カテゴリ: 阪急バス / 北大阪急行 / 大阪モノレール


20071007099

10年前のJR茨木にて、西工96MC・社番2???、【92】阪急石橋行きです。
当時、JR茨木(そして阪急茨木市駅)バスのりばは路面電車のターミナル駅のように縦列停車する形だったが、大きく変わりました。阪急茨木市駅のりばは当時と変わっていません。


2017年11月6日(月)に近鉄バス茨木地区のダイヤ改正が実施されます。

http://www.kintetsu-bus.co.jp/news/detail.php?no=20171024114233

主な内容は、まず【100】番・<JR茨木~エキスポシティ>の大幅減便です。
阪急バスとの共同運行ですが、平日ダイヤの近鉄バス担当便は撤退、阪急バス【90】系統のみで運行本数は半減(毎時2本)となります。なお、土曜・休日ダイヤはほぼ現在と同じです。阪急バス【90】系統は途中、日本庭園前と記念公園南口のみ停車の快速運転です。

このほか、【14】番・<JR茨木~茨木弁天>、【2】番・<阪急・JR茨木~春日丘>系統の減便、朝時間帯の<阪急茨木市駅~阪大本部前>系統の一部が記念公園南口経由となるなどの変更があります。



P9110022

P9110023

亀岡市南西部の外れのほうにある土ヶ畑(とんがはた)バス停。
府道731号<天王亀岡線>の道なり、京阪京都交通・亀岡市ふるさとバスの終点です。
運動公園ターミナルから湯の花温泉・本梅(ほんめ)を経て、ここまで【F32】【F34】系統が乗り入れています。

土ヶ畑バス停から先、府道731号線をそのまま西へ進むと、尾根にあたる土ヶ畑地先の交差点、そこを北方向へ右折すると府道54号線で南丹市のるり渓、西方向へさらに直進すれば大阪府能勢町天王へ至り、国道173号線と接続します。

かつて、篠山から能勢町へ国鉄バス西能勢線が国道173号線経由で乗り入れており、府道731号線との交差点付近に「土ヶ畑口」バス停がありました。この「土ヶ畑」とは、亀岡市土ヶ畑のことですね。1987年JR発足直前に国鉄バス西能勢線は撤退、阪急デマントバスに代替、10年後の1997年に天王地区から路線バスが消えました。

ちなみに、土ヶ畑地区は猪名川支流・一庫大路次(ひとくらおおろじ)川の流域、能勢町天王地区は武庫川の源流に当たります。


阪急バス伊丹営業所管内(尼崎線・桃源台線・岡町線・園田線)ダイヤ改正が11月1日に実施される予定です。

今度のダイヤ改正の注目の一つは、JR尼崎駅前に乗り入れる阪急バス唯一の路線系統、【58】・<JR尼崎~阪急塚口>。運行経路は、

JR尼崎(北)~尼崎東警察署前~尾浜~阪神水道前~西坂部(市民健康開発センター)~尼崎北警察署~阪急塚口

の短距離系統、阪神バス(尼崎市内線)と共同運行です。

今度の改正で、阪急バス運行便は平日4往復のみ、土曜・休日の運行は取り止めとなります。阪神バス運行便の変更はありません。

https://www.hankyubus.co.jp/news/images/171018a.pdf

改正前は阪急・阪神バスが交互に毎時合計2本の運行ですが、改正後は平日の朝夕を除き、阪神バスが毎時1本程度の運行となります。

JR尼崎と阪急塚口を結ぶ路線系統は、このほか阪神バス【12】系統(若王寺・JR塚口経由)もあります。



神戸市を除く兵庫県唯一となった公営バス、伊丹市交通局。

伊丹市営バスとはほとんど縁がないが、一つ面白そうな路線系統をレポートしてみたいと思います。

それは阪急・JR伊丹~大阪国際空港系統。

運行経路は、

【25】JR伊丹~阪急伊丹~宮ノ前~神津~宮川原橋~蛍池南町~大阪国際空港(伊丹空港)
【26】JR伊丹~神津~宮川原橋~蛍池南町~大阪国際空港(伊丹空港)(直行便)

で、大阪府越境路線として特徴的です。ただし、伊丹市の市外局番は大阪府扱いの072-7xxで、尼崎市や川西市と同様、兵庫県というよりは大阪府のほうがふさわしいように思われます。

運行ダイヤはJR伊丹からの直行便【26】系統が毎時1本、阪急伊丹発着の【25】系統が毎時1~3本の運転で、ダイヤパターンは一定ではありません。

阪急よりもJR(福知山線)との接続が重視されるのはやむを得ないでしょう。ただし、大阪市内から伊丹空港へは、空港リムジンバス利用が最も一般的でしょう。そういえば、阪急が宝塚線の曽根から分岐して伊丹空港に乗り入れる新線を検討しているとのことで最近ニュースになりましたね。伊丹空港へは大阪モノレールが乗り入れているが、大阪市内からだと不便です(千里中央または蛍池で乗り換え)。阪急伊丹空港線が開通すれば、梅田はもちろん、十三からなにわ筋線に乗り入れ、関空とも最短で結ばれる効果も期待されています。




大阪国際空港発着の阪急バス一般路線の一つ、空港宝塚線【90】系統・<宝塚~大阪国際空港>。

9月1日に宝塚営業所管内のダイヤ改正が実施される予定で、空港宝塚線は朝夕のみの運行に大幅減便となる予定。代わりに宝塚川西線【92】【93】系統<宝塚~川西バスターミナル>が新設される。

https://www.hankyubus.co.jp/news/images/170825tk.pdf

宝塚空港線の運行経路は、

宝塚~歌劇場前~宝塚警察署前~宝塚IC前~安倉~野里~空港一丁目~大阪国際空港

で、主に国道176号線バイパス(中国道側道)を走行する。

大阪国際空港と宝塚を直結する唯一のバス路線だが、これが大幅減便になれば、宝塚へはモノレール+阪急宝塚線、あるいは伊丹市営バスでJR伊丹駅へ回って福知山線に乗るしかない。

大阪国際空港発着の一般路線バスは、このほか、

(阪急バス)
【160】新大阪行き
【11】池田行き

(伊丹市営バス)
【25】【26】JR伊丹行き

がある。伊丹市営バスの本数は毎時3~4本が確保され、意外に本数が多い。


京阪神都心から有馬温泉への西日本JRバス高速線があることを初めて知りました。

大阪梅田~有馬温泉の阪急バスは阪急グループを代表する老舗の路線ですが、JRバスも有馬温泉まで足を伸ばしていたとは知りませんでした。便名は「有馬エクスプレス」で、

大阪駅~OCAT(なんば)~三宮バスターミナル~有馬温泉
OCAT(なんば)~大阪駅~新大阪駅~有馬温泉
新神戸駅~三宮バスターミナル~有馬温泉
京都駅~有馬温泉

の4系統から成ります。

京都~有馬温泉系統は「有馬エクスプレス京都号」であり、本年春より運行開始しました。
京都駅14:20発と有馬温泉11:25発の1往復です。
運行経路は名神+中国道経由ですが、来年新名神高槻~神戸間開通後は新名神経由になるものと予想されます。

将来的に新名神が草津田上~城陽~高槻間が開通すれば、首都圏~山陽・山陰・四国・九州方面のバスは新名神経由に変わるでしょう。


阪急バスの面白そうな路線を探してみた。

【160】系統・<新大阪~大阪国際空港>

運行経路は、

新大阪~センイシティ南~三国本町~新高1丁目~日出町(阪急バス本社前)~庄内駅前~服部~豊中市役所前~豊中~蛍池~空港1丁目~大阪国際空港

で、主に国道176号線を走行する。

大阪国際空港(伊丹空港)の国際線は関西空港に移転し、単に「大阪空港」という名称が広く使われており、モノレールの駅名も「大阪空港」だが、現在も法律上の正式名称は「大阪国際空港」のままである。これは地元自治体などが「国際空港」の名称を据え置くよう希望したためと言われている。阪急バスの停留所名も「大阪国際空港」である。

大阪空港~新大阪駅間には空港リムジンバスが20分間隔で運行、所要時間25分、運賃は500円で、空港および新幹線利用客にはもちろんリムジンバスのほうが快適で実用的だ。

これに対して阪急バス【160】系統は運賃280円と安いが、毎時概ね1本の運転(新大阪・毎時20分発、空港・毎時17分発)である。もともと、大阪空港と豊中市内を結ぶことが目的で運行されているが、1984年3月より昼間のみ新大阪まで延長運転を開始。現在でも時間帯によっては日出町折り返しの便が存在する。外国人客の利用が見込まれるため、車内放送では主要停留所で英語放送が行われるなど、一般路線でありながら空港乗り入れバスにふさわしいサービスが整っている。豊中営業所の担当で、阪北線の一系統である。

新大阪では阪急高速バスターミナル(北口)で乗降扱いを行う。阪急バス一般路線で新大阪に乗り入れる唯一の系統である。


久しぶりに阪急バス関係のレポート記事をアップする。

今回は兵庫県猪名川町北部の里山をのんびりゆく長距離路線、杉生線【41】【61】系統について、解説レポートする。

PB040008

運行経路は、

【41】日生中央-猪名川高校前-紫合(保健センター前)-北田原-川床口(道の駅いながわ前)-猪名川町スポーツセンター前-木津-町営北プール前-杉生(すぎお)-杉生新田-猪村-後川(しつかわ)

【61】日生中央-猪名川高校前-紫合(保健センター前)-北田原-川床口(道の駅いながわ前)-猪名川町スポーツセンター前-木津-町営北プール前-杉生(すぎお)-島-柏原

で、県道12号<川西篠山線>を経由する。【41】系統は国境を越えて丹波の篠山市に越境する。

2002年までは、川西バスターミナル(川西能勢口駅前)から発着する長距離路線だったが、系統分割により現在の形となった。

運行ダイヤは能勢営業所担当時代は【41】【61】系統がセットで交互に日生中央から毎時1本発着していたが、現在、基本的に【61】系統のみが1~2時間おきの運転となり、【41】系統は5往復に減便。さらに摂丹国境を越えて篠山市の後川まで直通する便は2往復だけとなっている(他は杉生新田で折り返し)。

日生中央発着に変わってから2012年までは能勢営業所が担当していたため、大阪ナンバーの車両で運用されていたが、同営業所の廃止により猪名川営業所に移管される。

川西バスターミナル発着時代、終点・後川までの片道運賃は1,000円を超えていたと思われ、そのため、猪名川地区の車両に装備される旧式運賃表はコマ数も多く4桁表示が可能な仕様だった。


20071104133
最果ての終点・後川(篠山市)

後川バス停から少し北へ歩いて、神姫グリーンバス「後川上」から篠山市街地・籠の坊および小柿(→乗り継いで三田へ)方面へ乗り継ぐことは可能。
ただ、こちらも本数が少ないため、時刻表を事前に調べておくほうが無難だろう。

杉生線系統のバス停を見るや、他で見覚えのある地名も結構ある。

「杉生」は高槻市の最北端、京都府亀岡市との府県境にもある。
高槻市営バスはJR高槻駅北からここ杉生まで乗り入れている。
同じ摂丹国境にあたるところだが、高槻市の北部は実は旧・丹波国であり、かつては京都府樫田村だった。

「柏原」は近畿地方の各地で見られる。JRでは「柏原」駅が関西本線(大阪府柏原市)、東海道本線(滋賀県米原市)、福知山線(兵庫県丹波市)の3つもあるが、読み方はそれぞれ異なり、順に「かしわら」、「かしわばら」、「かいばら」である。猪名川町の「柏原」は同じ県内の丹波市「柏原」と混同しやすい。

「木津」といえば、私個人的に京都・奈良の境目にあたる木津川市(関西本線・奈良線・片町線の「木津」駅)のことをまずイメージするが、猪名川町、そして篠山市(旧・今田町)にもあるし、神戸電鉄粟生線や京都丹後鉄道(丹後木津→木津温泉)にも「木津」駅がある。

そして「北田原」は奈良県生駒市のことが思い浮かぶ。奈良交通の終点(京阪バスと共同)であり、かつては大阪府交野市に越境し磐船街道経由で私市まで乗り入れていた(京阪バスが交野から田原地区まで乗り入れている)。


P4300003

P4300004

P4300008

P4300010

阪急バスのほか京阪バス(【90】号経路)も乗り入れます。
最近の阪急バス京都地区はブルーリボンやエルガの新車が多いようですが、新エアロスターもちゃんと配置されています。
京阪バス【90】号は男山営業所に移管されましたが、主に中型エアロミディが充当されているみたいですね。

DSCF0051

DSCF0052

DSCF0056

2007年5月に訪問しました。

豊能町・余野は池田と亀岡を結ぶ国道423号のちょうど中間地点にあたり、
池田・千里中央・茨木の各方面からバスが発着しています。

いずれの系統も走行環境の宜しくない狭隘な山道、なおかつかなりの長距離(15~20km程度)ですが、町内には希望が丘などの新興住宅街があり、通勤・通学での利用者もかなり多いようです。
ただ、本数は多くなく、始発から座れなかったら1時間以上立ちっ放しということもありそうですね。
北大阪急行電鉄が豊能町まで伸びたら、大阪市内都心へのアクセスがグッと便利になって、
町内の宅地開発ももっと進んでいたでしょう。





先日、京阪バスの吹田八尾線【52】号経路についての記事を投稿した。
http://katanogawara.blog.jp/archives/15581227.html

吹田八尾線は国鉄・阪急・近鉄・京阪の4社で運行され、上の記事では主に京阪バスと阪急バスについてコメントしたが、ここでは近鉄バスの動き(主に1980年代以降)についてレポートを書く。

1984年に京阪・阪急は八戸ノ里駅前~国鉄八尾駅前間を廃止、八尾直通は近鉄バス単独となる。
一方、近鉄バスは吹田市への乗り入れが廃止、国鉄(JR)千里丘駅以南の運転となった。
1980年代初めまでは国鉄吹田のほか地下鉄守口発着便も存在した。

近鉄バスは東大阪・八尾市内のほか、茨木・摂津市にも路線を有しており、摂津市内の沿線に鳥飼営業所もあるが、吹田八尾線については八尾営業所が担当していたようだ。

1987年の国鉄→JR移行に合わせ、国鉄バス<国鉄吹田~松下厨房器前>は撤退、<JR吹田~門真市駅>(京阪・阪急)に代替された。

近鉄バスは1987年当時、【90】<JR千里丘~JR八尾駅前>と【96】<鴻池新田駅~JR八尾駅前>が運行されていた。しかし、1993年には阪急バスの門真市以南を休止、1996年12月に近鉄バスの運行が廃止される。京阪バス【52】号も1996年12月に吹田乗り入れから後退、JR千里丘発着に変更され、翌年1997年の大阪モノレール開業時には吹田八尾線の路線バスは跡形もなく完全に撤退する。

近鉄バスの吹田八尾線撤退により、鳥飼営業所管内(茨木・摂津・吹田市)と近鉄バスの他路線(東大阪・八尾市ほか)が分離されることになる。

また、布施駅からエキスポランドまでの直通バス(臨時)も運転されていたが、こちらもやはり廃止される。
なお、エキスポランドを改めエキスポシティへは、JR茨木から阪急バスと近鉄バスの共同運行で2015年に乗り入れが復活する。



本年4月1日より、富士重工はSUBARUに社名を変更した。

かつて、富士重工はバス車体を生産していたが、2002年より製造中止となり、西日本車体工業(西工)に一本化。富士重のバス車体には、日産ディーゼルのほか、いすゞ・三菱・日野、国内全てのシャーシが組まれていた。しかし、1998年より、日野・三菱への架装を中止し、撤退への動きを見せるようになる。

富士重と西工のバスは、地方により分布状況が偏っていた。
西工は系列の西鉄バスをはじめ、主に京都以西の西日本各地に分布していたが、2000年ごろより滋賀県や東日本、北海道でも購入する事業者が現われる。しかし、それも長く続かず、2010年に西工のバス製造からの撤退が決まる。

一方、富士重のバスは、県によってばらつきがある。
どちらかといえば、東日本が多いが、西日本でも滋賀・岡山・広島などでなぜか多く分布し、西工王国の九州においても富士重を購入する事業者があった。また、国鉄バスでも富士重が好まれ、特に近畿・中国・四国では富士重架装の三菱車が多かった(ちなみに、国鉄バスでは日野車体+いすゞも名物だった)。

0001
国鉄バスの富士重3E(三菱MP)

さて、問題の兵庫県だが、国鉄バスを除いて富士重を購入した事業者は知らない。
兵庫県では西工を採用した事業者が多い。
阪急バス、神姫バス、阪神電鉄バス、神戸市バス、尼崎・伊丹・明石・姫路市営バス、・・・。
特に阪急バスは関西最大級の西工王国であり、神姫バスも西工+三菱が多く、公営バス(神戸市を除いて廃止)もやはり西工が多かった。阪急バスが西工モノコック(53MC)でいち早く下段ワイド窓を採用したのも、やはり西工だからこそ可能だったのかもしれない。


久しぶりに京阪バス寝屋川・門真営業所管内のネタを書いてみようと思う。

今回は過去の路線系統となった【52】号経路・<JR吹田~京阪守口市駅>について。

守口と吹田を結ぶ路線としては、【9A】号・<大日駅・京阪守口市駅~JR吹田>(寝屋川営業所)があるが、【52】号経路(門真営業所)は「吹田八尾線」であり、【9A】号経路とは運行経路が大きく異なる。すなわち、【9A】号経路は豊里・上新庄(国道479号線)経由なのに対して、【52】号経路は、

JR吹田~吹田市役所前~吹高口~JR千里丘~摂津市役所前~一津屋下~鳥飼大橋北詰~地下鉄大日南口~地下鉄守口~京阪守口市駅

で、大阪府道14号および中央環状線を東側へ回るものだった。

「吹田八尾線」は、鉄道の通らない大阪東部郊外都市間(吹田-守口-門真-八戸ノ里-八尾)を南北に連絡することを目的に、大阪中央環状線経由で国鉄・近鉄・阪急・京阪4社共同で運行されていた。しかし、長距離路線ゆえ道路渋滞に悩まされやすく利用客は年々減少、国鉄バスはJR発足前日(1987年3月31日)に撤退、10年後の1997年の大阪モノレール門真市開通までに全廃(休止?)される。吹田八尾線の歴史は4社が絡んで複雑ゆえ、長いレポートにならざるを得ないだろうから、この記事では、主に1985年以降の京阪バス【52】号経路とその周辺に絞って書くことにする。

京阪・阪急バスもかつて吹田八尾線で国鉄八尾まで足を伸ばしていたが、1984年には近鉄八戸ノ里駅以南廃止される(同時に近鉄バスは吹田乗り入れから撤退、千里丘以南の運行となる)。以降、京阪・阪急バスは主に吹田-守口・門真市間を守備範囲とするようになり、その一つの系統が【52】号経路だ。

【52】号経路は1985年の京阪守口市駅前整備(京阪百貨店開店)までは地下鉄守口発着だったようだ。その後、1987年には【54】号・<JR吹田~門真市駅>が新設される。【54】号は、国鉄バス<国鉄吹田-松下厨房器前>廃止の代替と推定できる。【52】【54】号経路とも、阪急バスと共同運行だった。すなわち、京阪守口市駅・門真市駅前に阪急バスが乗り入れていたことになる。京阪電車の駅に阪急バスが乗り入れていたことは少し意外だが(現在、淀長岡京線【90】号で京阪淀駅に乗り入れているが)、それは吹田八尾線の関係によるものだったわけだ。

大阪モノレール門真市延伸を前後して、1993年ごろより吹田八尾線の路線縮小・減便は一気に進み、京阪バスも八戸ノ里乗り入れは廃止される。そして、1997年には【52】【54】号経路なども廃止、吹田八尾線のバスは跡形もなく消滅する。

あれからおよそ20年後、2016年12月には【9A】号経路が大日駅まで延長され、吹田から大日までのバスが復活したことになる。ただし、運行経路は大きく異なっており、大日駅を守口市内のターミナルという位置づけとして強化、対照的に京阪守口市駅前の地盤沈下を印象付けることとなった。そもそも守口から大阪市内へは京阪よりも地下鉄谷町線のほうが梅田や天王寺に直結していて便利だ。またイオンモール大日の開店後、京阪百貨店の客足は伸び悩んでいるようだ。かつて京阪守口市駅からは、エキスポランドへの直行バスや、鶴見緑地で開催された花博会場(1990年)へのシャトルバスが発着していたし、またごく一時期だけ新大阪への新幹線シャトルバスも設定されたが短命に終わる。関空リムジンバス守口線も今年、枚方線増強に回され減便される始末だ。



阪急バス西能勢線の口山内-杉原間が4月1日より廃止となります。

https://www.hankyubus.co.jp/news/images/170322n.pdf


杉原は能勢町の東の果てにある小さな山間集落で、京都府亀岡市との府県境に近いところです(府道732号線)。
杉原から府道をまっすぐ亀岡方面へ歩くと、R423の西別院というところに至り、京阪京都交通のバスに乗り継ぐことが可能です。

杉原には平日1日3本のバス発着しています。内2本は能勢町宿野行き、1本は川西市の山下駅前まで行くかなりロングランな路線系統です。これらは今月いっぱいで全廃されます。

<関連記事>
阪急バス 杉原バス停(能勢町)
http://katanogawara.blog.jp/archives/6796861.html


大阪駅前・梅田に乗り入れている阪急バス加島線(梅田~十三~加島駅前 / 加島駅前~阪急塚口)。

この加島線も来月のダイヤ改正で本数が削減される予定です。

https://www.hankyubus.co.jp/news/images/170217k.pdf

現在、15分間隔で運行されている【18】系統・<梅田~十三~淀川工業高校~加島駅前>は、20分間隔に減便されます。

同じく梅田に乗り入れている近鉄バス阪奈生駒線も、15分→20分→60分→という調子で順次大幅減便され、現在土曜日のみ1本運行、今年4月からは休止となる予定です。

阪急バスも近鉄バスと同じ轍を踏むことのないことを望みます。

加島線は、かつては梅田~塚口直通で運行本数は非常に多く、大型長尺車も投入されたが、JR東西線開通後、利用客は減っているようです。



阪急バスのかつての京阪急行線の残滓と思われる【65】系統・茨木富田線。

運行経路は、

JR茨木-茨木警察署前-上穂積-春日-(国道171号線)-国道富田-JR富田

で、走行経路から往年の急行線の面影を残していると言える。高槻市内に乗り入れる阪急バスの数少ない路線系統だ。これとは別に、高槻市南西部に阪急バス柱本車庫があり、淀川に近い大阪府道16号・<大阪高槻京都線>経由摂津市およびJR吹田方面の路線を担当している。

【65】系統は茨木営業所が担当しており、1997年までは富田から先、さらに国道171号をひたすら東へ進んで水無瀬(島本町)まで運行していた。水無瀬から大山崎・長岡京方面へのバスが運行されており、京都方面へ乗り継ぐことももちろん可能だった。さらに昔は水無瀬から京都市中心部の河原町御池まで行くバスもあったようだ。

阪急水無瀬駅前には、ほかに京都競馬開催時に京阪バスのシャトルバスも乗り入れ、淀から京都市街地や久御山・宇治方面へのバスに乗り継ぐことも可能だった。現在、水無瀬からの競馬シャトルバスは西山天王山駅発着に代替されている。

ただ、現在も富田から水無瀬経由京都方面へのバス乗り継ぎの旅をするのは一応可能だ。高槻市営バスに乗り継いで上牧まで出て、水無瀬駅まで徒歩連絡となる。

【65】系統の運行本数は1日3往復のみと非常に少ない。10年ほど前は毎時1本程度あったように記憶しているが・・・。






阪急バスの面白い路線系統はないものかと探してみた。
今回は【96】系統・石橋西宮線についてレポートを書いてみる。

石橋西宮線は阪急バスの歴史的由緒ある路線系統で、かつての京阪バス枚方~茨木~石橋と関係が深いようだ。石橋西宮線【96】系統の運行経路は、

石橋北口~阪急石橋~中之島~新開橋~体育館・市民プール前(伊丹市)~伊丹市役所前~甲武橋西詰~西宮中央病院前~西宮北口


で、国道171号線(西国街道)をほぼひたすら走行する。石橋営業所の担当で、兵庫県に乗り入れる大阪ナンバー車運用の数少ない路線系統だ。

かつては茨木石橋線(【92】系統)と一本化され茨木~石橋~西宮間を結んでいたようだ。現在も、石橋乗り継ぎで茨木~西宮間をバスで移動することは可能だ。さらに、枚方・寝屋川方面から神戸までのバス乗り継ぎの旅にも、この【96】系統は便利だ。かつては京都市内(河原町御池)や水無瀬から西宮まで、R171経由で阪急バス乗り継ぎも可能だったが、水無瀬~摂津富田間のバスが廃止され、京都地区の阪急バスは完全に分断されてしまった。

茨木石橋線【92】系統とは対照的に、【96】系統は1~2時間に1本の運行で本数は少ないので、予め時刻を調べるほうがよい。【96】系統を豊中発着にした【97】系統も1日1往復だけ運転されている。






久しぶりに京阪バス高槻営業所関係のネタを書いてみたい。

高槻営業所管内は運用範囲が狭くて路線系統もあまり多くないので、趣味的な面白さには事欠ける(笑)。

しかし、高槻管内は収益性の高い枚方高槻線・枚方茨木線を主幹として運営しており、営業実績は良好だ。今までに廃止された路線系統も、【2】<香里団地~阪急高槻>ぐらいで、それだけ堅実な旅客需要に支えられていることを示していると言える。さらに、近年、寝屋川茨木線で寝屋川市にも進出を果たし、【直通】<寝屋川市駅~摂南大学>も担当している。一方、枚方営業所管轄の【早バス】が長尾方面から阪急・JR高槻まで運行するようになり、一つ賑やかになった。


さて、今回は、レアな路線系統【6】【6B】号経路についてレポートしてみることにした。

枚方茨木線の路線系統で朝と深夜のみに運行される。
運転区間・経路が実は少し複雑で、

【6】白川三丁目~白川二丁目~白川住宅口~阪急茨木~JR茨木
【6B】JR茨木→阪急茨木→白川住宅口→白川二丁目→白川三丁目→西切→竹ノ内町(東行きのみ)

であり、JR茨木始発の【6】号経路(東行き)も運転されていない(全て阪急茨木始発)。

白川住宅界隈は茨木市内でありながら、京阪バスの独壇場となっていることは、少し興味深い。高槻市との境界にあたり、すぐ近くの玉川橋団地には高槻市営バスも発着するが本数は非常に少なく、ほぼ京阪バスの独占状態となっている。もっとも、茨木から富田・石橋・忍頂寺・余野方面のバスも、昔(阪急京都線が新京阪だった時代)は京阪バス茨木営業所が運営していたが、終戦後に京阪神急行電鉄(現在の阪急と京阪が合併)から京阪が分離独立した(1950年)のに伴い、茨木営業所は阪急バスに譲渡され、今日に至る。

【6】【6B】号経路は、玉川橋団地を経由しないので、注意が必要だ。

DSC_0008

P4200047


阪急バス路線について一つレポートを書いてみようと思った。
今回は「3Dayチケット」を使って乗ったことのある【24】系統・<江坂~園田>についてかんたんレポートする。

大阪北部のビジネス街・副都心として賑わう吹田市江坂(地下鉄御堂筋線、北大阪急行)から、豊中市南部の庄内駅前(阪急宝塚本線乗り換え)や日出町(阪急バス本社前)、上津島などを経て兵庫県に越境し、尼崎市の阪急園田駅(神戸本線)を結ぶ路線だ。途中、庄本付近で阪急神戸線の踏切前を通るが、神戸線もほんの少しばかり豊中市を掠っている(ただし豊中市内に駅はない)。

江坂園田線は【24】系統を基本に、江坂発着の循環系統や区間便の【21】【22】系統などもある。運行本数は全体的にあまり多くなく、概ね1時間に1本程度だが(ただし等時隔ではなくて覚えにくい)、園田発着系統については2時間以上バスが来ない時間帯もある。尼崎市方面から豊中・江坂方面への通勤にも使えると思いきや、何しろ本数が少なく、電車(梅田経由)もしくはバイク・自転車を使うほうが早そうだ。

なお、尼崎市は兵庫県でありながら、市外局番は大阪市や吹田市・豊中市などと同じ06であることは有名だ。尼崎市が兵庫県であることに意外感を持つ人も多く、猪名川流域の尼崎・伊丹・川西市などは大阪府に編入するほうがまとまりが良さそうだ(市外局番も大阪扱いだし、電車で神戸市へは不便)。



大阪府茨木市の地名には興味深いものがある。

まず、県名そのものである地名が複数存在すること。
それは、

奈良、福井

だ。「奈良」は、大阪中央環状線・近畿道沿いにあって、南茨木駅に近いところだ。中央環状線に「奈良」という交差点があり、道路情報の電光表示でも「奈良」の文字を見ることも珍しくなく、知らない人は本家・奈良県のことと間違いやすいだろう。さらに、かつて近鉄バスに「奈良」バス停があって、私もバイクでそのバス停前を通ってふと「あれっ?」とびっくりしたことがある。バス停標識の写真だけを見れば、「なんや、近鉄バスが奈良市を通っているのは当たり前やんか」、と思うだろう(近鉄バスの奈良市内乗り入れは1998年に廃止された)。

「奈良」の地名の由来は、奈良春日大社にあるようだ。
http://blog.livedoor.jp/ahisats3/archives/51625887.html


「福井」は国道171号(西国街道)の北側、北摂山系の麓にある。JR茨木からの阪急バス忍頂寺・余野(豊能町)方面行きが通っているところだ。道なりに「福井」バス停もある。大阪府立「福井高校」があって、地元茨木市周辺以外の人なら、「えっ?大阪に福井高校?」とびっくりするだろう。ちなみに福井高校は京都府亀岡市にある「茨木台」からの越境通学も認められているという。しかし、亀岡市民にとって「福井高校」といえば、普通真北にある福井県のことだと思うのではないだろうか?

茨木市・福井の地名の由来は、西福井の新屋坐天照御魂神社(にいやにますあまてるみたまじんじゃ)=福井神社にある。すなわち、福井神(さくいのかあみ)=井水の神(幸福と反映の井戸水の神)が祀られており、これが福井県の由来にもなっているのではないか、ということ。この件についての面白い解説の記事があるので紹介する:
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-1476.html


P5060004

中型10.5m車の通称「うなぎ」です。
細長い車体であることから「もやし」とも呼ばれたりします。

近鉄バス、京阪バスでも、ノンステップ車普及を急ぐべく、このタイプの車両が一時期大量に導入されました。大型車並みの収容力は確保されているものの、車体幅・通路が狭くて快適ではなく、また中型車のエンジンを搭載しているゆえ馬力も弱く、運用現場および一般旅客にはあまり歓迎されていないようです。中型ロング車の製造は中止となり、今後は大型車もしくは中型車に分化しそうです。


大阪と若狭・小浜方面を結ぶバス(わかさライナー)は少し前まで近鉄バスが参入したこともあり、かなり華やかな印象がある。同じ若狭湾・日本海側でも、京都府の丹後半島を結ぶバスは、わかさライナーとは対照的に地味な感じがする。

大阪と丹後方面を結ぶバスは、現在阪急バスと丹海バスによる共同運行で3往復運行されている(阪急1往復、丹海2往復)。運行経路は、

阪急梅田-新大阪-千里ニュータウン-宝塚IC-西宮北IC-(舞鶴若狭道、京都縦貫道)-宮津・天橋立IC-宮津高校-宮津駅-天橋立駅前-野田川丹海前-峰山駅-京丹後市役所前-峰山案内所

で、宮津市および京丹後市内を小まめに回って地域住民を少しずつ拾っていくような感じだ。大阪から丹後半島への観光というよりも、むしろ丹後半島の地域住民が大阪へ向かうために運行されているような印象を受ける。所要時間は大阪(梅田)から宮津・天橋立ICまで2時間25分、天橋立駅まで2時間40分、峰山案内所まで3時間25分程度だ。

阪急バス・丹海バスとも、阪急阪神グループの傘下にある。丹海バスの京丹後市内一般路線では、過疎の地方では珍しく、距離に関係なく基本的に「一乗車200円以下」のユニークな運賃制度が導入されており、住民に好評を博しているようだ。京丹後市は2004年に平成の市町村合併で誕生、丹後半島の西半分全域をカバーすることになった。この「平成の大合併」により役所が遠くなって住民に行き届いた行政・福祉サービスの機能低下が全国的に心配されているが、京丹後市については現在のところ、住民福祉サービスにはかなり知恵を出して一生懸命取り組んでいるようだ。

P8280023

P8280024


2016年8月に訪問しました。
バリアフリー化のため、のりばは変わりましたが、阪急・近鉄・京阪3社のバスが賑やかに行き交う光景は変わっていません。

JR茨木駅前の商業施設を何とかして欲しいですね。イズミヤがあるが、建物の老朽化が目立つのが気になります(南へ歩いてイオンモール茨木はあるが)。


PA220001

一昔前の阪急バスの写真が出てきたのでアップしてみました。
JR茨木に停車中の【92】阪急石橋行き(2006年撮影)です。
たぶん西工96MC(三菱エアロスター)だと思います。
1980年代半ば~90年代前半の阪急バスといえば、西工58MCふそう(or いすゞ)。1996年以降は58MCをマイナーチェンジした96MCですが、スタイルは大きく変わっていません。
阪急バスでは早くから逆T字大型窓を採用し、先進的でした。なんと、モノコック西工53MC(1982年~)から既に大型窓を採用しており、この路線バス用逆T字大型窓はアルナの特許だという噂もあるようです。


京都市バス【81】系統は伏見区内の生命線と位置づけられる幹線系統だ。

運行経路は、

京都駅~塩小路高倉~京都駅八条口アバンティ前~大石橋~勧進橋~竹田久保町~竹田駅東口~竹田城南宮道~西墨染通~西丹波橋~西大手筋~中書島~京阪中書島・伏見港公園~横大路車庫

で、大石橋(地下鉄九条駅)~西墨染通間は国道24号を走行、旧・京都市電伏見線の後継路線となっている。西墨染通~西大手筋間は一方通行の狭隘な道路を走行するため、横大路行きと京都駅行きでは経路が異なる。案内表示上は均一運賃区間系統(青系統)だが、中書島~横大路車庫間は区間外である(実際には整理券は発行していないようで、単区間車が使われることも多い)。一部の便は京阪中書島・伏見港公園で折り返す。横大路営業所(阪急バス委託)が担当している。

市電伏見線の流れも継ぎ、中書島・大手筋方面から京都駅へ乗り換え無しで直行するため、利用状況は堅調なほうだと言える。ただし、地下鉄烏丸線竹田延伸以降、利用客は以前よりも減少しているようだ。近年になって竹田駅東口を経由するようになり、地下鉄との乗り継ぎの便宜を図っている。京都駅から龍谷大学深草キャンパス(竹田久保町下車)へも、この【81】系統は便利だ(【南5】系統が一番便利だが、伏見稲荷大社への観光客急増で混雑しやすいようなので、【81】系統が無難かも)。

運行ダイヤは平日15分間隔、土・休日は20分間隔となっている。以前はもっと多かったような記憶がある。

ちなみに、市電伏見線の終点・中書島は、京阪中書島駅北側に隣接する一面ホームだった。廃止後はバスのりばとして活用されるが、場所が狭いため、折り返しは奥のターンテーブルで方向転換していた。現在、この場所は自転車置き場となっている。



京阪電車と大阪モノレールの接続する門真市駅。
枚方・寝屋川方面から大阪空港へは、門真市駅からモノレールに乗り換える。準急の門真市停車の要望も多いが、ホームはB線(外側)のみにしか設置されていないため、普通・区間急行のみしか停車することができず、準急を停車させるためには守口市駅のように島式ホームに大改造しないといけないだろう。また、一時期、枚方市駅・樟葉・松井山手から大阪空港へのリムジンバスもあったが、廃止された。

門真市駅に発着するバスは、かつては吹田八尾線として吹田から阪急バスも乗り入れていたが、モノレール開通後、吹田八尾線は全廃され、現在平日に1日1本のみしかない。それは、【3】号経路・地下鉄門真南行き(免許試験場前経由)。免許試験場へは、隣の古川橋駅から【5】号経路が多く発着しており、京阪電車の車内放送でもバス乗り換えのアナウンスがあるが、せっかく門真市駅にはモノレールも乗り入れているのだし、両駅間は1km足らずの短距離だから、【5】号経路を古川橋から門真市駅に延長するのは容易いだろう。

門真市の事実上の中心市街地は古川橋駅前だろう。確かに市役所へは門真市駅のほうが近いが、門真市駅前よりは古川橋駅前のほうがダイエー(イオン)を核に飲食店などの商業施設が多く、賑わいを見せている(門真市駅前の高層ビルにイズミヤなどはあるが・・・)。

PB260030


PB260031

2006年11月訪問。
三田駅前ロータリーは立派に整備され、阪急百貨店も綺麗な建物になっていたようだ。
神姫バスの旧型2ステップ車も行先表示機はLEDに替えられていた。
写真は社(加東市)行きという、かなりの長距離路線のようだ。今も運行されている。
雨の日の夕刻に訪問したので、あまり詳しいことは覚えていない。

三田駅前には阪急バスも乗り入れており、かつては宝塚や有馬温泉までの路線もあったが、近年の相次ぐ本数削減・路線短縮により、今は下山口(西宮市)までの【17】系統が発着するのみだ。なお、これとは別に、三田駅北口から阪急田園バスの「東部」(宝塚市西谷地区)行きがある。


一時期、枚方市内から大阪(伊丹)空港へのリムジンバスが運行されていた。
運行経路は、

松井山手駅~樟葉駅~枚方市駅(ラポール枚方)~大阪空港

で、2004年に運行開始、京阪バスと大阪空港交通との共同運行だった。2004年当時の時刻表が「SEA HAWKのページ」に残っている。
http://motor.geocities.jp/seahawk_bus/infor10.htm

毎時1本あたり運転されていて便利だったが、2008年12月、運転取り止めとなる。

京阪沿線から伊丹空港へは、門真市から大阪モノレールに乗るのが一番早い。準急の門真市停車を望む意見も多いが、そのためにはホームを島式に改造するなど大掛かりな工事が必要となろう。普通(各駅停車)の半数は萱島折り返しで、寝屋川市以北から門真市駅へ1本の電車で行くのは少々難しいダイヤとなっている。

大阪モノレールは、近い将来、門真市から南側、東大阪市まで延伸して近鉄奈良線と接続する計画がある。


大阪~亀岡間に京阪バス直Qタイプの急行バスがあってもよいように思う。

大阪市と亀岡市は意外に近く、亀岡市は大阪府に隣接していて国道423号線一本で結ばれているが、鉄道だと京都駅を経由しないといけないので不便だ。JR桂川駅および阪急桂駅から亀岡方面へのバスが出ているが、やはり不便だろう。せっかく新御堂筋~箕面有料道路もしくは京都縦貫道があるのだから、例えば、

なんばOCAT~大阪駅前・梅田~(R423・新御堂筋)~千里中央~(箕面有料道路)~余野~(R423)~京都学園大学亀岡キャンパス~亀岡駅前

なんばOCAT~大阪駅前・梅田~(阪神高速池田線・名神)~(京都縦貫道)~高速長岡京~亀岡駅前

なんかが現実的に考えられそうだ。

北大阪急行電鉄の新箕面(仮称)延伸も控えているので、少なくとも新箕面~亀岡直通バスはあってもよいだろう。ただ、国道423号線の山間部区間はカーブが多く快適な走行ができるのかが問題だろう(阪急バスの池田~余野・希望が丘系統はあまり快適な運行環境ではないようだ)。やはり、遠回りになるが名神または第二京阪~京都縦貫道経由のほうが所要時間は早いか? 


主要地方道茨木亀岡線(府道46号)の通る亀岡市東別院界隈のバス事情について、少しレポートを書いてみたい。

府道46号をゆく阪急バスは阪急茨木市駅から桑原・車作・忍頂寺方面への路線系統があるが、かつては府県境を越えて亀岡市東別院の「南掛」(なんげ)というところまで乗り入れる便もあった。南掛乗り入れが廃止されたのは1997年だった。廃止直前はたった1往復だったそうで、この路線系統について、ある本でも紹介されていたように記憶している。

茨木市内の府道46号は安威川ダム建設および新名神工事を控え、道路の様子が1990年代までの当時とかなり大きく変わり、高規格化されている。これに合わせて阪急バスの路線も度々経路変更・路線再編が行われてきた。
 




南掛から亀岡市内方面へは京阪京都交通のバスがある。ただし、亀岡駅までは行かず、京都学園大学亀岡キャンパスから発着(【F21】【F22】【F23】)しており、東掛(とうげ)からR423を経て運動公園(R372)へ抜ける府道407号を通る。本数ももちろん少なく、1日合計7~10本のバスが発着する。

学園大学キャンパス~(r407)~東別院グランド前~東掛~東別院小学校前~南掛~(r733)~万願寺~柚原~神地(こうじ)~犬甘野口~太歳(おおとし)~(R423)~犬飼~学園大学キャンパス

という循環経路を中心に運行されている。学園大学キャンパスからは亀岡駅前および桂駅・JR桂川駅前・学園大学京都太秦キャンパス(京都縦貫道経由)へのバスも発着している。

茨木から学園大学亀岡キャンパスへの直通バス(r46~r407経由)なんかもどうだろうか?


寝屋川茨木線につづき、京都側の淀川対岸都市連絡バス、淀長岡京線【90】号経路についてレポートする。

2013年12月、阪急京都線の西山天王山駅が長岡京市に開業する。
西山天王山駅では、ちょうど京都縦貫道(~京滋バイパス)と立体交差していて、高速バスのバスストップ(高速長岡京)が併設され、阪急電車との乗り換えが可能となっている。高速長岡京から、関東・北信越・東海・丹後半島・中国・九州各方面へのバスが発着している。

一方、京阪淀駅も高架化完成と同時にバスロータリーが統合整備される(それまで宇治方面行きと大山崎・京都駅方面行きではのりばが離れていた)。

さて、西山天王山駅開業に合わせ、淀川(桂川)両岸を結ぶ路線バスが新たに誕生する。それは、淀長岡京線【90】号経路であり、京阪バスと阪急バスによって共同運行されている。運行経路は、

京阪淀駅~<宮前橋>~洛西浄化センター~落合橋~調子~阪急西山天王山~清水ヶ口~JR長岡京

であり、比較的短距離の路線系統だ。京阪バスは京田辺営業所、阪急バスは大山崎営業所がそれぞれ担当している。毎時1本の運行ダイヤだが、やはりそれなりの需要があるようで、2014年9月には立命館中学・高校の長岡京市への移転に合わせ、増便される。

京阪バスと阪急バスの共同運行は、1997年の吹田八尾線廃止以来のことだ。かつて阪急バスが京阪門真市駅・守口市駅に乗り入れていたが、大阪モノレール門真市開業により廃止される。

京阪バス担当便は京都京阪バス(旧・京阪宇治交通)と同じ緑色の車両(レインボー10.5m車)が入ることもある(運用車両が特に限定されているわけではない)。阪急電車公式Twitterでも話題のネタになった。また、阪急バスは方向幕車で運用されることもあるが、今はどうなのかな・・・


DSC_0010

1986年に登場した北大阪急行の「ポールスター」8000形。

従前の2000形は大阪市交30系と似ていて、また編成数が少ないこともあって、市交御堂筋線の車両(30系、10系)に埋没しがちだった。
しかし、この8000形は、アイボリーをベースに主張の強い赤と茶色のラインを配した外観塗装、および阪急電車と同じ木目調の落ち着いた内装という豪華スタイリッシュなデザインとなって、御堂筋線内においてもインパクト十分、大好評を博した。

今年でデビューから30周年を迎えるが、古さは感じらず、現在でも十分通用するデザインだ。
しかし、既に初期の編成から廃車が発生している。写真の8001編成も廃車された。おそらく機器の部品調達が難しくなっていることが理由だと思われるが、せっかくのスタイリッシュな車両なのに、廃車後あっけなっく解体されてしまうのはもったいない気がする。

阪急京都線沿線にありながら、高槻市内においては阪急バスの存在感が薄い。

高槻市内のバスは主に高槻市営バスと京阪バスがシェアを占めている。JR高槻、阪急高槻市駅、JR富田から高槻市内各地へは高槻市営バス、そして高槻・茨木駅前と淀川対岸の枚方市を結ぶ京阪バス(高槻営業所)がそれぞれ分担している。阪急バスは市西部のJR富田駅付近と南西部の柱本付近へ細々と乗り入れているにすぎない。ただし、柱本には阪急バス柱本営業所を構えている。なお、モノコック車時代(1983年以前)の市営バスは阪急バスと似た塗装をしていて、阪急バスと間違ったりした(その後、緑と白の新カラーに変更されたモノコック車もある)。

bus-old3
高槻市営バス旧カラー
(高槻市営バス通信より拝借)


阪急京都線は「新京阪」だった事情ゆえ、もともと京阪バス(京阪自動車)が茨木や箕面・池田方面にも足を伸ばし、茨木にも営業所(現在は阪急バスの車庫)を構えていた。しかし、戦後京阪電鉄の分離独立に合わせ、茨木以西および長岡京・向日町方面の路線の大部分は阪急バスに譲渡され今日に至る。

一方、高槻市営バスは阪急バスから譲り受けた日の出バスが前身であり、1954年大阪府下郊外都市唯一の市営バスとして営業開始する。

さて、高槻市内の阪急バスについてだが、まずJR富田に乗り入れるバス(【65】・<JR茨木~JR富田系統>)は、なんと1日3往復だけに減ってしまった。以前は毎時1本ぐらいあったように記憶しているが・・・。かつては、京阪急行線の残滓としてJR茨木~阪急水無瀬系統(国道171号経由)もあり、高槻市役所および阪急高槻市駅付近を通過していたが、1997年に富田以東が廃止され、大阪・兵庫エリアと京都エリア(島本町を含む)の阪急バス路線網は分離してしまう。

一方、摂津・茨木市との境界に近い柱本地区については、JR千里丘・阪急茨木東口からのバスが柱本団地へ乗り入れている。かつてはJR吹田まで乗り入れる系統もあったが、近年の路線再編で見直された(なお、摂津市に入ったところにある上鳥飼からはJR吹田行きのバスがある)。千里丘(【33】【35】)および阪急茨木東口(【141】【144】)へは毎時各2本は確保されている。なお、柱本付近には近鉄バスも茨木から乗り入れているほか、京阪バス寝屋川茨木線も通っている。


参考までに、高槻市の東側に隣接する三島郡島本町の事情にも少し触れる。
島本町内においては阪急水無瀬およびJR島本から若山台センターへの路線系統(【40】【50】)が主力となっており、大山崎営業所が管轄している。大山崎営業所への入出庫系統として、【40】・<新山崎橋~阪急水無瀬・若山台センター>系統がある。
ちなみに、島本町の市外局番は大阪府内でありながら075で、京都府乙訓郡大山崎町との越境合併の話も出たほどだ。JR山崎駅ホームにも大阪・京都府境が通っていることで知られている。
また、2年前まで、阪急水無瀬から京都競馬場(淀)へのシャトルバス(京阪バス)も運行されていたが、阪急西山天王山駅開業後、距離の短い同駅への乗り入れに変更となった。さらに、前記のように、茨木からの阪急バスも発着していて(茨木営業所担当)、大阪・兵庫エリアと京都エリアの境目でもあった。

P8120015


P8120019


P8120016


P8120017

2006年夏に訪問しました。
いかにも山あいの小さな駅という雰囲気ですね(^-^)
能勢妙見山へは、妙見口駅からバスでケーブル前まで移動します。
妙見口駅前には、以前京都交通バスも乗り入れていました(バス停名は「吉川」)。

大阪府最北端の能勢町内には阪急バスのほか、かつては旧・京都交通も亀岡方面から乗り入れていた。

実はもう一つ、兵庫県篠山から国鉄バス(園篠線の支線・園篠南線または西能勢線)も乗り入れていた。
篠山市(当時は多紀郡篠山町)の中心部・本篠山からR372を東に進んで福住(かつての国鉄篠山線終点。国鉄バス園篠線は園部および篠山口駅から篠山市内中心部への路線をはじめ、市内および周辺各地への支線系統によって一つの路線網を形成していて、西能勢線はその一つ)というところから、R173を南進、天王峠を越えて、能勢町の最北端・天王集落からはらがたわ峠を越えて能勢町の中心部へ下り、西能勢(阪急バス「森上」バス停と同じ場所)というところまでの路線バスがそれだ。

しかし、能勢町に国鉄バスが乗り入れていたことを知ったのは、かなり後になってからのこと。
1987年のJR発足直前になって国鉄バス(→西日本JRバス)園篠線もかなり整理され、能勢町への路線系統が廃止されたとのこと。そもそも府県境をまたいで能勢町と篠山市の間を利用する人は少なかったようで、主に天王集落から能勢町中心部への地域住民の足として重宝されたことだろう。実際、天王(国鉄バスのバス停名は「摂津天王」)までの能勢町内区間便もあったようだ。国鉄バス廃止後、森上~天王間に阪急デマントバスが運行されるようになるが、10年後の1997年、天王への路線バスは廃止されたようだ。その後、過疎化がさらに進み、2015年春、140年間続いた天王小学校も閉校となった。

現在、篠山市内から西日本JRバスは完全撤退、神姫グリーンバスが一括管轄している。ただし、園篠線の残滓である園部~福住間は京都交通に譲渡されたのち京阪京都交通に引き継がれ、現在も運行中だ(福住で神姫グリーンバスの本篠山行きに接続)。

<参考記事>
園篠南線(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%92%E7%AF%A0%E5%8D%97%E7%B7%9A

【摂津天王】ほか(阪急バス路線物語)
http://hkbusst.blog106.fc2.com/blog-entry-2589.html

能勢町立天王小学校ホームページ
http://www.town.nose.osaka.jp/tennou_es/tennotop.htm


かつて、京都交通バス(現・京阪京都交通)は亀岡から府県境を越えて大阪府豊能郡豊能町・能勢町、そして能勢妙見山をめざして少しだけ兵庫県川西市にも乗り入れていた。

広大な能勢町においては町内をかなり満遍なく路線網を有していて、亀岡市の湯の花温泉に近い本梅(もとめ)車庫を拠点に、R477号を南下して能勢町に踏み入っていた。南は能勢電妙見口駅(川西市を跨いで豊能町)、西は能勢町役場よりさらに進んでR173沿いの今西というところまで足を伸ばしていた。

能勢町内にはもちろん阪急バスも乗り入れていて、能勢営業所を構えていたが、経営環境悪化のため2012年猪名川営業所に統合される。阪急バスは能勢電山下駅前(1985年以前は池田発着が多かった)からR173経由で能勢町宿野を結ぶ経路が主力で、一部は倉垣・杉原方面にも乗り入れている。

これとは別に、亀岡からR423を南下して豊能町に入り妙見山までの路線系統もあった。現在も、大阪府境手前まで京阪京都交通のバスが運行されており、池田からの阪急バス終点・「牧」バス停にも近く、乗り継ぎしようと思えば可能だ。面白いのは、休日のみ運行の京都駅から妙見山までの長距離バスだ。京都駅から亀岡までR9(五条通)経由、亀岡からはひたすらR423を南下、牧・余野を経て、野間から妙見山に分け入るという経路で、少しだけ兵庫県川西市にも越境していた(2003年ごろまで運行)。

kyotokotsu-myoken
京都駅発妙見口行きのバス(西急安普さまより拝借)


京都交通の経営悪化に伴い、2003年ごろより豊能町・能勢町内への乗り入れが完全撤退する。もちろん本梅車庫も廃止。その後、2005年には京阪バスグループの救済により「京阪京都交通」が発足、南丹市(園部町)以南の路線を引き取って運営することになる。北部の福知山・舞鶴方面は日本交通グループの新「京都交通」に継承される。

能勢町内の旧・京都交通路線は、妙見口駅を拠点に阪急バスが再編担当する。能勢営業所が担当していたが、同営業所の廃止により、現在猪名川営業所が管轄している。

(追記)
京都駅発妙見口行きバスの写真をGoogleで探し、追加で貼らせていただきました。
「五条通経由」と書いてしまいましたが、えびちゃんさんのコメントを読んで、七条通から阪急桂駅を経由するということを思い出しました。ありがとうございます。


2014年5月、バイクで亀岡市(西別院)のR423から府道732号を西に進んで能勢町を回ってみた。
京都・大阪府境から少し行ったところに、阪急バスの停留所が現われ、さっそく能勢町に入ったことを実感。
「杉原」というバス停であり、能勢町の中心部にあたる宿野というところから発着している(1本だけ、宿野から先、兵庫県川西市の能勢電山下駅前まで直通)。もちろんのこと、バスの本数は下の写真の通り、1日3本だけで土曜・休日運休。

P5180022


DSC_0008


ここ杉原地域から宿野など能勢町の中心部へ行くには、峠を2つ越えなければならない。杉原は能勢町の東の外れのところにあって亀岡市街地・保津峡へ下る桂川支流・犬飼川の流域だ。さっそく杉原から西へ進むと堀越峠に差し掛かり、倉垣という地の谷間へ下る。さらに西へ進んで、今度は逢坂峠を越える。

能勢町内の阪急バスは現在、猪名川営業所が担当しているため、全て神戸ナンバーだ(2012年まで能勢営業所があったが合理化で廃止)。かつては旧・京都交通も亀岡方面(本梅車庫)から能勢町および妙見口駅(豊能町)まで乗り入れていたが、能勢町内の路線は妙見口駅を拠点に阪急バスに移管整理される形で廃止された。京都交通バスは大阪府能勢町ばかりか兵庫県川西市にも少しだけ越境していた。


P8280009-01

1979年以降、御堂筋線のシンボルとして活躍してきた10系。
デビュー当初、特徴的なフェイスとともに第三軌条初の冷房車として注目を集めた。
10系は1989年までの10年間にわたって量産される。
その後、21系(正式には20系)が量産され、非冷房車30系を置き換え、御堂筋線の冷房化率が100%となる。御堂筋線以外の各路線にも冷房車(22~25系、66系)が投入され、1995年までに大阪市営地下鉄の冷房化率100%を達成する。また、新路線の長堀鶴見緑地線も開業する。
その裏側で、大阪市営地下鉄を代表する御堂筋線の主役である10系の老朽化が目立ち、1998年よりリニュアル工事が進められる。御堂筋線は10両編成であり、10系の編成数も多いことから(最終的に26編成まで作られたが、10両化対応のため、第1~3編成がバラされて中間車化され、一部廃車も発生)、リニュアル工事完了は2011年と12~13年がかりの長期にわたった(さらに2004~05年度の間、近鉄けいはんな線延伸に伴い、中央線用20系の95km/h対応などの改造工事が行われたため、10系の改造は中断)。なお、第4編成は改造工事の対象外であり、第5~26編成までの全ての改造工事を終了した時点で廃車された。

さて、問題の10A系だが、10系のうち、1986年以降に作られた第17編成以降を対象にVVVF化改造も工事メニューに追加され、それらを「10A系」とされる。第17編成以降(1986年以降に製造された車両)は並行増備の進んでいた中央線用20系と同じ車体構造となり、1984年までに製造されたものからマイナーチェンジされている(10両化を実現するために中間車1両だけ1984年以前の古い車両が組み込まれた編成もある)。また、第17編成は2004年にリニュアル工事を受けたあと、2006~07年に追加でVVVF化改造を受けた。

2011年以降、谷町線に続き御堂筋線にも30000系が投入され、「10A系」とならなかった10系(第16編成以前)は2018年までに廃車されることになっている。既に一部の編成は廃車されており、今後廃車のペースは早まるだろう。


DSCF0015


DSCF0014


2007年1月に撮影しました。
行先は「11 日出町経由 上津島・阪急園田」。
日出町といえば、豊中市の阪急バス本社前です。

阪急バスの梅田のりばは、大阪駅北口(ヨドバシ向かい側)と阪急百貨店前の2ヶ所あります。
大阪駅北口からは加島経由阪急塚口行き(【18】系統)、阪急百貨店前からは日出町・豊中・箕面方面行きがそれぞれ発着。

梅田・大阪駅前には大阪市営バスのほか、阪急バス・近鉄バスも堂々と乗り入れていますが、近鉄バス(高速除く)は今年12月で年1本のみの超・免許維持路線と化する予定です。なお、近鉄バスも一時期、大阪駅北口まで乗り入れたことがあります(ただし降車のみ)。

P1190017


P1190015


P1190018

大阪駅からJR京都線各駅停車で10分ほどの吹田駅。
吹田市役所に近く(阪急千里線の吹田駅が最寄)、吹田市の代表駅とされているが、吹田駅前周辺は寂れているようです。吹田市内では旧市街地よりも地下鉄御堂筋線~北大阪急行線沿いの江坂や千里ニュータウンのほうが賑わっています。

JR吹田駅前には阪急バスと京阪バスが乗り入れています。
阪急バスはここから江坂、豊中、柱本方面への路線が出ています。
京阪バスは【9A】号経路・京阪守口市駅行き(上新庄・太子橋経由)が発着しています。
かつては、ここから吹田八尾線という長距離のバス(国鉄・京阪・阪急・近鉄4社の共同運行)なども発着していましたが、今は見る影もありません。
昭和の香りが色濃く残るダイエーも、イオングループ傘下に吸収されたため、今はイオンに変わっています。


少し昔のバス乗り継ぎの旅について書き綴ってみたくなった。
今日は1996年秋の江坂から交野までバス乗り継ぎについて書くことにする。

ある夕方、江坂での用が済んでバスに乗り継いで帰ってみようと思い立った。
このときに乗車した路線系統の多くは、その後廃止されてしまっている。

まず、阪急バスのJR吹田行きに乗る。当時、江坂界隈を走る阪急バスといえば、吹田営業所のみに配置されていた狭隘路線用の日野ブルーリボン短尺車(P-RK172B)を思い出す。当時の阪急バスは西工58MC+三菱ふそうが標準スタイルだったゆえ、この日野車は異色の存在だった。途中、垂水、豊野を経由し、吹田市役所前(阪急吹田駅)からJR吹田に至る。

吹田から守口方面へ京阪バスに乗り換えるわけだが、今回は吹田八尾線の【52】号経路(廃止)に乗る。吹田から守口へは上新庄・土居経由の【9A】号経路が今も40分間隔で運転されている。【52】号経路は【9A】号とは経路が大きく異なり、摂津市役所を回って中央環状線に入り、鳥飼大橋を渡って大日交差点を右折、パナソニック前を経て守口市駅に到着する。【52】号経路は阪急バスとの共同運行だった。つまり、阪急バスも京阪守口市駅まで乗り入れていたわけだ。かつては国鉄・京阪・阪急・近鉄4社の共同運行だった吹田八尾線だが、渋滞の影響を受けやすくて利用客は減り続け、大阪モノレール門真市開業の時に完全休止(全廃)される。

守口市駅からの経路はどうしようか少し迷ったが、【24】号・清滝団地行きが止まっていたので、それに乗る。西三荘駅前、京阪門真市駅、京阪大和田駅から巣本、四条畷小学校前などを経て、生駒山系麓の清滝団地までの少し長距離な路線系統だが、2008年秋に京阪大和田駅以西への直通が廃止される。平日ダイヤの朝夕のみの運転で、主にパナソニック工場への通勤客を意識して設定されていたものだろう。パナソニック城下町の守口・門真は三洋電機とともに栄えてきたが、パナソニックの完全子会社となってしまい、往年に比べて活気がなくなっているように思う。また、京阪大和田駅からは清滝峠を越えて田原台、磐船街道を大回りして京阪交野市駅までの【18】号経路も発着していたが、これも1997年8月の地下鉄門真南開業に合わせたダイヤ改正で廃止される(以降、交野~田原台1丁目間に短縮)。

終点・清滝団地で下車して、大阪平野の夜景を眺めながら麓の坂道を降り、忍ヶ丘駅前まで徒歩。
忍ヶ丘駅は四條畷市唯一の鉄道駅であり、「四条畷」駅は大東市に所在していることは有名だ。
忍ヶ丘駅で少し時間をつぶし、【45】号・京阪交野市駅行きを待つ。【45】号経路(当時)は、星田線【43】号<枚方市駅~四条畷駅>の区間系統で、いずれも廃止された。

【52】・【24】号経路は門真営業所、【45】号経路は交野営業所の担当だった。



scan045


大阪市交30系とスタイルは非常によく似ていました。
御堂筋線でこれが来ても、一目で北大阪急行の車両だと感じる乗客は少なかったように思います。
ただ、内装は阪急と同じ木目調の壁と緑の座席モケットで30系とは一線を画していたようです。

1980年代後半に登場した8000形は、外観・内装とも非常にスタイリッシュでインパクトが強く、
「ポールスター」と名づけられ、北大阪急行オリジナリティがはっきり表れました。
その「ポールスター」8000形も、現在9000形に置き換えられつつあり、引退が始まっています。

↑このページのトップヘ