カテゴリ: 京阪バスグループ


2008年7月の京都駅前です。

京阪バスの臨時便が運行されていたようで、山科所属の一般車が数台待機していました。

HDに眠ったままのA-3635の画像が見つかり、何気に貴重な1枚だと思いました。ここにアップさせていただきます。

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下の画像は上と同じ車両でしょうか? 上の画像は後方向幕の縁が灰白色なのでP代ブルーリボンと思っていましたが、下の画像はU代ですね・・・。

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ついでに定期観光バスの画像も。
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2008年当時の阪急桂駅前(東口)です。

京阪京都交通のバスは京阪バス中古車が多く、カラーもそのままですね(^-^)

京阪京都交通のほか、京都市バス【33】【69】【70】【南1】系統も東口に発着します。

昔、京阪バス・淀行き(1995年廃止、末期は枚方営業所担当)や阪急バスも、ここに乗り入れていましたね。淀行きの京阪バスは、七条大宮まで現在の京阪京都交通・京都駅行きと同じ経路を走っていたのも、何かの縁でしょうか?

ちなみに、桂駅西口からは市バス・洛西ニュータウン・桂坂方面行き(京阪京都交通の一部路線も)が発着します。

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京阪バス寝屋川・守口営業所管内について、 1980年代後半ごろのことを思いつくままに書いてみることにしました。

このエリアは、実を言えば、私個人的にさほど印象の強いところではありません。

一番乗車する機会の多かった系統は、寝屋川【11】号経路ほか摂南大学寝屋川キャンパス関連の路線だったと思います。全国模試などを受けることが目的でした。当時、寝屋川管内では中型車の比率が少しずつ増加しつつあったものの、大型車もまだ多く活躍。三菱ふそう車の姿は見られず(寝屋川名物だったブルドックB-1508・1509は既に大津へ転属)、日野ばかりだったと思います。モノコックのRE・RCもまだ現役でした。摂南大学からの帰り、寝屋川市駅行きでたまに整理券発行のバスに当たったとき、どこから来たやつのか興味がありましたね(たぶん古川橋からの【13】号経路)。

ちなみに、五木模試の会場は大阪電通大寝屋川キャンパスが多かったが、寝屋川市駅から徒歩でした(高宮四条畷線のバスが通るが、本数は少なかったはず)。

寝屋川管内の面白い路線系統として、【16】<枚方市駅~寝屋川市駅>などもあったが、これも機会を見つけて乗っておいたほうがよかったですね。枚方市駅北口で時々【16】号経路を見かけることもあり、Bタイプ(B-3461・3487)での運用が多かったように記憶しています。

* * * *

原付免許を取るために初めて門真自動車試験場へ行く時、古川橋駅から試験場前行きのバスは、富士重3EのRCでした。富士重のRCといえば、枚方営業所に1・2台だけの少数派という印象が強く(末期は主に招提線や樟葉長尾線などで運用)、門真(営)にもいるとは知りませんでした。

門真営業所には1985年ごろまで、四條畷市清滝地区運用の関係上、三菱ふそう車も3割近く所属していたようだが、枚方・高槻および京滋地区へ転出、日野ブルーリボンHT(大型車)やレインボーHR(中型車)に置き換えられました。

あと、門真管内で実際に乗車した面白い路線として、吹田八尾線【52】号経路があります。JR吹田~京阪守口市駅間で、寝屋川管轄【9A】号経路とは運行経路が異なり、千里丘から摂津市役所を経て、中央環状線・鳥飼大橋を渡り、大日から守口市駅に至るルートでした。阪急バスとの共同運行でした。


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一時期、JR忍ヶ丘駅前(四條畷市)には近鉄バス(清滝線)も乗り入れていました。
2010年当時の画像があったのでアップさせていただきます。

忍ヶ丘駅は四條畷市唯一の鉄道駅。寝屋川市との境界すれすれのところです。隣の「四条畷」駅の所在地は大東市です。


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京阪香里園駅前・旧広場です。

狭い広場の中をバス・タクシーが出入りしていましたね。

バスのりばは、府道(r21)東側に移転しました。ここは、今もタクシーループに活用されています。
 


2020年4月、大阪青凌中学・高校(学校法人 浪商学園)が高槻市前島から島本町に移転しました。
JR島本・阪急水無瀬から徒歩15分圏内の場所で、交通アクセスは便利になりました。

https://www.namishogakuen.jp/100th/project/detail-1/

キャンパス移転に伴い、京阪バス高槻営業所の青凌スクール運用が廃止された模様です。

青凌スクール関係には、ブルーリボンシティW-3842・3843などが任に就いていたが、余剰となったため、流出。W-3842は枚方、3843は男山にそれぞれ転属です。同じブルーリボンシティのW-3811・3840が高槻に配置される時期もありました。


浪商学園関係といえば、茨木市の学園町に浪商幼稚園があり、京阪バス枚方茨木線「学園町」、または寝屋川茨木線「学園南町」下車です。「学園町」という町名は、かつてこの地に浪商高等学校・大阪体育大学附属中学校が設置されたことによるもの、と察しがつきます。浪商高校普通科は1983年、高槻市前島に移転ののち、85年に「大阪青凌高校」に改称。体育科なども1987年、泉南郡熊取町に移転。浪商学園の本部は熊取町に置かれています。



少し昔のJR茨木です。

阪急バスの西工96MC・2ステップ車は健在で、京阪バス枚方茨木線にはHR10.5m車も見られました。

バスのりばの配置も大きく変わりましたね。

京阪バス寝屋川茨木線が開通して間もない頃で、東口にも京阪バスが乗り入れるようになりました。

ありゃ、JR茨木での近鉄バスは撮ってなかったようですね・・・

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京阪バス交野営業所に配置された三菱ふそう・エアロミディ10.5m車(KK-MK27MA)N-1090。

2003年、N-1091とペアで納車され、交野では初めてのノンステップ・エアロミディ10.5m車でした。

同ロットの車は2002~04年にかけて、大阪地区各営業所(寝屋川営業所を除く)に合計24台配置されました。そのトップは、門真のN-1080・1081で、日本で初めて営業運転を開始したエアロミディ10.5m車として知られます。その後、香里団地にN-1082~1085の4台が納車され、従来日野車で統一されていたところにふそうが4台も加わるのは驚きでした。続いて、枚方にN-1086・1087の2台が配置(→京田辺に転属)。門真にN-1088が追加されると同時に、高槻に初めてN-1089、交野のN-1090・1091と続きます。その後は、高槻に集中配置されます(香里団地N-1099、門真N-1106を除く)。

N-1090・1091は、基本的に大型車運用の路線で2016年まで交野営業所生え抜きで活躍するが、なぜか他の同僚仲間よりも先に引退。後釜として高槻からN-1093・1094が交野に転入したり、同じく高槻のN-1089が枚方に転属するなどの動きが見られました。

その後、新エルガLV290などの台頭で、KK代エアロミディ10.5mも徐々に数を減らし、2020年度中には全車引退するものと見られます。

(2020.5.20追記)
N-1090・1091は2017年2月現在、在籍していました。同年5月ごろ、高槻営業所の車両異動があり、N-1093・1094が玉突き転属となったように記憶しています。


くずはモール(旧・モール街)改装工事が始まり、京阪宇治交通に緑のノンステップ車が登場して間もない頃でした。

宇治交(男山営業所)は三菱ふそう・エアロスターMが主力で、6年ほど新車の納入も途絶えていたが、久しぶりの新車は塗装変更と合わせていすゞ・日野車が納車され、インパクトは相当なものでしたね。

京阪バス枚方営業所では、出屋敷・招提地区大規模ダイヤ改正と管内系統番号変更が実施されました。方向幕の書体も刷新され、京阪バスのヤル気を感じましたね。

宇治・くずは・枚方市からUSJへの直行バスも運行されていました。

2年後の2004年には松坂屋閉店、翌年2005年の新しいくずはモール誕生に向けて大詰めを迎えました。

そして、2006年には京阪宇治交通は京阪バスに合併しました。緑のバスは合併後も残るが、徐々に赤いバスに置き換えられ、残り少なくなりました。

くずは

USJゆき


2020年5月10日、京阪バス関空リムジン系統のダイヤ改定が実施されます。

変更内容は、

○寝屋川・枚方系統の京阪バス担当便撤退と樟葉駅乗り入れ休止(枚方市折り返し)

○京都系統の堀川五条~四条烏丸~烏丸御池~京都市役所前間休止

○枚方・寝屋川系統および守口・天満橋系統でICカード取り扱い開始(関西空港交通便のみ)


です。

新型コロナ感染拡大に伴う旅行需要減少の影響ももちろん大きいものと思われるが、寝屋川・枚方系統が大幅減便で、京阪バス担当便が撤退するとは衝撃的です。

改定後の枚方・寝屋川系統のダイヤは

(枚方市→関空)
枚方市発          4:48、5:48、6:31、10:30、17:00
関空(第2ターミナル)発  7:40(第1ターミナル発)、13:52、17:47、19:17、21:17、22:47

のみとなります。

寝屋川・枚方系統大幅減便のもう一つの理由に、京橋・天満橋系統への代替も考えられそうです。本年4月より運行開始(京阪、関空、大阪シティバス3社共同)したばかりで、京阪沿線から関空へは天満橋駅からリムジンバスに乗り換えるほうが、最も便利になりそうです。京橋・天満橋系統については、2往復だけ京阪守口市駅発着です。

天満橋~関空系統については、過去に京阪バスが運行していた時期もあるが、今回、大阪城公園経由のルートで、大阪シティバスも参入していることがポイントでしょう。


これも懐かしいですね。

牧野ヤングプラザといえば、プールで泳いだという思い出のある方も多いでしょう。

私はヤンプラのプールに入ったことはありませんでした。でも、ボウリングにはこれまで何度か行ったことあります。 

初めてヤンプラのボウリングに行ったのは、高2の遠足の日。当日、嵐山へ行く予定だったけど、雨のためボウリングに変更。お開きの後、私は雨の中を突いて、なぜか樟葉の市立図書館(最寄りは「あさひ」バス停)まで歩いて寄り道しましたね。どうせなら、樟葉駅から【28】号経路(現【39】)枚方市駅行きに乗って帰っても良かった・・・。

翌年、高3のGWの時には、家族揃ってここのボウリング場に行きました。もちろん、受験生だったため、遠出はできず欲求不満気味。2年前の高1のGWのときは、サイクリングに行きたかったんだけど、風邪で寝込んでしまうし、どうも高校時代のGWは呪われてばかりだったような・・・。

ヤングプラザも気がついたら、いつの間にか消えていました。その後も、ボウリング場は残っており、たまに友人・知人と行くこともあります。最後に行ったのは、6年ほど前だったかな。ボウリングの後、マックに入って歓談したりしましたが、約1名のKYな老人のせいで不愉快な思いが募ったりとか、いろいろありましたな。こうなるのも、それまでの私自身の心がけが宜しくなかったためだと反省。

http://katanogawara.blog.jp/archives/34949064.html
でも書いたように、結局のところ、中学・高校時代以来のあれこれがじわりと響いているみたいです。

今ごろになって、中学・高校時代の夏休みに、ヤンプラのプールへ泳ぎに行ってもよかった、と後悔。どうせなら、枚方市駅から京阪バス招提線(【36】号経路ほか)に乗って行くほうが面白かったことでしょう。当時、招提線には中型車(エアロミディMK)も来れば、観光兼用Bタイプ車も来たりと、車両はバラエティに富んでいました。枚方営業所のBタイプといえば、B-1597・1598・3460にもっと乗っておきたかった(Aタイプ・モノコックも)。樟葉駅発着牧野・招提循環(たまに樟葉八幡線、中書島線にも入ってたようだけど)の運用に入ることも多く、樟葉に行く機会があったら、狙って乗車しておけばよかったですね。


1980年代後半当時の京阪バス香里団地・交野営業所管内について、思いつくままに書いてみようと思います。

香里団地・交野管内といえば、私個人的に最も身近なエリアなんだけど、 枚方営業所管内(枚方市北部・東部、八幡市、京田辺市ほか)のように「もっと乗っておいたらよかった」と思う路線は、意外に少ないんですよね。そもそも、あの当時の香里・交野地区路線について、あまり変化に富んでいなかったためだと思うが、それでも、

【28】     ダイエースーパー ~ 香里団地
【9B】     枚方市駅~高田・東香里・新香里循環
【43】     枚方市駅~四条畷駅
【2】     阪急高槻~枚方市駅~香里団地
【18】     京阪交野市駅~田原台地区~京阪大和田駅前
(【2】号経路は高槻営業所担当)

など、なかなか面白い路線もあり、もっと積極的に乗っておいたほうが良かったですね。

ここは、路線そのものというよりも、機会を見つけて当時活躍していた車両に、もっと乗っておいたら良かった、と思っています。香里・交野エリアには、当時日野ブルーリボン大型車(P-HT235)が主力となりつつあり、三菱ふそう車は数を減らしていました(もともと三菱車自体少ないエリアだが)。

路線・観光兼用のBタイプも、香里・交野には三菱MR470(香里B-1344、交野B-1386)が配置され、昼間の【10】号・釈尊寺団地線(交野管轄)の運用に入ることも多かったが、1986年にはいずれもブルーリボンP-HU235に置き換えられました(香里B-3485、交野B-3486)。新しいBタイプ車は2連窓・暖色系シートの観光仕様となり、これに当たったときはお得感がありましたね(前任のふそうBタイプも、座席シートは赤色で特別感のある車両だった)。交野のB-3486は、1991年ごろまで【10】号経路に入ることが多かったです。

高槻からの【2】号経路は三菱ふそう車で、特に最新型のエアロスターK(P-MP218)は香里団地界隈では違和感がありました。

星田線【43】号経路は、笠松~正縁寺間の狭隘区間(大阪r20旧道)を走るため、中型車限定、しかも日野レインボー・P-RJ172ばかり。中型車導入当初(1984~85年)、星田線に三菱P-MK116も交じってたが、ほどなく枚方営業所に転属。

田原線【18】号経路も同様。田原線については、1984年まで三菱ふそう大型車のブルドック(A-1459、1466ほか1台)が専用車として使用されていたが、閑散路線ということで中型車に置き換えられました。初めはP-MK116が入っていたが、気がついたらここも日野レインボーばかりに。

それよりも、香里・交野エリアにおいては、むしろごくありふれた日野大型車、特に数を減らしつつあるモノコック車(A-3200番台~3470)こそ、もっと味わって乗っておいたらよかった、と後悔。交野管轄の路線だと、時折三菱ふそう(A-1501、1548、1579)に当たることもあり、こちらはなおさらのこと。A-1548は富士重3E+MP118という、異彩を放つ存在でした。香里・交野には富士重3E+日野(RE121、K-RE121)が一定数在籍しており、こちらのほうにはよく当たりましたが(1990年までに引退済)。K-RC301については、なぜかA-3393・3397・3436・3440~3444・3465(交野)、A-3398・3399・3400・3445・3454・3470(香里)あたりが印象に残っているが、これらももっと味わって乗車しておけばよかった。

星田線については、1990年10月より早朝の1便、【43A】交野車庫発枚方市駅行きを新設。春日小学校(枚方市高田)~交野市星田間の道路が開通した頃でもあり、釈尊寺団地や寝屋川団地・寝屋川市駅からの回送にも、この道路が使われるようになります。翌1991年には昼間時間帯に【43A】号<枚方市駅~交野車庫>が増発されました。交野車庫発着便には大型車が使われることも多く、1992年ごろまでは古参のモノコックが入っているのを時折見かけました。ブルドックA-1579が朝の【43A】に入っているのを見かけたこともあるが、捕まえられなかったのは残念・・・。

交野(営)には1990年、突如エアロスターK(A-1758、1765)が配置されました。もう交野にふそうの新車が来ることはないと思っていただけに、びっくりでしたね。ブルーリボンに混じって津田香里線や釈尊寺団地線、寝屋川北部線などでちょくちょく見かけたけど、結局捕まえられずでした。半年ほどで山科営業所へ転属・・・。

交野市内に1989年ごろ、新路線が一つ開通しました。それは、京阪交野市駅~幾野4丁目~西倉治~倉治~津田駅系統で、津田香里線の【8】号経路として運行開始。西倉治~倉治~津田駅間には枚方【14】号経路(村野浄水場・津田循環)も走っていました。1992年の枚方尊延寺線ダイヤ改正で【8】号経路は穂谷まで延伸、京阪交野市駅~穂谷系統が登場。交野営業所の担当でした(2000年廃止)。交野~穂谷系統は中型車(レインボー)で運用されることが多かったが、関西外大(穂谷外大)の下校時間帯には大型車も使用されました。

香里団地管内では、1991年ごろ「深夜バス」を初めて設定。バブル経済の終焉を前後して、終電後の時間帯に大阪梅田・なんばから郊外各地への深夜急行バスが相次いで登場するが、京阪バスは通常の一般路線を深夜時間帯に、運賃倍額とする路線を取りました。【3】号経路の枚方市駅→香里橋→五本松→公孫樹通→新香里→藤田川で、深夜24時台に1本運行。「深夜バス」は20年後の2011年ごろより、京都・滋賀地区を含め各地で相次いで登場するが、近年バス運転士不足などもあって運行日数を減らしたり取り止めたりするところも発生しています。


1980年代後半の枚方市東部(津田・藤阪・長尾・尊延寺・穂谷方面)のバスについて、思いつくままに書いてみることにしました。

開発が遅れ、のどかな農村・里山風景の残る枚方市東部地区(概ね郵便番号573-01地域 あるいは交野警察署管轄地域)。ここにも、大学の新設や新興住宅地開発の波が押し寄せます。東部地区の基幹鉄道である国鉄片町線(→JR学研都市線)は、1989年長尾-木津間電化開業&松井山手駅(京田辺市)と合わせ、快速電車大増発が実施され、ローカル線から都市鉄道に脱皮。松井山手駅は京阪電鉄の全額負担で設置され、京阪東ローズタウンなどの開発が始まります。

これに合わせ、枚方市東部地区のバス路線も大きく変わりました。

まず、関西外大穂谷キャンパス開校(1984年)に合わせ、枚方市駅(南口)・津田駅と新田辺から外大行きのバスを新設。枚方市駅~新田辺間のロングラン系統は1970年代ごろより3往復設定されていたが、1992年ダイヤ改正で穂谷で系統分割と引き換えに、穂谷~新田辺間のバスは毎時1本に増便されます。狭かった津田駅前バスのりばも、1990年ごろまでにバスループが整備されます(整備前は舗装すらされておらず、スイッチバック方式で出入りだったと記憶)。

杉地区には1988年、大阪国際大学枚方キャンパスが開校(杉中学校の近く)。先立って、長尾台へのバス乗り入れを開始、1986年出屋敷線の枚方市駅北口~長尾台住宅系統(【25】号経路)が新設されました。国際大開校に合わせ、大阪国際大学まで延伸されます。また、枚方市駅南口から、池之宮・杉山手経由の大阪国際大学行き【15】号経路(現【65】号)も新設。大阪国際大学には、第二京阪開通後(2009年)、直Q京都号も乗り入れるようになり、京都駅八条口まで一直線です。

長尾駅北東・長尾東町地区へのバス乗り入れも開始。樟葉長尾線【31】号経路を長尾駅から枚方カントリー(杉北町)まで延伸(現【93】号経路)します。枚方カントリー入口付近では、実は京都府(京田辺市、八幡市飛地)に越境しており、現在第二京阪も開通しています。枚方カントリー入口~クラブハウス(「枚方カントリー」バス停)のアプローチ道路には桜並木が連なり、花見のスポットです(今年はコロナ災禍の影響で閉鎖)。

松井山手地区では京阪東ローズタウン街開きも始まり、1992年出屋敷線【21】号経路(枚方市駅~長尾駅)を松井山手駅まで延伸(→【26】号経路)。枚方市駅~松井山手系統は2018年廃止、松井山手~長尾駅~大阪国際大学~穂谷口~新田辺系統(【89】号経路ほか)に代替されました。

1986年ごろまで、毎年夏休みには王仁公園プールへの利便を図り、枚方市駅北口~藤阪間の臨時バスを運行していました。「藤阪」バス停へは、枚方市駅南口から【11】号・長尾駅行き(現【63】【64】号)でアクセス可能ですが、臨時便は須山町・出屋敷・既製服団地を回って、長尾口から【11】号経路・枚方市駅行きと同じルートでr736を南下するという、面白い路線でした。これは循環【20】号経路<枚方市駅北口~長尾駅~枚方市駅南口>の実質区間便であったりします。北口のりばからは【22】号・藤阪ハイツ行き(現【18】号)が発着しており、臨時便の「藤阪」行きと乗り間違いが起きやすかったのかもしれませんね。

* * * *

王仁公園プールといえば、中学・高校時代だった当時の私自身の痛いエピソードを思い出しました。今から思えば、中学・高校時代にもう少し水泳の練習をしておけば良かった、と後悔。もともと泳ぐことは苦手で小2までは水に入ることすら怖がっていたが、小3から少しずつ泳げるようになり小学校卒業までには25~50mは何とか行くようになりました。

しかし、中学以来、泳ぐ機会が減ったこともあって、伸び悩むことに。夏休みに学校のプール開放を利用することもあったが、中学では小学校のときのようにあまり行かなくなりましたね(腹痛を訴えて早く帰ろうとしたが、仮病と見られたのか、監督員に止められた)。実際、中学校のプールではあまり会いたくない友達もいたし、それなら王仁公園へ逃げる手があった。そうそう、夏休みには週1~2のペースで王仁公園へ通って泳ぐ練習をやっても良かった。学校のプールとはちがって、飽きたり疲れたらいつでも退場できるんだし。でも、学校のプールは無料で入れるし、途中退場できない厳しさはあるが、それだけしっかり練習しなさいということと捉えて、真剣にやるのも悪くないでしょう。

高1の夏休み前の「試験休み」に、体育(水泳)の補習を受けさせられることになったが、他の科目の講習を申し込んでて楽しみにしていたのに、予定が重なったためキャンセルという、笑うに笑えぬ話に。もし、中学時代に王仁公園へでも通って、もう少し真剣に練習していたら、水泳力はそこそこ維持できたため、こんなことにならなくて済んだかも、と今頃になって反省。あるいは、今の私だったら、補習の通告を渡されたその時点で、嫌がらずに「今まで練習をサボってた自分が悪かった、反省します」という姿勢を見せ、(目前の補習を含め)今後体育の授業にもう少し誠意を込めて参加するよう気持ちを替える、という大人の対応をしたいところ。10代当時の私にそれができなかったことを、恥じているところです。

王仁公園までの交通手段としては、バス乗り継ぎ、鉄道(京阪交野線+片町線で藤阪駅下車)、自転車の可能な選択肢があるが、鉄道だと河内森~河内磐船間を歩く必要があって乗り換えが面倒ということもあり、やはりバス乗り継ぎが一番面白いところでしょうか・・・。

高1の夏休みといえば、自転車で遠征することにもこだわるが、雨の多い天候不順でままならず欲求不満続きだったけど、それなら水泳の補習を食らった事実を客観的に反省し、自転車でやはり近場の王仁公園へ泳ぎに行くもありだった。しかし、それよりも、やはり当時の面白いバス路線にいろいろ乗っておいたほうが良かった、と後悔しています。


高2のGWの思い出を一つ書いてみようと思いました。

高2のGWといえば、確か家族そろって京都(四条河原町)へ出かけた記憶はあるが、私個人の単独行動としてはサイクリングが一番印象に残っています。

大まかな走行ルートは、

枚方市~(大阪/京都r13)~淀~長岡京~洛西ニュータウン~(R9)~亀岡駅前~(R372)~湯の花温泉~(R477) ~(大阪r106)~(大阪/兵庫r605)~一庫ダム~(R173)~池田市~(R171)~茨木市~(大阪r139)~枚方市

だったと思います。

中3の夏、高槻から大阪r6(原・田能経由)を走って亀岡を目指すルートに凝り、挙句の果てにはR372をひたすら西へ突っ走り、篠山市福住あたりでめげかけながら、R173を南下、天王峠・能勢・池田を大回りという強行軍に出たこともあります。

亀岡市までのルートは、高槻からr6を走るのでも良いが、山道が続いて坂がしんどいということもあり、今回は平坦区間の多い八幡・長岡京・洛西NTを迂回して距離を稼ぎました。JR亀岡駅前では、京都交通(現・京阪京都交通)の亀岡ローカル用非冷房車(日野REかRD)に目を引かれたと記憶しています。当時の京都交通は、車両・路線ともに面白かったですね。祇園・四条河原町~亀岡~園部間の国道急行バスを主幹とし、一部は東舞鶴・天橋立までのロングランもあり、京都府丹波地方を中心に大阪府能勢町や豊能町、そして福井県の若狭高浜にも足を伸ばしていました。

湯の花温泉の近くには、京都交通本梅車庫があり、ここを拠点としてR477経由で能勢町・妙見山まで乗り入れていました。京都駅から妙見山まで直通するバスもありましたね。湯の花温泉から能勢町および一庫ダム(川西市)へ抜けるルートは、緩い下りが続いて比較的快調でした。一庫ダムの見晴らしがとても良かったと思います。

京都・大阪・兵庫3府県に亙って全行程100kmを少し超えたところ、ひどく疲れることもなく、ちょうどよい按配でした。


枚方京都新宿線と大阪空港リムジンバス枚方津田線の運休が決まっています。


枚方京都新宿線(東京ミッドナイトエクスプレス京都号)4月7日~22日
https://www.keihanbus.jp/news/sysimg/00709/link_Ls8bg.pdf

大阪空港~津田駅のリムジンバスは15日より当面運休します
https://www.keihanbus.jp/news/sysimg/00714/link_r4A2f.pdf



ふと、高校の芸術鑑賞の日のことについて書きたくなりました。

私の出身高校では、毎年6月ごろ、芸術鑑賞の日が設定されていました。通常の授業は休みでした。

私個人的には、芸術の内容や中身よりも、むしろ会場までの交通手段のほうに興味があります。

まず、高1の芸術鑑賞は、確か大阪のザ・シンフォニーホール?でクラシック音楽鑑賞。JR環状線福島駅下車、 北へ徒歩15分ほどのところです。自分的には、クラシック音楽が一番楽しかったと思います。演奏された音楽は覚えていません。

高2は、枚方市民会館大ホールだったかな、落語会でした。お恥ずかしいが、落語は私には難しかったです。

高3は、八幡市文化センターでミュージカル観劇だったと思います。京阪石清水八幡宮駅(当時は「八幡市」駅)から徒歩20分のところで、バスに乗らないと不便なロケーションにあります(「八幡市役所前」下車)。

実は、少し時間の余裕があったので、私は樟葉駅から京阪宇治交通の【70】号経路で寄り道しました。樟葉駅と京阪八幡を結ぶバスは、当時京阪宇治交通【70】【71】号経路と京阪バス【32】号経路が存在、【32】と【71】は同じ中央センター前・大芝経由の経路、すなわち両社の共同運行という形でした(→京阪バスへの合併後、【32】に系統番号を統一)。【70】号経路は、船橋・企業団地(→中の池公園)から男山南地区(長谷・しで原)を回り、大芝を経由して京阪八幡に行く路線でした。

乗車した車両は、古参の仲間となったブルドック(K-MP118)。エアロスターMが増殖する中、貴重なモノコック車でした。京阪バスとは異なり、後扉が折り戸で(降車ボタンも「チーン♪」と鳴るタイプだったかな)、ローカル風情が残っていましたね。最新鋭のエアロスターMは、垢抜けて都会的なインパクトある印象で(京阪バスのエアロスターKよりもスタイリッシュだったと思う)、京阪宇治交通の躍進を感じさせる姿でした。


久しぶりに、過去の京阪バスの思い出ネタを。

1994年(平成6年)前後のことについて、思いつくままに書いてみることにしました。

1994年といえば、関西空港開港が何よりのビッグイベントでしょう。関西圏各地から関空へのリムジンバスが新設されました。京阪沿線からは京阪バス・京阪宇治交通が京阪守口市駅・松井山手・宇治発着系統を運行開始。守口発着系統は当初、京阪バス門真営業所の担当でした(現在、守口発着系統は需要低下により大幅減便され、ほぼ寝屋川・枚方系統に代替)。

一般路線については、まず8~10年ぶりに中型車の新車が集中投入されました。三菱ふそうU-MK218J、日野U-RJ3HJAAが導入され、1984~86年投入のP代中型車を置き換え。モノコック車はおろか(最後まで残ったのは枚方のBタイプ車B-1596・1597・3460)、初期のスケルトン車も淘汰される時代に入りました。U-MK218Jは枚方・山科・大津、U-RJ3HJAAは交野・寝屋川・門真にそれぞれ納車されるが、U-MK218Jはその後京都奈良線廃止をはじめ路線再編で発生する余剰から、寝屋川に相当数転属。これらの中型車は、車両の延命策により2007~08年ごろまで活躍を続けるが、最終的にはメーカーを問わず、京田辺営業所(旧・京阪宇治交通田辺営業所)なども含めて、各地へ散らばりました。

1994年導入の車両より、車内のデザインも一新され(座席モケットは柄入り、座席背面や壁の色調は暖色系に)、明るい雰囲気になりました。

旅客サービス面では、車内運賃表示機の更新、および合成音声放送を導入を実施。運賃表示機は、幕式からデジタル表示タイプのものに変わり、まず整理券番号の多い系統(京都奈良線、田原線、樟葉中書島線、淀・宇治・洛南地区路線など)での運用が想定される中型車(枚方、交野、山科所属)を中心に、24コマまたは32コマ表示のものに取り替えられました。その後、1994年夏までに、枚方営業所所属の全車両について、基本的に12コマ表示タイプのものに交換(一部24コマ表示と混在)。合わせて合成音声放送も採用されました。整理券車のない香里団地営業所管内も、いち早く合成音声放送を導入。1995年には山科・大津・高槻営業所、96年には交野・寝屋川・門真営業所管内に拡大されました。

枚方営業所管内では、1994年7月上旬、牧野・招提・樟葉地区を中心に大幅路線再編が実施されました。枚方市駅発着の招提線も、終日ポエムノール北山・家具団地方面へ乗り入れるようになり(【37】号経路)、現行【38】号経路に継承されます(旧【38】号経路・枚方車庫行きは、この改正で廃止)。

同月下旬には、京阪枚方市駅高架化工事完成に伴う南北連絡車道開通に合わせ、出屋敷線の枚方市駅付近での運行経路が変更されました。枚方市駅(北口)行きは、禁野口からかささぎ橋をショートカットするルートに付け替えられ、渋滞回避を図り定時運行の可能性が大幅アップしました。(快速)【22】号経路<枚方市駅~藤阪ハイツ>は、このダイヤ改正時点で健在でした(2002年廃止)。

交野営業所管内においては、1994年11~12月ごろ、交野市南部の路線再編を実施。京阪交野市駅前広場の整備と合わせ、南星台・妙見坂地区への乗り入れが開始しました(狭隘・急カーブの多い区間ゆえ中型車限定)。JR星田駅前へのバス乗り入れも既に始まり、2002年には快速電車が停車するようになりました。


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京阪バス高槻営業所所属のブルーリボンシティ・W-3843が男山営業所に転属となった模様です。 

W-3843は2004年、高槻営業所に納車。初めの数年間は、主に枚方高槻線の運用に入っていましたが、その後一般路線での運用はほぼ見られなくなり、スクールバスなど特定車として使用されることに。やはりブルーリボンシティは、高槻営業所管内では使いづらかったようです。

男山営業所には、京阪宇治交通時代にノンステップのブルーリボン車(緑ブルシチ)が納入され、そのまま京阪バスに継承されるが、徐々に数を減らし、京都京阪バスなどに移籍しています。今回、男山営業所には京阪バス生え抜きの赤いブルシチが初めて配属されたことになります。


京阪バス・タウンくる【寝屋川音羽町線】が2020年4月1日より、運賃改定されます。

運賃は150円→200円

合わせて、路線名称も

【26】号経路  寝屋川市駅~音羽町~京阪香里園(西口)
【26A】号経路 寝屋川市駅~寝屋川市役所~音羽町~京阪香里園(西口)


に変更となります。



2020年4月1日ダイヤ改正で廃止される【29A】号経路・<山科駅~醍醐寺>

【29A】号経路の運行経路は、

山科駅~外環三条~(→竹鼻→国道東野 / ←地蔵寺←山科団地←)~山科西野~川田道~(→清水焼団地 / ←川田←)~大石神社~西野山団地~勧修寺~小野駅~小野随心院口~醍醐上ノ山町~醍醐新町~醍醐寺

で、醍醐寺行きと山科駅行きとでは一部経路が異なります。山科駅を起点に外環状線を南へ下り(山科駅行きは山科団地を経由)、国道1号線(五条通)を西へ進んで川田道の交差点を左折、清水焼団地(川田)・大石神社・西野山団地などを経て、東へ進路を転じ、勧修寺から地下鉄小野駅を回り、醍醐寺に至ります。清水焼団地・大石神社・小野随心院・醍醐寺など、山科・醍醐エリアの主な名所を一通りカバーしています。

2020年4月1日ダイヤ改正で、【29C】号経路に変更され、

山科駅→清水焼団地→折上神社→栗栖野→勧修寺東栗栖野町(新設)→西野山団地→大石神社→川田→山科団地→山科駅

の循環系統となります。


1~2月分の新車
http://katanogawara.blog.jp/archives/34520155.html
の続報です。

N-6316 京田辺
N-6317 門真
N-6318 香里団地
N-6319 交野

です。

これにより、香里団地に残るエアロミディ・ロングの1台(N-1084?)、および門真のレインボー・ロング(N-3123)は引退した模様です。

(2020.3.29追記)
N-6320 交野
N-6321 枚方
 


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京阪バス・タウンくる「深北緑地」バス停。

深北緑地は寝屋川市河北中町と大東市深野北に跨る広い治水緑地。平常時は運動広場や公園として利用され、大雨の時には増水した河川の水を一時貯留することによって、洪水被害を防ぐ遊水地の役目を担っています。

深野緑地付近は、四條畷市と合わせて3市の境界が複雑に入り組んでおり、地図マニアには興味深い地点でもあります。

「深北緑地」バス停は寝屋川市。平日2便・土休日3便の発着です。深野緑地へは、門真市の「江端」バス停(京阪大和田駅から【2】号経路などに乗車)下車が便利です(東へ徒歩15分)。また、JR四条畷駅からも意外に近いです(西へ徒歩15分)。


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京阪バス「宗谷」(そうや)バス停。

「宗谷」(そうや)といえば、北海道の宗谷岬などをまず連想されることでしょう。

「宗谷」の語源は、アイヌ語の「ソー・ヤ(so-ya)」(磯岩の岸)※1)。

同じ「宗谷」という町名は、大阪府枚方市に存在します。読みも同じ「そうや」ですが、北海道の「宗谷」との関連性はよくわかりません。

枚方市宗谷は、京都府京田辺市との境界に近く、大阪府のほぼ最東端にあたります。ちなみに大阪府最東端のバス停は、同じく京阪バス「馬廻」で、京田辺市との境界もすぐの地点です。「宗谷」は主要地方道r71【枚方山城線】、「馬廻」は国道307号線にそれぞれ設置されており、両地点間は和幸カントリークラブと枚方市東部公園を挟みます。

「宗谷」バス停ですが、発着本数は非常に少なく、天王発着系統が数本のみ(【78】<枚方市駅~天王>、【89A】【89B】<松井山手駅~天王~近鉄新田辺>)。天王は京田辺市の隠れ里であり、宗谷の隣のバス停ですが、この間の距離は長く、2km以上離れています。なお、【89】【89C】号経路は、「宗谷」と「馬廻」を通ります。




※1)『アイヌ語地名を歩く ―山田秀三の地名研究からー』
http://ainu-center.hm.pref.hokkaido.lg.jp/HacrcHpImage/06/pdf/09_02_01_H24shari.pdf


(2020.3.15追記)
バス停の「宗谷」は「そうだに」と読むそうです。地名の読み方は、そのまま「そうや」ですが。


江若交通の深夜湖西急行バスが2020年3月13日で運行終了となります。

深夜湖西急行バスは、山科駅を起点に、大津市内のJR湖西線沿線住宅地などを小まめに巡回。平日の金曜日深夜に運行されています(山科駅の発車時刻は日付が変わって土曜日の0:45)。

運行ルート・停留所は、

山科駅→日吉台団地口→北大津高校前→けやき通り→レークピアセンター前→衣川→堅田駅→ 琵琶湖大橋口→美空南→フレスコ→向陽店前→小野駅

運賃は終点・小野駅まで1,550円。

運行開始となったのは2010年以降の新しい路線で、10年足らずの短命で終わることになります。廃止までの運行日数はあと1日を残すのみとなりました。

http://www.kojak.co.jp/pickup/nightbus/



京都京阪バスのレア路線系統を一つ紹介したいと思います。

【22C】号経路・<久御山団地→近鉄大久保>(日産車体前経由)です。

久御山団地と近鉄大久保を結ぶ路線系統としては、【25】【26】【26B】号経路(栄町・緑ヶ原経由)がメインルートであり、平日20分間隔、土休日40分間隔の運行ダイヤとなっています。

平日ダイヤでは、これとは異なる経路便が片道1本だけ設定されています。それが日産車体前経由の【22C】号経路です。久御山団地の発車時刻は17:22。【22C】の運行経路・停留所は、

久御山団地→久御山団地南→林→日産車体前→緑ヶ原口→近鉄大久保

です。なぜ夕方に1便だけこれが運行されているのかといえば、免許維持の意味合いが濃厚のようですね。

実は、【22C】号経路の前身は、京阪バス(→京阪シティバス)【4】号経路。もともと京阪バス洛南営業所の管轄で、大久保から国道24号線(当時)を北上して京都駅まで乗り入れるという長距離路線(大久保~京都駅間は京都奈良線【2】号経路と同じルート)。1985年12月枚方営業所移管時に京都駅直通は廃止。1996年に洛南営業所へ再移管されたのち、子会社の京阪シティバスの運用に。京阪シティバスは2014年3月31日解散と同時に、京都京阪バス(旧・京阪宇治バス)へ移管。合わせて系統番号も【22C】に変更され、現在に至ります。


2020年4月4日より、枚方・高槻・長岡京~亀岡を結ぶ高速路線バス「枚方亀岡京都スタジアム線(みつひでライナー)」 が運行開始の予定です。

運行会社は京阪バス。運行経路は

枚方市駅北口~JR高槻~高速長岡京~JR亀岡駅北口

で、高槻ICから名神&京都縦貫道を走行するものと見当がつきます。運行本数は1日2往復、運賃は枚方市駅~亀岡間片道1,000円です。

運行期間は2020年12月6日まで。

「みつひでライナー」は、京阪間主要都市から亀岡への観光客利用が見込まれています。亀岡市はNHK大河ドラマ『麒麟がくる』の主人公・明智光秀ゆかりの地であり、また今年2月に「サンガスタジアム by KYOCERA」が完成したばかり。保津川下りや湯の花温泉などの観光資源にも恵まれており、どれだけの利用があるのか注目されるところです。大阪市内方面からも、JR高槻または高速長岡京(阪急西山天王山駅)乗り換えで利用可能です。

使用車両は、トップドア車で、京都けいはんな線(洛南営業所管轄)で使用のもの(H-3208?)を高槻営業所へ転属するそうです。トップドア車は、当初京田辺営業所に配属され、直Q京都号の予備に充当されるものの、ほどなくして山科営業所へ転じて醍醐香里園急行バスに使用されたり、廃止後は適切な用途が見つからず持て余し気味、そして現在は京都けいはんな線で運用されるなど、数奇な生涯を送っています。

https://www.keihanbus.jp/pdf/t2019/20200227_kbus.pdf



京阪バスにEDSS搭載の新車(エルガ)が続々登場しています。

以下、2020年1~2月に納車された分です。

N-6307    門真
N-6308    枚方
N-6309    交野
N-6310    山科
N-6311・6312 京田辺
N-6313    枚方
N-6314・6315 寝屋川

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交野N-6309

n-3315
寝屋川 N-6315

これによる除籍車は、

W-1998、W-1204、N-1086、N-1087、N-1088、N-1089、N-1097、W-3821、N-3148

など。

エアロミディ・ロング車と、営業車唯一の幕車(ブルーリボンシティ)W-3821が一挙に引退しましたね。

ところで、高槻営業所への新車はどうなるんでしょうか? 高槻車の乗り入れる茨木地区において、阪急・近鉄バスには新エルガが続々投入されているのに(阪急バスはエアロスターのほうが多いが)、京阪バス(高槻営業所)だけ古い車両ばかりというのは・・・。


京阪高速バス過去の路線を一つレポートしたいと思います。

高速バス枚方~東京(新宿)系統には、京都駅・三条京阪経由のほか、もう一つのルートが存在しました。 それは、枚方~京田辺(学研都市)~宇治~新宿系統。平成初期~前半頃に運行され、私も何度か乗車したことがあります。運行経路の詳細は、

枚方車庫~枚方市駅北口~(大阪r139・国道307号経由)~近鉄新田辺~(京奈和道・新木津川橋)~(国道24号バイパス)~近鉄大久保~京阪宇治~(京滋バイパス・名神・東名)~新宿

だったはず。枚方市~新田辺間はほぼ枚方尊延寺線のルートであり、津田駅や穂谷口からの乗降扱いがあっても良かったように思います。近鉄新田辺駅(学研都市京田辺)を発車後、田辺ICから城陽ICまでの短距離ながら、京奈和道を走行ののち、近鉄大久保・JR宇治・京阪宇治に停車し、京滋バイパスに入って一路東京へ。京田辺から東京への高速バスは、奈良交通【やまと号】(奈良~学研都市京田辺~東京・千葉)も設定されていたが、こちらも廃止されました。


2018年2月ダイヤ改正で、交野市内のバスは全面的に路線再編が実施されました。

先日、この改正で新設された【16】号経路<京阪交野市駅~南星台循環> に乗車してみました。【16】号経路の運行経路・主な停留所は、

京阪交野市駅→河内磐船駅→天野が原→私市四丁目→藤が尾二丁目→藤が尾団地→妙見口→星田七丁目→南星台→妙見東二丁目→妙見坂七丁目→妙見口→藤が尾団地→藤が尾二丁目→私市四丁目→天野が原→河内磐船駅→京阪交野市駅

で、坂道の多い南星台・妙見坂地区の住宅地をこまめにカバー。住宅地内の角を何度も右左折するジグザグルートですが、山のかなり高いところを走るので、枚方市街地・男山・天王山・北摂連山・大阪市内など各方面への眺望がすばらしいです。

改正前は南星台・妙見坂経由で交野市駅と星田駅を結ぶ路線系統が運行されていましたが、星田駅乗り入れは平日朝の1便を除いて廃止。妙見口~星田七丁目を短絡する道路には、もともとバスは通っていなかったが、2018年2月改正より【16】号経路が走行するようになります。かなり距離があり、なおかつ住宅が密集するにもかかわらず、この間に停留所が設置されていないのは残念に思いました。


京阪バス枚方営業所所属のブルーリボンシティ・W-3821が除籍となったようです。

W-3821は京阪バス営業車唯一の幕車として注目の的だったが、2月10日ごろの営業運用を最後に引退したとのことです。

W-3821の現役時代を偲び、画像をアップします。

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京都市山科区の鏡山循環バスへの住民の取り組みが先日、京都新聞に掲載されました。

もともと、鏡山学区の渋谷街道沿いに京阪バスが走っていたが、1997年地下鉄東西線開通時に廃止。撤退直前当時の該当する路線は【20B】号経路で、大宅(山科営業所前)を起点に、

→蚊ヶ瀬→東野→山階校前→(渋谷街道)→北花山→御陵→国道山科南詰→竹鼻→山階校前→東野→蚊ヶ瀬→大宅

を巡る循環路線でした。当時の山科駅付近(国道山科交差点)の道路事情の都合上、山科駅に立ち寄らないルートとして設定されていたが、これが住民のニーズに合っていなかったようで利用客は減少、廃止に追い込まれました。

しかし、鏡山学区へのバス路線復活への要望は強く、自治連合会が中心となって署名集めに取り組み、復活を要望。その結果、2013年に山科駅を起点とする「鏡山循環バス」が小型車にて運行開始となります。

循環バス運行当初は1日2便で、乗客数は1便当たり平均10名程度だったといいます。しかし、地域の足の確保や高齢者の外出の後押し、CO2排出削減などを謳って、自治連をはじめ地域が一丸となって、住民にバス利用をPR。この地域ぐるみの取り組みが実り、2017年には1日3便に増発、乗客数も2019年9月に1便平均で約27人を記録したとのこと。

地元の小学校でも、昨年夏、総合学習でバスの役割や意義を学び、体験乗車したといいます。その後も、「バスに乗ってもらおう作戦!」を展開し、年末の餅つき大会で手作りのチラシやグッズを配布したり、学習成果を発表されたそうです。こういう継続的かつユニークな取り組みが、利用客増加の効果を上げているものと思われます。

以上の鏡山循環バスの取り組みは、このほど国土交通省の「交通関係環境保全優良事業者等表彰」に受賞しました。

現行の「鏡山循環バス」の運行経路は、

山科駅→外環三条→地蔵寺→今屋敷→岸ノ下町→中道町→北花山→御陵駅→京都薬科大学→五条別→外環三条→山科駅

にて設定されています。


廃止の路線バス復活、住民ぐるみで利用声掛け 平均乗客10人→27人、
小学生にも自治会がPR(京都新聞)

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200209-00248683-kyt-l26



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「くずはモール」バス停・樟葉駅行きのりばの様子です。

バス停標柱やベンチが鳥の糞で汚れたままで、心配になりました。

バスの発着本数は多いのに、まるで廃止された停留所のようでした。

ここから、樟葉駅行きのバスに乗る人がいるとは考えにくく、事実上の「おりば専用」停留所となってるけど、さすがにこのままでは・・・。


2019年12月ダイヤ京阪バス京田辺営業所ダイヤ改正に関する訂正を入れさせていただきます。

この改正で、【67D】号経路<樟葉駅~松井山手駅~近鉄新田辺>が、土休日昼間の一部便を【67B】号経路に経路変更されました。関連記事を投稿した私自身、気づきませんでしたが、変更されたのは、

樟葉駅発 近鉄新田辺行き

のみです。近鉄新田辺発樟葉駅行きは、従来どおり全便【67D】号経路として運行されます。お詫び申し上げます。

2019年12月7日(土)ダイヤ改定の実施について(京阪バス)
https://www.keihanbus.jp/pdf/kks/local_20191202_ktana.pdf




京阪バス高槻営業所管内のレア系統【1B】【2B】号経路。

ともに竹ノ内町発着の入出庫系統であり、

【1B】 竹ノ内町~阪急高槻~市役所前~JR高槻
【2B】 竹ノ内町~阪急高槻


です。運行本数は主に朝と夜の時間帯に数本程度ですが、平日ダイヤの日中、竹ノ内町始発の【2B】号経路が2本運行されます(竹ノ内町 14:58、16:16発)。

通常、入出庫系統といえば、朝と夜の時間帯に限られることが多いですが、昼間時間帯に見られるのはなかなか珍しいと思います。

このほか、竹ノ内町始発の【1】号経路・JR高槻行き(阪急高槻を通らず)が平日1便(竹ノ内町 6:32発)設定されています。



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京阪バス寝屋川地区の過去路線、【27】号経路<寝屋川市駅~太間口>。

運行経路は、

寝屋川市駅~寝屋川市役所~寝屋川警察署前~緑町~石津~太間口

で、 主に国道170号(外環状線)~大阪r19【寝屋川茨木線】をそのまま辿るものでした。

「緑町」といえば、グリーンシティ(ジャスコ→イオン寝屋川)でお馴染みのことでしょう。ちょうど、京阪の線路と交わる地点(寝屋川市と香里園の中間)であるが、ここには駅が設置されていないため、駅からグリーンシティへは不便でした。【27】号経路は、寝屋川市駅とグリーンシティを結ぶ路線という意味合いが強かったように思います。ただ、本数は少なく、決して使いやすいものとは言えませんでした。

寝屋川市駅・香里園駅とグリーンシティへのバス路線新設・増発が望まれる中、【タウンくる】というコミュニティバスの形で2003年、寝屋川市駅~音羽町~京阪香里園西口系統(音羽町線)が開通。運賃は音羽町線が150円と安く、小型車使用ながら利用状況も安定していると見られます。そうなると、【27】号経路の存在意義が薄まる一方。

終点・「太間口」は淀川新橋に近く、r19をそのまま直進すると摂津市を経て茨木に至ります。かつて、【27】号経路を茨木まで延伸できないものかと妄想したこともあるが、寝屋川と茨木を結ぶ路線が【12】号経路(摂南大学経由)で実現するとは思いませんでした。

【27】号経路は2008年廃止。同経路を通る路線は、【タウンくる】(寝屋川市駅~石津地区~点野~淀川河川公園~京阪香里園西口ほか)に代替されました。

グリーンシティも2016年8月末で建て替えのため一時閉店に。閉店後の建物解体・建替工事もあまり捗っていないようですが、どうなることでしょうか?

運用担当は寝屋川営業所だったが、交野営業所が受け持っていた時期もあります。


京阪京都交通の新しい一日乗車券

 光秀公のまち亀岡 一日乗車券

が、本年1月11日より販売開始となりました。

発売金額は、

 亀岡市内版 1,000円
 南丹拡大版 1,200円


で、亀岡市ふるさとバス・コミュニティバスでも利用可能、「南丹拡大版」は亀岡市・南丹市・丹波篠山市内の全路線バスが使えるという、大変お得感があります。

発売箇所は、

京阪京都交通バス車内、亀岡駅前案内所、京都総合観光案内所(京なび)、
京都大河ドラマ館 観光案内所、JR亀岡駅観光案内所、
トロッコ亀岡駅観光案内所、トロッコ嵯峨駅

ですが、トロッコ嵯峨駅では「南丹拡大版」は扱っていないので注意。

http://www.keihankyotokotsu.jp/info/kameoka-one-day-ticket/


なお、土休日一日乗車券「亀たんバス」「亀岡城下町1Dayクルーズパス」の販売は2019年12月31日で販売終了となりました(2020年12月31日まで利用できます)。


京阪バス「東香里新町」バス停。

所在地は枚方市東香里新町・茄子作1丁目の境界にあたり、

【9A】    枚方市駅~京阪香里園ほか(津田香里線)
【43】【43A】 枚方市駅~交野車庫・星田駅(星田線)

が停車します。




枚方市駅~山之上~藤田川~高田を結ぶバスルート(【9A】号経路の走行ルート)から、春日小学校~星田北~妙見坂~私市への道が鋭角に分岐する地点にあたります。分かれる道は、片町線星田から旧・東京第二陸軍造兵ショウ香里製造所への引込線跡であり、戦時中、香里製造所で作られた火薬が、この引込線~片町線経由で鉄道搬送され、大阪・八軒浜から船に積んで世界中の戦場に運ばれていたそうです。【43】【43A】号経路は、この引き込線跡を辿り、「高田」バス停をショートカットして星田方面を目指します(2015年以前は、【9A】と同様に「高田」経由だった)。引込線跡の道路は、枚方市街地から第二京阪あるいは私市・国道168号へのバイパスでもあり。京阪バス交野車庫から藤田川・枚方市駅方面への回送ルートにも活用されています。

「東香里新町」バス停ですが、かつてはなぜか「香里新町」だったが、いつしか「東香里新町」に変わっていました。現・「香里新町」バス停は、寝屋川市香里新町に設置されており、京阪香里園西口発着の「タウンくる」が停車します。ちなみに、「タウンくる」音羽町線(寝屋川市駅~京阪香里園西口)は、現在交野営業所の管轄です(2003年開通当初から1年間、交野管轄だったが寝屋川(営)に移管)。



京阪バスでは、2019年12月、「ドライバー異常時対応システム(EDSS)」を装備した新型路線車を導入した、と報じられました。該当する車両は、京田辺営業所N-6304・6305・6307(いすゞ製ノンステップ)の3台です。本年3月までに18台導入が予定されています。

EDSSとは、走行中、運転手が急病等で運転できなくなったとき、乗客あるいは運転手自身が「非常ブレーキスイッチ」を押すことで、段階的に速度を落とし停車する機構です。


ドライバー異常時対応システム(EDSS)搭載 新型路線バスデビュー
https://www.keihanbus.jp/news/sysimg/00646/link_mqojp.pdf



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JR山崎には、阪急バス【80】系統(阪急東向日行き)と京阪バス【13】号経路(京阪淀駅行き)が発着。

京阪バス【13】号経路(男山営業所管轄)の本数は非常に少なく、朝と夕方の時間帯のみに偏っています。

ただし、京阪バスは臨時便2系統も発着します。

京都競馬開催日の競馬シャトルバスと、正月3が日のみ運行の八幡山崎線です。

上の写真は競馬シャトル運用に入るエアロスターW-1227(高槻営業所所属)です(2019年8月撮影)。競馬シャトルバスでは「1Dayチケット」の利用は不可なので注意。

せっかくなので、阪急バス【80】系統の写真も追加させていただきます。

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阪急バスと京阪バス停留所標識の組み合わせも、少し妙な感じがしますね。


小学校の時の思い出エピソードを一つ。

低学年~中学年の頃は中耳炎あるいは外耳炎を罹患しやすく、バスで枚方市駅前の耳鼻科に通院することも時々ありました。 

実を言うと、私はバスでの通院を楽しんでいました。特に香里団地界隈では少ない三菱ふそう車に当たると得した気分でした。回復まで概ね1週間、毎日駅前までバスに乗れるので、得した気分でもありましたな。さらに診察が終われば、三越や近鉄百貨店で見たいものも見れるし、美味しい1週間でした。交通費や医療費を支給してくれる親としては呆れたものでしょうが(笑) 

恥ずかしい話ですが、この経験に味を占め、「仮病もどき」を演じたことさえあります。

高学年の頃、喉が腫れて風邪を引きやすく、「耳が痛い」と訴えてみました。すると、仕方なく親と同伴で、あの耳鼻科を受診。診断結果は「大したことはありません」で終わり、以降の通院は無しに。本来、これは喜ぶべきことなんですが、妙なことを考えていたガキの私には「不服」でさえありました。

同じ手口を中学校(1年)の時にも使ってみました。

その頃、「いじめ」や友達関係がうまくいかず、できれば学校に行きたくはなかった。ちょうど耳が痛くなったので、あの耳鼻科にかかることを理由に早退を願い出ました。クラスメートには「それぐらいのことで早引きするんかいな」と変な目で見られ、馬鹿にされましたな。


やはり健康であることは有り難いこと。仮病もなるべく使わないほうが良いでしょう(たまにずる休みするときに使うのはあり)。中学時代に受けた「いじめ」も、それまでの私自身に原因があるはずだということに、今頃気づきました。小学校の時にもっと人間的にしっかり成長できていれば、中学校時代およびその後の自分自身も違うものになっていたでしょう。


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元旦の午後、エアロミディ・ロングのN-1089を枚方市駅南口で見かけました。

N-1089といえば、高槻(営)から枚方(営)に転入、招提線【38】号経路を中心とする運用に入っているはずだが、なぜか南口に。最近、休日の枚方市駅南口であまり見かけない車種だけに、軽く驚きを感じました(平日だと交野・香里団地所属のエアロミディ・ロングを少なからず見かけるが、以前に比べて減っている)。もしかしたら、尊延寺線の運用に入るのかと期待してみたが、北口ロータリーへ回送。おそらく、【38】号経路の運用に就いたものと思われます。

招提線運用に入る車両も、ごくたまに南口で待機することがあるようです。ラポールの待機場から、余裕のある南口へ回送して時間調整ののち、北口5番のりばに付けるという動きと思われます。


先日、マスメディアでも話題になった京都駅発着【73】系統。

【73】系統は、京都バス・嵐山方面行き京都市バス・洛西ニュータウン行きの2系統が存在しており、しかものりばが近い場所にあるため、嵐山に向かう外国人観光客が市バス【73】系統に誤乗するケースが多発しているそうです。

ここでは、市バスの【73】系統についてレポートしたいと思います。

市バス【73】系統は、京都駅から五条通(国道9号線)を西へ進んで洛西ニュータウンを結ぶ路線系統で、主な停留所は、

京都駅前~烏丸五条~大宮五条~京都リサーチパーク前~西大路五条~西京極運動公園前~西大橋西詰~千代原口~国道中山~国道沓掛口~新林センター前~洛西バスターミナル

京都駅前~烏丸五条間は、京都バス【73】系統と並走する上、目的地の場所も同じ西京区内であるため(市バスの洛西ニュータウンとはかなり離れているが)、なおのこと乗り間違いが起きやすいですね。京都バス【73】系統のほうは、四条大宮・西大路三条・太秦天神川・太秦広隆寺前を回り、嵐山公園から松尾大社前を経て苔寺に行きます。

市バス【73】系統は洛西営業所管轄(近鉄バス委託)。阪急京都線・嵐山線の近くを通るが、阪急電車の駅前には乗り入れていません。

京都駅前と洛西ニュータウンを結ぶ路線系統としては、市バス【73】系統のほか、五条通経由の京阪京都交通、七条通~桂駅前経由の市バス【33】系統や京阪京都交通があります。七条通経由は狭隘区間があるものの、渋滞の多い五条通に比べて所要時間は短くなっています。


京阪バス大津営業所管内、大津市大石地区ゾーン線の一系統、【4G】号経路

【4G】号経路は、元は京阪宇治交通(→京阪宇治バス)の石山駅~維中前(宇治田原)~京阪宇治系統でした。 運行経路・主な停留所は、

大石小学校前~大石中~奥出~小田原口~小田原

で、滋賀県道783号【宇治田原大石東線】をそのまま辿ります。民家の少ない、なだらかな山間部にあたります。r783は大阪北河内および京都府南山城地域と琵琶湖を短絡する快適な抜け道ルートとして重宝されます。

【4G】号経路は、2008年10月に京阪宇治バス【96】号経路<維中前~猿丸神社~大石小学校~石山駅>を代替する形で新設。すなわち、府県境区間の維中前~猿丸神社~小田原間を廃止、残る大津市内区間を京阪バス大石ゾーン線に編入する形となります。ただし、大石小学校~奥出~寿長生の郷間には、過去に石山駅から京阪バス【4A】号経路が乗り入れ、石山駅発着で大石小学校を越える数少ない路線系統でした(廃止時期は不明)。

運行ダイヤは、平日5往復、土休日3往復です。

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小田原バス停と回転場



京阪バス香里団地営業所管内の希少路線系統、【2】号経路。

枚方市駅を起点に、藤田川→新香里→五本松→香里橋を回って枚方市駅に戻る循環系統です。藤田川始発便もあります。運行ダイヤは、早朝5~6時台に枚方市駅発2便、藤田川始発が3便(土休日2便)設定されているのみです。

一般的に、バスの初発は鉄道に比べて遅い傾向があるが(京阪枚方市駅の初電は淀屋橋行き5:08、出町柳行き5:11)、香里団地においては5時台からの便が複数設定されており、藤田川からの第一便は5:05発の【2】号経路で、かなり早いほうと言えます。ちなみに4時台の始発は、田ノ口からの「早バス」【1】号経路・高槻直通便(枚方営業所管轄)があり、JR高槻駅からの初電に接続しています(運賃は倍額)。

【2】号経路といえば、かつて高槻から香里団地に乗り入れる便もありました。運行経路は、

阪急高槻→枚方市駅(南口)→藤田川→新香里→五本松→香里橋→枚方市駅(北口)→阪急高槻

という、循環形態の運行で、高槻営業所持ちでした。2004年まで運行されていました。


京阪バス今年度の新車・大型車(Nタイプ)がようやく納入されました。

京田辺営業所にN-6304・6305の2台です。

代替はレインボー・ロングあたりでしょうか? エアロミディ・ロング(N-1086・1087・1097ほか)もそろそろ引退のタイミングでしょう。

(2019.12.30 追記)
京田辺にN-6307も入っています。

 


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今月開通の「高田1丁目」バス停です。大阪r18【枚方交野寝屋川線】の水春前に設置。

【21A】号経路<寝屋川市駅~寝屋川団地~高田1丁目>の終点です。
昼間時間帯毎時1本が発着します。 
高田1丁目での折り返しは、回送となって交野営業所に入庫します。
したがって、北行きの停留所はおりば専用です。

ここから「高田」バス停へ徒歩10~15分ほどで乗り継ぐことも可能です。


京阪宇治交通(→京阪バス)の気になる過去路線を一つ。

【77D】号経路<京阪八幡~松井山手駅>

【77】号経路<京阪八幡~男山車庫>(大芝・松花堂前経由)の派生系統として、1992年9月に新設されました。運行経路・主な停留所は、

京阪八幡~八幡市役所前~広門~久保田~御幸谷~南八幡高校(現・京都八幡高校南学舎)~美濃山口~きんめい台西~山手中央~松井山手駅

で、御幸谷~松井山手駅間は【67B】号経路のルートそのものでした。

八幡田辺線【74】号経路などとは経路が異なり、京都r735・r251で八幡市街地と美濃山・松井地区を短絡。走行区間の大半は八幡市域(松井山手駅周辺のみ京田辺市)であり、美濃山・きんめい台地区住民の八幡市役所への用務利用、および松井山手駅から南八幡高校への通学利用を意識したものと考えられます。

運行本数は少なかったものと思われます。2007年11月に廃止されました。

その後、2008~09年の半年間、上記【77D】号とは異なる経路で、「八幡市南北線」として、京阪八幡~松井山手駅間の試験運行が実施されました。【67D】号と同じ本郷経由でした。これも利用状況が低かったようで、本格運行に至らずに廃止。



京都市バス横大路営業所管内のユニークな過去路線を一つ。

【21】系統<横大路車庫~小野>(六地蔵線)。 運行経路は、

横大路車庫前~府道横大路~国道大手筋~西大手筋~中書島~観月橋~桃陵団地前~桃山南口~六地蔵~町並~石田~醍醐三宝院~醍醐新町 / 醍醐北団地~小野

で、伏見区中心部(中書島、西大手筋)と同区醍醐地区を東西に結ぶ路線でした。観月橋~六地蔵~町並間は、京都r7を辿り(京阪宇治線およびJR奈良線に並行)、町並付近で宇治市に越境。町並以北は、京阪バス山科六地蔵線・三条六地蔵線(【12】【22】号経路など)とほぼ同じルートでした。1997年10月地下鉄東西線開通時、伏見区醍醐地区&山科区からの市バス撤退に伴い、本系統は廃止。京阪バス【6】【6A】号経路(西大手筋~醍醐バスターミナル)に継承されます。京阪バス移管以前も、【8】号経路(日野誕生院線)が桃山南口を経て観月橋・御香宮まで運行されていました(1995年ごろ京阪六地蔵発着に短縮され、京阪バスは桃山南口方面から一時的に撤退)。

伏見区中心部と醍醐地区を結ぶ数少ない市バス路線(他に【南6】【南7】があった)でした。

もともと醍醐営業所(廃止)が管轄していたが、1976年より横大路営業所が担当。その後、1983~88年にかけて、醍醐車庫乗り入れが一時的に復活することもありました。横大路担当として、唯一醍醐地区に足を伸ばす路線系統であり、同地区において市バスの三菱ふそう車は貴重な存在でした(醍醐営業所所属車両は日野車に統一)。

京阪バス【6】【6A】号経路は、後年西大手筋から油小路通(第二京阪側道)を北上して竹田駅西口へ延伸。さらに2018年には、龍谷大学前・稲荷大社前を経て京都駅八条口乗り入れが実現します。元来、山科営業所の担当だったが、京都駅乗り入れを機に洛南営業所に移管されました。


今、俄かに話題となっている京阪バス【67B】号経路<樟葉駅~近鉄新田辺>。

現在1日1往復(平日)のみの路線系統ですが、2019年12月7日(土)より、土曜・休日ダイヤの昼間時間帯に12便増発されます。というよりも、【67D】号の経路変更ですね。

運行経路は、

樟葉駅~中央センター前~大芝・松花堂前~吉井~水珀~御幸谷~金右衛門口~京都八幡高校南学舎~河原~美濃山口~きんめい台西~松井山手駅~大住ヶ丘~JR大住駅~健康村~JR京田辺~近鉄新田辺

で、赤字の部分が【67D】からの経路変更区間です。【67B】は、「御幸南」「本郷」「美濃山小学校」「きんめい公園」には止まらないので注意。

樟葉駅~松井山手~新田辺系統については、もともと【67B】号経路のほうが「老舗」ですが、山手幹線(本郷~きんめい台~松井山手駅付近)開通後に【67D】号が新設され、後者がメイン系統になっています。【67B】は、京都八幡高校南キャンパス(旧・八幡南高校)への通学のために設定されており、新田辺発が朝の登校時間帯、樟葉駅発が午後の下校時間帯に各1本ずつ運行。以前は片道が京田辺営業所、もう一方は男山営業所の担当だったが、現在往復とも京田辺の担当です。

今度のダイヤ改正で増発となる【67B】号経路は、京田辺担当の【67D】をそのまま振り替えるもの。経路変更の理由として、山手幹線コストコ付近の渋滞回避だと思われます。実際、土曜・休日昼間の山手幹線の渋滞は凄いもので、バスの遅延も常態化しています。きんめい台・ソフィアモール界隈の路線系統見直しが必要でしょう。

それから、せっかくプロロジスパーク京田辺前を通るので、ロジスパークへの乗り入れも欲しいところ。実際、京都京阪バス【17】号経路や一部の直Q京都号は乗り入れています。むしろ、平日にこそ八【67B】の増発が望まれるでしょう。


京阪バス門真営業所管内過去の路線を一つ紹介したいと思います。

【11】号経路<京阪守口市駅~門真団地>

運行経路・主な停留所は、

京阪守口市駅~覚仁寺~市民プール前~東光町~西郷通~西郷通南~寺方本通1丁目~寺方府営住宅~寺方東~東郷通~西桑才~桑才~三島~東三島~三島団地前~西御領~門真団地

でした。「西郷通南」バス停(廃止)は、樟風中学校西側付近に設置されてものと推定できます。寺方本通1丁目からは大阪r161を東へ辿り、「桑才新町」交差点(近畿道&中央環状線交点)を経て、「御領西」交差点を左折、終点・門真団地に至ります。

2009年10月に廃止されました。廃止前は、守口南部線【19】【29】号経路なども門真営業所が管轄していたが、守口市駅への門真営業所運用は撤退。守口市駅から門真市南部(桑才・三島・門真団地)へのバス路線は消滅、残った【19】【29】号経路などは寝屋川営業所に移管されました。その後、守口市駅発着のバス全体が大幅減便され(寝屋川方面からのバスは大半が大日駅折り返しに)、寂しくなったものです。

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