カテゴリ: 東海・北陸・甲信越のバス・私鉄


2003年9月初旬、「青春18きっぷ」の残り1日分を使って名古屋をぶらりと訪れてみました。

乗車経路は、

高槻または京都→(東海道本線)→米原→(東海道本線)→大垣→(東海道本線)→名古屋
大曽根?→(中央本線)→名古屋→(関西本線)→亀山→(関西本線)→加茂→(関西本線)→天王寺?

だったかな・・・。 

2005年愛知万博開催および中部国際空港開港を前を控え、巷で「名古屋ブーム」が沸き起こっていた頃でした。みそかつ・エビフライ・きしめんほか、名古屋グルメが全国的にクローズアップされつつありました。2009年に初当選した河村たかし・名古屋市長はとても個性的なカリスマ性のある方で、私個人的に期待しています(今は微妙なところだが)。

確か名古屋駅からか名古屋市営バスに乗りました。名古屋市内を見物したくて、とにかくバスに乗ったんだと思います。実は名古屋市営バスの乗降方法には慣れていなくて、運転手にどうやって乗るのか尋ねてみたところ、その対応が少し冷たかった、というエピソードは今も記憶に残っています。確か前乗りだったはずですが・・・。後年、このネタをmixiの日記に書いたこともあるが、表現の仕方にいろいろ問題があって、かなりきついコメントをいただいたように記憶しています。

乗車した系統番号や経路は定かではないが、とにかく鶴舞公園までバスに乗り、そこから大曽根駅までだったかな、もう1本バスに乗って中央西線で名古屋駅に戻ったことは確か。

帰りの関西本線は、もしかしたら木津から学研都市線経由だったかもしれません。


久しぶりに過去の旅行記を書くことにしました。

今回は1993年春の福井旅行。

目的は越美北線完乗。

例によって「青春18きっぷ」使用ですが、往路はちょっと贅沢気分を味わおうと、京都から福井まで特急<雷鳥>に乗車。福井には確か朝9時台に到着したかと思うが、越美北線の列車は昼の13時ごろまでなく、あまりに時間を持て余したので、適当に福井市街地をぶらり。京福電鉄バスの元・京阪バスと思しき日野K-RE121を見かけたので、これに乗って福井市街地の小旅行を楽しんでみました。京福電鉄はグループの京都バスと塗装は同じ、京阪バス中古車もそれなりに導入していたようです。昼食は確か鯛の寿司の駅弁を味わったかと思います。

午後は越美北線で九頭竜湖までの単純な往復をしました。少し前まではキハ52が活躍していたが、既にキハ120に置き換えられていました。越美北線は、越前と美濃(岐阜県)を結ぶことを目的に建設され、岐阜県側の越美南線(→長良川鉄道)と結ぶ計画でした。越美南線の終点・北濃と九頭竜湖を結ぶバスが長い間運行されていたが、現在は廃止となったようです。

福井からの帰りは、敦賀から小浜線~舞鶴線~山陰本線を寄り道しました。小浜線の普通列車はキハ58系のワンマンカーが基本だったが、今回乗車したのは確か福知山行き、急行<わかさ>などに使用されるオリジナル急行塗装編成で、得した気分でした。小腹が空いたので敦賀で夕食用に駅弁「角鹿弁当」を購入して車内で味わい、最高に美味かったように記憶しています。やはりキハ58系は急行色が最高ですね。

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北陸鉄道浅野川線の終点・内灘駅。
北鉄金沢駅から浅野川に沿って海岸側へ伸びる7kmあまりのローカル私鉄です。
内灘海水浴場へは内灘駅前から内灘町コミュニティバスが便利です。
駅前周辺は金沢近郊の住宅地が広がっており、金沢医科大へのバスも発着しています。


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