カテゴリ: 京都・滋賀周辺の話題ほか


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京都市南西部郊外の「西山」または「西山・乙訓」と呼ばれる地域、西京区(桂・洛西ニュータウン・大原野ほか)および向日・長岡京市・大山崎町(+南区・伏見区の一部)。

このエリアは大阪府北摂および兵庫県阪神エリアに連なる阪急京都線・JR東海道本線・国道171号線沿線ということもあって、京都府でありながら大阪梅田を中心とする北摂・阪神エリアの雰囲気も感じらる特色のある地域で、共通点も多く見出されます。西山・乙訓地域は京都・北摂・阪神文化の融合エリアと言うほうが的確でしょうか。それゆえなのか、西山・乙訓エリアは京都観光のスポットとしてはやや地味な印象を受けます。

西山・乙訓エリアと北摂・阪神エリアとの類似点を思いつくままに挙げてみました。

○勝竜寺(長岡京市)と勝尾寺(茨木市)→ともに国道171号線で見かける地名
○光風台(長岡京市、豊能町)
○洛西ニュータウンを走る阪急バスは千里ニュータウンの雰囲気を感じさせる
○全国屈指の酒どころ(伏見、伊丹、灘)がある 大山崎・長岡京にはウィスキー・ビールの工場が集積
○三菱電機の製作所(長岡京市)などを核とする工業エリアのあたりは尼崎や伊丹に似ている
○「北ノ口」バス停(向日市物集女、伊丹市)
○京都競馬場(伏見区淀)、園田競馬場(尼崎市)、阪神競馬場(宝塚市)
○大山崎にダイハツ京都工場がある(本社・池田市)
○阪急沿線屈指の紅葉の名所が点在(嵐山、光明寺、善峯寺、箕面、ほか)
○阪急嵐山・箕面・宝塚駅はともに観光地内の終着駅

伏見区(および南区)は基本的に桂川東岸の京阪・近鉄沿線のイメージでしょう。しかし同区は桂川両岸域を跨いで東西に伸びており、西山・乙訓地域とは近接の位置で(阪急バスも伏見区に乗り入れている)、広義の阪急駅勢圏と見なすこともできます。実は国道171号線もわずかながら伏見区を掠っています。京都競馬開催時にはJR山崎・阪急西山天王山駅から桂川対岸の競馬場へシャトルバス(京阪バス)が運行されます(現在、改装工事等のため運休中)。伏見は酒どころという意味で伊丹・灘と共通していますね。

西山・乙訓エリアにおいて「京都らしさ」を感じるものといえば、竹林でしょうか。かつては大阪千里丘陵においても竹林が多かったようですが。

なお、西京区と北隣の右京区エリアを合わせた京都市西部エリアを「洛西」とカテゴライズされることも多く、主に太秦・嵯峨野・嵐山エリアとして語られることが一般的です(西京区の「洛西ニュータウン」は、観光ガイド等の意味する「洛西」エリアとはやや離れているように思われる)。西京区はもともと右京区の一部だったが、桂川を境目に分区され現在に至ります。「嵐山」駅は桂川両岸の阪急・京福(嵐電)に存在するが、町名としての「嵐山」は西京区(阪急側)のほうですね。右京区の四条通には三菱自動車や日新電機などの工場が集積しており、場所柄北摂・阪神エリアとの類似を感じられなくもありません。

西京区は意外なことに大阪府島本町・高槻市に隣接しており、高槻市営バスもわずか1kmだけ西京区の山間部(大阪/京都r6)を走行します。


今年の夏ですが、新型コロナ感染拡大、さらに長梅雨とその後の酷暑に伴い、あまり満足に遠出もできず、やはり欲求不満が残っています。 

バイクでなるべく近場を回るぐらいで、あの異常な酷暑に堪えられず遠乗りは半ばギブアップでしたね。

とりあえず、この夏何とか出会えた風景をアップしました。

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亀岡 保津川下り

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近鉄京都線 木津川橋梁

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翠香園公園のひまわり(枚方市翠香園町)

東京の1日の感染者数が800を超え、医療崩壊が緊迫する事態のもと、この年末年始は大晦日~元旦終夜運転も結局軒並み取りやめ、クリスマスや正月の行事イベント、忘年会・新年会も中止で、我慢を強いられるばかりですね。


2019年8月閉店した平和堂米原店。

平和堂米原店は米原駅前に1986年開業。新幹線・東海道本線・北陸本線の接続する交通の要衝であり、関西・東海・北陸の緩衝地帯である米原駅前のランドマークとして、33年間営業を続けてきました。

建物の老朽化やGMS(総合スーパー)そのものの陳腐化などの影響で2018年閉店する予定でしたが、地域住民の反対により閉店は一旦延期。その後、店舗規模を縮小しながら営業を続けるも、2019年8月に閉店という経緯です。

閉店後、建物を取り壊し、食品スーパー特化型の「フレンドマート」を2021年に再出店する予定でした。しかし、予定を繰り上げ、2020年11月にフレンドマート米原駅前店を開店しました。米原市民にとって貴重なスーパーが戻ってきたことで、朗報ですね。

米原市内には、このほかフレンドマート山東店があります。

なお、大津市の平和堂石山店も生まれ変わって、「平和堂石山」が開店したばかりです。


平和堂「フレンドマート米原駅前店」開店のお知らせ(平和堂プレスリリーフ)
https://www.heiwado.jp/news/2020/1118_maibara.html

平和堂米原店 2019年8月20日閉店(当ブログ)
http://katanogawara.blog.jp/archives/32881333.html



SNS上で

あと少しなのになぜそこが終点? 「ムカつく電車の行き先」はどこか
https://trafficnews.jp/post/101705

ネタが盛り上がりを見せているようです。例えば大阪メトロ御堂筋線だと、「中津行き」「新金岡行き」がその代表的なものでしょう。

このネタに便乗して、「加茂乗り換え問題」を考察してみたいと思います。

京都府木津川市加茂町のJR関西本線(大和路線)加茂駅。関西本線は名古屋から四日市・亀山・奈良を経て大阪のJR難波を結ぶ名阪間の「本線」ですが、途中亀山(三重県)と加茂で列車系統が分断されており、名阪間を通して直通する旅客列車はありません。加茂駅は関西本線電化区間と非電化区間の境界であり、加茂以西奈良・天王寺・大阪方面は電化区間で「大和路線」と称され、反対方向の名古屋側、伊賀上野方面亀山までは単線非電化でワンマンのキハ120形気動車が行き来するだけのローカル線。

かつて、名古屋・亀山方面から加茂を跨いで奈良・大阪方面へ直通する列車が当然の如く存在したが、加茂-木津間電化後、(基本的に)加茂での乗り換えとなり、現在に至ります。

確かに、加茂駅から天王寺・大阪まで【大和路快速】1本で直通していること自体は便利でしょう(加茂電化以前は奈良駅での乗り換えが必要だった)。

反面、亀山方面から気動車に乗車する場合、加茂以西へは「大和路線」の電車に乗り継ぐ必要があります。特に面倒だと思うのは、加茂から一つ先の木津で奈良線・学研都市線(片町線)に乗り換える場合木津で奈良線・学研都市線に接続しているんだから、気動車を木津・奈良まで直通できないものか、と歯がゆい思いをされる方もいることでしょう。

私自身も同様のことを思うこともあります。ただ、木津駅での配線構造や木津-奈良間は奈良線の電車も乗り入れている関係上、気動車の加速性の問題もあって物理的に難しいのかもしれません(2006年まで名古屋から急行【かすが】がキハ75系で奈良まで乗り入れていたが)。

加茂乗り換えが、結果的に京都府南部・南山城地域全体の公共交通網分断をもたらしていることは、深刻な問題と言えるかもしれません。

京都府内関西本線非電化区間の笠置町・南山城村から、京都市内はおろか、同じ京都府南山城地域内近隣の奈良線・学研都市線沿線(精華町および京田辺・城陽・宇治市方面)へ鉄道で行き来することさえ、加茂・木津で2回の乗り換えが必要なのです。かつて近鉄山田川と伊賀上野を国道163号線経由で結ぶバスもあったけど、過疎化が進み廃止。特に南山城村は京都市とのつながりよりも、隣の三重県伊賀市の生活経済圏に含まれるようですね。


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京都競馬場(京都市伏見区)が本格的な改修工事に入るため、2020年11月1日開催のレースを最後に休場となります。

工事期間は2年半。再開は2023年4月の予定で、「春の天皇賞」「菊花賞」をはじめ休止期間中のレースは、阪神競馬場など全国の競馬場で開催されるとのこと。

休場期間中、京阪電車の淀駅臨時停車や競馬シャトルバス(JR山崎・阪急西山天王山~京都競馬場)も休止となります。


京都競馬場 休止前最後の開催(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20201101/2000036723.html



今春閉店となった四条河原町・京都マルイの跡に、商業施設「京都河原町ガーデン」が来春開業すると発表されました。

「京都河原町ガーデン」は、家電量販店「エディオン」を核店舗にするとのこと。京都住友ビルのリニュアルを施し、来春開業の予定です。「ガーデン」は東京・有明にあるが、関西は初めて。ネット通販が浸透する中、体感や体験を伴った消費の創出を目指すといいます。リニュアル期間中も、7・8階レストラン街は営業中とのことです。

京都マルイは2011年開業。しかし、髙島屋や大丸に比べて売り場面積が小さいことも災いし、業績は冴えなかったようです。2020年春、新型コロナ感染拡大の中、予定を早めて10年の幕を閉じました。マルイが入る前は阪急百貨店でした。


京都マルイ跡に「エディオン」核店舗の商業施設 来春リニュアル開業へ(京都新聞)
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/379870

京都マルイの後継にエディオンなど 住友不動産が誘致(日経)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO64945860T11C20A0LKA000/


(その3)
http://katanogawara.blog.jp/archives/35959961.html

伊勢市から先のルートは、R23~R163~R24~R307経由で枚方に帰りました。

さっそくJR参宮線・近鉄山田線の踏切を渡り、R23(南勢バイパス)へ抜けます。R23を走行中、距離標識に「名古屋」の文字が視野に入り、名古屋市までの射程圏に入ったことを実感。早朝未明に兵庫の川西・伊丹を発ち、大阪市内(十三・中之島・なにわ筋・西成・平野ほか)を経て、R309で吉野路天川・上北山(行者還林道)、和歌山県の飛び地(北山村)、そして熊野・尾鷲・南伊勢を大回りしながら、はるばる事実上の東海地方まで到達したことに、ある種の感慨深さのようなものを覚えました。

途中、松阪市街地に寄って、あら竹さんの松阪牛名物駅弁も味わえたら最高でしたね。R23当該走行区間のうち、松阪市まではR42との重複区間です(R42目線としては先ほど走った方向とは逆に、尾鷲・新宮・和歌山方面を目指すことになる。R42の起点は静岡県浜松市、伊良湖~鳥羽間は海上区間、鳥羽から紀伊半島を一周して和歌山市に至る)。

本当はR23~R306を走り、亀山からR1に入って鈴鹿峠から滋賀および京都市内にも寄りたかったが、あまりに疲れたので、最短経路のR163を走り、伊賀を経て木津川・京田辺に抜けました。もし実際に滋賀県入りを成した場合、できれば湖南から野洲へ抜け、琵琶湖大橋~大原・宝ヶ池・北山通(もちろん奈良南部や和歌山県の「北山」とは違いますよ)へ迂回(R477~R367)、あるいは少なくともR1の単純トレースで草津・大津を経て山科に抜けるルートを走りたかったですね。

伊賀市の旧・上野市街地まで来ると、「道の駅 お茶の京都・みなみやましろ村」の案内標識も見かけるようになります。そして枚方・交野・寝屋川ナンバーのバイク集団に出くわし、伊賀は意外に大阪北河内に近いことを改めて実感。程なくして京都府に入り、府内唯一の村・南山城村を通過。当日、大阪・和歌山・京都3府県唯一の村を巡ったことも何気に興味深いですね。また、R307京都・大阪府境は大阪府最東端地点(枚方市尊延寺)です。

* * * *

(2020.11.4追記:当日の道順)
枚方市→守口市(大日)→【大阪中央環状線~R176バイパス】→川西市→【兵庫r13】→伊丹市(北村)→【r13~兵庫/大阪r41】→淀川区(十三)→北区(中津浜)→【r41・なにわ筋】→西成区(岸里)→【松虫通】→平野区→【R309】→美原区→【R309】→富田林市→【R309】→御所市→【R309】→下市町→【R309】→天川村→【R309・行者還林道】→上北山村(天ヶ瀬)→【R169】→下北山村(下桑原)→【奈良r229】→不動トンネル→北山村(和歌山県)→【三重r40~r34】→熊野市駅

→【R42】→尾鷲市(大曽根浦駅~尾鷲市街地)→【R42】→紀北町(紀伊長島)→【R260】→南伊勢町(南島町西方)→【三重r22】→伊勢市(外宮、伊勢市駅前)→【R23・中勢バイパス】→津市→【R163】→伊賀市→【R163】→木津川市→【R24】→山城大橋→【R307】→枚方市


京都府では、新型コロナ感染拡大の影響で利用客が減少している府内の公共交通の活性化を図り、観光需要を喚起するため、「もう一つの京都」キャンペーンを展開中。2020年8月29日より、お得な「もうひとつの京都 周遊パス」の発売が開始されます。発売期間は2021年3月31日まで(売切れ次第 販売終了)。

周遊パスには以下4種類があります。

1)「海の京都エリア」 1日乗車券 大人2,200円 2日乗車券 大人3,000円
(利用範囲)京都丹後鉄道、丹後海陸交通、京都交通バス

2)「森の京都エリア 亀岡・南丹版」 大人1,500円(小児運賃の設定なし)
(利用範囲)京阪京都交通、南丹市営バス(有効期間内に限り、各社路線でそれぞれ1日ずつ利用可能)

3)「森の京都エリア 美山京北バスたびきっぷ」 大人2,300円
(利用範囲)西日本ジェイアールバス(京都駅前~周山)、京北ふるさとバス、南丹市営バス

4)「お茶の京都エリア」 大人1,000円(小児運賃の設定なし)
(利用範囲)京都京阪バス、京阪バス、奈良交通(和束木津線、JR加茂駅~岩船寺・浄瑠璃寺間)


詳細は下記のページをご覧いただければ幸いです。
http://www.pref.kyoto.jp/ktr/news/20200801.html



建て替え中の平和堂石山店(大津市)が2020年11月中旬に開業する予定です。

平和堂石山店は平和堂4番目の店舗として1970年9月開業の老舗店舗(5階建て)、デパートのような風格を感じられる姿でした。1970年代当時、地方都市の総合スーパーといえば、デパート(百貨店)と同格のランドマークというべき存在で、よそゆき感のある「特別な空間」だったようです。石山店の5階には当時流行のボウリング場もあったみたいですね。

しかし、建物老朽化や耐震などへの対応から建て替えが必要となり、2018年8月閉店。その後、近隣で仮設店舗として営業を続けてきましたが、2020年8月16日に閉店する予定です。11月開業の新店舗「平和堂石山」オープンに向けた最終準備のためとのこと。新店舗は4階建てで旧店舗に比べて売り場面積は縮小するが、総合スーパー(GMS)形態を維持。平和堂直営の食料品・生活関連品・衣料品を中心に、眼鏡店、100円均一、飲食店の専門店で構成するようです。

建て替え後の店舗名がそのまま「平和堂石山」とは意外でした。近年の平和堂の新店舗あるいは建て替え店舗は、食料品中心の「フレンドマート」「フレンドタウン」と称して出店する例が多いので。10年ほど前までは、GMS形態として「アルプラザ」での新規出店もしばしば見られたが。今回の例だと「アルプラザ石山」でも良いのではと思いましたが、旧店舗と同じ「平和堂」の名前をそのまま掲げるのは、近年では稀な建て替えケースでびっくりでした(仮に「アルプラザ」とするなら、「アルプラザ堅田」以来となる)。地元民には、長年慣れ親しんだ「平和堂石山」のほうが愛着があるでしょう。

仮設店舗閉店から新店舗開店までの間、最寄の平和堂「フレンドタウン瀬田川」までの無料買い物バスを運行するとのことです。


平和堂/滋賀県大津市「石山店仮設店舗」閉店、新店舗は11月オープン(流通ニュース)
https://www.ryutsuu.biz/store/m072120.html



(その1)
http://katanogawara.blog.jp/archives/35637842.html

長尾から乗車した気動車はキハ53+キハ47の2両編成。当時、片町線の非電化区間にはキハ58系(キハ28・58)が多かったが(主にキハ35・キハ47との混結)、今回乗り合わせた列車にはキハ28・58が連結されていないのは残念でした。キハ58形に代わりに、同じDMH17H型2エンジンのキハ53が組まれることもありました。しかし、キハ53形は少数派の国鉄気動車形式(キハ23形の2エンジン版)で、今となっては貴重なので、しっかり乗っておけばよかったです。

片町線を走る気動車は、当時亀山機関区(→亀山鉄道部)の管轄で、関西本線非電化区間(亀山-加茂・奈良)と共通運用でした。2年前までの国鉄時代は、三重県下の紀勢本線(亀山-新宮間)や参宮線などの運用もあったが、亀山駅でJR東海とJR西日本に分割されたため、運用範囲は大幅に縮小され寂しくなったものです。

長尾を発車した気動車は、さっそく新しく付け替えられた(合わせて複線化)線路を徐行。大阪・京都府県境にあった片町線唯一の山岳トンネルは明治期建造の貴重な鉄道遺産だったが、新線切り替えで消失しました。

県境を越えて間もなく、建設中の松井山手駅を通過。松井山手駅は電化と同時に開業。京阪電鉄の新しい街づくり事業(京阪東ローズタウン)を展開することから、建設費は京阪の負担で賄われました。かつては雑木林の中ののどかな里山だった一帯も、街開きで大きく変貌を遂げ、将来ここに北陸新幹線が通る計画です。また第二京阪・新名神の全面開通を前に、高速道の要衝(八幡京田辺JCT)として新たな開発が進行中です。松井山手から先、単線区間となります。

車掌さんが車内検札が来てドキッとしました。片町駅から120円区間の乗車券を提示。案の定、不審がられたようだが、「大回りで大阪城公園まで乗ります」と一言説明してやりすごしました。これも、近郊区間大回り乗車など、あまり一般に理解されていなかった当時ならではのエピソードと言えます。それに、今時のローカル線ではワンマン運転が当たり前で、車掌さんが検札・集札すること自体、貴重な光景ですね。

田辺駅(→京田辺駅)は当時木造駅舎だったが、現代的な郊外駅に生まれ変わり、駅前にはアルプラザ(平和堂)も開業。木津行きのりばホームにはC11 324号機が静態保存されていました。京田辺市の観光名所として、一休和尚の「とんち」で知られる一休寺があります。また、京田辺は高級茶・玉露の産地としても有名ですね。

同志社前駅は同志社大学京田辺キャンパス開校に合わせ、2年前に開業。電化後、ここで折り返す列車が新設されるため、折り返し用ホームの増設工事中でした(そのホームは撤去され、今は棒線一面に戻った)。振り返れば、同志社前駅開業は、片町線全線電化を予感させるニュースだったように思います。

進行方向左側に並行する近鉄京都線も、どちらかといえばローカルな雰囲気が色濃かったけど、けいはんな学術文化研究都市開発などを控え、この年に京都市営地下鉄烏丸線と直通運転(北大路-竹田-新田辺間)が始まり、また1990年代にかけて編成増強や高架化工事、新駅開業なども進みました。

近鉄に比べて列車本数の少ない片町線も、今では7両編成の207・321系4ドア電車が全線を走るようになりました。非電化時代とあまり変わらない雰囲気の無人駅に7両編成の電車が止まる光景は、ミスマッチと言えるでしょう。車両のバラエティに関しては、伊勢志摩ライナー、しまかぜ、汎用特急車、京都市交10系ほかが賑やかに行き交う近鉄のほうが楽しいでしょう。

祝園を発車してしばらくすると、近鉄の下を潜り抜けて分かれ、終着駅・木津に到着。

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関西本線(大和路線)に乗り換え、奈良を経て天王寺に向かいます。奈良までは、おそらく奈良線から直通の電車(105系)だったと思います。木津駅4番ホームには2両編成の気動車(キハ58+キハ47?)が止まっていました。夕方の片町線運用の待機でしょうか。

奈良駅構内の売店で、中華まんじゅうを買って小腹を満たし、快速電車大阪行きに乗り換え。大和路線の快速電車には主に113系赤帯が使用されるが、翌年夏までに早々と221系に置き換えるという快挙を成しました。

天王寺駅で環状線内回りに乗り換え、大阪城公園で下車。公園内を抜けて確か天満橋(もしくはOBPから京阪京橋駅だったかも)まで歩いたと思います。



京都府京丹波町蒲生のドライブイン「丹波の里やまがた屋」が2020年11月末で閉店するそうです。

「丹波の里やまがた屋」は国道9号と27号の交差する要所に立地。すぐ側に京丹波町役場があり、京都府立丹波自然公園も近いです。1960年にトイレを併設した食堂として開店、今年60周年を迎えました。現在は土産物売り場やフードコート、ベーカリーカフェなどが入っています。多くの観光バスや大型トラックの休憩所として親しまれ、またここで一息つくドライバーやライダー、観光客で賑わいを見せてきました。 

私もバイクで丹波・丹後半島方面へ走るときなどは、時々ここで一服しました。

しかし、京都縦貫道の全線開通(2015年)で一般国道(下道)の交通量が激減。私もここ近年、国道9号線の蒲生以西をバイクで走る度に、交通量が少ないと感じますね。また、周辺に道の駅が相次いで開業していることもあって、縦貫道全通後の5年間で売り上げが5割も減ったそうです。今般の新型コロナの影響が売上減に追い討ちをかけ、先行き不透明さが一層深まり、閉店へ踏み切ったとのこと。

閉店後は、代替店舗として道の駅「丹波マーケス」(現店舗より9号線を京都方へ600mほど)などを利用することになります。

周辺の公共交通としてJRバス園福線があります。一昔前は京都交通の長距離快速バス(四条河原町~和知・東舞鶴・天橋立ほか)もここを通っていましたね。


京都の名物ドライブイン「やまがた屋」閉店へ
縦貫道開通で交通量減少、コロナ禍が追い討ち(京都新聞)

https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/305199



自転車で三重県へ遠征したときのことを書いてみようと思いました。

初めて自転車で三重県に踏み入れたのは高3の6月初旬。目的地は伊賀上野(伊賀市)でした。

大阪府民にとって三重県といえば遠いところと感じられると思います。しかし、枚方・交野・寝屋川など北河内から伊賀へは国道163号線で東西一直線に結ばれて意外に近く、大阪府最東端の枚方市尊延寺から伊賀市島ヶ原(京都 / 三重府県境)までの直線距離はわずか20km台ですね。

鉄道利用だと、JR学研都市線+(木津・加茂乗り換え)+関西本線が最短経路にあたります。実はこのルートが大阪・名古屋間の最短距離経路だったりします。

今回、自転車で走ったルートも、学研都市線・関西本線にほぼ沿ったものでした。もう少し詳しく言えば、

R307~大阪/京都r71~京都r65~R24~R163

で、伊賀上野(上野市駅前・上野城)までだと60kmほど。木津川に沿った道のため坂道もさほどきつくなく、意外に快調に走れました。通過府県は大阪・京都・三重の3府県ですが、京都と三重が隣接していることを知らない方も多いようです。もっとも京都府と三重県との境界は南山城村のわずか数キロほどなので、両府県が隣接していることは少々認識されづらいのかもしれませんね(ちなみに三重との隣接府県は北から順に愛知・岐阜・滋賀・京都・奈良・和歌山)。

伊賀地方を流れる木津川・名張川ほかの支流は全て淀川水系に属しています。伊賀盆地・大和高原からの木津川、琵琶湖と繋がる宇治川、および京都丹波高原(京都市左京区広河原に源流)から保津峡・嵐山・嵯峨野を辿る桂川が、八幡・大山崎で集まって淀川となり、大阪湾(瀬戸内海)へ流れます。

三重県は行政・経済の面では基本的に名古屋志向の東海地方ですが、伊賀地方は自然地理的にも文化・経済・通勤の面でも大阪志向(関西圏)です。伊賀地方を通る関西本線(亀山以西)はJR西日本管轄、近鉄は新青山トンネル(伊賀・伊勢国境)が大阪・名古屋管轄部局の境界です。ただし、伊賀地方も名古屋への中距離高速バスが発着するなど、名古屋志向の側面もあるように感じます(大阪・京都~伊賀間の高速バスが運行されたこともあるが、軒並み撤退)。

あの当時、近鉄京都線の山田川駅と上野市駅(近鉄伊賀線→伊賀鉄道)をR163経由で結ぶバス(奈良交通)、また天理から名阪国道を走って上野市までのバス(奈良・三重交通)などがありましたね。

帰りの走行ルートは木津川市までは行きと同じR163で、さらにR163を西へ進み、清滝トンネルをぶち抜いて四條畷市街地を廻りました。

当日の天気は曇り空でした。帰りの精華町~生駒高山あたりを走っている頃に雨が降り出し、ずぶ濡れになったものの、全体的に凌ぎやすい気候でひどく疲れることなく快適でした。


(その1)
http://katanogawara.blog.jp/archives/35145646.html
のつづき。

佐々里峠区間が一段落すると、若狭湾へ流れる由良川の旅となります。

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佐々里峠区間 冬季は通行止


西へ20kmほど走り、茅葺き屋根の民家群が視界に入るようになり、美山まで来たことを実感。

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かやぶきの里 美山

R162(周山街道)との交点(「安掛」交差点)が京都r38の終点です。R162を小浜方面(北行き)へ3kmほど走らせ、「静原」交差点を左折。京都r12を西に進み、由良川の旅は続きます。

京丹波町和知(旧・船井郡和知町)との境界手前には大野ダム。京丹波町の「市場」交差点を右折し、R27を綾部・舞鶴まで走り続けます。

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問題はこのあと。綾部市に入る手前までは、景色も良くて頗る快調だったが、ここから先、所々で渋滞に巻き込まれ、不快感を喫する「地獄の旅」となってしまいました。

さっそく、綾部市街地へ近づくにつれて、R27は渋滞。綾部市街地を過ぎて舞鶴市内までは流れは普通だったけど、西舞鶴(「大手」交差点)でR178(R175重複)に入り、由良川河口の丹後由良あたりで再び渋滞。そして天橋立付近は大渋滞・・・。さすがにGW中盤とあって当然でしょう。

今から思えば、R27~R178ルートを取ったのは大失敗でした。そもそも舞鶴市に寄る目的・理由などなく、ただ鉄道の走るルート(JR舞鶴線~京都丹後鉄道宮津線)に惑わされただけのようですね。綾部市街地から、引き続き由良川の流れに沿うルートを取る、すなわち府道で福知山市内を経て、R176経由で加悦谷に抜け、宮津市へ回るほうが、風景も良いし渋滞も少なく快適だったでしょう(由良川は福知山市からR175のルートで大江を経て丹後由良へ流路を取る)。京都~宮津・天橋立方面の特急列車も、今では福知山から京都丹後鉄道宮福線経由なので(急行【丹後】の時代は、ご丁寧に西舞鶴から宮津線を回っていた)。京都縦貫道(R478)も、綾部JCTから舞鶴市街地を通らず(舞鶴大江ICは通るが)、宮津・丹後方面へ短絡していますね。

岩滝口(「消防署前」交差点)からR178で丹後半島を周回。

「舟屋の町」で有名な伊根町の「道の駅」で、遅い昼食をとりました。時刻は確か午後2時を回っていたと思います。三条京阪からの走行距離は190km近く、同じ京都府内とはいえ随分遠くまで来たことを実感。というより、わざわざ花背・佐々里峠を大回りしたことが大きいのですがね。あと、伊根町に入る手前あたりは、狭隘区間だったため、渋滞に嵌りました。

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伊根の舟屋

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今回、かやぶきの里・美山と、舟屋の町・伊根を走行ルートに入れながらの丹後半島周回の目的の一つは、「京都府の魅力」を堪能することだったと思います。京都府は丹後半島から奈良県境にまで及ぶ、南北に細長く伸びる都道府県の一つですが、「京都府」を実感できるのは、せいぜい京丹波町より南側の地域でしょう。綾部・福知山・舞鶴以北の中丹・丹後地域まで「京都」というには、少し違和感があります。このあたりは、隣の兵庫県北部・但馬地方と合わせて一つの県にするほうが、一体感があるように思われます。

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経が岬を経て、強い西日を浴びながら、網野・久美浜(京丹後市)を通り過ぎ、やっとこさ兵庫県(豊岡市)に越境。三条京阪から兵庫県境までの走行距離は260km程で、京都府の広さを改めて実感。奈良・三重県境の南山城村から走るとすれば、300kmを超えることになるわけですが、それでも京都府の面積はさほど広くありません(面積ランキングは31位)。

豊岡市街地に着く頃には、もう日が暮れていました。これから、R312・R9・R427・R176経由で、ひたすら兵庫県を縦断して大阪市内まで走り続けるわけですが、まずR312で渋滞。和田山からR427で丹波市へ抜け、R176を快適に進んだと思えば、三田市内から長い渋滞。西宮北ICから、兵庫r82に脱して市街地へ抜けようとしたところ、またもや渋滞に呑まれるばかり・・・。山道の暗闇の中、方向感覚を失いつつも、何とか山を下りて、高級住宅地の甲陽園・夙川にたどり着きます。阪急電車の走る音が耳に入るや、ようやく大阪に帰ってきたと実感。R2に入り、日付が変わる頃に大阪梅田に着きました。

* * * *

この旅行の感想について一言でいえば、「疲れるだけの旅だった」。

あちこちで渋滞に嵌って苛立ちや焦りを感じながらの旅になったわけですが、仮に綾部~宮津間のルートをR176・加悦谷経由に取れば、もう少し快適だったことでしょう。

ただ、どうも天の神様からは、何かしら叱責を食らったようでもあります。渋滞に遭ってペースを乱されるのも、「天罰」の一つだったのではと勝手に妄想してみたり、後ろめたさは感じましたね。



今から22~23年ほど前のGW、バイク(小型二輪)で丹後半島一周の旅に出ました。

当日の天気は爽やかな五月晴れでした。さっそく、三条京阪に立ち寄り、【川端通り】を北に進みます。朝の鴨川の風が心地良かったです。出町柳駅前の三角合流点のところで、高野川と鴨川(賀茂川)を渡り、賀茂川左岸沿いの【加茂街道】を快走。青々とした若葉に包まれる「緑のトンネル」で、最高の気分(^-^)

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出町柳の三角合流点 右が賀茂川、左は高野川
両河川を挟んで糺の森・下鴨神社がある

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【加茂街道】の「緑のトンネル」

御薗橋(加茂川)を渡り、京都r38(旧道区間含む、別名【鞍馬街道】)を南丹市美山町までひたすらトレース。京都産業大学前を経て、叡山電鉄二軒茶屋駅付近から鞍馬まで、電車と並走。

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叡山電車貴船口付近
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鞍馬の町並み

鞍馬の町並みをゆっくり進んで間もなく、勾配の角度を上げ、本格的な北山の山岳道路に。「百井別れ」からしばらくR477との重複区間となります。この交差点を右折するとR477最大の酷道区間で、百井峠を越えて大原に。R477は途中を経て、琵琶湖大橋を渡り、近江盆地を東に向かって鈴鹿山脈を越え、三重県四日市市に至ります。なお、百井別れ交差点でR477をそのまま道なりに進路を取るなら、鋭角カーブが必要で、初心者ドライバーは避けるほうが無難。

百井別れを過ぎると、花背峠も近く、高度をさらに上げつつ、カーブも連続するようになります。

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花背峠

花背峠も京都市左京区。この先も、まだまだ左京区が続きます。

花背の里には茅葺き屋根も何軒か見られるが、大半はトタン屋根に張り替えられています。やはり茅葺きの手入れが難しく、職人が激減しているためでしょう。
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花背の里

下り坂が一段落し、桂川の谷間にたどり着いたところ(花背大布施町)で、R477が左(西方向)へ別れます。R477は桂川の流路にほぼ沿う形で京北町(右京区)から亀岡・園部を経て、大阪府能勢町・池田市を目指します。

ここから再びr38の単独区間となって、美山(南丹市)方向、すなわち桂川の流路と反対の進路を取り、京都市最果ての山里・広河原に。京都バス【32】系統が出町柳駅から広河原まで、1日3往復運行されています。広河原には京都市唯一のスキー場があり、京都府内有数の豪雪地帯です。

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花背~広河原あたりの風景 中央の川は桂川

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広河原バス停

ここから佐々里峠区間に差し掛かり、急勾配・カーブがしばらく続きます。佐々里峠が中央分水嶺にあたり、太平洋側と日本海側の境目です。峠で京都市(左京区)は終わり、南丹市(美山町)に。

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佐々里峠

佐々里峠を越え、茅葺きの里・美山をのんびり走り続けます。やがて、由良川に出会い、河口のある丹後由良まで、この川に ”五合目ほどまで” 寄り添う旅となります。由良川の源流は、美山町の北東・芦生原生林にあり、滋賀・福井との府県境(丹波・近江・若狭三国境)に近いところです。



私が子どもの頃(小学3年ごろまで)、家族でよく京都市動物園に連れて行ってもらいました。

京都市動物園は、左京区岡崎に立地。琵琶湖疏水の北側、岡崎通を挟んで京都市美術館の向かい側(東)のところで、平安神宮に近いです。

動物園へはよく車で連れて行ってもらったように記憶しているが、小3の秋ごろ、電車で行った時が私個人的に一番楽しかったです。 

枚方から京阪電車で三条まで出るわけですが、三条で京津線に乗り換えて一つ目、「東山三条」下車のルートでした。当時、三条駅は地上ホームで、京阪線と京津線(大津線)はノーラッチで乗り換え可能でした。京阪線と京津線の間の連絡通路には喫茶店や食堂が並び、楽しい「エキナカ」でしたね。東山三条駅は併用軌道の簡易的な電停ホームそのものであり、ステップ付きの各駅停車専用車80形のみが停車(260・500形などを使用する「準急」は通過)。東山三条から徒歩だったのか、バスだったのかは覚えていませんが、平安神宮へつながる【神宮道】を北へ入ると近いです。市バス【5】系統もこのルートで動物園前を通ります。「動物園 岩倉」という方向幕が懐かしいですね。

あれ以来、動物園に行くことはなくなったと思うが、その代わり、向かい側の京都市美術館へ時々連れて行ってもらいました。動物園の時のようなワクワク感はあまりなかったような・・・。小さい子どもたちには、やはり動物園がいかに人気があるか、納得です。小中学生だった私自身に西洋美術は難しかったこともあるでしょう。正直、美術館にはあまり関心がなかったけど、美術館にもさまざまなスタイルがあり、今になって地方の美術館ほどむしろ面白いと思っています。それも抽象的な西洋芸術より、各地方土着の民芸品や民衆の生活から生まれた芸術も多く、理解しやすく親しみやすそうなので。


京奈和自動車道(E24)の城陽IC~田辺北IC間にかかる新木津川橋。

新木津川橋は自動車道にもかかわらず、例外的に歩行者・自転車および125cc以下の二輪が通行可能となっています。

というのも、木津川を挟んで京田辺市と城陽市を結ぶ道路であり、付近に木津川に架かる他の橋がないため(木津川上流側に国道307号線山城大橋はあるが遠回り)、生活道路としても重要とされているためです。もっとも、歩行者・自転車・125cc以下二輪車は、そのまま本線車道を通行することはできません。新木津川橋・本線車道の両端に125cc以下二輪車・自転車・歩行者専用の通行帯が併設され、両岸間の往来が可能にしています。2017年以前は、二輪車のみ(125cc以下含む)本線車道の通行が可能だったが、本線車道と自転車・歩行者専用道の間に二輪車通行帯が新設されました。

城陽IC~田辺北IC間の通行料金は、普通車・軽自動車等とも100円の特定料金であり、125cc以下の二輪車および自転車は10円。このため、100円橋とも呼ばれています。

実を言うと、城陽IC~田辺北IC間は125cc以下の二輪が通行できることは知りませんでした。京田辺・枚方方面から新木津川橋経由で城陽市や宇治市への移動が便利ということになりますね。

城陽ICは京奈和道の起点であり、2017年には新名神八幡京田辺IC~城陽IC間が暫定開通しました。京都・奈良間の車での移動は、第二京阪~新名神~京奈和道経由が定番ルートになりつつあります。京都市内~けいはんな学研都市を結ぶバス(京阪バス・奈良交通の共同運行)も、基本的にこのルートを取ります。


京都市山科区の鏡山循環バスへの住民の取り組みが先日、京都新聞に掲載されました。

もともと、鏡山学区の渋谷街道沿いに京阪バスが走っていたが、1997年地下鉄東西線開通時に廃止。撤退直前当時の該当する路線は【20B】号経路で、大宅(山科営業所前)を起点に、

→蚊ヶ瀬→東野→山階校前→(渋谷街道)→北花山→御陵→国道山科南詰→竹鼻→山階校前→東野→蚊ヶ瀬→大宅

を巡る循環路線でした。当時の山科駅付近(国道山科交差点)の道路事情の都合上、山科駅に立ち寄らないルートとして設定されていたが、これが住民のニーズに合っていなかったようで利用客は減少、廃止に追い込まれました。

しかし、鏡山学区へのバス路線復活への要望は強く、自治連合会が中心となって署名集めに取り組み、復活を要望。その結果、2013年に山科駅を起点とする「鏡山循環バス」が小型車にて運行開始となります。

循環バス運行当初は1日2便で、乗客数は1便当たり平均10名程度だったといいます。しかし、地域の足の確保や高齢者の外出の後押し、CO2排出削減などを謳って、自治連をはじめ地域が一丸となって、住民にバス利用をPR。この地域ぐるみの取り組みが実り、2017年には1日3便に増発、乗客数も2019年9月に1便平均で約27人を記録したとのこと。

地元の小学校でも、昨年夏、総合学習でバスの役割や意義を学び、体験乗車したといいます。その後も、「バスに乗ってもらおう作戦!」を展開し、年末の餅つき大会で手作りのチラシやグッズを配布したり、学習成果を発表されたそうです。こういう継続的かつユニークな取り組みが、利用客増加の効果を上げているものと思われます。

以上の鏡山循環バスの取り組みは、このほど国土交通省の「交通関係環境保全優良事業者等表彰」に受賞しました。

現行の「鏡山循環バス」の運行経路は、

山科駅→外環三条→地蔵寺→今屋敷→岸ノ下町→中道町→北花山→御陵駅→京都薬科大学→五条別→外環三条→山科駅

にて設定されています。


廃止の路線バス復活、住民ぐるみで利用声掛け 平均乗客10人→27人、
小学生にも自治会がPR(京都新聞)

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200209-00248683-kyt-l26



トロッコ嵯峨駅前(JR嵯峨嵐山駅)に展示されているD51 51号機蒸気機関車が、老朽化により来年1月から解体される予定です。展示は年内のトロッコ運行日のみで、12月29日が見納めとなります。

D51 51号機は1937年製造。東海道・山陽本線などで活躍し、1971年引退。その後、枚方市の「くずはモール」で展示されるが、リニュアル工事により、2004年に現在の嵯峨嵐山に移されました。

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1972~2004年のくずはモールとD51

屋外展示のため風雨の影響を受けやすく、傷みが目立つようになっていたそうです。 

枚方市民にとっても思い出のある車両だけに、このまま解体されてしまうのは残念ですが、引退した鉄道車両の保存・維持には相当な手間と費用(税金)がかかるものです。丹後地方の加悦SL広場が閉園するとのニュースが飛び込んできたばかりであり、車両保存活動の厳しさを理解していただければ幸いです。

嵯峨嵐山のD51、解体へ 屋外展示で老朽化(京都新聞)
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/105487




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四条河原町の京都マルイが来年5月末で撤退することになりました。

京都マルイは、2010年閉店した四条河原町阪急の後継店舗。住友不動産が所有するファッションビルの地下1階~地上6階に入居。四条河原町という京都一の繁華街にもかかわらず、近隣の高島屋や大丸など、店舗間競争の激化で売り上げが伸び悩む一方でした。住友不動産との契約満了のタイミングで撤退を決めたとのことです。

阪急百貨店時代も、四条河原町近辺の百貨店としては後発ということや、売り場面積が狭いということもあって、苦戦気味だったようです。京都マルイに何度か入ったこともあるが、百貨店(デパート)というには中途半端な感じで、イマイチ冴えない印象でしたね。

閉店後も、7・8階レストラン街は営業継続するとのことですが、先が読めませんな。


京都マルイ、来年5月で撤退 四条河原町の商業施設 「阪急」後継ぐも・・・
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/62430



そごう神戸店と西武高槻が阪急百貨店に生まれ変わった矢先、そごう・西武が2021年2月までにさらなる店舗網大幅リストラ計画を発表しました。

その中には、大津西武、西神そごう、徳島そごうなどが入っています。これにより、関西からはそごう・西武が消滅することになります。

西武大津の閉店後、滋賀県県庁所在地である大津市からは百貨店が消えることになり、近鉄百貨店草津店が県内唯一の百貨店ということに・・・。県内の百貨店が近鉄百貨店だけという点では、奈良・和歌山・三重と同じになりますね。滋賀県は西武発祥の地であるだけに、西武大津は創業者の意地で存続させたかったのかもしれませんが、さすがに郊外や地方の百貨店が軒並み閉鎖される時代の流れには抗しがたいでしょう。

しかし、「百貨店は時代遅れのビジネスモデル」なのかもしれないが、ここまで軒並み閉店リストラに乗り切る百貨店業界は、聞いたことがないと思います。そごうはバブル経済の頃は、奈良や呉、福山、加古川、高松など地方都市に無鉄砲とも思えるほどの出店攻勢だが、バブルがはじけたあと、後発店舗はおろか、大阪心斎橋のような老舗店舗でさえも軒並み大鉈を振るうとは、経営方針の荒っぽさを印象付けますね。

一方で、京阪百貨店や阪神百貨店のように、食料品中心の庶民派路線で健闘しているところもあります。京阪百貨店は百貨店としては後発でありながら、守口の本店はそごう神戸店などを上回る売上高で郊外型では日本一のようです。

そごう・西武、2021年2月までに店舗網大幅縮小(都市商業研究所)
https://toshoken.com/news/16881


JR米原駅前にある平和堂米原店が2019年8月20日に閉店することに決まりました。

平和堂米原店は1986年開店。米原店の店舗形態は総合スーパー(GMS)で、準・「アルプラザ」と言える形になっています。東海道本線・北陸本線が分岐し新幹線も止まる鉄道の要衝・米原駅のランドマークとして33年間営業を続けてきました。しかし、建物の老朽化やGMSそのものの陳腐化などの影響もあり、2018年2月に米原店は閉店する予定でした。ただ、地元の反対の声が強かったようで、閉店は一旦撤回。店舗規模を縮小しながら営業継続となっています。仮に平和堂米原店がなくなれば、旧・米原町内(米原市)には他にスーパーがなく、彦根市など周辺の町へ買い物に行かざるを得なくなるので、地元住民の閉店反対の声が多かったといいます。

今回、平和堂米原店の閉店後、今の建物を取り壊し2021年ごろに小型化して食料品特化型のフレンドマートとして再オープンするとのことです。

https://maibarand.shiga.jp/maibara-heiwado/


平和堂の店舗について、1980年代までに開店した店舗は、純粋に「平和堂○○店」という店名だったと思いますが、1990年代に入ると大店法の規制緩和が進んだことを背景に、「アルプラザ」という名称で大規模型の総合スーパー(GMS)としての出店が相次ぎ、地元・滋賀県はもとより京都・大阪そして北陸・東海各地に出店攻勢を強めます(アルプラザ1号店は1979年彦根市に開店)。しかし、2000年代後半頃からか、GMSそのものの陳腐化が目立つようになり、ここ10年間はアルプラザの新規出店は見られず、代わりに生鮮食料品特化型の小規模スーパー「フレンドマート」としての出店がほとんどです。出店区域のほうは従来よりもむしろ広がっており、特に京都南部や大阪北部への新規出店が目立ちます。


振り返れば、1990年代後半(1996~2000年)は京都周辺の鉄道もかなり大きく変わったと言えます。

まず、1996年3月の山陰本線園部-綾部間電化。これにより、気動車特急<あさしお>と急行<丹後>は廃止、183系電車特急(485系からの直流化改造)に代わりました。また、山陰本線(嵯峨野線)京都市内区間の連続高架化工事も完成、 荘厳な寺院風で知られる旧・二条駅舎は移築、梅小路蒸気機関車館→京都鉄道博物館に保存されています。二条駅前は、後述の地下鉄東西線開通後、京都市街地の西のターミナルとして大きな変貌を遂げます。また、2000年には、二条-花園間複線化と同時に、両駅間に「円町」駅が開業。その後、嵯峨野線は京都洛西郊外の通勤通学路線、および嵯峨野・嵐山方面への観光路線として、利用客がさらに増加します。

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急行<丹後>と113系のツーショット 京都にて

京都市営地下鉄東西線(二条-醍醐間)が1997年10月開業。東西線開通と引き換えに、路面併用軌道の京阪京津線三条-御陵間が廃止されました。御陵-浜大津間は、地下鉄東西線に乗り入れる形で、三条京阪での京阪本線との接続が維持されます(開業当初は京都市役所前までだったが、現在は二条から西へ延伸した太秦天神川まで直通運転を行っている)。東西線開通に合わせ、京阪京津線御陵-浜大津間と石山坂本線は架線電圧が600Vから1500Vに昇圧、京津線準急で使用していた600・700形は石山坂本線専用となります。

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三条-御陵間廃止とともに引退した京津線80形

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浜大津で折り返し待機する京阪800系 太秦天神川行
左は石山坂本線坂本比叡山口行きの600形

阪急京都線の特急は1997年ダイヤ改正より、終日高槻市に停車。淀川対岸のライバル・京阪特急も平日朝ラッシュ時限定で枚方市に停車開始となりました。京阪間速達列車のノンストップ運転史の「終わりの始まり」であり、既にJRの新快速は高槻に停車していました。京阪特急の枚方市停車に合わせ、9000系車両を8両×5編成を投入。車内はセミクロスシートとされたが、のちに一般車と同じ扱いでロングシート化されました。なお、京阪特急では、翌年1998年にかけて、8000系全編成にダブルデッカー車を連結、スピード面で阪急・JRにハンディを負っている分、豪華路線で勝負をかけます。

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京阪9000系 旧塗装時代(2009年)

1997年といえば、JR京都駅ビル開業も忘れてはなりません。京都駅ビルには東京の伊勢丹が関西初の出店、周辺の京都近鉄百貨店はおろか、四条河原町の百貨店や商店街にも大きな影響を与えたように思います。京都駅前周辺の景観は大きく変わり、古都らしい優しく落ち着いた雰囲気が失われてしまったのは残念です。

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JR京都駅ビルの影響を受け、閉店した京都近鉄百貨店(旧・丸物)
跡地に京都ヨドバシが

1997年のニュースとしては、このほか、京都市営地下鉄烏丸線の北山-国際会館間延長開業、叡山電車の観光用車両「きらら」の新造、などもありました。京阪特急ダブルデッカー+「きらら」乗り継ぎで、大阪都心部から洛北(八瀬・貴船・鞍馬)への快適な旅が楽しめるようになりました。

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叡山電車「きらら」

2000年には、近鉄京都線のダイヤが大きく変わりました。2001年のJR奈良線部分複線化への布石とも言われています。まず地下鉄烏丸線-近鉄奈良間を直通する急行の運転開始が大きな目玉だったと思います。加えて、京都-近鉄奈良間に快速急行を新設。快速急行は途中、竹田・丹波橋・大和西大寺・新大宮のみの停車だったが、停車駅数があまりにも少ないゆえ利用客が少なく、2003年に廃止されました。

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奈良に踏み入れる京都市交10系 急行|国際会館行き

京阪特急も2000年より、終日丹波橋・中書島に特急停車となり、いよいよ京阪間ノンストップ特急終焉へと向かいます(近鉄も2002年より丹波橋に特急停車)。

2001年の阪急京都線ダイヤ改正では、特急停車駅の大幅増加(茨木市・長岡天神・桂)の一方、京都市街地西側のターミナルである「大宮」駅(四条大宮)は通過となりました。四条大宮は京福嵐山本線(嵐電)も発着していて、また各方面へのバスも賑やかに行き来しているが、四条大宮発着の京阪バスが大幅に減っています(かつては四条大宮に京阪バス本社があった)。京都市の西のターミナルは、今や二条駅前にとって代わったと言っていいでしょう。

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広大な四条大宮ロータリーも、今は京阪バスが毎時1本発着する程度




京都市伏見区日野奥出にある山科自動車教習所

「山科自動車教習所」というからには、山科区に立地してるものかと思いきや、実際は伏見区南東の外れで宇治市との境界スレスレのところにあります。 最寄駅は、地下鉄東西線石田駅またはJR奈良線の木幡と言えるでしょう。ただし、駅からはかなり距離があります。路線バスは、京阪・JR六地蔵から京都京阪バス「平尾南」下車が一番近いです(山科駅からの一般路線バスはありません)。

山科・醍醐方面からは送迎バスが一番便利です。送迎バスは、山科区・伏見区各地域および宇治市六地蔵・木幡方面からの利用が可能で、京都橘大学や龍谷大学(深草)、京都教育大学、東宇治高校なども巡回しています。

山科教習所の市外局番は、伏見区醍醐地区と同様、山科区扱いの075-57xとなっています。場所的には「醍醐自動車教習所」「伏見東自動車教習所」のほうが適切のように思いますが・・・。


小学校時代の思い出のある行事の一つに、遠足があります。

遠足は毎年春と秋に実施されました。特に印象に残ったものから、

1)ひらパー(小1・春)
2)宇治(小3・秋)
3)奈良(小4・春)
4)神戸(小5・秋)

を選んで書いてみたいと思います。

1)ひらパー
小学校入学後、初めての遠足でした。行先は、一番近くて手頃な「ひらパー」。交通手段は京阪バス(貸切)でした。私たちのときは一般車(Aタイプ)でした。香里団地営業所所属だったと記憶しています。後輩たちは貸切・観光専用Cタイプだったようですが、一般Aタイプのほうがかえって面白かったです。ひらパー内では、確か「モンキーランド」(猿山)でお猿さんを見物したと思います。「モンキーランド」は1994年、「ワンダーガーデン」としてリニュアルされました。

2)宇治
交通手段は京阪電車でした。宇治線の旧型車が特に楽しかったです。往路は1900系でした。京阪宇治から天ヶ瀬ダムまで徒歩。宇治川沿いの「おとぎ列車」線路跡地を歩いたように記憶しています。「おとぎ列車」は軌道法による鉄道ではなく、観光客向けの遊戯鉄道だったが、1960年天ヶ瀬ダム完成とともに消えたそうです。天ヶ瀬ダムに着いて弁当のあと、確か関西電力の天ヶ瀬発電所を見学しました。周辺にはアスレチック園もあり、後年家庭内行事で訪れました。帰りの京阪宇治から乗った電車は、吊り掛け・600系でした。

3)奈良
京阪沿線から奈良へは、丹波橋で近鉄乗り換えが一般的なルートですが、わざわざ不便な国鉄片町線(→学研都市線)に乗りました。距離的には確かに最短経路ではあるが・・・。列車ダイヤの都合で、通常の登校時間よりも早めの集合でした。河内磐船から長尾まではオレンジ色101系、長尾から先は非電化なので気動車に乗り換え。キハ20あたりを期待していたが、やってきたのはキハ35系の2連でした。田辺(現・京田辺)-祝園間は近鉄京都線と並行、あちら側の電車には何本も追い抜かされます。木津で関西本線(奈良線)に乗り換え。京都から来た奈良線の奈良行きはキハ35系の4両だったと思います。奈良駅から三条通を東へ徒歩。猿沢池・東大寺大仏殿などを見学したあと、奈良公園の草原で鹿と戯れながら弁当タイムに。その後、奈良公園で自由時間ののち、帰路につきました。木津駅ホームで片町線長尾行きをかなり長いこと待ちました。ようやく到着したのはキハ40+キハ35の2連。快適なキハ40のボックスシートに座りました。ちなみにキハ35のほうは絶滅寸前のツートンカラーでした。

4)神戸
神戸の遠足はユニークなものでした。往復の交通手段は貸切バスですが、途中神戸港から大阪までフェリーの旅でした。往路は確か近畿道~名神~阪神高速神戸線経由だったと思います。実を言うと、往路では車酔いで気分悪くなりました。鉄道だと、乗り換えが多くて不便なので、バスになったものと思われます(現在なら学研都市線~JR東西線経由のルートも考えられるが)。神戸市内で見学したものははっきり覚えていません。神戸港・ポートアイランド付近だったと思いますが。フェリーの道中で弁当タイムでした。爽やかな秋晴れで何よりでした。フェリーの旅もなかなか楽しいものです。大阪はたぶん北港(もしかしたら、大阪港・天保山だったかも)の寄港だったかと思います。その後、確か科学館を見学したのかな・・・。


小2の遠足については、なぜかあまり印象に残っていません。秋の遠足は伏見桃山城だったが、残念ながら私は風邪で欠席してしまいました。


滋賀県および京阪間の住民にとって、平和堂のポイントカード、「HOPカード」は持っておくとお得です。

周知の通り、平和堂は滋賀県を拠点として、京都府南部や大阪府北部、また北陸・東海地方にまで広範囲に店舗網を有しています。

HOPカードは、平和堂(フレンドマート、アルプラザを含む)の店舗で買い物する毎に、100円につき1ポイント還元されます。 1,000ポイント貯まれば現金1,000円と交換することも可能です。

私もHOPカードを持っています。地元の枚方・交野・寝屋川市内の店舗での日常的利用はもちろんのこと、少し遠くへ足を運んで高槻市や京田辺・宇治・長岡京・京都市、そして本場の滋賀県へバイクで回る時などに、弁当や軽食・缶コーヒー等で一服する際に重宝します。

ただ、最近は平和堂で衣類を買うことはほとんどありません(ユニクロもしくはセレクトショップや通販で買うことが多い)。平和堂に限ったことではないが、今時、総合スーパーの衣料品売場には残念ながらあまり魅力を感じなくなりました。近年、平和堂では総合スーパー型・中高層店舗の「アルプラザ」新規出店は見られず、平屋の食料品スーパー型「フレンドマート」の新規出店もしくは建替えが進んでいます。


福知山市に本社をもち、北近畿一帯に店舗網を有するスーパー、さとう(フレッシュバザール)。

近年、従来の守備範囲である北近畿(京都府北部、兵庫県北部、福井県若狭地方)での出店余地が少なくなったため、兵庫県南部や京都府南部そして大阪府をはじめとする京阪神都市圏へ進出することで、活性化を図っています。

兵庫県南部においては、丹波地域(丹波市、篠山市)に隣接する西脇・加東・姫路市など東播地区への進出が目立っており、昨年神戸市垂水区へ新たに出店。2017年、神戸市北区に総合物流センターを開設し、いよいよ神戸市内および阪神地区への進出が本格化しそうな勢いです。

大阪府では2013年に初めて枚方市に出店。現在、枚方市に2店舗、高槻市に1店舗があります。

京都府南部では、長岡京市に加え、昨年城陽市にも出店を果たしました。

従来、北近畿とはなじみの薄かった京都南部および大阪府北河内地域に少しずつ店舗網を広げているのも、京都縦貫道と第二京阪によって福知山市と短時間で結ばれるようになった結果だと言えます。

今後、新たな出店が予想される地域として、

兵庫県:神戸市、明石市、三田市、猪名川町、川西市ほか
大阪府:能勢町、豊能町、茨木市、島本町、交野市、寝屋川市、四條畷市
京都府:京都市(西京区、右京区、伏見区)、向日市、宇治市、京田辺市、八幡市

が挙げられます。


2016年参院選について思うこと。

この参院選は、共産党を含めた野党共闘体制が確立して初めての大型国政選挙でした。 前年2015年安保国会での暴挙を受け、国民の怒りをバックに、共産党が野党共闘を宣言。野党支持者・反自民の人々には大歓迎で、共産党を見直したという人も多かったと思います。もっとも、野党間の連携が順調に進んだわけではなく、旧・民主党→民進党や連合の一部に共産党との連携を嫌がる連中もいて、苛立ちを感じることもしばしば。それでも、2016年4月北海道補選では、「反共」で知られるあの前原誠司が共産党他の野党と同じ宣伝カーに立つ光景も見られ、野党共闘時代の訪れを象徴するものでした(→翌年2017年衆院選では、前原氏は見事に野党共闘を裏切りやがったが)。

2016年参院選では、自民圧勝との事前報道が支配的で、実際自民・公明など与党が勝って衆参とも「改憲勢力」が3分の2を独占する結果となりました。ただ、野党共闘も一定成功しており、新潟以北の東北・北海道では1人区で軒並み野党勢力が競り勝ちました。特に北海道の民主系(→立憲民主)にはまともな議員が多いですね(一方で、自民党に擦り寄る新党大地・鈴木親子もいるが)。愛知や三重など東海地方でも野党候補は大健闘だったと思います。

一方、近畿以西の西日本は残念な結果に。特に大阪・兵庫で自民・公明・維新に独占されたことは痛恨の極みです。大阪は4人区で、野党系1人ぐらいは当選できると期待していたが、維新が2人も当選してしまい、野党勢力の共産・民進両候補間の連携も今一つで、結果共倒れになったことは、とても残念でした。しかも、民進から出ていた候補が来年の参院選では自民党から立候補されるようで・・・。共産党が全国で最も強い京都もやはり当選はなりませんでした。もともと近畿地方は共産党をはじめリベラル(野党)系勢力の強い地盤なんだが、特に大阪では維新に食われているのが現状。京都もあの前原氏の地元だし。

その後も、野党共闘についてネガティブなニュースが流れる度にイライラしたり、自称・小沢一郎支持者あるいは自称・リベラルらについての不快なことや、洋服屋での嫌な接客その他個人的に何かとムカつくことが多く、SNSで荒れ狂うことさえありました。


近鉄京都線の近鉄宮津駅。

所在地は京田辺市宮津で精華町との境界付近にあたるところ。1993年9月に開業しました。駅には宮津車庫が設置されており、駅開業半年前に三山木信号所として開業したのち、駅設備の完成で信号所から旅客駅に昇格しました。

さて、「近鉄宮津」駅はネタになりやすい駅名ですね。というのも、同じ京都府であって近鉄とは正反対方向の北部、丹後地方に天橋立で有名な宮津市があり、京都丹後鉄道(旧国鉄・JR宮津線→北近畿タンゴ鉄道)に「宮津駅」があるし、さらに同じ京都駅から山陰本線(嵯峨野線)経由宮津・天橋立に直通する列車も存在するので、混同を避けるために駅名に「近鉄」を冠したという話です。

近畿・東海2府3県に跨る日本最大の私鉄・近畿日本鉄道だけあって、河内・大和・伊勢など旧国名、あるいはJRほか他社と同じ名称の近接の駅を区別するために「近鉄」と冠する駅名は多いが、同じ県内にありながら100km以上も遠く離れている同駅名を区別するために「近鉄」を冠する例は、近鉄宮津だけ。ただ、これと似たような事情からか、「大和」を冠する駅名もあります。それは大和八木駅(奈良県橿原市)で、京都駅から発着する山陰本線に八木駅(京都府南丹市)と区別するためだと考えられます。大和八木駅は橿原線と大阪線の接続する近鉄の主要駅で、京都駅発着橿原神宮前行きの列車はここ大和八木を通っているばかりか特急同士の乗り継ぎ拠点でもあり、駅前に近鉄百貨店橿原店があります。また、大和八木駅から日本最長の一般路線バスで有名な奈良交通八木新宮線も発着しています。


超大型で強い台風21号は関西をはじめ全国各地に爪あとを残しました。
本年6月大阪北部地震を上回る規模の被害状況です。

(今まで経験したことのないほど)風が非常に強く、大阪港では1961年室戸台風以来の記録的高潮が発生。

関西空港は冠水するばかりか、連絡橋にタンカーがぶつかり、閉鎖に追い込まれ、孤立状態。海外から関西への観光や物流が麻痺状態にあり、関西経済へのダメージが心配です。

電柱が倒れて大規模停電が発生したり、鉄道の架線や駅舎が燃えるなど、これまでの台風では考えられない規模で震災以上の状況です。

地元近辺でも多くの看板やフェンスが倒れたり、木々が根こそぎ倒れる、マンションの屋根が吹っ飛ぶ、信号機・道路標識の角度が大きくずれる、バス停柱の時刻表が行方不明、 ほかいろんな被害が報告されています。

今回の台風は大雨よりも暴風・高潮による被害が目立ちます。

取り急ぎ、台風21号についての簡単レポートまで。


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京都市長選挙はある意味、とても面白い大型選挙と言えます。 

京都といえば共産党が全国で最も強い都道府県であり、かつて共産党推薦の蜷川虎三が京都府知事を7期28年間(1950-1978)務められました。蜷川知事の実績について、「憲法を暮らしに生かす」をモットーに、住民の暮らし・福祉が第一の地方自治実現にどこよりも熱心だったと高く評価されています。

京都府政が自民党など「オール与党」に変わって以降も、京都では共産党の強い地盤をバックにした政治戦が繰り広げられ、とりわけ参院選では共産党が議席を取れる数少ない「自共対決」の選挙区として、全国的に注目を浴びてきました。京都市長選も自民党その他「オール与党」 対 共産党という構図を展開し、しかも僅差の勝負になることも珍しくありません。

私個人的に1996年2月の市長選が、今でも強く記憶に残っています。
桝本頼兼(オール与党) vs 井上吉郎(共産党)の対決で、

桝本 225,597
井上 218,487
(投票率41.59%)

という、まさに数千票差の勝負でした。

共産党系の候補が僅差で惜敗したわけだが、この結果はその後の国政に強いインパクトをもたらしたと言えます。


同年10月の衆院選は小選挙区制導入後初の選挙であり、共産党など少数野党にはきわめて不利とされる制度のもとでも共産党は大躍進。比例代表で26名、小選挙区でも唯一京都3区で当選。得票数でいえば700万票に及び、確か躍進の時期だった1970年代を上回るものでした(1970年代当時は中選挙区制、共産党は40近くの議席を獲得していた)。

共産党が20数年ぶりの大躍進したことにより、共産党が自民党政治に代わる「民主連合政府」構想を打ち出し、私個人的にこれに大いに期待してみました。

当時、野党再編の途上にあり、小沢一郎を中心とし創価学会をバックとする新進党と、菅直人・前原誠司・枝野幸男らが中心の「さきがけ」→民主党が有力で、議席大幅増の共産党もかなり存在感を発揮していました。他方、旧来の野党第一党だった社会党は自民党やさきがけと連立政権入りしたことにより支持を失い、社民党に名を改めると同時に弱小政党に転落(→共産党躍進の背景に、旧・社会党支持層からの流れ込みもかなり多かったと言われている)。

共産党を除く野党のゴタゴタ(離合集散)が続く中、新進党は空中分解(→その後、小沢一郎らは自由党を結成)。1998年参院選では民主党と共産党が大躍進し、自民党は苦戦。前年1997年の消費増税5%への痛烈な批判を反映したものでした。共産党は東京・神奈川・埼玉・愛知・京都・大阪・兵庫など大都市圏を中心に選挙区で議席を獲得しました。とりわけ京都で野党系2人が当選、自民党が落選したのは印象的でした。この選挙結果を受け、橋本龍太郎内閣は退陣に追い込まれました。

参院選と同日投票の東大阪市長選で共産党員市長が誕生したことも嬉しかったです。人口50万・中小企業都市での野党系市長の登場は、民主連合政府実現へ大きく一歩踏み出したという期待感を高めたものと思います(ただ、その後は長く続かず、4年後に落選。さらに4年後の2006年には返り咲くが、自民・公明議員らの不当攻撃により翌年再選挙となり、またしても市長の座を失う)。


ただ、2000年以降、共産党は国政・地方選とも苦戦が目立つようになります。

自民党は1998年参院選での敗北に危機感を強め、公明党と連立政権を組むことに。公明党は「自民党の暴走を止めるブレーキ役」などと言ってるが、ここ20年間でどうなったのかは改めて言うまでもないでしょう。自民党の得票も公明党・創価学会に支えられているのが現状のようです。

2001年の小泉純一郎内閣誕生後、「弱肉強食」「自己責任」などを煽る小泉ブームにあやかって自民党が勝つことも多くなります。
一方、共産党除く野党のほうでは、民主党一本にほぼ収斂(2003年民主党と自由党が合流)、小沢一郎らが主導して政権交代を目指します。マスメディアの「自民か民主か」「二大政党制」宣伝の煽りを食らい、共産党は苦戦気味。

そのうち、度重なる共産党の苦戦および旧態依然とした組織体質などに嫌気するようになりました。
自民党が圧勝した2005年「郵政解散」衆院選前後からか、「共産党は民主党他の野党との協力に前向きでなく、反自民票を分断している」、との不満の声が野党支持者の間で強まり、「共産党は自民党の補完勢力だ」との論難がネット等で多く見受けられるようになります。私個人としても、やはり同様のことを真面目に思うようになりました。


その後、2007年参院選で民主躍進・自民党大敗、2009年民主党政権実現と頓挫、自民党政権復活と顕著化する独裁政治、野党多弱化という経過をたどるのは周知の通り。

一方、安保国会の2015年になって、共産党もようやく野党共闘に前向きの姿勢を見せるばかりか、熱心に野党共闘勢力を育て上げリードする立場に。共産党が小沢一郎・岡田克也ら他の野党党首と街宣などで仲良く並ぶことは、かつて見られなかった光景で、「共産党を見直した」という野党支持者も多かったと思われます。

野党共闘の市民運動の動きが強まる中、2017年衆院選直前の民進党身売り・野党共闘破壊騒動を機に、枝野幸男が「枝野立て!」の声に押され立憲民主党を結成。「反自民」の有力な受け皿になりうる大きな野党勢力が一つ生まれたのは嬉しかったです。旧来の社会党・民主党・民進党とは異なり、労働組合や大組織に頼らず、いわば野党再編や離合集散には与せず、草の根の市民を対等なパートナーと位置づけて政権を預かれる政党に育て上げるという、今までになかった試みがなされています。


京都政界の最新のニュースとして、本年2018年1月、自民党の実力政治家で知られる野中広務(南丹市園部町出身)が逝去。長年共産党とは対峙し、オール与党体制の京都府政を支える一翼を担っていたが、今時の反知性主義な2世3世議員たちとはちがい、確固たる政治理念や道徳観のあるまともな方であり、敬意を表したいです。

他方、京都出身の野党政治家について残念な話もあります。それは前原誠司(京都2区)。もともと”共産党嫌い”、そして「反小沢」の一人として知られ、菅直人や枝野幸男らとともに、さきがけ→民主党→民進党という道を歩まれてきました。2016年北海道補選のときには、犬猿の仲だったはずの共産党と同じ宣伝カーで一緒になって野党共闘に前向きになったのかと思いきや、2017年衆院選直前になって小池百合子(都知事)との密約で野党共闘を裏切り、民進党をネオリベラルの「希望の党」に身売りすると打ち出し、野党支持者の怒りを買うことに(その後、枝野・菅らはすぐ立憲民主党を立ち上げ、野党共闘破壊の危機から間一髪で救ったが)。


京阪バスは6月29日、自動運転バスの実用化に向けた研究を始めると発表しました。
大津市と協定を結んで実証実験を行い、早ければ2020年に本格的導入するとのこと。

国内のバス事業者が自動運転の事業化に向けて協力する自治体は珍しいとのこと。バス会社側は運転手不足の課題を解消、自治体側にも路線維持を図れるメリットがあるといいます。

京阪バス、自動運転を実験 大津と協定(産経新聞)



6.18大阪北部地震ですが、その影響は京都府南部にもかなり大きく及んでいるようです。

精華町では震度5弱を観測、山林で地すべりが発生し今後さらに崩れるおそれがあるとして、27日避難勧告を出しました。

梅雨の時期であり、いつ雨が降ってさらに崩れてもおかしくありません。枚方・交野周辺でも同様のことがありそうで不安です。


震度5弱観測した京都 精華町 山林で地すべり 周辺に避難勧告

京都府「防災・防犯情報メール配信システム」より
https://anzen.jp47.net/p26/m106/907721.html


ご存知の方も多いと思いますが、今朝7時58分、大阪府北部を震源とする大きな地震がありました。震源地は高槻市付近のようです。体感的には1995年阪神大震災以来のものすごく強い揺れだったように思います。

震源地に近い高槻市内では水道管破裂で道路浸水被害や断水となっているところが多く、また高槻・茨木・吹田市の一部でガスの供給も停止とのこと。関西圏特に京阪間の鉄道も軒並みストップとなったが、今先ほど京阪電車が運行再開となりました(阪急・阪神・大阪モノレールなどは終日運休)。

私の自宅でも棚の上の物が落下・散乱し、PCディスプレイも1台倒れたが、幸い大きな被害はありませんでした。自宅近辺のスーパーやショッピングセンターも閉まっているところが多いです。

2016年熊本地震のときのように、2・3日後に大きな余震が心配です。

どうか皆さん、お気をつけてください。


いよいよGWの大型連休を迎えます。

私の過去のGWについて、不愉快な経験をあえて1つ書いてみました。

4年前のGW中盤のことですが、この日「3Dayチケット」で阪急京都線~地下鉄堺筋線~南海高野線~JR和歌山線~近鉄吉野線~橿原・京都線を大回り。近鉄大久保から京都京阪バスで京阪宇治へ抜けたあと、京阪宇治線で中書島へ出て、準急・淀屋橋行きに乗り換えるのだが、この準急がものすごく混雑してて疲れました(丹波橋で特急連絡するので空いているだろうと思っていたのが甘かった)。とかく行楽シーズンの京都は混雑しやすく、夕方時間帯の電車は通勤ラッシュ並みの混雑率となります。この混雑を避けるよう、もう少し時間を遅くして帰るか、あるいは混雑ピーク時に京都を訪れるのは控えたいもの。

また、南海橋本駅ホームでも高野山方面への乗り継ぎ観光客で混みあい、まるで「青春18きっぷ」シーズンの熱海・大垣・敦賀ダッシュを連想するような光景でした。以前のように急行が高野山まで直通運転していたらよいのだが、橋本駅で基本的に系統分割、特急<こうや>も本数が少ないので困ります。せめて行楽シーズンだけでも高野山直通の(快速)急行を増発できないものでしょうか?

今思えば、大久保で京都京阪バスに乗り換えるのが失敗だったようです。京阪宇治バスから京都京阪バスに生まれ変わったばかりで試しに乗ってみたいという気もあって、上のコースを取ってしまいました。それよりは、竹田まで急行・京都行きにそのまま乗車、地下鉄烏丸線に乗り換え北大路とか国際会館へ寄り道し、市バスで出町柳駅へ向かうほうが良かったように思います(洛北郊外はさほど混雑していないようなので)。あるいは大和西大寺・近鉄奈良から快速急行で一気に神戸三宮へ抜けるのでも良いでしょう。もちろん神戸も混雑するでしょうが、京都の有名観光地の異様な混み方に比べたら・・・。


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京都洛西といえば、西京区の洛西ニュータウン付近を連想されるかと思います。

しかし、観光ガイドなどでの「洛西」とは、一般的に太秦・嵯峨野・清滝・高雄など右京区(旧・京北町を除く)を中心に、北区の金閣寺・衣笠周辺および西京区の嵐山・松尾・桂付近まで、すなわち旧・葛野郡の地域を表し、洛西ニュータウンや大原野など旧・乙訓郡の地域は「洛西」よりも、向日・長岡京などと同様に「西山」と表現されることが多いように思われます。

「洛西」の範囲は(南北に)なかなか広いですね。

実は1976年まで現在の西京区は右京区に含まれていたのです。
すなわち、当時の右京区は、北は愛宕山・高雄および立命館大学衣笠キャンパス西側(北区・京北町・八木町・亀岡市と隣接)、東は概ね西大路通(阪急西院駅、西大路三条)まで、南は南区・向日市・長岡京市そして大阪府高槻市・島本町との境界にまで及んでいました。主要地方道6号<枚方亀岡線>および高槻市営バスは右京区を掠っていたことになります。それが、大原野・境谷地域に洛西ニュータウン街開きのタイミングに合わせ、桂川の西側が西京区に分区されることに。以降、左京区が京都市で面積トップの区となるが、2005年に右京区が京北町と合併後、右京区がトップとなっています(しかも右京区と左京区が隣接することに)。

なお、「嵐山」について、嵐電の嵐山駅およびJR嵯峨嵐山駅は右京区、阪急嵐山駅は桂川を隔てて西京区となっているが、正式地名としての「嵐山」は阪急嵐山駅のある西京区側のほうです。


福知山市と豊岡市を結ぶ国道426号線。

400番台の国道としては全体的に走行しやすい普通の3桁国道だが、距離が50km程度と短いのがもったいないような気がしています。これもせっかくなので、思い切って指定区間を次のように延長するのはどうでしょうか?

【蒲生4(大阪市城東区):R1接続】~(大阪・奈良r8)~【今福鶴見】~(R479重複)~【花博記念公園西口】~(花博通)~【花博記念公園口・門真JCT】~(R1バイパス)~【下三栖】~(油小路通)~【九条油小路】~(堀川通・R1重複)~【堀川五条:R1・8・9接続】~(堀川通・京都r38)~【御薗橋】~(京都r38・市原バイパス)~【鞍馬駅前】~(京都r38)~【百井別れ】~(R477重複)~【花背】~(京都r38)~【佐々里峠】~(京都r38)~【安掛】~(R162重複)~【静原】~(京都r12)~(R27重複)~【味方(綾部市)】~(京都r8)~【西堀】~(R9重複)~【野花】~<現・R426>~豊岡市(R178接続)

すなわち、花博通~第二京阪側道~堀川通~鞍馬街道などを指定区間に追加することにより(R1バイパスはR426に格下げ)、京都・大阪市内へ延長するというもの。北近畿(京都・兵庫北部)の3桁国道であって大阪府北河内地域などを通る異色の国道となります(笑) 現行のR426はごく普通の地方国道ですが、新・R426は佐々里峠区間(左京区広河原~南丹市美山町佐々里)が冬季通行止となるほか、鞍馬~花背峠の急勾配・狭隘区間なども含まれ(かの酷道477との重複区間でもある)、「酷道」の要素が加わります。ただし、それ以外はやはりごく普通の国道で、全区間のトレース(冬季を除いて可能)はさほど難しくないと思われます(R477よりは走りやすいだろう)。沿線の史跡名所・有名施設として鶴見緑地、西本願寺、二条城、上賀茂神社、鞍馬寺、美山かやぶきの里、城下町・出石などが挙げられます。

接続・並行・交差する鉄道は

大阪地下鉄長堀鶴見緑地線
JR片町線
京阪交野線
京阪本線
近鉄京都線
JR東海道本線・山陰本線・東海道新幹線
阪急京都線
京都市営地下鉄東西線
叡山電鉄鞍馬線
JR山陰本線
JR舞鶴線
JR福知山線
京都丹後鉄道宮福線

京阪間では沿線にバスの車庫・営業所も多く、京阪バス交野営業所が新R426に面するほか、同門真・洛南営業所や京都京阪バス八幡営業所、京都市バス九条・西賀茂車庫などが国道の近くに立地しています。


国鉄時代は廃止されても不思議ではないローカル線だったのが、JR発足前後になって電化・本数増発などの輸送大幅改善が行われ都市鉄道として急成長を遂げた路線。片町線(学研都市線)、福知山線、奈良線、筑肥線、川越線、札沼線、・・・。このうち、奈良線については、同じ大阪近郊の片町線や福知山線などと比べると、やや独特の意味での急進を成してきたのではないかと思いました。

奈良線は二大観光都市の京都・奈良を結ぶ路線(正式な区間は京都-木津間、京都府内のみで完結しているが、列車は全て京都-奈良間を通して運転)。にもかかわらず、国鉄時代は並行する近鉄京都線や京阪宇治線とは競争相手にもならない単線非電化のローカル線。新幹線から奈良大和路へは京都駅で近鉄乗り換えというのが昔からの定番ルートとなっています。

その奈良線も1984年10月にようやく電化され、キハ35系などの気動車から105系・113系電車に代わりました。ただ、依然として単線だったこともあって近鉄などから旅客の流れを変えるには至らず、普通電車オンリーでローカル線のムードが残ったままでした。それでも、京都-宇治・城陽付近までは沿線の住宅地開発が進んで列車本数を大増発、利用客は徐々に増加。1991年より快速電車の運転も始まります(当初は117系)。その後新駅の設置も進み、少しずつ都市鉄道への脱皮を図ります。普通電車は基本的に103系に統一されます(105系は桜井・和歌山線用、113系は廃止)。複線化工事も始まり、2001年には東福寺-JR藤森間と宇治-新田間の複線化が完成。快速電車も増発され<みやこ路快速>になると同時に221系を投入。1990年代半ばの一時期、奈良線に短距離の特急を走らせる構想もあったが、快速電車の増発に落ち着いたようです。

近年のインバウンドで奈良線には外国人観光客も多くなり、特に伏見稲荷大社は大繁盛で京都-稲荷間は大混雑が常態化。気動車がのんびり行き来していた国鉄時代から大飛躍を成し遂げたものです。まだ単線区間が残るとはいえ、少なくとも京阪宇治線を追い抜いたようです(ただ、奈良大和路方面へは依然として近鉄が優勢のようだ)。京都駅の奈良線のりばは国鉄時代は1本しかなかったのが、列車本数に合わせて3本に増設され、以前よりも柔軟にダイヤを組みやすくなりました。京都-長池間の完全複線化工事も本格的に始まり、2022年ごろまでに完成する予定です。また、平成初期に開業した六地蔵駅には京都市営地下鉄東西線と接続、JR六地蔵駅前は嵯峨野線の二条駅とともに交通の便利な地点として人気急上昇のようです(反対に京阪宇治線の六地蔵駅は寂れているように見える)。

ここ35年ほどのJR奈良線の急進は、同じ木津から発着する片町線(学研都市線)とはその内容がかなり異なるように思います。片町線は京都府内区間にあたる長尾-木津間が長年非電化で1・2両の気動車が行き来するローカル線だったが、奈良線に5年遅れて1989年全線電化。その後、JR東西線(京橋-尼崎間)開通を前に207系電車を投入、1997年の開通以降は片町線からJR東西線経由宝塚・三田・神戸方面への直通電車が終日運転。京都府南山城地域(および大阪府北河内)と兵庫県阪神間が一本の電車で結ばれるようになるのは夢のようでした。これも同志社大学京田辺キャンパスの恩恵と言えるでしょう。そして2010年には木津まで7両編成の207・321系が入線。ただ、片町線の快速電車も京都府内区間(単線区間)は各駅停車となり、奈良線に比べるとさほど賑わっていないように見えます。近年、片町線ではダイヤ改正ごとに列車本数の削減(昼間時間帯快速の塚口打ち切り、四条畷以東各駅停車の「区間快速」化、ほか)が続き、合わせて片町線各駅に乗り入れるバスの本数も減便され、特に津田駅はかなりひどいものです。枚方市東部・交野市や片町線沿線が寂れるのも、やはり2005年の福知山線尼崎事故と無関係ではないでしょう。ただ、奈良線ほど観光資源に恵まれているわけでなく、平成初期ごろまでに街開きとなった沿線の新しい住宅街(星田・妙見坂、ポエムノール北山、ほか)も少子高齢化が進み、大学キャンパス撤退の動きもあることなどの要因は大きいと思われます。

ついでに言うと、片町線の京都府内区間は近鉄京都線と並行しており、やはり近鉄のほうが最大6両編成でありながら列車本数は多くて車両の顔ぶれもバラエティに富み(伊勢志摩ライナー、しまかぜ、汎用特急車、京都市営地下鉄烏丸線10系、ほか)、賑やかですね。


もう20年近く昔のことですが、実は100ccのスクーターで酷道157号温見峠越えの大回り日帰り旅行をしたことがあります。

走行経路は、

【枚方市】~(R307)~【彦根市】~(R8、R21)~【瑞穂市】~(岐阜r156)~【本巣市】~(R157)~【根尾村】~(R157)~【温見峠】~(R157)~【大野市】~(R476)~【池田町】~(福井r201?)~【武生】~(R8)~【敦賀市】~(R27)~【小浜市】~(R162)~【美山町】~(京都r12)~【和知町】~(R27、R9)~【亀岡市】~(京都・大阪r6)~【高槻市】~(R170)~【枚方市】

だったと記憶しています。通過府県は大阪→京都→滋賀→岐阜→福井→京都→大阪の順。枚方~甲賀市信楽間はR168+R163+京都r5の迂回ルートも可能で、さらに京丹波町和知から少し大回りR173・能勢町経由にすれば、大阪→奈良→京都→滋賀→岐阜→福井→京都→兵庫→大阪の2府5県を巡ることになります。

しかし、あの洗い越しと「落ちたら死ぬ」で有名な絶壁酷道157号をよくスクーターで走り通せたものです。

帰りはR8の敦賀湾・杉津海水浴場界隈に沈みかける夕日の絶景が印象的でした。


京都で有名なイノダコーヒー

本店は三条堺町に構え、京都市内のほか札幌・東京・横浜・広島などに支店を有しています。
くずはモール(枚方市)にも支店があるが、今月閉店することになりました。

コーヒー1杯500円以上、ランチメニューでは1,000円を超えるので敷居が高いと感じていますが、味は本格的で美味しいんでしょうね。

以前、京都市バスや京阪バス山科営業所の車両にイノダコーヒーの広告看板がありましたが、今はどうでしょうか?



昨年5月に閉店した宇治市・イオン大久保店の建物が解体されることになったようです。

イオン大久保店は1979年、「ニチイ大久保店」として開店。その後、サティ→イオンと変わりながら37年間営業を続けてきましたが、近隣のジャスコ久御山(イオン久御山)開店などの影響も受け、売り上げは減少した模様です。イオン久御山へは近鉄大久保から京都京阪バスが発着しており、イオン大久保とバス1本で結ばれていました。

大久保周辺にはイズミヤもあるが、こちらはイオン大久保店よりも8年古く、建て替えも視野に入っていることでしょう。

イオン大久保店を解体へ 京都・宇治、強度不足理由に
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171212-00000011-kyt-soci



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八幡市男山南地区某地点より北方向の遠景を撮影してみました。

左手に天王山、右手には男山(石清水八幡宮)に挟まれ、晴れた日には遠く京都西山~愛宕山~北山連山の山並みもはっきり見えます。天王山と男山に挟まれたところには淀川~桂川・宇治川・木津川が貫いており、一つの地峡をなしています。

天王山は京都西山・北山~北摂・丹波・東播磨・若狭の山々に、男山丘陵は生駒山系~金剛・和泉山脈にそれぞれ連なります。


前からずっと気になっていましたが、近畿(関西)の政治勢力について、京都・滋賀~大阪北部~兵庫阪神地区は左派・リベラル系、大阪南部(大和川以南)・奈良・和歌山は保守系が強いという構図が見られます。

まず、京都は昔から共産党が日本一強い地域で、かつて7期28年間(1950-78年)も故・蜷川虎三が知事を務め、共産党与党の京都府政が続きました。現在、京都で共産党が特に強い地域は、左京・北・右京区と乙訓(向日・長岡京・大山崎)ぐらいで、八幡・城陽市以南の南山城、および亀岡市以北の地域はあまり強くはないようです。亀岡・南丹市など口丹波地域(京都4区)は自民党の実力政治家・野中広務、中丹・丹後地域(同5区)は福知山を拠点とする谷垣氏が強いところです。南山城の京都6区は、民主党系の候補が連続当選していましたが、今回希望の党から立候補し、自民党の若手に競り負けました。京都南部は意外に民主党(民進党)が強い地域です。2区(左京・東山・山科区)はあの前原氏が強いですからね。

近畿の水がめ・琵琶湖を抱え、また原発銀座の若狭湾に隣接していて環境問題への意識が非常に高いと言われる滋賀県は、近畿で唯一非自民・非維新系の知事で、2006年の嘉田由紀子初当選はサプライズでした。2006年知事選では、草津線と交差する場所に新幹線新駅が一大争点となりましたね。嘉田氏が2期8年間務めたあと、同じ民主党系の三日月氏が当選。滋賀県は東海地方と北陸地方に隣接しており、東海地方は民主党が強い反面、北陸地方は自民党が圧倒的に強い地域です。

大阪はかつては京都・蜷川知事の影響も相当に受け、共産党・社会党の支援する黒田了一氏が2期8年間(1971-79年)知事を務めていました。全国人口の4割(主に大都市圏)が「革新自治体」と言われた時期でもあり、新幹線の止まる駅はほぼ革新自治体でした。しかし、1970年代末より革新自治体は徐々に後退、その後は自民党(オール与党)、そして橋下徹以降の「大阪維新」へと続き、とりわけ大阪では左派リベラル系は苦戦を強いられています。ただ、大阪はもともと反権力、自民党が全国で一番弱い地域で、基本的に野党系が強いところ。横山ノック氏や西川きよし氏のような無所属タレントの知事や国会議員を輩出し話題を呼んできたのも、大阪独自の「お笑い」文化に支えられてのことでしょう。橋下徹知事および市長が誕生したのも、一面ではもちろんその延長線上だとは思われます。自民党の補完勢力で右翼的とされる大阪維新の支持者も、元は共産・社民・民主系支持だった人たちも多いようです。

大阪は北部へ行くほど左派リベラル系が強いと見えます。特に高槻市を含む大阪10区は、旧・社民党系の辻元清美氏が強く、今回も立憲民主党で当選。高槻市は大阪北摂の主要都市でありながら京都の影響力が強く、独特の風土があり、共産党の大阪府会議員もいる数少ない地域です。辻元氏は兵庫阪神地域を拠点とする憲法学者、故・土井たか子氏の後継者とも見られ、コープこうべ(旧・大阪北生協も統合)の影響力もバックにあると言われています(というか、コープこうべが全国で一番規模の大きい生協なのは、神戸・阪神地域のリベラルな市民に支えられてのものだろう)。

淀川対岸の大阪11区(枚方・交野)も伝統的に社会党→民主党の強い地域ですが、10区とはかなり事情が異なり、パナソニック城下町であることがかなり大きいです。今回も平野博文氏が無所属で当選。枚方・交野地域は、大阪市内や京都南部と比べて残念ながら共産党はあまり強くはないようです。

なお、大阪市内では共産党の強い行政区(西淀川・福島・此花・大正区など)も結構あります。福島区出身の清水ただし氏は元・漫才師のユーモアな方で、「お笑いの大阪」に見事マッチ、従来の共産党のイメージを打ち破る期待の存在です。

兵庫県の阪神地域は、憲法学者・土井たか子氏で有名であり、リベラルなインテリ層が多いと言われるところ。宝塚市長もリベラル系であり、また公明党の牙城で工場地域の尼崎の市長も野党系若手が当選したこともあります。尼崎(兵庫8区)といえば、2009年衆院選で田中康夫(元・長野県知事)が公明党に殴り込みをかけて当選したことも特筆すべきでしょう。今回、8区には共産党の堀内照文氏が立候補したが、残念ながら及ばずでした。

兵庫県南西部の西播地域でも共産党首長の町が複数存在した時期があります。特にひまわり畑で有名な旧・南光町(→佐用町)で共産党員町長が1980年から25年余り続いたことは有名です。

大阪南部の政令都市・堺は自治都市の伝統を受け継いで、都構想に反対する非維新系の竹山氏が3期連続市長を続けています(初当選の時は橋下徹氏の支持があったが)。ただ、左派リベラルと言うよりは保守色が強く、それゆえに「住民目線で大切なものを守る」を貫いておられ、共産党の応援・協力があっても全然不思議ではなく、良い意味での保守政治家だと言えます。保守系の強いイメージのある泉州地域も、岸和田や貝塚では共産党与党の市政が20~30年続いたかと思います。

奈良・和歌山は基本的に自民党の強い「保守王国」。奈良は高市氏、和歌山は二階氏が有名。しかし、奈良県生駒市からは民主党系の若手、中村てつじ氏が何度か国政選挙に当選、2014年には小政党の「生活の党」から奈良2区に立候補、高市氏に善戦しています。その後、佐賀県に国替えしました。現在の生駒市長も非・自民系だったかと思います。


衆院選投票日(22日)前後に合わせるかのように日本列島を直撃中の大型で強い台風21号。

投票日と同日開催予定の京都・時代祭は中止となりました。残念ながら順延もありません。
https://www.kyokanko.or.jp/jidai/

時代祭が中止になるのは何年ぶりのことでしょうか?
10月半ばだというのに連日冷たい雨。
しかも投票日当日に台風が接近。

天気も政治も社会もとにかくおかしなことばかりですね。



去年11月、

枚方・交野からの快適ドライブ・ツーリングコース
http://katanogawara.blog.jp/archives/9178354.html

を投稿しましたが、あれ以来の新たな実走経験から気づいたことも踏まえ、書き直してみました。


日帰りで快適に移動できる地域方面として、以下の4つの地域が挙げられます。

1)滋賀県・福井県(小浜以東)および三重県北中部(四日市、北勢、桑名)

2)奈良大和路および三重県(伊賀、鈴鹿、津、松阪、伊勢志摩)

3)京都府北部・丹後半島・福井県若狭および兵庫県北東部(丹波・東播・但馬)

4)和歌山・高野山方面

以下、それぞれの方面について考察します(ただし125cc以下の走行可能な一般道のみに限定)。


1)滋賀県へは、国道307号線を抜け道に利用するのが賢明でしょう。枚方市内の杉1丁目前後では第二京阪と交差しているため渋滞が発生しやすいが、京田辺市以東は概ね快適に走行しやすいです。大津・草津・守山・近江八幡方面へは宇治田原からr782経由で大石・南郷へ抜ければよいし、湖西の比良・高島方面へも湖岸道路を快走して琵琶湖大橋を渡り(ただし本堅田交差点付近の渋滞が課題)、あるいは花折峠から比良山の裏側へ回って清流・安曇川を堪能しながらR367号(鯖街道)で若狭・小浜を目指すのもよいでしょう。

信楽・水口・東近江・彦根・長浜方面へはひたすらR307を走りぬきます。また、信楽からR422経由で伊賀上野、水口からR1経由で亀山・鈴鹿・四日市、八日市(東近江市)からR421経由でいなべ・桑名へ抜けることも可能です。なお、三重県へは、概ね2)のR168+R163経由が一番早いと思われます。

なお、高島・若狭・敦賀方面へは、洛北の修学院からR367に入るほうが最も安全・快適でしょう。R161は大津市内は渋滞しやすく、また京阪神と北陸を結ぶ最短経路ゆえ大型トラックその他交通量も非常に多いため、のんびり走りたい人にはしんどいかもしれません。問題は京都市内までの経路ですが、旧1号線(r13)+(西大手筋)+R24が一番快適に走行しやすいように思われます。


2)奈良大和路へは、R168(磐船街道)を使うのが一般的。天理・桜井・明日香・吉野・宇陀・名張方面へは、北田原大橋からR163+r7で富雄・大和郡山を経て、結崎工業団地からr36を東に進んで、R169(山の辺の道)に入るほうが渋滞に巻き込まれることも少なく、また景色ものどかで快適だと思います。R24バイパス(京奈和道副道)や大和中央道などは渋滞しやすいので避けるほうがよいでしょう。

吉野・大台ケ原方面へは、桜井市からr37で抜けるほうが一番早いでしょう。

松阪・伊勢志摩方面へは桜井市からR166(高見峠経由)のほうが渋滞も少なく快適です。近鉄大阪線と並行するR165だと、名張市街地付近の渋滞がちょっと・・・。

五條・十津川方面へは素直にR168をひたすら走れば良さそうに見えるが、竜田大橋~大和高田市街地間は、法隆寺前からr5で抜け、葛城市~五條市間は金剛山麓のr30へ回るほうが早くて快適です(R168の王寺-香芝-大和高田間は香芝IC付近を中心に渋滞しやすいのでおススメできません)。R168の五條以南(十津川街道)は絶景の山道が続いて最高のドライブ・ツーリングコースです。少しがんばって本宮(田辺市)や新宮までぜひ到達したいものですね。

伊賀上野・津・鈴鹿・四日市方面へは、前述のように北田原大橋からR163をひたすら東へ真っ直ぐ進むほうが一番早いと思われます。京都府と三重県の隣接する唯一の市町村を通過するのも興味深いです。このコースは、前述のようにR307の枚方市内での渋滞を回避するため、R168+R163+r5(和束経由)で滋賀県の甲賀・東近江・彦根方面への迂回路にも応用できます。


3)北近畿・丹後半島方面へは高槻からr6で亀岡へ抜けると、さほど遠くはありまん。高槻市街地および亀岡市街地の渋滞さえクリアすれば、概ね快適なドライブコースです。亀岡市・下矢田交差点手前はかなり長い渋滞が発生しやすいので、その回避は課題です。茨木からr46+r407経由、亀岡運動公園(R372と合流)へ抜けるほうが良いかもしれません。

福井県若狭地方へは、r25とr19を経由して美山へ抜け、R162を使えば良い(亀岡市内のR9はロードサイド店も多く渋滞が発生しやすいので、桂川対岸へ回る)。福知山・天橋立・丹後半島・但馬へは亀岡からR9をひたすら疾走するが、亀岡市内を抜ければ交通量は多くはなく快適に走れます。枚方からだと和歌山市や神戸よりもむしろ行きやすいように思います。丹後半島へは福知山からR176(加悦谷経由)、但馬へはR426(出石経由)が最短経路でしょう。

また、亀岡からR372を使えば、兵庫県の篠山・丹波・加東・西脇へも快適に移動できます。同じ兵庫県の阪神間や神戸市内よりも、北側の丹波・東播地域のほうが、渋滞に巻き込まれることが少ない分、移動のストレスも小さいでしょう。湯の花温泉から大阪最北端・能勢町への回り道にも応用可能です。それから、亀岡市内の渋滞を避けるため、R372+R173を迂回して京丹波町もしくは三和町(福知山市)からR9に入るのも良いでしょう。

丹波・若狭・丹後半島方面へのもう一つの快適なルートとして、門真・守口からr2(大阪中央環状線)+R173(能勢町経由)ももちろん良いでしょう。課題は豊中~池田~川西市街地の渋滞回避ですが、これは中央環状線大阪空港手前をそのまま直進してR176バイパスに入り、久代1丁目交差点を右折、r13~r12バイパスを迂回して一庫ダムからR173に合流、あるいはそのままr12経由で篠山市へ抜けるルートが良いでしょう。


4)和歌山方面へは、R170(外環状線)+R480が一番快適に走行しやすいかと思います。もちろん、R170は交通量も多く、ロードサイド店の連続ゆえ、所々渋滞にはまりやすいでしょう。河内長野からR371よりもむしろ、和泉市からR480でかつらぎ町へ抜けるほうが良さそうです。

高野山方面へも少々迂回的だがR480が一番走りやすいようです(R371だと橋本市~高野山間は狭隘酷道だし、R370も)。高野山からの竜神スカイライン(R371)は1000m級の高い峰を通る最高のコースです。奈良県の野迫川や十津川へ抜けることも考えられるが、かの有名な酷道・R425は避けるほうが無難でしょう。大回りでもR311(中辺路)経由で本宮へ抜けるほうが一番安全だと思われます。



旧・マイカルグループの総合スーパー、「ニチイ」。

確か関西系列の小売業だったが、ダイエー・イズミヤ・ジャスコに比べてローカルな印象でした。
マイカルグループには「ニチイ」とは別に、衣料品主体の高級店という位置づけの「ビブレ」がありました(ビブレ1号店は確か京都河原町だったかな)。「ニチイ」は後に「サティ」に順次名称を改めます。マイカルグループは2011年イオン(旧・ジャスコ)の傘下に飲み込まれました。

京阪沿線のニチイは枚方店と伏見店がかなり古くからありました。
枚方のニチイは岡本町商店街にあって現在のビオルネの核店舗であるビブレ(→サティ→イオン)枚方店にあたります。ビオルネができる前、岡本町商店街を訪れる機会は少なく、ニチイの存在すらあまり知られていなかったかもしれません。

1980年代前半、京阪沿線の交野・八幡・大久保(宇治市)にニチイが相次いで新規開店しました。特に交野に初めて大型ショッピングセンターができたことは、私個人的にとても嬉しかったです。

しかし、1990年代末ごろから「食料品・衣料品・家具・家電何でもそろう」総合スーパー全体そのものが陳腐化、京阪沿線の旧マイカル店舗は一部を残して軒並み撤退しました。交野店は2002年閉店ののちイズミヤが新規出店。旧マイカル系の後釜にイズミヤが入るのはかなり異例でしょう。八幡店は中小食料品スーパーに代わり、最近までがんばり続けた大久保店も閉店。伏見店は現在「イオン」の店舗で営業中、大手筋商店街と共存しています。ビブレ枚方店は「サティ」にダウングレードののちイオン(旧・ジャスコ)の傘下に入りイオンの店舗として残っているが、ビブレ時代に比べて店舗全体の魅力は落ちたように感じます。ビブレの頃は、あそこでよく服や家電製品・趣味のものを買っていましたが、今は・・・。



昨日、イズミヤ伏見店が建て替えのため閉店したそうです。

https://minaju.info/ichigo/86%E3%80%80%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%B8%82%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E5%8C%BA%E3%80%80%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E9%A7%85%E3%80%80%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC%E3%80%8C%E3%82%A4%E3%82%BA%E3%83%9F%E3%83%A4/

イズミヤ伏見店は近鉄伏見駅前、国道24号線のロードサイドにあります。京阪墨染駅からは西へ徒歩一直線でたどり着きます。
実は私も20数年ほど前の一時期、ここのイズミヤに立ち寄ったりすることもありました。
とにかく建て替え後が楽しみです。

最近、イズミヤ店舗の建て替えが各地で進んでいるようですね。住道店(大東市、JR駅前でないほう)も建て替え工事中ですし。枚方店も1970年の開店から47年経ちましたが、ここも近いうちに建て替えとなりそうな予感がします。


枚方市と滋賀県信楽(甲賀市)は国道307号線により京田辺市や宇治田原町経由で最短で結ばれています。

ただし、国道307号線の枚方市内区間は随所で渋滞しやすく、特に第二京阪とクロスする「津田北町3丁目」から「杉1丁目」にかけては、複雑な交差点ゆえ長い渋滞に巻き込まれることも多く、あまり快適とは言えません。

枚方から信楽へはもう一つの迂回路があります。
それは、国道168号(磐船街道)~国道163号~京都・滋賀県道5号
少しだけ奈良県(生駒市)に踏み入れたのち、木津川市や宇治茶の里・和束を経て、信楽に到達します。
交野市私市までは、168号線よりも山之上~香里団地~東香里新町~星田北~妙見坂経由のほうが走りやすいかもしれません。国道170号(外環状線)経由四條畷市から163号に入って清滝TNを抜けるのも悪くないでしょう。
また、木津町~加茂町間は、素直に泉大橋を渡るよりも、対岸の府道47号<天理加茂木津線>・JR加茂駅経由のほうが快適です。

距離は307号経由よりも少し長いが、渋滞が少ない分、所要時間はさほど変わりません。



2014年、台風の影響による川の増水で中止に追い込まれた宇治川花火大会。
以降、福知山の露店爆発事故の影響もあって3年連続で中止が続いています。

本年8月に(規模を大幅縮小しながら)ようやく復活すると期待されていましたが、警備上の理由により土壇場で断念することになりました。来年以降も再開も困難なようです。

京都・宇治川花火、来年以降も困難 警備などめど立たず(京都新聞)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170728-00000022-kyt-l26



京都府北部の丹後半島を拠点とする丹海バスの写真を見て、ふと思った。

丹海バスの「京都ナンバー」を見るや、やはり丹後半島が京都府であることに違和感を覚える。

「京都府が日本海に面している」ことを知らない人も多いのは納得。
そもそも綾部・福知山・舞鶴以北の丹後半島地域は、あまり「京都」という実感がないだろう。
「海の京都」という言葉も秘かに流行っているが、やはり違和感は拭えない。

位置関係からして、どちらかといえば兵庫県だと思われやすいところだが、兵庫県にしてもやはり違和感はある。むしろ、但馬と一体化して独立した一つの県を作ったほうがよいかと思う。

北西から南東に細長く伸びる京都府だが、「京都府」を実感できるのは、せいぜい美山町(南丹市)および京丹波町あたりより南側の地域ではないだろうかと思う。

丹後半島よりは、むしろ東側の福井県若狭地方のほうが、物理的にも歴史的に京都との親近感が強い。位置的にも京都市の真北にあたり、古来から複数の「鯖街道」によって若狭小浜と京都が結ばれ、交流は盛んだった。

ただし、京都と小浜を結ぶ列車は現在運転されていない。
京都と丹後半島を結ぶ列車は、同じ県内ということもあって、「タンゴエクスプローラー」などが1日数本運転されているが、府県境を越えるとやはり難しいのかな。せっかく小浜線も電化されているので、特急「まいづる」を小浜まで延長することは現実的可能性として考えられるんだが(一時期、臨時で延長運転が行われたこともあるが、やめてしまった)。非電化時代は急行「丹後」が小浜線内普通列車、あるいは「わかさ」として敦賀まで乗り入れていた。



京・洛西の奥座敷、湯の花温泉 。

亀岡市の中心部から国道372号線で西へおよそ7kmのところ、静かな山あいのところにある。

湯の花温泉は、戦国時代、傷ついた武将たちが刀傷を癒したとの伝説で知られる。
京阪神をはじめ、全国的にもかなり有名な温泉郷だ。
春は山菜、夏は鮎、秋は松茸、冬はぼたんなべなど、自然の恵みが存分に味わえる。
周辺の観光名所として、保津川下りとトロッコ列車(嵯峨野観光鉄道)、嵐山・嵯峨野、るり渓、能勢妙見山などがある。車で少し足を伸ばせば美山・かやぶきの里や篠山などへも到達可能だ。

湯の花温泉への便利な交通ルート(車)として、

(京都市内から) R9+京都縦貫道+R372
(京田辺・奈良方面から) 第二京阪または京奈和+京都縦貫道+R372
(高槻・枚方方面から) r6(枚方亀岡線)+R372
(茨木・寝屋川方面から) r46(茨木亀岡線)+r407+R372
(大阪市内方面から) 阪神高速池田線+R173+R477号(能勢町経由) / R423号(新御堂筋、箕面有料道路含む)+r407+R372
(神戸方面から) 六甲北有料道+舞鶴若狭道+R372(篠山経由)

が挙げられる。

また、JR亀岡駅から京阪京都交通バス【40】系統が発着しているほか、運動公園ターミナル発着のふるさとバス広野・土ヶ畑行きも湯の花温泉を経由する。

能勢電の終点・妙見口から湯の花温泉への直通バスがあればよいと思うんだが・・・。
かつて、京都交通バスが本梅から能勢町および豊能町の妙見口まで乗り入れていた(しかも兵庫県川西市にも越境)。

湯の花温泉は、三重県四日市市の湯の山温泉と間違いやすい。
しかも、「湯の山温泉」と「湯の花温泉」は、両方とも国道477号線沿線にある。
477号線は四日市市を起点に、湯の山温泉から鈴鹿山脈を越えて滋賀県に入り(鈴鹿スカイライン)、土山・竜王・野洲など湖南地域を巡って琵琶湖大橋を渡ったのち、今度は京都北山・丹波高地(大原、百井、花背、京北)をジグザグ回って亀岡盆地に抜け、湯の花温泉付近を経て能勢町に入って能勢妙見山登山口を通り、兵庫県川西市内で173号線と合流して終点・池田市に至る。


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