カテゴリ: 南海電車 / 泉北高速 / 阪堺電車 / 水間鉄道 / 和歌山の私鉄


f0206711_0305043

DSCF0014

京阪1900系と南海7000系(復刻塗装)の画像を並べてみました。

これら2つには共通するものがあるとかねがね感じていますが・・・




 


紀州鉄道(和歌山県御坊市)のキハ600形603号。

キハ603は1960年新潟鐵工所で製造。国鉄キハ10系に準じた車両構造で「バス窓」が特徴だが、前面は悲貫通2枚窓のいわゆる「湘南顔」となっています。

キハ603は大分交通耶馬溪線で活躍していたが、耶馬溪線廃止による余剰で、1975年604号とともに紀州鉄道に譲渡。

603号はその後、2012年まで紀州鉄道で活躍を続けました。末期は老朽化により出番が少なく予備車の扱いだったようです。

キハ603は廃車後、紀伊御坊駅近くの広場で保存されています。車内では弁当屋とたこ焼き屋が営業されているそうで、車内で食事することもできるようです。

下の画像は現役時代の紀州鉄道キハ603号の外観と車内です。

PC290001

PC290002

 


引退済みの南海6000系がこのほど、譲渡先の大井川鉄道(静岡県)に向けて輸送されました。

今回の譲渡となった該当車両は6905F(6016-6905)の2両編成。

今度の譲渡は製造から半世紀を超えた車両ということで注目を集めています。

南海6000系は1962~69年に東急車輛で製造。高野線用の20m4ドア通勤車です。ステンレス車体で2019年まで1両も廃車が発生しなかったことから、相当頑丈に作られていることが伺えます。その頑丈さゆえにスカウトされたのでしょう。

同じく古豪のステンレス車・東急7700系が養老鉄道(旧・近鉄養老線)へ譲渡され、それよりも古くない近鉄丸屋根車を置き換えているのも、同じ理由のようですね。

大井川鉄道には元南海ズームカー21000系が活躍中。同じく高野線の名選手であり、6000系との再会を果たすことになりそうですね。21000系とともに新天地での活躍が期待されます。

6000系譲渡で置き換えとなる車両は、元近鉄16000系のようです。

(参考記事)
南海6000系が大井川鉄道に譲渡!C#6016陸送
https://train-fan.com/nankai6000-oigawa/



高野線で60年にわたって活躍を続けてきた20mステンレス通勤車・6000系。

6000系は通勤車としては最後の片開き扉であることが特徴です。

その6000系たちも、8300系に置き換えられることが決まり、既に廃車が発生しています。

過去に撮影した6000系の画像を数点アップしてみました。撮影時期は2014年です。


P5040085
天下茶屋に到着するなんば行き

P5040087
天下茶屋で6000系どうしの離合

P5040099
山間部区間用2300系と対面(橋本にて、JR和歌山線ホームより)



南海高師浜線(羽衣-高師浜)が高架化工事のため、来年5月より3年間運休することになりました。運休中はバス代行輸送が実施するとのこと。

バス代行輸送にしてまで高架化工事を行うのは、工期短縮と経費削減のためだとされます。ただ、バス停留所は駅とは離れた場所に設置されるため、所要時間も電車の約5倍かかり、不便になるとのこと。

西洋風ステンドグラスの高師浜駅舎はどうなるのでしょうか?


南海・高師浜線1.5キロ、バス代行で所要時間5倍 高架工事で3年間休止(毎日新聞)
https://mainichi.jp/articles/20200514/k00/00m/040/041000c


takasihama002

takasihama001


 


南海電鉄の車両は、少し前まで首都圏の東急車輛に発注製造してきました。
現在量産中の8300系より、近畿車輛で製造することになっています。

工場から南海電鉄への搬入は、基本的に国鉄・JRの甲種輸送で行われます。東急車輛で竣工した南海車両は、東海道本線を西へ下り、京都駅でスイッチバックおよび牽引機をDD51に付け替え、 奈良線・関西本線・阪和貨物線・阪和線を南下、和歌山駅で再びスイッチバックののち、紀勢本線末端区間を辿り、和歌山市駅構内の南海車両基地に渡るという経路でした。京都や奈良で南海の車両を拝める、唯一のチャンスでもありました。関空特急ラピート(50000系)も、このルートで搬入されました。奈良線も紀勢本線末端区間も電化区間なのにDD51に牽引されるのは、和歌山市駅構内のJR・南海渡り線が「非電化」のため。

阪和貨物線は2004年営業停止・廃線になり、百済貨物駅(大阪市平野区)から関西本線・和歌山線経由で搬入されるようになります。そして近畿車輛に発注先を変更後、徳庵から片町線・おおさか東線経由で吹田貨物駅に立ち寄り、梅田貨物線~大阪環状線~関西本線~和歌山線経由での搬入ルートを採用。先日デビューしたばかりの高野線用8300系は、深夜時間帯に和歌山線を通過したようです(和歌山線に夜行列車が運転されたことはなかったはずだが)。和歌山線経由だと、橋本から南海高野線に入れたらよさそうにも思えるが・・・。

国鉄時代だったら、片町線~城東貨物線(おおさか東線)~関西本線~和歌山線という搬入ルートになるでしょう。実際、近鉄南大阪線用の車両は、このルートを使い、吉野口で近鉄線に渡っていました。ちなみに近畿車輛製の京阪京津線80形も、台車を履き替えながら、吉野口~橿原神宮前~丹波橋~三条~錦織車庫(京阪と近鉄京都線が相互乗り入れ中だったのでレールが繋がっていた)という、伝説の大回りルートで搬送されたことがあります(このルートは最初だけで、以降片町駅で京阪に引き渡すという形になる)。


長期来場者低迷で赤字が続き、来年3月末に閉鎖することになった南海みさき公園。

みさき公園最後の夏となる今季限定で、入場料が100円になるといいます(通常の入場料は大人1,350円、子ども700円)。

その理由は、昨年の台風で「ぷ~るらんどRiO」が甚大な被害を受け修繕費用がかかるために、プール営業ができないためとのこと。来年の閉園も決まっており、今更プールの修繕に多額の費用をかけるわけにはいかないという判断でしょう。

毎年、みさき公園の夏季入園者の8割はプール利用だといいます。夏の主役であるプールの営業ができないとなればどうなるのか、ということだが、悩んだ末に出た結論は、6月28日~9月1日の夏季営業期間に限定で入園料を一律100円にするとのことでした。

プールの営業がないことを逆手に取り、「夏の『水いらず』キャンペーン、『親子水入らず』」キャンペーンを展開中です。

みさき公園・南海最後の夏は入園料100円に 台風被害で今夏プール閉鎖で担当者「『水いらず』で楽しんでほしい」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190624-00010002-wordleaf-bus_all


「水いらず」キャンペーンで入園料を100円にするとは、なかなか思い切った面白いアイデアだと言えるが、これが南海みさき公園最後の夏のことだと思うと、悲しくもなります。プールはこのまま放置され、朽ち果てて廃墟になってしまうかもしれません。


DSCN5065

DSCN5069

JR和歌山線と南海高野線との共同駅、橋本です。
105系、南海6000系ともども近い将来消える予定です。
和歌山線では先月のダイヤ改正で227系運用開始しました。今のところ、105系がまだ多く残っているが、これも今秋には全廃の予定となっています。


関西に残る貴重な遊園地の一つ、南海電鉄の「みさき公園」が来年春に撤退すると発表されました。

https://trafficnews.jp/post/84717

「みさき公園」は1957年(昭和32年)に南海電鉄創業70周年記念事業として開園。動物園やイルカショーを核に総合遊園地として発展してきましたが、レジャーの多様化によって来場者数が減少しているとのこと。年間入場者数は1989年度の72万人をピークに、以降バブル経済崩壊による長期景気低迷、およびUSJ開園などの影響も加わって入場者数は減少、2017年度にはピークの半分36万人に。 2017年度は営業収益が3億2600万円の赤字を計上し、「みさき公園」事業の継続が困難と判断。来年3月31日をもって同事業から撤退することを決めたそうです。

「みさき公園」の今後については地元の岬町とも協議していきたいとしているが、仮に「みさき公園」が閉鎖されるとなると、関西に残る遊園地は「ひらかたパーク」と生駒山上遊園地のみになります。


既に引退した南海線7000系の画像を集めてみました。

P4160012

 P2030008


2005~06年にデビューした復刻塗装です。

DSCF0014

DSCF0013

サイドビューは京阪1900系と似ているように思いますが・・・。


和歌山県を中心に近畿南部および東海地方に広大な店舗網を有するスーパー、オークワ。

オークワの歴史は、紀南地方・三重県熊野市の食料品店創業(1938年)に始まり、1959年には和歌山県初のスーパーマーケットとして新宮市に「主婦の店新宮店」を開店。1969年に「株式会社主婦の店オークワ」と改称以降、「オークワ」ブランドを確立し、和歌山県内をはじめ周辺の大阪南部や奈良・三重県に店舗網を順次拡大します。1987年に大証第2部に上場、2001年には東証第1部に上場を果たします。

2000年代中盤以降、拡大路線はさらに続き、長良川・揖斐川・木曽川を越えて愛知・岐阜県など東海地方への本格的に進出。一方、兵庫県南部の明石・加古川市にも新たに出店。さらに静岡県の株式会社パレを合併し同県にも進出。

現在、オークワグループの店舗は、和歌山・大阪・奈良・三重・兵庫・岐阜・愛知・静岡の8府県に及んでいます。本社は和歌山市。

一時期、大阪北部の大東・寝屋川・高槻・摂津市にも出店するが、摂津・大東市の2店舗を除いて撤退しました。大阪府内では大和川以南の泉州・南河内地域が主な縄張りとなっています。近鉄沿線の東大阪・八尾・柏原市にオークワの店舗があってもよさそうだが、今のところ1つもありません。

兵庫県ではもともと新参者であり、三田市に1店舗出店を果たす一方、加古川市の店舗は短命に終わっています。

岐阜県ではJR高山本線・太多線・中央本線沿線にも満遍なく進出、長野県境に近い中津川市にも出店しているのは驚きです。

京都府や滋賀県については、同じニチリウグループの平和堂(株)と協定を結んでいるため、店舗はありません(大阪・岐阜・愛知では平和堂勢力圏と被っているが、大阪府北部は原則的に平和堂がカバー)。

兵庫県の中部・北部では北近畿全域をカバーするさとう(株)(ニチリウグループ、本社・福知山市)がかなり押さえており、オークワと一部オーバーラップしかけている地域もあります。さとうも近年、京都南部および大阪北部への進出を果たしています。


いよいよGWの大型連休を迎えます。

私の過去のGWについて、不愉快な経験をあえて1つ書いてみました。

4年前のGW中盤のことですが、この日「3Dayチケット」で阪急京都線~地下鉄堺筋線~南海高野線~JR和歌山線~近鉄吉野線~橿原・京都線を大回り。近鉄大久保から京都京阪バスで京阪宇治へ抜けたあと、京阪宇治線で中書島へ出て、準急・淀屋橋行きに乗り換えるのだが、この準急がものすごく混雑してて疲れました(丹波橋で特急連絡するので空いているだろうと思っていたのが甘かった)。とかく行楽シーズンの京都は混雑しやすく、夕方時間帯の電車は通勤ラッシュ並みの混雑率となります。この混雑を避けるよう、もう少し時間を遅くして帰るか、あるいは混雑ピーク時に京都を訪れるのは控えたいもの。

また、南海橋本駅ホームでも高野山方面への乗り継ぎ観光客で混みあい、まるで「青春18きっぷ」シーズンの熱海・大垣・敦賀ダッシュを連想するような光景でした。以前のように急行が高野山まで直通運転していたらよいのだが、橋本駅で基本的に系統分割、特急<こうや>も本数が少ないので困ります。せめて行楽シーズンだけでも高野山直通の(快速)急行を増発できないものでしょうか?

今思えば、大久保で京都京阪バスに乗り換えるのが失敗だったようです。京阪宇治バスから京都京阪バスに生まれ変わったばかりで試しに乗ってみたいという気もあって、上のコースを取ってしまいました。それよりは、竹田まで急行・京都行きにそのまま乗車、地下鉄烏丸線に乗り換え北大路とか国際会館へ寄り道し、市バスで出町柳駅へ向かうほうが良かったように思います(洛北郊外はさほど混雑していないようなので)。あるいは大和西大寺・近鉄奈良から快速急行で一気に神戸三宮へ抜けるのでも良いでしょう。もちろん神戸も混雑するでしょうが、京都の有名観光地の異様な混み方に比べたら・・・。


P5040087

南海高野線6000系が新型車両に置き換えられることになりました。

高野線の6000系は1962年より製造されたステンレス車。片開き4ドアの古風なスタイルが特徴で、私個人的に京阪1900系に似ているようにも見えます。

兄弟の南海線用7000系は6000系と同じスタイルの車体であって普通銅製車であり、こちらは2015年に全廃されました。高野線6000系は7000系より古いのにまだ1両の廃車も出ておらず、このまま寿命60年(米寿)を超えるのではと思われている矢先、いよいよ余命宣告が出されたわけです。


DSCN3266

南海の新型車両8300系に乗車しました。
普通|和歌山市行きですが、自動放送でびっくりしました。


DSCF0030

DSCF0031


南海浜寺公園駅の高架化工事に伴って閉鎖された旧駅舎。
木造平屋建てで、東京駅などを手がけた建築家・辰野金吾の事務所が設計、明治40年に建てられ、国の登録有形文化財になっています。

浜寺公園旧駅舎が保存されることになり、解体せずに別の場所へ「引き家」で一時的に移す作業が始まりました。「引き家」とは、建物を持ち上げてレールに載せて動かす方法で、山陰本線二条駅旧駅舎などのときも同様の手法が用いられました。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20171128/k10011237921000.html



国鉄・JR 大阪市内でのミニ編成電車
http://katanogawara.blog.jp/archives/20528560.html

につづき、私鉄についても取り上げてみたいと思います。

関西私鉄・地下鉄の長編成電車(有料特急を除く)は、地下鉄御堂筋線(10両)、近鉄奈良線・大阪線快速急行(10両)などが挙げられます。関西では8両編成は長いほうですが、朝ラッシュ時には阪急や南海高野線でも10両に増結運転が行われています。阪神はなんば線での近鉄直通快速急行が最大10両であるほかは6両以下、京阪と南海本線は最大8両、御堂筋線以外の大阪市営地下鉄各線は堺筋線の8両が最大です。

大阪市内の私鉄でもわずか2両の短い編成の電車があります(阪堺電車を除く)。
近鉄特急と南海汐見橋線が該当します。

近鉄特急は大阪線を走行する名阪特急アーバンライナーが8両、伊勢志摩方面への特急は閑散期は4~6両が基本ですが、正月や観光シーズンには最大10両で運転されます。また、通勤時間帯の特急も着席需要に応えて10両に増結されます。

奈良線については事実上最上位の優等列車は快速急行であり、平日昼間は特急がない時間帯もあります。距離が短い上に快速急行とほぼ同じ停車駅では有料特急が邪魔者扱いされがちで、もともと昼間の利用は少なく、少し前までは2両で運転されることさえありました(現在は最低4両編成)。しかし、朝と深夜の通勤時間帯は本数は多く、主に学園前方面からの着席需要が高く10両編成に大化け、アーバンライナーも間合いで入ったりします。土曜・休日ダイヤでは快速急行がほぼ終日10両で運転されるにもかかわらず昼間時間帯も特急が毎時1本設定され、観光・レジャー客の着席需要を意識したものとなっています。

大阪阿部野橋を起点とする南大阪線の吉野特急は、昼間は「さくらライナー」を除いて2両のミニ編成が多く(最大で「さくらライナー」2本連結の8両)、寂しいです。名阪特急や伊勢志摩方面に比べ、吉野特急はあまり華がないですね。吉野線内はカーブの多い単線区間で停車駅も多く、遅いです。天王寺・大阪阿部野橋よりはどちらかといえば新幹線・京都方面から(橿原神宮前乗り継ぎで)飛鳥・吉野・大台ケ原方面への観光客のために設定されているようなものですね(その意味では京奈・京橿特急と共通)。

南海汐見橋線は正式には高野線の汐見橋-岸里玉出間です。
汐見橋駅はかつて高野山へのターミナル駅として賑わっていたらしいが、南海本線連続立体化によって完全に系統分割され、2両編成の電車が30分に1本発着するのみとなっています。
汐見橋駅は地下鉄千日前線・阪神なんば線の桜川駅と隣接していて京セラドーム大阪にも近く、利用客数は一時期に比べて盛り返しているようですが、なにわ筋線開通へ具体的に動き出し、存続が危ぶまれている状況です。

P4060009

P4060010
もともと高野線橋本以南の山岳区間対応に投入された17m車2100系(新・ズームカー)。
10年ほど前より、高野線の列車系統は基本的に橋本で分断、山岳区間には転換クロス2300系が投入される代わりにワンマン運転となり、余剰となった2100系が南海本線に転用されました。本線では主に普通で運用されています。



1980年代国鉄に関する記事を書き続けているうちに、南海電鉄に485系を譲渡する話があったことを思い出した。

1985年3月ダイヤ改正まで、南海難波駅から和歌山市駅経由、国鉄紀勢本線の白浜・新宮へ直通する急行「きのくに」があった。車両はキハ5500で、外観・内装は国鉄準急用キハ55系と基本的に同じだ。国鉄和歌山駅(和歌山市駅ではない)で阪和線天王寺発着の「きのくに」(キハ58・65系)と連結・解放作業を行い、南紀をめざす運行体系が取られていた。1978年の紀勢本線和歌山-新宮間電化後も、急行「きのくに」は南海直通列車と連結する関係などもあって(南海と国鉄和歌山駅を結ぶ和歌山-和歌山市間は1984年に電化)、気動車のまま残された(ほかに、一部熊野市・鳥羽発着列車もあったり、また1980年9月までは京都・名古屋発着の桜井・和歌山線経由「しらはま」にも連結していた)。

しかし、1982年5月南近畿地区ダイヤ改正(関西本線名古屋口電化)で、急行列車は大幅に整理され、「きのくに」は鳥羽直通(下り天王寺行きのみ)廃止、および一部列車4両編成も現れ、縮小傾向にあった。さらに1984年10月の奈良・和歌山線電化に合わせ、紀勢本線末端区間の和歌山-和歌山市間(「和歌山市内線」「紀勢支線」などと呼ばれる)も電化され、気動車のままで残る「きのくに」の不経済性がますます際立つようになる。

「きのくに」の電車特急「くろしお」(381系)一本化の計画が具体化される中、国鉄は東北・上越新幹線開通で余剰となる485系を南海電鉄に売り渡すという話があった。1982年当時の新聞で「南海が485系購入を検討している」と報道されたが、国鉄側が乗り入れを継続するかどうかを迫ったのが真相だったようだ。つまり、南海の「きのくに」あるいはそれに代わる南紀直通列車を継続させたかったら485系を買いなさい、ということだったらしい(もっとも、和歌山市内線電化を前提にした話だろうが)。

現に国鉄のキハ58系に比べ、併結相手の南海キハ5500は依然として非冷房のまま、接客設備の格差が目立つばかりで、特に南海線内はガラガラだった(南海線内においては特急扱いで特別料金が必要だった。国鉄のキハ55系は既に普通列車中心で運用されていたのに、これと同じレベルの設備で特別料金を取られるのでは、ファン以外誰も乗らない)。気動車急行を整理したい国鉄側としても厄介な存在だったにちがいない。南海側としては南紀直通列車を存続させるべく車両更新を望んでいたらしいが・・・。

1985年3月ダイヤ改正で「きのくに」は「くろしお」に格上げされる。ただし、置き換えた分は振り子式の381系ではなく、各地で余剰となった485系だった。南海に485系の話をぶつけてきたのは、この件と大いに関係がありそうだ。やはり南海側は485系の購入に難色を示したようで、結局、南海の南紀直通列車は廃止される。

485系「くろしお」はカーブの多い紀勢本線でのスピードアップは難しく、なおかつ「きのくに」を引き継いだゆえ停車駅も多めで、所要時間は気動車「きのくに」とあまり変わらず、評判は芳しくなかった。ただ、381系に酔う乗客も少なくなかったそうで(「ゲ○しお」と揶揄されるぐらいだった)、485系は381系に酔いやすい人に喜ばれたのかもしれない。「くろしお」の485系は結局1年半しか続かず、「やくも」編成短縮で余剰となった381系に置き換えられた。485系は福知山線の「北近畿」などに転用されるが、初めからその計画があったらしい。

ちなみに485系の私鉄乗り入れは、2006年になって東武鉄道直通列車によって実現している。


参考記事

国鉄旅客輸送今昔 47 南海電鉄乗入れきのくに号(加藤好啓氏)
http://ameblo.jp/blackcat-kat/entry-11971437191.html



takasihama001

takasihama002

2002年12月某日、たぶん「スルットKANSAI 3Dayチケット」を使って、南海の小さな支線、高師浜支線(羽衣-高師浜間)に乗ってみた。南海羽衣駅の東側にはJR阪和線の東羽衣支線(鳳-東羽衣間)が乗り入れている。面白いことに、競合関係にある南海線・JR阪和線とその支線群で形成される路線網との間には、奇しくも相似の関係が見られる。それはすなわち、

南海線 vs 阪和線
高師浜支線 vs 東羽衣支線
空港線 vs 関西空港線
和歌山港線 vs 和歌山市内線(紀勢本線和歌山-和歌山市間)

なる平行関係があるということ。しかも、上記JRの支線全てが南海に接続しているばかりか、さらに平行関係にある南海の支線(例:鳳→東羽衣/羽衣→高師浜)にも接続しているのだ。


関西私鉄は大半が新幹線と同じレール幅=軌間(1435mm)である。日本の新幹線と同じレール幅は「標準軌」と呼ばれる。その理由は、世界で最も普及している軌間であるから。逆に、日本の国鉄・JR在来線は「狭軌」と呼ばれ、軌間は1067mmだ。

さて、同じ関西でも、大阪南部(大和川以南)の泉州・南河内地域、奈良県南部および和歌山県を通る鉄道は、私鉄も含め、狭軌の路線が大半だ。私鉄は南海と近鉄などがあるが、南海電鉄は全線狭軌、近鉄も大阪阿部野橋を拠点として南大阪・長野・吉野線など旧・大阪鉄道系の路線が通っているが、奈良・大阪・名古屋線とはちがって狭軌だ。南海と直通する泉北高速やローカル私鉄の水間鉄道も同じだ。和歌山県に至っては、私鉄も全て狭軌鉄道だ。

しかし、例外ももちろんある。
路面電車の阪堺電鉄は標準軌だ。阪堺電車はかつて南海電鉄の路線だったが、同じ路面電車の南海平野線廃止(地下鉄谷町線の八尾南延伸に代わられる)と同時に阪堺電鉄に分社化された。したがって、昔は南海電鉄も標準軌路線を有していたことになる。
中百舌鳥まで乗り入れる大阪市営地下鉄御堂筋線も標準軌だ。ただし、御堂筋線は架線方式ではなく、第三軌条である。御堂筋線と泉北高速との乗り入れ構想もあるが、軌間および電気方式が異なるので、実現可能性は薄いだろう。

DSCF0028

DSCF0016
阪堺電車は標準軌


ちなみに、関西の政治風土もキタとミナミではかなり異なる。京都・滋賀および阪急・阪神・京阪沿線の「キタ」ではリベラル(共産、社民、民主)系が強いのに対し、大和川以南および奈良・和歌山の近畿南部は全体的に保守系が強い。もっとも、近年の橋下徹・大阪維新台頭で、大阪・兵庫ではリベラル系が維新に食われ、共産党の苦戦が目立つのは気になる(保守的風土の強い地方の小さい選挙では、意外に共産党がトップ当選することも珍しくないが・・・)。



かつて、南海電車は天王寺駅に乗り入れていた。
天下茶屋駅から天王寺支線が分岐していて、今池町、飛田本通などを経て国鉄天王寺駅の南側に至る。関西本線(大和路線)ホームの隣だが、影が薄く、すっかり忘れられた存在だった。

南海天王寺線は国鉄と南海線を結ぶ役割があり、1977年まで貨物列車が運行され(沿線住民は騒音で悩まされたという)、南海の新車も天王寺線経由で搬入されたそうだ。遠く昔には天王寺からわざわざ南海線(阪和線ではなく)を経由して南紀直通列車さえあったという。

しかし、地下鉄堺筋線の動物園前-天下茶屋間延伸および南海天下茶屋駅付近の連続高架化工事が始まり、1984年天王寺-今池町間が営業終了となる。これにより、天王寺線は南海電鉄において離れ孤島化する。関西空港開港に間に合わせるべく、天下茶屋駅の改良工事が進展。1993年、堺筋線の天下茶屋延伸の完成と同時に、南海天王寺線は全廃される。

これにより、阪急京都線方面と南海電車とのアクセスが飛躍的に改良、南海では特急を含め全列車が天下茶屋に停車、JRの「はるか」に対抗する。さらに、土曜・休日ダイヤでは天下茶屋-京都河原町間の準急が終日運転されるようになる。南海電鉄の立場としては、天王寺線廃止と引き換えに、阪急と連携して関空・和歌山・高野山から京都への観光ルートに活路を見いだしたと言えよう。

JR天王寺駅ビルに南海のビルが隣接しているが、かつての天王寺支線の名残だろうか?



南海天王寺支線 天王寺~天下茶屋 往復(1984年)
(Amiga0028さまより拝借)


南海高野線および泉北高速鉄道線の準・優等列車、区間急行(区急)準急についてレポートする。

京阪の感覚でいえば、区間急行のほうが準急よりも列車種別は格下だが、南海は逆だ。停車駅は、

(区急)
なんば、新今宮、天下茶屋、堺東、北野田~林間田園都市間各駅停車、泉北高速線内各駅停車

(準急)
なんば、新今宮、天下茶屋、堺東以遠各駅停車


であり、区間急行の停車駅が意外に少ないことに驚く。特に、泉北高速鉄道線および地下鉄御堂筋線と接続する中百舌鳥駅ぐらい停車しても良さそうなものだが、なんば方面への旅客を御堂筋線に取られたくない防御のためか、南海のセコさを感じる(泉北高速線直通も中百舌鳥通過)。御堂筋線中百舌鳥開業前は中百舌鳥駅にも停車していたので・・・。

少し前までは、準急は泉北高速線直通、区間急行は北野田・河内長野・三日市町方面行きと綺麗に分けられていたが、昨年のダイヤ改正より泉北高速線にも終日区間急行が乗り入れるようになる。

PA220006
泉北高速3000形の準急

なお、高野線には「普通」という種別は存在せず、「各停」で統一されているのも面白い。南海線・空港線では「普通」なのに、高野線が「各停」である理由は、南海線・高野線の共同区間にある今宮戎・萩之茶屋を通過する「普通」と区別するためだ。国鉄・JRでは一部の駅を通過する「普通列車」も珍しくないが、私鉄で通過運転する「普通」はかなり珍しいのではないだろうか? 同様の例として、阪急中津駅があるが、神戸線・宝塚線の「普通」しか停車せず、京都線の列車は全て通過する(ただし、阪急の場合は神戸線・宝塚線・京都線とも「普通」で名称統一)。



阪急京都線沿線と高島屋とはなぜか不思議な縁がある、と私は思っている。

まず、京都線の終点・京都河原町には高島屋京都店がある。河原町通りの向かい側に阪急百貨店もあったが、高島屋に比べて売り場面積は狭く、しかも後発だったこともあって、京都では阪急ブランドはあまり功を奏でなかったようだ。しかし入口の豪壮な装飾はさすが阪急ブランドだけのことはあり、待ち合わせ場所の目印には大いに役立ったようだ。阪急百貨店が一時期、高島屋と経営統合するとかとでマスメディアを賑わせ、河原町阪急が閉店になったのも経営統合のためだとも言われているが、これも立ち消えになった。河原町阪急の後釜にマルイが出店しているが、やはり高島屋に比べたらカジュアルっぽくて今一つな印象を持ってしまう。

同じく京都市の洛西ニュータウン(西京区)には高島屋洛西店がある。洛西ニュータウンへは阪急桂もしくは洛西口駅前からバスだが、とにかく交通の不便な「陸の孤島」だ。そういえば、地下鉄東西線が洛西ニュータウンへ延伸する構想もあったが、実現の目処は全く立たず、事実上凍結している。洛西の高島屋は京都店の分店で、ラクセーヌ内にある。

大阪側では阪急と高島屋とは直接の関係はないが、京都線・千里線と相互乗り入れをする地下鉄堺筋線にも注目すると、すぐ近くの南海なんば駅前(日本橋駅から徒歩可能圏)に高島屋大阪本店がある。終点・天下茶屋駅では南海電車と接続しており、関西空港・泉州・和歌山・高野山から京都・高槻・千里方面への中継地点であり、南海の特急全列車が停車する。南海と高島屋の関係は深く、大阪本店のほか、堺店(堺東)、泉北店(泉北高速泉ヶ丘)がある。泉北の高島屋は京都洛西と同様、ニュータウン型の百貨店だ。

また、2014年まで南海和歌山市駅ビルに和歌山店もあったが閉店、駅ビルも老朽化のため建替えられる予定だ。和歌山の地盤沈下は著しく、南海和歌山市駅前は寂れている。現在、近鉄百貨店和歌山店(JR和歌山駅前)が和歌山県内唯一の百貨店だ。

P5040087


P5040085

南海線・空港線用7000系(普通銅製車)の兄弟関係と言える高野線用6000系(ステンレスカー)。
7000系は去年全廃となったが、それよりも古い高野線用の6000系(製造初年1962年)は、まだ1両の廃車も発生しておらず健在だ(製造初年から54年)。

南海6000・7000系は、4ドア通勤車でありながら片開きドアが特徴的で、古風な印象を与える。私個人的には京阪1900系(通勤車格下げ後)と少なからず似ているように見える。

さて、ここで以下の素朴な疑問をお持ちの方も多いだろう。

1)なぜ高野線にはステンレスカー、南海線には全銅製車が投入されたのか?
2)なぜ南海線用7000系が、古い高野線6000系よりも先に全廃されたのか?

まず、1)についてだが、南海の車両を受注してきた東急車輛が日本で初めてステンレス車体を開発・採用し、南海向けにももちろん売り込みをしていたと思われるが、ステンレス車体は当時高価で、しかも事故で損傷したときの修繕が難しいため、踏切の少なめの高野線に配置されることになったと言われている。

2)について、南海線は海岸沿いを走るゆえ普通銅製車は塩害のダメージを受けやすいゆえ老朽化が早まり、7000系が全廃されることになったという。反対に6000系はステンレス車体であることが幸いして、まだ1両たりとも廃車が発生していない。



去年引退した南海7000系の写真を何枚かアップしてみました。


P4160011
2011年4月 なんばにて 区間急行|みさき公園


DSCF0009
2005~06年に登場したリバイバルカラー 7037F


DSCF0013
7037Fリバイバルカラーのサイドビュー


ちなみに、7000系の兄弟にあたる高野線6000系は今も現役活躍中です。

PC270003


PC270004

南海高野線の正式な区間は汐見橋-高野山(極楽橋)間。
汐見橋駅は大阪市浪速区に所在、阪神なんば線(桜川駅)および地下鉄千日前線(同)との乗り換え駅となっているが、南海のこの駅の存在感は薄い。
昔、汐見橋駅が高野山へのターミナルとして賑わっていたようだが、河内長野・泉北・高野山方面への列車は難波駅からの発着となっている。汐見橋-岸里玉出間は高野線の他の区間と完全分断されていて、「汐見橋支線」と呼ばれるほどのローカル線と化している。列車本数も毎時2本だけの閑散としたもので、大阪都心部における忘れられた鉄道となっている。ただし、阪神なんば線開通後、阪神との乗り換えが可能であることから、乗降客数は増えているようだ(往年の活況時代には遠く及ばないが)。汐見橋駅からは大阪ドームなどへ徒歩可能だ。

下の改札口の写真の上の古い沿線案内図に注目!(奇跡的に今年2月まで残っていたが、撤去されたようだ)

P5040099


P5040093

P5040096


大阪難波と高野山を結ぶ南海高野線。
難波-高野山(極楽橋)を直通する列車は、現在有料特急「こうや」号を除いて、基本的に橋本駅で乗り換えることになる。橋本-高野山間は単線で列車本数が少なく、基本的に2両編成の各駅停車が行き来するのみとなっている。かつては高野山直通の急行(2ドア・18m通勤車「ズームカー」使用)もそれなりの本数が確保されていたが、橋本以南の閑散区間のワンマン運転開始により、橋本駅で列車系統が事実上分断されることになった。

近年、高野山を訪れる外国人観光客が増加しているようで、特に観光シーズンの休日は非常に混みやすい。ただでさえ「こうや」号の本数が非常に少ないため、橋本で乗り換えを強いられ、高野山行きの短い2両の電車では超満員となり、観光客・旅行客の疲労やストレスは相当なものだろう。短い編成の電車に乗り継ぐためにホーム上をダッシュの光景は、「青春18」シーズンの熱海・大垣・敦賀・相生駅などを連想させるものだ。

しかも高野山への公共交通手段は、残念ながら南海電車しかないのも困ったものだ。
観光シーズンだけでも橋本駅からシャトルバスを運行すればよいと思うんだが・・・

なお、南海橋本駅はJR和歌山線との共同駅舎だ。橋本から和歌山、五条、吉野口方面へはJR和歌山線利用が一番早い。

↑このページのトップヘ