カテゴリ: JR四国


四国の急行列車について一つレポートしてみたいと思います。

徳島線を走行した気動車急行<よしの川>。

名称の由来は、徳島線(徳島-阿波池田)沿線を流れる吉野川であり、まさに徳島線を代表する花形列車だったと言えます。 

この列車は、廃止直前の頃は徳島線内のローカル急行だったが、本来小松島港で大阪・神戸・和歌山方面からのフェリー連絡の受け皿として、関西と琴平および高知県方面を結ぶことが使命でした。そのため、もともと6~7往復の本数が設定され、小松島港線(廃止)から一部は阿波池田から土讃線の高知まで直通していました。しかし、1980年10月改正で高知直通廃止、1985年3月ダイヤ改正で小松島線は廃止され、運行本数も6往復から2往復に急減、徳島線内のローカル急行に転落。

しかし、明石海峡大橋完成による神戸-徳島間の高速道開通(1998)を前に、徳島線が再び関西と四国各地を結ぶ一つのルートとして見直されるようになります。徳島線高速化工事完成を受け、1996年3月ダイヤ改正で徳島線の優等列車が再び増発されます。特急<剣山>が3往復登場、内1往復は高知直通となります。これと引き換えに、急行<よしの川>は1往復のみに、四国最後の急行列車となりました。

2年後の1998年、特急<剣山>は4往復に増強するとともに、徳島駅から牟岐線海部駅・阿佐海岸鉄道甲浦まで直通運転を実施。急行<よしの川>もキハ58・65から<剣山>と共通のキハ185系となります。そして翌年1999年3月改正で、<よしの川>は特急<剣山>に吸収、四国から急行列車が消滅しました。<剣山>は6往復、そのうち高知乗り入れは2往復となるが、2000年3月以降、高知直通は廃止、<剣山>は徳島線(および牟岐線)内の優等列車となりました。




 

瀬戸大橋開通直前に実施された1000t荷重試験列車の動画です。
電気機関車9重連の珍編成です。

列車が通るときレールのたわみが観測され、相当な重量があることがわかります。
そのため、瀬戸大橋のレールは中央が盛り上がって造られています。


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四国各線が全国とレールがつながったのは、1988年瀬戸大橋開通の時。今年は開通から30周年を迎えます。

四国内の優等列車(特急)は四国島内で完結するものもあるが、新幹線連絡なども兼ねて本州へ渡り岡山発着が多くなっています。また、海を挟んだ岡山・高松都市間連絡の快速<マリンライナー>も多くの本数があり、人々の行き来は活発です。 瀬戸大橋を渡る特急列車は全てJR四国所有、<マリンライナー>もかつてはJR西日本213系を使用していたが、海を渡る瀬戸大橋という特殊条件ゆえ老朽化が早く、JR四国5000系に持ち替わりとなりました(5000系の普通車はJR西日本223系と全く同じスタイル、グリーン車のみハイデッッカーとなった)。岡山から瀬戸大橋を渡って観音寺・琴平へ直通する普通列車も運転されており、JR西日本115系もしくはJR四国6000系が充当されます。

瀬戸大橋開通ブームで賑わう頃は、特急<やくも>が高松に乗り入れたり、また瀬戸大橋を渡って高松
への臨時列車も多く運転されていました(117系、165・167系、221系などを使用)。

四国と東京を結ぶ寝台列車<サンライズ瀬戸>【東京-高松】(285系)もあります。全国的に寝台特急が廃止される中、直流電化区間のみで完結する<出雲><瀬戸>を電車化して生き残りを図り、<サンライズ瀬戸><サンライズ出雲>に生まれ変わります(<出雲>は京都から山陰本線経由だったが、伯備線経由に変更、<サンライズ出雲>となる)。専用の285系電車はJR西日本の設計ですが、車両はJR西日本とJR東海が所有しています。近年、金比羅山が心霊スポットとして人気を集め、<サンライズ瀬戸>は琴平まで延長運転されるようになっています。

このほか、「青春18きっぷ」シーズンには京都-高知間の夜行快速(14系客車)も運転されていました。


JR四国に在籍する近郊型電車6000系。

6000系は3ドア・転換クロスシートで1996年に登場、岡山-観音寺間普通列車で使用されていた111系を置き換えます。外観スタイルは顔が211・213系と同じスタイル、側面は2連窓主体の窓配置でJR東海311系と似ており、JR西日本221・223系などよりも古めかしい国鉄末期テイストな印象を受けます。実際、6000系は日本車輌製造であり、JR東海311系の図面を流用したものと言われてます。編成はMc6000-T6200-Tc6100の3両編成、編成両端部の客用扉のみ片開きで他は両開き、そして中間T車(6200形)には車掌コーナーも設けられる(1両を締め切って2両のみのドア開閉が可能なように切り替えスイッチを装備)という、無人駅の多いJR四国の利用実態に合わせた特徴的なレイアウトとなっています。

現在の運用路線は、

瀬戸大橋線、予讃線(高松-伊予西条)、土讃線(多度津-琴平)

であり、2000年にJR東日本から113系を譲渡した後、一旦瀬戸大橋線での運用はなくなるが、2016年3月より同線での本州入り運用が復活しました。

私・管理人も何度かこの電車に乗車したことがあります。もちろん普通列車ですが、同じ瀬戸大橋線の快速<マリンライナー>213系よりもむしろ快適でさえあると感じました。ただ、3両×2編成の6両のみにとどまったのはもったいないような気がします。ちなみに扉開閉時のチャイムは京浜東北線209系などと同じメロディで、首都圏のJRに乗っているような感じにもなりました。



1989年夏、「青春18きっぷ」で少し無理して徳島までの日帰り旅行に出た。
私が初めて四国に踏み入れたのもこのときで、瀬戸大橋開通から1年経過したばかり。
第一の目的は、高徳線と徳島線を完乗すること。

乗車行程は、

大阪→姫路→岡山→高松→徳島→阿波池田→琴平→坂出→岡山→姫路→大阪

だが、実は四国内の一部区間にて特急列車でワープする。

確か早朝6時ごろだったかな、大阪発網干行き快速電車に乗った。
姫路までおよそ1時間30分、岡山行きの電車にすぐの接続だった。
姫路での乗り換えダッシュのとき、災難に遭う。
人にぶつかってホームで転倒する。
幸い腕のケガ程度で済み、何とか岡山行きに乗り込む。
ただ、夏場で半袖を着ているゆえ、腕の傷が目立ち、傷が露出したままの無様な格好で旅を続けることになる。
それはともかく、無事に乗り継ぎできたのだから良しとする。
しかし、このハードスケジュールゆえに起こったアクシデントであり、もう少し余裕のあるプランを練るほうがよいだろうと反省。何しろ岡山行きの列車編成が短いので、そのことを考慮に入れて行動すべきだった(熱海・大垣・敦賀での乗り継ぎも同様)。

岡山から「マリンライナー」で瀬戸大橋を渡って、初めての四国入りにワクワク。
瀬戸大橋および明石・鳴門海峡大橋の開通で、関西から四国への日帰り旅行も容易になった。
讃岐うどんのブームが全国に広まったのも、本州・四国連絡橋の恩恵だろう。

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高松からの高徳線(旧・高徳本線)だが、香川・徳島県境付近(三本松-阿波川端あたり)で特急ワープを使う。
高松・徳島間の距離は70kmほどでさほど遠いわけではないが、県境を跨いで直通する普通列車は多くなく、途中で特急を待避するため所要時間はかなりかかる。
池谷で鳴門線、佐古で徳島線と合流し、徳島に到着。

徳島県の鉄道は電化率ゼロだ。
もともと四国内の国鉄線は全て非電化だった。JR化後、四国内の電化区間は瀬戸内海側の予讃線を中心に愛媛県まで拡大する。愛媛県には伊予鉄道もある。高知県もJR線は非電化だが路面電車の土佐電鉄がある。
しかし、徳島県に至っては地方私鉄もなく、非電化のJR線および第三セクター線のみで県内鉄道ネットワークを構築しているわけだ。

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徳島で駅弁を購入。
確か幕の内弁当を買ったと思うが、徳島の幕の内といえば、大きいエビフライがご飯の部分にまではみ出してデーンと目立つことで有名だろう。

徳島県の特産品には、すだち、半田そうめん、鳴門金時いも、阿波和三盆(砂糖菓子)などがある。

徳島線はキハ58・65の快速だったかと思う。
徳島線は吉野川に沿って四国山地に分け入り、土讃線の阿波池田に至る(正式には一つ手前の佃まで)。
国鉄時代は「徳島本線」が正式名称だった(JR発足後、四国内の本線は全て「本線」でなくなる)。
徳島市の南東、小松島港に和歌山からの南海フェリーが発着していて、徳島線と合わせて関西から四国各地の一つの主要ルートを形成、かつて徳島線経由高知方面の優等列車が盛んに設定されていた(小松島港線は廃止)。しかし、瀬戸大橋や明石・鳴門海峡大橋の開通と高速道路延伸の影響で、徳島線経由の優等列車は大幅に減らされ、事実上県内ローカル線となる。一時期は急行「よしの川」1往復のみとなるが、現在徳島線内のみのミニ特急「剣山」が6往復設定され、優等列車の本数そのものは盛り返している。

阿波池田からの土讃線上りでは、琴平まで再び特急ワープを使う。
香川・徳島県境付近にあたり、やはり普通列車の本数は少ない。
しかも急峻な峠を通るため、スイッチバックがあり(坪尻駅)、鉄道ファンの一つの見所だ。
視界が開け、讃岐平野に入ったあたり、琴平からは高松近郊の電化区間だ。
土讃線を走る電車は琴平折り返しの普通列車のみだが、最近東京からの寝台電車・サンライズ瀬戸(285系)が臨時で琴平まで乗り入れる日もある。

坂出から先、行きと同じルートで本州へ戻る。
できれば、違う経路で帰りたいところで、例えば高松や徳島から高速バスで鳴門海峡を渡って神戸・大阪方面へ抜けるのは、瀬戸大橋を回り岡山で乗り継ぐよりもはるかに早いだろう。
あるいは徳島からフェリーで和歌山へ抜けるのも所要時間はかかるが楽しそうだ。

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2005年に国鉄急行色に復元されたJR四国のキハ58・65。

わずか2両だけだが、この復元作業は塗装のみならず、窓周りの灰色ゴムなど細部にまで国鉄時代らしさが再現されており、各地のリバイバル塗装とは一味ちがう。さすがに車内まで国鉄時代の雰囲気を再現、というわけにはいかなかっただろう。普通列車専用となったゆえ一部ロングシート化されたままなのは仕方ない。

なお、方向幕もこの頃になって、全国各地で行先表示を入れるのが当たり前となってきたが、どうせなら、「普通」と表示して、行先表示は出入り口上部のサボ受けに表示板を差し込むようにすれば、いっそう引き立たったのではないか。

JR四国のキハ58系は2008年までに引退した。

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