カテゴリ: 高槻市営バス


全国的にIC乗車券化の流れが進む中、高槻市営バスもICカードに移行、磁気カード・紙製回数券廃止の予定です。1Day・2Day磁気乗車券ももちろん廃止となります。

来年4月1日より、ICカード(ICOCA・PiTTaPaほか)は均一運賃区間内も含め、乗車時・降車時の「2回タッチ」が必要になるとのことです。この「2回タッチ」方式を活用して、乗継割引などのサービスも導入する予定です。

http://www.city.takatsuki.osaka.jp/kurashi/bus_kotsu/bus/oshirase/1505368416477.html

乗継割引は「2回タッチ」にしなくても、京都市バス均一区間のように1回タッチでも可能だと思いますが・・・。

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高槻市営バスの原大橋バス停。

JR高槻駅北から府道6号<枚方亀岡線>で住宅地の坂道を上り上の口バス停の小さな峠を過ぎると、扇状地のあるのどかな原集落の先が「原大橋」。多くの便はここで折り返します。この先、山間部に入り、樫田地区(田能・中畑・二料・杉生方面)へのバスが1日数本あります。運賃も原大橋を境目に均一区間から山間部対キロ制に変わります。

かつては原大橋から樫田地区を経て亀岡までのバスが発着していましたが、1983年ごろ廃止されました(これと引き換えに高槻駅北から樫田地区へのバスが運行開始)。

原地区を貫く清流・芥川では魚釣り・バーベキュー・花見などが楽しめます。
原地区では昔から寒天づくりやどぶろくが盛んでした。現在、寒天干しは見られなくなり、どぶろくづくりも農家一軒(大阪唯一)となったそうです。


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高槻市営バス北大塚線についてレポートする。

運行経路は、

【15】JR高槻駅南-市役所前-阪急高槻駅-松原-沢良木町-天川町-須賀町-大冠町-東和町-深沢住宅-北大塚

【15A】JR高槻駅南-市役所前-阪急高槻駅-天王町-六中前-須賀町-東和町-大冠町-深沢住宅-北大塚


で、行先番号(通常の系統番号とは異なる)は北大塚行きは上記の通り【15】【15A】、JR高槻駅南行きは【1】である。芝生営業所の管轄。

「北大塚」バス停は京阪バス(枚方高槻線)にもあるが、R170号(外環状線)の京阪バスとは走行ルートが異なり、主に東側の市道などを経由する。終点・北大塚バス停も京阪バスとは離れている。

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終点・北大塚バス停

工場や大型商業施設の多いR170号とは対照的に、市営バス北大塚線の沿線は府営深沢住宅や天川住宅、および周辺の中低層住宅、そして第六中学校や冠小・中学校、南大冠小学校など公立学校も多く、生活感のある下町の路線風景が続く。

東和町バス停付近には、「おやつセンター」という面白い名前のお店があり、お好み焼き・たこ焼き・回転焼・おでんなどが安く、子どものおやつにぴったりなものが揃ってる。大人も十分楽しめそうだ。

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私が枚方から高槻まで自転車・バイクで移動するとき、外環状線ではなく市営バス北大塚線のルートを走ることもある。交通量の多い外環状線の歩道は狭く、自転車はやや走りづらい。

運賃は全区間均一220円。京阪バスだと辻子から先は北大塚・枚方大橋北詰まで230円となる。


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JR高槻駅北バスのりばが西武前にあった時代です。
このあたりの風景は今とあまり変わっていません。
2004年にアクトモールがオープン、バスのりばが移設(JR高槻駅西と統合)されました。
来年、西武高槻がH2Oに譲渡される予定で、今後の動きに期待ですね。


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アクトモール開業直前の頃。芥川商店街の隣です。平和堂のマークが見えますね。


高槻市営バス玉川橋団地線<JR高槻駅南~阪急高槻駅~玉川橋団地>が4月1日より運行経路変更となります。

http://www.city.takatsuki.osaka.jp/kurashi/bus_kotsu/bus/oshirase/1482214835733.html

運行経路は、

JR高槻駅南~市役所前~阪急高槻駅~松原~春日町~辻子~若松町~北大樋町南大樋町竹の内小学校前番田鷲打橋~唐崎~西切~玉川橋団地 
太字は新設のバス停)

で、行先番号は玉川橋団地行きは【19】(【16A】から変更)、JR高槻駅南行きは【1】となります。番田~玉川橋団地間は京阪バス枚方茨木線と完全重複することになります。

以前、京阪バス【5A】号経路・<JR高槻~阪急高槻~番田一丁目>を玉川橋団地まで延伸したらどうか、という記事を書いたことがあります:
http://naohiko.exblog.jp/18541173/

この私案に近い形が、今度の高槻市営バス玉川橋団地線の経路変更で実現することになります。

問題は運行本数。現行の玉川橋団地からの市営バスの運行本数は1日4本だけですが、増便されるのか気になるところです。






阪急バスのかつての京阪急行線の残滓と思われる【65】系統・茨木富田線。

運行経路は、

JR茨木-茨木警察署前-上穂積-春日-(国道171号線)-国道富田-JR富田

で、走行経路から往年の急行線の面影を残していると言える。高槻市内に乗り入れる阪急バスの数少ない路線系統だ。これとは別に、高槻市南西部に阪急バス柱本車庫があり、淀川に近い大阪府道16号・<大阪高槻京都線>経由摂津市およびJR吹田方面の路線を担当している。

【65】系統は茨木営業所が担当しており、1997年までは富田から先、さらに国道171号をひたすら東へ進んで水無瀬(島本町)まで運行していた。水無瀬から大山崎・長岡京方面へのバスが運行されており、京都方面へ乗り継ぐことももちろん可能だった。さらに昔は水無瀬から京都市中心部の河原町御池まで行くバスもあったようだ。

阪急水無瀬駅前には、ほかに京都競馬開催時に京阪バスのシャトルバスも乗り入れ、淀から京都市街地や久御山・宇治方面へのバスに乗り継ぐことも可能だった。現在、水無瀬からの競馬シャトルバスは西山天王山駅発着に代替されている。

ただ、現在も富田から水無瀬経由京都方面へのバス乗り継ぎの旅をするのは一応可能だ。高槻市営バスに乗り継いで上牧まで出て、水無瀬駅まで徒歩連絡となる。

【65】系統の運行本数は1日3往復のみと非常に少ない。10年ほど前は毎時1本程度あったように記憶しているが・・・。






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高槻市営バスではマイナーな車両、三菱エアロミディ・ロング車(10.5m車)。
2003年、芝生営業所に5台導入される(形式:KK-MK27HM)。
JR高槻駅南および阪急高槻駅以南の地域で時々見かけるが、市内北部地域(JR京都線より北側)の成合~川久保、および美しが丘~日吉台口~寺谷町に顔を見せることもある。

同じ時期に、京阪バス高槻営業所にもこのエアロミディ・ロング車が集中的に投下され、大型車と混用で運用されている。また、2004年末には同営業所に日野レインボー・ロング車も配置された。しかし、旅客需要の高い高槻営業所管内において、中型ロング車はやはり使いづらいようで、昨年秋ごろに投入されたエルガIIの玉突きで、中型ロング車が優先的に置き換えられた。

※上の写真は、「バス三昧」さまより拝借させていただきました。


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2009年撮影。
新エアロスター投入前でした。

高槻市営バスの三菱エアロスターといえば、1997年、それまで西工(いすゞ、日野)ばかりだったところに突如デビューして驚いたことを記憶しています。
デビュー当初は方向幕でしたが、行先表示機はのちにLED化改造されました。
先代エアロスターは2011年までに引退し、一部は京都京阪バスに移籍しました。


高槻市営バスの成合・川久保線は、特色のある路線系統だと言える。

JR高槻駅南および阪急高槻から発着する市北東部山間部への路線であり、運行経路は、

【33】JR高槻駅南-阪急高槻駅-八丁畷-日吉台東口-成合中の町-上成合-川久保


で、主に府道79号線<伏見柳谷高槻線>を走行する。新名神JCT(工事中)および日吉台の東側を通る(日吉台へはJR高槻駅北から【65】日吉台行きがあるが、府道79号に面している東側の地域は【33】が便利)。上成合-川久保間は「山間区間」に入るため、運賃は対キロ区間となる。川久保は山間の集落で数年前まで高槻市最後の分校、磐手小学校川久保分校があった。バスは川久保までだが、この先、府道79号は島本町から京都府に入り、長岡京市に至る(正式の指定区間は他の府道と重複しながら、東へ進んで京都市伏見区に入り、羽束師・横大路や大手筋商店街を経て、国道24号との交差点である御香宮までとなっている)。

担当営業所は主に平地の南部地域(JR高槻駅南・阪急高槻駅発着)を管轄する芝生営業所であり、この川久保線は芝生営業所唯一の多区間路線(整理券車)であることが面白い。


高槻市内の「沢良木町」バス停。
国道170号(大阪外環状線)道なりにあり、京阪バス(枚方高槻線)と高槻市営バスの共同使用だ(ただしバス停柱は各社局単独)。もともと、京阪バスのほうは「学校前」だったが、2015年3月より名称変更される。私立高槻中学・高校前なので、京阪バスは「学校前」だったわけだが、単純に「学校前」では、どこの学校のことかと思うので少し不親切だろう。高槻中学・高等学校は、大阪医科薬科大学の付属校として、昭和15年10月現在地の沢良木町に創立された名門校だ。そういえば、昔、京阪バス車内放送で、「京大進学○○塾前」とのCMをやっていた記憶がある。

隣の茨木市にも似たような地名があり、大阪モノレールの駅名にもなっている。漢字は「沢良宜」で一文字だけ異なるが、読み方は同じ「さわらぎ」だ。「沢良宜」は「佐和良義神社」に由来しているようだ。神社の案内板によると「サワラ」は金属器を示し、「ギ」はムラを表す(http://tokk.hankyu-ad.jp/sanpo/110101.pdf)。ここ「沢良宜」の地は銅鐸の一大生産地で、弥生時代の文化がいっぱい埋もれているようだ。

高槻の「沢良木町」については、詳しいことはよくわからないが、おそらく茨木の「沢良宜」と似たような歴史的由緒があるのだろう。

高槻市を含む衆議院大阪10区地域は、大阪府内でも独特の政治的風土を有している。ちょうど大阪・京都の中間地点にあたり、京都の文化・経済的影響も強い。市章も大阪市と京都市のものを合成したものだ。大阪府下全域で維新の制圧状態にある中、この地域は社民党の女性T氏が強く、大阪府会議員でも共産党が議席を持つ数少ない地域だ。


高槻市の辻子・南辻子バス停。
国道170号(大阪外環状線)にあり、京阪バス枚方高槻線が発着するほか、「辻子」バス停には高槻市営バス(下田部団地方面から)も停車する。

阪急・JR高槻から枚方行きの京阪バスに乗ると、辻子までは高槻市営バスに合わせて運賃220円だが、南辻子より先は京阪バス単独区間となるため230円となる。「辻子」・「南辻子」両バス停について、枚方行きのりばは目と鼻の先であり、徒歩で30秒もかからない位置関係にあって、なおかつ運賃が変わるため、南辻子で降りる人は珍しい。

反対方向の高槻駅行きについては、「辻子」バス停の標識は珍しく京阪バスと高槻市営バスの共通である(バス停標識は京阪バスのものを使用)。

枚方市駅からの運賃は、「辻子」「南辻子」どちらも230円である。

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高槻市北部山間部の樫田地区(田能・中畑・二料・杉生)をゆく市営バス(JR高槻駅北行き)です。
過疎の山奥にまで路線バスを運営しているあたり、高槻市営バスはさすがですね。

阪急京都線沿線にありながら、高槻市内においては阪急バスの存在感が薄い。

高槻市内のバスは主に高槻市営バスと京阪バスがシェアを占めている。JR高槻、阪急高槻市駅、JR富田から高槻市内各地へは高槻市営バス、そして高槻・茨木駅前と淀川対岸の枚方市を結ぶ京阪バス(高槻営業所)がそれぞれ分担している。阪急バスは市西部のJR富田駅付近と南西部の柱本付近へ細々と乗り入れているにすぎない。ただし、柱本には阪急バス柱本営業所を構えている。なお、モノコック車時代(1983年以前)の市営バスは阪急バスと似た塗装をしていて、阪急バスと間違ったりした(その後、緑と白の新カラーに変更されたモノコック車もある)。

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高槻市営バス旧カラー
(高槻市営バス通信より拝借)


阪急京都線は「新京阪」だった事情ゆえ、もともと京阪バス(京阪自動車)が茨木や箕面・池田方面にも足を伸ばし、茨木にも営業所(現在は阪急バスの車庫)を構えていた。しかし、戦後京阪電鉄の分離独立に合わせ、茨木以西および長岡京・向日町方面の路線の大部分は阪急バスに譲渡され今日に至る。

一方、高槻市営バスは阪急バスから譲り受けた日の出バスが前身であり、1954年大阪府下郊外都市唯一の市営バスとして営業開始する。

さて、高槻市内の阪急バスについてだが、まずJR富田に乗り入れるバス(【65】・<JR茨木~JR富田系統>)は、なんと1日3往復だけに減ってしまった。以前は毎時1本ぐらいあったように記憶しているが・・・。かつては、京阪急行線の残滓としてJR茨木~阪急水無瀬系統(国道171号経由)もあり、高槻市役所および阪急高槻市駅付近を通過していたが、1997年に富田以東が廃止され、大阪・兵庫エリアと京都エリア(島本町を含む)の阪急バス路線網は分離してしまう。

一方、摂津・茨木市との境界に近い柱本地区については、JR千里丘・阪急茨木東口からのバスが柱本団地へ乗り入れている。かつてはJR吹田まで乗り入れる系統もあったが、近年の路線再編で見直された(なお、摂津市に入ったところにある上鳥飼からはJR吹田行きのバスがある)。千里丘(【33】【35】)および阪急茨木東口(【141】【144】)へは毎時各2本は確保されている。なお、柱本付近には近鉄バスも茨木から乗り入れているほか、京阪バス寝屋川茨木線も通っている。


参考までに、高槻市の東側に隣接する三島郡島本町の事情にも少し触れる。
島本町内においては阪急水無瀬およびJR島本から若山台センターへの路線系統(【40】【50】)が主力となっており、大山崎営業所が管轄している。大山崎営業所への入出庫系統として、【40】・<新山崎橋~阪急水無瀬・若山台センター>系統がある。
ちなみに、島本町の市外局番は大阪府内でありながら075で、京都府乙訓郡大山崎町との越境合併の話も出たほどだ。JR山崎駅ホームにも大阪・京都府境が通っていることで知られている。
また、2年前まで、阪急水無瀬から京都競馬場(淀)へのシャトルバス(京阪バス)も運行されていたが、阪急西山天王山駅開業後、距離の短い同駅への乗り入れに変更となった。さらに、前記のように、茨木からの阪急バスも発着していて(茨木営業所担当)、大阪・兵庫エリアと京都エリアの境目でもあった。


主要地方道枚方亀岡線(大阪・京都府道6号線)。
高槻市街地から北摂山地を南北に突き通して京都府亀岡市に至る道路のこと。正式の指定区間は枚方市の枚方大橋南詰~亀岡市緑橋交差点(JR亀岡駅付近)だが、枚方-今城交差点(高槻市)間は国道170・171号線と重複するため、枚方市内において府道6号線の標識(ヘキサ)を見ることはできない。

枚方亀岡線は、大阪北東部の枚方・交野・高槻方面から京都府北部および福井県若狭地方への最短経路としてドライバーやライダーたちに重宝されている。さらに、亀岡から国道372号線とセットで、湯の花温泉から大阪府の最北端・能勢町、そして篠山を経て加東・西脇・姫路など兵庫県南西部への快適な抜け道としても使える。

枚方亀岡線の単独区間は、国道171号線と接続する今城交差点から始まる。
名神高速をアンダークロスした辺りまでは、住宅地・大型チェーン店と田畑の入り混じる、典型的な郊外の風景が広がる。その後、住宅密集地帯に差し掛かるとともに少しずつ勾配がきつくなってカーブも増え、山間部へ近づいたことを実感する。この辺りから少し西へ分け入ると、名勝・摂津峡などがある。安岡寺・松ヶ丘など、丘陵地帯の住宅街の真ん中を突き抜け、小さな峰に達したところに、高槻市営バス「上の口」バス停がある。摂津峡へはここからも近い。JR高槻駅北からのバスの大半はここで折り返す。

ここから短い下り坂をゆくと、視界が開けるが、住宅街はすっかり途切れ、長閑な里の風景が広がる。原という地名で、どぶろく(濁酒)が有名だ。

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清流・芥川が寄り添い、原大橋バス停から先、本格的な山道に変わる。
原大橋より先の山間部(樫田地区)へ行くバスは1日数本しかない。この付近には、原養魚場があり、川遊びと鯉料理が楽しめる。しかし、ほどなくして、のどかな里山の雰囲気をぶち壊す採石場が現れる。そのため、この府道はダンプが多いので、自転車・バイクは特に注意が必要だ。なお、この付近に新名神(高槻-神戸間)が通る予定となっていて、現在工事が進んでいる。

やがて京都府に一旦越境する。高槻市営バスも京都府に踏み入れることになる。京都市西京区大野原という地名だが、事実上の飛び地であることから、道路は大阪府茨木土木事務所が管理しており、公立小中学校も高槻市に委託する形となっている。かつて、この辺りにおいしい湧き水があったが・・・

再び大阪府(高槻市)に戻ったところで、出灰バス停。ポンポン山へのハイキングコースの出発点でもある。
もうひと踏ん張りすれば高槻森林観光センターへ達し、やがて視界が開けると、田能集落。

これより先、樫田トンネルを抜けると、亀岡市街地まで下り坂が続く。急な下りが一段落したところで、高槻市最北端の集落、杉生。市営バスの終点であり、最果ての雰囲気満点だ。

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もう少し進んで左から茨木亀岡線(府道46号線)と合流すると、すぐに府県境。ここから先、京都府亀岡市。

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田能・樫田界隈は、大阪府でありながら「丹波国」。
その昔、ここは京都府南桑田郡樫田村だったが、亀岡よりは高槻との結びつきが強いことから、住民の要望を受けて大阪府高槻市に編入されることとなった。

かつて亀岡市内区間の道路は1~1.5車線幅で狭隘だったが、現在改良が進み両側2車線で走りやすくなっている。それだけスピードの出しすぎには注意しないといけない。やがて開けたところで亀岡盆地、国道9号線との交差点に到達する。

府道6号線はここで終点かと思いきや、この先もう少し続き、JR亀岡駅前をめざして交差点を直進する。旧城下町を通り、道は旧街道の雰囲気で曲がり角が多く、少しわかりにくい。

1983年まで高槻市営バスが亀岡市街地まで乗り入れていた。原大橋-亀岡間の運行だったが、亀岡乗り入れ廃止後、高槻駅から田能・樫田地区まで直通するバスが運行されるようになり、現在に至る。

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高槻市南西部、茨木市との境界付近に立地する玉川橋団地。
1960年代に竣工した中層公団住宅(UR賃貸)で、昭和の懐かしい雰囲気が残っている。
バス停の前には食料品スーパーがあり、団地内の商店街の核店舗となっている。
昭和の公団住宅では、住棟のほかスーパー・商店街が整備されているのが一般的だが、近年スーパーも含めて店じまいし、「シャッター通り」と化しているところも多い。さらに団地住民の高齢化も進み、「買い物難民」が社会問題化している。しかし、玉川橋団地のスーパーは営業中で、まだ恵まれているほうだと言えよう。

玉川橋団地は京阪バス枚方茨木線のほぼ中間地点にあたり、ここ玉川橋団地および白川地域から阪急・JR茨木への利用客は多い。JR茨木からは【7】【9】号経路・枚方市駅行きのほか、白川2丁目までの区間便【4】号経路などもほぼ終日運行されている。

玉川橋団地には、京阪バスのほか、JR高槻駅南から高槻市営バスも乗り入れている。しかし意外なことに本数は非常に少なく、1日わずか4本だけ。玉川橋・白川界隈で高槻市営バスはほとんど見かけることはなく、確かに京阪バスで茨木市内へ出たほうが早い。

高槻市営バス最果ての終点、杉生(すぎお)。

南北に細長い高槻市の山里、最北端にあたり、京都府亀岡市との境界もすぐそこです。

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上の写真は亀岡方向、下の写真は高槻市街地方向のアングルです。

バスは、JR高槻駅北ゆきが平日・土曜ダイヤ3本、休日ダイヤ2本のみです。

杉生界隈を含む高槻市樫田(かしだ)地区は、もともと京都府南桑田郡でしたが、1950年代に大阪府高槻市に編入(つまり越境合併)。

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この先、かつては府境を越境して亀岡市街地(山陰本線亀岡駅付近)まで高槻市営バスの路線があったが、1980年代初めに廃止されました。
それまで樫田方面へのバスは、山間部の入口にあたる原大橋折り返しのようでしたが、亀岡乗り入れ廃止と引き換えに、国鉄・JR高槻駅前から運行されるようになり、市街地への利便性は大きく向上したと言えます。

しかし、このような過疎の最果てへの路線も律儀に運行されていることを思えば、公営バスは住民の生活・福祉向上の役割を果たしているんだなぁ、と感心します。
というか、これぞ本来の公営交通のあり方でしょう。
実際、サービスが悪い(運賃が高い、運転が荒っぽい、接客態度が悪い、など)と評判の公営バス事業者もあるようだし、近年公営バスから撤退する(⇒民営化)政令都市も少なくありません。

その点で、高槻市は政令都市ではないものの、大阪・京都のちょうど中間に位置するベッドタウンで、団地・マンションや高級住宅街も多く、高槻駅前の商業施設も充実していて、市営バスの経営状況も安定堅調で恵まれていると言えます。
運賃も、山間部を除いて、均一210円と良心的な設定です。

http://naohiko.exblog.jp/20586521/

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