カテゴリ:国鉄・JRグループなど > JR東日本(首都圏)


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平成初期の首都圏JRを風靡した205系通勤型電車。

国鉄末期以降、山手線を皮切りに、埼京線・京葉線・横浜線・京浜東北線・総武中央各駅停車など首都圏各線に投入され、中古の101系が多いイメージの南武線にも導入されたのには驚かされました。

画像の205系は1991年撮影。南武線は205系投入後も、比較的遅くまで103系が残ったようですね。せっかくなので、むしろ103系を撮っておいたら良かったかも・・・。

103・201系はおろか、205系も首都圏からほぼ撤退する現在、南武線(本線)ではE233系が使用されています。ただ、浜川崎支線にはワンマン改造の205系2連が活躍中であり、首都圏最後の205系を拝むことができます。


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今春引退する185系特急型電車。

私も東京へ旅行したとき、1枚だけ撮っていました。
「あかぎ」号のようで、上野駅での撮影だったと思います。 


JR東日本のマイナーな車両、107系直流通勤型電車。

JR発足後の1988~1991年にかけて、北関東のローカル線用に2両×27編成(1M1T)の54両が製造されました。

JR時代の新形式でありながら、国鉄終焉から年月が浅いこともあってか、外観スタイルは105系新製車(3ドア車)および119系近郊型電車と酷似した国鉄スタイルで、JRスタイルへの過渡期の車両ですね。車内はロングシートです。

107系は車体こそ新造であるものの、主電動機器や台車などは165系急行型電車の廃車部品を再利用したものです。国鉄末期~JR初期の当時、日光線・両毛線など北関東の支線区の普通列車は165系が使用されていました。しかし、元・急行型の2ドア・デッキ付き・ボックスシートゆえ混雑時には使いにくいという問題があり、ローカル輸送に最適な車両が要求され、当107系電車が製造されることになりました。

107系の走行音は通勤型103系などと同じもので、歯車比を165系の1:4.21から通勤用の1:5.60に変更、起動加速度を向上させています。国鉄末期に寝台特急電車583系を近郊型化改造(419系、715系ほか)したのと同様の考え方ですね。

107系は登場からおよそ30年経過した2017年に引退しました。一部は上信鉄道に譲渡され700形電車として活躍中です。

私も一度だけ日光線を107系で往復したことがあります。日光線については、単純往復しただけであまり印象に残っていないが、せっかくの観光地なのにもったいないことですね。

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107系の外観イメージ 画像はJR西日本旧・広島色の105系


新型コロナ感染の爆発的拡大に伴い、今度の年越し終夜運転および正月特別ダイヤの有無が気になるところ。

既に多くの鉄道会社で終夜運転を取りやめると発表されています。しかし、首都圏のJR東日本では今年も大晦日終夜運転を実施すると発表。 山手線・京浜東北線・根岸線・中央(快速)線・中央総武(各駅停車)線などの12路線が対象です。

また、初日の出観賞のため、伊豆・犬吠埼・南房総・河口湖方面への直通列車も運転するとしています。

関西圏のJRや私鉄の終夜運転は未だ発表されていないが、気になりますね。


初詣・初日の出観賞に便利な臨時列車運転のお知らせ(JR東日本)
https://www.jreast.co.jp/press/2020/tokyo/20201117_to01.pdf


(2020.12.19追記)
新型コロナ感染急拡大に伴い、終夜運転は中止されることになりました。他の私鉄・地下鉄もこれに追随するものと見られます。





JR東日本の東海道本線では、 2021年春、通勤特急【湘南】(新宿・東京~小田原)を運転開始すると発表。

運用車両は中央東線の【あずさ】【かいじ】などで活躍してきたE257系を転用(2000・2500番台に更新)。【湘南】はオール指定席として運用され、2種類の特急券「指定席特急券」「座席未指定券」が導入されます(料金はともに同額、年間を通じて同一料金)。【踊り子】との共通運用で、9両編成13本・5両編成4本が充当されます。

通勤特急【湘南】の登場により、通勤ライナー【湘南ライナー】【おはようライナー新宿】【ホームライナー小田原】は廃止されます。通勤ライナーにはオール2階建て車・E215系なども充当されてきましたが、やはり使いづらいようで、185系ともどもこのまま引退の可能性が高いと見られます。


JR東海道線 オール指定席E257系 通勤特急「湘南」2021年春に登場、
ライナー系は廃止・中央線特急系統と同スタイルに

https://rail.f-frontier.com/2020/11/12/7916/



ICカード(Suica)の普及に伴い、JRの東京近郊区間はここ10年ほどの間、超大型に拡大しました。千葉県の房総各線(安房鴨川・銚子まで)、中央東線・篠ノ井線(松本まで)、常磐線のいわき浪江、水郡線の一部も近郊区間に含まれ、福島県いわき市浪江町から長野県松本市までの広範囲に及びます。

さすがに東京近郊区間のこれ以上の拡大余地は殆どないでしょう。

仮に拡大するとすれば、実現可能性は低いがJR東海エリアの静岡県ぐらいでしょう。

東海道本線(熱海-静岡)、御殿場線、身延線

あたりは、東京駅から150km圏内なので、本来は含まれていても不思議ではないですが、会社境界を挟むので、難しいでしょう(ちなみに伊東線は近郊区間に入っています)。

ほかには、

東北本線(黒磯-郡山)、水郡線(全線) 、小海線(全線)

が入っていてもおかしくはないが、東北本線の矢吹-郡山間は仙台近郊区間と被りますね。



国鉄時代末期~JR初期、相模線電化前の気動車について。

相模線は神奈川県の茅ヶ崎と橋本(相模原市緑区)を結ぶ路線。東京都心から50km圏内に含まれ、東海道本線と横浜線を結ぶ路線にもかかわらず、八高線と並んで東京近郊区間の外縁部ということもあり、国鉄時代は非電化のままでした。

相模線の気動車といえば、1970年代まではキハ10系が多かったと思いますが、80年代以降は草津・桜井・和歌山線電化等で余剰となるキハ35系に置き換えられました。もともと茅ヶ崎気動車区(南チサ)が運用担当していたが、80年代の一時期、東京西局の八王子機関区(西ハチ)に移管。

八王子区の気動車は、もともと北側の八高線・川越線用だったようですが、なぜか相模線用に転用されたそうです。相模線へは横浜線経由で橋本まで回送運転で送り込まれました。八高線・川越線用の気動車は群馬県の高崎区(高タカ)に移管され、こちらもキハ35系が主力だったものの、足尾線(→わたらせ渓谷鉄道)と共通運用を組むため、時折キハ40も東京都内の八王子に姿を見せていたようです。

しかし、1985年川越線の電化開業となり、国鉄からJRへの移行に対応した合理化のため、相模線の気動車は東京南局の茅ヶ崎区に再移管。合わせて、首都圏色(タラコ色)から白と青を基調とする相模線カラーに塗装を変更。以降、1991年の電化までそのまま推移します。

電化後は205系500番台を新製投入。山手線など他の路線用の205系と仕様が異なり、車体断面は一回り小さくなっています。首都圏各線から205系が消滅寸前の今もなお、相模線の205系は健在です。


JR東日本E235系はE233系の次世代の車両として新たに開発された車両です。

まず山手線のE231系500番台置き換え用に2015年量産先行車を製造。2017~20年にかけて、本格的量産車を順次投入しました(11両編成×50本)。山手線用は0番台として作られました。山手線用E231系500番台は中央・総武緩行線へ転属させ、玉突き配転でE231系0番台の一部と209系500番台を武蔵野線および八高・川越線に転用されます。

続いて、このほど横須賀・総武快速線用に1000番台がお目見えとなりました。E235系1000番台は2020年秋より運行開始の予定で、E217系を順次置き換えます。横須賀・総武快速用ということで、今回E235系として初めてグリーン車(サロ234・235)も追加されました。E235系1000番台は、従来のE217系と異なり、普通車は全車ロングシートとされています。捻出されたE217系はどうなるんでしょうか?

これとは別に、房総地区ローカル用にE131系も製造中です。E131系はワンマン運転対応です。


185系引退とともに注目の臨時夜行快速【ムーンライトながら】(東京-大垣間)。

「青春18きっぷ」で乗車できることから根強い人気を保っているが、年々運転日数は減らされ、185系の引退とともに消滅するのではとの見方が有力でした。

今年の夏は、新型コロナ感染拡大もあり、運転されないようです。

「大垣夜行」以来の長年の伝統列車も、このままなし崩し的になくなってしまいそうですね。

「青春18きっぷ」ユーザーには好評であっても、近年の格安高速バスやホテルの台頭で、夜行快速列車以外の「安い選択肢」が増えているのは事実と受け止めざるを得ないでしょう。そこを、JR西日本の「West Express 銀河」(117系を改造した夜行特急。今年5月運行開始の予定だったがコロナ感染拡大により延期)のように、「鉄道で移動することそのものを楽しむ」をコンセプトにした新しい夜行列車設定が望まれるところですが、運行区間がJR東日本とJR東海に分断されていては、実現は難しいみたいですね。


東海道本線の夜行列車「ムーンライトながら」2020年夏は設定見送り
https://news.yahoo.co.jp/articles/134cd93d5c1de9805613809223131133d250a2aa



 


JR東日本房総エリアに新型車両E131系を投入すると発表。

さしあたって、2021年春ごろまでに2両編成12編成を新造、営業運転開始との予定です。

導入線区は、

内房線(木更津~安房鴨川)
外房線(上総一ノ宮~安房鴨川)
鹿島線(佐原~鹿島神宮)

で、ワンマン運転も視野に入れているようです。近い将来、房総各線でのワンマン化が波及するかもしれませんね。

車内の座席は、現行E209系を継いで、一部セミクロスシートが配されます。

https://www.jreast.co.jp/press/2020/20200512_ho01.pdf


 


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埼京線~川越線にも205系が走っていました。

JR発足当初、JR東日本の山手線をはじめ、首都圏各線に大量導入された205系通勤型電車。
205系そのものは国鉄時代末期1985年から量産が始まり、山手線のほか関西圏の東海道山陽線普通電車にも導入されました。 JR発足当初、JR西日本においてもさっそく阪和線用の1000番台を4連×5本製造するが、その後も大量増備が続くのはJR東日本のみとなります。

バブル期の一世を風靡した205系も、E231・E233系などに交代、JR東日本においては風前の灯に。JR西日本でも、東海道山陽線(JR京都線・神戸線)や阪和線から撤退、奈良線で余生を過ごすのみとなっています。


横浜線を走行する臨時特急【はまかいじ】。

臨時快速【ムーンライトながら】と同じ185系電車使用の列車として、同系列去就とともに今後の行方が気になる列車でしたが、 2019年春以降の運転はなくなったようです。

【はまかいじ】は、横浜と甲州・信州を横浜線・中央本線経由で運行。1994年春の臨時列車で登場、当初は甲府発着として運行されるが、松本まで延長運転されるようになります。運転日は概ね週末。横浜市や横浜線沿線から甲信方面への観光利用、また逆に中央本線沿線から横浜駅やみなとみらい地区へのアクセス列車として需要が高く、一時期元町・中華街や鎌倉方面への観光需要を開拓すべく、磯子駅や鎌倉駅発着便も設定されたこともあります。

しかし、横浜駅3・4番線にホームドア設置や185系電車の老朽化などにより、【はまかいじ】の存続も危ぶまれるようになります。結局、2019年春は臨時列車に登場することもなく、消えることに。185系の所属先である大宮総合車両センターからの回送ルートも複雑だったようです。

185系の後継であるE257系を【はまかいじ】に使用するにも、ATCとホームドアがネックであり、運行継続はならず。


(参考資料)
中央線臨時特急【はまかいじ】運行終了へ(鉄道ファンの待合室)
https://train-fan.com/hamakaiji/



JRの特急【成田エクスプレス】新宿ルートについて、少しレポートしてみたいと思います。

【成田エクスプレス】の新宿ルートといえば、「東京駅と新宿を結ぶ在来線特急」として何気に有名。東京駅~新宿間のみの移動手段としては実用的とは言えないが、東京~名古屋~大阪間などを「在来線特急縛り」で乗車するときの選択肢として、重宝されているそうです。

【成田エクスプレス】は成田空港から成田線・総武快速線を経由するため、東京駅では総武・横須賀線ホーム(地下)に発着。空港から東京駅までは横浜・大船方面行きと新宿方面行きが併結運転されます。東京駅で両系統の分割作業が行われます。横浜・大船方面行きはそのまま横須賀線を走行するのでわかりやすいが、問題は新宿方面行きのルート。新宿行きは東京駅を発車後、品川駅までは横須賀線を走行、品川駅で湘南新宿ライン(埼京線、山手貨物線)に転線するというものです。配線の都合上、新宿方面行きは品川には止まりません。

新宿から先、池袋経由大宮行きのほか、一部は中央線の高尾にも乗り入れます。2019年3月以前は、富士急の河口湖まで臨時で直通運転が行われたが、定期特急【富士回遊】の設定に伴い、延長運転は休止となっています。


以前、房総半島に存在した特急【すいごう】。

【すいごう】は1982年11月ダイヤ改正で登場。183系電車を使用、東京~ 佐原・銚子間(成田線経由)を結んでいましたが、他の房総特急に比べて影が薄く、あまり注目を浴びることはなかったように思います。しかし、それゆえに【すいごう】についてレポートしてみたくなるもの。

特急【すいごう】の前身は、急行【水郷】でした。房総地区主要幹線の電化完成後も、成田線経由の優等列車は急行(【水郷】【鹿島】)のみだったが、1982年11月ダイヤ改正で房総地区は特急に統一されました。成田線も例外ではありません。ただ、内房・外房線と異なり、観光・レジャースポットの少ない成田線沿線ゆえ、【すいごう】は運転本数が1日2往復と少なく、グリーン車なし、電車特急では珍しく非「L特急」でした。成田線の特急列車については、鹿島線鹿島神宮直通の【あやめ】もあるが、【あやめ】のほうが本数も多く存在感があります。なお、東京-銚子間は総武本線経由の【しおさい】が幅を利かしています。

【すいごう】は1985年ダイヤ改正より、末端区間の佐原-銚子間が普通列車に格下げ。その後も大きな変化はなかったと思われるが、高速道延伸整備に伴い利用客は減少する一方で、最終的に1往復に減便。そして、2004年には鹿島線直通の【あやめ】に統合され、列車名は消滅。

房総半島では、東京湾アクアライン開通後、全体的にJRの利用客減少傾向が強く、特に内房線【さざなみ】には信じ難いほどの大鉈を振るう始末です。さらに、成田空港特急増発と引き換えに、内房・外房方面の特急列車が京葉線経由に振り替えられ、千葉駅を通らなくなったことも、慢性的な利用客減の要因であると指摘されています。かつて、海水浴シーズンには全国各地から気動車を借り入れて大増発を奮い、電化後も平成初期までは夏ダイヤも特設されていたのに、ここまでの凋落ぶりとは・・・。


185系の余命宣言が出され、臨時快速【ムーンライトながら】(東京-大垣)も昨年末限りではと思われていましたが、今春も運転すると発表されました。

3月下旬に計18本運転、運転日は

●下り(大垣行き)
3月20日~28日

●上り(東京行き)
3月21日~29日

(運転日は始発駅基準)

の予定です。

今春より、 特急【踊り子】には豪華仕様の新型車両E261系(全グリーン車)を導入すると同時に、レギュラークラスの列車にE257系を改造転用し、185系などを置き換えることが決まっています。車両代替に伴い、JR東海区間(熱海-三島間)に跨る修善寺【踊り子】の存廃が心配されていたが、修善寺直通にも対応した仕様に改造されているようで、ひとまず安堵というところでしょう。

問題は、【ムーンライトながら】。185系が引退すれば、そのまま自然消滅になってしまうのでは、との見方が有力ですね。臨時列車化以降、年々運転日数は縮小傾向にあり、「青春18きっぷ」以外の利用者が減少しているとのことで、先細るばかり。JR東海区間乗り入れE257系が後任にとの期待もあるが、如何に・・・

臨時夜行快速「ムーンライトながら」今春は計18本運転(乗りものニュース)
https://trafficnews.jp/post/93019




全国各地で新幹線開通が相次ぎ、JR在来線の優等列車がゼロという県が増えています。

栃木県もその仲間に入ります。

栃木県は狭い内陸県だとイメージしていましたが、面積は全国第20位で、実は関東地方最大の面積です。栃木県内のJR在来線は、

東北本線(宇都宮線)、烏山線、日光線、両毛線

の4路線があります。東北本線はかつては優等列車(特急・急行)が賑やかに行き交う大幹線だったが、東北新幹線(盛岡)開通後、優等列車は大幅に削減。しばらくは、寝台特急や上野-会津若松間の特急【あいづ】などが残ります。また、青函連絡線開通に合わせて、本州と北海道を結ぶ寝台特急【北斗星】が新設され、東北筋に華やかさが戻るが、北海道新幹線開通を前に、【北斗星】も廃止。現在、東北本線を走行する優等列車はゼロです。

日光線は有名観光地・日光を控え、東京都心から優等列車が運行された実績はあり、「日光形」で親しまれ、準急用ながら特急形車両と同格の157系電車も配備されるなど、国鉄は日光への観光輸送に熱心でした。しかし、私鉄の東武鉄道に押され気味で、JRのほうは今一つ冴えない印象を受けます(近畿圏でいえば、近鉄に完敗の桜井線や和歌山線のような感じ)。現在、日光線に優等列車は運転されていないが、修学旅行列車や観光列車が乗り入れており、さすがに観光地・日光だけのことはあります。

両毛線は東北本線小山と高崎線の新前橋(群馬県)を結ぶローカル線で、群馬県側には高崎線経由の特急【あかぎ】【スワローあかぎ】があるが、両毛線内は新前橋-前橋間の1駅間のみ。東北本線の小山側から入る優等列車は現在運転されていません。かつては小山経由の急行【わたらせ】が運転されていました。


年々運転日が減らされる臨時夜行快速<ムーンライトながら>。

<ムーンライトながら>は東海道本線東京-大垣間にて運行される夜行快速列車。もとは、定期普通列車のいわゆる「大垣夜行」であり、 急行<東海>(153系→165系)の編成を使用。大垣夜行は「青春18きっぷ」だけで乗車できることから、シーズンには人気のある列車でした。しかし、運用区間がJR東日本とJR東海に分割、165系の老朽化も目立ち、急行<東海>とともに前途が気になるところだったところ、1996年新型車両373系(JR東海所属)に置き換えられることに。急行<東海>は373系の特急<東海>、大垣夜行は座席全指定の快速<ムーンライトながら>にそれぞれ生まれ変わりました。ただ、165系時代はグリーン車(サロ)2両連結されていたのが、373系は普通車のみに。せっかく新車に置き換えられたのだから、<ムーンライトながら>は安泰かと思いきや、2007年には<東海>廃止、<ムーンライトながら>も2009年より臨時列車に格下げに。JR発足当初は、JR東日本とJR東海が調整して大垣夜行続行便まで出していましたが・・・。

臨時列車化後は「青春18きっぷ」シーズンのみの運転となるが、年々運転日は減らされています。この夏の運転日は8月中のうちの17日間に決まりました。使用車両も373系から、のちにJR東日本の183系そして185系に替わるが、185系の引退も決まり、<ムーンライトながら>の存続が危ぶまれています。185系の後継にE257系が改造転用される予定ですが、JR東海管内への乗り入れはどうなるのか微妙なところ。わずかな区間ながらJR東海管内に乗り入れる修善寺<踊り子>も、廃止の可能性が取り沙汰されています。


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常磐線415系と東北本線(宇都宮線)211系のツーショットです。
これも過去のものとなりました。

常磐線の415系の塗装は、JR九州カラー(そしてJR西日本の旧・瀬戸内色115系)と似ていますね。JR九州には415系がまだ現役で活躍しており、常磐線から転入したものもあって、何かしらの不思議な縁がありますね(笑)。 

211系は、首都圏からはほぼ撤退、長野地区ローカル用に転用されました(一時的に房総各線に転属した時期もあったが)。


首都圏のJRでは、熱海-黒磯270km(上野東京ライン経由)といった長距離普通列車などが有名で、グリーン車に座って4時間以上の旅をゆったり楽しむこともできます。

首都圏の長距離列車といえば、東海道線・東北・高崎線系統だけではありません。実は、横須賀・総武快速線にも隠れた長距離列車が存在します(今年3月ダイヤ改正後も残っているんでしょうか?)。

それは、横須賀線の終点・久里浜発鹿島神宮行きの電車。神奈川県の三浦半島から茨城県に片足突っ込んだところまで、183km・4時間の旅となります。該当列車は、夕方の久里浜16:45発。車両形式はE217系。ただし、久里浜からの11両編成の車両は成田空港行きであり、鹿島神宮へは行きません。逗子で後側に付属4両の鹿島神宮行きを増結するというものです。久里浜からの11両編成にはグリーン車は連結されていますが、鹿島神宮行きにはそれがありません。鹿島神宮へ行くなら、逗子で車両を移る必要もあり、普通車ロングシートで長時間忍耐を強いられることになります(関西では和歌山線や紀勢本線の105系に座るような感じだろう)。それを避けるために、もちろん成田空港行きと分割する成田駅までグリーン車に座るのも有りですが、いずれにせよ別の車両に移る必要があります。

大船からは東海道線と並行するが、横須賀線は鶴見駅で東海道線と離れ、しばらく東海道新幹線と並行し、品川で再び東海道線と合流するもの、地下線に潜り込み、東京駅からは総武線(快速)に。地下区間は錦糸町(というより両国駅手前)まで。これより千葉まで、総武・中央緩行線(三鷹-新宿-両国-千葉間)と別線で並行します。両国駅はかつての総武本線の起点ターミナルであり、ここから房総各方面への優等列車も発着していました(大阪でいえば、関西本線の旧・湊町駅といった感じでしょう)。なお、総武快速線は両国には止まりません。

成田空港行きと分割作業が行われる成田駅までは2時間半。鹿島神宮へは、さらに1時間半の長旅が続きます。成田駅で線路は4方向(佐倉、我孫子、成田空港、銚子の各方面)に分かれますが、正式路線名は全て「成田線」となっており、ややこしいです。鹿島神宮行きは、銚子方向に向かい、香取から鹿島線に入ります。利根川を渡って、千葉県から茨城県に。霞ヶ浦の北浦を渡って、終点・鹿島神宮に到着。


近年の千葉県・房総半島をめぐる鉄道には、想像以上に厳しいものがあるようです。

かつては、夏に海水浴客で賑わい、非電化時代には全国各地から気動車を借り入れたり、ありとあらゆる車種を使ういわば「遜色急行」を大増発、また平成初期までは海水浴シーズンの特別ダイヤも設定されるなど、房総半島の国鉄・JRは大賑わいでした。

しかし、東京湾アクアラインの開通を皮切りに、房総半島における高速道路網が順次整備され、東京駅始発の特急列車も利用状況が悪化、減便・廃止が続いています。

それ以前に、内房・外房線に直通する特急列車が京葉線経由に振り返られた影響も大きいでしょう。京葉線は総武本線のバイパス路線として、東京湾岸沿いに1986~90年にかけて東京-蘇我間が順次開通。1991年、東京駅などから成田空港への特急<成田エクスプレス>が新設され、総武本線の線路容量がいっぱいになるため、内房・外房線への特急は京葉線経由に変更。

京葉線経由に変わって以降、房総特急の利用客が激減した理由に、

○県の代表駅である千葉駅を通らないこと
○東京駅の京葉線ホーム(地下)が他の在来線と離れていて不便

などが指摘されています。その後の東京湾アクアラインの開通や高速道路網の整備は、房総特急凋落に拍車をかけることになります。特に内房線にいたっては、君津以南の特急が事実上廃止になるという始末です。

内房・外房だけでなく、成田線~鹿島線に直通する特急も軒並み廃止されました。



 
JR東日本(特に首都圏)の発車メロディはバラエティ豊かで、聴いてて楽しくなります(^-^)
ものすごく洗練されており、JR西日本の駅メロディもこれぐらい充実していたら、と思うことがあります。


2020年度より横須賀・総武快速線にE235系が745両投入すると発表されました。
現行のE217系を全て置き換える模様です。
カラーリングはスカ色113系をイメージするものとなっています。

横須賀・総武快速仕様のE235系は普通車は全車ロングシートとなるようです。
首都圏の中距離電車として位置づけられ、113系の流れをついでE217系は普通車にセミクロスシートが採用されていましたが、E235系でこれがなくなるのは残念です。

総武本線の東京口(錦糸町-千葉間)は、見かけ上は複々線ですが、総武・中央緩行線(普通電車)と横須賀・総武快速線(快速電車)が別線扱いで運行されています。したがって、普通・快速の乗り換え(緩急連絡)は京阪神地区のJR京都線・神戸線などと異なり、ホーム上で乗り換えることは不可能、連絡橋を渡って別のホームへ移動する必要があり不便です。

横須賀・総武快速線にE235系、2020年度から745両 普通車セミクロスシートなくなる
https://tetsudo-ch.com/281354.html



JR東日本とJR東海を跨ぐ列車は、信州地区を中心にかなり多く存在します。

JR発足当時に比べて両社間を跨ぐ列車は相当減りましたが、現在残っているものとして

特急<しなの>【名古屋-長野】(383系)
中央西線普通列車【中津川-松本】(313系、211系)
飯田線【豊橋-上諏訪】(213系、313系)、快速<みすず>【天竜峡-松本-長野】(211系)
東海道本線【東京-沼津】(E231系)
寝台特急<サンライズ瀬戸・出雲>(285系)
臨時快速<ムーンライトながら>【東京-大垣】(185系)

が挙げられます。

かつては、東海道本線東京-静岡間を直通する普通列車および急行<東海>などもありました。<東海>165系引退により373系特急に生まれ変わると同時に、「青春18きっぷ」シーズンに大人気の大垣夜行を座席指定の<ムーンライトながら>に代替して存続するが、その後東京-静岡間直通列車が大幅に削減、<東海>も廃止され、<ムーンライトながら>は臨時化。113系引退に合わせ、会社境界の熱海で基本的に乗り換えることになりました。臨時<ムーンライト>は現在185系(JR東日本所属)で運転されているが、185系の引退も決まっており、その後の存続は厳しいと見られています。

東京から西日本・九州各方面への寝台特急(ブルートレイン)もJR発足当時はかなり多く運転されていたが、客車の老朽化などを理由に相次いで廃止、需要が旺盛と思われていた急行<銀河>【東京-大阪】すらもまさかの廃止とは驚かされたものです。現在残っているのは、<サンライズ瀬戸・出雲>(285系)のみとなっています。ただ、近年、出雲大社が心霊スポットとして大人気で<サンライズ出雲>の利用客が多く、GW・帰省ラッシュ時などを中心に臨時便も設定されたり、また<サンライズ瀬戸>は金比羅山への観光利用を見込んで土讃線琴平まで延長運転されています。

<ワイドビューしなの>(383系)も2016年まで1往復だけ大阪直通があったが、これも廃止。俗に言う「大阪しなの」であり、JR東日本・東海・西日本3社を跨ぐ唯一のロングラン特急として注目でした。


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まだ中央線は201系が元気に活躍していました。



国鉄一般型気動車キハ40系。
キハ40・47・48の3形式で総数888両、北海道から九州まで全国各地にばら撒かれたのは周知の通りです。ただし、都道府県によってはばらつきがあります。

まずキハ40系定期運用のなかった都道府県は、

千葉県、神奈川県、山梨県、静岡県

の4県が挙げられます。キハ40系が登場する頃、千葉県内は支線の久留里線・木原線を除いて電化済み、両線ではキハ35系が活躍していました(キハ40系製造終了後、少数のみ製造のキハ37が配置)。神奈川県も非電化区間は相模線のみであり、こちらもキハ35系が主力。山梨県は小海線だけが非電化ですが、標高日本一の野辺山駅を抱えるだけあって急勾配対応にキハ52・55・58の2エンジン車を専ら使用。あと、静岡県は二俣線(→天竜浜名湖鉄道)のみが非電化で、キハ20の独壇場でした。


キハ40系の運用がなさそうで過去に定期運用の存在した都道府県は、

東京都、埼玉県、群馬県、茨城県、長野県、滋賀県、福井県、大阪府、奈良県、和歌山県

が挙げられます。

まず、東京~埼玉~群馬3都県に及ぶ八高線では例によってキハ35系が主力でしたが、キハ45やキハ40も時折組み込まれていました(その後、八王子-高麗川間電化直前にはキハ35系およびキハ38オンリーとなり、1996年同区間電化以降、非電化区間はキハ110系に置き換え)。群馬県については足尾線の運用もありました。茨城県については水郡線があり、東日本では珍しくキハ47(0・1000番台)も投入。水郡線ではキハ40系のほかキハ45やキハ35、そしてキハ58系など雑多な形式が見られました。長野県は標高の高い山岳地帯ゆえキハ52やキハ58など2エンジン車が多い印象を受けるが、飯山線には豪雪地帯ゆえかキハ40-500番台・キハ48も投入されました。

滋賀・福井両県にまたがる北陸本線彦根・米原-敦賀間と湖西線近江今津以北では、交直流セクションを控えるため、普通列車では気動車運用(敦賀機関区)もあり、主にキハ40・48が使用されました。雪の多い地域にもかかわらずキハ40は暖地向け2000番台が投入される一方、キハ48は準寒冷地仕様の0番台・1000番台のみを配置(キハ48-0・1000番台の両数はごくわずか)。また、福井県若狭湾沿いの小浜線には敦賀区のキハ58系やキハ48のほか福知山区のキハ47も乗り入れていました。このほか、滋賀県内では三重県と結ぶ草津線でも1980年電化までのわずかな間だったが、キハ40系(亀山機関区)の運用が存在していました(草津線についてはキハ35系が主体。一方、信楽線は急勾配路線ゆえ2エンジン車のキハ58・55・53などを中心にキハ35も連結)。

大阪府内でも過去にキハ40系の定期運用列車は存在しており、片町線長尾-木津間(大阪府区間は京都府境までのわずか1kmほど)と福知山線普通列車(大阪府内区間は東海道本線大阪-尼崎間のみ)が該当します。さすがに大阪駅にキハ40系(キハ47)が定期列車で乗り入れていたとは驚きでしょう。臨時列車も含めば、関西本線湊町(現・JR難波)発着伊賀方面ハイキング号にキハ40系が連結されることもあったらしく(キハ58系とキハ35が主体だが)、したがって天王寺駅にキハ40系が乗り入れていた可能性もあります。

奈良県についてはキハ35系という印象が強く、キハ40系は馴染み薄いようです。実際、キハ40系が製造される頃は県内の桜井線・和歌山線も電化開業(1980年)、非電化で残った奈良駅以北の関西本線・奈良線・片町線(主に京都府南部)でキハ40系の運用がありました。奈良県内からキハ40系が姿を消したのは関西本線亀山-加茂・奈良間普通列車が全てキハ120系に置き換えられたとき(1994年)。奈良線・片町線はもちろん電化されています。

和歌山県内の一般型気動車はやはり和歌山線キハ35系のイメージが強いが、紀勢本線新宮以東・三重県内区間普通列車ではキハ40系がキハ35系やキハ58系ほかと混結で運用されていました。2016年春に紀勢本線からキハ40系が引退、キハ25系に置き換えられたことは記憶に新しいですね。


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よく考えたら、北近畿地区のJR線(JR西日本福知山支社)と房総各線(JR東日本千葉支社)は意外な類似点がかなりあるように思われます。

国鉄時代はともかく、近年の北近畿地区のJRは電車特急が幅を利かせていて運転系統がやや複雑で種類も多く(<こうのとり><きのさき><まいづる>)、その割に高々150km程度の短距離という点で、房総各線の優等列車との類似点が見いだせます。しかも最近まで(国鉄特急色)183系を使用していた点でも共通しています。ただし、福知山の183系は485系を直流化改造したものであり、東日本地区の純正183系とは異なります。かつては北近畿といえば京都・大阪と山陰を結ぶ長距離気動車特急<まつかぜ>、急行<だいせん>、東京からの寝台特急<出雲>や長距離客車鈍行の表舞台だったところですが、電化区間延伸と引き換えに長距離列車は廃止、短距離特急ばかりとなって面白くなくなりました。

このほか、113系が近年まで残っていたことでも北近畿と房総地区は共通していると言えます。ただし、北近畿地区の113系はワンマン・短編成改造を受けたものがほとんど。


昔のある旅行記について書きたくなりました。

今回は21年前の9月中旬、「青春18」シーズンが過ぎた頃のもの。

それは、片町線の河内磐船駅から八王子まで、片道きっぷの旅。
目的は八王子近辺の大学の学会を聴きに行くことでしたが、「青春18」も過ぎてしまい、かといって単純に新幹線の往復だけでは面白くない。

そこで、少し変わった経路で学割使って片道きっぷの旅をすることにしました。
経路は、

河内磐船→(片町線)→木津→奈良→加茂→亀山→名古屋→(新幹線)→静岡→熱海→茅ヶ崎→(相模線)→橋本→八王子

河内磐船駅の窓口に「八王子まで」と伝えたら、「新幹線ですね?」。

「木津まで出て関西本線で名古屋、そして東海道本線で茅ヶ崎から相模線で・・・」

駅員さんもさすがにびっくりしたらしく、しかしこの物好きな私に快くきっぷを発行していただいて感謝。当時の河内磐船の駅員さんは面白い人だったように記憶しています。

快速・木津行きに乗り込み、少し時間があったので奈良に寄ってみました。
木津-奈良間は2回通るので、正式には別の乗車券が必要となるところだが、確か折り返し乗車の特例があったように思います(急行<かすが>が木津を通過するため)。
奈良駅の売店で駅弁を1個購入。いわば普通の幕の内だったと思いますが、当時はJR奈良駅に駅弁販売があって有りがたかったですね。加茂発亀山行き普通列車の車内で食べました(キハ120のクロスシート)。

名古屋からは東海道本線普通・快速乗り継ぎを予定していたが、これだとさすがに疲れそうなので、静岡まで新幹線でワープ。普通乗車券使用なので、特急券だけを買えば良いのは助かります。浜名湖あたりの景色が一番印象に残ったかな・・・。

静岡から先の東海道本線についてはあまりよく覚えていません。

茅ヶ崎で電化開業から5年余りの相模線に乗り換えました。少し昔までは神奈川県最後の非電化路線としてキハ35系が活躍していたし、寒川支線なんかもあったようですね。日が暮れる時間に乗ったので、沿線風景はよくわかりません。

八王子駅で夕飯用に駅弁を購入。どんなものだったかは定かではないが、おかずの鶏肉が美味しかったように記憶しています。

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常磐線と運用のつながっている成田線(成田-我孫子)にもE233系が入っています。
成田駅にて2005年3月撮影。

(追記)
この写真の車両はE231系のようですね。
最近の首都圏の車両の移り変わりにはついていけません・・・


JR東日本仙台支社で本年10月にダイヤ改正が実施すると発表されました。

http://jr-sendai.com/upload-images/2017/07/20170707.pdf

主な内容は、黒磯駅電力設備改良工事に伴う、東北本線黒磯-新白河-郡山間の輸送体系の変更。
すなわち、新白河駅で普通列車の運転系統を分割、黒磯-新白河間列車に使用する車両を
E531系とキハ110系に変更する予定です。
新白河以南への交流電車(701系ほか)の運用は廃止されるようです。

E531系は常磐線や水戸線で運用中(勝田電車区所属)のものを使うと予想されますが、
気動車も使用するとはサプライズですね。

従来の701系よりもE531系のほうが編成が長いゆえ、座席数が増えるのは改善と言えるでしょう。

ただし、県境に当たるため、輸送量の少ない区間ということで、一部減便されるようです。


1996年3月、東京からの帰りに「青春18きっぷ」で、大阪(天王寺)までやや遠回りの旅に出た。
乗車経路は、確か

上野→小山(東北本線)
小山→前橋(両毛線)
前橋→長野(信越本線)
長野→松本(篠ノ井線)
松本→中津川(中央本線)
中津川→名古屋(中央本線・快速)
名古屋→亀山(関西本線)
亀山→加茂(関西本線)
加茂→天王寺(関西本線・区間快速)
天王寺→京橋(大阪環状線内回り)

だったと記憶している。

長野(北陸)新幹線開業を翌年に控えて廃止された碓氷峠(横川-軽井沢間)を列車で通ったわけだが、実はこれ一度のみだった(もっとも、ここを訪れた一番の目的は、「乗りつぶし」だった)。残念なことに、確か碓氷峠辺りでは車内で爆睡していたかと思う。「峠の釜めし」で有名な横川といい、非常にもったいないことをしてしまった。長野新幹線開通後、信越本線の軽井沢-篠ノ井間は「しなの鉄道」に転換される。その後、北陸新幹線開通と同時に長野-直江津間もしなの鉄道・えちごときめき鉄道に転換され(北陸本線金沢以東も同様)、長野から北陸方面へJR在来線のみで移動するのは困難となった。

一番の目当ては、中央西線木曽ローカル(松本-中津川間)の165系だった。国鉄急行色で最後のがんばりを見せ、1990年代後半ごろ、時々大阪から無理矢理日帰りで松本への旅に出ることがあった。山深い木曽路の景色が何よりだった。一度、中津川駅で釜飯の駅弁を買ったこともあるが、中津川の駅弁販売はなくなったようだ。ちなみに中津川といえば「栗きんとん」でも有名だ。

名古屋からは関西本線に乗る。東海道本線米原経由のほうが早くて便利だが、やはり少し変わった経路を取りたいこともあって、確実に座れる関西本線を選んだ。

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1996年12月、「青春18きっぷ」で関東・南東北へ2泊3日の旅に出た。
水郡線全線を乗り通す(上菅谷-常陸太田間の支線は未乗車)。
途中の常陸大子駅では、キハ110系のほかキハ40も休んでいた。
現在、キハ110系に代わりキハE130系が水郡線で活躍している。

郡山駅で途中下車し、市街地のパチンコ店で豚汁を振舞っていたのを思い出した。
郡山からは磐越東線~(いわき)~常磐線経由で都内へ戻ったと記憶している。
いわきからの常磐線は415系電車で113系とスタイルは全く同じ、車窓から太平洋を眺め、はるか遠くの米大陸へ思いを寄せながら、ひたすら考え事をする。


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中央線で活躍していた201系です。
2006年3月のときのもので、E333系への置き換えが始まると同時に、西の大阪環状線に201系が転用されオレンジ色に塗り替えられ始めた頃でした。ただし、大阪の201系は、N30改造工事を受けてかなり印象が変わったため、原型201系のオレンジ色を見ることはありませんでした。
国鉄時代に環状線に201系が投入されるという話もあったような記憶がありますが、実現したのは20年以上も後のことですね。その後、首都圏では実現しなかった黄緑色の201系が大和路線(関西本線)に登場したりと、大阪圏の国電は20年以上前の首都圏をいくような感じでした。
今年12月から環状線で323系の営業運転が始まり、201系が追われる予定です。


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10年前、2006年の上野駅でのツーショットです。
常磐線415系銅製車と宇都宮線211系で、国鉄末期~JR誕生初期のおなじみの顔ぶれですが、415系を見ることはできません。211系は信州および前橋ローカルに転用されています。

1991年12月下旬、生まれて初めて東京旅行をする。
大きな目的は、東京圏のJR各線をできるだけ多く乗りつぶすこと。関西の青年鉄道ファンなら、一度東京を訪れ、複雑な首都圏の各路線を乗り回ってみたいと思うことだろう。

大掃除や正月準備で忙しい時候にもかかわらず、学生だった私はこの慌しさから逃れようと、親や家族に嫌味を言われながらあえて旅行に出た。周りの空気を読まずに行動してしまったが、少なくとも正月を迎えて落ち着いてから旅行すれば、周りの人たちもそれほど角が立たなくて済んだのではないか。いかに当時の私自身が非常に幼稚だったのかを思い出すと情けなくなる。

さて、この旅行は確か3泊4日の行程だったのかな。
初日は京阪高速バス枚方新宿線で車中泊。枚方市駅までのバスで運転手と少し談話になって、「東京へ行くんやったら新幹線が一番ですわ」と運転手がおっしゃってた。

翌朝、定刻より早めに新宿バスターミナルに到着したのち、さっそく「青春18きっぷ」1日目を使用。
具体的にどういう経路を巡ったのか、どんな食事をしたのかは覚えていないが、秋葉原駅から総武緩行線103系に乗り込んで、さっそく首都圏の通勤地獄を体験。首都圏の通勤ラッシュは大阪の比ではないということを知る。

その後、山手線、埼京線、京葉線、東金線、川越線、横浜線は乗車したように記憶している。千葉は113系が多く(非冷房車も残っていた)、八高線は当時全線非電化でキハ35系がまだ活躍していた。

宿泊は学生の身分なので、ユースホステスに泊まる。宿泊地はなぜか交通の不便な山梨県富士吉田を選び、大月から富士急行に乗ったと思う。富士吉田は雪が積もっていた。1991~92年冬は1980年代後半から続く暖冬傾向だったが、91年年末は厳しい寒波が訪れた。観光シーズンは終わって年末の忙しい頃なので宿泊客は私一人だけで寂しかった。

翌朝、中央線の電車で再び東京都心へ向かうが、とにかく時間がかかる。東京都市圏は広いと実感(近年、「東京近郊区間」が福島県や長野県にまで及んで巨大化)。


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京葉線205系

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埼京線205系

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川越線103系と八高線キハ35系との顔合わせ
(高麗川駅)


最終日前日の晩は横浜→上野(京浜東北線?)と回り御徒町近辺を徒歩で散策したかと思うが定かではない。その後、「大垣夜行」続行便を待つために東京駅ホームに座って並ぶ。来た電車は167系アコモ改造車(リクライニング)だったような記憶がある。明朝名古屋到着後、さっそく武豊線の気動車に乗り込む。朝の通勤ラッシュに備え、急行「かすが」用キハ58+65にキハ47などを連結した長い編成だった。

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武豊線の気動車(キハ47が先頭)

武豊駅からそのまま同じ車両で折り返す(名古屋到着後、「かすが」編成は切り離され、8時40分ごろ発の奈良行き「かすが」となる)。
その後、名古屋市街地を少しバスで回ったあと、太多線に乗るために、名古屋→多治見→美濃太田→岐阜→名古屋と回り、昼時を迎える。武豊線も太多線も、風光明媚な観光路線というわけではなく、景色を楽しむというよりは列車に乗るということが目的だった。

午後からいよいよ大阪への帰路につく。関西本線経由で湊町(現・JR難波)に寄り道することにした。

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キハ11と奈良行きキハ58とのツーショット(亀山にて)

亀山-加茂間は既にワンマン運転が始まっていたが、キハ58系がまだ残っていた。しかも数少なくなった奈良直通列車に乗れた。加茂到着前までほぼ爆睡していたように記憶している。奈良で乗り継いで終点・湊町到着後、なんばウォークを通って御堂筋線→京阪で枚方へ戻る。

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国鉄時代末期の1986年に1編成だけ試作製造されたVVVF制御車の207系900番台。
常磐快速~地下鉄千代田線に配置されました(→JR東日本に継承)。
サイドビューは当時量産中の205系と同じ、顔は四国向けの近郊型電車121系(→7200系に改造中)と似たようなスタイルです。

その後、JR発足から5年経過して、JR西日本において片福連絡地下線(=JR東西線)開通を前後して207系を名乗る新型通勤型電車が量産投入されるようになりました。国鉄→JR東日本に1編成だけ在籍している900番台とは形式番号は同じで、地下線乗り入れ用であることと制御方式もVVVFという点では共通しているが、車体デザイン・インテリアなどは全然違うスタイルで、まるで別物です。

この207系900番台は既に廃車され、E233系に置き換えられました。

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JR京都・神戸線(京阪神緩行)で活躍していた頃


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大阪環状線転属後、しばらくはJR京都・神戸線時代の青色だった 方向幕も懐かしい


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見づらいが京葉線東京駅地下ホーム


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