大阪駅・梅田に直通していない分、大和路快速に比べて空いており、使用車両も原則的に221系4両編成の短い編成ですが、高田快速には意外な利用価値があると思いました。

まず、久宝寺でおおさか東線の電車と接続は良く(しかも同じホーム上での乗り換え)、したがって学研都市線・JR東西線方面からも利用しやすくなっています。

高田快速は大和路快速に比べて座りやすいばかりか、高田での和歌山線吉野口・五条・橋本方面、桜井線桜井・天理方面への接続を配慮したダイヤが構成されています。高田からの和歌山線、桜井線は毎時各1本であり、上手くダイヤサイクルが合っています。ゆえに、学研都市線・JR東西線方面から、おおさか東線+高田快速経由、和歌山線・桜井線まで待たずに乗り継ぐことが可能で、これこそ高田快速の利用価値というものでしょう。おおさか東線新大阪開通後は、新大阪駅から桜井線・和歌山線への待たない乗り継ぎが便利になるでしょう。


P1090019

213系の画像をアップしました。
瀬戸大橋線の快速<マリンライナー>から、伯備線等などのローカル用に改造転用を受け、活躍中です。




特急<南紀4号>(キハ85系)の紀伊勝浦から名古屋までの全区間にわたる前面展望の上動画を拝聴させていただきました。所要時間は3時間47分。昨年お盆のころに収録されたそうです。

一つ気になったのは、同じ紀勢本線でありながら、JR西日本とJR東海区間では保線状況が違うと感じました。新宮までのJR西日本区間はせっかく電化されているにもかかわらず、線路際は草ボウボウの箇所も所々あり、まるで廃線寸前のような雰囲気。何とかならんものだろうかと思いました。スピードもさほど出ていません。新宮を境目にJR東海の非電化区間に入ると、逆に保線が行き届いているようで、キハ85系はガンガン飛ばすようになります。

熊野市-尾鷲間は長いトンネルが何個も続くが、リアス式海岸の険しい地形ゆえ、紀勢本線で最後に開通した難工事の跡が伺えます。そういえば、今年は紀勢本線全通60周年ですね。

伊勢鉄道および関西本線に入ると複線区間も存在し、キハ85系はエンジンフル回転でぶっ飛ばします。

特急<南紀>の乗務員は、以前は紀伊勝浦までの全区間でJR東海が担当していたが、現在は新宮で交代することになっています。


おおさか東線新大阪延長開業では、現行と同様、201系黄緑色(奈良所属、大和路線と共通運用)がそのまま使用されることになっています。また、直通快速が奈良-新大阪間に207・321系で運行される予定です。221系等での運用も期待されていましたが、直通快速停車駅となるJR河内永和、高井田中央駅にホームドアが設置され、4ドア車しか営業停車できないため、4ドア車での運用が決まりました。

こうなると、201系の後継が気になるところ。 おおさか東線では半永久的に4ドア車のみの運用となることが決まってしまい(新大阪-奈良間に特急が新設される可能性はあるが)、したがって近い将来置き換えられるだろう201系の代替も4ドアにせざるをえないということですね。

201系の代替タイミングとして考えられるのは、奈良線複線区間延伸開業とおおさか東線北梅田延伸の時でしょう。代替新型車の形式は325系でしょうか。周辺の大阪環状線・阪和線、そして桜井線・和歌山線が3ドア車で統一されつつある中、大和路線・奈良線が4ドアのままということも考えづらいですが。ただ、北梅田開業時には、おおさか東線運用車両はJR京都・神戸線・学研都市線と完全共通の207・321系および325系に変更し、大和路線と奈良線には3ドア車の新車(225系?229系?)を入れて運用を分ける、ということは考えられるかもしれません。

(2019.1.31 追記)
JR河内永和駅のホームドアですが、画像検索で調べた限りでは、ホームに簡易的に柵が設置されているのみのようです。ただし、4ドア車の位置に合わせているとのことなので、3ドア車の営業停車は難しいようです。なお、高井田中央駅のホームドアは誤りでした。お詫び申し上げます。


JR西日本283系・オーシャンアロー。

283系は、1996年、紀勢本線(きのくに線)の特急<くろしお>用(京都・新大阪-白浜・新宮)に登場。1978年新宮電化と同時に投入された381系以来、18年ぶりの新車でした。283系は同時期の特急車両281系や681系とは異なって、リゾート地をイメージする独特のスタイルとなっており、同じ時期の近鉄特急・伊勢志摩ライナーと雰囲気が似ています。平成初期のバブルの余韻がまだ残っていた頃を思わせるデザインですね。

283系を使用する列車については、<オーシャンアロー>を名乗り、<くろしお>とは別格扱いでした。

283系は381系と同じ振り子式車両で、カーブの多い伯備線等への投入も期待されていたが、製造両数は18両の少数派にとどまりました。さらに故障が発生しやすいようで、近年では運転区間が短縮され、白浜以南への運転はなくなりました。結局、<くろしお>後継車両には、非・振り子式の287系および289系(683系を直流化改造)が充てられることになり、283系はますます肩身の狭い存在に。


1995年正月、「青春18きっぷ」で中国山地のローカル線、福塩線・芸備線の旅に出ました。

阪神淡路大震災の2週間ほど前でしたね。

例によって朝一番のJR神戸線大阪発快速電車に乗り、姫路・岡山と山陽本線を乗り継いで福山に。

ここから福塩線に乗り換えます。府中までは福山近郊の電化区間で、1980年までは旧型国電の巣窟だったことで有名。阪和線から追われた70系なども福塩線で最後の活躍をしていたそうです。そういえば阪和線に「和泉府中」駅があり、福塩線とは何気に縁がありそうですね(笑) その後、105系に置き換えられ、現在に至ります。府中から先の非電化区間は列車本数が非常に少なく、福塩線完乗を目指すなら時刻表を調べてうまくプランを練る必要があります。府中で乗り継いだ気動車はキハ23のワンマンカー。福塩線の沿線風景については、爆睡していたこともあって、残念ながらあまり印象に残っていません。塩町で芸備線下り(広島行き)に合流、広島県北部の中心・三次駅まで直通です。意外に思われるかもしれませんが、三次市や庄原市など広島県北部は中央分水嶺の北側(江の川水系の流域)にあたります。

三次駅で途中下車し、確かKIOSKで駅弁を購入しました。値段は500円ぐらいで安く、ごく普通の幕の内弁当(コンビニ風だったような気が)だったと思います。

三次からは芸備線上り列車で備後落合・新見方面へ。備後落合行きもキハ23だったと記憶しています。木次線と接続する備後落合で新見行きに乗り換え。備後落合は鉄道の要衝にもかかわらず、並行する中国道ハイウェイバスなどには完敗、列車本数が非常に少なく、信じられないほどの凋落ぶりです。備後落合といえば、おでんうどんが名物だそうで、かつて乗換駅として賑わっていた頃は駅構内のスタンドで販売していたそうですが、今も近くのドライブインのレストランで味わえるとか。

備後落合で乗り継いだ列車は新見行きのキハ40。姫新線や因美線などと同じ岡山支社の独自カラー(紺色に白い帯を配する渋いカラーだった!)でした。かつては備後落合を跨いで芸備線全線および木次線へ直通する急行列車なども運転されていたが、今はいずれも乗り換えが必要です。しかも備後落合-東城間は岡山・広島県境区間にあたり、1日3往復のみの超閑散区間となってしまいました。普段は閑散としていても、「青春18きっぷ」シーズンになると1両の気動車(キハ120)では超満員となるようだが、当時は列車本数がもう少し多かったこともあって、まだのんびりしていたように思います。

備中神代で伯備線と合流。終点・新見までの間、布原駅があるが、一日の乗車人数は1桁と非常に少ないため、芸備線からの列車しか停車しない秘境駅となっています。


nara-kasuga

キハ58系急行<かすが>・名古屋行きと103系区間快速JR難波行きのツーショットです。
1990年代前半の一時期だけ、前面帯無しウグイス色103系を見ることができました。
私個人的に103系は帯無し単色のほうが美しいと思いますね。 


scan32

1996年廃止直前の<あさしお>です。たぶん豊岡にて。
末期は絵入りヘッドマークの盗難が相次いでいたようで、文字だけのものとなっていました。 


関西本線(大和路線)・奈良線・桜井線・和歌山線で運用されていた113系(赤帯)について、 一つ気になること。

それは、編成の向き。

もともと赤帯113系は阪和線・紀勢本線用青帯と共通の鳳電車区→日根野電車区所属。赤帯車は阪和線系統で運用されることもありました。関西本線系統で運用される分は阪和貨物線(廃止)経由で回送していたため、天王寺駅での阪和線と関西本線(・大阪環状線)では編成の向きが逆になっていたはずです。環状線に直通する関西本線快速(元祖・大和路快速)の、大阪駅での東海道・山陽快速用(湘南色)との向きの関係はどうだったのかも気になります。

のちに奈良線・和歌山線も全線電化され、赤帯113系は奈良線京都駅や和歌山線経由で和歌山駅にも顔を見せるようになるが、和歌山駅での阪和・紀勢系統と和歌山線用の編成も確か逆向きだったはず(京都駅での本線系統・湖西線用とも向きは逆だったのでは)。

奈良電車区開設後、関西本線系統の113系は同区所属となるが、おそらく日根野から阪和貨物線経由で転属回送したものと思われ、その後も阪和線用と逆向きである状態は変わっていないはずです。国鉄末期に静岡地区から奈良へ111系が貸し出されたとき、転属回送は日根野電車区に寄り、スイッチバックして奈良へ向かったそうです。

JR発足後、大和路快速が221系に置き換えられ、113系は阪和線(日根野)および東海道山陽筋(網干)へ転用されるが、網干転属編成も向きを揃えるために日根野へ寄った可能性はありそうですね。

同時期に、阪和線~和歌山線五条直通の快速電車(青帯113系)も設定されるが、和歌山線内での赤帯113系(奈良区)とはやはり編成の向きも逆だったでしょう。

奈良の221系はのちに阪和線快速の運用に入っていた時期もあるが、阪和線への回送は阪和貨物線ではなく、直接天王寺駅大和路線・阪和線渡り線、または和歌山線経由で入線していたため、大和路線と編成の向きが異なるということはありませんでした。


P4020030

JR各社から2019年3月ダイヤ改正の概要が発表されました。

JR西日本の岡山・広島地区について、注目すべき点を取り上げてみたいと思います。

 https://www.westjr.co.jp/press/article/2018/12/page_13525.html

広島近郊区間(山陽本線・呉線・可部線)の電車が227系に統一されることにより、山陽本線の列車系統は糸崎で分割されることになります。すなわち、岡山115系の山陽本線糸崎・三原以西への直通は廃止ということで、長距離普通列車の多い山陽本線にもメスが入る形となります。

糸崎-広島-岩国間の電車は227系に統一されるが、岩国以西への電車がどうなるのかも気になります。大半は岩国で系統分割となりそうな感じですが、広島方面から新山口・下関方面への直通列車はどうなるものでしょうか?

瀬戸大橋線の普通列車にも大きな変更点があります。岡山から瀬戸大橋を渡って四国(観音寺・琴平)へ直通する普通電車は、本州内の児島打ち切りとなる予定です。したがって、瀬戸大橋を渡る普通・快速列車は、<マリンライナー>のみとなります。


(2018.12.17 訂正)
瀬戸大橋を渡る普通列車が廃止なのかどうかは、現時点では不明です(JR四国のプレスリリースにはそのようなコメントは記されていない)。ご指摘いただいたように、児島で系統分割という形の可能性もありえます。


国鉄・JRの旅客列車番号について。

列車番号の末尾に付いているアルファベットは、国鉄時代は原則として、

M         :電車
D         :気動車
他のアルファベット :東京・大阪の国電
アルファベット無し :客車

を表していました。大阪の国電区間では、

C :東海道・山陽線(JR京都線・神戸線)緩行
T :東海道・山陽線快速
K :関西線(大和路線)
H :阪和線
無し:大阪環状線(普通電車)

という感じです。

しかし、JR発足後、この原則も崩れるようになります。JR誕生から2年後、JR東海管内の気動車列車に「C」の付くものが現われます。時刻表の紀勢本線・参宮線・名松線・高山本線などのページで初めてこの表記を見て、「あれっ、これどういうこと?」と思いましたが、新型一般型気動車キハ11形が登場してワンマン運転を開始するので、ワンマン運転の対象となる列車に「C」が付くものと判明。

列車番号「C」といえば、京阪神地区の東海道山陽緩行(普通)の青い電車(103・201・205系)をイメージされる方も多く、俗に「C電」とも呼ばれています。現在の207・321系にも受け継がれており、JR京都線~JR宝塚線(福知山線)および学研都市線(片町線)~JR東西線~JR神戸線直通の普通電車も「C電」となっています。


国鉄信楽線(貴生川-信楽間)が信楽高原鉄道に転換されたのは1987年7月。3月31日の国鉄終焉、4月のJR発足から信楽高原鉄道開業前の3ヶ月余りのみ、信楽線はJR西日本の管轄でした。 

国鉄末期~JR信楽線の気動車運用などについて気になること。

信楽線には亀山機関区(→運転区)の気動車が使用されていました。33%の急勾配区間を有するため、DMH17型2エンジンの気動車が優先的に使用され、1970年代までは全国的に少数派だったキハ53形(キハ45系の2エンジン両運転台車)が信楽線の運用に入ることが多かったです。草津線非電化時代は貴生川駅で草津線の列車に連結され、草津または柘植まで直通運転を行っていました。

1980年草津線電化以降、信楽線の列車は線内折り返しのみとなり、元準急用2エンジンのキハ55形または急行型キハ58形がキハ35との混結で使用されるようになります。当時、キハ55形は信楽線のほか、同じく急勾配路線の名松線でキハ30またはキハ40とペアを組んで運用されることも多かったようです。亀山のキハ55形は1982年ごろまでに姿を消し、代わってキハ58系(キハ58・28形)が各地から転入するようになります。1985年ごろより信楽線の列車は基本的にキハ58形のみの2両編成で仕立てられるようになります。国鉄末期の1986年11月ダイヤ改正以降、亀山には1エンジン・冷房電源車のキハ28も相当数加わり普通列車への冷房サービス提供も可能となるが、信楽線運用でキハ28形の連結はあったのでしょうか? 

JR西日本・JR東海の境界にあたる亀山運転区はJR西日本所属となり、前述のキハ53形もそのまま同区所属となるが、元々信楽線向けに配置されていたにもかかわらず、JR時代に同線で運用された例も知りません(関西本線・片町線では良く見かけたが)。

もう一つ気になるのは、信楽線そして草津線の列車の担当車掌区。旧・天王寺鉄道管理局管内にあって、国鉄時代は恐らく亀山車掌区が担当していたと思うが、同車掌区はJR東海に移管され、JR西日本管轄の草津・信楽線はどこの車掌区が乗務していたのでしょうか?


DSCN4863a


この秋より奈良線で運用開始した205系0番台です。

奈良の103・205系関連について、先週末のダイヤ修正により、本日より平日ダイヤにて103・205系が大和路線奈良発王寺行き普通1本の運用に入るようになりました。

しかし、奈良線の京都付近の混雑はすごいこと。JR発足前後の30年ごろ前では夢にも思わなかったことでしょう。東福寺駅は京阪との乗り換え客も多くて混雑しやすいにもかかわらずホームは狭く、転落事故の危険性が高いので、ホームドア設置が必要かもしれません。


気がついたら、広島県は在来線優等列車(特急・急行)ゼロの県になっています。

まず、広島県の大動脈といえば山陽本線ですが、山陽筋の優等列車は山陽新幹線が担っているため、岡山県倉敷以西の優等列車はゼロ。10年ほど前まで東京・京阪神と九州方面を結ぶ寝台特急(ブルートレイン)があったが、2009年の<さくら><富士>を最後に消滅。現在、山陽本線を全線通しで運転する定期旅客列車は1本もありません。

山陽本線のバイパス線で瀬戸内海に沿う呉線では、軍事・造船における重要拠点・呉港を抱えていることもあって、歴史的に山陽筋の優等列車の一部は呉線経由で運転されたこともあります。

広島市と県北・中国山地中央部の三次・庄原方面を結ぶ芸備線では、かつて備後落合から分岐する木次線などと合わせて陰陽連絡の急行列車が運転されていました。その代表は<ちどり>で、かつては夜行便も運転されるほどの盛況ぶりだったようですが、道路整備が進み路線バスや高速バスに多くの客を奪われ、凋落の一途。最終的には広島-三次間という短距離の<みよし>が4往復、最後のキハ58系定期運転の急行列車として注目を集めたが、これも2007年に全廃。

三次と浜田を江の川に沿って結んでいた三江線(廃止)でも、陰陽連絡急行列車があっても良さそうに思えるが、全通が1975年と遅く、その当時は既に急行列車減少時代に入っていたこともあり、定期の優等列車が運転されることはありませんでした。ただし、臨時で広島発着三次までは芸備線の定期急行列車に連結、三江線内は快速または普通という列車が運転されたことはあります(したがって三江線内での急行運転の実績はゼロ)。

また、福山と塩町・三次を結ぶ福塩線で過去に優等列車が運転された事実は知りません。


PB240014
天王寺駅阪和線ホームに停車中の103系普通|鳳行き。この当時は大阪圏でもまだまだ103系が多かったが、阪和線から103系は姿を消し、大阪環状線・大和路線からも103系は撤退、残りは奈良線・和田岬線・加古川線・播但線となりました。本日、奈良に残る103系の団体列車が桜井線・和歌山線経由で橋本まで運転されたそうですね。

PB240020
京阪旧3000系特急。新3000系の登場により1編成だけ残った旧3000系は8000系8531編成に形式変更されるが、翌年春の引退が発表され、3000系時代の車両番号を復刻表示するなど1971年登場時の姿を再現、有終の美を飾りました。

PB040007
2012年春に登場した13000系。宇治線の運用に入っていた13005Fです。当初は支線用4連のみだったのが、2年後には本線用7連の13020番台も登場します。

PB040010
京阪バス山科営業所の方向幕。山科特別仕様の青地幕ですが、赤い車体には不似合いのようです。

P9090001
2011年春竣工の京阪香里園駅前新バスロータリー。当初、駅前広場に併設される「かほりまちテラス」にマクドナルドなどが入っていたが、相次ぐ不祥事による業績悪化で閉店してしまいましたね。

PC230018
山崎を通過する183系<こうのとり>回送。暮れに山崎のサントリーカーブで初めて撮り鉄しましたが、485系<雷鳥>やキハ181系<はまかぜ>もなくなり、ここを通る国鉄型車両はもはやこの183系(旧・485系)ぐらいでした。

P8050019
くずはモールリニュアル工事のため閉鎖された旧・西館。松坂屋(2004年閉店)の入っていた建物で、建替えられてハナノモールとなり、ミドリノモール(本館)と一体化されています。

P8050010
京阪2600系2826号。旧2000系1次車の車体を流用したもので、翌年2013年ごろに廃車されました。

P7150005
2012年春に開通した京阪バス直Q京都号京都交野なんば線。京阪交野市駅・河内磐船駅からなんば(OCAT)および京都駅まで1本のバスで直通するとは、まさに夢のようでした。


P3040010

大阪環状線201系が今年度中に323系に置き換えられる予定です。環状線内では既に201系は影が薄くなっており、おおさか東線新大阪開通に向け、黄緑色への塗装変更を受け、奈良に転属しています。いよいよ東線で201系訓練運転が始まりましたね。


国鉄時代の旧型客車列車について、国鉄最後の1986年11月ダイヤ改正までに、和田岬線(山陽本線兵庫-和田岬)を除いて定期列車から引退したことは、ご存知の通りです。

さて、国鉄末期の旧型客車列車について思いつくままに書いてみたいと思いました。


旧型客車の整理は1984年2月ダイヤ改正から本格的に始まったものと思われます。

このダイヤ改正で、まず福知山線の旧型客車使用の普通列車は一部50系化されました。小浜線・舞鶴線にも1980年代前半まで客車列車が残っていましたが、廃止(→気動車化)時期は1984年2月ダイヤ改正だったと思います。

紀勢本線でも1984年2月ダイヤ改正で紀伊半島一周の夜行<はやたま>(天王寺・和歌山市ー亀山間、天王寺-新宮間は寝台車を連結)は12系化されると引き換えに、新宮以東の直通は廃止されました。合わせて新宮以西(紀勢西線)は12系化(→2年後1986年11月改正で紀勢本線の客車列車は全廃)。

なお、この改正の2年前、1982年5月ダイヤ改正で和歌山線に1往復だけ残っていた客車列車は50系化されました(1984年10月全線電化と同時に廃止)。


1985年3月ダイヤ改正では東北地方に多く残っていた旧型客車列車は、東北本線一ノ関以南および常磐線では電車化(455系ほか)、他は12系・50系に置き換えられ、旧客は全廃。

北陸本線でも客車普通列車は支線区直通を除いて全廃されます(→電車化)。

山陰本線については、京都口で50系化と同時に福知山で系統分割され、京都発着福知山以西への直通普通列車は廃止。福知山線は一部を除いて12系に置き換えられ、冷房化サービスの実現となります(50系の運用はわずか1年で廃止)。

紀勢本線新宮-亀山間も50系化され、亀山機関区所属で草津線と共通使用となります。


1985年3月ダイヤ改正以降、旧型客車列車が残るのは山陰本線福知山-米子・出雲市間、福知山線篠山口-福知山間、函館本線、および和田岬線のみとなります。私個人的に1986年夏、福知山-和田山間のみで旧型客車に乗りました。旧型客車のデッキ外客用扉は常に開きっぱなし(または手動式)で、安全性の問題が指摘されていました。


1986年11月ダイヤ改正では福知山線・山陰本線(宝塚ー城崎間)電化開業により、夜行<だいせん>1往復を除き電車化され、山陰から旧型客車は全廃。京都-福知山間と豊岡以西に残る客車列車は12系または50系化されます。

函館本線については函館-札幌間直通の夜行普通列車などもあったが、旧型客車全廃と同時に、優等列車(特急)は全て室蘭本線・千歳線経由となり、長万部-小樽間(通称・山線)は本線とは名ばかりのローカル線となってしまいました。


JR発足後も唯一旧型客車の残った和田岬線。和田岬線は港町の工場通勤者のための路線と化していて、列車は通勤時間帯に合わせ朝夕のみの運転となっています。さすがの和田岬線も1990年10月にはキハ35×6連に置き換えられ、さらに2001年には電化、103系で運用され今日に至ります。


P8120067

P8120038

P8120043

京阪神地区ではすっかり減ってしまった113系。
しかし滋賀県の湖西線・草津線ではまだ113系が活躍中。
京都駅では終日湖西線の113系を見ることができます。
原型ボックスシートのものも残っています。


P8120007
117系・201系・105系の横顔

P8120012
留置線で点検中105系の横をゆく201系普通・JR難波行き


今や王寺駅構内は何気に貴重な国鉄型車両のたまり場となっています。
大和路線201系、和歌山色の105系と117系。
王寺駅に発着する117系は和歌山線1往復のみで、昼間は留置線で休んでいます

和歌山・桜井線105・117系が227系に置き換えられる予定で、この光景が見れるのも、あと1年少しぐらいです。


2011年3月11日東日本大震災の翌日に実施されたJRグループダイヤ改正について、少し書いてみようと思います。

このダイヤ改正の目玉といえば、九州新幹線博多-鹿児島中央間の全面開通でしょう。同じ卯年の1975年山陽新幹線博多開通を連想させるものだったようにも思われます。
山陽新幹線新大阪から九州新幹線の直通運転開始と引き換えに、鹿児島本線特急列車の大幅削減など九州内在来線の列車体系はもちろん大きく変わりました。

このダイヤ改正で消えた2つの大きなもの。

一つは485系<雷鳥>。
関西と北陸を結ぶ特急列車は681・683系<サンダーバード>に一本化。
JR西日本管内における485系の営業運転は<北越>を除いて事実上終了となりました(北近畿地区で活躍する485系からの改造183系は健在だったが、381系に置き換えられた後、287・289系に)。

もう一つはキハ58系。
高山本線富山口のワンマン普通列車で最後の活躍をしていたが、これをもってキハ58系の営業運転も一つのピリオドを打ちました(その後、イベント用改造車が残るのみとなる)。

このダイヤ改正は4年後の北陸新幹線金沢開通を控えて、重大な段階を迎えたものだったようにも思います。485系やキハ58系のほか、大糸線のキハ52も引退、583系から近郊型改造を受けた419系もかなりの長寿を保っていたが521系に置き換えられるなど、北陸地区の国鉄型車両一掃が加速します。翌年2012年ダイヤ改正では583系急行<きたぐに>および寝台特急<日本海>の定期運転が終了、また一つ国鉄の遺産が消えます。


近畿圏では、大阪駅ビル開業を控え、大阪駅への集中が進み、大阪環状線・阪和線・大和路線を含め、京阪神地区主要各線で15分ヘッドダイヤが共通採用されます。ダイヤ改正に先行して前年2010年の年末に225系近郊型電車がJR京都・神戸線と阪和線に登場(翌年までにJR宝塚線にも投入)。JR東西線北新地駅ホームドア化のため、おおさか東線経由の直通快速を3ドア223系から4ドアロングシートの207・321系に置き換え。また、これに合わせた車両需給の関係上、阪和線からJR京都線普通電車に205系0番台がカムバック(車体帯は207・321系風のデザインに変更)。JR宝塚線大阪駅直通列車増発と引き換えに、学研都市線・JR東西線の昼間の快速はJR宝塚線塚口駅で折り返し。大和路線の381系<やまとじライナー>は廃止、北近畿地区特急に転用。大阪環状線では阪和線・大和路線からの快速電車停車駅を増やす代わりに、全体的に減便となり、大阪市内にもかかわらず、西半分の快速通過駅では15分に1本しか電車が来ないという問題も生まれました。

↑このページのトップヘ