カテゴリ: 枚方・交野・寝屋川・京阪沿線の話題など


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寝屋川市仁和寺交差点。

大阪府道r13・r15・r18(旧道)などの交わる複雑な六差路交差点をしています。

この交差点について、一つ気になったのは、r18に向けられた案内標識(写真)。ヘキサ「15」(r15【八尾茨木線】)の「Hiejima」という難しい漢字の地名ですが、どこの市にあるのかを地図で調べたら、門真自動車試験場前からさらに南へ進み、第二京阪門真IC北側のところ(「桑才」交差点)です。慣れない人にはわかりにくいと思います。市名である「門真」のほうがわかりやすいと思いますが・・・。

この交差点には、京阪バス「仁和寺」バス停があります。のりばが5箇所に分散されており、少しわかりづらくなっています。上の標識の案内に従って、r15には、【1】【1A】【6】号経路(黒原経由大日駅・守口行き)が通ります。

ちなみに、標識の下に映りこんでいるバスのりばは、r13を北(すなわち、標識の「大阪」とは反対方向)へ直進する【4】寝屋川市駅行きと【9A】摂南大学行き用です。寝屋川市駅行きは経路の異なる他系統が複数存在しており、別の2ヶ所から発着しています(最も本数が多いのは、r18東行きのりばで吉野家の隣にある)。





くずはモール南館1階にあった鉄道模型の店、ポポンデッタくずは店。

最近、くずはモールに行くことが少ないが、2017年8月閉店後、そのスペースは入れ替わりが激しくなっているようです。

ポポンデッタ
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ガチャコーナー
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100円ショップ DAISO
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ガチャコーナー

100円ショップDAISOがここにあったとは知りませんでした(DAISOは現在、2階で営業中です)。

もう少し有効に活用できないものでしょうかね?? ポポンデッタの撤退が惜しまれます。
 


香里団地にある「桑ヶ谷」バス停。
「桑ヶ谷」バス停は、「香里ヶ丘2丁目」交差点の前後に設置されています。



「桑ヶ谷」バス停北東には枚方市立南部市民センターと桑ヶ谷公園、南東には生鮮食品館トップワールド(旧・香里ヶ丘トップセンター)があります。

枚方市立南部市民センターは、元は確か水道の処理施設だったように記憶しています。

交差点北西角のところに、枚方市駅行きバスのりばが設置されています。最近まで、この角には有恵会病院があったが、さくら通り(香里ヶ丘5丁目)へ移転したため、建物は取り壊されました。1枚目の写真がその様子です。

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病院跡が更地になっており、向こう側(宮ノ下町)の田んぼや山田神社の森まで見渡せるようになっています。跡地には新しい建物が作られる予定なので、こんな点景が見れるのも今だけ。

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2枚目の写真は、「桑ヶ谷」バス停南行き(香里園・枚方公園・釈尊寺団地方面)のりばから、同じ枚方市駅方面を向いて撮影したもの。南行きのりばにはバスベイが設置されています。バス停南東すぐのところに、生鮮食品館TOP WORLD(旧・香里ヶ丘トップセンター)があります。写真右側の建物は南部市民センター。

今から10年ほど前に同じ方角に向けて撮影した写真もアップ。有恵会病院が健在でした。この界隈では日野HRロングもよく見かけたものです。

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TOP WORLDの建物です。かなり広いですね。元々はボーリング場だったようです。

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香里団地は、かつて戦時中、旧東京第二陸軍造兵ショウ香里製造所でした。片町線星田駅から香里製造所への引込み線が敷設され、枚方市駅と香里団地・茄子作方面を結ぶバス通りの一部が引込み線の跡となっています。ちょうど現在の南部市民センターのところが、引込み線の終点でした。

戦後、日本住宅公団(UR)が香里製造所跡地を開発して香里団地を建造。1958年の完成当時、香里団地の規模が世界各国で話題となり、「東洋一のマンモス団地」と呼ばれました。1998年から建て替えに合わせて高層化され、完成当初とは景観が大きく変わっています。



2019年10月1日より、枚方市のJR津田駅と大阪国際空港(伊丹)を結ぶリムジンバスが運行開始すると発表されました。運行会社は京阪バスと大阪空港交通。運行経路は、

JR津田駅~高速京田辺~【第二京阪・京滋バイパス・名神】~名神高槻~大阪国際空港

で、一旦京都府に入る遠回りルートのように見えるが、高速道を走行するので所要時間は約60分です。

今回の津田大阪空港線のニュースには驚かされました。まず、なぜ枚方市駅や樟葉駅、長尾駅、松井山手でもなく津田駅が選ばれたのかが気になります。過去に枚方市駅・樟葉駅・松井山手と伊丹空港を結ぶリムジンバスが運行されたこともあるが、惜しくも短命に終わりました(当時は京滋バイパス久御山~大山崎間開通前だったので、R1枚方バイパス~近畿道経由)。津田駅発着となった理由として、まずJR学研都市線沿線からの集客は容易に推測できます。ほかに、駅前周辺の道路環境が比較的良いということでしょうか。すなわち、津田駅前は長尾駅前ほどの渋滞は起こりにくく、高速道に入るまでのルート(倉治から回って学研枚方南IC)も比較的短いと。近隣の交野市内からの利用も意識しているものと思われ、京阪交野市駅までの延伸も視野に入れているのかもしれません。また、近い将来、新名神高槻~八幡京田辺間が開通すれば、そちらに経路変更することは想像に難くありません。

https://www.keihanbus.jp/news/sysimg/00580/link_QOc9K.pdf


ひらつーさんの記事に、JR大回り乗車体験談の記事がアップされています。

JRの大回り乗車で長尾から三重・滋賀・和歌山・奈良へ120円で行ける!
http://www.hira2.jp/town/jr-20190914.html

JRの大都市近郊区間内(東京、大阪、福岡、ほか)での「大回り乗車」が、鉄道ファンばかりか一般の人にもかなり広く知られて久しく、メディアやネットでその豊富なノウハウが共有されていることとと、改めて感じました。

ひらつーさんの記事で紹介されている乗車ルートは、

長尾→木津→加茂→柘植→草津→(米原)→近江塩津→(京都)→大阪→和歌山→高田→王寺→久宝寺→放出→藤阪

で、長尾-藤阪間120円の乗車券で、距離にして500km以上、所要時間14時間も電車の中で過ごすというものです。ただし、以下の条件

○経路の重複不可、同じ駅を繰り返し通らない(つまり線路は一筆書き)
○途中下車不可(降りたら差額を支払う)
○大都市近郊区間外へは出られない
○きっぷを購入した当日のみ有効


が付きます。上記ルートを正規運賃で旅すると、合計9,400円(120円の78倍!)にもなるとのこと。



小学校の運動会について。

「運動会は嫌いだった」という人は意外に多いようです。私も運動会はあまり好きではなかったかな。 でも、おふくろに作ってもらった弁当ののり巻き・稲荷や、デザートに初物の青いみかんを食べたのは、良い思い出ですな。

さて、小学校最後・6年の運動会ですが、実を言うと恥ずかしいこと、やらかした失敗が多かったです。私・管理人には組み立て体操が何よりの恐怖でした。特に「ピラミッド」。近年、「ピラミッド」は危険なので控えるようにと、行政から厳しい指導が言われているそうですが。腕力に自信のない私は下の段だったようで、上の段の体重を支えきれずにエラーをやらかし、咎められたのが辛かったです。私の失敗ゆえに、下の段の人に怪我させてしまう可能性だってあることを思うと、本当に恐ろしいです。運動会本番のときも失敗に終わりました。

そんな運動会の練習の最中、9月は学校を休んだり早退することがありました。まず、実は大してしんどくはなかったものの風邪気味で、「足が痛い」と訴えて保健室で寝込み、早退(その後、実際に発熱したが)。そして、その2週間ほど後に、今度は下痢からくる胃腸風邪で、学校を一日休みました。風邪を引いてしまったのは事実とはいえ、運動会の練習から逃げているように思われても仕方ないでしょう(むしろ健康管理をしっかりしているのかと疑われそうだ)。

しかし、中学校の体育の時間が本当の「地獄」だったことに比べれば、小学校の運動会は、まだかわいいものだったと思います。






きのう、枚方市長選が告示されました。投・開票日は9月1日(日)。

立候補者は、大阪維新の会の現職と、自民党の新人の対決で、盛り上がりに欠けるようです。 おそらく、現職再選の勢いでしょう。

今や、「反維新」だけで自民党に票が集まりそうにはありませんね。大阪自民や公明も維新の「都構想」に降伏してしまったし。これで、共産党や立憲民主党などが、「反維新」で自民系を支援する理由が消失したので、今こそ立憲野党が堂々と「反維新」を掲げて積極的に立候補し、大阪での陣地回復を希求したいところです。この間、共産党が自民系を支援していたがために、維新へ流れた共産支持層も少なくないようですから。



小学校の授業で、「片」という漢字を習ったときのことを思い出しました。

「片」(かた)という漢字には、「2つそろったものの一方」「少ない、わずか」の意味を持ち、この漢字の入る語句に、

片方、片付け、片手間、片親、片思い、片時

などが挙げられます。

私をはじめ、昭和生まれの北河内の鉄道ファンなら、「片」といえば、

片町線

が思い浮かぶ、という人も少なくないでしょう。

片町線は現在のJR学研都市線のことで、今も「片町線」が正式名称となっています。もともと、片町線は関西本線・奈良線と接続する木津駅(京都府木津川市)を起点に、生駒山系山麓に沿うようなルートで京田辺・長尾・星田・四条畷・住道を回り、大阪市の東の繁華街・京橋(大阪環状線、京阪と接続)から、さらに一歩先の片町駅に至る路線でした。「片町線」の由来はその片町駅にあります。片町駅は、京阪の京橋-天満橋間のところにあり(かつて京阪にも「片町駅」があった)、大阪城に近いところですが、JR東西線(京橋-尼崎)開通と引き換えに廃止され、現存しません。それにもかかわらず、正式名称は「片町線」のままです。

国鉄時代は、京都府側の木津-長尾間は単線非電化、大阪府側の長尾-片町間は複線電化と完全に分断状態で、各駅停車(普通)オンリーで列車本数も多くなく、「牛より遅い片町線」と揶揄されるほど不便でした。JRになってさっそく「学研都市線」の愛称が付与されイメージチェンジを図り、ほどなく全線電化開業、そしてJR東西線開通などを通じて、都市鉄道に大きく変貌しました。

「学研都市線」という名称が定着した今では、「片町線」という名称を知らない人のほうが多いのかもしれません。


ひらつーさんの記事に掲載されましたが、枚方市北山・大阪工大キャンパス向かいのスーパーナカガワが9月30日に閉店されることになりました。

ナカガワのある場所には以前、旧・マイカル系列の「枚方北山サティ食品館」がありました。 ナカガワと同じ建物内にはドラッグストア・アカカベも入っています。

ごくたまに、北山のナカガワに寄ったことがあるが、客はまばらだったと思います。イートインコーナーも専らフリースペースの休憩室と化していて、誰も座っていませんでした(大学開講時は賑わっているんでしょうか)。今度のナカガワ閉店で北山地区から二度目の生鮮食品スーパー撤退ということになり、なかなか定着しないみたいですね。近くに万代2店舗あるが、北山地区内にもスーパーは欲しいところでしょう。ナカガワの後釜として、フレスコあたりの出店が考えられそうですが、如何に。

そういえば、ナカガワの斜め向かい角にセブンイレブンもあったけど、なくなってしまったんですね。

スーパーナカガワの本社は近隣の長尾家具町にあり、枚方・八幡・京田辺市に店舗網を張っています。以前は高槻・茨木にも店舗があったように記憶していますが。


京阪バス「1Dayチケット」の前身と言える「枚方市内一日乗車券」。 

自由利用範囲は、「枚方市内の京阪バス路線」だが、もう少し詳しく言えば、

<京阪香里園~京阪交野市駅~津田駅>以北、<枚方市駅~枚方公園口>以東、穂谷口・宗谷以西、<樟葉駅~あさひ>以南

で、少しだけ寝屋川市・交野市にも跨っていました。主に香里団地営業所管内路線と枚方営業所管内の大部分(新田辺・天王・八幡方面、その他京都府内路線を除く)で利用可能でした。高槻・茨木・寝屋川・門真方面や、京阪宇治交通などの他社線ではもちろん不可能。

価格は確か800円で、現行「1Dayチケット」(大阪・京都・滋賀地区のほぼ全路線で利用可能)の650円よりも高かったが、1980~90年代当時においては枚方市近辺を自由に周遊できる貴重なチケットでした。発売箇所は枚方市駅案内所・枚方営業所・香里団地営業所に限られていたこともあり、あまり一般的には知られていなかったようです。今更ながら、これをもっと有効に使って充実した休日を過ごせたはずだと後悔しています。

例えば、高校の夏休みとかに、「一日乗車券」を使って枚方市内の図書館をハシゴしたり、王仁公園プールで泳ぎ、そのついでに面白い路線で寄り道することもできた。「雨ばかりで自転車で遠出できない」と腐っていては、実にもったいない話ですね。バス車内では読書や受験勉強等で時間を有効に使うこともできるし(ただし、勉強は英単語などの暗記物に絞るほうがよいだろう)。


2ヶ月ほど前の話ですが、交野市内の某交差点にて信号無視の乗用車を見かけました。 
その信号無視も、前で順当に信号待ちしている車を平気で追い越し強引突破、というものだったと思います。ちょうどその交差点を歩いていた私自身、傍目にも不快感を覚えました。

というのも、数年ほど前、自分勝手な「老害」の車に添乗させていただいたときの「トラウマ」があるので。その「老害」の運転はとにかくヤバイ、とみんな言ってました。よほどの方向音痴なのか、カーナビに異様にしがみつき、それにもかかわらずやたら道を間違えて迷走、待ち合わせの時間に遅れることも一度や二度ではない。地下鉄に乗れば10分で行けるところを、彼の車で送り迎えすれば1時間なんてことも。道を譲ってもらってもお礼の合図一つも無いし、バックで車庫に入れるときもスマホを片手に握っておしゃべり、・・・。われわれ同乗者皆、誠に見苦しく不快感が募るばかりです。この「老害」は、大した用もないのに頻りに電話帳登録の知人に片っ端からスマホをかけまくる癖があり、朝忙しい時や夜遅い時間も、相手の状況も完全無視のKYな自己中で困ったもの。

人の悪口を書いてしまいましたが、自分勝手なドライバー・ライダーは随所でよく見かけます。私も煽られるなどの嫌がらせされることがあります。なぜかよくわからんが渋滞していると思ったら、自分勝手な迷惑駐車のせいだった、とかということもありがちですね。


私の高1の夏休みといえば、あまり楽しい思い出がなかったというのが正直なところ。

どうも、高1の1年間は、風邪や天候不順のために休日を満足に楽しめないことも多かった。入学式前の春休みはせっかく受験から解放されたというのに、風邪で熱が出て寝込んでしまうし、GWには胃腸風邪(下痢、発熱)にやられ、夏休みは雨の多い天候不順。この年の夏は長期予報では暑い夏になるということだったが、予想に反して梅雨明けは遅れ、盛夏期も太平洋高気圧の勢力が弱くて雨の降りやすい不安定な天気が続きました。本当に運が悪いと言うやら。

このとき、私が一番こだわっていたのは、北摂・丹波の山々へ自転車で遠征すること(サイクリング)でした。雨の心配があれば、当然のことながらサイクリングに出かけづらいですね。しかし、サイクリングを楽しめなかったのも、天候不順や病気のせいばかりではなく、前年夏に無鉄砲をやらかしたために家族に心配をかけたことも響いたのでは、と思います。

すなわち、夏休みの終わりに、→高槻→亀岡→(R372)→篠山市福住→(R173)→池田→というルートを強行軍で回り、帰りが遅くなったことがありました。それだけならまだしも、亀岡市街地でタイヤの空気が抜け、パンクではないかと自転車屋さんに駆け込んで修理を頼んだらお金が足りなくて、慌てて自宅に電話。しかし、そうこうしているうちに虫ゴムを取り替えただけで、有り難い事に回復。親の言うとおりに従って素直に帰路についたほうがよかったところを、「おお、やったぜ」と調子に乗り、さらに遠いところまで行ってしまう無鉄砲をやらかしたのがまずかったようです。京都・兵庫府県境(天引峠)を越えたあたりまで来ると、さすがに「果たして夜遅くならないうちに帰れるんだろうか?」という不安が過ぎり、焦燥感に駆られながら、R173・天王峠をくたばりかけて半押し・・・。

ここで学んだ教訓は、自転車旅行といえども、旅費は「ただではない」ということ。確かに交通費・ガソリン代は無料だが、食事代や飲料代は不可欠だし、パンクその他故障、異常天候など不意の時には思わぬ出費を食らうことにもなりかねません。その場合に備えて、最低数千円分の現金、もしくはキャッシュカード(大人だったらクレジット)は携帯すべきでしょう。携帯電話・スマホはもちろん必須ですね。

高1の夏休みの話に戻るが、部活もあまり熱心でなかったし、小遣いも少なく、雨が多くて楽しめないと愚痴るばかりでは損。こういうときは、本を沢山読むのが一番でしょう(もちろん大学受験勉強をがんばるのもよいが、高1の夏休みは他のことを思いっきり楽しみたいものですね)。青年時代は自分の生き方をじっくり考えることのできる貴重な時期。夏目漱石や太宰治などの古典文学は苦手でも、中高生に読みやすい岩波ジュニア新書やブルーバックス新書などを片っ端から読んで、科学・歴史・哲学・政治・経済・芸術その他幅広い教養を学ぶだけでも、もっと違う自分に変わるはず。そして、できれば日記も書くようにする。ネット時代の今だったら、スマホやパソコンでブログを使って、写真・画像・動画付きの日記を書けますね。

ボランティア活動や社会活動に参加してみるのも良いでしょう(大学入試用の内申点目当てでもよいので)。

雨でも手軽に楽しめるものとして、地元の京阪バス・京阪宇治交通を乗り回るのでも良かったと思いました(京阪バスでは「枚方市内1日乗車券」を販売していたので、それを使うのも手)。当時、京阪バス・宇治交は10年で車両を代替することになっていて、旧型車置き換えのペースが早く、数を減らしつつあるモノコック車とか、【52】樟葉中書島線や【12】新田辺行き、ほかユニークな路線にいろいろ乗っておくべきだったと後悔しています(笑)。バスを一日乗りまわりながら読書するというのは、一石二鳥の楽しみでしょう。


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「ひらつー」さんに、石清水八幡宮の茶屋「石翠亭」の面白いメニューの記事がありました。

http://www.hira2.jp/gourmet/otokoyama-20190619.html

それは、「男山からあげ」。

石翠亭といえば、うどん・そばやぜんざい、甘酒など、どちらかといえばお年寄りに好まれやすいメニューのイメージが強いが、若者ががっつり食べたがるからあげもあるとは驚きです。「男山」という名が付いているためか、塩分が濃く、スパイシーなようです。持ち帰りも可能。

それよりも、私個人的に気になったのは、「男山カレーライス」。大体この手のお店のカレーライスといえば、一般的な大衆食堂や喫茶店のカレーと似たり寄ったりな印象があるが、値段は1,000円と高め。果たしてどんなものなのでしょうか? Googleで検索したところ、薬味3種とサラダが付いて、専門店に負けないほどの作りだそうです。


10連休が明けた今日、午後に楽天銀行のシステム障害が起きました。
PC・スマホから楽天銀行口座へのログインができず、パニック状態に。連休明けに接続が集中し、システムが影響を受けた恐れがあると言います。クレジットや公共料金の口座振替日が10連休中だった場合、引き落としが7日になり、口座残高を確認しようとする人が増えたためでは、と指摘されています。

楽天銀行、ネット取引で不具合 連休明けに接続集中か(朝日新聞)
https://www.asahi.com/articles/ASM5753LHM57ULFA01B.html

楽天銀行に限らず、リアルの銀行ATMでも今日はいつもに比べ混雑しているように感じました。特にゆうちょATMの前には長い列ができており、並んで待つのもストレスなので、今日は利用を断念しました。いつも思うのですが、ゆうちょATMで長時間独占しているおばさんには困ったものですね。後に人が並んでいるのを見たら譲って並び直すとか、周りの状況を考え、もう少し気配りが欲しいところです。


正直、高校時代のGWについては、あまり楽しかったという印象はありません。

というのも、まず高1のGWには胃腸風邪(下痢、発熱)にやられ、寝込んでしまいました。連休谷間の週明け、朝からどうも体調がおかしく(前日の下痢から始まったようだ)、学校を早退。次の日から休日ですが、当然どこにも外出できず、寝るしかありません。 この連休中、自転車で北摂・丹波の山々を遠征(サイクリング)したいと思っていましたが、計画倒れになったのはとても残念でした。体調が回復したGWの終盤、家族でなぜか六地蔵の迷路(→momoがあるところ)に行きました。小学校のGWのときに、宇治・天ヶ瀬ダムまで行ったときは、手作りの弁当を持って広げ、デザートに茶だんごを食べたあと、アスレチックで汗を流し、京阪宇治交通の宇治川ラインや臨時急行・天満橋行きにも乗れて楽しかったが、今回の六地蔵はどうも中途半端なところという印象があって物足りなかったです(昼食もイズミヤのフードコートだったし)。

高2のGWについては、あまりよく覚えていません。

高3は受験生ということもあって、あまり遠くへ行くことはできませんでした。家族でひらパーに行ったぐらいだったかな。あとは自宅でひたすら受験勉強・・・。

高校生という年頃になると、一家そろって出かけるよりも、各個人が自由に自分の好きなところへ行きたくなるものと思いますが、どうなんでしょうか? しかし、家族との交流が楽しめるのも、せいぜい高校生ぐらいまででしょう。大学に入学すれば親と離れて暮らす人もいるし、就職すればなおさらのこと。既にバイトで働いてて連休中休めない高校生もいる。親もいつまで元気に生きているかわからない。家族交流の機会があるうちに、一家全員で楽しむのが吉でしょう。親や家族・親戚に感謝です。


小学校時代の思い出のある行事の一つに、遠足があります。

遠足は毎年春と秋に実施されました。特に印象に残ったものから、

1)ひらパー(小1・春)
2)宇治(小3・秋)
3)奈良(小4・春)
4)神戸(小5・秋)

を選んで書いてみたいと思います。

1)ひらパー
小学校入学後、初めての遠足でした。行先は、一番近くて手頃な「ひらパー」。交通手段は京阪バス(貸切)でした。私たちのときは一般車(Aタイプ)でした。香里団地営業所所属だったと記憶しています。後輩たちは貸切・観光専用Cタイプだったようですが、一般Aタイプのほうがかえって面白かったです。ひらパー内では、確か「モンキーランド」(猿山)でお猿さんを見物したと思います。「モンキーランド」は1994年、「ワンダーガーデン」としてリニュアルされました。

2)宇治
交通手段は京阪電車でした。宇治線の旧型車が特に楽しかったです。往路は1900系でした。京阪宇治から天ヶ瀬ダムまで徒歩。宇治川沿いの「おとぎ列車」線路跡地を歩いたように記憶しています。「おとぎ列車」は軌道法による鉄道ではなく、観光客向けの遊戯鉄道だったが、1960年天ヶ瀬ダム完成とともに消えたそうです。天ヶ瀬ダムに着いて弁当のあと、確か関西電力の天ヶ瀬発電所を見学しました。周辺にはアスレチック園もあり、後年家庭内行事で訪れました。帰りの京阪宇治から乗った電車は、吊り掛け・600系でした。

3)奈良
京阪沿線から奈良へは、丹波橋で近鉄乗り換えが一般的なルートですが、わざわざ不便な国鉄片町線(→学研都市線)に乗りました。距離的には確かに最短経路ではあるが・・・。列車ダイヤの都合で、通常の登校時間よりも早めの集合でした。河内磐船から長尾まではオレンジ色101系、長尾から先は非電化なので気動車に乗り換え。キハ20あたりを期待していたが、やってきたのはキハ35系の2連でした。田辺(現・京田辺)-祝園間は近鉄京都線と並行、あちら側の電車には何本も追い抜かされます。木津で関西本線(奈良線)に乗り換え。京都から来た奈良線の奈良行きはキハ35系の4両だったと思います。奈良駅から三条通を東へ徒歩。猿沢池・東大寺大仏殿などを見学したあと、奈良公園の草原で鹿と戯れながら弁当タイムに。その後、奈良公園で自由時間ののち、帰路につきました。木津駅ホームで片町線長尾行きをかなり長いこと待ちました。ようやく到着したのはキハ40+キハ35の2連。快適なキハ40のボックスシートに座りました。ちなみにキハ35のほうは絶滅寸前のツートンカラーでした。

4)神戸
神戸の遠足はユニークなものでした。往復の交通手段は貸切バスですが、途中神戸港から大阪までフェリーの旅でした。往路は確か近畿道~名神~阪神高速神戸線経由だったと思います。実を言うと、往路では車酔いで気分悪くなりました。鉄道だと、乗り換えが多くて不便なので、バスになったものと思われます(現在なら学研都市線~JR東西線経由のルートも考えられるが)。神戸市内で見学したものははっきり覚えていません。神戸港・ポートアイランド付近だったと思いますが。フェリーの道中で弁当タイムでした。爽やかな秋晴れで何よりでした。フェリーの旅もなかなか楽しいものです。大阪はたぶん北港(もしかしたら、大阪港・天保山だったかも)の寄港だったかと思います。その後、確か科学館を見学したのかな・・・。


小2の遠足については、なぜかあまり印象に残っていません。秋の遠足は伏見桃山城だったが、残念ながら私は風邪で欠席してしまいました。


滋賀県および京阪間の住民にとって、平和堂のポイントカード、「HOPカード」は持っておくとお得です。

周知の通り、平和堂は滋賀県を拠点として、京都府南部や大阪府北部、また北陸・東海地方にまで広範囲に店舗網を有しています。

HOPカードは、平和堂(フレンドマート、アルプラザを含む)の店舗で買い物する毎に、100円につき1ポイント還元されます。 1,000ポイント貯まれば現金1,000円と交換することも可能です。

私もHOPカードを持っています。地元の枚方・交野・寝屋川市内の店舗での日常的利用はもちろんのこと、少し遠くへ足を運んで高槻市や京田辺・宇治・長岡京・京都市、そして本場の滋賀県へバイクで回る時などに、弁当や軽食・缶コーヒー等で一服する際に重宝します。

ただ、最近は平和堂で衣類を買うことはほとんどありません(ユニクロもしくはセレクトショップや通販で買うことが多い)。平和堂に限ったことではないが、今時、総合スーパーの衣料品売場には残念ながらあまり魅力を感じなくなりました。近年、平和堂では総合スーパー型・中高層店舗の「アルプラザ」新規出店は見られず、平屋の食料品スーパー型「フレンドマート」の新規出店もしくは建替えが進んでいます。


再び、枚方・交野近辺の昭和についての思い出話などを。

今回は、1982年(昭和57年)ごろのことを思いつくままに挙げてみたいと思います。

○ 京阪電車では架線電圧1500V昇圧を前に新1800系登場。前年に続き、夏には交野線に冷房車(2600・2200系)が入る。

○京阪交野市駅前にニチイ(→現・イズミヤ)が開業。

○枚方市立杉中学校開校。

○枚方市立楠葉公民館・図書館新設。

○京阪バス・京阪宇治交通には冷房車が続々投入。香里団地に深夜のおりば専用「けやき1番」「けやき2番」開設。

○TSUTAYA1号店が枚方市駅前に開店。

○8月初旬、台風10号の影響で近畿・東海地方に被害をもたらす。


京阪電車では、翌年1983年12月の架線電圧1500V昇圧を前に、旧型の吊り掛け車(600・1300・1700系)が最後の活躍を続ける一方、600系の車体を活用して2代目1800系が登場(1代目1800系は、1700系と同じ車体でありながら日本初の新性能車)。1700系と600系の混結編成も初めて出現、ファンの目が離せませんでした。1300系ほか吊り掛け車のたまり場だった交野線にも、夏場には冷房車2600系(そして2200系4連口)が入り、好評を博しました(翌年以降は2600系が当たり前になる)。翌年春、新型車両6000系がデビュー、従来の京阪スタイルを刷新する颯爽たる姿で衝撃的、1984年にはローレル賞を受賞しました。

交野市内には次々と新しい大型集客施設がオープン。1981年、郡津駅前に「京阪スポーツセンター郡津」(スイミング・テニス・体操)がオープン、いよいよ最盛期を迎えます(2003年ごろ閉鎖)。交野市駅前にはニチイを核店舗とするショッピングセンター「Jumbo」が開業。当初はドムドムやミスドもあって、香里園のダイエーやイズミヤ枚方店などに負けないぐらい楽しいところでした。ニチイはのちにSATYに店名を改め、2003年に閉店するが、後釜にイズミヤが入り今日に至ります。

枚方市東部(津田・藤阪・長尾・尊延寺・穂谷ほか)の住宅地開発が進み、杉中学校が開校。杉中学校の通学区域は菅原東・氷室小学校区のほか、近年藤阪小学校の校区も加わって(おそらく藤阪~田口南のバイパス開通による道路状況の変化によるものだろう)、とにかく広範囲。氷室台・尊延寺・穂谷方面からはバス通学も認められているそうです。また、1984年に穂谷に関西外大キャンパス(→2018年閉校・移転)、そして1988年ごろには杉に大阪国際大学キャンパスがそれぞれ開校しました。加えて、府立枚方津田高校も1986年に開校。

国鉄片町線(→JR学研都市線)は長尾-木津間非電化。電化区間の片町-長尾間も非冷房の101系が多かったが、1983年より東海道・山陽緩行線から103系が続々転入、冷房化率が大幅アップするとともに、1986年には7連に増強、そして1989年には全線電化が完成しました。非電化区間では1982年当時、キハ35系やキハ40が主力となり、キハ20は姿を消しました。

京阪バスには冷房車が続々投入、非冷房車は数を減らしつつありました。しかし、まだ非冷房車に当たる確率も小さくはなく、夏場にこれが来たときはがっかりでした(しかし、引退寸前の日野・金産車体はバス窓時代の面影を感じるもので、なかなか面白かった)。この頃の新車である日野K-RC301は、従来のRE系と違ってエンジン音は強力化、モノコックながらスタイル(特にフロント)が京阪特注でかなり洗練された印象があります(以前の日野車体のバスは野暮ったい印象が強かったので)。香里団地の快速系統廃止、および深夜のおりば専用停留所新設も、この頃に実施されました。

京阪宇治交通についても、同様に冷房車を続々納車。樟葉・男山地区の車両は、三菱ふそう・呉羽車体でほぼ統一されていたはずだが、三菱自工のみのものと思っていた「ブルドック」(K-MP118)が、いつの間にか宇治交にも登場していて、軽く驚きました(京阪バス・宇治交とも、末期の「ブルドック」は呉羽車体製)。古参のバス窓車(MR470)も残っていて、松井ヶ丘方面の長距離系統を中心に運用されていた記憶があります。翌年1983年以降、宇治交60周年を記念して、塗装変更が順次行われました。

1982年の夏は天候不順でした。梅雨の前半は雨が少なく空梅雨気味だったものの、7月中旬より梅雨空が続き、長崎で記録的豪雨、梅雨明けは大幅に遅れました。また、8月初頭に台風10号が近畿・東海地方を直撃、その後も雨の多い不安定な夏でした。


枚方市駅付近(東口、交野線高架沿いのところ)にあるモスバーガー枚方市駅店が、
3月27日で閉店とのこと。

 http://www.hira2.jp/open/mos-20190311.html

枚方市駅北口の旧・TSUTAYAのところにロッテリアができた影響もあるかもしれませんね。

私のお気に入りのモスバーガーがなくなるのは寂しいですが、
新しくできたロッテリアは、場所が駅すぐのところで良く、
店内は清潔感があって座席数も多くゆったりしており、
コーヒーで一息つきたいときには重宝しています。
2階の北側カウンター席から、北口ロータリーに出入りするバスを眺めるのも
面白いでしょう。

モスバーガーはどこか近くへ移転するのでしょうか?


毎日新聞の2月26日付け記事に、「ひらかたパーク」のコースターの整備点検の記事が掲載されていました。

ひらパーのジェットコースターの定期検査は、直営の京阪電鉄の鉄道技術者が担っているとのこと。遊園地の遊具機械の安全点検は遊具メーカーに任せるところも多いが、ひらパーは京阪電鉄の技術者が職人技でチェック。1988年より、京阪寝屋川車庫に年1回運んで定期検査するようになりました。現在はひらパーの5機種を車庫で毎年入念に検査を行っています。

自社の施設なのでコストを抑えられるほか、部品を車庫で作ったり、メーカーが推奨する時期よりも早く部品を取りかえることのできるメリットもあると言います。京阪電鉄の技術力はレベルが高いと定評があり、自社の寝屋川工場で旧3000系特急車への2階建て改造を完成させ、京阪特急新時代を築いたことは有名です(ちなみにこの2階建て3805号は富山地鉄で現役!)。

2001年USJ開園後、関西の遊園地閉鎖ラッシュが続き、電鉄の遊園地ももはや過去のものに。また、2007年にはエキスポランド(吹田市)の絶叫マシンで死亡事故が起こり、ここも閉鎖に追い込まれました。遊園地冬の時代の中、上のような京阪電鉄の安全技術の取り組みが、ひらパーに対する安心感・信頼感につながっていると言えます。

https://mainichi.jp/articles/20190226/k00/00m/040/066000c



交野市星田北、r736のロードサイドに「京阪交野タウン」が2月15日開店します。
京阪交野タウンは京阪電鉄不動産の開発する商業施設で、カインズ(3/6開店予定)やフレンドマートなどが出店することになっています。今回、平和堂(フレンドマート)が交野市に初出店となります。

http://www.heiwado.jp/release/2019/0208_katano.html


○市の健診を受けた結果、半年間(メタボ)保健指導を受けることになった。正直、煩わしい。

○地下鉄谷町線の混雑はかなりなもの。休日の東梅田駅はものすごい人混み。大日駅での寝屋川行きバス乗り継ぎも面倒。周辺の道路渋滞でバスは遅れる。

○大阪駅から枚方へのバス乗り継ぎの旅で、守口付近での乗り継ぎが不便になった。

○西武高槻までのバイクの単純な往復だけで終わる休日では欲求不満が残る。

○この年末年始、あまり遠出する時間がなかった。

○率直に言って、2025年大阪万博決定にはあまり喜べない。

○民主主義不在、民意完全無視の自民党独裁政治がますますひどくなるばかり。野党共闘ももう一つ頼りない。左派・リベラル系有識者の間で蔓延する悲観主義にも嫌気。

○忌まわしい4年前、2015年のことを思い出してしまう。2015年といえば、・・・。


京阪グループ(京阪ザ・ストア)のコンビニ、「アンスリー」。

京阪電車主要駅周辺のほか、駅ホームの売店も営業しています。
京橋駅の名物・フランクフルト(120円)も、現在アンスリーが調理・販売しています。

さて、アンスリーの新たな出店が望まれるところを挙げてみたいと思います。

私個人的に、まず、交野線沿線への出店を望みたいところです。特に交野市駅前にはアンスリーがあっても良さそうに思っているが、交野市駅~郡津周辺は意外にコンビニが少なく不便です。交野市駅に隣接する京阪交野ビルにはかつて2階に書店があったが、 現在1階はベーカリーショップと美容院ぐらい、2階は整形外科、3階は学習塾で、集客力が不足しているようです。空き店舗スペースにアンスリーを出店することはできないものかと思うのですが・・・。

宇治線沿線にももう少しアンスリーが欲しいと思っていたが、残念ながら宇治店(京阪宇治)が2017年に閉店となってしまいました。JR奈良線に客を取られ、利用状況が低迷している宇治線沿線では厳しいようですね。


既に発表済みですが、本年3月JRのダイヤ改正で、「東寝屋川」駅は「寝屋川公園」駅に改称される予定です。

東寝屋川駅は1979年10月、学研都市線(片町線)四条畷-長尾間の複線化に合わせて開業。
今年でちょうど40周年を迎えることになります。

東寝屋川駅前は西口再開発事業が進行中で、合わせて「東寝屋川」駅の改称要望が寝屋川市などから出されていました。 3月ダイヤ改正でおおさか東線放出-新大阪間が開通予定で、学研都市線からの新幹線利用(放出乗り換え)が便利になり、東寝屋川駅前周辺の活性化が期待されています。

駅名改称に合わせ、京阪バス寝屋川東部・星田地区の路線・ダイヤ変更実施の可能性もありそうですね。

イズミヤ東寝屋川店は今年5月に完全閉店することになりました。東寝屋川駅開業と同時期に開店しましたが、39年の幕を閉じる予定です。閉店後、再開発ゾーンにイズミヤが再出店することが決まっています。

http://www.neyagawa-np.jp/izumiya/higashi-neyagawa/20190117.html



ひょんなことから、高校入学前のことを思い出しました。

無事に公立高校合格を勝ち取った喜びでいっぱいの「15の春」。

合格発表後の保護者同伴での入学前説明会の時に、さっそく痛い宿題が・・・。
それは作文2題で、一つは読書感想文、もう一つは進路(+高校生活への抱負)
についての考えだったかと。

読書感想文が私には特に痛かったですね。
数学の宿題だったら喜んで取り組むところだったが、
感想文の宿題のために、せっかくの春休みが半分つぶれたような
気がしないでもなかったです。
とにかく親に薦められた1冊を読み、何とか手伝ってもらって完成させましたが・・・。

さらに、この春休みは風邪で発熱して寝込んで一日潰れてしまったのも、
とても恨めしかったです。

あの当時は国語があまり好きではなかったけど、ちなみに今の私だったら、
例えば村上春樹とか本山賢司あたりの本を読んで、感想文を書いてみたいと思います。

少しズルいかもしれないが、読書感想文を簡単に完成させる方法として、
以下の動画は参考になります。




アルプラザ香里園内にあるミスタードーナツ(ミスド)が1月20日で閉店するそうです。

http://www.hira2.jp/close/mr-20190106.html

香里園のミスドといえば、ダイエー駐車場入口にあった店を思い出します。生まれて初めてのミスドは、ここで買ってもらったように記憶しています。いろんな種類のドーナツがショーウィンドウに並んでいるのを見て、子供心に感激でしたね。アルプラザ内のミスドは確かダイエー前から移転してきたものだったようで、これが閉店ということは、ダイエー時代以来の伝統が消えるということに・・・。

ダイエーはすでになくなったし、昭和の頃の賑やかだった香里園の思い出がまた一つ消えるのは寂しいですね。

枚方・交野近辺のミスドといえば、ジャンボスクエア交野(ニチイ→イズミヤ)や、寝屋川のグリーンシティ前にもありました。



2016年参院選について思うこと。

この参院選は、共産党を含めた野党共闘体制が確立して初めての大型国政選挙でした。 前年2015年安保国会での暴挙を受け、国民の怒りをバックに、共産党が野党共闘を宣言。野党支持者・反自民の人々には大歓迎で、共産党を見直したという人も多かったと思います。もっとも、野党間の連携が順調に進んだわけではなく、旧・民主党→民進党や連合の一部に共産党との連携を嫌がる連中もいて、苛立ちを感じることもしばしば。それでも、2016年4月北海道補選では、「反共」で知られるあの前原誠司が共産党他の野党と同じ宣伝カーに立つ光景も見られ、野党共闘時代の訪れを象徴するものでした(→翌年2017年衆院選では、前原氏は見事に野党共闘を裏切りやがったが)。

2016年参院選では、自民圧勝との事前報道が支配的で、実際自民・公明など与党が勝って衆参とも「改憲勢力」が3分の2を独占する結果となりました。ただ、野党共闘も一定成功しており、新潟以北の東北・北海道では1人区で軒並み野党勢力が競り勝ちました。特に北海道の民主系(→立憲民主)にはまともな議員が多いですね(一方で、自民党に擦り寄る新党大地・鈴木親子もいるが)。愛知や三重など東海地方でも野党候補は大健闘だったと思います。

一方、近畿以西の西日本は残念な結果に。特に大阪・兵庫で自民・公明・維新に独占されたことは痛恨の極みです。大阪は4人区で、野党系1人ぐらいは当選できると期待していたが、維新が2人も当選してしまい、野党勢力の共産・民進両候補間の連携も今一つで、結果共倒れになったことは、とても残念でした。しかも、民進から出ていた候補が来年の参院選では自民党から立候補されるようで・・・。共産党が全国で最も強い京都もやはり当選はなりませんでした。もともと近畿地方は共産党をはじめリベラル(野党)系勢力の強い地盤なんだが、特に大阪では維新に食われているのが現状。京都もあの前原氏の地元だし。

その後も、野党共闘についてネガティブなニュースが流れる度にイライラしたり、自称・小沢一郎支持者あるいは自称・リベラルらについての不快なことや、洋服屋での嫌な接客その他個人的に何かとムカつくことが多く、SNSで荒れ狂うことさえありました。


京阪バス樟葉・八幡・京田辺地区の運賃改定が発表されました。

https://www.keihanbus.jp/news/sysimg/00453/link_iwQ6s.pdf

実施日は2019年4月1日の予定です。

該当エリアは旧・京阪宇治交通の営業区域であり、現在主に男山・京田辺の2営業所が管轄しています。このエリアの運賃は、初乗り運賃は京阪バス他地域よりも安い反面、長距離区間では対キロ区間制運賃のため高額となり、利用客減少に悩まされています。これを改善し新たな需要喚起を図るため、基本的に大阪地区と共通の区間制運賃に改め、長距離区間を中心に運賃を値下げを行うというものです。

主な区間の運賃は、 

樟葉・男山地区(均一)  220円 → 230円(1区)
八幡地区         200円 → 230円(1区)
樟葉駅~松井山手駅    300円 → 260円(2区)
中央センター~松井山手駅 240円 → 230円(2区)
樟葉駅~近鉄新田辺    430円 → 280円(3区)
京阪八幡~近鉄新田辺   430円 → 280円(3区)
近鉄新田辺→畠、茶屋前  160円 → 200円(特区、2021年より1区230円)
松井山手駅~摂南大学北口 170円 → 200円(特区、2021年より1区230円)

のように変わります。

樟葉・男山地区均一区間は、もともと京阪バス大阪地区(1区)の運賃と同じだったが、1997年消費増税5%に合わせた運賃改定の時に、京阪宇治交通営業区間で運賃を据え置いたため、運賃の相違が生じ、京阪バスへの合併後も変わっていません。そのため、樟葉駅発着の当時の京阪バス(枚方営業所管轄)では、従来均一運賃だった路線系統も含め、全系統整理券発行となりました。今度の改定では樟葉・男山特区が22年ぶりに解消されることになります。

枚方尊延寺線・穂谷付近の運賃も、旧・京阪宇治交通に合わせ(穂谷へは宇治交は乗り入れていなかったが)対キロ区間制となっていたが、こちらも特区(200円)→1区(230円)に変わるものと思われます。


私が高校生だった時代、大阪府の公立高校には「試験休み」というものがありました。 

「試験休み」とは、学期末テスト(考査)~終業式までの1週間程度の授業休みであり、学生にとっては、テスト終了後、終業式の日のみ登校すればよいので、事実上の長期休暇(夏・冬・春休み)も同然でした。ただ、両親(保護者)にとっては、理解しづらいものだったようです。

というのも、期末のテスト返しはなく、終業式当日に点数の付いた通知表が渡されるだけであり、テストで間違ったところの復習ができない、といった問題などが指摘されていました。一方、高3生の8月下旬には、大学受験等の関係で授業時間を減らし履修単位が不足となるのを補う(すなわち、文科省の法律基準を満たす)ために補講があったが、これまた両親が戸惑いやすく、それなら学期末の「試験休み」期間に授業してしまえば済むことじゃないのか、と。もっとも、実力テストや9月文化祭の準備たけなわで、8月下旬の補講はタイミング的に悪くないとも思えるが・・・。

私個人的な「試験休み」の思い出といえば、高1のときに体育・水泳の補習に参加させられたこと。本当は英語の自主参加講習に参加したくて申し込んでいたが、日程が重なってしまい、単位がちょっとヤバそうな体育の補習を受けざるを得ないということで断念。ただ、教師はとても優しい新人のイケメンな方だったので、良かったと思っています。

なお、1学期の「試験休み」期間は青春18きっぷの有効期間ではありません(7月20日以降に利用可能)。


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6月の大阪北部地震により閉鎖されている枚方市民会館大ホール。
せっかく耐震工事を進めていたにもかかわらず、予想以上に被害が大きかったらしく、再開の目処も立たぬまま使用停止状態となっています。この建物はやがて取り壊され、周りの風景も大きく変わりそうですね。


今から30年ほど昔の話ですが、高1の冬休み(12月下旬)のとき、スキー合宿に参加しました。この合宿は希望者のみの参加で、翌年の修学旅行での本番に備えた練習を兼ねたものでした。 宿泊地は信州・栂池高原。

このスキー講習は私個人的に高校時代の一つの忘れられない思い出でした。

私がスキーを本格的に経験するのは、このスキー講習が初めて。小学校卒業前の雪国見学(滋賀県高島市のマキノ高原)で少しだけスキーを経験するが、あまり上手に滑れなかったと思います。中学校の合宿ではスキーだったという友人や知り合いも多かったが、私の中学は夏休みにキャンプでした。

クリスマス当日だったかな、その日の夜、学校に集合、バスで車中泊。車中泊を含め3泊4日の行程だったはずです。走行経路はR1~名神~中央道~(中津川IC)~R19~R147・148でした。途中、多賀SAと恵那峡SAでトイレ休憩。翌朝の現地到着までの所要時間を稼ぐためか、中津川ICから下道R19に入り、深夜の木曽谷をゆっくりと走るが、せっかく景色がとてもよいところなのに暗闇の中では・・・。確か馬籠で有名な旧・山口村を過ぎたあたりから眠りについたのかな。夜が明けて信濃大町あたりまで来ると、雪がみるみる積もり、スキーには絶好のコンディション。暖冬が毎年のように続く時代であって、前年の講習は可哀想なことにあまりの雪不足でとんぼ返りになったとか。

栂池高原に到着後、車中泊の疲れを取るため昼まで仮眠休憩。昼食後、スキー講習が始まります。確か母校出身の若い体育の先生に親切・丁寧にコーチをいただき、かなり自信がついたことは今も忘れられません。学校行事で白銀のシュプールを経験できたことはとても貴重でした。旅館の食事は、昼のカレーはイマイチだったけど、夜はなかなか美味かったと思います。お土産を買う時間もあったと思うが、一部の不届き者の問題行動のとばっちりで、確か現地2日目は(スキー講習以外の)外出禁止になったような。

栂池での2泊3日のスケジュールを終え、最終日は午前中からバスで帰路に。今度は松本ICから長野道・中央道に入り、駒ヶ根SAで昼食休憩。雄大な南アルプス・木曽山脈の谷間である伊那路の景色もとても良かったと思います。恵那山トンネルをぶち抜いて岐阜県、さらに名神に入って竜王あたりまでは順調だったが、京都南IC付近が渋滞だったため、草津市あたりから枚方市の学校までバスはジグザグ迷走ルートを取ることに。まず、開通したばかりの京滋バイパスに進路を取り、久御山からR1に入ったかと思えば、国道出屋敷からなぜかr18に。さらに京阪バス【10】号経路の通る道に入って茄子作や香里団地を回りつつ、学校に到着。


1989年(平成元年)前後の枚方・交野近辺について思いつくままに挙げてみることにしました。

1989年といえば、

○JR片町線(学研都市線)長尾-木津間電化、松井山手駅開業、片町線に快速電車本格運行開始

○京阪鴨東線三条-出町柳間開通、新型特急車8000系登場、京阪線冷房化率100%達成

○翌年の「花の万博」開催を前に、京阪のPRラッピング編成3本登場(1000・2200・6000系)

○枚方近鉄百貨店(→近鉄百貨店枚方店)大改装

○京阪バス夜行高速枚方~新宿系統運行開始

○翌年3月、枚方市駅本線大阪行きホーム高架化

○翌年4月、枚方ビオルネがグランドオープン

といったところでしょうか?

昭和から平成に変わり、折りしもバブル経済絶頂期。バブルのピークは翌年1990年までと言われるが、日経平均株価は1989年年末に40,000円手前でピークを付け、その後長期下落が続くことに。

枚方から新宿へ直通する夜行バスが登場したのは、私個人的にサプライズでした。その後、枚方から福岡・長崎・熊本方面へのバスも運行開始するが軒並み廃止、現在は枚方新宿線のみが存続しています。

近鉄百貨店のロゴマークは前年1988年あたりに刷新、枚方近鉄も店内大改装でした。確か改装と同時に6階ファミリー食堂はなくなり、うどんメニュー中心の「ファミリー四国」に変わりました。三越の大食堂も1989年の時点で既になくなっていたように記憶しています。

京阪電車については、唯一の非冷房車・2代目1800系がひっそり引退、冷房化率100%を達成。10月には鴨東線が開通、京都洛北へ飛躍的に便利になりました。新型特急車8000系は大好評を博し、旧3000系を置き換えることになりました。枚方市駅の高架化事業も進み、1990年春大阪方ホーム立体化完成に続き、1991年には交野線も仮設ホームで高架化(→この間、交野線と本線との乗り換えが不便だった)、1992年までに全ホームの高架化が完成しました。同時期、交野線全線複線化も完了、ローカル線の雰囲気だった河内森駅も近代的な地下改札口・エスカレーター・エレベーターが設置され、大きく変わりました。

この時期、世間は大阪・鶴見緑地で開催される1990年花博で盛り上がっていました。京阪電車ではラッピングPR編成を用意。鴨東線開通や枚方市駅高架化供用なども、花博開催までに間に合わせたような感じでした。会場最寄の百貨店・ショッピングセンターである京阪百貨店守口店および京橋の京阪モールなどは花博商戦ムード満開だったと思います。

枚方ビオルネのオープニングセールもやはり大盛況でした。以降、ここで服や家電製品を買ったり食事にも寄るようになるが、2008年の枚方ビオルネ破産前後あたりからか、以前に比べて魅力が落ちてしまったような感じがします。

1989年の時事ネタといえば、消費税導入(3%)と参院選での自民大敗・社会党大躍進が筆頭に浮かびます。当時の社会党党首だった土井たかこさんの「山が動いた」は1989年を代表する言葉でしょう。海外では「ベルリンの壁」崩壊=東西ドイツ統一を皮切りに旧・共産主義体制崩壊が始まり、1991年の旧・ソ連解体へと雪崩を打ちました。この世界情勢のあおりを受け、社会党躍進とは対照的に、旧・共産主義のネガティブイメージとダブる日本共産党は苦戦を強いられました(→最近になって、日本共産党は旧共産主義の抑圧体制とは無縁な「まっとうな野党」として、少なくない国民に認識されるようになったと思うが・・・)。


阪急阪神百貨店グループ(H2O)傘下に入ったそごう神戸店 と西武高槻店が、2019年10月1日に「神戸阪急」「高槻阪急」にそれぞれ改称することに決まりました。

「神戸阪急」の屋号は、神戸ハーバーランドで営業していた時(1992~2012年)以来の復活となります。

両店が阪急ブランドを名乗るようになり、ファッション分野での充実が大いに期待できそうです。また、もちろん「Sポイント」もここで使えるようになることは容易に想像でき、買い物の楽しさもアップですね(^-^)

https://www.kobe-np.co.jp/news/keizai/201809/0011679518.shtml



以前にも同様の記事を投稿しましたが、改めて枚方・交野・寝屋川近辺でゆうちょ銀行ATMの設置を望みたい場所を挙げてみたいと思います。

TOP WOLRD香里ヶ丘店
ピーコックストア香里ヶ丘店
イズミヤ枚方店
京阪枚方公園駅
京阪香里園駅
京阪交野市駅
京阪八幡市駅
JR星田駅
JR津田駅
JR長尾駅
JR松井山手駅
フレスト長尾店
フレスコ星田店(コモンシティ星田)
ビバモール寝屋川
関西医大附属病院内
関西外大キャンパス内(中宮、御殿山)

今週末、イズミヤ交野店内のゆうちょATMを使おうとしたら使用停止でした。京阪交野市駅前付近でのゆうちょATMはイズミヤ交野店と交野郵便局があるが、交野郵便局へは駅から北東へ徒歩15分ほどのところにあって不便だし、イズミヤのATMもできればもう1台増設を望みたいところ。

香里団地内については土曜・休日も利用可能なATMは香里ヶ丘郵便局だが、TOP WORLDやCONOBAなど主要商業施設内にもATMが欲しいと思います。香里団地といえば他の民間銀行の支店やATMも意外に少ないんですよね(昔は複数行の支店があったんだが)。さらに言えばどういうわけかコンビニも少ない。

それから、大学キャンパス内や大きい病院の中にもゆうちょATMはぜひ欲しいところ。


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先日の台風21号の影響で、交野市私市の大阪市立大理学部附属植物園が全面的に被災しているそうです。

園内の樹木約1万5千本のうち、少なくとも約370本が倒れたり、枝が折れたりしていて、生い茂っていた樹林帯が被災前の状態に完全に戻るには30年程度かかる見込みとのこと。

八幡・背割堤の桜も200本以上がダメージを受けた模様であり、今回の台風21号がいかに凄まじい勢力だったのかを改めて感じる次第です。


大阪最大級植物園も台風で被災(共同通信)
https://this.kiji.is/412554844302279777?c=39546741839462401




超大型で強い台風21号は関西をはじめ全国各地に爪あとを残しました。
本年6月大阪北部地震を上回る規模の被害状況です。

(今まで経験したことのないほど)風が非常に強く、大阪港では1961年室戸台風以来の記録的高潮が発生。

関西空港は冠水するばかりか、連絡橋にタンカーがぶつかり、閉鎖に追い込まれ、孤立状態。海外から関西への観光や物流が麻痺状態にあり、関西経済へのダメージが心配です。

電柱が倒れて大規模停電が発生したり、鉄道の架線や駅舎が燃えるなど、これまでの台風では考えられない規模で震災以上の状況です。

地元近辺でも多くの看板やフェンスが倒れたり、木々が根こそぎ倒れる、マンションの屋根が吹っ飛ぶ、信号機・道路標識の角度が大きくずれる、バス停柱の時刻表が行方不明、 ほかいろんな被害が報告されています。

今回の台風は大雨よりも暴風・高潮による被害が目立ちます。

取り急ぎ、台風21号についての簡単レポートまで。


夏休みも終わりなので、中学校の夏休みの宿題の思い出について書いてみたいと思いました。

中学1・2年のときは各教科からわんさか宿題が出され、間際になって追い込まれ、親に手伝ってもらったりした記憶があります。

宿題の内容は、1年のときは確か

【国語】   読書感想文
【数学】   プリント
【英語】   プリント
【社会】   プリント、自由研究
【理科】   植物採集
【美術】   デッサン
【技術家庭】  ?

だったかと思います。

数学・英語・社会のプリント類は比較的簡単に手をつけやすいが、数学の応用問題でつまづいたり、国語の読書感想文は夏休みの終わりになってかなり慌てたようです。社会の自由研究は、枚方市の市町村合併の歴史を調べたレポートでした。植物採集やデッサンは親に手伝ってもらいました。ほかに、技術家庭の宿題もあったような・・・。

小学校もさることながら、中学校になれば勉強する量が一気に増え、小学校時代にあまり勉強していなかったら苦労します。私自身、小学校時代は「勉強嫌い」なほうでした(苦笑)。中学・高校時代に何とか挽回しましたが、やはり小学校のときからすすんで読書等に励んでおれば、もっと豊かな表現力が身につき、他の進路選択の可能性も広がったのでは、と後悔しています。


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1984年(昭和59年)当時の枚方・交野・寝屋川をはじめ北河内周辺について、思いつくままに書いてみたいと思いました。私個人的には、

○前年1983年12月京阪電車(大津線除く)の架線電圧1500Vに昇圧、6000系車両晴れ晴れデビュー & ローレル賞受賞、吊り掛け車全廃

○関西外大穂谷キャンパス開校、京阪バス「穂谷外大」乗り入れ開始

○国鉄片町線(→JR学研都市線)に103系冷房車続々転入

○京阪バスに中型スケルトン車両登場

といったところでしょうか?


京阪電車の架線電圧1500V化に合わせ、旧型吊り掛け車600・1300・1700系は全廃。1300系の天下だった交野線は2600系が主役となってしまい、冷房車に当たる確率は大幅に上がった反面、車両趣味的には面白みが半減しました。非冷房車1900系や1800系(2代目)も時々交野線の運用に入っていましたが、やはり600・1300・1700系が主役だった頃に比べたら・・・。しかし、今から思えば、非冷房時代の1900系や1800系ももっと味わって乗っておいたほうが良かったです。

ニューフェイスの6000系は京阪沿線住民に大きなインパクトを与えるほどの画期的スタイルでした。6000系は昇圧前1983年12月まで暫定的に4両編成として営業運用を行い、交野線にも入っていました。1500V化完了後、7連に組み直され、本線の急行・準急から普通、そして正月の臨時特急にも堂々たる姿で活躍、まさに京阪の新時代を迎えたと言えます。そして、その斬新的なスタイルから1984年夏にローレル賞を受賞しました。

2200系の車体更新工事も始まり、正面種別・行先幕が設置され、イメージはかなり変わりました。

枚方市駅高架化工事も進みつつあり、翌年1985年4月より樟葉急行の8連運用が始まりました。


枚方市東部の山間部、穂谷地区には関西外大穂谷キャンパスが開校。京阪バスが穂谷外大に乗り入れを開始、枚方尊延寺線の発展期を迎えます。数年後に杉山手・大阪国際大学への路線も新設されたり、新田辺-穂谷間の便数も増発するなど、かなり賑やかにはなるが、2018年4月の閉校(→御殿山キャンパスへ移転)後、路線・本数とも大幅に整理され、1984年以前に戻ったような感じです。

当時の京阪バスといえば、狭隘路線向けに中型車を始めて導入。直前まで投入していたモノコック車体(三菱ブルドック、日野RE・RC)に代わり、この時から角張ったスケルトン車となりました。また、1984年初頭にはモノコックの路線・観光兼用車(Bタイプ)がメトロ窓の豪華仕様となって枚方営業所に登場。翌年1985年2月には一般路線車の冷房化率100%を達成しました。

旧・京阪宇治交通も前年1983年に創業60周年を記念して、紫系のストライプ新塗装を導入。従前の緑系塗色から順次塗り替えられます。現在の京都京阪バスの一部車両にこの塗装が継承されており、本年秋までに消滅予定です。


国鉄片町線も、103系冷房車が京阪神緩行線から続々転属し非冷房101系を置き換え、冷房化率は大幅アップ。転属の過程で青色の103系も見られました。その後、1986年までに6両から7両に増強。非電化で残っていた長尾-木津間についても、同志社大学京田辺キャンパス開校に合わせ同志社前駅開業(1986年)、1989年に電化。快速電車の運転も本格的に始まり、長尾-大住間に松井山手駅(京田辺市)を開業、京阪電鉄グループの住宅地開発が始まり、今日に至ります。


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今から7年前、2011年はどんな年だったのか、枚方・交野周辺のことを中心に振り返ってみたいと思いました。

2011年といえば、東日本大震災・福島原発事故(3.11事件)の苦しい経験を思い出す方も多いことと思います。

私個人的にも、2011年といえば民主党政権の崩壊とともに将来不安ばかりが募り、あまり楽しめなかった、というところですね。

枚方・交野・寝屋川・北河内の話題については、

○近鉄百貨店枚方店閉店発表(閉店日は2012年2月29日)
○京阪電車ダイヤ改正で中之島線直通優等列車削減、昼間の樟葉急行新設
○JR学研都市線日中の快速電車の宝塚・新三田方面直通廃止(塚口折り返し)
○寝屋川市寝屋地区にビバモール開業
○大阪W選挙(11月)で維新勝利、橋下ファイバーが過熱化

などが思いつきます。

京阪中之島線の利用客は予想以上に伸び悩み、昼間時間帯の優等列車(快速急行)は廃止されました。枚方市特急も廃止され、代わりに昼間時間帯に樟葉急行が増発されます。交野線のほうも2000年代は七夕伝説イベントで盛り上がっていましたが、原発稼動停止を理由にした節電キャンペーンの影響もあり、2011年以降私市駅でのイベントはなくなり寂しくなりました。さらに2年後には交野線直通<おりひめ><ひこぼし>も廃止。

近鉄百貨店枚方店の閉店もかなり衝撃的でした。気がつけば、どうも枚方市駅前は商業施設の老朽化が目立って以前に比べて元気がなく、近鉄百貨店は閑散としているし、ビオルネも今一つ冴えず、買い物を楽しめるようなところでなくなっている。服を買おうにも、枚方・交野・寝屋川近辺にはあまり良い店がなく、対岸の高槻もイマイチ、どこで買えば良いかわからなくて困り果てました(→梅田のグランフロントで探すのが一番無難だろう)。

JR大阪駅ビル開業に合わせて列車の大阪駅集中が進み、これと引き換えに大阪駅・梅田へ乗り入れていない学研都市線(大阪駅・梅田南側の北新地は通るが)の減便が始まりました。さらに4年後の2015年には、昼間の快速は四条畷以東各駅停車の区間快速に変わって列車本数は半減。大学キャンパスの閉鎖・移転や高齢化・人口減の影響でバスも減便され(特に津田駅発着のバスはえげつないほどの減便)、学研都市線沿線の枚方市東部や交野市は寂れるばかり。これも福知山線(JR宝塚線)事故の影響と決して無関係ではないと思います。

政治もどんどんひどくなるばかり。民主党政権(というよりは小沢一郎)に期待していたが、「反・小沢」の菅直人政権あたりから裏切られるばかりで、その次の野田佳彦は公約を破って消費増税法案等を強行、民主党政権崩壊に追い込み自爆解散。自民党政権に戻った後は・・・。最近、小沢一郎への期待感すら薄らいでしまいました。しかし、「小沢信者」にも困ったものです(小沢一郎個人はすばらしい政治家として尊敬しているが、今では「反・小沢」だった枝野幸男のほうにより好感が持てる。それにしても、熱烈な小沢信者たちを見てると、キモイと感じる)。

野党がバラバラで弱いのも、枚方・交野や学研都市線沿線(片町線)が寂れるのも、国鉄分割民営化のせいだと決め付けたくなることがあります。実際、中曽根元総理が進めた国鉄分割民営化の一つの目的は、労働組合(国労)の解体だったと言われており(その後、労組とは名ばかりの「連合」が発足、旧・社会党の解体・弱小化、民主党政権も「連合」言いなりで崩壊)、また国鉄の分割民営化はローカル線の切り捨て→地域衰退・過疎化に拍車をかけている面もあるので。

大阪駅前のJR駅ビル(ルクア、伊勢丹)よりは、ヨドバシ西側のグランフロントのほうに好感が持てます。グランフロントは阪急阪神百貨店グループだけあって、関西人のおしゃれ感覚をしっかりつかんでいるように思うし、また単にショッピングやグルメだけでなく他のユニークな体験のできる施設が整っているということで支持が広がっており、2013年開業以来、4年連続で売上げを伸ばしています。


【中宮】 → 中宮西之町

【氷室台】 → 氷室台南口

【藤阪】 → 王仁公園

【田ノ口】 → 田口3丁目

【長尾元町】 → 長尾元町1丁目

【西長尾】 → 長尾西町

【御殿山】 → 京阪御殿山

【牧野】 → 牧野阪

【関西医大前】 → 牧野本町

【招提】 → 招提中町

【しで原】 → 男山竹園

【長谷】 → 男山香呂

【中くずは】 → 楠葉野田

【北くずは】 → 北楠葉町

【おさ田】 → 八幡警察署前

【河原】 → 内里河原

【八小路】 → 大住八河原

【大住】 → 大住東村

【館】 → 大住車塚古墳

【長尾谷】 → 一休ヶ丘西



【宮ノ前橋】 → 山田神社口

【釈尊寺】 → 釈尊寺南

【新高田】 → 高田北

【香里ヶ丘】 (新香里・香里ヶ丘8丁目・枚方市駅方面) → 10丁目西
       (高田・交野方面)            → 10丁目南

【野口】 → 春日小学校

【天の川】 (河内磐船駅・妙見坂・田原台方面) → 私部西2丁目
      (京阪香里園方面)         → 砂子坂(スタコ坂)

【畑中】 → 私部2丁目

【市場】 → 私部5丁目

【交野農協前】 → JA交野

【田井】 → 三井南町

【寝屋川市民会館前】 → 高宮新町、第一中学校

【高宮】 → 太秦緑が丘

【太秦東口】 → 太秦桜が丘

【笠松】 → 明和2丁目



樟葉駅ビルのTSUTAYAが今月末限りで閉店となる模様です。

需要の多いと見られる樟葉駅前だけあって、これはかなり衝撃的な地元ニュースと思いました。同じTSUTAYAグループの枚方T-SITEの影響もありそうですね。

くずはのTSUTAYAといえば、2012年までは旧・くずはコートにあり、その後男山へ移転ののち、2014年くずはモールリニュアルに合わせ、現在の樟葉駅ビルに移転。




大阪北部地震の影響は寝屋川市にも及んでいます。

寝屋川市中央公民館と中央図書館の再開時期が、少なくとも7月31日まで延期となった模様です。
これも二転三転するかもしれないとのことで、当分の間長期的に休館する可能性が高そうです。


この地震の影響で、大阪府北部各地域の主な集客施設の閉鎖が続いているようですね。少なくとも

イオンモール茨木のシネマ、千里セルシー(建替え中)、枚方市市民会館ホール、・・・

などが長期閉館となっています。


大阪北部大地震の影響が枚方市内にもじわじわ現われているようです。

地震当日、水道管破裂で枚方市役所が浸水被害を受けたり、枚方T-SITE前(枚方市駅南口)の歩道が陥没する被害なども発生しました。



枚方市市民会館の大ホール・小ホールも天井が破損し危険性が生じたため、来年まで使えなくなったようで、開催予定のイベントに大きな影響がありそうです。



ご存知の方も多いと思いますが、今朝7時58分、大阪府北部を震源とする大きな地震がありました。震源地は高槻市付近のようです。体感的には1995年阪神大震災以来のものすごく強い揺れだったように思います。

震源地に近い高槻市内では水道管破裂で道路浸水被害や断水となっているところが多く、また高槻・茨木・吹田市の一部でガスの供給も停止とのこと。関西圏特に京阪間の鉄道も軒並みストップとなったが、今先ほど京阪電車が運行再開となりました(阪急・阪神・大阪モノレールなどは終日運休)。

私の自宅でも棚の上の物が落下・散乱し、PCディスプレイも1台倒れたが、幸い大きな被害はありませんでした。自宅近辺のスーパーやショッピングセンターも閉まっているところが多いです。

2016年熊本地震のときのように、2・3日後に大きな余震が心配です。

どうか皆さん、お気をつけてください。


交野市星田北2丁目、府道736号線沿いに平和堂・カインズなどを中心とする複合店舗施設ができるとのこと。完成は来年春の予定です。

平和堂は食料品中心の「フレンドマート」の形になると予想されます。交野市内における初めての平和堂店舗となりそうですね。

このあたりはバス空白地帯だが、京阪バス交野営業所からの回送車が行き来しており、バス路線新設を期待したいところです。


JR沿い星田北に平和堂とカインズができるみたい。来年の春に完成予定(枚方つーしんさま)



毎年この頃になると、冬物のクリーニングや片付けで頭を痛める人も多いかもしれません。

クリーニング料金が何よりも一番気になると思います。
ただでさえ冬物は単品そのものが大きくて分厚く、クリーニング単価も高い。

私も近くのクリーニング店(地元拠点に関西圏に店舗網を広げているところ)に何度か出したことあるが、コート1枚1,300円以上はかなり痛いです。50%値引きセールをやっているところも多いはずだと思うが、どうもここの店ではやっていないようです。

枚方市近辺でもっと安くて良いところがないか探してみたところ、枚方家具団地の第一ランドリーさんは創業60周年の技術と伝統を誇りとされ、なかなか良いと思いました。

さっそくコート1点のクリーニングを預けてみました。

会員(年間300円)になれば、さっそくその日から会員割引(30%引き)が可能です。しかも現在、50%引きセール中でとてもお得となっています。少なくとも今月いっぱい50%セールをやっているとのこと。店員さんも明るく気さくな方でとても良心的だと思いました。

冬物のクリーニング・片付けがまだなら、この機会にいかがでしょうか?

交通手段は京阪バス「家具町1丁目」バス停下車です。


以前より、JR学研都市線津田駅または長尾駅から枚方市立中央図書館(北片鉾)へのバスがあればと思っていました。本年4月より樟葉駅から【84】号経路・<船橋・牧野循環>を経路変更、北片鉾へ乗り入れるようになったので、樟葉方面から中央図書館へ便利になりました。 せっかくなので、津田・藤阪・長尾方面から中央図書館への路線系統を改めて望みたいと思います。

運行経路としては、JR学研都市線沿線の星田・四条畷・住道方面からも利用しやすいよう、例えば

長尾駅~枚方公済病院~藤阪駅~(バイパス)~総合スポーツセンター~甲斐田東町~北片鉾

あたりでどうでしょうか? これだと、山田池公園や枚方市立体育館(総合スポーツセンター)へも便利になって理想的だと思いますが・・・。総合スポーツセンターへは枚方市駅・樟葉駅から発着しているが本数は少なく、どちらかといえば枚方車庫への入出庫という意味合いが強いです。

あと、枚方市立図書館への要望ですが、枚方市駅・樟葉駅・長尾駅などに図書返却ポスト設置はできないものでしょうか? 同じ北河内の某市立図書館では主要駅前ターミナルに返却ポストを設置しているところもあり、もちろん枚方市でも実現可能だと思うのですが。

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